Welcome To My ”俺の感性”

音楽のレビューというか感想をてけとーに書き殴るブログです。

俺の感性

℃-ute解散がショック過ぎるので更新停止します

ANATHEMA 『Distant Satellites』

Artist ANATHEMA
ANATHEMA

Album 『Distant Satellites』
Distant Satellites

Tracklist
01. THE LOST SONG part 1
02. THE LOST SONG part 2
03. DUSK (dark is descending)
04. ARIEL
05. THE LOST SONG part 3
06. ANATHEMA
07. YOU'RE NOT ALONE
08. FIRELIGHT
09. DISTANT SATELLITES
10. TAKE SHELTER

    -これは呪い(ANATHEMA)を解く物語-

【解散願望】・・・解散して欲しかった。約二年前、2012年にリリースされた9thアルバムWeather Systemsを数千回聴き込んだ末、遂に”俺の感性”が導き出した答えこそ→ANATHEMAは『ジョジョ』だということ、つまりANATHEMAの『Weather Systems』黄金の精神』であり、『Weather Systems』X JAPANのバラード・コレクションだということ、そして”俺の感性”一巡させた事である。そんな、10年に一度の歴史的名盤となった『Weather Systems』を超えるなんて事はもはや不可能、万が一の可能性を見い出すとすれば→それは”俺の界隈”代表取締役社長兼CEOであり8thアルバムWe're Here Because We're Hereを手がけたスティーヴン・ウィルソン氏、あの『Weather Systems』をプロデュースした張本人であるChrister André Cederberg、そして俺の界隈の裏方で知られるイェンス・ボグレンという、いわゆる”俺の界隈の三銃士”の力が必要不可欠、でもそんなこと・・・「できるわけがない!できるわけがない!できるわけがない!できるわけがない!」と四回叫び、半ば諦めかけていたその時ッ!今作『Distant Satellites』のエンジニアとしてSW氏がミックス(2曲)を、前作同様にノルウェイ人のChrister André Cederbergがプロデュース&ミックスを、そして5.1chサラウンドのミキシングに俺たちのイェンス・ボグレンが参加しているとの情報を得た僕は→あの『Weather Systems』『神の領域』すなわち『メイド・イン・ヘブン』に到達し、名実ともに”アンタッチャブル”な存在となったANATHEMAは、この『Distant Satellites』で自分自身を乗り超える、つまり【神殺しのANATHEMA】を襲名する覚悟ッを決めたんだ...そんなダイアモンドのように硬い意志を感じ取った。要するに→「神を超える」ための条件は全て整った、というわけだ。

               『ザ・ロスト・ソング パート1』

                       今夜
                   僕は解放された
                    とても自由だ

                   生まれて初めて
                     僕は目にした
                     新たな人生を
                     新たな人生を

                    呼吸を始めよう

                    そして君が現れた
                    どこからともなく
                     僕の人生は
                 すっかり変わってしまった

    (いつの日か、あなたは私を感じるわ 微風に運ばれる囁きの中に)

                   そして、あの夜
                    僕は夢の中で
                   静かに立ち去った

                  もう一つの場所へと
               そこで君は僕に話をしてくれた
                    この日のこと
                    この日のこと

                    そして君が現れた
                    どこからともなく
                      僕の人生は
                 すっかり変わってしまった

               というのも、君は僕のものであり
                   僕は君のものだから
                     死ぬまでずっと
                     死ぬまでずっと
                恐怖なんて幻想に過ぎないんだ


【THE LOST SONG=THE LAST SONG】・・・僕は涙した。まるで僕が『Weather Systems』はX JAPANのバラード・コレクションだと言った事を証明するかのような、今作『Distant Satellites』の心臓部を担う”THE LOST SONG”、その幕開けを飾る”THE LOST SONG part 1”に涙した。ハッと息を呑む壮麗かつ荘厳なストリングスから、まるで英国貴族の社交界のようにエレガンスなピアノの旋律と新メンバーのダニエル・カルドーゾによる5拍子を効かせたドラミングが織りなす、それこそソフト&ウェット(柔らかくて、そして濡れている)な黄金のリズム&血液のビートが、鼓動が魂が、山吹き色の輝きを放ちながら激しく高らかにオーバードライブしていき、前作の『Weather Systems』を堺に”ボーカリスト”としてのリミッターが解除された暴走モードのヴィンセント・カヴァナーリー・ダグラス姐さんが織りなす、まるで『幸福』についてを語り合うかのような黄金のハーモニー、そしてこの歌詞に涙したんだ。驚いた、まるでジョジョ8部『ジョジョリオン』の主人公東方定助の壮絶な運命を歌っているようではないか。そう、この歌詞に登場する”僕”とは東方定助であり、”そして君が現れた”の”君”とは広瀬康穂ではなかろうか。それこそ『ジョジョリオン』の一話と同じように、どこからともなく現れた康穂と出会った定助の人生、その運命は”すっかり変わってしまった”わけだ。では、”解放された”や”新たな人生を”は一体何を意味し、”もう一つの場所”とは一体何処なのだろうか。そして、広瀬康穂役のリー・ダグラス姐さんによる(いつの日か、あなたは私を感じるわ 微風に運ばれる囁きの中に)という意味深な歌詞は一体何を意味しているのだろうか?これらは壁の目で目覚めたジョジョリオン一話の東方定助なのか、はたまたジョジョリオン最終話での”帰るべき場所”を見つけた東方定助=Xなのか、とにかく複数の解釈が持てる謎に満ち溢れた歌詞だが、少なくともこの曲で流した僕の涙は、『ジョジョリオン』の最終話を読んで流す涙と全く同じ涙であると確信した。そもそも、この”THE LOST SONG”というタイトルは、自分の記憶を”失った”東方定助自身であり、これこそ『ジョジョリオン』のテーマソングと呼べるだろう。

jojo1

【プログレ界のART OF LIFE】・・・それはまるで『ジョジョの奇妙な冒険』の初代主人公ジョナサン・ジョースターエリナ・ペンドルトン、もしくはジョジョ8部『ジョジョリオン』の主人公東方定助広瀬康穂黄金の関係性、その関係性を黄金のハーモニーへと変えて、血液のビートを刻みながら雄大な抒情詩を宇宙という名の無限∞に広がるキャンパスに静かに、しかし深裂に描き映し、そして瞬く間に天空を駆け巡るストリングスや艶美なキーボードとニュータイプ的なプログラミング、音圧(ダイナミズム)重視のギターの轟音ヘヴィネス、俄然タイトなリズムを刻みこむドラム&ベースが互いに高め合い狂喜乱舞しながら、それら全ての音をハリケーンの如く巻き込んでいき、遂には黄金の回転エネルギー』の力が働いた巨大な音の塊、すなわち宇宙規模のサウンドスケープとなって全人類をカタルシスの渦に飲み込んでいく。その曲調としては、前作の名曲”Untouchable, Part 1”を踏襲した超絶epicッ!!ナンバーと言っていいが、当然のようにドラマティックでありながらも崇高かつ荘厳、そして神妙な雰囲気を漂わせながら、一定のリズムからなるシンプルなミニマリズムによって体内に蓄積された小さな音エネルギーを一気に爆発させるような、2012年の『ウェザー・リポート』のスタンド能力により生じた暗雲たち込める空模様に太陽の光が差しこむような、まるで【3.11】を堺に漆黒に染まった日出づる国に『愛(Love)』『勇気(Pluck)』『希望(Hope)』という生命エネルギーをズキュウウウン!!と注入するかのような、クライマックスを飾る終盤のオーケストラが解き放つ『清らかさ』は鳥肌モノってレベルじゃないし、それと同時にthe fear is just an illusionという歌詞に込められた、まるで「勇気とは怖さを知ることッ!恐怖を我が物とすることじゃあッ!」と言い放ったウィル・A・ツェペリの如く、それこそ『人間の魂』をアツく焦がすような『灼熱の魂』に、もはや”感情の限界突破”に限りなく近い胸の昂ぶりを抑止することが出来なかった。そして僕は、今にも張り裂けそうな胸の高鳴りを沈めながら閃いた→「もはやTHE LOST SONG part 1はプログレ界のART OF LIFEだッ!」ってね。

                『ザ・ロスト・ソング パート2』

                     人生には
                     必ず訪れる
                   目覚める瞬間が

                    着実に刻まれる
             あなたの心臓の鼓動の音を耳にして

                 今やあなたは解放された
                   そして私はこのまま
                   ずっと夢見ていよう 

                生きている、気づいている
                  かつて信じていた愛

             いつの日か、あなたは私を感じるわ
                微風に運ばれる囁きの中に
               そして私はあたなを見つめる
                堂々と立っているあなたを

                      戻ってきて
                    どうか信じて

                 こんな気持ちは初めてよ

            あれが幻想だったんなんて信じられない 

【東方定助×広瀬康穂】・・・幕開けを飾る”THE LOST SONG part 1”東方定助視点で描かれた曲ならば、この”THE LOST SONG part 2”はヒロインである広瀬康穂視点で描かれた曲だ。この曲は、恋人を想うあまりにも純粋なキモチが込められた歌詞を、いい意味でポップに歌い上げるリー・ダグラス姐さんの母性あふれる歌声と壮麗優美なストリングスをフューチャーした、と同時に艶かしいまでのL O V E!L O V E!L O V E!なエモーションがとめどなく溢れ出す、真珠のドローン系バラードだ。これは前作の”Untouchable Part 2”に相当する楽曲と言っていいだろう。まるで”あの頃”の思い出を懐かしむかのような、ある種のフェチズムを刺激する息遣いにブヒれるリー姐さんのコーラスと情緒感あふれる繊麗なサウンドが織りなす、儚くも美しいダイナミズムと切ないラブストーリー性には”感動”という二文字以外の他に例えようがない。そして、この歌詞にも『ジョジョリオン』の謎を紐解く鍵が隠されている気がして→まず一体何が誰が”目覚める瞬間”なのか、それは東方定助を司るもう一人の人物=Xなのか、ここでも”解放された”という意味深なフレーズをはじめ、パート1と同じ”and one day you'll feel me a whisper upon the breeze(いつの日か、あなたは私を感じるわ 微風に運ばれる囁きの中に)”という”THE LOST SONG”の核心部分に触れるような黄金のフレーズが、そして”戻ってきて”とは?”あれが幻想だった”とは?こんな風にこの歌詞を考察していたら、気づくと僕は涙を流していた。『ジョジョリオン』の東方定助と広瀬康穂が巡る数奇な運命、その黄金の軌跡』を辿るかのような歌詞に涙したんだ。

                『ザ・ロスト・ソング パート3』

                  君を見つけたからには
                   もう放すつもりはない
                    世界は回り続ける
                    魂が映し出される
              僕の心臓は君のために鼓動を鳴らす
                  身体の外へと伝えるんだ
                    今夜、心の中では
                 君に頑張って欲しいと願う

                     なぜなら愛とは
                     我々そのもの
                    どんなに近くても
                    どんなに遠くても
                       そして命は
                     真実をもたらす
                       夢の中に

【THE LOST SONG=『黄金の精神・・・ここまで、フロントマンのヴィンセントがメインのパート1とリー・ダグラスがメインのパート2の流れを見れば、前作の名曲”Untouchable”の再来、少なくともそれを素直に踏襲している事がわかる。しかし、前作の”アンタッチャブル”なANATHEMA=自分自身の存在を超えるためには、最後のワンピースが必要だ・・・でもその前に→ギラついたアルペジオ・ギターに合わせてヴィンセント&リーが大胆な掛け合いを披露する”Dusk (Dark Is Descending)”、この曲の歌詞は今作の中で最も『ジョジョリオン』の物語にリンクする歌詞で、初めてこの歌詞を読んだ時は少し恐怖を覚えるくらい、前半部の歌詞には『ジョジョリオン』第一話を、そして後半部には、まるで『ジョジョリオン』最終話を予知するかのような歌詞が記されている。続く”Ariel”は、パーカッションや電子ドラムなどのチルアウト効果を織り交ぜながら、まるでアリエールで洗った洋服のように柔らかな肌触りで優しく包み込むピアノと壮大なオーケストラをバックに、リー姐さんの天使の囁きの如しウィスパーボイスとヴィンセントの情熱的なゴッドボイスが劇的に交錯する、この世の全てのカタストロフィを浄化する黄金のハーモニーが至高の感動を呼び起こすラヴバラードで、アウトロではカヴァナー三兄弟の長兄ダニエルがその優しい歌声を披露している。この”人間愛”に満ち溢れた歌詞は、”THE LOST SONG”のフィーリングを感じさせるし、曲としてはデヴィン・タウンゼンド総裁『Ghost』を思わせるほどの透明感がある。そして遂に来たる、今作の核を担う”THE LOST SONG”の最後のワンピースこと”THE LOST SONG part 3”は、序盤のパート1&2の中で描いてきたそれぞれの想いが運命的に引かれ合い、そしてその想いが一つに重なる瞬間だ。8thアルバム『We're Here Because We're Here』”Get Off, Get Out”を彷彿とさせると同時に、着実に”THE LOST SONG part 1”の流れを汲んだ、まるで波紋使いの呼吸法のように俄然タイトなリズム&ビートからなるミニマリズムが極上のグルーヴ感およびトリップ感を生成し、まるで夜空を見上げた星の煌めきと淡い揺らめきがこだまする静寂の中で、しなやかな恍惚感を発しながら”永遠の美”を求めて優雅に舞い踊る、東方定助役のヴィンセント・カヴァナーの想いと広瀬康穂役のリー・ダグラスの想いがシャボン玉のように融け合って共鳴し合うその瞬間ッ、シルクのように繊細な焦燥感と激情的なエモーションを解き放つハーモニーが、静かに、しかし美しく魂を揺さぶる。この組曲”THE LOST SONG”を構成する3つのピースに共通するのは→まさしくLovePeaceの精神すなわち黄金の精神』であり、それこそパート3の”My Haert Beats for You (僕の灼熱のビートを君にッ!)”や”なぜなら愛とは 我々そのもの”とかいう一種の聖書的なリリックが示すように、Love即ち『愛』こそ、Love即ち『引力こそ我々人類が憧憬し崇拝すべき唯一『神』であり、それこそ『天国への階段』を登った先に啓かれた『メイド・イン・ヘヴン』なのである。これはもう恐ろしいほど純粋なラブストーリーであり、それこそ究極の『愛』の物語すなわち『愛のむきだし』、もはや音楽界の『失楽園』と言っていいレベルのセカイだ。

jojorion


-これは「呪いを解く物語-
この呪いを解くためには、ANATHEMAという過去の自分自身を乗り超えなければならない。そんな願いが込められた曲が、このバンド名を冠した”ANATHEMA”だ。感情を押し殺したヴィンセントの無慈悲な歌声と荘厳かつ重厚なオーケストラ、そして流麗なピアノがクラシカルかつシアトリカルに交錯する、それこそ初期ANATHEMAの荒寥たる世界観を持った、まさに「人間の尊厳とはナニかを具現化したような楽曲だ。音楽性の変化に伴うメンバーとの対立そして別れ、しかしその幾多の試練を乗り越えて新たなる境地に辿り着いたANATHEMA、そんな今のANATHEMAと過去のANATHEMAを約20年の時を経て再び繋ぎ合わせるかのような、それこそ今作の裏テーマである”ANATHEMA”という名の”呪い”を解く大きな鍵であり、そして導き出されたその答えこそ→『LOVE』...即ち『愛』だった・・・。その呪縛(ANATHEMA)から自らを”解放する”かのような、過去のANATHEMAとの決別を宣言するかのようなヴィンセントの魂の叫びから、まるで映画のクライマックスを飾るようなギター・ソロという名のレクイエム(鎮魂歌)を奏でる時、真の意味でANATHEMAは呪縛(ANATHEMA)から解放され、晴れて究極のカタルシスを得たのである。ちなみに、ヴィンセントのインタビューによると→自らの意志で”ANATHEMA”という曲を書こうとしたのではなくて、完成した楽曲が自然と”ANATHEMA”そのものになったらしい。そう言われると確かに、曲全体を支配する荘厳かつ無慈悲な雰囲気をはじめ一種の破滅的な、この地球この大地を轟かす”DOOM”なギターの重厚感は初期ANATHEMAをフラッシュバック!!させる。しかし、こうやっていともたやすく過去の自分自身と向き合えるのは、(音そのものは違えど)やっぱりアナセマの音の根幹にある音楽的理念がデビュー当時から現在まで一貫しているからであって、それはデビューから今まで一貫して『人間賛歌』をテーマとして描いている荒木飛呂彦『ジョジョの奇妙な冒険』だって同じだ。しかも、過去にANATHEMA=呪いというバンド名を改めようとしたが、かのスティーヴン・ウィルソン氏の助言によって結局改名しなかった所も、ジョジョ7部『スティール・ボール・ラン』でジョジョをやめようとしたけど、なんだかんだで結局『ジョジョ』になってしまうという、そんな荒木飛呂彦が歩んできた漫画人生とまるで同じではないか。そういった意味では、近年ANATHEMAの楽曲の中では最も特異な曲であり、過去の自分自身を乗り超えるために必然的、いや運命的に生まれた楽曲と言えるのかもしれない。こうして、ANATHEMAは”ANATHEMAの中にある、もう一人のANATHEMA”を自らの手で葬ったが、はたして『ジョジョリオン』の主人公東方定助は”もう一人の自分”を解放し、そして自らを『祝福』する事ができるのか?

アナセマ×ジョジョ

【アナセマ≒荒木飛呂彦】・・・スウェーデンの重鎮OPETHや皇帝KATATONIA、そしてフランスの貴公子ALCESTでも、それなりの地位に位置するバンドが音楽的な”変化”を起こすと、大抵は従来のファンから批判される。初期のデス/ドゥームやってた頃から今まで、音楽史上最も大きな音楽遍歴を巡りしこのANATHEMAも決して例外ではない。まず、一つ目の大きな”変化”が起こったのは4thアルバムの『Alternative 4』だろう。その”オルタナティブ”というタイトルをはじめ、これまでのスタイルと違って呪術感あふれる通称ゴシック・メタルと呼ばれるサウンドへと”変化”したのだ。続く5th『Judgement』こそ4thと差ほど変わりはしないが、しかし21世紀にさしかかると6th『A Fine Day to Exit』と7th『A Natural Disaster』を立て続けにリリースし、それこそ今のANATHEMAの”原点”と言えなくもないような、レディへリスペクトなATMOS系の浮遊感やポスト-感を内包した、実にUKミュージック然とした路線へとシフトしていった。しかし驚いたのは、いずれも批判より賞賛の声の方が大きかった事だ。これはヴィンセントがインタビューで→「”テクニック”ではなく、あくまでも”ソングライティング”に重きを置いている」と語っているが、まさに彼らの曲作りに対する信念や執念を裏付けるような話だ。同じく海外のインタビューで→ヴィンセント「批判を恐れていては真のクリエイティブな音楽は生まれない」と答えているが、まさしくそのとおりだと思う。このように”変化”に対する”批判”を恐れず、常に”変化”と”進化”を求めて前進し続ける通称クリエイティヴ・ヒューマンとしての意識の高さ、そのまさしく”オルタナティブ”な精神性こそ、現在連載中の『ジョジョリオン』で絵柄をはじめ本格派サスペンスを謳ったストーリーやコマ割りなど...今や大ベテランであるにも関わらず新たなる境地に挑み続けている漫画家荒木飛呂彦という名の吸血鬼に直結する、とどまることを知らない創作意欲およびクリエイティブ精神と言えるのではないか。僕はこれまでに”アナセマとジョジョ”の親和性、その類似点をクドイくらいに説いてきたつもりだが、その双方に対する漠然とした考察は、この『Distant Satellites』で遂に確信へと変わった。それと同時に、僕はスティーヴン・ウィルソン氏が提唱する創作精神こそ、荒木飛呂彦が持つ創作精神だと確信していて、やはり、こうやって今のANATHEMAが存在していられるのも、Kscope主宰のスティーヴン・ウィルソン氏による功績が大きいのかもしれない。ご存知のとおり、SW氏は7th以降スヤァ...っと深い眠りについていたアナセマを覚醒させるキッカケとなった8thアルバム『We're Here Because We're Here』を手がけた人物である。そんな彼は、今作でも2曲ミキシングで参加している。それが”You're Not Alone””Take Shelter”だ。

                  『ディスタント・サテライツ』

                君は自分自身を売り払った
             それでいいんだと自分に言い聞かせた
                 状態が状態を生み出し
                 高水準を乗り越えていく

                 そして僕は泣きたくなる
                  漂いながら君を捕まえた
                 そして僕は泣きたくなる
             遠く離れた人工衛星に過ぎないんだ

                だから僕を救い出しておくれ
                  僕は生きているんだ
                  僕は生きているんだ
                 この中で生きているんだ


【新境地】・・・確かに、中期アナセマの『A Natural Disaster』に収録された”Closer”ではレディへリスペクトなエレクトロニカを、前作の『Weather Systems』に収録された”The Storm Before The Calm”では、今はなき同郷のPure Reason Revolutionを彷彿とさせるダンサンブルな電子音を積極的に取り入れ、かつアナセマの音へと巧みに昇華していた。では、本作『Distant Satellites』における”新機軸”と呼べる楽曲を挙げるとすれば、それはSW氏が手がけた”You're Not Alone”や表題曲の”Distant Satellites”だろう。まず、前者の”You're Not Alone”では、遂にダニエル・カヴァナースティーヴン・ウィルソンの奇跡の共演が実現ッ!・・・と言いたい所だが、SWじゃなくてヴィンセントの声だった。初めて聴いた時はヴィンセントの声がSWに聴こえたくらい、SWを意識した少年風の歌い方だ。とにかく、そのSWとも交流のあるPendulumばりにバッキバキな打ち込みを擁したインダストリアルなドラムンベースを展開している。で、先述の”Closer””The Storm Before The Calm”における”新機軸”は、あくまでも数ある要素の一つとして取り入れられたものだったが、しかし今回ばかりは”ガチ”な感じで、完全に向こう側のジャンルの立ち位置からモダンな音を鳴らしている。これは先ほどの”批判”に繋がることだが→当然「別にアナセマがやらなくてもいい」なんて思う人も居るだろうけど、むしろ今のアナセマだからこそというか、それよか単純に曲がカッコイイというか、批判という恐怖を克服し、自らの手で未来を切り拓き、そして遂に辿り着いた”アナセマなりの新境地”に直に触れているような気がして、もはや批判とか賛否両論とかどーでもよくなるくらい、素直に楽しい気分にさせてくれた。なんつーかこの曲、ほとばしるスティーヴン・ウィルソンの影が一種の”免罪符”となってる気がしないでもない。もう次作でダブステップやり始めても全然驚かないくらいにはなってる。

ゼロ・グラビティ

【ANATHEMA=輪廻転生説】
・・・その”You're Not Alone”だけじゃあない、それ以上に”実験的”な要素を感じさせる曲こそ、ゴースト名ソングライターことジョン・ダグラスとヴィンセントが共同プロデュースした曲であり、今作のコンセプトを担う表題曲の”Distant Satellites”だ。まるで大聖堂が目の前に立ちはだかるような、”Firelight”とかいうインストの神聖なる『清らか』な風を受け継いで始まるこの曲も、打ち込み系のエレクトロニカを大胆に取り入れた、言うなれば65daysofstatic meet ANATHEMA的な楽曲で、まるで人工衛星から地球を見下ろしたような無限大の世界が目の前に広がり、その壮観さは北欧ノルウェイの上空に現れる色鮮やかなオーロラのように『清らか』で神秘的だ。しかし、一言で”エレクトロニカ”と言ってみても、あくまでも繊細で浮遊感のあるヴィンセント・カヴァナーの歌声を軸としながら、その夢心地なボーカルのメロディと心躍る上品なピアノが極楽なトリップ感を生成しながら、高鳴る心臓の鼓動のように小気味よいダンサンブルなビートを打ち込んでいく、まるで子守唄の如くフロイド感あふれるアトモスフェリックな曲調なので、逆に驚くほど違和感というものはなかった。まるで気分は映画『ゼロ・グラビティ』「あたしサンドラ・ブロック、ガチで宇宙空間を漂流中」だ。ここで、その映画『ゼロ・グラビティ』を例に出すと→前々作の8th『We're Here Because We're Here』が地上(浜辺)からの目線で地球を描いた作品ならば、リメイク作品のFalling Deeperが水中から地球を描いた作品で、前作の9th『Weather Systems』が『空から地球を見てみよう』的な作品だとすると、本作の10th『Distant Satellites』では更に遠く離れた大気圏外にある宇宙衛星の視点から地球を描いた作品だという風に解釈すると、ある一つの流れが出来上がっているのがわかる。まさか、その映画『ゼロ・グラビティ』の物語に隠された『輪廻転生』を音楽という手法を使って描き出しているんだとしたら...このアナセマというバンドは、実はとんでもない事をやろうとしてるんじゃあないか?って、そう思うと僕は少し恐怖した。事実、前々作の8th『We're Here Because We're Here』では臨死体験という名の黄金体験』を音で表現しているし、あながちそれは間違いじゃないかもしれない。もしそうだとしたら、それこそ『人間賛歌』の極みだと思うし、ジョジョ6部でプッチ神父のスタンド能力『メイド・イン・ヘヴン』によって生じた一巡した世界、すなわちパラレルワールドもある種の『輪廻転生』と言えるのではないか、それこそ初期の『破滅の音楽』から現在の『幸福の音楽』に至るまでのアナセマの音楽遍歴ですら、『ジョジョの奇妙な冒険』の初期(暗黒面)~中期(オルタナ期)~後期(黄金期)の作風および時代背景、その精神性と全く同じ道を辿っているようではないか。つまり、全てにおいて『アナセマ』と『ジョジョ』は一心同体となったのだ。このように、【ANATHEMA=輪廻転生】という説から考察してみれば、現在のアナセマは初期のアナセマが”一巡”しただけの存在すなわち同一人物でしかないと理解ッできるし、初期から現在までの音楽性の変化すらも必然的、いや運命的な出来事だったのかもしれない。

「あたしサンドラ・ブロック、ガチで宇宙空間を漂流中」

【アートとは「光るウンコ」だ】・・・そして、SW氏がミックスを手がけた”Take Shelter”のレディへ(Kid A)ライクな音響や、まるで生まれたての赤子のように生命エネルギーに満ち溢れた、シガーロス直系の神々しく純粋無垢なストリングスを耳にすれば分かるように、その90年代と00年代のオルタナティブシーンを牽引してきた二組のレジェンドを融け合わせ、それぞれの時代と時代を繋ぎ合わせるかのような、それこそ”キング・オブ・オルタナティブ”と呼べる曲であり、それすなわち”オルタナティブ・ミュージック”に傾倒していた頃の『A Natural Disaster』をはじめとした中期アナセマと、前作の『Weather Systems』を筆頭とした近年の黄金アナセマを引き合わせるかのような、もはやアナセマ自身の約20年にも及ぶ音楽人生を総括するかのような楽曲だ。それらを踏まえて→前作の『Weather Systems』が5thの『Judgement』”一巡”した結果だとすると、今作の『Distant Satellites』は7thの『A Natural Disaster』”一巡”した先のパラレルワールドなんだって、僕はそう解釈し、そう結論づけた。そして、この聖なる遺体が眠るとされる地下シェルターの扉を開くと、そこには新たなる黄金の輝きを放ちながら元気に走り回るアナセマの姿が・・・ッ! 話を戻して→要するに、常に”変化”と”深化”を求めてきたアナセマが本格的なエレクトロニカを擁する必然性、常に自らの手で過酷な未来を切り拓いていく創造者としての飽くなき探究心、そのクリエイティヴ!!に対する貪欲な姿勢こそ正真正銘の”オルタナティブ・バンド”と呼べるんじゃあないか、その創作精神こそ真の意味で”Progressive”と呼べるんじゃあないか、ってね。また、ニューヨークで活動する新星コリアン・メディア・アーティストの作品を本作のアートワーク/デザインに採用している所からも、フロントマンヴィンセント・カヴァナーの視覚面に対するアンテナの鋭さ、異文化に対する寛容の精神、懐の広さを伺わせる。それこそアレハンドロ・ホドロフスキーの名言で知られる→「アートとは「光るウンコ」だ」と言わんばかりの創作精神、その覚悟に僕は一人の音楽好きとして敬意を表したい。

                     『テイク・シェルター』
 
                     僕らは永遠
                      子どもたちが
                    駆け抜けていく...

                 君を思って自分を見失った
                 真実の中に自分を見出した
                    僕らはこの先道に迷う

                 君を思って自分を見失った
                 真実の中に自分を見出した
                 僕らはこの先自分を見失う
              そして再び時の中に自分を見い出す

 
【至ってシンプルな答え】・・・再びッ話は振り出しに戻るが→ある種の”解散願望”を持っていた僕は、アナセマの次のアルバムがどうなるかなんて全く考えてなかったし、想像すらしてなかった、というかできなかった。確かに、「最高に『ハイ!』ってやつだ!」とかいう”人間をやめちゃった人”みたいなハイテンションで、まるでドカーン!バーン!キャー!を特徴としたB級ハリウッド映画の如く、つまり”バンドサウンド”を全面に押し出した大仰かつ大胆かつド派手な展開力の高さを一番の魅力としていた前作『Weather Systems』のような、いわゆるガッシャンガッシャンしたギター・ミュージックではなくて、この『Distant Satellites』におけるギターの役割といえば、それは主に組曲”THE LOST SONG”で聴けるような極限までエッジを削ぎ落したギター・サウンドからして明白で、持ち味とする耽美なクリーン・ギターも大きく影を潜め、あくまでも重厚感(ドローン系ヘヴィネス)やポストメタリックなスケール感および重低音(ダイナミズム)を加えるだけの一つのオトでしかなくて、そういった意味では今作はかなり”メタルっぽい”と言えるのかもしれない。要するに→かのデイヴ・スチュワートがアレンジを施したオーケストラのストリングスを中心としながら、ドラムとキーボードによる”ある一定のリズム感”を大事にしたシンプルなリズム&ビート、そして英国貴族のように気高い歌詞を繊細かつ大胆に歌い上げるボーカルの反復運動に意識を向けた、ある種の”ミニマル・ミュージック”的な側面が強い作風となっている。そしてヴィンセントがインタビューで→「これまで以上にインプロヴィゼーションの要素を取り入れている」と語るように、その即興演奏で生まれた結果であろう至ってシンプルなリズム&ビートに対する感覚を研ぎ澄ますことで、より音の生々しさというか、より古風のProgressive-Rock感や独特のライヴ感が生まれている。これは彼らが”ライヴバンド”であるからこそ、なのかもしれない。同時にその”シンプルさ”は、ギター&ドラムのミニマルなリズム主導の”THE LOST SONG Part 3”をはじめ、それはアルバム後半の”新機軸”と呼べる曲に対しても「複雑になることを嫌った」と語るように、実際に複雑なことは何一つなくて、あくまでもボーカルやピアノやストリングスによる”メロディ”の反復運動を軸としており、最初から最後まで一貫して”シンプル”な分かりやすさが貫かれている。一見、音が複雑に重なり合っているように見えて、それらを一つとして聴くと驚くほど”シンプル”な音である事がわかるハズ。その俄然タイトでシンプルなリズムが、”イキ過ぎ”を抑制するために絶妙な”寸止め感”を作品に与えている。そして、これはアルバム前半の楽曲の全てに共通することだが、気のせいかポップな歌いまわしというか、”歌う”ことに対して本能の赴くまま自由に楽しんでいるヴィンセント・カヴァナーとリー・ダグラスの力強い歌にも、先ほどのインプロヴィゼーションやライブ感というのが発揮されている。この一貫した”シンプルさ”を理解ッすると、「二週間でレコーディングを終えた」というのにも納得せざるを得なかった。

    ※訴えないでください!

【Distant Satellites=内田真礼説】・・・2008年作のアコースティク作品『Hindsight』に始まって、2011年作の『Falling Deeper』からの流れを引き継いで、本格的なオーケストラとの共演を果たした昨年のライブ映像作品Universal、それらの経験から得た影響を伺わせる”THE LOST SONG”を心臓部としたクラシカルな前半部、初期のANATHEMAと現在のANATHEMAを継ぎ合わせるかのような”ANATHEMA”を挟んで、正真正銘の”オルタナティブ・バンド”としてあるべき姿...その信念を貫いた現代的かつ実験的な後半部、このように大きく2つのテーマに分かれている。この2つのテーマの狭間で生じるギャップ...それはまるで声優内田真礼「この顔からこの足」という一種のギャップ萌えのようだ。この『Distant Satellites』という名のシェルターを紐解く鍵、そのヒントはこの”まれーたそ”が握っていると言っても決して過言じゃあない。もはや俺レベルになると→黄金比』で形成された内田真礼の体型から、アナセマの壮絶なる音楽遍歴を紐解くことができる。そして僕は、あらためて”アナセマ””アイドル(2.5次元)”の親和性を再確認するのであった。まぁ、それは冗談として→ここ最近の作品の中ではキャッチーなツカミや作品の統一感は希薄だが、逆にその決して完璧ではない粗さやいい意味でアンバランスな感覚が絶妙な味となっている気がしないでもなくて、少なくとも即効性の高いここ最近の二作とは違って妙なスルメ感はある。確かに、前二作のように豊富な音数を繊細かつ緻密にリリカルに積み重ね、クライマックスに解放感のあるド派手な展開を見せるわけでもなく、(ミックス&マスターの影響もあるのか)いい意味でも悪い意味でも平坦で起伏の乏しい展開とシンプルな音使いをもって、比較的緩やかなバラード風の展開を主体にシットリと聴かせる印象。その辺りは、ギンギラギンにさり気なかった『Weather Systems』とは確実に一線を画していて、蒼天のようにカラッとした空気感ではなく、どちらかと言えばアートワークのイメージを含めて7thの頃の妖艶なオーラ、それこそ英国の変わりやすい空模様のように少し湿り気のある陰鬱な色気を纏った音で、その静謐さ溢れるアトモスフェリックな音響空間の中で、静かなる叙情と激情を冷静と情熱の狭間で爆発させている。結論からすれば→なんだかんだ、歴史的名盤だった前作に勝るとも劣らない、音楽的な面でも20年を越えるキャリア的な面でも、本当の意味で集大成と呼べる名作なんじゃあないかって。しっかし、これを聴く直前まで”解散願望”を持っていた自分が恥ずかしい。アナセマだけに...セマいアナがあったら今すぐにでも入りたい気分だ(テヘペロ///)

『ダスク(ダーク・イズ・ディセンディング)』

僕の心を光の方へと引き上げておくれ、凍えそうなんだ
僕の目を大空へと引き上げておくれ、探し物をしているんだ

自分の望む気分になろう
自分の望む姿になろう
なぜなら僕は
自分の愛を試しているんだ

僕の手を取って
連れ去っておくれ

この場所から
だってここは僕の居るべき場所じゃないんだ

この場所から、ところで、一体どうやってここに来たんだ?

この場所から
だってここは僕の居るべき場所じゃないんだ

僕の心に語りかけ
連れ去っておくれ

なんとか勇気を振り絞ろうとする
だけど、この場所で凍えるばかり
とても寒いんだ

もはや希望は捨ててしまった

-------------------------------------------------------

あの痛みと共にここに連れ戻されたんだ
どうか家に帰しておくれ

だけど、全て心の中にしまっておこう
心の中に
心の中に
心の中に

涙の向こうに飛び立つ君を見た
飛び立つ君を
飛び立つ君を
遥か遠くへと
遥か遠くへと
遥か遠くへと

歲月を経るにつれ
僕は時の中に微笑む自分を見出した

僕は夢に明かりを灯した
だけど君のことは決して忘れない
ずっと君のために生きる
全ての愛を捧げ

君はそんなに遠く離れていない 

【アナセマ×イェンス・ボグレン=引かれ合い】・・・本作は一言でいうと大人しい 、一言でいうとシンプルな作品であると同時に、過去最高にあざとくてエモくてクサくてダサくてラブい...でも最高にカッコイイ作品だ。そもそも、近年のアナセマが高く評価されている一番の理由って、ポストロックなどのモダンなオルタナティヴ・ミュージックを自身の音に昇華しているからだと思うんだけれど、でも本作にはその”モダン”なイメージは極めて薄くて、これはいい意味でも悪い意味でもオッサンが好きそうなクラシック・ミュージック(クラシカルという意味で)とクラシック音楽(古典的という意味で)に大きく歩み寄っているからなのか、それともマイナーキー主体の楽曲によるものなのか・・・いずれにせよ、ここ最近の作風を嫌味なく素直に踏襲しながらも、シンプルでありながらも実験的な新境地を切り拓くことに成功した作品である事には違いない。確かに、作品としては正直”地味”かもしれないが、しかし今回のエモーショナルな歌詞をどのように解釈するかによって、その評価がガラッと変わってきそう。そして、思春期における感情の暴走によって誕生した、ある種の”キッズ・ミュージック”とも言えなくもなかった『Weather Systems』とは違い、この『Distant Satellites』ではクラシックな大人のプログレ感を著しく強めている。それは”至ってシンプル”という概念に取り憑かれたようなリズムや音使いをはじめ、かのイェンス・ボグレンを迎えた5.1chサラウンドやハイレゾ音源(48kHz/24bit)での配信など、それら音質に対するアナセマの考え方(ポリシー)からも明白な事だ。要するに→この【アナセマ×イェンス・ボグレン】という一種の”引かれ合い”も、過去に俺の界隈の裏方として紹介したのが全ての伏線()だった、というわけです。ちなみに、自分はハイレゾ(48kHz/24bit)と5.1chサラウンド両方とも手に入れたんだけど、さすがに5.1chだけあって、特にストリングスの立ち上がりや音が収束していく部分をはじめとした、ボーカルの細かな息遣いからドラムの正確な再現力、上下左右の空間の広がりや奥行き、音の分離感、とにかく作品全体の生々しさと繊細さを併せ持った表現力とスケール感が段違いな気がする、気がする...。残念ながら、5.1chをまともに鳴らせる再生環境を持ち合わせていないので説得力は皆無だが、ともあれ自分にとってはイェンス・ボグレンアナセマの音源をミックスした、その事実だけで十分です。でも、こうやって高音質と謳われた音源で聴くとCDより音が良いってのが、もはやCDの存在意義とは何ぞや?ってくらいによく分かる。そう遠くない未来(いや、既にか)、CDという媒体はアニメ業界における円盤と同じ扱いになっていくのかなと思うと、少し寂しい気持ちになった。まぁ、そんな話は今更でしかなくて、要するに→アナセマの音楽、特にここ最近の作品は”いい音”で聴けば聴くほど、それ相応の恩恵と感動がジカに得られるハズなんで、できる限り”いい音”で楽しんで欲しい。そうすることが、アナセマの音楽に対する最大の敬意になると思うから。しっかし、『13年ぶりにリリースされた国内盤も買う』『ハイレゾ&5.1chも買う』、更には『メイキング映像付きの限定版も買う』・・・「全部」やらなくっちゃあならないってのが「幹部」のつらいところだな。『破産』の覚悟はいいか? オレはできてる。

【Distant Satellites=『ジョジョリオン最終話説】・・・正直、各音楽メディアが挙って10点中8点つけそうな『無難』な感じは否めない。しかし、僕にとっては『無難』という言葉は間違いだった。『ジョジョ』史上初となる駄作への道を歩んでいるなんて巷で囁かれているジョジョ8部『ジョジョリオン』だが...でも僕はこの『Distant Satellites』という名の『2014年宇宙の旅』が描き映す「音のイリュージョン!愛のレボリューション!」を体験し・・・再びーッ!”俺の感性””一巡”したことによって、『ジョジョリオン』最終話を読んで号泣している未来の自分が予測できた。これらは全て”日本一のジョジョヲタ”であり、”日本一のアナセマヲタ”を自称している僕だから辿りつけた唯一無二の解釈、および考察なのかもしれない。当然、東方定助広瀬康穂の運命をどのように導き定めるかは、それは作者の飛呂彦しか知る由もないこと・・・。しかし飛呂彦よ、俺は『ジョジョリオン』最終話をこの耳で...しかと目撃したぞッ!

(このレビューは、国内盤の解説を担当した鮎沢氏と歌詞・対訳の石川氏に捧げる)
 
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KATATONIA 『Dethroned & Uncrowned』 レビュー

Artist KATATONIA
KATATONIA

Album 『Dethroned & Uncrowned』
Dethroned & Uncrowned

Track List
01. The Parting
02. The One You Are Looking For Is Not Here
03. Hypnone
04. The Racing Heart
05. Buildings
06. Leech
07. Ambitions
08. Undo You
09. Lethean
10. First Prayer
11. Dead Letters

      『死の王、復活するってよ』

あの日、KATATONIA死の王を産み落としたあの日、長きにわたって築き上げてきた”俺の界隈”は腐海へと沈んだ。2011年、スウェーデンの皇帝KATATONIAがリリースした『死の王』によって、いわゆる俺の界隈の崩壊すなわちサード・インパクトが起きた事は、読者も既にご存知のはずだが、それについてを詳細に記した愛のある肩叩きの中で、”オルタナ/トリップ系がやりたいのかメタルがやりたいのかハッキリしない(あいまいなのは『男』じゃあない)”と言う吉良吉影のような事や、アレンジャーのフランク・デフォルトの異常なゴリ押し感を聴いて、もういっそのこと”ニカバンド”になってくれたほうがよかったンゴ...とかナントカ書いたりした。しかし本作を耳にした時→あの『死の王』というのは元々トリップ系にすることを前提に作られた作品だったんじゃあないか?本来はコッチがKATATONIAの”本性”だったんじゃあないか?というような疑問がまず頭を過ぎった。もしそうだとすれば、レビューにも書いたヨナスの歌に関する違和感や俺たちのイェンス・ボグレンを左遷した結果→音の凡個性化を筆頭に、フランク・デフォルトのゴリ押しノーマン兄弟の脱退など、あの時に感じたありとあらゆる疑問や謎に納得ッが生まれる、というか、『死の王』のレビューに記した事に対する約一年越しの伏線()回収だと解釈すれば、それら全ての辻褄が合ってくる。それこそ、まるで日本語で書かれたその”肩叩き”の内容をKATATONIAが理解ッしたように、『死の王』をアコースティック/アンプラグド風に再構築(リメイク)したのが、この新作『Dethroned & Uncrowned』というわけ。

    ANATONIA

 確か...あれは8thの傑作Night Is the New Dayがリリースされた頃のインタビューだったかな、アンダースヨナス「俺たちはニカバンドにはならないよ(キリッ」とドヤ顔で答えた結果、今回→「嘘ンゴ。カタトニクス最高ンゴ」というアツい手のひら返し・・・もとい、これまでのお話の展開その着地点=”答え”となった、この度のKscopeからの運命的なリリースに一瞬は驚きながらも、一方では”やっぱり”と思う冷静な自分がいた。おいら、LovePeaceの提唱者こと秘密結社Kscopeの皇帝であり黄金の精神を持つANATHEMA『死の王』として知られる”漆黒の意思”を持つKATATONIAは一心同体の存在、すなわち【ANATHEMA(ジョニィ・ジョースター) × KATATONIA(吉良吉影)=ANATONIA(東方定助)】という、日本一のジョジョヲタとしての考察および独自の解釈を持っていて、当然、それはジョジョ8部『ジョジョリオン』の物語に関係する部分ではあるんだけれど、まぁ、それはそうとして→今回のKscopeKATATONIA”引かれ合い”は、まさに俺のキング・クリムゾンが予測していた通りの出来事で、ある程度の予測はしていても実際に起こってみるとやっぱ!?ってなるし、あの時ありのまま素直に”肩叩き”したことは何一つ間違っちゃあいなかったんだと、正しい行動だったんだと、この『Dethroned & Uncrowned』が産み落とされた今となっては、あの時の自分を”よしよしよしよしよしよしよしよしよしよしよしよしよしよしよし”とチョコラータ風に褒めてやりたいぐらいだ。つまり、『死の王』という俺の界隈を崩壊させた元凶を再構築すること、それすなわち”俺の界隈の再構築”と全く同じ意味を持ち、要するにこの『D&U』の存在というのは、あの時の自分と今の自分を繋ぎ合わせる”救世主”であると同時に、”あの日”を境に絶望の淵へと追いやられた俺の界隈に棲む廃人に対するKATATONIAからの鎮魂歌でもある、それこそANATHEMAWeather Systemsという黄金のシンボル”が光り輝く俺の界隈を再び漆黒色に染め上げるかのような、そんな様々な意味合いを持つ一作。しかも、今年で25歳になった僕が活動25周年を迎えたKATATONIAの復活作を聴いている、そしてこのタイミングでANATHEMAのライブ作品『Universal』Kscopeからリリースされ、更には『ジョジョ』生誕25周年を祝う荒木飛呂彦先生の画集『ジョジョベラー』も同時に発売されるとか・・・なんて...なんて面白すぎる出来事なんだッ!これはもう『運命』としか言いようがないッ!これこそ”俺の界隈の再構築”の答えだッ!つうか、そんなことより、さっさとヨナスヴィンセントの薄い本はよ!

KATATONIA×KSCOPE

 『再構築』ということで、スウェーデン一の”ゆるふわ系男子”ことヨナスきゅんのボーカルだけはオリジナル版の音源を使っていて、バックのトラックがヘヴィなギターに替ってアコギやストリングスやシンセ、ドラムに替わってパーカッションを用いた、わかりやすい話→KATATONIAANATHEMA『Hindsight』的な事やってみた、というわけ。で、オリジナル版『死の王』の一曲目”The Parting”を初めて聴いた時は→日本一のカタヲタを自称している自分ですら全く耳に馴染まなかったというか、初っ端の”In the weak light”というヨナスのボーカルの入れ方からして「ナニかがおかしい...こんなことは許されない・・・」と、漠然とした違和感を感じていた。しかし、再構築された本作の”The Parting”は異常なほど耳に馴染むというか、まるで「プログレッシブな俺たちかっけええええええええええ!!」というアンダースのドヤ顔が浮かんできそうなほど、クソみたいにダサいGリフがないだけでここまで変わるなんて・・・ちょっと想像した以上だったし、あらためて『死の王』という作品がいかにして”Bサイド向け”に作られていたか、という真実が理解ッできた瞬間は素直に嬉しかった。で、The GatheringSilje Wergelandがゲストとして参加した#2”The One You Are Looking For Is Not Here”ではフェミニンなアンビエンス空間に包み込まれ、続く#3”Hypnone”は原曲でも鍵を握っていたキーボードの儚いメロディを主体としながら、歪みが抑えられた泣きのGソロにKATATONIAの本質というのを痛烈に感じつつ、 原作の中でも唯一これだけは名曲だと認めざるを得なかった#4”The Racing Heart”では、Bサイド屈指の名曲”Sold Heart”風すなわちフランク・デフォルト特有のアレンジが施された結果→もはや原曲を超えるある種の”凄み”を放っていて、内側に内側にヒシヒシと燃えたぎる『灼熱の魂』が外側へと開放されるようなヨナスの歌声は、それこそKATATONIAの本性と共にカタトニクスの真髄をまざまざと見せつけられた気分にさせる。これぞBサイドのセカイだと...ッ! そして...原作では”捨て曲四兄弟”だった#5”Buildings”,#6”Leech”,#7”Ambitions”,#8”Undo You”という中盤の変貌っぷりには、いい意味で驚かされた。原作『死の王』が駄作だと確信させたレベルのクッソダサいリズム刻みやがるGリフが消え失せ、同郷の盟友Opethを彷彿とさせるダーティなアコギがダークジャズ風の耽美なムードを形成する#5、ジャジーなピアノとヨナスの叙情的な歌声がレトロちっくに織りなすアダルティなダンディズムに心酔する#6、アンプラグド化したGソロの残響音が漆黒という亜空間の中を幽玄に揺らめく#7、どこか懐かしいキモチにさせるドラクエ的な謎の郷愁感とSWソロ風の童話ちっくなアレンジが聴きどころの#8まで、原作では死んでいた中盤の楽曲が今回のリアレンジによってズキュウウウンという擬音と共に”漆黒の意思”が注入され、死に体から息を吹き返した結果→まさにこの『Dethroned & Uncrowned』こそが真の『死の王』だという事を確信させ、同時に『死の王の復活』を宣言するかのような凄みすらある。中でも”Ambitions”の化けっぷりには度肝を抜かれたね。で、終盤の#9”Lethean”,#10”First Prayer”,#11”Dead Letters”までの、原作では”あと一歩”の印象だった曲も見事に化けている。#9は前作の”Day and then the Shade”をルーツとする曲だったんだなぁとか、#11はBサイドは元よりKATATONIA史上最高傑作”Unfurl”風のアレンジが際立っていたりとか、あらためて『死の王』を真正面から見つめ直し、より深い視点から楽しむことができた。なんかこれを聴いてると、まるで腐海に沈んだ極東の島国の畔で、東京五輪という名の死のカーニバル、暗黒舞踏会を繰り広げるかのような情景が浮かんでくる。なんにしても、今回は『死の王』を丸々リメイクというのが一番のポイントだと思う。

 いやはや、あのクッソダサいリフとピロピロ系Gソロという名の”雑音”が存在しない、つまり『死の王』特有のダサさがなくなった、というか薄くなっただけなのに、ここまで別物に聴こえるなんて想像もしていなかった。しかも、ただのアコギアレンジで終わらせるんではなくて、曲それぞれに合ったアレンジの仕方をしてて、それにより原曲とは比べものにならないほどの味わい深さとシブ味が増したことで、尚さら原作とは全く別の作品として聴くことができる。単純に、音そのものの作りがオリジナル版『死の王』のような異物感がない。ある意味、我流の【ATMSフィールド】を身にまとった”雰囲気バンド”としての本領を最大限に発揮してる作品なのかも。あと、これは原作に対する自分の印象が悪く過ぎたせいもあるだろうけど、リメイク版はヨナスの歌声や吐息がより近く明瞭に、より生々しい表現として聞こえる。極端な話→もはやヨナスのソロアルバムかと思うぐらい、ここまで素直にヨナニーできるメランコリックなKATA作品は他にないんじゃないかって。まさに”染みわたる”という言葉以外、僕の浅い知性では他に表現する言葉が見当たらないし、こうやって改めてヨナスのボーカルを中心に聴いてみると→ヨナスのボーカルメロディ自体は決して悪いモノではないし、むしろ過去最高に”ボーカリスト”としてのポテンシャルを発揮しているように思う。ということは・・・オリジナル版『死の王』を駄作にした戦犯は、やっぱり当時スカイリムやりまくってたリーダーのアンダースだったんだな...って。要するにアンダース許すまじ!

 俺たちカタヲタがKATATONIAに”求めているもの”であると同時に、俺たちカタヲタがKATATONIAに”求めていないもの”でもある本作品、しかしあの時に”愛のある肩叩き”をした自分は本作を”求めていたもの”として聴くことができる。そして、この『D&U』を誰よりも理解ッし、誰よりも楽しんで聴いているに違いないと、日本一のカタヲタを自称している今の自分にはハッキリとわかる。結局のところ、原作の『死の王』を聴いた時点で、KATATONIAKscopeに取り込まれてBサイド的な作品をリリースする未来をどれだけの人が予測できたんだろう...と。これが予測できたのは、少なくとも日本では自分だけだと思う。だからこそ、当ブログWelcome To My ”俺の感性”2013年度BEST頂点にこの『D&U』を掲げる、という行為に大きな意味や説得力が生まれるというか、『D&U』俺の界隈頂点にすることによって、栄冠(魂)を取り戻した『死の王』は腐海の底から目覚め、これにて俺の界隈の再構築の最終フェーズが完了する...そして...一度は王の称号(王冠)を失った『死の王』が...これにて俺の界隈皇帝に再即位するッ!!

 「“帝王”はこのKATATONIAだッ!!依然変わりなくッ!



 この最新インタビューを聞いてもわかるように、なぜ『死の王』をリメイクしたのか?という質問に対して、ヨナスとアンダースは二人共に『死の王』のポテンシャル(可能性)と自らを試す(チャレンジ)だと語っていて、いつ頃リメイクしようと決めたのか?という問いには→『死の王』をミキシングしている時だと答えてたり、なぜPeacevilleではなくKscopeからリリースしたのか?という問いに対して→Kscopeが掲げる音楽的思想と『D&U』の作風がマッチしていて、尚且つジャンルレスなレーベルだからと答え、Kscopeのバンドで好きなバンドは?という問いに→共にSW先生の名を挙げ、更にPTやパイナップル泥棒そしてANATHEMAの名前を挙げていたのが興味深かった。

 案の定、既に従来のKATAファンからは”愛のない肩叩き”がなされているみたいなんだが、しかしKATATONIA自身は【オリジナル VS, リメイク】という対立構造なんかクソくらえ、という声明を早くも出していて、これにはあくまでも”別作品”として聴いてくれという彼らの明確な意思が感じ取れる。ちなみに、アートワーク/デザインを手がけたのは毎度のトラヴィス・スミス氏。そして当然ながら、本作のクレジットにはイェンス・ボグレンという名前は刻まれておらず、あらためて近年KATA作品のアレンジャーとして知られるフランク・デフォルトとエンジニアのデイビッド・カスティロが中心となって生まれた作品なんだと、それは本作の内容を聴けば嫌でも理解ッできると同時に、悲しいかな...これはイェンス・ボグレンとの決別を意味してるんだと思う。

    DIR EN GREYを食らうKATATONIA

 ところで『再構築』といえば、KATATONIAの実子に当たるDIR EN GREYも今年の初めに初期の楽曲をリメイクしたTHE UNRAVELINGをリリースした事が記憶に新しく、そのアンラべでは親であるKATATONIAを豪快に食らう様子を見せていた。しかし、今回では「我が子を食らうサトゥルヌス」ならぬ「DIR EN GREYを食らうKATATONIA」という逆パターンの食らい返しが実現し、まるで「DIR EN GREYよ、これが再構築だ」と言わんばかりの、親が子に威厳を示すかのようなお話の流れがあって実に面白い。当然、DIR EN GREYKATATONIAの影響を受けているバンドの一つだし、既に本作の『Dethroned & Uncrowned』もチェックしているんだろうけど、そんな当たり前なことよりも、DIR EN GREYの秋ツアー『TOUR2013 GHOUL』の会場BGMとして、この『D&U』の楽曲を流すor流さないかが気になって仕方ない。・・・と、まだチケ取ってない自分が言うのもアレなんだが、正直ライブの内容よりもその事が気になって夜も眠れない。だって、DIR EN GREYがこの『D&U』から学ぶことって意外とたくさんありそうな気がしたからね。特に#3と#7のGソロは薫きゅんに是非とも聴いて学んでほしい(いや、既に聴いてるか?)。そんな風に、KATATONIADIR EN GREY漆黒の関係性を考察していてふと思った、もしフランク・デフォルトがDIR EN GREYの楽曲をアンプラグド化したらどうなるんだろう...ってね。

 さて、これからのKATATONIAについてなんだが、このままKscopeの傀儡としてゾンビのように生きていくのか、それとも従来のオルタナティブ・ヘヴィ路線に戻るのか、彼らの今後が今から楽しみで仕方がないし、それこそガチでBサイド路線やってくれたら面白いとは思うけどね。けど、もう二度と『死の王』みたいなオリジナル&リメイクという、どっちつかずでハッキリしない(あいまいなのは『男』じゃあない)と、『ジョジョリオン』の吉良吉影が激おこプンプンしそうな作品だけはやめてほしい。方向性をどちらか一本に絞ることができれば、KATATONIAは本当の意味で復活できると思うよ。まぁ何にせよ、ノーマン兄弟というバンドの”核”を失い、首の皮一枚で繋がった瀕死状態って時に、この絶妙なタイミングでKscopeに救済を求めたのは懸命だったというか、こうなることはもはや『運命』で決まっていたと言わざるをえない。何にしても、KATATONIAの作品にKscopeという文字が刻まれているというだけで、自分は問答無用にアヘ顔デフヘヴン状態になりますけどね。どうやら今後、リリースから10周年を記念して6th『Viva Emptiness』のリメイク/リマスターも予定しているらしいので、そちらも期待して待ちたい。最後に一言→この度、『死の王』の再構築という名の俺の界隈の再構築すなわちフォース・インパクトを起こしたKATATONIAには、 本当に…本当に…「ありがとう」…それしか言う言葉がみつからない…。

Dethroned & Uncrowned
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Sadistik 『Flowers for My Father』 レビュー

Artist Sadistik
new_Sadistik

Album 『Flowers for My Father』
Flowers For My Father

Track List
1. Petrichor
2. Russian Roulette (feat. Cage & Yes Alexander)
3. City in Amber (feat. Lotte Kestner)
4. Snow White
5. The Beast
6. Kill the King (feat. Deacon the Villain)
7. Song for the End of the World
8. Palmreader (feat. Child Actor)
10. Seven Devils
11. Exit Theme (feat. Astronautalis & Lotte Kestner)
12. Melancholia
13. A Long Winter (feat. Ceschi)

『ぼくがかんがえたさいきょうのひっぷほっぷ』

USはシアトル出身の実力派ラッパー、Sadistik(コディ・フォスター)の約五年ぶり通算二作目となる『Flowers for My Father』なんだけど、そのタイトルが意味するとおり→”突如他界した父親(スティーヴン・フォスター)に捧げるアルバム・・・”らしい本作品、ゲストにTrespassers WilliamLotte KestnerBlue Sky Black Deathの作品で知られるYes Alexanderほか多数のラッパーが参加し、更にそれらの楽曲をプロデュースしたのが重鎮Blue Sky Black Deathという...もはや(おいおい俺得以外の誰得なんだ?)としか他に言いようがなくて、気になるその内容も当たり前のように俺好みだった件。

 おいら、ヒップホップの知識なんて皆無なんだが、これまでの人生で思い返してみるとBlack Eyed Peas”Don't Phunk with My Heart”という曲だけは、何故だか昔よく聴きまくってた憶えがある。そんな知識レベルの自分が想像するヒップホップといえば・・・YO!!YO!!チェケラーッ!とか、父ちゃん母ちゃんマジリスペクトとか、日本語ラップwwwZeebraさんwwwとかいうドイヒーなイメージしかないんだけど、このSadistikがやってるアブストラクト・ヒップホップなるジャンルというのは、いわゆるトリップ・ホップの別名みたいなもんらしく、要するにヒップ・ホップとトリップ・ホップが融合した結果がアブストラクト・ヒップホップということらしいです(適当)



 さすが、今や全米屈指のプロデューサーとして知られるあのBlue Sky Black Deathが関わっているだけあって、そのスタイルもBSBD直系のインダストリアルなアンビエント系ヒップホップ(トリップ・ホップ)なんだけど、まずはオープニングを飾る#1”Petrichor”から、まるで(おいおいポストロックか)と思うほど繊細かつリリカルに描き出す、ノスタルジックな【ATMSフィールド】を展開するオルタナやってて、終盤での予想だにしないGリフの登場に只ならぬ”スゴ味”を感じてしまった。そしてヒンヤリと冷たいファッキンエモーショナル(くそエモい)な音響空間の中で、ゲストラッパーCageによるBEP風のラップとYes Alexanderのロリキュートな萌声が異種格闘する#2”Russian Roulette”、イントロから胸が締めつけられるほど内省的(悲哀)なムードを醸し出しながら、神妙かつ荘厳なオーケストラをバックにLotte Kestnerの透明感のある囁きの如し歌声が、もはやこの世のものとは思えないほど儚くも美しく...そして悲劇的な情景をシネマティックに映し出す#3”City in Amber”まで、あのBlue Sky Black Deathがプロデュースした(#2,#3)を含む序盤の流れ(ツカミ)は完璧で、ただただ唖然としたというか度肝を抜かれた。その流れから、あのサマソニ大阪でのマイク・シノダを回想させるほど激しいビートを刻むコディのバッキバキなラップとそのバッキングで響きわたる幽玄かつ耽美なメロディが、まるで初期リンキンを彷彿とさせる無機質な世界観を描き出す#4”Snow White”、そして再びッ!!BSBDがプロデュースした、女性Voや壮麗優美なオケを交えながらファッキンドリーミーな癒し系アンビエンス空間を形成していく#5”The Beast”は間違いなく本作『サンキューパッパ』のハイライトで、特に4:17秒のコディの「グワァ!」すき。で、序盤はGod Is An Astronaut顔負けの【ATMSフィールド】を展開し、中盤からはCarbon Based LifeformsInterloper的な感じに突如チルアウト化する#7”Song for the End of the World”←この曲が醸しだす異色のPost-Progressive精神に謎の感動を憶え、そのCBLATMS空間を引き継いだシューゲ曲でゲストにChild Actorを迎えた#8”Palmreader”、妙にUlverさんっぽさのある#9”Micheal”、そして中盤のハイライトを飾る#10”Seven Devils”なんだけど・・・この曲、まるでTesseracTMothliteを連想させる言わばKscope界隈ライクなアート/ニカ性のある曲で、中でも全盛期のParadise Lostや初期Riversideも驚愕するレベルのエレクトリック・ギターを使った叙情的な泣きのGソロに悶絶死してしまった・・・。まさかヒップホップ聴いててパラロス顔負けの幽玄なGソロを聴くことになるなんて...リアルに→「あ…ありのまま 今 起こった事を話すぜ!『おれはヒップホップを聴いていたと思ったら いつのまにかゴシックメタルを聴いていた』 な…何を言ってるのか わからねーと思う(ry」ってなったし、初めて聴いた時はリアルに「ファ」って変な声出たわ。で、再びッ!!Lotte Kestnerを迎えた#11”Exit Theme”は父スティーヴンを天国へと送り出すかのような天使の如しロッテの歌声をバックに、ゲストラッパーAstronautalisとコディのラップが叙情的(リリカル)にお互いを高め合う、これぞ父スティーヴンに捧げられた鎮魂花で、正直こんなん聴かせられたら天国でも地獄でも安心してスッヤスヤですわ。そのパッパを浄化するようなレクイエムから、その名のとおり幻想的なノスタルジアを形成する#12”Melancholia”、再びッ!!BSBDがプロデュースを担当しゲストにCeschiを迎えた#13”A Long Winter”まで、全13曲トータル約一時間弱。自分が洋楽を聴き始める一つのキッカケだったリンキンをはじめ、まさかのパラロスUlver界隈からのKscope界隈その頂点に君臨するANATHEMAまで、もはや全世界のATMS厨歓喜のヒップホップがココに...ッ!とでも叫びたいぐらい、もうなんか俺たちATMS厨『夢』『希望』『思ひで』の全てが詰まった名盤です。

 これを初めて聴いた時、スウェーデンのCBLを初めて聴いた時の衝撃と全く同じデジャブを感じた。あれっ?これもうヒップホッパーいらないんじゃね?ってほど、荘厳なオーケストレーションやチルくてメランコリックな耽美メロが神秘的かつシネマティックなリリシズムを発揮しながら、中期Ulverを彷彿とさせるexperimentalismおよびPost-Progressiveなセンスをクロスオーヴァーさせた結果の名盤、というわけです。つまりノルウェイの森の熊さんことKristoffer Ryggが好きそうな感じのムーディ&シリアスなサウンド。いやマジで→【熊さん×Blue Sky Black Death】←わりとマジでワンチャンあるんちゃう?って。 要するに、俺たちATMS厨が長年追い求めていた真のATMSがコレにはあって、いわゆる”俺の界隈”【ATMS自治区】に棲む住人ならばコレ聴いてアヘ顔すること請け合いだし、とにかく”ATMSとはナニか?”が知りたければこれ聴けばいいと思うよ。これこそATMS界の王=キング・オブ・ATMS】と言える。正直ここまでファッキンエモーショナル(くそエモい)ヒップホップ他にないと思うわ。いやマジでヒップホップに目覚めてヒップホップニキになりそうな勢いだし、Zeebraさんもこれ聴いてナニかに目覚めてほしいわ(えっ)



 まさかヒップホップ界隈に当ブログWelcome To My ”俺の感性”が歩んできた音楽道を総括するような、まるで”俺の感性”のルーツと今を繋ぎ合わせる”音楽体験ヒストリア”的な作品が現れるなんて夢にも思ってなかったし、これには素直に感動した。このような”引かれ合い”を演出してくれたLotte Kestner姉さんとYes Alexanderちゃんには、いわゆる”俺の界隈”を代表して感謝しきれないほどの感謝をッ。ホント、なんかもう完全に”俺のために生まれた音楽”だと確信したというか...今の俺だからこそ理解できる音楽というか...それこそ”俺の界隈の再構築”という今年の目的その”答え”と言っていいぐらい、要は自分が今まで聴いてきた音嗜好の全てが本作に凝縮されてると言っても過言じゃあない。幸か不幸か、一年に一回ぐらいこういう嬉しい出会い(引かれ合い)があるから、いつまで経っても音楽聴くのやめられねーんだよな...ホント、どれだけ俺を『幸福』にすれば気が済むんだ・・・。なにはともあれ、「サンキューパッパ...」それしか言う言葉が見つからない...。

 少し話は逸れるが、本作のCD(デジパック)の背表紙の名前表記が”sadisitk”になってるという前代未聞の誤表記を発見して唖然としてしまった。つうか、CoLといい、AoPといい、今年の年間BESTに入るアルバムはワザと誤表記しなきゃいけない業界の裏ルール(しきたり)的な何かがあるの?って。しかも間違いの程度が大きければ大きいほど名作になってるし(笑) まぁ、何にしても興味深い法則を発見して勝手に喜んでる。ちなみに、ブックレットの表紙を飾っているのは父のスティーヴンと幼少期コディのツーショット写真で、裏表紙に”for Dad”と記されている所からも、実にラッパーらしい父ちゃんマジリスペクト感あって超Loveい。けど、そんな大好きなパッパに捧げる大切なアルバムでこんな間違いを犯しちゃうのは少しカッコ悪いというか、ラッパー特有のダサさ加減が垣間見れてなんか嬉しかった、なんか。

 去年はANATHEMA黄金の精神”ことWeather Systemsが堂々の一位を獲得したけど、まさか今年の一位がヒップホップって...これもうわかんねぇな。まぁ、一位はまだ確定ではないけれど、少なくとも年間BESTトップ5位内にはランクインしてくるだろうし、ヘタしたらこのまま一位取っちゃう可能性も当然あります。実際、一位でも納得できる内容してるし。ジャケもThe Oceanの新譜に匹敵するシュワシュワ~っとした超絶チルいジャケで完璧。ちなみに、MVはストーリー仕立てになってて見応えあります。そのMVの中でコディがダリオ・アルジェントTシャツ着てるあたりに好感。だから僕は本作を飛呂彦に強くオススメしたいチェケラ~♫

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True Widow 『Circumambulation』 レビュー

Artist True Widow
True Widow

Album Circumambulation
Circumambulation

Track List
01. CREEPER
02. S:H:S
03. FOURTH TEETH
04. NUMB HAND
05. TROLLSTIGEN
06. I:M:O
07. HW:R
08. LUNGR

USはテキサス州ダラス出身の三人トリオ、True Widowの約二年ぶりとなる3rdフル『Circumambulation』なんだけど、お話の前置きとして、当ブログの2011年度BESTにもランクインした前作のAs High As the Highest Heavens and From the Center to the Circumference of the Earthとかいうクッソ長いタイトルが各メディアに正しく評価された結果→この度目出度くあのRelapse Recordsからのリリースが決まったようで、これには散々ウチのブログでゴリ押してきた甲斐があったというか、三作目にしてようやく彼らの音楽性が(ピッチ厨含む)あらゆる界隈に正しく評価された結果で、個人的に大変嬉しく思っている。

 このTrue Widowといえば→【Stoner×Shoegazer=Stonegaze】を最大の売りとしているバンドで、通算三作目となる本作でも、これまでと同様に”仄暗い水の底からコンニチワ”みたいなダウナー系インディ・ミュージックを展開しているんだけど、まずオープニングを飾る#1”CREEPER”からして毒々しいまでのウネリとグルーブを効かせた中毒性の高い低音リフがミニマルに反復しながら、ダン・フィリップス(Vo,Gt)の気ダル~い歌声と共に未知なる狂気と不安が精神的に迫りくるこの感覚・・・それこそ宗教絵画風のアートワークの如し暗黒微笑世界に迷い込んだかのような、この独特のトリップ感こそTrue Widowの音だよなぁ...と再認識させる。そして前作譲りの幽玄な【ATMSフィールド】を展開する#2”S:H:S”、仄暗い水の底から紅一点のNicole Estill(Vo,Bass)によるヤンデレ少女系ボイスとダンの絶妙なコーラスが織りなす、キャッチーでありながらも独特のハーモニーが”これぞTrue Widow”ってな感じで病みつきになる#3”FOURTH TEETH”、まるでAlice in Chains顔負けのグランジーなリフがネットリと体にまとわり付き、それこそナニかに取り憑かれたor洗脳されたように無感情で歌うニコルのようなリアルヤンデレ状態になること請け合いの#5”TROLLSTIGEN”は、まさにTrue Widow然としたトリップ・ミュージックの真骨頂であると同時に本作のハイライト。で、ミニマルなリフで展開するインストの#6”I:M:O”、再びダンの歌とニコルのコーラスハーモニーがハッパ草い湿った香りを充満させる#7”HW:R”、これまでとは打って変わって感情が芽生えたニコルの歌を中心に展開する#8”LUNGR”まで、全8曲トータル約44分の幽玄な低音世界を堪能させる。特にニコル作曲の#5は本作に潜む恐怖を体現したかのような名曲。
 
 個人的には、紅一点のNicole Estillをメインに携えた前作を素直に踏襲して(それこそ近年のKylesaのように)、より薄明るくキャッチーな方向性に向かうと予想してたんだけど、ご覧のとおり結果は真逆で、過去最高にディープな暗黒暗黒アンド暗黒を超越した先にある漆黒の世界を構築しながら、ミニマリズムを含んだ泥臭い遅漏リフと共にダンとニコルによる憂鬱なハーモニーが暗闇の奥底で反響する、まさに”TWらしい”としか他に言いようがないアヘアヘミュージック・・・これはもう聴きながらアヘアヘと笑うしかない。しかし、2008年作の1st『s/t』の頃にあったドゥーミッシュな重い感覚は薄く、感覚的には2ndやEPI.N.O.で確立したヤンデレ路線を更に深く、更に仄暗い底を極めた結果が本作といった感じ。今思えば、当ブログの2011年度BESTの時にWhirrTrue Widowが一緒にランクインしたのは伏線()だったというか、今年偶然にもWhirrとTrue Widowの新譜が重なってリリースされたのは俺得以外のナニモノでもなかった。

 本作を聴いてあらためて、自分でも不思議なくらいTrue Widowの音楽性がドツボなんだという事を再確認した次第で、まぁ、単純に”俺の感性”を象徴する音そのものっちゃそのものだから...ね。少なくとも、今の時代にドヤ顔しながらシューゲ聴いてる奴でこのTrue Widowを聴いてない奴がいるとするなら、そいつは紛れもなくミーハー以下のクソムシだって、はっきりわかんだね。あとやっぱり、このインディっぽさとメジャーっぽさの境界線で揺れ動く絶妙な立ち位置から放たれる彼らの音楽って、それこそピッチフォーク厨が”Earthの後継者”だという風に挙って持ち上げちゃうほどの、それすなわち俺たちファッション・サブカル系男子御用達の音楽なんだと思いました(適当)



Circumambulation
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2013年上半期的なナニか

             たっぷり

まぁ、例年どおりよく分からない『上半期的なナニか』なんですけど、お察しのとおり今年は【俺の界隈の再構築】を目的としたナニがあって、今年の初めにリリースされたCult of Lunaインテリ系男子RiversideワタミそしてSW先生The Raven That Refused To Singは期待どおりの内容だったが、その後はイマイチパッとしない流れが続いて(去年の反動で今年は不作かな?)と思いかけてたんだけど、偶然か必然か、今年の初頭にイェンス・ボグレン記事を書いて伏線()を張った結果→『イェンスという名の電車』に乗って完全復活を遂げたSoilworkThe Living Infinite、まさかの『The Ocean×イェンス・ボグレン』が実現した能年玲奈がその伏線()を見事に回収してくれたお陰で、(ん?もしかして今年も豊作である可能性ッ!?)という印象に徐々に変わっていき、そして明らかにAltar of Plagues百田夏菜子から流れ変わったな。またしてもボグボグ兄さんがスウェーデンのDT野郎を【俺の界隈】に導いてくれた吉井和哉や現代オサレジェント界のアイドルであり最高峰である事を証明してみせたTesseracTスパイス・ボーイズ、そしてピッチフォーク厨も大絶賛の俺たち【ファッションサブカル系男子】の貴公子ことデフヘヴンオサレ先生ときて再びッ!!ボグ兄が手がけ大化けしたLeprousレ・プラスで怒涛の6月が終わりを告げたか...と思った矢先の凛として時雨×イェンス・ボグレン=フェッ!?←これには流石のおいらも「これもうわかんねえな...」としか他に言いようがなかったし、まさか...まさか今年の初めから張り巡らせた”イェンス・ボグレン”という伏線()が、誰も予想だにしないこんな形で回収されるなんて...いやはや思ってもみなかった。これはレビューにも書いたけど、「もはや”虫の知らせ”ならぬ”イェンスの知らせ”だな...」という謎の感動を憶えたほど。そして(いいぞ~俺の感性いいぞ~)とヨシヨシしながらご褒美として角砂糖を三個食べたガリガリガリガリガリガリ。結論として、今年は”イェンスの年”というわけです。当然、その関係でイェンス関連以外はほとんど聴けてない状態というね・・・。

 さて、ここで今年の下半期についてチョットなんだけど、まず【俺の界隈の再構築】に到った経緯として、元はといえばANATHEMAと並び”俺の界隈”の二強その一角を担うKATATONIA死の王とかいうサード・インパクトすなわち『俺の界隈が死んだ日』が全ての元凶なわけで、その『死の王』のリミックス版『Dethroned & Uncrowned』が9月にKscopeからリリースされると知った時は条件反射で「勝った!!」と思っちゃったというか、『死の王』のレビューおっ立てた『愛のある”肩叩き”』いう一年越しの伏線()をココで遂に回収しに来たかッ...と、そんな日本一のカタヲタを自称する今の”俺の感性”はその新作に向けて全神経を集中しているデフヘヴン状態で、そんなこんな事情もあって上半期にある程度のBESTが出揃ったのは、自分としては非常に好都合な出来事だったと言える。恐らく、この『Dethroned & Uncrowned』『死の王』”本性”というか”真の姿”だと確信してるんで、そらもう楽しみに待ちたい。そしてこの『Dethroned & Uncrowned』の降臨よって、【俺の界隈の再構築】その最終局面を迎えると同時にWelcome To My ”俺の感性”【第一章】も遂に完結を迎える時だという事も...ッ。さすがにもう『凛として時雨×イェンス・ボグレン=フェッ!?』を超えるイェンス関連のサプライズはないと思うしね。つうか、下半期ぐらい大人しくカタトニーさせてーなw

     全ては俺の界隈の計画通りに...

 ヨナスの新プロジェクトであるWisdom of Crowdsのデビュー作でも少し書いたように、【漆黒の意志】を持つ『死の王』ことKATATONIALovePeace】の提唱者=Kscope界隈の帝王であり黄金の精神】を持つANATHEMAの運命的な”引かれ合い”すなわち『ANATHEMA(ジョニィ・ジョースター)×KATATONIA(吉良吉影)=ANATONIA(東方定助)』という(まだ片方がジョニィと決まったわけじゃあないけど)、まさにジョジョ8部『ジョジョリオン』の物語と同調するかのように、いわゆる”俺の界隈”でも全く同じような出来事が起きている事に驚きを隠せないでいる。しかし日本一のジョジョヲタを自称するオレが言える事はただ一つ→これが”引かれ合い”の究極系だって、はっきりわかんだね。なんにしても、『死の王』イェンス・ボグレンを左遷した結果→そのイェンスが【俺の界隈の再構築】の中心的存在となったのは何とも皮肉なことで、実に面白い出来事でもあった。

 ライブ関連で言えば、℃-uteDIR EN GREYという2月生まれが過半数を占める五人組のライブに行ったぐらいで、特に何もない。強いて言えば、もはや俺の解釈からすれば【℃-ute=DIR EN GREY】みたいなモンですし...という事ぐらい。そうそう、伏線()と言えばDIR EN GREYの再構築アルバムTHE UNRAVELINGでも似たような現象があったね。昨年のTOUR2012 IN SITUの会場BGMにKATATONIATesseracTの曲が連続で流れてきたその伏線()その答えが”Unraveling”だった、というわけ。これには素直に驚いた。

      あまちゃん

 話は大きく変わるけども、4月から新しく始まったNHKの朝ドラ『あまちゃん』が面白い。なんつーか、去年の4月から俺の界隈アイドル枠を新設した伏線()がここでも回収されたみたいで、ここ最近は朝8時からの『あまちゃん』で一日が始まり、そして夜11時からの『あまちゃん』で一日が終わるというような生活してる。どうやら物語は遂に東京編に突入したみたいで、今後の展開に期待と不安が入り混じりながらも、個人的には橋本愛ちゃん演じるユイも東京編にガッツリ出てほしいなぁと願った結果→典型的な田舎のヤンキーになってたンゴ・・・くっそ!こうなったらGMT47能年玲奈ちゃんが一推しで二推しは若干あやや似の入間しおりちゃんや!・・・という冗談は置いといて、最近の界隈で起きた愛理による炎上商法が『あまちゃん』の今後の展開の伏線()になってるような気がしないでもなくて...やっぱアヴドゥル界隈おもすれェ!ってアヘ顔してるんだけど、しかしクドカンはどこまで考えてるのか...まるで読めない。結局のところ、おいらがここまで『あまちゃん』にハマってる理由、その答えが81話『おら、大女優の付き人になる』で明らかにされたわけなんだけど、これは81話を観た人ならスデに知ってると思うけど、話の内容は大体こんな感じ↓

『おら(アキ)、付き人になるだぁの巻』的な話の流れの中で...

アキ 「おらが付き人にぃ!?考えさせてもらってもいいですか?」

薬師丸ひろ子 「じょじょ」
じょじょ1

アキ&オレ (じょじょ!?)

じょじょ!?

アキ 「ひょっとして...同情してんのですか?」

薬師丸ひろ子 「じょじょ」
じょじょ

オレ 「ファッ!?(まさか...)」

種市先輩の登場に驚くアキ 「じぇじぇ!?」
じぇじぇ

薬師丸ひろ子 「”じぇじぇ”かぁ...あっ!だよねぇ、”ジョジョ”は奇妙な冒険よねぇHAHAHAHAHAHAHAHAHAHA」
薬師丸ひろ子がジョジョ発言

アキ (なんだこのBBA!?(ドン引き))
ドン引き

ここでピエール瀧のジョジョ立ち(しかもアドリブ)
ジョジョ立ち

この一連の流れを観たオレ→「ファーーーーwwwwwwwwwwww」

・・・というお話の流れ。で、今年の朝ドラが東北が舞台で宮城出身のクドカンが脚本だと知って、昨年紅白の石川さゆり×荒木飛呂彦【荒木飛呂彦×千住明】など、ここ最近のNHKによる”荒木飛呂彦押し”からしても同じ宮城出身の飛呂彦=『ジョジョ』ネタぶっ込んでくる可能性がワンチャン、ほんとワンチャンあるんでねぇか?という微々たる思いが心の奥底に存在してたから、今回のビッグサプライズにはホンマ驚いたし、ナゼにオレが『あまちゃん』に対して異常な”引かれ合い”を感じたのか、その理由をこの81話のシーンから言葉ではなく『心』で理解することができた。当然、クドカンも飛呂彦が同じ東北(宮城)出身だということを知っての小ネタなんだろうけど、まさか東京編が始まってスグのこのタイミングで薬師丸ひろ子とかいう超大物女優にジョジョネタぶっ込ませるとか・・・これは『IWGP』でも散々感じた事だけども、やっぱクドカン只者じゃねーなwって。しかもピエール瀧のジョジョ立ちがアドリブだったとかwホンマ笑ったわ。いくら『あまちゃん』がマンガやアニメのような2.5次元的ドラマだからといって、この展開は俺のキング・クリムゾンでも全く予測できなかったし、この回を観たジョジョヲタは「勝ったッ!『あまちゃん』完!」と思ったハズ。当然、おいらもその内の一人。ハッキリ言って感動したよね、クドカンの黄金の精神』に感動した。その黄金の精神』に敬意を示すべくオレ氏、円盤を買うことを決意。で、結局ここまで『あまちゃん』が好評な理由って、クドカンの脚本というよりも能年玲奈ちゃんの2.5次元力の高さによって成り立ってるドラマというか、当然『桐島、部活やめるってよ』『冷たい熱帯魚』で知られる実力派な豪華キャストの力もあるんだろうけど、それよりも何よりも能年玲奈ちゃんがヒロインのアキを演じているからこそ、そこで初めて成立するドラマなんだと思う。きっとクドカンも能年玲奈ちゃん様様やと思ってるハズw 個人的に、あまちゃんが終わったら【能年玲奈×満島ひかり】という【水と油】みたく対照的な二人にいつか映画で共演してもらいたい。そうだ、ここは満島ちゃんの旦那の新作映画でどうでしょう?当然、満島ちゃんとダブル主演的な感じで。この二人に共通するのは、単純にオレの嗜好wじゃあなくて、お互い2.5次元世界の住人(キャラ)だというところ(℃で例えるならnksk的な)。でも『あまちゃん』で最も2.5次元的なキャラは潜水土木科の先生ですw この先生、ハッキリ言ってこのドラマの裏の立役者といっても過言じゃあない、それぐらいの存在感ある。なにはともあれ、クドカンが描く”アイドル像”とやらをどこまで見せてくれるか?今から期待に夢が膨らみンゴだし、それもこれも全て『後期SBR~ジョジョリオン』で飛呂彦が描き始めた”荒木飛呂彦が考えるアイドル像”とやらを徹底的に理解ッするために必要な教養だから...ね。なんにせよGMT47は今年の紅白に出て、どうぞ。

 それにしても、『あまちゃん』を観てるとAcid Black Cherryのレクリシリーズが一層よく聴こえる件について。序盤の方でもテレサ・テンの名前が出たり、レクリ2では東京編にも出てる鈴鹿ひろ美こと薬師丸ひろ子の”セーラー服と機関銃”をカバーしてるぐらいだからね。要するに、ABCのレクリシリーズも『あまちゃん』をより一層楽しむための伏線()だった、という事でここは一つ(強引)。つうか、やっぱyasuも『あまちゃん』観てるのかな?

 今年の上半期は何回アヘ顔しただろうか?どうして俺の界隈の奴らは俺にアヘ顔させるのだろうか?下半期はどんなアヘ顔させてくれるんだろうか?とかいう思いを馳せながら、今年2013年の上半期を一言で総括してみると...「イェンスニーキモティイイイ!!」 というわけです。そんなわけで、当ブログも『あまちゃん』と同じように、上半期でニッチな俺の界隈編という東北編は終わりを告げ、下半期は東京編(アイドル編)すなわちアイドルブログとして頑張っていきます!今までありがとう!

       「なーにいってだこいつ」
なーにいってだこいつ

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