Welcome To My ”俺の感性”

音楽のレビューというか感想をてけとーに書き殴るブログです。

邦楽

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ねごと 『ETERNALBEAT』

Artist ねごと
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Album 『ETERNALBEAT』
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Tracklist
01. ETERNALBEAT
02. アシンメトリ
03. シグナル
04. mellow
05. 君の夢
06. DESTINY
07. cross motion
08. holy night
09. Ribbon
10. PLANET
11. 凛夜

DESTINY』のぼく
new_13「ねごとがNEXTステージへと向かうには【Satellites】のビートが必要だ(しかし、いくら優等生のねごとでも流石にできるわけがない!)」

    ねごと
蒼山幸子「できるわけがない!できるわけがない!できるわけがない!できるわけがない!」

   ぼく
new_20131031220005「ほら!『4回』も『できるわけがない』って言ったぁ!ねごとはオワコン!」

   ねごと
澤村小夜子「ANATHEMAの未来ことBoom Boom Satellitesと邂逅してシン・ねごとになったぞ」

  ぼく
new_UJ「なにそれすごい」

なんだろう、「運命の引かれ合い」って、漫画の世界の話だけじゃなくて現実の世界でも起こりうるんだなって、そう実感させられた出来事だった。僕は、2015年作のVISIONの時にねごとの事に対して、何の根拠もないままに「いま最も評価されるべきバンド」と断言したけれど、その言葉は何一つ間違っちゃいなかったんだって。
 
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というのも、その『VISION』から約3ヶ月後に発表されたシングルのDESTINYの時に、僕はねごとメンバーに対してANATHEMAの”Distant Satellites”みたいな曲が書けるかという『レッスン4 できるわけがない試練』を与えた。そのシングルのDESTINYで、ロックバンドとして一段と成熟した今のねごと「オルタナティブバンド」としてNEXTステージに行く為には、それこそ”Distant Satellites”みたいな実験的なロックを極めるしか他に道はないと。だから僕は前作『VISION』の時から記事中に【ANATHEMA】【Satellites】というキーワードという名の伏線を忍ばせていて、それ以降も事あるごとに執拗にねごとANATHEMAの存在をリンクさせてきた。



もっと面白いのはここからで、僕はねごと『VISION』を聴いた翌月に、(tricotに釣られて)名古屋クワトロでBoom Boom Satellitesのライブを観て、アルバムSHINE LIKE A BILLION SUNSを聴いて、そして【Boom Boom Satellites=ANATHEMAの未来】である事を確信した。ご存じのとおり、ANATHEMAは通算10作目となるアルバムDistant Satellitesの中で実験的な、それこそ「オルタナティブバンド」たる所以を証明するかのような、プログラミングやエレクトロな打ち込み系の音を駆使したダンサブルなサウンドを展開し、中でも表題曲となる”Distant Satellites”の鼓動を激しく打ち付けるようなエレクトロなビートとダイナミクスを内包したロックなビートが融合した姿は、まさにBoom Boom Satellitesの音世界そのものだった。
【2015年8月31日】ANATHEMA 奇跡の来日公演
【2016年5月31日】Boom Boom Satellites活動終了
【2017年3月19日】ねごとの『ETERNALBEAT』を書き上げる
【2017年3月20日】ねごとの『ETERNALBEAT』ツアーを観る(宇宙の終わり)
 
正直、あの時は「ねごとのNEXTステージはANATHEMAのDistant Satellites」だとか、「Boom Boom Satellites=ANATHEMAの未来」だとか、一体ナニを思って書いたのか自分でもよく分かっていなくて、そもそも自分は基本的にレビューを書く時に最も重視するのが「ひらめき」で、そしてスキあらば伏線を散りばめていく文章スタイルなのだけど、2014年にDistant Satellitesがこの世に爆誕して以降、その翌年の2015年にねごとANATHEMABoom Boom Satellitesのライブを観たこと、そして2016年にBoom Boom Satellitesが活動終了を発表するまで、それら一連の流れと伏線をまとめた上記の時系列を見れば、今回の『運命』すなわち『DESTINY』”引かれ合い”はその「ひらめき」が上手くハマった結果の出来事だったというのが分かるハズだ。というより、ここ三年はこのアルバムを書くためのちょっと長い準備期間だったのかもしれない。僕は常に、いつだってどんな時もどんな時もねごとの事を気にかけていた、というのは流石に嘘だけれど、ここ三年の僕は『地球』に存在しながらも『Satellites』という『衛生音楽』を介して『宇宙』を彷徨っていた、そんな気がしてならなかった。同時に僕は、2015年度BESTの記事の中で2015年は『繋がり』を強く意識させた年だと言及したけれど、その『繋がり』を感じた最もたる部分の一つが、他ならぬねごとを中心とした人物と音楽だったのは、今さら言うまでもない。

もう何を言いたいのかお分かりの方もいると思うが、このねごとは僕が与えた試練、その「答え」として、Boom Boom Satellitesが残した『魂』のビートを「受け継ぐ」ような形で、昨年の『アシンメトリ e.p.』、そして本作の『ETERNALBEAT』へと『繋がって』いる。その100点満点の回答に対して僕ができる唯一のことと言えば、赤ペン先生ばりに上から目線で100点満点の返信をするしかなくて、つうか、こんな回答出されたら100点付けて終わりじゃんこれ。俺もう何も言えねぇじゃん。「エモい」とか「泣ける」とか、そんなチープな言葉じゃ何も伝えられない。自分の語彙力のなさに泣けるくらい。というか、こんなとんでもねぇアルバム聴かせられたら、僕が何を書こうと『説得力』のカケラもないし、正直ナニも書けないからもうナニも書きたくないです。



ねごと
Boom Boom Satellites(ANATHEMAの未来)との邂逅という名の引かれ合いが実現した”アシンメトリ”は、シン・ねごとという名のシン・ブンブンサテライツ譲りのイントロから打ち込み主体のダンサブルな、鼓動を打ち付けるような音のビートが波紋のビートとなって体全体に刻み込み、中盤以降のアトモスフェリックな空間表現や崇高さ漂うコーラスワーク、そしてギターの残響音が宇宙を構成する無数無限の微粒子となり、それこそ【左右非対称】や【不均衡】という意味合いを持つ『アシンメトリ』という無数の四次元立方体(テッセラクト)が無限に不均衡に重なり合って、この『ETERNALBEAT』という名の三次元と五次元を繋ぐ『ワームホール』への入り口をこじ開けていく、その姿はまるで自らの手で『運命』『未来』を切り拓いていくねごとの生き様を、この宇宙この銀河の果てまで映し出すかのよう。

ねごとがデビュー当時から一貫してきた「オルタナティブ・ミュージック」への探究心は一つの極地へと到達し、この宇宙からもの凄く遠くて(Distant)、ありえないほど近い銀河の果てにある”ANATHEMA””Boom Boom”という2つの”Satellites=人工衛星”が取得した惑星データと量子データを応用して、相対性理論やくしまるえつこがソロで解き明かした宇宙最大の謎である「特異点」と同じ答えをワームホールに示し出し、そして遂にねごとは次元の壁を超えてThey=彼らと再会する。これにはえつこX次元へようこそとばかり、人工衛星マギオンからほくそ笑んでいるに違いない。冗談じゃなしに、今のシン・ねごとの比較対象ってその辺のガールズバンドじゃなくて、わりとマジでやくしまるえつこ率いる相対性理論だと思う。
 

ねごととダンスミュージックの融合、その相性はアルバムの幕開けを飾る表題曲の”ETERNALBEAT”から遺憾なく発揮されていて、前作のようなロック歌唱ではなくウェットでシットリした幸子(Vo,Key)のオトナ系ボーカルをリードに、この『ETERNALBEAT』という名の小宇宙の幕開けを飾るに相応しい、ミラーボールのようにカラフルなサウンドと永遠に鳴り止まない「始まり」のビートを刻んでいく。”アシンメトリ”と同じく、BBSの中野雅之氏がプロデュースを手掛けた#3”シグナル”は、クラブ系のイントロからバッキバキなエレクトロニカを効果的に鳴らしつつも、要所で幸子のボーカル&キーボードと瑞紀のギターでメリハリを効かせながら展開し、クライマックスではギターのリフとクラップで縦ノリ的な盛り上がりを見せる。

シングル『DESTINY』 の時に「グリッチホップっぽい」と一体どういう意図で書いたのか、自分でもよく分からないのだけど、この4曲目の”mellow”のグリッチホップ的なトラックを耳にしたら至極納得したというか、それこそ同シングルに収録された瑞紀が手がけた”シンクロマニカ”のリミックスという名の伏線を回収するかのような一曲だった。哀愁を帯びたメロディを歌いこなす幸子のボーカルと、そのリミックス風のクール&ドライなトラックが、絶妙な切なさとエモさを呼び起こすバラードナンバーだ。また幸子が奏でるマリンバのノスタルジックな音色が絶妙なアクセントとしてその存在感を示している。

まるで森田童子みたいなノスタルジーの世界へと誘うような、幸子の歌と小夜子と瑞紀のコーラスでゆるふわっと始まる#5”君の夢”は、ある種のドラムンベース的な疾走感溢れるビートを刻むトラックとファンタジックなプログラミングが、まるで白昼夢を見せられているかのような、摩訶不思議なシン・ねごとワールドを構築していく。



なんだろう、何度も言うけどこの”DESTINY”ってねごとの音楽人生、その未来を大きく変えた、言うなれば【特異点】だったと思うのだけど、なんだろう、「全てはここから始まった」じゃあないが、なんだろう、それこそ【過去のねごと】【現在進行系のねごと】【未来のねごと】を紡ぎ出すキートラックというか、なんだろう、ねごと『運命』すなわち『DESTINY』を繋ぐいわゆる四次元立方体(テッセラクト)的な役割を担っているのがこの曲で、このシン・ねごとによる『ETERNALBEAT』の実験的なアルバム前半の曲と、ex-ねごとらしいバンド・サウンド全開でお送りするアルバム後半の曲、それぞれ別次元に存在する粒子を同次元へと繋ぐワームホール、すなわち橋渡し的な役割を担っている。

この”DESTINY”という【特異点】を起点に、打ち込みを駆使したアルバム前半の実験的な流れから一転して、持ち前のエネルギッシュなバンド・サウンドを全面に押し出してくる。ROVOの益子樹氏プロデュースの#7”cross motion”やシングルにも収録された同氏プロデュースの#8”holy night”では、イントロからスペースワールド感&ピコピコ感マシマシの曲で、特に#7はガールズ・バンド界のレジェンドZONE愛を伺わせる幸子のボーカル・ワークが個人的にお気に入り。

アルバム終盤は、前作『VISION』のバンド・サウンドを継承した”Ribbon”、ゆるふわゲーこと『リトルビッグプラネット』風のゆるふわな世界観の中で軽快なロック・ビートを刻んでいく#10”PLANET”、そしてYUI”TOKYO”を彷彿とさせる切ない歌詞をエモく歌い上げる幸子の歌とバラエティ豊かな幅広いアレンジを効かせたアコースティックなトラックがサイコーなラストの#11”凛夜”まで、アルバム後半はex-ねごとらしいバンド・サウンド主体でありながらも、アルバム前半の実験的なサウンド・アプローチを受け継ぐ所はシッカリと受け継いでいる。とにかく、聴き終えた後の「余韻スゲぇ...なんだこのアルバム...宇宙かよ」ってなる。なんだろう、「傑作」とかそんな生半可なもんじゃあないです。単純に「僕の好き」が詰まってる。なんだこれ。

このアルバム、もはや『進化』というよりも『突然変異』と表現したほうが正しいのかもしれない。確かに、前作の『VISION』でド真ん中のストレートな、それこそ自分たちの中でナニかが吹っ切れたようなバンド・サウンドを展開していたねごとが、なぜ一転して打ち込み主体のダンサブルな縦ノリ系のバンドに変貌を遂げたのか?しかし、果たして本当に突然変異なのだろうか?元々、ねごとメンバーの4人が織りなすバンド・サウンドには、グルーヴィでアンサンブルな縦ノリにも横ノリにも強い、ロックバンドとしての柔軟性の高さとそのスキルが備わっていて、だからこの手の打ち込み系との相性もグンバツなのは聴く前から分かりきっていたし、そして何よりも以前からギターの沙田瑞紀がリミックス音源を通して「実験的」なサウンド×ねごとを散々試みてきた事もあって、むしろこの『突然変異』はイメージ通りでしかなかった。あの”アシンメトリ”にしても、そのまんまBoom Boom Satellitesのビートを借りてきたというわけじゃあなくて、あくまでもねごとがデビュー当時から一貫して探求してきた『宇宙』に対する強い”憧憬”と元々の素養から全ては内側から生まれ出た音であり、そのBBSから受け継いだ『魂』のビートと「ガールズバンドねごと」としてのファンタジックなポップネスが、ワームホールを抜けた先にある宇宙の果てでクロスオーバーした必然の結果に過ぎない。つまり、【彼ら=They】が作り出した五次元空間の中で見た【未来のねごと】は、その【彼ら=Theyの正体が実は【ex-ねごと】だったという宇宙の『真実』に到達していたんだ。

あらためて、今作はねごとの音楽的価値観が宇宙を一巡して一回り大きくなってスケール感を増した、シン・ねごとによるオトナ・サウンドを展開していく。彼女たちの音楽的な見識の広さとロック・バンドとしての柔軟性を垣間見せるような、それこそ「オルタナティブバンドとしてのねごと」が持つプライドとポテンシャルがビッグバンを起こした奇跡的な作品だ。楽曲のアレンジ力が格段にアップしたこと、特にトラック面の強化は目を見張るものがある。今作におけるボーカル&キーボード担当の幸子の歌は、無理に声を張り上げるような歌い方ではなく、非常に落ち着いていて相当耳障りが良くてオトナっぽいです。彼女の「ボーカリスト」としての成長および変化は、このアルバムの中で地味に大きな微粒子として存在しているし、ほんの微粒子レベルに些細なことかもしれないが、その微粒子レベルの変化が及ぼす大きな『バタフライ・エフェクト』は地味に評価されるべき所だと思う。単純に歌ってるメロディが心地いい。つうか、そろそろ幸子はANATHEMAヴィンセントChvrchesローレン・メイベリーみたいにドラム叩き始めそうな予感。
 
『繋がり』という点で言うと、シン・ねごとBoom Boom SatellitesROVOもソニー系列のバンドで、面白いことにANATHEMAも「彼らが最もオルタナティブやってた」と評される中期の頃に所属していたMusic for Nationsの親会社がソニー・ミュージックと合併してソニーBMGとなり(詳しくは『Fine Days: 1999 - 2004』参照)、そして2004年にMFNは正式に閉鎖され、ご存じそれ以降のANATHEMAは露頭に迷ってしまうのだが、しかし今思うと、その合併騒動がなければ【今のANATHEMA】は存在しなかったかもしれないし、そう考えると【バタフライ効果】【オルタナティブ】には”引かれ合う”「ナニか」があるのかもしれない。そういった些細な『繋がり』からも、ソニーがやってる事業で一番評価されるべきなのって、ソニー損保のCM事業でもゲーム事業でもなくて音楽事業だよなって再確認した次第。今のねごとは、ソニーの「モノづくり」に対する【オルタナティブ】な姿勢とその信念を受け継ぎ、それを守り続ける音楽界最後の砦、言うなれば「邦楽界のマシュー・マコノヒー」すなわち「シン・オルタナティブ・ヒーロー」だ。彼女たち4人の他に「代わりは、代わりはいないんだ」。

昨今は「ガールズバンド戦国時代」だなんだと囁かれているが、正直そんなことより「ガールズバンド戦国時代」という名の「殺し合いの螺旋」から降りた今のねごとの生き様に刮目せよと、「いま最も評価されるべきバンド」以前に、「いま最も面白いバンド」であり「いま最もカッコイイバンド」でもあり、そして「いま最もオルタナティブなバンド」がこいつらだって、今のねごとを正当に評価してから戦国時代だなんだと騒げよと、ハッキリ言って今のex-ねごとの前では「ガールズバンド戦国時代」なんて子供のお遊戯会でしかない。わかったか、ガルバンの当て振り鳩女ども。

実際にねごとは、「いま最も評価されるべきバンド」その根拠をこのアルバムで、宇宙最大の難問である「特異点」の方程式を解き明かすことで、それを証明してみせた。なんだろう、僕自身がこの『ETERNALBEAT』における『バタフライ・エフェクト』その一部の粒子として存在していた、な~んて勘違いも甚だしいのは重々承知の助だし、なんかもう「ありがとう...」それしか言う言葉がみつからないというか、こんなビッグバンレベルのアルバム出しちゃっていいのかよって。もう本当にナニも言えねぇ。当然、僕はこの【シン・ねごと路線】を全面的に支持するというか、ねごとはこれまで数々の伏線を辿ってきて『今』という『未来』を描いているので、やっぱ何も言えねぇし、やっぱ瑞紀サイコーだ。
 
ETERNALBEAT(通常盤)
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ねごと
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DECAYS 『Baby who wanders』

Artist DECAYS
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Album 『Baby who wanders』
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Tracklist

01. Aesthetics of the transgression
02. Zero Paradise
03. 愛と哀を遺さず... <Baby who wanders Ver.>
04. Drifting litter
05. Where are you going?
06. Vagabond
07. Imprisonment Leaving
08. シークレットモード
09. HELLO!NEW I
10. Eve
11. Rana
12. D/D
13. 綺麗な指

今どきロックバンドのフロントマンがソロプロジェクトを始めるなんて事は珍しくもないし、むしろソロ活動しない方がおかしいレベルで、同じようにフロントマン以外のバンドメンバーもソロプロジェクトなるものを始めるのも何も珍しいことではないし、むしろフロントマンのソロ活動以上に活き活きとしてるのが多いくらいだ。それは、僕がティーンエイジャーの頃に夢中だったJanne Da Arcも決して例外ではなかった。ジャンヌダルクは今から約10年前に活動休止状態に入ると同時に、メンバーはそれぞれソロ活動を開始し、ご存じフロントマンのyasuAcid Black Cherryとかいうソロプロジェクトを継続して早くも十周年を迎える。その後、ベーシストのka-yuDAMIJAWとかいう自身のバンドを立ち上げ、ドラムのshujiおじさんもサポメンみたいな形でバンドに参加していた。でもちょっと待ってほしい、この話のポイントはバンドのソロ活動に対する賛否の話ではなくて、例えばロックバンドのフロントマンが自身でボーカルを務めるソロバンドを組むのは誰も疑問に思わないが(例ABC)、ではフロントマン以外の、例えばベーシストやギタリストがソロプロジェクトでバンドを組んだ場合(例DAMIJAW)、肝心のボーカルは一体誰がやるんだ・・・?という単純な疑問が生まれる。僕は、そんなシンプルな疑問を抱えながら、いざダミジョウ初音源のサンプルを試聴した時→え、これ歌ってるの粥やん。いやいやいや、粥めっちゃ歌ってるやん。いやいやいや、なに歌ってんねん粥ってなったし、その時の驚きというか不思議な感覚は、今でも昨日のことのように思い出せる。
 
その例え話と全く同じ話がこのDECAYSだ。DIR EN GREYのフロントマンであるは、sukekiyoとかいうソロプロジェクトを始めて久しいが、このDECAYSはギタリストのDieMOON CHILD樫山氏を中心としたユニットで、現メンバーにはシンガーソングライターの中村中と「美人過ぎるバイオリニスト」のAyasaを迎えた6人編成となっている。しかし、およそ10年前に「粥のトラウマ」を経験している僕は、一抹の不安を抱えながら、2016年に発表された彼らのメジャー1stアルバム『Baby who wanders』を聴いてみた。

    Die
DIEナントカカントカトランスミッション! 

 ぼく下僕
new_136947878325513121615_jojorion20_2「ナントカカントカトランスミッション?!」 

    Die
DIEナントカカントカトランスミッション!」 

 ぼく下僕
new_18「粥ダミジョウ...寄与ツイッタ芸人...湯ギター侍...修二オッサン...うっ、頭が」 

僕は耳を疑った。「いやいやいや、ダイ君めっちゃ歌ってるやん。いやいやいや、ダイ君めっちゃナントカカントカトランスミッションしてるやん」と。 それこそ、「粥のトラウマ」が10年の時を経て現代にトランスミッションしたかと思った。まぁ、厳密にはAesthetics of the transgressionなんだけど、アルバムの幕開けを飾るこの曲は、近未来溢れるモダンな電子音とベースがウネウネと鳴り響く妖しげなイントロから始まり、「90年代」という今よりはまだ日本がイケイケだった頃の音楽シーンを賑わせたTKこと小室哲哉TM NETWORKリバイバルみたいなDie君によるナントカカントカトランスミッション!X JAPAN”WEEK END”を彷彿とさせるサビメロ、要所でAyasaの妖艶に演出するヴァイオリンをフューチャーしつつ、Die君のパリピボイスと中さんによるツインボーカルならではの掛け合いを披露し、つまり90年代のパリピ音楽を作り上げたTKとV系とかいうジャンルをメインストリームにブチ上げたX JAPAN(YOSHIKI)とかいう日本の音楽界にムーブメントを起こした二大アーティストが、約20年の時を経て『音楽』という名の『五次元空間(ワームホール)』の中で邂逅した・・・って、それどこのV2だよ。



その幕開けから、それこそMOON CHILDとかいう90年代を代表する”ESCAPE”だけの「一発屋」をはじめ、バブル崩壊後とは言えまだ日本がイケイケだった頃の謎のパリピ感というか無駄に自己評価の高いキモナルシスティックな社会的ムード、その良くも悪くもノスタルジックな世界観および音像をこの21世紀に蘇らせるのが、このDECAYSというバンドだ。と思えば、2曲目の”Zero Paradise”では一転してメロコア然とした疾走感溢れるサウンドに爽やかなDieのボーカル・メロディを乗せたシンプルでキャッチーなギターロックが聞こえてきて、それこそティーンエージャー向けのポップな青春エモパンクみたいな曲で、僕は「ダイ君これダミジョウよりわかんねぇな...」とか思いつつも、とにかくその感情表現豊かなクサい歌詞を筆頭に、全ての面においてDie君がDIR EN GREYでやってる事と180度違う、もはや可愛いメイドさん達が「北斗の拳イチゴ味」みたいなノリで鬼ごっついメタルやること以上の「ギャップ萌え」は面白いっちゃ面白いかもしれないが、その「面白さ」より勝るのが「戸惑い」であることは、このアルバムを再生すれば2秒で分かることだ。

Dieがメインボーカルを務めた”Zero Paradise”と対になる曲で、今度は中さんがメインボーカルとなる3曲目の”愛と哀を遺さず...”、このDie中さんがそれぞれメインを飾る、言うなればダブル・リードソングでアルバムのツカミを強烈に演出する。また一転して、まるで魔界に迷い込んだような重苦しい世界観が繰り広げられる#4”Drifting litter”は、それこそ魔界で開催される晩餐会の大トリを務める『闇の宝塚』歌劇団、その男役トップに君臨する中さんと女役トップのDie君が織りなす凄艶じみた舞踏会である。これ初め聴いた時は、男のゲストボーカルかな?と思ったら普通に中さんでビビったというか、中村中さんって時々男性ボーカルに聴こえるくらい中性的というか独特の歌声の持ち主で、だから偶に中さんの声とDieの声が男女逆転して性別不能になるというか、それこそジェンダーの壁を超えたツインボーカルは、このDECAYSを語る上で欠かせないとても大きな魅力の一つと言える。

このDECAYSの妖艶な世界観を作り上げるのに最も効果的な存在としてあるのが、他ならぬ「美人すぎるヴァイオリニスト」こと岡部磨知もといAyasaだ。つうか、「美人すぎるヴァイオリニスト」って何人おんねん!とツッコミたくなる気持ちを抑えながらも、Ayasaの他を顧みず自由気ままに弾き倒すヴァイオリンの存在は、DECAYSの耽美的かつ官能的な異世界設定の根幹を司る重要な演者であることは確かだ。そのAyasaSubRosaばりに妖しく響き渡るヴァイオリンを大々的にフューチャーした#5”Where are you going?”中さんメインの曲でちょっとだけDirっぽいネットリ感のある#6”Vagabond”、今度はジェンダーの垣根を超えた二人のツインボーカルが冴え渡る曲で、モダンなV系っぽい雰囲気を纏った#7”Imprisonment Leaving”、再び90年代風のナルシスティックさとディスコ感溢れるビートを「鼓動」のようにズンチャズンチャと刻みながら高速道路を駆け抜ける#8”シークレットモード”Boom Boom Satellitesリスペクトなデジロックの#9”HELLO!NEW I”、Dirにも通じるDie君らしい神秘的かつメロディアスなギターから壮大に展開していく#10”Eve”は今作のハイライトで、キーボードのポップなメロディを乗せたアップテンポで疾走感溢れる#11”Rana”AyasaのヴァイオリンとDie君らしいギターとエロい歌声が織りなす#13”綺麗な指”を最後に、この悪魔城の奇妙な晩餐会は盛大のうちに幕を閉じる。これはアニメ『悪魔城ドラキュラ』の主題歌あるんじゃねー的な。

正直、Die君がナントカカントカトランスミッション!とか言い始めた時点で、10年前の「粥のトラウマ」が蘇って聴くのやめようかと思ったけど、次々に曲を聴いていくうちにその「戸惑い」は晴れ、 「これ普通にダサカッコイイじゃん」ってなります。確かに、DIR EN GREYというバンドからイメージされる音楽からは程遠い、【TKパリピサウンド×90年代V系】からBIGMAMAを彷彿とさせる歌モノ系のメロコア曲まで、それこそ中心でやってるsukekiyoよりもDie君以外のメンバーの存在感が強すぎるお陰で、音楽的な方向性がどうこうよりも割りと好きなことを好き勝手にやってる印象。TK的な音楽という意味でも、このDECAYSって冷静に見ると相当エイベックスの息がかかったメンツが揃ってるんだけど、でもこれだけ濃ゆいメンツを集めて、そのそれぞれに尖った個性をよくここまで一つにまとめたな感は、このアルバムで最も感心させる所だ。

失礼ながら、自分の中で中村中のイメージって随分前にMステ出てたくらいの印象しかなくて、それこそロックを歌うイメージなんてなかった。でも今回のアルバムを聞いたら、中さんとロックって思いの外ハマってるというか、もの凄い適当なことを言うと中さんて凄い「パンクだな」と感じる所があって面白かったし、シンガーソングライターの彼女にとってもバンドのグループの一員として歌うのは全くの「新境地」だと思う。そのメンバーそれぞれの「新境地」という科学的要素の集合体が化学反応を起こし、DECAYSとして産声を上げ、そして『Baby who wanders』の中で花開いている。
 
Baby who wanders(通常盤)
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DECAYS
ドリーミュージック (2016-12-07)
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宇多田ヒカル 『Fantôme』

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Tracklist

01.
02. 俺の彼女
03. 花束を君に
04. 二時間だけのバカンス (feat. 椎名林檎)
05. 人魚
06. ともだち with 小袋成彬
07. 真夏の通り雨
08. 荒野の狼
09. 忘却 (feat. KOHH)
10: 人生最高の日
11: 桜流し

ヒッキーこと宇多田ヒカルの約8年ぶり通算6作目となる新作、その名も『Fantôme』はフランス語で「幻」や「気配」を意味する言葉らしい。

自分の中で宇多田ヒカルっていうと、まだ日本で音楽番組が盛んだった時代に一世を風靡した女性歌手、みたいな漠然としたミーハーなイメージしか持っていないのだけど、当然、代表的な曲はTVや街中から聴こえてくるBGMとして耳にしていたからよく知っている。しかしどうだろう、今の時代どの街を歩いてみても「音楽」というか「音」そのものが街中から消えてしまった、ここ数年そんな言葉をよく耳にするようになって久しい。

では最近、「宇多田ヒカル」の名前を明確に意識したのって何時だろう?と記憶を巡らせてみた。それは数年前に『宇多田ヒカルのうた -13組の音楽家による13の解釈について-』をたまたま姉から譲り受けて聴いた時だった。この作品は、ヒッキーと同じ1998年デビュー組の椎名林檎浜崎あゆみをはじめとした著名なアーティストが宇多田ヒカルの名曲をカバーしたコンピレーション・アルバムで、日本がまだ音楽に対して強い関心があった時代にシノギを削り合ってた歌姫同士が、十数年の時を経て互いに認め合うかのようでもあって妙に胸がアツくなった。

思わず「ハッ」っと目が醒めるようなイントロで始まる一曲目の”道”から、荊棘のように険しく、しかし薔薇のように美しい『人生』という名の『道』を力強く踏みしめていくようなリリックと、往年の宇多田ヒカルらしくもありながらも、しかしwoob woobもといダブステップなどのイマドキ感溢れる打ち込みを擁したR&B調のリズム&ビートを刻んでいく、それこそオープニングを飾るに相応しいアリアナ・グランデもビックリの「王道的」な「ポップス」で、もはや「日本の音楽は全て宇多田ヒカルから始まる」と言わんばかりの、それこそ「シン・J-POP時代」の幕開けを宣言するかのような名曲だ。この曲だけで海外のitunesチャートを一時席巻したというヒッキー本人もビックリのニュースに多少なりの説得力が持てるんじゃあないだろうか。

何が面白いって、それこそこの『Fantôme』を勝利への『道』へと、スピリチュアな『道』へと導くかのようなイントロ及びバッキバキの打ち込みやミニマルなフレーズを耳にした瞬間、天声ジングルをドロップした相対性理論やくしまるえつこが嫉妬して更に病んでしまう事案が容易に想像できてしまったことだ。世界中の人が「これが本物のJ-POPなのか」と思ったハズ。あとサビに挟まれる「Run」がyoutubeのドッキリシリーズ『Jalals Run』を思い出してどうしても笑ってしまう。

まるで全てのJ-POPを過去のものにするかのような、大袈裟じゃなしにそれくらい今のJ-POP界に大きな風穴を開けるような”ファースト・インパクト”となる幕開けの余韻に後ろ髪を引かれながらも、盟友椎名林檎リスペクトな少しオラついた歌い方で始まる二曲目の”俺の彼女”は、男視点のダーティな歌詞と女視点の歌詞を演じ分ける”ジェンダー”なボイス・パフォーマンスを筆頭に、中盤から終盤にかけて美しくも儚い人生を優雅に彩るようなストリングスを全面に押し出した、それこそポスト-系にも通じる壮麗優美な展開には只ならぬエネルギーを感じさせる。あと終盤の「俺には夢がない~」以降のもう本当にどうしようもない歌詞がもう本当にどうしようもなくてサイコー。

『ブス姉ちゃん』こと高畑充希主演の朝ドラ主題歌として、毎朝半ば強制的に聞かされていた三曲目の”花束を君に”、フレンチポップみたいなイントロから始まる四曲目の”二時間だけのバカンス”では椎名林檎とのデュエットを披露していて、正直椎名林檎が宇多田ヒカルの曲をカバーしただけでも十分凄いことだというのに、まさか宇多田ヒカルのオリジナル・アルバムでガチでコラボしちゃうなんて思いもしなかったというか、これは朝ドラ主題歌の件もそうだのだけど、ここ最近の椎名林檎の目覚ましい活躍が活動休止中のヒッキーにどれだけの勇気と刺激を与えたのか、そしてどれだけ大きな影響を与えたのかが分かる事案でもある。もはや禁断の果実の如し、アンタッチャブルな二人の歌姫による小百合ナンバーだ。

ハープの音色による幻想的な世界観を繰り広げる#5”人魚”、小袋成彬氏をゲストに迎えた曲でtoeっぽいミニマルなアコギ主体の#6”ともだち”、某ニュース番組のED曲の#7”真夏の通り雨”、オシャンティなトラックと歌謡曲を経由した往年のJ-POPらしいヒッキーの歌が素晴らしい8”荒野の狼”、アトモスフィアな音響空間の中で日本語ラップ界の新生KOHHによって尾崎豊を現代に蘇らせる#9”忘却”、そのタイトルどおりめっちゃ前向きなJ-POPチューンの#10”人生最高の日”

実はカバー集の『宇多田ヒカルのうた』よりも前に「やっぱ宇多田ヒカルってスゲーわ」と思い知らされた出来事があって、それが『新劇場版エヴァンゲリオンQ』の主題歌として起用された”桜流し”を聴いた時だ。この曲を初めて耳にした瞬間、昨年奇跡の来日公演を果たしたANATHEMA”Untouchable, Part 2”が脳裏に過ぎったくらい、いわゆるPost-系バラードの一つの完成形で、僕はここでも「なぜ日本におけるPost-Progressiveとかいうジャンルが女性的なジャンルであるのか」を再確認した。もっとも面白いのは、この曲はヒッキーとイギリス人プロデューサーであるポール・カーター氏の共作であるところで、このそこはかとないUKミュージックっぽい感じの正体は、他ならぬ彼によるものだったのだ。

まるでメンヘラクソ女の自撮りみたいなジャケから放たれるは、『シン・J-POP時代』の幕開けだった。自分は熱心な宇多田ヒカルフアンとかではないので、このアルバムを椎名林檎『日出処』相対性理論天声ジングルというメンヘラサブカルクソ女フィルターを通してでしか分析できないが、正直それ抜きにしてもJ-POPとして文句なしの傑作だし、この日本にはまだ「曲が書ける」人が存在するんだって素直に喜びを噛み締めた。でもやっぱり椎名林ンゴの影響力ってスゲーな思うし、恐らく2020年に開催される東京ンゴ輪ではきっと何かしらの楽曲提供、あるいは林ンゴと一緒に音楽面でのバックアップが期待できると思うし、当然期待したい。あと始めと終わりの曲がずば抜けて凄いところや、”人生最高の日”から”桜流し”の流れが、『天声ジングル』”おやすみ地球”から”FLASHBACK”の流れに似たナニかを感じたから、やっぱこれ聴いたえつこ嫉妬してヘラってるわ多分。

今のように複数形態やCDという名の握手券などの”アコギ”な売り方が当たり前ではなかった、「あの頃」のように通常一形態でのリリースという潔さからは、正しい音楽のあり方を、正しい音楽の楽しみ方を忘れてしまった現代の僕たちを戒めるかのよう。まるで宇多田ヒカルというファントームに導かれ、「あの頃」と全く同じ音楽体験そのノスタルジーと記憶をフラッシュバックさせる。もはや宇多田ヒカルの歌声は、「音楽」の価値というものが著しく失われつつあるこの現代社会を生きる人々に、まだ「音楽」が日常として身近に存在していた「あの頃」と同じように、それ即ち「気配」と同じように人々の側にソッと常に寄り添うかのよう。まさしくこれが「生ける音楽」なのかもしれない。
 
Fantôme
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宇多田ヒカル
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tricotのイッキュウ中嶋がソロデビュー始動!

かつお

ぼくかつお「お~い中嶋~!野球しようぜ~!ついでにヒロミ・ヒロヒロソロデビューしようぜ~!」

音楽メディア「tricotのメンバーがソロ活動開始!」

ぼくかつお「おっ、遂にヒロミ・ヒロヒロソロデビューキターーー!?」

音楽メディア「中嶋イッキュウがソロデビュー!」

ぼくかつお「ファッ!?」

イッキュウ中嶋「このあと3時半からユーストやります」

ぼくかつお「一体どこに向かってんだコイツ・・・」

イッキュウ中嶋「デビュー曲のMVアップしました」

ぼくかつお「しゃあない、聴いてみるか・・・(ポチ)」




ぼくかつお「イッキュウ中嶋が川本真琴、椎名林檎みたいなサブカルクソ女化してるやん!」

ぼくかつお「でもちょっと待てよ?冷静に聴いてみると思いのほかイケるんじゃあないか・・・?」


転載

今年に入って『KABUKI EP』を発表したばかりの爆裂ガールズトリオtricot、そのギター/ボーカルのイッキュウ中嶋がソロ活動を開始した。今年に入ってからというもの、遺作となった『★』をリリースしたデヴィッド・ボウイプリンス、そして新作の『Love, Fear and the Time Machine』で漫画『ジョジョの奇妙な冒険』の世界に入門してきたRiversideのギタリストピョートルが相次いで亡くなり、個人的にヘラって意気消沈してたところに、たまたまイッキュウ中嶋のブログを覗いてみたら、新年の挨拶に「磯野、野球しようぜ」とかいう文字が入ったクソコラ画像みたいな上記の写真を発見して、それが自分が作ったカツオのクソコラ画像に対する回答という名の私信に感じて、なんかちょっと元気が出たというか、ちょっと笑わせてもらったナニがある。

話を戻して、イッキュウ中嶋のソロデビュー曲的なナニかについてなんだけど、まずはこのMV、ザックリと言ってしまえば「イッキュウ中嶋が真夜中の東京を歩きながら歌う」という至ってシンプルなMVで、そういえばきのこ帝国”クロノスタシス”がこんなMV撮ってたなーとか思いつつ、唯一違うのはきのこ帝国の佐藤千亜妃はソロ活動みたいな事はしてるが、ソロデビューは(まだ)していないという点か。その格好も歌舞伎町にある場末のスナックの姉チャンがへべれけになって、深夜の街をふらつく酔っぱらいにしかみえなくてウケるんだけど、というより、これはもうイッキュウなりに椎名林檎の”歌舞伎町の女”を表現したMVだ。で、そんなことより肝心の曲はどうなの?っつー話で。

この曲のタイトルは”sweet sweat sweets”、その曲調は端的にいうと初期の椎名林檎リスペクトな、それこそMVのコンセプトとも言える”歌舞伎町の女”の世界観を経由したオルタナ風のJ-POPで、本家のtricotとは一線をがした、いわゆる”歌モノ”を披露している。言わずもがな、イッキュウ中嶋の歌声や歌唱法には林檎や川本真琴ほど人を惹きつけるカリスマ性やサブカルクソ女界を牽引する”アイコン”としての魅力はない。そもそも、イッキュウって「tricotの中嶋イッキュウ」だからここまで注目されているキライもあって、逆にそのイッキュウ中嶋がバンドから離れて一体ナニを表現しようというのか、その一人の表現者としての第一歩がこの曲なんだろう。

ソロプロジェクトといえば、あのDIR EN GREYですらボーカルの京がsukekiyoやったりしてるわけで、ソロ活動自体別に珍しくもなんともない出来事なのだ。当然、フアンの中には「(tricotがイケイケの今なのに)時期早尚なんじゃあないか?」、つまりソロ活動によって本家のトリコが蔑ろになってしまうんじゃあないか?と不安を憶える人も居るだろう。しかし、それについては既にイッキュウ中嶋が「TRicotSKISKIだから無問題」的な声明を発表しているので、そこは安心していいハズ。むしろ、私はむしろ逆で、これからソロで経験する事が本家のトリコにどのような影響を、どのような相乗効果を生み落とすのか、今からワクワクしんがら前向きに捉えるべきだろう。トリコでは見れない、イッキュウ中嶋の新しい才能、そして様々なアーティストとのコラボレーションに期待したい。

本当に面白いのは、昨年にきのこ帝国の佐藤千亜妃が新作の『猫とアレルギー』の中で「#椎名林檎の後継者なの私だ」宣言をしたこと、それに対して「ちょっと待った!」をかけるの如し、イッキュウ中嶋が「#いやいや椎名林檎の後継者なの私だ」をやってのける展開は普通に面白すぎる。

水曜日のカンパネラ 『UMA』

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昨年、グライムスの”REALiTi(現実)”にドハマりした僕が、この水曜日のカンパネラ”ツチノコ”に反応しないわけがなかった。この曲は、メジャー第一弾となる『UMA』のリードトラックなのだが、その内容については、持ち前のコミカルでファニーなB級カン溢れるテンションが露骨に減退して、メジャー感マシマシの本場志向マシマシの洋モノ感マシマシのトラック全開でちょっとガチってきた、ということ以外別段語ることはないと思うので、ここいらで僕はサブカルクソ女界の威信をかけた、グライムスとコムアイのダンス対決に注目したい。実はこの二人、その奇抜な才能と音楽センス、そして現代サブカルチャー界の象徴すなわち”アイコン”として生ける姿はじめ、イマドキのサブカルクソ女として互いに共通する部分が多いのだ。



まずはグライムスのMVから見てみよう。このMVは、東京大阪そして名古屋を含む日本の各都市をはじめ、東アジアの様々な都市、そのロケーションをバックにグライムスがそこかしこに不思議な踊りを踊りまくるというMVで、グライムスはADHDみたいな挙動を基調としたキレッキレなメルヘンダンスを披露している。つうか、そんな事より、日本国内のロケ選びで”名古屋飛ばし”をしなかったというだけで無条件に高評価連打しちゃうMVだわこれ(なお、名古屋がどのカットなのか分からない模様)
 


一方のコムアイだ。ダンスのキレという点ではグライムスに軍配が上がるかもしれない、しかしグライムスと比べると整然と靭やかに、コンテンポラリーで少しセクシャルな匂いを醸し出すダンス・・・というより、それこそ「蝶のように舞い蜂のように刺す」かの如くコムアイのパフォーマンスは、まるで一人の舞踏家さながらだ。渋谷系のホームタウンである東京というロケーションをバックに、終盤燃え盛る花束がコムアイの端正な顔立ちと某まな板をまた一段と妖艶な曲線美へと変え、大都市東京の夜の街に映し出している。聖火台から花束に火を灯し、東京の街を練り踊るコムアイの姿は、2020年の東京五輪で選ばれし聖火ランナーが滑走する未来とその勇姿を暗示するかのよう。

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少しだけアルバム『UMA』の話をすると、オープニングを飾る#1チュパカブラから金玉取られそうになるくらい洋モノ志向のパリピなダンスポップチューンで、未開の地に生息する部族が夜な夜な宴を上げるかの如しオリエンタルでエキゾチックな#3”雪男イエティ”、4曲目の”ユニコ”はアコースティックなアルペジオとクラップ中心に展開する癒し系の脱ラップナンバーで、新機軸的っぽい感じがポイント。後半の曲は意識高い系みたいな、リミックス音源みたいなガチったトラック主体で、約半数の曲を外部プロデューサーを迎えて制作された今作を象徴した流れとなっている。それこそ『UMA』というタイトル通り、未だかつて誰も目撃したことのないコムアイという未知なる謎の生物をお披露目している。少なくとも言えるのは、水曜日のカンパネラのイメージや世界観を決定づけた傑作『私を鬼ヶ島に連れてって』”桃太郎”みたいなノリを期待するとズッコケるし、良くも悪くも「メジャーデビューしちゃった感」に溢れた一枚となっている。それゆえに、以前までのUSラッパーSadistikにも通じるダーティなブラックビッグディック感、もといストリングスを多用したB級オルタナティブ・ヒップホップ感が希薄となってしまったのは、フアンの間で賛否両論あるかもしれない。ともあれ、メジャーデビューした影響を要所で垣間見せつつ”らしさ”を散りばめた前半、一転して洋モノ志向と実験的な傾向が顕著に現れる後半に別れた、言わば「現在進行形の水曜日のカンパネラ」を余すことなく凝縮した作品と言える。

UMA <通常盤>
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水曜日のカンパネラ
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