Welcome To My ”俺の感性”

音楽のレビューというか感想をてけとーに書き殴るブログです。

真部デトックス脩一

℃-ute解散がショック過ぎるので更新停止します

【1/24】 相対性理論 presents「回折II」@Zepp Nagoya

 相対性理論 presents「回折II」

最近ちょっと驚いた事といえば→僕とやくしまるえつこが同い年だったという事実で(キャリア的に三十路くらいかと...)、そのやくしまるえつこ率いる相対性理論が1月に名古屋で自主企画ライブを開催するらしいとの事で、相対性理論が名古屋でライブするのって一体何年ぶりだ?って・・・


<<<<<<<<<初>>>>>>>>>


まさか相対性理論"初"となる名古屋のライブが、中心人物だった真部脩一西浦謙助が居ない相対性理論とかわりとウケる。そんなこんなで、名古屋待望の相対性理論の自主企画『回折II』を観に行ってきたわけです。で、自分は先行の超特大チケットを購入したのだけど、肝心の整理番号が600番代後半で→「あれ?意外と番号悪いのね」なーんて思いながら、6時半開演に合わせて、だいたい6時ちょい過ぎにZepp名古屋に到着したんよ~。すると・・・

スタッフ「Aの100番の方~」

ぼく「えっ、まだ100番代なのか。押しぎみ~?」なーんて思いながら、暫くその辺で待ってたんよ~。

・・・

・・・・・

・・・・・・・

【開演五分前】

番号呼びのスタッフ「Dの650番の方~」

ぼく「えっ、開演五分前なのにまだ600番台とか押しすぎじゃね?でも番号近いから入れるかもwDUM-DUMってきっと"D"の事だろうしなw」

チケット確認スタッフ「はいどうぞ~」

ぼく「うん?妙に変だなぁ・・・」って稲川淳二風に疑いながら・・・ここで私、気づいちゃったんですよ。

「あぁ、もしかして超特大チケットはA番より先に入場できたヤツなんじゃあないか?」って・・・

・・・気づいた時はもう時スデにお寿司! 「あぁ、死にたい・・・特大チケットだなんて、慣れないことするんじゃあないな・・・」ってテンション爆サゲのまま入場すると、既に会場は満員状態。言わずもがな、自分は最後列からの鑑賞となってしまった。気になる男女比的には→サブカルクソ野郎とサブカルクソ女がほぼ五分五分で、中心人物のデトックス真部が脱退して新作の『TOWN AGE』が賛否両論を呼んだにも関わらず、バンド存続の危機を物ともしない余裕の集客率・・・未だ相対性理論人気は衰えず、といった所か。でも実際に15分くらい押してから開演。謎のSEが終わり、幕開けを飾るのは『TOWN AGE』から”たまたまニュータウン”で、生えつことえつこの生歌を耳にして、そして初っ端から解き放たれる轟音ノイズに、ついさっきまでテンション爆サゲだった自分が嘘のように、脳が目が耳が五感が一気に冴え渡った。最後列から辛うじて見える生えつこと生歌に終始顔ニヤけっぱなしだったのは言うまでもなく、二曲目は聴いたことない曲だなと思ったら新曲らしい。良くも悪くも"らしい"新曲だった気がする。そして、あのイントロのメロディが鳴り響き、新作を代表する名曲”キッズ・ノーリターン”を披露。この曲、ライブだとアレンジが、特にギターの音がクソカッコよくてマジで「うおおおおおおおおおおおおおおおお!!」って感じに高まった。その流れで初めてのMC→

やくしまるえつこ「相対性理論プレゼンツ、回折II。チャンネルは、メ~テレに」とかいうMCから”テレ東”を披露。

ぼく「”テレ東”なのにテレ朝系列のメーテレとはこれいかにぃwww」って、ローカルネタに対して心の中でツッコんだ。

やっぱり『ハイファイ新書』はイイな~なんて思いながら、大胆なアレンジを効かせた”ジョンQ”、から初期の名曲”LOVEずっきゅん”、そして新譜の中では”キッズ・ノーリターン”と双璧をなす”ほうき星”を立て続けに披露して一気に畳みかける。で、遂にえつこから念願のラブズキュウウウン!!された僕はもう死んでいいと思った。再び、ここでMC→

やくしまるえつこ「第六天魔王、えつこ」

ぼく「ファッ!?」


もはやMCと呼んでいいのかわからないMCから3rdアルバム『シンクロニシティーン』”三千万年”、続いて新譜から”YOU & IDOL””BATACO”、そしてここでまさかの”こきゅうとす”を披露。正直、声優の花澤香菜さんに楽曲提供した”こきゅうとす(相対性理論Ver)”ワンチャンあるかも?って予想してたから→「うおおおおおおおおおおおおおおおおおえつこおおおおおおおおおおおお愛してるぜええええええええええええええええええええ!!」って感じに超アガった。そしてMC→

やくしまるえつこ「フィアンセに、なってみや~ち~」

ぼく「でた~名古屋芸人宮地」


再びMCでローカルネタをぶっ込んで、ここで映像と照明を使った演出を本公演の目玉(ハイライト)として持ってくる。なんかよくわかんねーけど超宇宙を彷徨うような、一種のプラネタリウム的な映像とレーザービームをフル稼働した照明演出に感動するというよりは只々圧倒された。まさに"相対性理論ワールド"の真骨頂とやらをぐうの音も出ないほど、まじまじと見せつけられた気分だった。その演出とバックのインストに挟みこむように”救心”、次の”上海an”ではリコーダーえつこや和楽器による濃ゆいアレンジでジックリと聴かせ、そして”気になるあの娘”を披露。そしてMC→

やくしまるえつこ「シュワッチの、チっている?」

ぼく「し、しらんがな・・・」 


みたいなMCから新曲したらしいけど、どんなだったか覚えてない。これも良くも悪くも系だった。ここで本編は終了。アンコールではソロの”ロンリープラネット”から初期の名曲”スマトラ警備隊”ときて、最後はやくしまるえつこが「バイバイ」とかいう可愛い捨て台詞を吐いて終演。


・・・とにかく、生えつこ最高だった。ライブが終わった後は、それしか言う言葉が見つからない状態で、 時にドリーミーで時にアグレッシヴに動き回る変幻自在かつ正確な演奏をはじめ、ライブでしか味わえない曲の各アレンジだったり、映像と照明をフルに駆使した演出面だったり、そして何と言ってもやくしまるえつこのどちゃ可愛い萌声やピカピカ光る謎の棒あるいはサイリウムらしきナニカみたいなのとか、いかんせん最後列からじゃあ見えるものもマトモに見えない所もあったけど、しかし最後列からでも最初から最後まで存分に楽しむことができたし、実に刺激的で実に”プロフェッショナル”なライブだった。確かに、4thアルバム『TOWN AGE』中心のセトリだったし、もっと他に聴きたい曲があったのだけど(地獄先生とかハイファイ系)”LOVEずっきゅん””テレ東””スマトラ警備隊”を筆頭に各アルバムを代表する名曲がライブで聴けたのは素直に嬉しかったし、特に”気になるあの娘””スマトラ警備隊”では一瞬にして”ロックバンドとしての相対性理論”へと変貌する瞬間、その感覚(ギャップ)に身震いするほどだった。あらためて、その音楽性の幅広さに関心したというか、それは『意外!』なほどの”バンド・サウンド”に魅了されっぱなしだった。もちろん、真部デトックス脩一や西浦さんが今も相対性理論に在籍していたらもっと凄かったんだろうけど、しかし彼らの不在を物ともしない圧倒的なライブ力と演出力に、そしてDIR EN GREYもビックリのMCの少なさにド肝抜かれた。いわゆる"スタジオバンド"or"ライブバンド"で言うと、この相対性理論は前者の"スタジオバンド"というイメージがずっと自分の中であったのだけど、しかし初めての相対性理論でこんなライブ見せつけられちゃあ、そのバカな考えを改めざるを得ないよね。それくらい、この日のライブは完全に"ライブバンド"のソレだった。さすが終身名誉ジョジョヲタであるやくしまるえつこと言った所か。やっぱえつこってスゲーわ。しっかし、今年一発目のライブがコレってかなりの贅沢というか、もう今年はコレ以上のものはないだろうってくらい良かった。気づけばチケットで失敗した事が記憶から消え去るほど。今まで名古屋で演らなかったのが本当に不思議で仕方ないが(確かに、相対性理論と名古屋って相性悪そうだがw)、その”初”を生で体験できたのは一生の思い出になりました。早いとこ次も観たい。だからえつこ頼む!スティーヴン・ウィルソンとの対バンで来い!

パスピエ 『幕の内ISM』

Artist パスピエ
パスピエ

Album 『幕の内ISM』
幕の内ISM

Tracklist
01. YES/NO
02. トーキョーシティ・アンダーグラウンド
03. 七色の少年
04. あの青と青と青
05. ノルマンディー
06. 世紀末ガール
07. とおりゃんせ
08. MATATABISTEP
09. アジアン
10. 誰?
11. わすれもの
12. 瞑想

【うまい】・・・今の邦楽界に一矢を報いるような、昨年のデビュー・アルバム演出家出演で初めてパスピエを知って、僕が真っ先に感じた事といえば→”うまい”だ。古き良き時代のJ-Popやプログレなどの数ある要素を一つにする事への”うまさ”だ。そして今回、約一年ぶりにリリースされた2ndアルバム『幕の内ISM』でも、パスピエの心臓部である鍵盤使いの成田ハネダと紅一点ボーカリストの大胡田なつきが織りなす、先人に対するリスペクトやオマージュを織り交ぜた持ち前のポップネスと和風テイストに溢れたオリエンタリズムが、奇妙キテレツなアヴァンギャリズムをもってクロスオーヴァーしていく、その”うまい”パスピエサウンドは何一つ変わっちゃあいない。

【YES!YES!YES!】・・・前作演出家出演のオープニング曲の”S.S”は、”パスピエというバンドがどんなバンドなのか?”を絶妙に表現した、それこそ彼らを代表するアンセム的な楽曲だった。本作『幕の内ISM』のトップバッターを担うのは、まさに邦楽界の風雲児、新世代のニューウェーブ・ポップを自称するに相応しい、まるで「11月のYESとパスピエのライブ、どっちに行くの?YESかNOで答えてよ」的な#1”YES/NO”だ。この曲は、疾走感溢れる爽やかなギター・サウンドが、ニューウェーブな微風とともにあの頃の青春時代を運んでくるかのよう。で、ゆったりとした始まりから大胡田なつきのボーカルをフューチャーした、ほのかに哀愁を漂わせつつ焦燥感を煽るようなスピード感あふれるサビへと繋がる#2”トーキョーシティ・アンダーグラウンド”、前作の名曲”名前のない鳥”を彷彿とさせる、しかしソレよりも全然ポジティヴで前向きなメロディを押し出した力強いポップスを披露する#3”七色の少年”、その勢いのままシングルの#4”あの青と青と青”まで、序盤の流れはパスピエの右腕である大胡田なつきの哀愁を帯びた歌声を軸とした、パスピエの一つのウリである”大衆性”を意識したキャッチーなポップソングが中心で、その中でも往年のJ-Popの香り薫る”七色~”や”あの青~”のような楽曲をサラッと書けちゃう所がパスピエの強みだと改めて再確認したし、特に”あの青~”のラストの大サビへと向かっていく怒涛の展開、ある種の激情的ですらある畳みかけはバンドの今の勢いが音に憑依しているかのよう。

【サブカル界のPerfume】・・・ここまでの曲を聴けば分かるよに、前作と比較すると正直かなり印象が違う。代表曲の”S.S””シネマ”など、前作の演出家出演がバンドの中心人物成田ハネダの鍵盤による音の洪水を表現した作品だとするなら、今作の『幕の内ISM』大胡田なつきの”うたのおねえさん”的なクセのない優しい歌声をフューチャーした作品、そんな印象を受ける。そういった意味では、前作の”フィーバー”で聴けたような声優上坂すみれさん的な、一種の電波系アニソン的なサブカルっぽさや奇をてらったロキノン臭さが消え失せて、いい意味でも悪い意味でもより普遍性が増した、より大衆的な作品と言えるのかもしれない。前作の一つの良さでもあった、デビュー作特有の青臭さというか、独特のクセというのがパスピエの大きな個性に繋がっていたが、そのアンダーグラウンドな感覚が消えた、本当にクセがなくなった。今回、より普遍的あるいは大衆的な方向性に振り切った事で、おいら、前作の時に”サブカル界のPerfume”的な事を思ったんだけど、その信ぴょう性が更に増した気がする。
 
幕の内ISM

【パスピエ流のオリエンタリズム】・・・前作同様、大胡田なつきが手がけたアートワークや飛び出す絵本仕様の立体的なパッケージをはじめ、前作でいう所の”はいからさん”みたいな、パスピエの持ち味の一つとして”オリエンタル”な要素があって、これはシングルの”あの青と青と青”のイントロからして顕著なんだけど、今作ではその”オリエンタル”な要素を著しく強めている。不協和音を駆使した、ドリーム・ポップ/サイケ・ポップ風の奇妙キテレツな#5”ノルマンディー”、ギターの三澤勝洸がその限りなく空気に近い存在感を発揮しているアニソン風の#6”世紀末ガール”を絶妙なアクセントとして間に挟んで、次の#7”とおりゃんせ”は要所で相対性理論をリスペクトしながらも、というより実はハナエっぽいムズ痒いボーカルとリズム感にブヒれる名曲だ。再びアッパーなシングル曲の#8”MATATABISTEP”を挟んで、そのえらく正直なタイトルをはじめ、レトロな鍵盤やスピッツの”空も飛べるはず”のワンフレーズをオマージュしながら、童謡”はないちもんめ””いろはにほへと”からの引用を交えたパスピエ節全開のユニークな歌詞をフューチャーした#9”アジアン”、これまでのパスピエにはなかったようなプログレッシブかつアヴァンギャルドな冒険活劇っぽい大胆不敵な展開を見せる#10”誰?”まで、中盤以降は序盤の流れとは打って変わって、今作のコンセプトとして掲げられたパスピエ流の”オリエンタリズム”と”アヴァンギャリズム”を発揮した楽曲が中心で、その中でも新機軸とも取れる”ノルマンディー””誰?”、パスピエらしい”うまさ””オリエンタリズム”が融合した”とおりゃんせ”は今作のハイライトだ。

大胡田なつきVSやくしまるえつこ(小保方晴子)

【エアギター】・・・おいら、前作の『演出家出演』を聴いた時に→「ギターが面白くなればパスピエは更に化ける、だから頑張れ!頑張れ!頑張れ!」と願った。でも、ここまでの曲を聴いてもやっぱギターがパッとしないくて、しかし#11”わすれもの”を聴いて驚きとともに嬉しくなった。この曲は前作の”カーニバル”的なトリップ系の曲調に奥華子ライクな懐かしい情緒感と切ない哀愁を兼ね備えた楽曲で、そもそもナニが驚いたって→まるで全盛期Opeth、まるで中期ANATHEMAのように幽玄でアトモスフェリックなギターが形成する【ATMSフィールド】にドギモ抜かれたんだ。ここまで”ほぼ空気”・・・”ほぼ空気”と同じ存在感を発揮していたギターが主役と言っていいこの曲は、本当の意味でパスピエの新たなる一面(新境地)を感じさせた。しっかし・・・やればできるやんけ!よっしゃ!ギタリストの三澤勝洸クンはアナセマあるいはフロイド流の【ATMS】をもっと勉強して、このパスピエの音楽に積極的に取り入れれば間違いなく邦楽界の天下取れる!!・・・で、ラストを飾る#12”瞑想”は、綺羅びやかなキーボードに始まって大正ロマンを思わせる妖艶なボーカルと往年のJ-popを彷彿とさせるBメロがポイント。

【サブカル界のSEKAI NO OWARI】・・・前作同様に、各方面からの影響を東京藝術大卒の知能を駆使してパスピエの音に昇華しつつ、(前作からその傾向はあったが)今作はパスピエ流の”オリエンタリズム”を爆発させた作品となっている。確かに、前作を初めて聴いた時に受けた→「なんだ!このバンドすげえ!」みたいな衝動や意外性は皆無だし、”S.S”並に個性が突出した楽曲もないけれど、中盤から後半にかけての馬力の強さや作品のバランス感は前作以上かも。しかし、パスピエの総合演出家である成田ハネダはあくまでも脇役に徹している印象で、事実『演出家出演』ほど耳に残るキーボードのフレーズが少ない。これは前作で危惧していた”ネタ切れ”でなければいいんだけれど...一抹の不安が過ったのは確か。要するに→今作はキーボード主体ではなく、あくまでも大胡田なつきのボーカル・メロディを主役としながらも、その中でギターとキーボードの掛け合い、インストバトルもキモにした”バンド感”を強めている。事実、本作を聴き終えた後は只ならぬ”なつき感”が凄い。まるで”椎名林檎やYUKIっぽい”と言われる事に対する反抗、脱却を狙ったかのような、それくらいボーカルの充実感は前作以上と言える。これらの微妙な変化は、前作のような突き抜けた個性よりもパスピエならではのオリジナリティに重きを置いた結果なのか、それとも。なんにせよ、ここまで普遍性あるいは大衆性が増したとなると、チンカスロキノン系男子からの人気は間違いなく頭打ちになるだろうから、今後のパスピエの命運はどれだけ良いタイアップを持ってくるかに、その命運がかかっている気がしないでもない。例えばNHK教育や大衆アニメに楽曲提供を積極的に行って、最終的に目指すは”サブカル界のSEKAI NO OWARI”といった所か。正直、これ以上のステップアップを望むにはex相対性理論Vampillia真部デトックス脩一をプロデューサーに迎えるしかないと思う。そして、このまま和風路線を極めれば、その先にsukekiyoとの対バンワンチャンある!ワンチャン!ワンワン!

幕の内ISM (初回限定盤) (DVD付)
パスピエ
ワーナーミュージック・ジャパン (2014-06-18)
売り上げランキング: 191

Vampillia 『my beautiful twisted nightmares in aurora rainbow darkness』 レビュー

芸人 Vampillia
Vampillia

Album 『my beautiful twisted nightmares in aurora rainbow darkness』
my beautiful twisted nightmares in aurora rainbow darkness

Tracklist
1: my beautiful twisted nightmares in aurora rainbow darkness
2: ice fist
3: hiuta
4: seijaku
5: storm of the snow
6: anata ni kakaru niji
7: draumur
8: von
9: tui

【Vampillia=お笑い芸人】・・・僕は未だに、このVampilliaという名の得体のしれない集団が一体何者なのか?ただのAlcestのカキタレなのか?その実態をまるで理解していないので、数年前から1stアルバムが出る出る言いながら全然リリースされる気配のなかった、彼らの1stフル『my beautiful twisted nightmares in aurora rainbow darkness』が遂にリリースされたという事で、さっそく聴いてみた。僕の中で、アルセストの初来日ツアーで初めてその存在を知った時から→”ヴァンピリア=お笑い芸人”というイメージしかなくて、そんな僕に”Vampilliaの楽曲”というのを初めて意識させ、初めて”お笑い芸人”ではなく”アーティスト”として認識させた”endless summer”には驚かされた。が、それですらアナログ限定のリリースで、そんなこんなでまともに音源を聴く機会がないまま今に至る。しかし、その名曲が遂にCDとしてパッケージされた、ex相対性理論真部脩一あらため真部デトックス脩一をフューチャーした日本企画盤the divine moveで、ようやく初めてヴァンピリアの音源をまともに聴いて、それがなかなかどうして素晴らしい内容だった。その言わば序章を経て、満を持してリリースされた本作品は、アイスランドのGREENHOUSE STUDIOでレコーディングされ、プロデューサーにはBen Frostとビョークやシガロ作品のエンジニアで知られるValgeir Sigurðssonを迎えた作品となっている。

【Sunn O)))→Vampillia→Ulver】・・・そんな、自称ブルータル吉本オーケストラのVampilliaがJ-Pop産業に挑戦するコンセプト作品the divine moveの案内人、すなわちストーリーテラーだったツジコノリコを再び迎えた表題曲の#1”my beautiful twisted nightmares in aurora rainbow darkness”から、この物語『アイスランドサガ』は幕を開ける。あのビョークやシガーロスを生み出したアイスランドの豊かな自然と雄大な大地を抒情的かつ繊細に描き出すような優雅なストリングスとピアノ、もはや神々しさすらあるツジコノリコという名の語り部が、”男は狂った鳩のように、ギョロついてアタシ逃げ出す”や”オウムのように着飾った女たちで溢れてる”とかいう歌詞を初めとした、それこそ『本当は恐ろしいグリム童話』の如しオゾマシイ詞を朗読しながら、二次元力の高い幻想的な空間の中で静寂という名の狂気を形成していく。が、その情緒溢れる序盤から一転して、後半に差し掛かると決して目覚めさせてはいけないナニカのドス黒い影が蠢き始める・・・。僕たちは、この”黒い音”を知っている。そう、最近ではSunn O))) & Ulver、そしてアンダーグラウンドシーンの重鎮Kayo Dotのソレだ。特に3:50秒以降の展開は一種異様で、UlverSunn O)))がコラボした『Terrestrials』を彷彿とさせるドローン/ダークアンビエントな音響と歪んだクラシカルなストリングスが重厚に映し出す、それこそUlver”As Syrians Pour In, Lebanon Grapples With Ghosts Of A Bloody Past”で訴えていた人間の内に潜む”静寂の狂気”を、それこそ人間世界の悲惨の「線」を静かに、しかし深裂に描き出していく。その、まさしく秘密結社Kscopeが提唱する”Post-Progressive”な展開力の高さに、まるで一本の欧州映画を観ているかのようなストーリー性の高さに、そしてSunn O)))Ulverを繋ぎ合わせる存在がこのVampilliaだという事に気づいてしまった僕は、その場で狂った鳩のように発狂した。と同時に、あらためて僕がこのヴァンピリアに求めているモノ、それすなわちこの曲や『the divine move』で繰り広げていた→【Post-Progressive×Post-Black=”Post-感”】なんだと理解ッした。



【Kayo Dot→Vampillia→Steven Wilson】
・・・昨年、アンダーグラウンドシーンを最も賑わせたアルバムといえば、Kayo Dot『Hubardo』だろう。こんなバンド、この日本じゃあ出てこないだろうなぁ...なんて思った自分がバカだった。いた、コツラだ。本来の1stフルが様々理由でオジャンになった鬱憤を晴らすかのような、その鬱憤が衝動へと変わり、その初期衝動を激情的な感情とともに爆発させた轟音と静寂を奏でるピアノが織りなす”ice fist”は、まるでオワコン化した邦楽界の救世主がこの世に降り立ったかのような曲だ。アイスランドの聖歌隊による神聖なクワイヤやインテリ系マスロック的なノリで軽快に進み、しかし突如天パクソ野郎のあ゛あ゛あ゛あ゛あ゛ぁ゛ぁ゛あ゛あ゛!!という獰猛なグロウルと鬼神の如く打ち鳴らすツインドラムが織りなすKayo Dot顔負けの無慈悲な暴走モードに面食らい、その圧倒的かつ破天荒な展開力を見せつけながら、最後は男の娘のVelladonによるオペラティックな歌声で壮絶的な幕切れを飾る。もはや、あの童話のように優しい空想の世界を繰り広げていた『the divine move』は、このヴァンピリアにとっては文字どおり”お遊び”でしかなかったのかもしれない。これが”my beautiful twisted nightmares in aurora rainbow darkness”の中に蠢いていたドス黒いナニカの正体であり、これがヴァンピリアの本性だと知った時、僕は再び狂った鳩のように発狂した。とにかく、ポストロッキンな繊細さと日本の歌舞伎にも通じるアヴァンギャルド/ブラックメタル然とした音使い、先の展開がまるで予測できない大胆不敵な展開力、音の喜怒哀楽に度肝を抜かれた。

【アイスランドサガ】・・・その#2の流れを引き継いで、北野武映画というか...久石譲ライクなピアノの叙情的な旋律で始まる#3”Hiuta”は、序盤は男女聖歌隊によるクワイヤやジャズ/オルタナ風の音使いを中心に混沌(カオス)の渦に巻き込んでいく。聴きどころとなる中盤からは、ダッチ産ブラゲを彷彿とさせる電子ノイズからのダンサンブルな音を駆使したデジロックな展開、そして最後は前衛的なミュージカル、それこそヴァンピリア流の『暗黒舞踏』であるかの如く怒涛のアヴァンギャリズムを発揮したりと、まさしくこのヴァンピリアのオルタナティブ精神を見せつけるような、これぞヴァンピリアな一曲となっている。で、あらためて、このヴァンピリアが”日本のKayo Dot”だという事を強く印象づける#4”seijaku”、短尺の#5と#6を挟んで、アイスランド語による語り部からピアノとアコギの温かな音色がアイスランドの情緒溢れる壮観な風景を、羊と戯れる遊牧民のように愉快な情景を淡い北風に乗せて連れてくる#7”draumur”、そのあまりにも恍惚たる壮麗な景色が目の前一面に広がっていく#8”von”、その流れから元Swansjarboeの妖艶な歌声をフューチャーした#9”tui”を最後に、この壮絶的かつ壮大な物語『アイスランドサガ』は幕を閉じる。

【ここみんはヌけない】・・・正直、コラボアーティストを含め、個人的な嗜好や音的な意味でも前作の『the divine move』の方が衝撃的だった気がする。事実、自分が求めていた”Post-感”は前作ほどではなくて(だから#1が一番好き)、むしろ本来の”オルタナバンド”としてのヴァンピリア、それを強く印象づけるようなアルバムだ。実際、こんな関西人特有のハッタリかましたバンドに自分が騙されるわけないと思いつつも、こうやってヴァンピリアに対して様々な考察ができてしまうのは、やはりこの”Vampilliaの楽曲”が決してハッタリではなくガチだから、なのかもしれない。しっかし、こうもデビューアルバムの完成度が高いとなると、この1stを超えられないという理由で解散なんて事もあるかもしれないし、この手の大所帯バンドにありがちなメンバーの脱退or加入の繰り返しで自然消滅というパターンだけは回避してもらいたい。とか言うて、個人的には真部ちゃんがこのヴァンピリアという変態集団の中で、どれだけ真部らしさデトックス脩一らしさを発揮するかに一番注目していきたい。それにしても、真部ちゃん抜きで制作され賛否両論を呼んだ相対性理論TOWN AGEでは、”Post-Progressive”なアプローチやシガロライクな音使いをもって新・相対性理論流の”Post-感”を垣間みせていたが、それに対する真部脩一からの回答およびカウンターとして、ヴァンピリアという謎の集団を乗っ取って真部流の”Post-感”を提示してくるなんて・・・正直、今のサブカル界隈ほど面白いものはない。その『TOWN AGE』を聴いて、UKの奇才スティーヴン・ウィルソン氏とコラボして欲しいなぁなんて思ったけど、まさか本家の相対性理論より先にスティーヴン・ウィルソンの存在を意識させるなんて考えてもなかった。その一方で、同じくex相対性理論のドラマー西浦謙助が抜けないAV女優こと”ここみん”とバンドを組んだとなると、”サブカル界のオボちゃん”ことやくしまるえつこが今後どのような反撃にでるのか、俄然楽しみになってくるわけで。頑張れえつこ!負けるなえつこ!

【Sigur Rós→Vampillia→Alcest】・・・スタジオやプロデューサーは違えど、同じく北国アイスランドで制作された盟友アルセストのシェルターも、シガロ界隈のミュージシャンやプロデューサー/エンジニアを迎えた、文字どおり隅から隅までアイスランド産だった。では、それと比較するとどうだろう?さすがにヨンシー親衛隊ではないけれど、アイスランド産の聖歌隊や弦楽器を駆使したシガロリスペクトな音使いを筆頭に、Kayo DotSunn O))) & Ulverなどの前衛集団に決して引けをとらない、和と洋を飲み込んだヴァンピリアの実に変態的なセンスが爆発した作品と言える。前作の『the divine move』を聴いた時に、スティーヴン・ウィルソン氏とKayo Dotを繋ぐ存在と書いたけれど、この1stを聴いたら今度はSunn O)))Ulverを繋ぎ合わせる存在、そしてシガーロスとアルセストを繋ぐ存在...つまり、スラムダンクの「なぜ桜木がそこにいるんだぁ!」ならぬ「なぜヴァンピリアがそこにいるんだぁ!」という”俺の界隈”的に考えて、このヴァンピリアという名の得体のしれない集団が”邦楽界の桜木花道”だという答えにたどり着いてしまった僕は...クルッポー!!クルッポー!!クルッポー!!

【ハイレグ音源】・・・話は大きく変わるけど→おいら、音楽好きの味方ことBandcampがマイスペースの二の舞いを回避し、この先も末永く生き残っていくためには、今流行のハイレゾ音源(24bit/48kHz)に対応できるか否かだと僕は思っていて、当然アンテナの鋭いこのVampilliaも本作品と前作の『the divine move』をハイレゾ音源で配信している。このように、ほんの些細なことからも、やっぱこいつら只者じゃないというか、今の音楽シーンの流れをよく理解しているというか、それこそアンダーグラウンドシーンの異端児、その証明を見せつけているというか。とにかく、今の邦楽界で最も面白いバンドの一つであるのは確かです。

my beautiful twisted nightmares in aurora rainbow darkness
Vampillia
Virgin Babylon Records (2014-04-23)
売り上げランキング: 3,091

Vampillia 『the divine move』 レビュー

Artist Vampillia
Vampillia

Album 『the divine move』
the divine move

Tracklist
1: lilac (bombs 戸川純)
2: mirror mirror (bombs BiS)
3: endless summer (feat. ツジコノリコ)
4: tasogare (feat. 長谷川裕倫)
5: good religion (feat. Mick Barr)
6: dizziness of the sun (feat. ツジコノリコ)
7: oops i did it again (bombs BiS)
8: endless (massaka) summer (feat. ツジコノリコ and 真部脩一)
9: lilac bombs 戸川純 (perfect ending ver)

「相対性理論から真部脩一が脱退!?」←まぁわかる
「真部脩一改め真部デトックス脩一がVampilliaに加入!?」 ←ファーーwww

・・・本作品の『the divine move』は、自称ブルータル吉本オーケストラことVampilliaに正式加入したex相対性理論の行方不明者真部脩一改め真部デトックス脩一が歌詞と歌メロを担当した「bombs」シリーズをフューチャーした日本企画盤、そしてVampilliaがJ-POP産業に挑戦したコンセプトアルバムとなっている。そのオープニングを飾るのは、ゲストに戸川純を迎えた#1”lilac”で、学研の付録楽天のブログなどの相対性理論節全開のユニークな歌詞を摩訶不思議に歌い上げる戸田純と、日本の季節感を彩る情緒豊かなストリングスや琴のような和音が織りなすミニマルかつノスタルジックな、それこそ久石譲を彷彿とさせる映画音楽ライクな美しくも幻想的なメロディを織り交ぜながら、どこか懐かしい、子供の頃に毎朝ポンキッキーズを見ていたあの夏の思い出が甦るような、それこそ『ちびまる子ちゃん』のEDテーマに起用されてもオカシクないほどの2次元力の高さに、まるで童謡『まんが日本昔ばなし』のセカイに迷い込んだかのような、その奇想天外なポップ・ワールドに度肝を抜かれる。相対性理論では女子中高生の甘酸っぱい乙女心を繊細に描き出していたが、この曲では「夏休みの宿題よりも気持ちのいい事しよう...(ムラムラ)」という、まるで稲中卓球部の前野のような男子中学生の煩悩をセキララに描き出している。



【BiSなりの卒業式】・・・おいら、以前から【BiS×非常階段=BiS階段】がありなら【BiS×Vampillia=BiSpillia】【BiS×DEAFHEAVEN=BiSheaven】もしくは【BiS×DIR EN GREY=BiS EN GREY】が実現する可能性もワンチャンあるんじゃあねーか?って密かに期待してたんだけど、その中で最も実現的だったBiSVampilliaのコラボが、この度アッサリと実現して大変嬉しく思っている。まさか対バンだけでなく、花見合コンや遂には楽曲コラボなんて・・・しかもソレ+真部ってのは、まさかまさかのマッサカサマーだった。そんな、解散を間近に控えたアイドル界の最終兵器ことBiSとブルータル吉本オーケストラことVampilliaのコラボが実現した楽曲こそ、ex相対性理論真部脩一あらため真部デトックス脩一が手がけた「bombs」シリーズの二曲目”mirror mirror”だ。まるで『アイドル戦国時代』の殺し合いの螺旋からの卒業もとい解散を祝うかのような、担任の山本先生によるピアノの伴奏とともに、それこそ”BiSなりの卒業式”を祝うかのようなBiSメンの合唱で幕を開け、ココロが力強く弾む扇情的なストリングスや東京都心はパラレルワールドに迷い込んだかのようなメロディ、そしてDEAFHEAVENばりのスクリーモ/デプレッシブ系ブラゲ直系のギターを掻き鳴らしながらリリカルに展開していく。そして最期はBiS下衆の極み乙女の感情とVampilliaのゲスい吉本魂が激しく共鳴し合い、ゲスやビスやブスやクズやカスなど...あらゆる激情的な感情と刹那的なエモーションを爆発させながら、まるでBiSメンが処女喪失する瞬間の衝動を叫ぶような奇声とBiS階段リスペクトな極悪ノイズが蠢く混沌(カオス)の渦へと聴き手を引きずり込んでいく。正直、この曲の展開力には驚かされた。往年の相対性理論を彷彿とさせるシティ・ポップ感と、いわゆるポストプログレッシブ/ポストロッキンな音使いをもって、デプレッシブ系アイドルという名の偶像、その刹那的な人生を振り向かずに駆け抜けてきた一つの『アイドル激情物語』を繊細に紡ぐリリカルな展開力、そのBiSと吉本芸人Vampilliaが持つゲスの極みが一つになることで、それこそSTAP細胞を超える異常な化学反応を起こし、まるでDIR EN GREYの京の自傷行為に匹敵する”この胸に絡みついた灼熱の純情な感情”を爆発させる。この曲は、僕がBiSに対して漠然としたポストブラック精神を感じていたのはコレだったのかと、あの”DiE”はこの曲の伏線()だったんだ、と。正直、この曲だけでBiSのラストアルバムの存在意義を超えちゃってるというか、本家のラストアルバムWHO KiLLED IDOL?よりもBiSメンの個性が活かされているという皮肉(特にプー・カスとカミヤサキ、そしてのぞ氏がいい味出してる)。ある意味、この曲こそ”BiSなりのラストソング”、つまり卒業ソングだと思うわ。正直、真部ちゃんが相対性理論を抜けてVampilliaに正式加入したって聞いた時は→「ゴラアアアアアアアアアアアアアアアアアア!!真部ええええええええええええええええ!!相対性理論抜けてこんな所でなにやっとんじゃあああああああああああああああ!!」って激おこプンカスだったけど、この「bombs」シリーズ二連発を聴いちゃったら最後→「これが真部ちゃんが相対性理論を抜けてまでやりたかった音楽か...フッ」って、すまし顔で僕はソッと口を閉じた。しっかし、あの真部ちゃんが”アイドル”をどのように料理するのか?最初は全くイメージ出来なかったんだけど、実際聴いてみたら「やっぱ真部ってスゲーわ」ってなった。



【Vampillia=ネタバンド】・・・このヴァンピリア、実はAlcestの初来日公演のサポートで初めてその存在を知ったというか、その破天荒なライブパフォーマンスを観てからは、自分の中で”Vampillia=ネタバンド”というイメージが根強くあったんだけど、その悪いイメージを払拭してくれたのがこの”endless summer”という、ゲストという名の語り部にツジコノリコを迎えた約4分33秒の曲だったんだ。これは以前にアルセスト来日のサポートを経験した影響なのかは定かではないが、正直ここまでポストブラック然とした楽曲が書けるなんて素直に驚いたし、このヴァンピリアというバンドのポテンシャルの高さに面食らったと同時に、この僕に生まれて初めて”ヴァンピリアの楽曲”を意識させた曲でもあり、生まれて初めて”ネタバンド”ではなく一つの”アーティスト”として認識させたほどの曲だった(なお、先日のライブで改めて”ネタバンド”という認識が強くなった模様)。で、この曲は”mirror mirror”の上位互換とも取れる曲で、ツジコノリコという名の語り部が『世にも恐ろしいグリム童話』のような儚くも陰惨な世界観を朗読しながら、優しくも切ないピアノやシガーロス直系の壮麗優美なストリングスを擁したATMS系ポストロックなアプローチをもって繊細かつリリカルに展開し、そしてボーカルの天パクソ野郎によるあ゛あ゛あ゛あ゛あ゛ぁ゛ぁ゛あ゛あ゛!!という咆哮と共に、まるでNe Obliviscaris(ネ・バブリシャス)の如し抒情的な旋律を奏でながら天空を駆け巡る超絶epicッ!!なストリングスを凶悪なトレモロ・リフに乗せて、それこそKayo Dot『Hubardo』に匹敵する極悪のアヴァンギャリズムの中で、静かなる狂気を解放し、そして死者の霊魂を浄化していく。この曲調、このMVが醸し出すグリム童話感というのは、まさにスティーヴン・ウィルソン氏がソロ活動で描いている世界観に近く、少し大袈裟かもしれないが、UKの奇才スティーヴン・ウィルソンとアンダーグラウンドシーンの暗黒星Kayo Dotを繋ぐ架け橋的な存在こそ、このブルータル吉本オーケストラのヴァンピリアなのかもしれない。 しっかし、こうも大層なオルタナティブ・ミュージックやってるのにも関わらず、こうも人気が爆発しないのは、そのあまりにもニッチな隙間を狙いすぎている音楽性だから...なんだろう。



【マッサカサマーウイカ】・・・あぶらだこの長谷川裕倫をゲストに迎えた”tasogare”は、静寂の中で独り寂しくこだまする雨漏りのような哀しいピアノと長谷川裕倫のキモい語り部に黄昏れる、まるでアニメ『惡の華』のED曲の”花 -a last flower-”の原曲をオマージュしたかのような前半から一転して、後半からはEfなどの北欧ポストロックライクなアプローチやポップなピアノをフューチャーしながら、マスいリズムをもってまるでカーニバルのように明るく楽しく、そしてカオティックに展開していき、そして最後は男の娘ことVelladonの美輪明宏ばりのオペラティックなボーカルを披露し、まるで一つのミュージカルを観ているかのような、空前絶後の壮大なクライマックスを迎える。これこそヴァンピリアのポテンシャルがフルに発揮された、まさにプログレッシブでアヴァンギャルド、まさしくブルータルオーケストラな楽曲と言える。そして、USBM界のトレモロマスターことKralliceMick Barrがゲスト参加している”good religion”は、本家KralliceLiturgy譲りのハイパー・メガ・トレモロ地獄の中で、優雅なピアノと優美なヴァイオリンがエクストリームに交錯するファストナンバー。再びツジコノリコをゲストに迎えた”dizziness of the sun”は、瀬戸内国際芸術祭関連事業のために書き下ろされたという、ツジコノリコのストーリーテラー感および母性に溢れた歌声とピアノを中心に、緩やかに抒情的な旋律をもって静寂のリリシズムを発揮しながら、内向きだった感情が徐々に外側に解放されていくような、あまりにも芸術的過ぎるナンバー。それこそ先ほどの”endless summer”じゃあないが、それよりもスティーヴン・ウィルソン氏の”The Raven That Refused To Sing”的な、まさしく”Post”な展開力と無限のスケール感を持った曲だ。そして実質本編ラストを飾る、再びBiSをゲストに迎えた「bombs」シリーズの”oops i did it again”は、BiSメンによるゲップや喘ぎ声や泣き声や叫び声などの不快な擬音に重厚なストリングスとピアノを加えた曲で、先ほどの”mirror mirror”をイメージして聴くとあまりのゲスっぷりに吐き気をもよおすこと請け合い。その最後にのぞ氏が「ありがとう」と卒業生からの答辞を述べる辺りも、より”BiSなりの卒業式”を感じさせて面白い。オマケにはマッサカサマーウイカ仕様もとい真部ちゃん仕様の”endless (massaka) summer””lilac”(perfect ending ver.)が収録されている。とりあえず、真部ちゃんはBiSだとウイカパイセン推しなのはわかった(えっ)。”lilac”の(perfect ending ver.)は、より映画音楽的なドローン/ノイズ風のアレンジに惹き込まれる。



【Post-感】・・・僕は、あくまでもアルセストスティーヴン・ウィルソン氏を中心とした”Post-Progressive”な立ち位置からしか、このヴァンピリアの楽曲を紐解くことが出来ないけれど、そんなヴァンピリアが普段から居るちょっとスカした立ち位置とは少し違った”俺の界隈”目線で聴いてみても、予想以上にツボにハマった感あるし、むしろ逆に本作のような本筋から少し逸れた日本企画盤だからこそ、ここまで今作を相対評価以上に楽しめてるんじゃあないか?って。やはり、それは賛否両論を生んだ相対性理論TOWN AGEと同じ”Post-感”だったり、一方で往年の相対性理論を思わせるシティ・ポップ感だったり、自分の好きな音が”ポップ・ミュージック”という枠組みの中で、強引ではなくあくまでも自然な形で一体化し、これはパスピエの楽曲作りの”うまさ”にも繋がってくる話なんだけれど、明らかに”ポップ・ミュージック”ではない音を一つのアルバムにパッケージしてしまうセンス、このヴァンピリアという名のお笑い芸人が持つ底知れぬ”Post-Pop”なセンス、もはや僕たちは新たなるポップ・ミュージックの夜明けを目の当たりにしているんじゃあないか?って。

【総括】・・・もちろん、国内外からのゲストを迎えてコラボした楽曲も素晴らしいが、ポストロックやポストプログレッシブに通じる”ポスト-リリカル”な展開力の高さこそ、このヴァンピリアの真骨頂だと僕は思っていて、そのポテンシャルがフルに発揮された「bombs」シリーズ、特にBiSが参加した”mirror mirror”みたいなリリックを大切にした曲を聴くと、どうしても歌詞カードを見ながらその世界観に没頭したくなるんだけど、いざ歌詞を見ながら楽しもうとしたら、アートワークの裏にクレジットが書いてある紙一枚だけの仕様だった...。一応は真部ちゃんが書いた歌詞を一つのウリとしているわけだし、その歌詞が創り出す独創的な世界観が今作の見せ場になっているからこそ、余計に最低限の歌詞カードは欲しかったなーと。まぁ、レーベルの懐事情がカツカツなのが伝わってきて逆にエモかったけど。あとメイドイン台湾という謎流通も実にエモい。欲を言うなら→(ありえないことだけど)その「bombs」シリーズの歌い手に”サブカル界のオボちゃん”ことやくしまるえつこが参加してたらビバナミダだったわ。これ、もはや今年のBESTアルバムと言っても決して過言じゃあない。しかしこうなってくると、長年の”アルバム出るよ出るよ詐欺”が遂に詐欺じゃなくなる1stフルに対して、更に大きな期待がかかるってもんです。

裏ジャケ

【アイドル×アーティスト】・・・”ポップなんだけどポップじゃない”、”ポップじゃないのにポップ”みたいな不条理な感覚と、一枚のアルバムに”アイドル””ブラックメタル”が何の違和感もなく平然と共存している頭のおかしさ、こんな”いともたやすく行われるえゲスない行為”は世界中探してもこのヴァンピリアにしかできないだろうし、ある意味、こいつらベビメタ以上に革命的なブッ飛んだ事やってるんじゃねーか?って。これはBiSを見れば顕著なんだが、ここ最近、いわゆるアイドルと一般的なアーティストとのコラボという名の”アイドルを利用したカネモウケ”が本当に増えてきている。この現象は、もはやアイドルとアーティストとの壁や垣根がなくなってきた、それこそ昨今の日本の音楽シーンを司る大きな流れなのかもしれない。そういった視点から音楽界隈を眺めてみると、ガラパゴス化したと言われている今の邦楽シーンは本当に面白いし、一方で洋楽がオワコンと呼ばれるのにも納得してしまう。当然、このヴァンピリアも抜け目がないというか、その辺のアンテナがシッカリしているバンドだということは、今作で既に証明済みだ。なにはともあれ、解散を目前にしてもなお僕を色々な意味で驚かせてくれるBiSメンには敬意を表したい。 あと裏ジャケには絵本タッチに可愛くデフォルメされたBiSメンが描かれているんで、これだけで研究員はマストバイなんじゃねーかなぁ。もちろん、”BiSなりの卒業式”的な意味でもね。

the divine move

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パスピエ 『演出家出演』 レビュー

Artist パスピエ
パスピエ

Album 『演出家出演』

演出家出演

Tracklist
1. S.S
2. 名前のない鳥
3. フィーバー
4. シネマ
5. ON THE AIR
6. くだらないことばかり
7. デ・ジャヴ
8. はいからさん
9. △
10. ワールドエンド
11. カーニバル

【真部デトックス脩一】・・・中心人物の真部デトックス脩一が行方不明となった相対性理論の新作TOWN AGEがサブカル住人の間で賛否両論を呼び、これまで理論が築き上げてきた”サブカル界のアイドル”という絶対的な立ち位置が揺らぎ始めたその隙に、その理論から離れたサブカルクソ野郎を上手く取り込むことに成功したのが、プログレバカのゲスの極み乙女やこのパスピエだ。このパスピエというのは→2009年に結成された女1人男4人からなる五人組で、本作のリード・トラックの”S.S”のMVで初めてその存在を知った時は→紅一点のボーカル大胡田なつきの椎名林檎のメンヘラっぽさとYUKIの合法ロリっぽさを足して2で割ったような実にユニークな歌声と、バンドの中心人物こと成田ハネダデレク・シェリニアンばりのキーボードが織りなす、水しぶきのようにハジケ飛ぶカラフルなポップ・センスと知性溢れるプログレ・センスを、ベーシストの露崎義邦とドラムのやおたくやとギターの三澤勝洸がトライアングルに織りなす、グルーヴ感と疾走感溢れるダンサンブルなバンド・サウンドに乗せて、それこそ奇想天外摩訶不思議なパスピエ・ワールドを繰り広げちゃってて素直に驚いた記憶がある。



【うまい】
・・・パスピエの1stフル『演出家出演』は”いいアルバム”だ。でもそれ以上に憎らしいほど”うまいアルバム”でもある。まずはパンチの効いた#1”S.S”からして”うまいツカミ”で完璧だ。もちろん影響はないと思うけど、この曲のサビを聴くと℃-ute”夏DOKIリップスティック”を思い出す。で、タイトルにある”名前のない鳥”が雨上がりの淡い春の情景と爽やかな哀愁を運んでくるかのような#2でもYUKIを彷彿とさせる大胡田なつきの凛とした歌声が、メッセージ性の強い芯のあるサビメロを難なく歌いこなす所も実に”うまい”。次の#3”フィーバー”では、70sサイケ風のイントロからメロトロンの音をフューチャーしながら、アニメ『波打ち際のむろみさん』のOPの上坂すみれさんみたいな、そことはかない電波なアニソン臭を醸し出す曲で、特に中盤のATMSパートから凛として時雨ばりのGソロに、その展開力の高さに思わずニヤリとしてしまう。まるでダフト・パンクの名曲”One More Time”をオマージュしたかのような、ついニヤリとしてしまうイントロの90sライクなハートフルなシンセから、真部デトックス脩一もとい相対性理論リスペクトなシティ・ポップ感を醸し出すギターの音使い、そして大胡田なつきが描く独創的な歌詞やムード歌謡風の歌メロまで全てが懐かしい、ノスタルジックな気分にさせる#4”シネマ””うまい”の真骨頂だ。その流れで→シットリしたソフトなポップ・ナンバーの#5”ON THE AIR”、そして往年の邦楽を思わせる星空のようにキラキラしたキーボードを中心に響かせる#6”くだらないことばかり”では、まるで次回の映画『ドラえもん』の主題歌にどうですか?と言わんばかりの、こちとら子供向けの大衆アニメのタイアップも受け付けてますよ~的な(NHK教育でもいいよテヘペロ)、あざといくらいの”うまさ”がある。その#6から一転して、笑っちゃうくらい椎名林檎リスペクトな#7”デ・ジャヴ”ではジャジーなアプローチを垣間みせ、YUKIライクな歌と艶かしくもオリエンタルなメロディが支配する#8”はいからさん”は、インストへの繋ぎが実にプログレ然としてて、これまた”うまい”。終盤は→kawaii系の#9”△”、グルーヴィなベースラインを際立たせたJ-Popチューンの#10”ワールドエンド”、そして色とりどりの表情を見せながらドラマティックに展開してく#11”カーニバル”を最後に、このファンタジックなパスピエ・ワールドは盛大に幕を閉じる。

【大衆性】・・・このパスピエの持ち味は、その”大衆性”にある。今作を聴けば分かるように、とにかくメロディがポップだ。しかし”バンド”としてのグルーヴ感を損なわずに、他の要素と絶妙なバランスで均衡を保っているのが何よりも”うまい”。彼らが影響を受けたとされる70年代から80年代、そして90年代にタイムスリップさせるノスタルジーな音使いによって、ある種の”音の旅”を体験する事ができる。プログレッシブな知性を大衆ポップスの中に、もはや気づかないくらい自然に溶け込ませるのが、すなわちハイブリット化させるのが本当に”うまい”と思う。だから単純に懐かしんだよね。そもそも、大衆性なんていうのは高めようと思って高められるもんじゃあないし、この大衆性はパスピエが持つ最大の才能なんだろう。ある意味、”サブカル界のPerfume”というか。色んな立ち位置から色んな音楽を提供できる多彩なスタイルは、単純に”うまい”と言わざるをえない。そういった意味でも、”J-Pop”としては非常に優秀なバンドなんだと思う。その大衆性から音楽性まで、色んな意味で偏差値が高いんだろうね。

【ポスト相対性理論】・・・正直、よく比較とされる相対性理論とは少し、いや、まるでベクトルが違った。初期の相対性理論も椎名林檎っぽい事やってたが、このパスピエはあくまでも大衆性の強い”J-POP”という枠組みの中で、大二病患者がブヒりそうなサブカルチャーへの絶妙なアプローチや電波系アニソン成分、メジャーな女性邦楽ポップスやレトロなプログレ、そして過去の音楽に対する敬意を巧みに落とし込んだ、このパスピエの創作術こそ、いわゆる”俺の界隈”の代表取締役社長兼CEOを務めるスティーヴン・ウィルソン氏が提唱するクリエイティブ精神そのものと言えるんじゃあないか?って。一見パクリと非難されそうな音楽性だが、それすなわちパスピエが”プログレ”だという証明でもある。それこそスティーヴン・ウィウルソン氏のような、それこそ『ジョジョ』荒木飛呂彦のような、過去の音楽からのあらゆるオマージュやリスペクトを自分のモノに昇華させる確かな技術(センス)がある。その説得力に半ば強制的に納得させてしまう。そうやって納得させちゃうのは、ひとえに成田ハネダの東京藝術大学卒とかいう肩書に裏打ちされた確かな知能の高さ、音楽的な教養の高さ故なのか。とにかく、その作曲面/創作術での”プログレ”に対する意識の高さに驚かされた。少し大袈裟かもしれないが→Porcupine Treeスティーヴン・ウィルソン氏が世界を相手にプログレ復興を果たしたように、ようやくこの日本にもそのプログレの波が僅かながらもやってきた、というわけです。しっかし、このパスピエゲスの極み乙女のような愛すべきプログレバカが現れるなんて...今の邦楽界もまだまだ捨てたもんじゃあないです。なんつーか→聴いてて楽しいのがパスピエで、聴いてて面白いのが相対性理論、邦楽志向なのがパスピエで、洋楽志向が相対性理論、大二病なのがパスピエで、高二病なのが相対性理論、ピアノ・ロックなのがパスピエで、ギター・ロックなのが相対性理論、曲ごとに歌い方を変えるのが大胡田なつきで、アルバムごとに歌い方を変えるのがやくしまるえつこ、成田ハネダなのがパスピエで、真部デトックス脩一なのが相対性理論・・・という冗談はさて置き→このパスピエの曲構成は至極シンプルで分かりやすいし、フックのあるメロディも豊富だから、本家の相対性理論よりはパンピー受けは良さそう。しかしその分、飽きるのも早そう。中心人物である成田ハネダのネタが尽きた時、その『知性』が失われた時がちょっと怖いな、、、と。

【サブカル界のスティーヴン・ウィルソン】・・・あらためて、パンピーや大二病からアニヲタやロキノン厨そしてサブカル層まで、あらゆる層に訴えかける唯一無二の大衆性、そのポテンシャルの高さには、各方面から邦楽で”いま最もブレイクに近い存在”と言わしめる所以を感じた。その確かな勢いが、圧倒的な初期衝動が楽曲に宿っている。本家の相対性理論があらかじめ計算された上で書かれた曲なら、このパスピエの曲はハネダの鍵盤主体に、大胡田なつきの多彩なボーカルの勢いとノリ重視で書かれている印象。楽曲の個性や密度、完成度は相対性理論の方に軍配が上がるが、しかしこのパスピエの曲は驚くほど完成されている。何にしても、相対性理論に変わる新たな”サブカル界のアイドル”として、その絶対的なアイコンとして今の邦楽シーンに一矢報いる一枚であるのは確か。そんなわけで→昨年から今年2014年にかけて更なる飛躍が期待されるパスピエだが、この状況を受けて”サブカル界の元祖アイドル”こと相対性理論やくしまるえつこがどう感じているのかが気になる所だ。ちゅーても、”サブカル界のスティーヴン・ウィルソン”として知られるえつこなら、このパスピエのアルバムを超える極上のプログレッシブ・ポップアルバムを作ってくれるんじゃあないか?って、僕はまだ密かに信じてやまない。どうせなら本家のスティーヴン・ウィルソン氏とコラボしてくれてもエエんやで、えつこ。



【ギターが鍵】・・・このパスピエは既に新曲の両A面シングル『MATATABISTEP / あの青と青と青』を発表している。実は今回の1stフル『演出家出演』を聴いて→ギターの人が音楽性の違いで脱退してしまわないかと心配していた部分もあったんだけど、この新曲の”MATATABISTEP”を聴く限りでは、まだその心配はなさそう(まだかい)。相変わらずレトロ感をフューチャーしたキーボード主体の楽曲ではあるものの、地味にギターも頑張ってる...というか頑張れ!頑張れ!頑張れ!要するに→このパスピエが更にビッグになるには、ギターの三澤勝洸君の存在が大きなキーマンとなってくるんじゃあないか?って。よし、こうなったら次のアルバムには現Vampillia真部デトックス脩一をプロデューサーとして迎えよう(提案) そんなアホな冗談言いつつも、結局この僕がパスピエに対して言いたい事はたった一言↓↓

うまい

演出家出演(通常盤)
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