Welcome To My ”俺の感性”

音楽のレビューというか感想をてけとーに書き殴るブログです。

ノルウェー

Ulver 『The Assassination of Julius Caesar』

Artist Ulver
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Album 『The Assassination of Julius Caesar』
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Tracklist

02. Rolling Stone
03. So Falls The World
04. Southern Gothic
05. Angelus Novus
06. Transverberation
07. 1969
08. Coming Home



1997年8月31日は、その年のパリの中で最も熱い夜のうちの1つであった。ちょうど夜半過ぎ、黒いメルセデスベンツは執拗なパパラッチの大群を牽引し暗い通りを急いで行く。車は猛スピードでアルマ橋トンネルに突入、直線の進行方向から大きくそれて13番目の支柱に衝突、金属のうなる声とともに、ウェールズ公妃ダイアナはその短い生涯を終える 。世界はその最も大きい象徴のうちの1つを失った。物語は、ギリシャ神話に登場する狩猟・貞潔の女神アルテミス(ローマ名ダイアナ)のエピソードに共鳴する。ある日のこと、猟師アクタイオンは泉で水浴びをしていたアルテミスの裸を偶然に目撃してしまい、純潔を汚された処女神アルテミスは激怒し、彼を鹿の姿に変え、そして彼自身の50頭の猟犬によってバラバラに引き裂かれる。この写真は、Ulverの13枚目のアルバム、『ユリウス・カエサルの暗殺』を描き映す。

『ディアナとアクタイオン』
Tizian_Diana_Aktaion

初期の頃はブラック・メタルとしてその名を馳せるが、今では一匹狼的の前衛集団として孤高の存在感を誇示し続ける、「ノルウェイの森の熊さん」ことガルム率いるUlverが、同郷のTromsø Chamber Orchestraとコラボした2013年作のMesse I.X–VI.Xや2014年にSunn O)))とコラボしたTerrestrialsなどのコラボ作品を経て、ミキシング・エンジニアにKilling JokeMartin Gloverを迎えて約3年ぶりに放つ通算13作目となる『The Assassination of Julius Caesar』は、それこそ80年代に一世を風靡したイギリスのDepeche ModeKilling Jokeに代表されるニューウェーブ/ポスト・パンクに対する懐古主義的な作風となっている。

Nero lights up the night 18th to 19th of July, AD 64

ブルータス、お前もか来た、見た、勝った。など数々の名言でもお馴染みの、古代ローマの象徴であり民衆のアイコンである英雄「ガイウス・ユリウス・カエサル」「暗殺」というキラータイトルの幕開けを飾る一曲目の”Nemoralia”は、別名”Festival of Torches”とも呼ばれ、8月13日から15日にかけて古代ローマ人が定めた、8月の満月にローマ神話の女神ダイアナに敬意を示す祭日である。上記の歌詞は、西暦64年7月19日、皇帝ネロ時代のローマ帝国の首都ローマで起こった大火災『ローマ大火』を指しており、「ネロは新しく都を造るために放火した」という噂や悪評をもみ消そうと、ネロ帝はローマ市内のキリスト教徒を大火の犯人として反ローマと放火の罪で処刑したとされる。この処刑がローマ帝国による最初のキリスト教徒弾圧とされ、ネロは暴君、反キリストの代名詞となった。ここでは、その女神ダイアナにまつわる祝い事とキリスト教徒弾圧、そしてThe Princess of Walesことウェールズのプリンセス「ダイアナの悲劇」を共振させ、歌詞中にあるHer sexual driveは1997年8月31日に起こったロマンスの都パリで恋人との官能的なドライブをほのめかし、彼女のBodies of the modern age(現代の洗練された肉体)」Flowers crown her head(彼女の頭にある花冠)」Ancient goddess of the moon(月の古の女神アルテミス)」であると語りかける。もう既にお気づきの方もいると思うが、今作のタイトルの『ユリウス・カエサルの暗殺』、そしてエマニエル夫人のように艶めかしい肉体、その女性特有の曲線美を映し出すアートワークは、他ならぬ「ダイアナ妃の暗殺」を暗示している。

『ローマ大火』
Robert,_Hubert_-_Incendie_à_Rome_-

約10分の長尺で2曲目の”Rolling Stone”は、民族的なパーカッションとゲストに迎えた同郷Jaga JazzistStian Westerhusによるノイジーに歪んだギターのエフェクト効果とUSのPhantogramを彷彿させる重低音マシマシのエレクトロが織りなす、ダンサブルかつグルーヴィな打ち込み系のリズム・サウンドで幕を開け、その重心の低いダーティなビート感を持続させながら、Rikke NormannSisi Sumbunduという二人の女神とガルムによる古き良きムード歌謡風のデュエットを披露する。そして、後半に差しかかるとピコピコ系のエレクトロニカにバグが生じ始め、ドラムの粗暴なブラストとサックス界の生ける伝説ことニック・ターナーによるサックスが狂喜乱舞し、例えるならJaga JazzistKayo Dotを一緒にブラックホールにブチ込んだような混沌蠢く、とにかくアヴァンギャラスに暴走して化けの皮が剥がれ落ちて、遂には出自そのものが顕になって笑う。

3曲目の”So Falls the World”は、繰り返し鳴り響くロマンチックなピアノとエレガントなシンセが情緒的かつ優美な音世界を描き映す曲で、しかし終盤に差しかかると場面が一転する。それはまるで、Chvrchesローレン・メイベリーとガルムが互いに手を取り合って、それこそ映画『美女と野獣(熊)』の如く今にも踊り出しそうな、官能的かつダンサブルなビートを刻むダンス・ミュージックが、まるで「闇へと踊れ」とばかり聴く者の心を暗躍させる。まさか同郷のSusanne SundførRöyksoppとツルんでエレクトロニ化したのはこの伏線だった・・・? この曲に関連してちょっと面白いと思ったのは、ギリシャ神話ではアルテミスは古くは山野の女神で、野獣(特に熊)と関わりの深い神とされているところで、いやそれもう完全にガルムのことじゃんwって笑うんだけど、だからこの曲はそのギリシャ神話および女神アルテミスとUlverの関係性を密に表していると言っても過言じゃあない。

Depeche ModeKilling Jokeをはじめとした往年のニューウェーブ/ポスト・パンクを彷彿させる、過去最高にポップテイストに溢れたガルムのボーカル、ダイナミックなリズム&ビートを刻むドラム・サウンド、そしてギタリストDaniel O'Sullivanによるオルタナ然としたギターが、クラップやストリングスおよび打ち込みを交えながらキャッチーに展開する4曲目の”Southern Gothic”は、”80s愛”に溢れた今作のカギを握るキラートラックであり、中期の傑作『Shadows of the Sun』を彷彿させるガルムのダンディボイスとトリップ・ホップ風のトラック、そしてミニマルでリリカルなメロディが静かに気分を高揚させていく5曲目の”Angelus Novus”、往年のシンセ・ウェーブ然としたゆるふわ系のイントロから、再びDaniel O'Sullivanによってかき鳴らされるオルタナ然としたギターをフィーチャーした6曲目の”Transverberation”、ここまでの中盤はキャッチーなポップさとオルタナ的なアプローチを強調した流れを見せる。

再び女神を演ずるSisi Sumbunduとガルムがムード歌謡的なデュエットソングを披露する7曲目の”1969”、そしてDag Stibergによるサックスと時空の歪みで生じるヘヴィなエレクトロニカをフィーチャーしたSpoken wordを繰り広げる8曲目の”Coming Home”を最後に、Ulverという名の狼は強大なワームホールを形成し、人類の新たなHOMEとなるシン・次元へと導き出す。

同郷のTromsø Chamber Orchestraと共演した前作の『Messe I.X–VI.X』というクラシカルな傑作を出した彼らが、一転して今度は「踊らせ系」のシンセ・ウェーブへと様変わりし、とにかく「ポップ」で、正直ここ最近のアルバムの中では最も分かりやすいキャッチーな作風となっている。しかし、その裏に潜む作品の「テーマ」は極めて複雑怪奇となっている。確かに、この手のエレクトロニカ/インダストリアル系というと、初期メンバーから一新して生まれた中期の傑作『Perdition City』辺りを彷彿させるかもしれないが、しかしそれとは近いようでいてまるで別モノで、どっちかっつーとムード全振り感は同じく中期の傑作『Shadows of the Sun』に通じるモノがあるし、極端な話その『Shadows of the Sun』を豪快にポップ・サウンドに振り切った感覚もなきにしもあらずで、そして『あの時代』と『音』と『文化』を身をもって知っているKilling JokeMartin Gloverをエンジニアとして迎えている所からも分かるように、その音自体はコッテコテなくらい80年代のUKサウンドをリバイバルしている。そのポスト・パンク/ニューウェーブ的という意味では、ギタリストDaniel O'SullivanのユニットMothliteの2nアルバムDark Ageの方がイメージ的に近いかもしれない。

あたらめて、このアルバムは今からちょうど二十年前の『8月』に起きた「ダイアナの悲劇」をギリシャ神話の女神アルテミスと重ね合わせ、そして二人の『魂』を時空を超えて共鳴させた芸術的な作品だ。もっとも面白いのは、狼は女性神に支配される属性とされ、月が女神として信仰されているところで、今作で例えると狼は他ならぬUlverであり、月の女神はアルテミスに他ならない。つまり、”Nemoralia”が開かれる『8月』の満月の夜にUlver「月の犬」である狼マーナガルムへとその姿を変え、『現代(modern)』を司るダイアナ妃という『大衆(popular)』のシンボルを通して、すなわち「月の女神」であるアルテミス(ダイアナ)と誓約を交わし、そして古代ローマの偉人『ユリウス・カエサルの暗殺』を経由して『ダイアナの暗殺』を暴き出している。狼は『音楽』という名のワームホールの中で、『絵画』の中で描かれる『神話』『過去』『歴史』『現在』『大衆文化』を一つに結合するという、月の女神に従える化身としての使命を果たしているのだ。これらの衝撃的な事実に気づくと、この作品がただの懐古主義の一言で片付けられるアルバムではなく、いかにトンデモナイことしでかしてる『歴史』的名盤なのかが分かるハズだ。これぞ「オルタナティブの極地」だし、ガルムは間違いなく熊界最強の熊だと思う。

The Assassination Of Julius Caesar
Ulver
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AURORA 『All My Demons Greeting Me As A Friend』

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Tracklist
01. Runaway
04. Lucky
05. Winter Bird
07. Through The Eyes Of A Child
08. Warrior
10. Home
11. Under The Water
12. Black Water Lilies

北欧
のシンガー・ソングライター事情といえば、スウェーデンはiamamiwhoami、ノルウェーはSusanne Sundførがシーンのトップに君臨している状況で、その北欧SSWの遺伝子を受け継ぐ、北欧SSWの『未来』を託されたのが、ノルウェーはベルゲン出身で若干ハタチのAurora Aksnes、あらためAURORAだ。そんな彼女の1stフルアルバム『All My Demons Greeting Me As A Friend』は、既に本国ノルウェーでチャート一位を獲得しており、ティーンを中心に急激な速度でその人気を世界に拡大している。



その音楽性は、同郷の大先輩であるSusanne Sundførの傑作『The Brothel』『The Silicone Veil』を全力でリスペクトしたような、つまりチェンバー・ポップ的な音使いやシンセ・ポップ的な綺羅びやかなサウンドを駆使したアート・ポップで、さすがにスザンヌみたいな唯一無二で崇高な世界観やザ・オルタナティブなセンスには及ばないが、時としてオーロラのような輝きと神秘的な存在感を放つ、その若さ溢れるエネルギッシュなポップ・センスと北欧のレジェンドABBAをはじめとした北欧のムード歌謡や北欧民謡/フォーク・ミュージックを経由した優美なメロディセンスは、彼女がSusanne Sundførの妹分であり正統な後継者である事実を物語っている。とにかく、北欧出身ならではの奇抜な才能とChvrchesみたいなイマドキのエレクトロ・ポップを紡ぎ合わせる積極性と柔軟性、そして無類の”若さ”を兼ね備えた、まさに『新世代』のディーヴァと呼ぶに相応しい、これぞハイブリットなスーパー北欧ガールの誕生だ。


USのWarpaintを彷彿とさせる仄暗いアンビエント・ポップ風の始まりから、シンセを使った神秘的なサビへと繋がるオープニング曲の#1”Runaway”、一転してチャーチズ顔負けのアップテンポなイマドキのエレクトロ・ポップを展開する、まるで気分は「北欧のローレン・メイベリー」な#2”Conqueror”、もはやSusanne Sundførも羨むレベルの北欧然としたメロディセンスが爆発する#3”Running With The Wolves”、ここまでの冒頭の三曲を耳にするだけで、つい最近まで10代の少女だったなんて到底思えない、驚くほど成熟した音楽的才能とその全てを魅了するかのような堂々たる歌声にド肝を抜かれる。北欧の白夜を繊細に描き出すような#4”Lucky”Susanne SundførM83が組んで映画『オブリビオン』に書き下ろされた曲に匹敵するスケール感と宇宙空間的なアレンジが際立った#5”Winter Bird”、そのアトモスフェリックな流れを引き継いで、再びSusanne Sundførを凌駕する極上のメロディが炸裂する#6”I Went Too Far”は、あらためて彼女がタダモノじゃあないことを、ただの「若干ハタチ」ってレベルじゃねぇぞって事を証明するかのような曲だ。



北欧の純白の雪景色が一面に広がるようなATMS空間とピアノ、そしてJulianna Barwick顔負けのコーラスが壮観に演出する#7”Through The Eyes Of A Child”、戦いに赴く北欧ヴァイキングを鼓舞するかのような民族音楽風のけたたましいトラックとAURORAの力強い歌声が広大な大地に響き渡る#8”Warrior”、そして今作のハイライトとを飾る#9”Murder Song (5, 4, 3, 2, 1)”は、その「若さ」ゆえの危うさと心の不安定さが不規則で不可解な化学反応を起こす曲で、このMVをはじめ各MVで垣間見せるAURORAの迫真の演技はもはや「北欧のクロエ・モレッツ」だ。で、このまま終わるのかと思いきや、カナダのElsianeを彷彿とさせるエスニックな調味料を加えた”Under The Water”の存在感ったらない。
 

とりま「最近のSSWでキテるの誰?」っていう質問の答え、その解答の一つがAURORAであり、この『All My Demons Greeting Me As A Friend』は、北欧SSWの『未来』をオーロラのように明るく虹色に照らし出すような、聡明かつ純粋、そして『幸福』なメロディに満ち溢れている。とにかく、根拠に裏付けられた自信と天才的な才能が凝縮されたデビュー作だ。
 
All My Demons Greeting Me As a
Aurora
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Enslaved 『In Times』

Artist Enslaved
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Mixing Jens Bogren
Jens Bogren

Album 『In Times』
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Tracklist
02. Building With Fire
03. One Thousand Years Of Rain
04. Nauthir Bleeding
05. In Times
06. Daylight

イェンス童貞 ・・・今や”イェンス童貞”じゃないバンドの方が少ないんじゃあないかってくらい、メタル界屈指の売れっ子エンジニアとなったイェンス・ボグレン。あのOpethでもなんでも、イェンスと組んだバンドは一作目のアルバムが名作になるみたいな風潮があって、この北欧ノルウェイの森に棲むクマおじさんこと、Enslavedもイェンスを迎えた2010年作の11thアルバムAxioma Ethica Odiniで、名実ともにOpethMastodonを代表とする一流プログレ・メタル勢の仲間入りを果たした。2012年作の12thアルバムRIITIIRでは、前作から鮮明化したプログレ路線が著しく進むと同時に、Alcest以降のモダンなポストブラック勢からの影響も垣間見せ始め、ケモナーみたいなムッサいムッサい見た目のイメージとは裏腹に、メチャクチャ器用な音楽センスを見せつけていた。で、次はどうでるか?まさか本当にシューゲイザーやっちゃうか?なんつって。まぁ、それは冗談として→そんなEnslavedは約三年ぶり、イェンスと組んでから早くも三作目となる13thアルバム『In Times』をリリースした。

クルゾ...クルゾ...コネー('A`) ・・・結果的に、先ほどの予想は良くも悪くも真っ向から裏切られる形となった。結論から言ってしまえば、この『In Times』はここ最近の近代プログレ・メタル路線から一転して、10アルバム『Vertebrae』以前の不気味さと混沌さ蠢くノルウェイジャン・ブラック、要するに本来のEnslavedの姿へと回帰している。その”違い”は幕開けを飾る#1”Thurisaz Dreaming”から顕著で、Axioma Ethica Odini流れのヴァイキンガーの血が騒ぎ出す勇壮な勢いはそのままに、鍵盤奏者エルブラン・ラーセンによる気だるく幽玄なクリーン・ボイスを披露する中盤、そして本来この展開なら最後に大サビが来るはずなのに何事もなく曲が終わる。なんつーか→「大サビ来るぞ...大サビ来るぞ...コネー('A`)」みたいな、なんだろう、『男の世界』で例えるならフィニッシュする直前に嬢に「はい時間でーす☆」と言われた時の感覚っつーのかな、ある種の”寸止めプレイ”を食らった感覚に陥る。この時点で分かるのは、ここ二作のウリだった急転直下型の緩急を織り交ぜたド派手な展開力は比較的影を潜め、一転して下手にコネクリ回さないシンプルな構成かつ無骨に展開していくイメージが先行すること。それと同時に、ここ最近のプログレ化によって生じた音の軽さや民族的世界観の希薄さなどの弊害から脱し、従来のブラックメタル然としたドス黒い『漆黒の意志』が音に宿り、雄々しくも深みのあるコンセプティブな世界観を形成している。少なくとも、最近のプログレ路線を期待すると肩透かしを食らうのは確か。

シブみ ・・・近年Enslavedの功労者であり鍵盤奏者エルブラン・ラーセンが主役を務める#2”Building With Fire”では、過去二作でもはや”歌モノ”と呼んでいいくらい叙情的なメロディ重視だった彼のクリーンボイスは、今作では一転して浮遊感重視の幽玄なクリーンボイスを披露している。前作、前々作みたく存在感が浮くぐらいガッツリメロディを歌い上げるというわけじゃなくて、以前と同じような立ち位置/スタイルであくまでもコーラス役に徹している点も、過去二作との大きな”違い”と言える。あくまでも無駄を削ぎ落としたスタイリッシュでオーガニックなノルウェー流のブラックメタルを目指した、そんな彼らの明確な意思が感じ取れる。確かに、一聴した時のインパクトでは最近の二作に劣る。しかしシブい、とにかく”シブみ”は過去最高にあって、どこの誰にも媚びないベテランらしい一枚でもある。全6曲トータル約53分という潔さも、本作の”シブみ”に拍車をかけている。いくら過去二作とは毛色が”違う”とは言っても、#4”Nauthir Bleeding”では初期Alcest顔負けの遊牧民的で民謡チックなムードをアピるし、#6”Daylight”では暗転パート以降のガチでポストロック/シューゲイザーやっちゃう、ノルウェイの森のクマさんという名の五人の天使が織りなす繊細な美メロフレーズと、北欧神話の雷神トールが地上に降り立ったかの如し五人のケモナーが大地を轟かすメタリックなヘヴィネスとのギャップ萌えに男泣き不可避だ。一聴して今作が”スルメ盤”であることが分かるが、随所で過去二作で培ったモダンな要素を本来の姿に統合させる事に成功しており、つまり持ち前のライティング能力、その器用さは一層に磨きがかっている。そして、何と言っても表題曲の”In Times”は、民族楽器を使ったイントロのポロ~ン♪からスケール感溢れる展開力と幽玄の極みとばかりの深淵な世界観、これまで溜めに溜め込んだエモーショナルな感情をここぞとばかりに爆発するさせるエルブランのボーカルまで、ここ最近のEnslavedが築き上げてきた玄人スタイルの一つの終着点と言っても過言じゃあない名曲だ。とにかく、序盤は”寸止めプレイ”みたいな楽曲が続いてなかなかイケない(フィニッシュできない)状態に陥るが、しかし男の色気が出てくる4曲目以降、特に表題曲とラストの存在感を前にすれば全てを許してしまう。それくらいインパクトある。

・・・しかし何度も書くけど、今作は過去二作のプログレ路線が好きな人向けというより、それこそブラックメタル...それ以前に”メタル”が好きな人に強くオススメしたい。一抹の不安だったイェンスと組んで三作目というジンクス/マンネリ感は心配するに至らなくて、もはや彼らの集大成と呼んじゃっていいレベルの力作だと。やっぱその辺の器用なバランス感覚はベテランならではの業だと思うし、改めてなんやかんやスゲーおっさん達だと。
 
In Times
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Enslaved
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Leprous 『The Congregation』

Artist Leprous
Leprous-2015

Album 『The Congregation』
Leprous-The-Congregation

Producer/Engineer David Castillo
David Castillo
Mixing Jens Bogren
Jens Bogren

Tracklist

01. The Price
02. Third Law
03. Rewind
04. The Flood
05. Triumphant
06. Within My Fence
07. Red
08. Slave
09. Moon
10. Down
11. Lower
12. Pixel

Opethの後継者 ・・・自出がThe Black Lodge Studio同士、ある種の兄弟分でもあるスウェーデンのIn MourningとノルウェーのLeprous、デビューアルバムを出すやいなや「Opethの後継者だ!」なんて過度な期待を受けたこの両者、頑なにThe Black Lodge Studioから離れようとしなかったIn Mourning、一方で早々にイェンス・ボグレンという大きな才能を引き入れたLeprous、一体どこで差がついたのか・・・?ちょっと前まではイーサン叔父貴の親戚兼サポートバンドみたいな認識だったのが、今やエクストリーム・メタル界を代表する存在にまで成り上がったレプラス。そんな彼らの約二年ぶりの4thアルバム『The Congregation』は、そこれはもう映画『レ・ミゼラブル』ならぬ『レ・プラス』だと高い評価を得た前作の3rdアルバムCoalの延長線上にある一枚となっている。

Post-Djent ・・・おいら、DIR EN GREY”Unraveling”はPost-Djentだと解釈しているんだが、というより、この曲を聴いて真っ先に頭に浮かんだバンドが実はレプラスで、もっと言えば自分の中でPost-Djentと聞いて一番にイメージするのが、レプラスの3rdアルバム『Coal』に収録された”The Valley”とかいう名曲で、これはスティーヴン・ウィルソンの4thアルバム『Hand. Cannot. Erase.』”Home Invasion”という曲を聴いた時にも、あらためて近年のメタル界を代表する一曲だと再確認させられた。何を話そう、この『The Congregation』は、前作の名曲”The Valley”の世界観を更に深い所まで掘り下げた、もはや余計な音を極限まで削ぎ落とした底すらない漆黒の闇、極限まで研ぎ澄まされた無の境地へと、まるで気分は映画『インターステラー』でワームホールの中を彷徨うマシュー・マコノヒーさながら、もはや異次元あるいは五次元超超立方体を彷徨い続け、そして遂に孤高の音楽に辿り着いちゃった感すらあるのだ。他の者の介入を許さない研ぎ澄まされた狂気的な精神世界の中で、過去最高にスタイリッシュに刻まれる鬼リズム&鬼グルーヴを核に、まるで精密機械であるかのような鬼気迫る音の波動を形成するその姿は、イーサン叔父貴を喰らって突然変異しちゃったノルウェイの森に棲む”スタイリッシュ変拍子型巨人”とでも例えようか。



非・踊らせ系 ・・・その今作における”スタイリッシュ変態”を象徴するのが、今作の幕開けを飾る#1”The Price”と#2”Third Law”で、それこそスーツ姿のビシッとキマったイケメンばりの”スタイリッシュ変拍子”を刻みこむ、某国産ガールズバンド的に例えると”非・踊らせ系”のリズムを主体に、ある種のエレクトロ/インダストリアルというかモダンで無機質な色気を振り撒きながら、その無機的な空気感とともに極上のミニマリズムを打ち出していく。次の#3”Rewind”では、中期ANATHEMAを彷彿とさせるフロイド的宇宙空間で、新メンバーであるバードのジャズ流れのドラミングが暗黒物質の如く奇々怪々とキラメキユラメキながら、そしてイーサン叔父貴を喰らったレプラスの本性という名の狂気を垣間見せるラストのド展開に身震いすること請け合い。そして、序盤のハイライトを飾る#4”The Flood”までの流れは圧巻の一言で、序盤からクライマックスと言わんばかりの只ならぬ緊迫した空気(大気)に一瞬にして飲み込まれる。それ以降も、良い意味で調子乗りまくりなエイナルの演歌歌手ばりにコブシを効かせたドエロな歌声を主体に、行き過ぎないエレクトロなアレンジで曲に変化を持たせつつ情熱的かつドラマティックに聴かせる。そのエイナルのドエロなポテンシャルが感極まる#8”Slave”は間違いなく今作のハイライト。前作はアルバムトータルで一つの物語、それこそ一つの演劇『レ・プラス』を完結させていたけど、一転して今作はアルバム単位でというより曲単位でその世界観だったり物語をコンパクトに完結させているイメージが強い。確かに、序盤の流れがクライマッドマックス過ぎて終盤尻窄みに感じなくもないし、映画さながらスケール感マシマシの前作とは違ってシンプルなタイトルや曲数的にも全体的に小粒感は否めない。感覚的にイーサン叔父貴のDas Seelenbrechen、その中でも”Tacit 2”をイメージさせなくもない。これと似た感覚だと、最近ではLiturgy『The Ark Work』を聴いた時の→「なにやってんだこいつら?!」みたいな感覚に近い。結論から言っちゃえば、これはもう一種の”Contemporary-Djent”と形容しちゃって差し支えないんじゃあないかって。

イェンス×デイビッド ・・・今作、まず何よりもエイナルのボーカルよりもドラムのプロダクションに異常なまでの”こだわり”を感じる。当然、今作はドラム主体の鬼グルーヴ/鬼リズムに重点を置いて作曲されているのだけど、それにしても新メンバーのバード、過去にセッション・ミュージシャンとしてバンドに関わっていたとはいえ、今のレプラスとここまでマッチングする才能の持ち主だとはあまりにも想定外だったし、素直に驚いた。とにかく、ドラムのプロダクションおよび聴かせ方が理想的で、これは今作で初めてエンジニアにデイビッド・カスティロを迎え、かのGhost Wardでレコーディングした影響もあるのか、もはやイェンス・ボグレンデイビッド・カスティロという、既にその手の界隈では重鎮である二人のエンジニアをNEXT-ステージへとステップアップさせるようなキワミ・サウンドを作り上げている。イェンスとデイビッドはレプラスのコンポーザー能力を、レプラスはイェンス(Fascination Street Studios)とデイビッド(Ghost Ward)のスタジオ/エンジニア/プロデュース能力を、双方が持つポテンシャルを互いに高め合うように最大限引き出す事に成功している。それこそ、イェンスとOpethが初対面した名盤『Ghost Reveries』、あるいはイェンスとデイビッドがタッグを組んだKATATONIAの傑作『The Great Cold Distance』という、今やメタル界の二大巨塔を名実ともに一流バンドへと押し上げた、それらの名作に勝るとも劣らない、むしろその”再来”と言っても決して過言じゃあない。それらからも分かるように、名作の条件として最も重要視されるのが”ドラム”の音だ。少なくとも、このアルバム『The Congregation』は、その名作の条件として必要な”ドラム”という最重要課題を難なくクリアしている。

Leprous VS. tricot ・・・なにはともあれ、ボーカルのエイナルをはじめとした個々のテクニックやドラマ性、プログレ然とした展開力やフロイドもビックリの浮遊力全開のアレンジ力、あらゆる音の説得力に只々圧倒される。偉大な先代が築き上げたエクストリーム・ミュージックを自己流にアップデイトして、作品を重ねる毎に独自のオリジナリティを打ち出してきた彼らだが、遂にこの4作目でメタルというジャンルの枠組みを超越した孤高の存在、すなわち未来人としての資格を得たのかもしれない。このアルバムをもってレプラスがエクストリーム・メタル界の頂点に立った、という事実を否定する輩がいるとすれば、恐らくそいつは相当度胸のある人間だと思う。こいつら、マジで久々にメタル界のヒーローと呼べる存在なんじゃあないかって。だから、もし次に来日する際にはtricotをサポートに呼んで”非・踊らせ系”対決して欲しいと思っちゃったんだからしょうがない。
 
Congregation
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Leprous
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Susanne Sundfør 『Ten Love Songs』

Artist Susanne Sundfør
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Album 『Ten Love Songs』
Ten Love Songs

Tracklist
01. Darlings
02. Accelerate
04. Silencer
05. Kamikaze
06. Memorial
07. Delirious
08. Slowly
09. Trust Me
10. Insects

北欧のスティーヴン・ウィルソン ・・・個人的に、海外のシンガー・ソングライターの中で新作がリリースされる度に欠かさず追い続けてるアーティストが、北欧ノルウェーはオスロを拠点に活動するノルウェイの森の不思議ちゃんこと、このSusanne Sundførだ。彼女の名を世に知らしめる大きなキッカケとなった、2010年作の2ndアルバム『The Brothel』を聴いた時の衝撃は今でも記憶の中に強くあって、ジャズ/エレクトロ/シンセ/アート/ドリーム/バロック・ポップやオルタナやエクスペリメンタルやアコースティックやフォークやトリップ・ホップやアンビエントやモダン・クラシカルやアトモスフェリックやインストゥルメンタルなど...ありとあらゆるジャンルと多種多様な楽器を変幻自在に操るマルチな音使いをもって、一種のおとぎ話のようなミュージカルさながらメルヘンチックに演出していく姿は、それこそPost-Progressiveと表現する以外他に例えようがなくて、あわやRiversideマリウス・デューダ君のソロ・プロジェクトをはじめとしたPost-Progressive界隈にも地味に影響を与えてるんじゃあないかってくらい、もはや日本の椎名林檎邦楽界のスティーヴン・ウィルソンだとするなら、このSusanne Sundfør北欧のスティーヴン・ウィルソンあるいは欧州のGrimesと言っても過言じゃあないくらい(グライムスよりも年上だが)、とにかくマジでスンゲーSSWというわけ。で、その傑作『The Brothel』が本国ノルウェーのチャートで一位を飾ると、続く3rdアルバムThe Silicone Veilも本国のチャートで一位を、そして約三年ぶりとなる4thアルバム『Ten Love Songs』も当然のように初登場一位を記録し、このように三作連続でチャートトップを飾っている所からも、母国では既に絶大な人気を博しており、名実ともに北欧いや欧州を代表するアーティストにまで上り詰めている。そんな彼女を人々はこう呼ぶ...北欧のケイト・ブッシュと! 最近では、フランスの英雄M83がトム・クルーズ主演の映画『オブリビオン』に書き下ろしたED曲でフューチャリングしてたりと、その知名度は着実に世界へと拡散中だ。

北欧の西野カナ ・・・この『Ten Love Songs』は、前作から顕著に浮かび上がってっきた"ボーカル重視"の流れを素直に踏襲しつつも、一方でソングライター以前に一人のシンガーとしてのポテンシャルを爆発させている。傑作『The Brothel』で提示したオルタナというかエクスペリメンタルというか、あらゆるジャンルを内包した「なんじゃこいつ!?」感や持ち前のPost-感というのは少し薄まって、あのM83とコラボした事で彼女の中でナニかが感化されたのか、よりメインストリームを意識した80年代リバイバル感溢れる俄然ポップでロリキュートなボーカル、そして北欧の西野カナを襲名するかのようなLOVE♥い歌詞を全面にフューチャーした、俄然レトロフューチャーなシンセ・ポップ色の濃い作風となっていて、それこそ『Ten Love Songs』という至ってシンプルなタイトルが示すように、10曲のラブソングとしてサクッと気軽に聴けちゃう、過去最高にkawaii-スイーツ感と大衆性に満ち溢れた作品となっている。



永遠のØ ・・・まさに今作最大のテーマである"ボーカリストとしてのSusanne Sundfør"を強く打ち出していくような、オープニングを飾る#1”Darlings”から、まるで小さな丘の上に佇む教会の中で、コーラス合唱隊という名の神の使いを引き連れたスザンヌが、USの歌姫Julianna Barwickばりの神聖な歌声を天上へと高らかに響かせる。その神々しい幕開けから一転して、それこそChelsea Wolfe直系の黒魔術を詠唱するかのようなスザンヌのゴシカルな歌声とダーティなエレクトロと妖艶かつ幽玄にユラリ揺らめくシンセ、俄然その密教的というかエスニックなムードを濃厚に演出するパーカッションが妖しくネットリと絡み合うダンス・ロックチューンの#2”Accelerate”、そのダークな雰囲気からギャップレスで繋がる#3”Fade Away”は、それこそABBAをはじめとした往年の北欧ポップ・ミュージックを継承するかのような、どこか懐かしくもあり史上最高にポップでもありフォーキーでもある情緒に満ち溢れたメロディ、その洗練された『王道』のポップスからは、もはや映画『サウンド・オブ・ミュージック』を観ているかのような、老若男女の郷愁心に訴えかける普遍的なキャッチーさすら感じ取れる。この#2#3【裏と表】あるいはと黒】のように対極的な曲調をギャップレスで繋ぐ演出は見事としか言いようがなくて、彼女のシンガー以前にソングライターとしての異常なポテンシャルを伺わせる。プロデューサーにJaga JazzistLars Horntvethを迎えた#4”Silencer”は、序盤はアコギとオートハープが織りなす遊牧的な音とスザンヌのウィスパーボイスが、そのタイトルどおり静かに、そして安らかに聴き手を黄泉の国へと誘い、しかし中盤からはストリングスを使って壮麗かつPost-的な展開力を発揮していく。・・・そして”カミカゼ”とかいう、もはや説明不要のタイトルを冠した”Kamikaze”は本作最大の目玉で、過去最高にエモーショナルな...誤解を恐れずに言うと媚びたような甘酸っぱいスザンヌの胸キュンボーカルッ!それはまるで神風特攻隊である主人公とヒロインの『愛』が込められた『魂』のリリックッ!そして零戦が飛び交うSEを使ったガチな演出とともにッ!特攻隊員の刹那的かつ激情的な想いと「最高にハイ!」ってヤツの狂気的な感情が一気に爆発し、まるで一寸法師の如くカオティックに踊り狂うかのようなシンセの音色が今世紀最大の感動を呼び起こすッ!これはもはやッ、Susanne SundfØrが音楽の世界で描き出す...スザンヌなりの『永遠のØ』だッ!

北欧の荻野目洋子 ・・・名曲”Kamikaze”のチェンバロを使ったアウトロのカタルシスと感動の余韻を残したまま、プロデューサーにM83アンソニー・ゴンザレスを迎えた#6”Memorial”へと繋がる。それこそ”Kamikaze”により儚く散っていった、永久に帰らぬ君を想うリリックを聖者に代わって神々しく歌い上げるスザンヌとM83直系の80年代リバイバルなシンセをフューチャーしながら、中盤からは映画音楽さながらの重厚なストリングスにより俄然ドラマティックに、音のスケール感をマシマシに演出していく、それこそ映画『オブリビオン』で共演した事の延長線上にある約10分を超える長編大作だ。で、まるで同郷のUlverの近作を彷彿とさせる狂気的なイントロから、引き続き壮麗なストリングスをフューチャーしたエレクトロ・ポップ調で展開する曲で、中でもCome into my arms, come into my armsという、まるで気分は『ダンシング・ヒーロー』荻野目洋子とばかりのリリックを繰り返し、愛する人の腕を力強く引き寄せるような#7”Delirious”、初っ端のPlease go slowly...とかいうスローセックス推奨のリリックからしてエロ過ぎる...もといエモ過ぎる曲で、「おいおいテレサ・テンか」ってくらい哀愁ダダ漏れの歌声と日本のムード歌謡を思わせるRøyksopp譲りのシンセ・サウンドに→「懐かしくて涙が出ちゃう、だって女の子だもん!」ってなることウケアイな#8”Slowly”、この#7→#8のいわゆる"歌モノ系"の流れを聴けば、このアルバムがいかに日本人向けと呼ぶに相応しいアルバムなのかが分かる。そしてシンプルな#9”Trust Me”から、まるで椎名林檎”尖った手口”に対するスザンヌからの回答であるかのような#10”Insects”まで、まるで百某の『永遠の0』はマガイモノだと言わんばかりの、僕たち日本人にこれが本物の『永遠のØ』だと説き明かさんとする傑作だ。

日本人好み ・・・このアルバム、まず何よりもボーカリストとしてのSusanne Sundfør、そのポテンシャルが過去最高に発揮されている。最高傑作と名高い2ndアルバム『The Brothel』と比較すると、M83リスペクトな音使いや80年代を意識した音作りは勿論のこと、スザンヌの感情的なボーカルワークやフィンランド映画『アナとオットー』をイメージさせる刹那的なリリックまで、全ての音の嗜好がメインストリーム市場向けに著しく変化しているのが分かる。その変化が最も大きな部分は他でもないスザンヌのボーカルで、2ndアルバムの頃はボーカルが一つの楽器として機能していたが、今作では日本の荻野目洋子をはじめ、80年代の昭和歌謡にも通じる情感溢れるエモーショナルな歌声と持ち前の高域の美しさと低域の妖艶さを自在に操るボーカルワーク、その魅力が余すことなく堪能できる今作は、もはや"歌モノ"として聴くべきアルバムなのかもしれない。そのサウンドも同様、意図的にチープというか80年代を意識したレトロフューチャーなシンセをはじめ、ドラム・アレンジまでも徹底して80年代を再現した音作りになっており、細部まで緻密に計算し尽くされた80sリバイバル・サウンド、そのクリエイターとしての徹底したガチっぷりにリスペクト不可避だ。そのアレンジに関しても、まるでテレサ・テン『愛人』を彷彿とさせる昭和歌謡っぽさあって、とにかくメロディからアレンジまで日本人の心に違和感なく溶け込む音色で埋め尽くされていて、これはもう完全に日本人向けの作風と言い切っちゃっていいレベルだ。元々、これまでの作品にも共通する遊牧的な音の温かさだったり叙情的な曲の雰囲気は"日本人好み"だと思ってて、今作ではそのいわゆる"日本人好み"のステータスがカンストを超えてゲージを振り切っている。だからGrimesよりも日本で人気が出ても全くおかしくないというか、むしろ日本人が聴かなきゃいけないアーティストだと心から思う(なお、日本での知名度...)。同時に、”Fade Away”みたいなABBAリスペクトな楽曲を書いたお陰か、初めてスウェーデンのランキングにチャートインした事実を見ても、今作は意図的にスウェーデン市場を狙った確信的な一枚でもあるのだ。少なくとも"歌モノ"として聴けば2ndに匹敵する完成度だし、"歌モノ"に限って聴くなら間違いなく最高傑作だと思う。それこそ初めて彼女の作品を聴くって人には、これ以上ないほど打って付けの一枚と言える。なんつーか、前作の一皮剥けきれないハンパなイメージや唯一のネックだった作品の尻すぼみ感は一切なくて、最後の最後までノリノリdeアゲアゲなダンス・ミュージック的さながらのテンションで振り切った末の傑作だ。これは余談だけど、今作屈指の名曲”Kamikaze”を初めて聴いた時は→「よし!"カミカゼ"って単語は歌詞に入ってないな!」って安心して聴いてたけど、後で歌詞カードを見たら普通に「カミカゼ」って言葉が歌詞にあって、それが外国人特有の「カミカズィ~」的な発音だったから全然気づかなかったみたいで、でもこれ気づかないほうが名曲に聴こえるヤツなんで「カミカズィ~」は忘れちゃてください。

SSW三姉妹 ・・・結論として言うなら→「もうなんか完全に椎名林檎の『日出処』とリンクしてて面白いってレベルじゃねぇわもう」です。そもそも、ナゼ僕が【椎名林檎が日本におけるPost-Progressiveの先駆け、第一人者】だと考察しているのかと言うと、ハッキリ言っちゃえば椎名林檎という存在にこのSusanne Sundførと同じフィーリングを感じているからで、例えばこの『Ten Love Songs』にもあるような曲間のギャップレスな繋ぎから、ボーカル・メロディの作り方やチェンバロ及び映画音楽顔負けのストリングスを大胆に取り入れたアレンジ面もどことなしか似ている。当然、それは彼女たちが"オルタナティブ"な存在だと理解した上での話なのだけど、アルバムの中盤あたりからストリングスを押し出していく演出も『日出処』と共振するかのよう。そして何よりも、最近では「もう王道のことしかしたくない」と語っている椎名林檎だが、他でもないこの『Ten Love Songs』も紛れもなく『王道』の音楽と呼べるソレで、事実、椎名林檎で言うところの毒素というか不思議ちゃんみたいな取っ付きにくそうなオーラ、これまでの少し奇をてらった"アンダーグラウンド"なイメージを完全に払拭しきっている。音的にも、細部まで緻密に練りこまれたというより驚くほど大胆かつシンプルで、音使いや音数(音色)も過去最高にシンプルかつ最小限に抑えられているし、小難しいことは何一つない大衆性に溢れたアルバム・コンセプト的にも、もはや必然的に『日出処』と同列に語りたくなるのが男の性ってもんだ。つまり、今作で彼女も椎名林檎と同じ"ある境地"に達したと認識していいだろう。同時に、これはもはや『日出処』に対する北欧ノルウェーからの回答である、という事も。しかしもう既にスザンヌは椎名林檎グライムスにも影響を与えているのかもしれない。というより、日本におけるPost-Progressive界の第一人者として、同じ"オルタナティブ"なSSWとして彼女の存在を意識していないわけがない。つうか、椎名林檎が長女(37歳)で、このスザンヌが次女(29歳)で、グライムスが三女(27歳)でSSW三姉妹的な解釈を持ってみると、また違ったナニかが見えてくるかもしれない。アジア文化に関心がある、この三人に共通するオリエンタリズム的な意味でもね。特にスザンヌは本国ノルウェーだとEMIに所属しているってのが何よりも面白い。ともあれ、もし椎名林檎『林檎フェス』なるものを開催しようもんなら、是非とも外タレ枠で呼んで欲しい最もたるアーティストだ。

SW×SSW ・・・しっかし、約三年ぶりのフルアルバムという事で若干心配したが、蓋を開けてみると著しい変化とともに確かなスザンヌ節も要所にあって安心した。あらためて、海外のSSWで一番好きなアーティストだと再確認した次第だ。と同時に、これは最近のANATHEMAにも同じことが言えるのだけど、ノルウェーとUKミュージックとの親和性の高さって一体何なんだろうなって。まぁ、それは割りとどーでもいいのだけど、そんな事よりいつかマジでスティーヴン・ウィルソンとコラボして欲しいっつー話w

Ten Love Songs
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