Welcome To My ”俺の感性”

音楽のレビューというか感想をてけとーに書き殴るブログです。

Post-Black

NECRONOMIDOL 『STRANGE AEONS』

Artist NECRONOMIDOL
DU1lu6qVAAANTp0

Single 『STRANGE AEONS』
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Tracklist
01. STRANGE AEONS
02. WITCHING HOUR
03. BLOODWINGS
04. dirge of baldr

ふと「アイドルが売れる条件」ってなんだろう?と考えた時に、このネクロ魔ことNECRONOMIDOLとかいうアイドルって、実は今のアイドル界で最も「アイドルが売れる条件」を揃えた唯一のアイドルなんじゃないかって。

「アイドルが売れる条件」・・・それはアイドル個人の可愛いビジュアルだったり、各メンバーのキャラクターだったり、グループとしての魅力だったり、歌がうまかったり、ライブパフォーマンスだったり、楽曲の良さだったり、時には握手会の神対応あるいは塩対応だったり、その他にもアイドルが売れるために必要な条件というのは数え切れないほど存在する。しかし、「アイドルが売れる条件」を両手両足に全て揃えていても、実際に「売れる」ためのスイッチが押せなきゃ不発に終わってしまう。悲しいかな、現実は「売れる」スイッチを押せないまま解散してしまうアイドルの方が多い。そんな中、僕が考える「アイドルが売れる条件」を全て持ち合わせたアイドルグループがネクロ魔だったのだ。

昨年の2月に発表された2ndアルバム『DEATHLESS』で、初めてネクロ魔の存在を知った時は衝撃を受けた。何故なら、【メタルとアイドル】の融合はBABYMETALで体験したことはあったが、しかし【ブラック・メタルとアイドル】の融合なんてのは今まで聞いたことがなかったからだ。その誰も考えつかなかったパンドラの箱を開けたのがネクロ魔である。ネクロ魔『DEATHLESS』”END OF DAYS”Deafheaven顔負けのイマドキのポスト・ブラックを披露したかと思えば、その後にリリースされたシングルDAWNSLAYERに収録された”R'LYEH”という曲では、一転してポスト・ブラック界の元祖である初期Alcest顔負けのシューゲイザー・ブラックを展開してオタクメタラーのド肝を抜いた。この”R'LYEH”は、個人的に【2017年アイドル楽曲大賞】に選ぶほどの神曲だった。もはやAlcest来日公演にもれなく付いてくるVampilliaからそのカキタレ的なポジションを奪う勢いだ。

とか言いつつも、未だにアルバムやシングルの音源を聴いてても誰が誰の声なのか判別できないレベルのクソニワカで、いい加減そのニワカ魔ヲタから脱却しようと思い立って、昨年の9月に開催された「NECRONOMIDOL密着24時」の生配信を見れるだけリアルタイムで見ることにした。その結果、なんとなくだけどメンバーそれぞれの顔と声が合致した感あって、その成果を前作のシングル『DAWNSLAYER』から約4ヶ月ぶりとなる最新シングル『STRANGE AEONS』で発揮しようと意気込んで聴いてみたら、やっぱり誰が誰の声か判別できなくて泣いた・・・。

改めて、アートワークにエロゲ絵師を迎えた前作のシングル『DAWNSLAYER』は、ソリッドでメタリックなクサメタルの”DAWNSLAYER”をリード曲に、90年代のアニソン的なシンセをフィーチャーした”STARRY WISDOM”、ポストブラックナンバーの”R'LYEH”ネクロ魔ならではの童歌”celephaïs”、そして露骨にベビメタを意識したメタルチューンの”ABHOTH”まで、もはやシングルの内容ではない、フルアルバム並に密度の高い世界観を繰り広げていた。そして、アートワークにエログロ漫画界の巨匠氏賀Y太氏を迎えた今回のシングル『STRANGE AEONS』は、その前作『DAWNSLAYER』の正統な続編と呼べる内容となっている。

「正統な続編」・・・そのカギを握るのが前作の”ABHOTH”だ。この曲はX JAPANをオマージュしたベビメタ”イジメ、ダメ、ゼッタイ”を更にオマージュしたような曲で、これはネクロ魔ベビメタの存在を意識しているに他ならない明確な意思があった。そんな流れがあっての今作の『STRANGE AEONS』は、そのリード曲に「ヲタイリッシュ・デス・ポップ・バンド」ことキバオブアキバを迎えている。ご存知、このキバオブアキバと言えば、まだ売れる前のベビメタとスプリット作品を出していることでもお馴染みの、あのキバオブアキバである。正直、このタイミングでベビメタと関わりのあるキバオブアキバを迎えたのは「確信犯」だと思うし、これにはネクロ魔Pのリッキーさん「したたか」やなぁと、ネクロ魔運営やり手やなぁと、その視野の広さというかフレキシブルな柔軟性には素直に感心するしかなかった。



そのキバオブアキバが作曲および演奏も手がけた”STRANGE AEONS”、聴いてまず思ったのは「いい意味でネクロ魔っぽくない感じ」というか、端的に言ってしまえばクサメロ全開の叙情的なギターとチルボド的なキラキラしたキーボードを駆使した、前作”DAWNSLAYER”の延長線上にあるパワーメタルで、しかし”DAWNSLAYER”と根本的に違うのは、過去最高に「ポップ」に振り切っている所だ。この曲を聴いて真っ先に思い出したのは、それこそももクロ”猛烈宇宙交響曲・第七楽章「無限の愛」”で、この大衆にも耳馴染みのいいポップ・メタルみたいなサウンドと「アイドル」然としたポップでキャッチーな歌声、つまり「アイドルとメタル」の融合をベビメタよりも先にメジャーシーンでやっていたのが、他ならぬアイドル界のレジェンドであるももいろクローバーZで、これはももクロがいかにアイドル界のレジェンドだったのかを物語っている。

このシングルのポイントの一つとしてあるのが「ポップ」、というより「メジャー感」に溢れたメロディで、まさにその「ポップ」で「メジャー感」のある、一種の「大衆的」なメロディが凝縮されたのがリード曲の”STRANGE AEONS”なのだ。その「大衆性」を何かに例えるなら、前作の”STARRY WISDOM”が90年代に一世を風靡した国民的美少女アニメ『美少女戦士セーラームーン』だとすると、この”STRANGE AEONS”における「大衆性」は、まさに「現代のセーラームーン」として君臨する国民的アニメ『魔法つかいプリキュア!』と言える。まさに現代は「女の子が強い時代」であり、90年代の「強い女の子」を象徴するのが『セーラームーン』だとすると、現代の「強い女の子」を象徴しているのが『プリキュア』である。そして、現代のアイドルシーンも「女の子が強い時代」の象徴であり、ネクロ魔の”STRANGE AEONS”はまさに現代の「強い女の子」を体現したような曲だ。

そもそも、ネクロ魔『プリキュア』って水と油みたいな関係過ぎて面白い。なんだろう、アンダーグラウンドの地下アイドルを代表するネクロ魔が、メインストリーム(大衆)の頂点にいる『プリキュア』の主題歌になってもおかしくないような、これぞ「ギャップ萌え」としか言いようがない曲やってて、正直これはちょっと末恐ろしすぎる。この曲はサビの部分が全て英詞となっていて、特に今泉怜ちゃんがソロでBurn your soul away The Final Dayと歌ってから、メンバー全員でAnd gaze!! into the Abyss A new Black Dawn!!って入ってくる大サビのカッコ良さったらなくて、その大サビからサビ終わりのインメーモーリアーール!に繋がる部分とか、もはや完全にキュアドリームの必殺技「プリキュアクリスタルシュート」撃ってる感凄いし、いい年こいて「ぷいきゅあ~!がんばえ~!」って叫んだわホントに。キモすぎ。

実はネクロ魔って一種のヴィジュアル系的な側面を持ち合わせているアイドルで、そもそも白塗り界隈代表の瑳里とかV系以外ナニモノでもないし、その「ネクロ魔はV系」であるという決定的な証拠となるのが2曲目の”WITCHING HOUR”だ。それはまるでX JAPANの”Es Durのピアノ線”のような、SEを使った物悲しい悲劇的な幕開けから、それこそLUNA SEABUCK-TICKを連想させる90年代のV系全盛のシアトリカルでダークな、「惡の華」や「サクリファイス」や「息の根止める」など暗黒系アイドルならではの歌詞を交えたニューロマンティックならぬ『ネクロマンティック』なエログロ映画的な世界観と、USのVauraばりのアヴァンギャルドなブラック・メタルが地下アイドルシーンで邂逅してしまった歴史的瞬間のような曲だ。驚くべきことはそれだけじゃなくて、中盤のベースソロに始まってギターリフからのギターソロ、そして最後は瑳里のエモーショナルなソロパートに繋ぐ曲構成まで凝りに凝った名曲で、なんかもう改めて「ネクロ魔はV系」としか言いようがなかった。なんだろう、90年代のV系とブラック・メタルというアンダーグランド・ミュージック同士の親和性の高さを証明してみせたのが、まさかの地下アイドルであり、それがネクロ魔だったなんて、あのベビメタですらやってこなかった事を平然とやってのけている。これもう完全にポスト・ブラックの新解釈で「こいつらヤベーな」ってなった。

80sニューウェーブの影響下にある90sヴィジュアル系、つまり「裏のV系」とブラック・メタルを結合させちゃうのなら、一転して今度は「表のV系」であるX JAPANも難なくやってしまうのがこのネクロ魔だ。初っ端からとかもはや「確信犯」な3曲目の”BLOODWINGS”は、ピアノやストリングス、ネオ・クラシカルなギターソロまでシンフォニックなアレンジが施された、BPM指数の高いドラマティックなメロスピナンバーだ。この曲では、ひなひまりがメインボーカルを担当。

最近のネクロ魔はバンドサウンドに傾倒しつつあるのも事実で、このシングルも全4曲中3曲がバンド体制の曲だ。このシングルでは特にそれを感じるのだけど、とりあえず「それっぽい曲」みたいな、「とりあえずバンドっぽい曲」みたいな感じじゃなくて、このシングルのバンド曲を聴けば分かるように、もはや普通のバンドと同じように楽曲に「こだわり」を詰め込んで、作品の完成度を著しく高める結果に繋がっている。まず曲構成が劇的に上がって、メジャーシーンで通用するポップなメロディ、SEを駆使した演出やボーカル含めたアレンジ、そして何よりもネクロ魔の後ろにいる楽器隊、個々のプレイヤーの顔が見えるようになってきたのが大きい。もはやその手のバンドと比較しても差異がないくらい、これまで以上にバックバンドの存在感が増している。

バックバンドと言えばベビメタの神バンドが有名だが、PassCodeBiSHもバックバンドが帯同したツアーを行っていたりと、現代のアイドルシーンで「バンド体制」を謳うアイドル(ラウドル)は今や珍しくない。例に漏れず、このネクロ魔も今や「バンド体制」が標準になりつつある。このシングルは、まさにその「バンド至上主義」をより強く推し進めるような一枚となっている。

前作のシングルで一番好きなのは言うまでもなく”R'LYEH”なんだけど、じゃあ二番目に好きな曲はというと、それこそシンセ・ポップ系の”STARRY WISDOM”だったりする。さっきまで執拗に「バンド絶対主義」的な話をしておきながらなんだけど、おいら、ネクロ魔の本質というかアイドルとしての真髄は「シンセ系」の曲にあると思っていて、このシングルの4曲目に収録された”dirge of baldr”は、まさにそれを証明するような、ネクロ魔の魅力と魔力が凝縮されたような曲だった。オルガンの音色をバックに、いつにもなくエモーショナルな怜ちゃんのソロパートから、昭和アイドル風というかいわゆるハロプロ歌唱が炸裂するお柿さんのソロパートで幕を開け、そしてテクノ調のダンサブルなサウンドとピコリーモ的なシンセを駆使して、今度は瑳里→ひな→ひまりの順に各メンバーのソロパートで繋いで、大衆性に帯びたポップでキャッチーなサビへと展開していく。

さっきまでのバンド系の曲と違って、シンセ系の曲にはネクロ魔Pであるリッキーさんの異常な「こだわり」が込められていると再確認させるような曲でもあって、特にこの曲は各メンバーのソロパートが一つのポイントとしてある。まず初っ端から俄然表現力が増した怜ちゃんお柿さんの超絶的なハロプロ歌唱に驚かされるのだけど、しかしそれ以上に今回は瑳里の存在感が異様に際立っている。昨年のアルバム『DEATHLESS』の時点では、瑳里のイメージって映画『エクス・マキナ』に登場するアンドロイドみたいな冷酷無比なイメージだったけど、このシングルの”WITCHING HOUR””dirge of baldr”での瑳里はめちゃくちゃエモいというか、AIの発達によって限りなく人間に近い感情表現を身につけていて、とにかくそのギャップ萌えが凄くて、なんだろう単純に歌が上手くなってる気がする。今回のシングルで瑳里とロリ枠のひなに推し変する人急増しそう。とにかく、前作のシングルからハモリやユニゾン以上にソロパートに重きを置くようになったというか、逆に言えばソロでも歌えるメンバーの歌唱力と表現力が増したってことなんだろうけど、今作ではより洗練されたソロパートに注目してみると面白いです。特に、”dirge of baldr”でのひまりちゃんのボーカル・アレンジはひまりちゃんならではのナイスなアイデアだと思う。

ネクロ魔って、その「暗黒系アイドル」というコンセプト的に、一方的に一方通行から偶像と美意識を提供するアイドルだと思ってたけど、その一方的な、言うなれば「アンダーグラウンド(地下ドル)」なイメージやアイドルの価値観、あらゆる固定概念をぶっ壊すかのような、それこそPassCodeベビメタなどのメジャーシーンで活躍するアイドルの足元すくうような、そして魔界の地獄門から大きな口を開けて喰らいつくす気マンマンのとんでもねぇシングルだった。なんだろう、今のネクロ魔って一昔前のBiSHみたいなメジャー感みたいなのを醸し出し始めているというか、つまり「アンダーグラウンド」から「メジャー」を視界に捉える事ができる理想的な立ち位置にいるというか、例えるなら今のネクロ魔「マイナーメジャー」と言える。それってつまり、ネクロ魔がメジャーでやろうと思えばいつでもやれるポテンシャル、その証明以外ナニモノでもなくて、そう考えたらやっぱ今のネクロ魔って「売れる」ための起爆装置に指がかかってる状態、あとはその指を吉良吉影のごとくいいや!限界だ押すね!今だッ!と押すだけの状態なんだと思う。

とにかく、V系界を代表する表と裏の2大巨頭を喰らうわ、アイドルはももクロからハロプロ勢、終いにはBiSHPasaCodeまで蹂躙するわでネクロ魔こえーわ。前作でも思ったけど、相変わらずシングルの密度じゃない内容だし、流石に”R'LYEH”入りの前作を超える事はないと思ってたけど、まさかそれを想像以上に超えてくる今年の年間BEST候補です。これマジで今年ネクロ魔バズるんじゃねーかって。こっわネクロ魔こっわ。

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NECRONOMIDOL
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NECRONOMIDOL 『DAWNSLAYER』

Artist NECRONOMIDOL
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Single 『DAWNSLAYER』
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Tracklist
01. DAWNSLAYER
02. STARRY WISDOM
03. R'LYEH
04. celephaïs
05. ABHOTH

白塗り界隈代表の瑳里擁する5人組、「暗黒系アイドル」ことネクロ魔あるいはことNECRONOMIDOLが今年の2月に発表した2ndアルバムのDEATHLESSは、群雄割拠蠢くアイドル界隈に大きな風穴を開けるような、それこそ近年BABYMETALBiS(H)をはじめとしたエクストリーム系アイドルがアイドルと〇〇」の境界線(ボーダーライン)をこじ開けると、このネクロ魔は人間界と魔界の境界線(入り口)に風穴を開け、そして開かれた地獄門から聴こえてくる魔界(アンダーグラウンド)に伝わる哀劇の童歌、としか他に例えようがない悪魔的な音楽を繰り広げていた。

そんな、「いま最も地獄に近いアイドル」ことネクロ魔が約半年ぶりに放つシングル『DAWNSLAYER』は、前作DEATHLESSの流れを踏襲した、ゴリゴリのメタルソングをはじめ、アイドルソングから90年代のアニソンおよびV系にも精通する多彩な楽曲に、もはやアルバム以上にネクロ魔の魅力が凝縮された、シングルとは思えないほどのボリュームに溢れた一枚となっている。


前作DEATHLESSの地獄の入口に待ち受けていた”END OF DAYS”の衝撃再びかと思うほど、シングルの表題を冠した”DAWNSLAYER”のイントロから、持ち前のブラストにX JAPAN顔負けの流麗なツインリードを乗せて疾走し始め、北欧メロデス然としたザックザクに刻むソリッドかつメタリックなリフや某ハロウィンの名曲”イーグルフライフリー”のオマージュ的なサビメロ、そしてツーバスドコドコからのピロピロ系速弾きGソロまで、これはもう「メロデス化したX JAPAN」と言っても過言じゃあないゴリゴリのメタルチューンで幕を開ける。確かに、ネクロ魔は音楽的に「ブラックメタル」としての顔を持ちながらも、前作でもX JAPANばりのツインリードを擁する”KERES THANATOIO””ITHAQUA”のような、いわゆる90年代のV系に精通する楽曲も一つのウリとしていて、今回のシングルは前作以上に「90年代のV系」からの影響を惜しげもなくさらけ出した一枚とも言える。

そして前作の”4.7L”を彷彿させる、某ガンダムWのOP的なTKサウンドあるいはaccess系の打ち込み/シンセを押し出した、90年代アニソンナンバーの#2”STARRY WISDOM”までの流れは前作を素直に踏襲しているし、イントロから粗暴なブラストにシンフォブラばりの超絶epicッ!!なシンセを乗せてブルータルに突っ走る3曲目の”R'LYEH”は、Vampilliaツジノリコを迎えた”endless summer”BiSとコラボした”mirror mirror”からの影響を強く感じさせる、ポストブラック/ブラックゲイズ然としたノイズまみれの混沌蠢く激情的な轟音をバックに、そして魔メンバーの儚いノスタルジーを誘うユニゾンが、ネクロ魔史上最高のドラマティックな名曲と呼ぶに相応しいエモいコンビネーションを発揮する。この曲は本当に”endless summer”を初めて聴いた時と同じくらいの衝撃だった。正直、表題曲なんかゆうに超えちゃってて笑う。なんだこのクソ泣ける神曲。歌詞もクソエモい。

ネクロ魔といえば、前作で言う所の”HEXENNACHT”のような一種の「童歌」とも呼べる、自らのコンセプト/世界観を司る楽曲も魅力の一部としていて、今回のシングルでは4曲目の”celephaïs”がそれに当たる曲で、耽美的なストリングスと洋風のアレンジをバックに魔メンバーが童謡チックに語りかけるような、それこそ教会ライブ映えしそうな童歌だ。そして、イントロからついつい「紅だーーーーーーーー!!」と叫びたくなっちゃう、もしくはBABYMETAL”イジメ、ダメ、ゼッタイ”が始まったかと勘違いする5曲目の”ABHOTH”は、X JAPANというよりもはやジャパメタと言っていい疾走感溢れるザックザクなメタルチューンで、ロック調で力強く歌い上げる魔メンにも注目だし、合いの手の洗礼!の部分も暗黒系アイドルっぽいというか、それこそ露骨にベビメタを意識したような「kawaii」を垣間見せる。

今作を紐解くキーワードは、他ならぬ「X JAPAN」「Vampillia」という音楽シーンでも「異端児」として語り継がれる二組の存在で、つまりダークウェーブなどのシンセや打ち込みを多用した音よりも、俄然エクストリーム系アイドルの主流となる「生バンド」による「バンド・サウンド」を重視したライブ感のある方向性へとシフトしている、あるいは今後更にシフトしていく事を宣言するかのようなシングルだ。今回はアニメ調のジャケ写のイメージも相まって、かなりアニソン寄りというか二次元的な作風として解釈すべきシングルなのかもしれない。正直、これヘタしたらアルバムよりも挑戦的で良いんじゃない?ってくらいの完成度で、楽曲面では前作よりも「やりたいこと」がハッキリと明確化しているように感じたし、それは俄然ソリッドになったプロダクションの向上とともに、魅力的なユニゾンは元より各魔メンのソロボーカルが聴きやすくなった事もあって、もはや歌モノとして十分に聴けるクオリティになってる。とにかく、この数ヶ月で全ての面がアップデイトされてなお且つ進化しているのが目に見えてわかるのが凄いし、やっぱ今のネクロ魔ってアイドル界は元より、メタル界の中でもかなり異質で面白い存在だと再確認させられた。というわけで、今日から俺はネクロ魔彩族だ!

ちなみに、このシングル『DAWNSLAYER』をCDで買う場合、「SLAYER ver.」「DAWN ver.」の二種に別れていて、収録内容も違うので注意が必要。前者の「SLAYER ver.」には4曲目に”ABHOTH”が、後者の「DAWN ver.」には4曲目に”celephaïs”が収録されている。でもBandcampで買えば全5曲入りでCDよりも安く手に入るので断然そっちがオススメ。なお、今回はハイレゾ仕様ではないので注意。

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NECRONOMIDOL 『DEATHLESS』

Artist NECRONOMIDOL
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Album 『DEATHLESS』
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Tracklist

01. END OF DAYS
02. 4.7L
03. SKULLS IN THE STARS
04. KERES THANATOIO
05. CHUNGKING REDLINE
06. HEXENNACHT
07. NEPENTHE
08. ITHAQUA

おいら、BABYMETALの存在をはじめ、それこそVampilliaBiSがコラボした『the divine move』”mirror mirror”ツジコノリコをフィーチャーした”Endless Summer”を聴いた時に、今の時代、色んなアイドルがおっても許される時代なわけだし、それならAlcestDeafheavenみたいな「ポストブラック」やるアイドルおっても面白いよなって、ふと考えたことがあって、でも流石にポストブラックをベースにしたアイドルはおらんやろぉ...と思ったらおった。それが東京を中心に活動する「暗黒系アイドル」こと、その名もNECRONOMIDOL(ネクロノマイドル)だ。

略称ネクロ魔ことネクロノマイドルは、ピッツバーグ生まれのマネージャー、リッキー・ウィルソンが募集したオーディションにより2014年に結成された、オリジナルメンバーの柿崎李咲と白塗りペイントの瑳里を中心とした五人組の暗黒系アイドルだ。昨年の1月に1stアルバムの『NEMESIS』をリリースし、新体制となって約一年ぶりにリリースされた2ndアルバム『DEATHLESS』は、「死の淵から這い上がる DEATHLESS」を怨みつらみ文句に異世界の入り口へと誘う。



一度再生すると、一曲目の”END OF DAYS”からド肝抜かれる。「人を呪わば穴二つ」を合言葉に、地獄門の扉が開き始める邪悪なトレモロ・リフから、日本語と英語を交えた中島みゆきばりに『闇』の深いダークな世界観を司る、メンバー自らが手がけた歌詞を歌う初期BiSを彷彿させるエモみのあるボーカル/ユニゾンを、疾走感溢れるソリッドなリフと粗暴なブラストに乗せてブルータルに展開し、そして来たる3:21秒以降、それこそDeafheaven顔負けのPost-系のクリーンパートに突入した瞬間、僕は「holy fack...」と声を漏らした。この、いわゆる「静と動」のメリハリを効かせた急転直下型の緩急は「ポストブラック」の常套手段であり、それこそポストブラ界のレジェンドことAlcestの「教え」を理解し、それを守り通している。

その「暗黒系アイドル」を称するに相応しいブラックな幕開けから、一転して#2”4.7L”ではシンセや打ち込みを主体としたピコピコ系の典型的な地下アイドルソングを聴かせ、続くシアトリカルでポップなメロディをフィーチャーしたアップテンポな#3”SKULLS IN THE STARS”、今度はX JAPAN顔負けのツインリードを聴かせるV系歌謡ロックナンバーの#4”KERES THANATOIO”や80年代のダークウェーブを彷彿させる”CHUNGKING REDLINE”、そしてアニメ『地獄少女』のOPテーマに打ってつけな、日本の怪談あるいは童謡のノリで北欧の「ヴァルプルギスの夜」をテーマに歌う”HEXENNACHT”ネクロ魔の全てを凝縮したドラマティックなラストの”ITHAQUA”まで、初期BiSあるいは黄金期BiSの地下という意味でのアングラ感とブラック・メタルならではのアングラ感が引かれ合った、いい意味でB級感溢れるチープなサウンドがクセになる。正直、今の新生BiSよりもネクロ魔のがBiSっぽさあります。

今作の楽曲はそれぞれ外部ライターによるものだが、その曲調は幅広くどれも個性があり、V系ロックから打ち込み系のポップなアイドルソングから稲川淳二もビックリの怪談ソングまで、アレンジも実に多彩でバラエティ豊かに仕上がっている。ボーカル面では、5人それぞれ声質に特徴があって区別しやすくて、それ故にユニゾンパートがより効果的に魅力的かつ心地よく聴ける。そして、通常のアイドルではお目にかかれない、『死』や『ギリシャ神話』をモチーフにした深みのある歌詞はメンバー自身が手がけており、これはもうUlverThe Assassination of Julius Caesarと双璧をなす今年マストのブラック・メタルアルバムと言っても過言じゃあない。確かに、ブラック・メタルを謳いながら実際にブラック・メタルっぽいのって一曲目だけやんと思うかもだが、逆にこれくらいの方がちょうどいいのかもしれない。ちなみに、僕の推しは、今年加入したばかりの月城ひまりちゃんですw

ちょっと面白いというか、こいつら侮れないと思ったのは、今作の音源をBandcampで買うとflacが24bitのハイレゾ仕様になってて、その音質面を含めて音に対する「こだわり」を見れば、いかにネクロノマイドルが「ガチ」な暗黒系アイドルやってるのかが分かるはずだ。是非ともVampilliaあたりとコラボした作品を期待したいし、自分もこれに触発されてシューゲイザーブラック系アイドルグループ立ち上げたくなったので、今ここでメンバーを募集します。応募条件は18歳から25歳までの可愛いGIRLでお願いします。

DEATHLESS ※初回限定SANGUIS盤
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Alcest 『Kodama』

Artist Alcest
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Album 『Kodama』
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Traclist

01. Kodama
02. Eclosion
03. Je Suis D'ailleurs
04. Untouched
05. Oiseaux De Proie
06. Onyx

先日、長編アニメーション作品への現役復帰宣言をした宮﨑駿の何が凄いって、国内外のアニメーター/クリエイターへの影響は元より、その「アニメ」という枠組み、垣根を超えて今や多岐の分野にわたって根強く影響を与え続けている所で、最近ではブリット・マーリング主演のNetflixオリジナルドラマ『The OA』の役作りにも『もののけ姫』の影響があったり、そして何そ隠そう、某NPBの加藤◯三氏のご厚意により、「Alcest」の正式名称が「アルセ」あらため「アルセスト」あらため「アルセ」あらため「ンアルセストゥ」に統一された、そのンアルセストゥの首謀者でありフランスの貴公子ンネージュゥも、宮﨑駿の最高傑作である『もののけ姫』をはじめ、80年代や90年代の日本のTVアニメシリーズやビデオゲームなどの日本のサブカルチャーからインスピレーションを受けたと語るほど日本贔屓な人で知られている。それらを含めて宮﨑駿作品の「影響力」というのは、歴代ジブリ作品の売上をブチ抜いた君の名は。新海誠監督にはない言わば「オリジナリティ」であり、そこがパヤオと誠の大きな差であり違いでもあった。

この「アルセ」あらため「アルセスト」あらため「アルセ」あらため「ンアルセストゥ」といえば、今から約10年前にリリースされた1stフルアルバム『Souvenirs d'un autre monde』で衝撃的なデビューを飾り、2010年にはその歴史的名盤と対になる2ndアルバムÉcailles de Luneを発表し、いわゆる【Post-Black/Blackgaze】の先駆者および元祖としてその名を世界中に轟かせる。しかし、その二年後に3rdアルバムの『Les voyages de l'âme』をドロップしたンネージュゥは、ポストブラック・メタルの『可能性』とその『未来』に対して一抹の不安と迷いを感じ始める。転機となったのは、他ならぬ新世代のポストブラック・メタルシーンを担うDEAFHEAVENの台頭で、彼らはピッチフォークをはじめインディ系の音楽メディアから祭り上げられる事となる2ndアルバムのサンベイザーを世に放ち、ンアルセストゥンネージュゥが見失いかけていたポストブラック・メタルの全く新しい形、すなわちポストブラック・メタルの『未来』をシーンに提示し、ンネージュゥが独りでに長年思いを馳せていたピッチフォーク・メディアへの強い『憧憬』『夢』、その想いをンアルセストゥの正統後継者であるデフヘヴンが受け継ぐ展開、それこそまさに世代交代の瞬間じゃあないが、ポストブラック・メタルの元祖および教祖のンネージュゥが叶えられなかった『夢』『ユメ』を次世代のデフヘヴンへと委ねていく、この一連の流れは、いま思い出すだけでも胸が熱くなるような出来事として記憶に残っている。

あの歴史を動かしたサンベイザーに触発されたのか、ンネージュゥの心の奥底(インサイド)に隠された秘密の扉が徐々に外側(アウトサイド)へと開かれていき、もはやポストブラック・メタルの先駆者および元祖としての立場から解放されたンネージュゥは、長年の自らの『夢』を叶えんと、2014年に4thアルバムとなるシェルターを発表する。まず一つめの『夢』は、アイスランドのレジェンドことシガーロスへの強い憧憬で、ビョークやシガロ作品でお馴染みのエンジニアBirgir Jón Birgisson「ヨンシー親衛隊」ことストリングスカルテットのAmiinaを迎えて、アイスランドのSundlaugin Studioで録音、そしてマスタリングには世界的な売れっ子エンジニアテッド・ジェンセンが所属するSterling Soundにて行われ、まるでフランスの片田舎出身の陰キャの陽キャの都会人に対するコンプレックスが暴発したかのような、これ以上ない万全の録音体制で挑まれている。そして2つめの『夢』は、他ならぬシューゲイザー界のレジェンドSlowdiveへの憧憬で、デフヘヴン『サンベイザー』に「ポストブラック界のレジェンド」として迎え入れられたンネージュゥは、今度は自身の作品に「シューゲイザー界のレジェンド」としてSlowdiveニール・ハルステッドを迎えてみせた。だけあって、その音世界もアイスランドの大自然と純白の雪景色を太陽のように眩い光が照らし出すかの如し、それこそ2013年にツアーを共にしたUKのANATHEMAが組織する黄金界隈」の仲間入りを果たすべく、その言うなれば黄金期のジャンプ漫画」ばりに前向きな「勇気」と「希望」に溢れた神々しい世界観を繰り広げ、まさに「日本人向け」と釘打てるほどの音楽だった。 

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このドラゴンボール顔負けの「元気玉」のような「太陽」すなわち「サン」が次作への伏線だったのかなんて知る由もないが、前作のシェルターから約二年ぶりとなる5thアルバム『Kodama』は、日本人イラストレーターの山本タカト氏の作品にインスパイヤされた、日本のエログロ大好きなフランスの二人組グラフィックデザイナーFørtifemが手がけた、『もののけ姫』のヒロインサンをモデルにしたアートワーク、そして「Spirit of the Tree」を意味する「コダマ(木霊)」を冠したそのタイトルが示すとおり、二度(三度目)の来日公演と圓能寺でのスペシャルなアコースティックライブを経験し、科学的技術が発達した日本社会ならびにクレイジーなオタク文化を目にして「日本人は時代の先を行ってるよ」と海外の反応シリーズばりに衝撃を受け、しかし文明が発達した現代社会の中にも日本人の「伝統」や「自然」、そして日本人の「美徳(おもてなしの心)」と「精神性」が共存している、それこそ『もののけ姫』の主題の一つである「神秘主義と合理主義の対立」すなわち「テクノロジーが発達した現代社会」と「そこに住む原始的かつ土着的な人々」と対比(コントラスト)に感銘を受けたと語る、そんなンネージュゥの創作イマジネーションが爆発した、過去最高にスピリチュアルな「ギミック」とコンセプティブな「ワード」が込められた、言い換えればこれはもう「キングオブ・ビッグ・イン・ジャパン」アルバムだ。

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『Kodama』の音楽的な方向性とサウンドプロダクションならびにアイデンティを象徴するキートラックとなる表題曲の”Kodama”は、まず何が驚いたって、兄弟分のLes Discretsを彷彿とさせる慟哭不可避なイントロに次いで、ボーカルの裏でなるバッキングのガリガリしたダーティなギターリフを耳にした時に、UKの女性デュオ2:54”Revolving”が脳裏に過ぎり、そこから更に遡ってThe Cureをはじめとした80年代のポストパンク/ニューウェーブ、そして90年代のオルタナ/グランジからの影響を伺わせるサウンド・アプローチを聞いて僕は→「なるどほ・・・そう来たか!」と、「アイスランドから離れて今度はUKに来ちゃったか!」と呟いた。その90年代のオルタナ然とした渇いたギターと過去最高に強靭なリズムを刻むドラム、そして北風小僧の寒太郎ばりに素朴な『和』を表現した、それこそ『もののけ姫』の豊かな森林に住む精霊コダマの合唱が大森林に反響するかのような神秘的なメロディや、まるで「シシ神様」の如しKathrine Shepardの聖なるコーラスをフィーチャーしながら、それらの80年代~90年代の音楽をルーツとする幅広い音楽的素養と「ええいああ 君からもらい泣き」と俄然民謡的なメロディを奏でるンネージュゥの歌とお馴染みのシューゲイズ要素をダイナミックかつプログレスに交錯させていく、それこそ『もののけ姫』のサントラとして聴けちゃう崇高かつ壮大な世界観と極上のサウンドスケープを展開していく。これまでのどのアルバムとも違う全く新しいンアルセストゥ、それこそシン・ンアルセストゥの幕開けを宣言するかのような一曲であり、この曲のアウトロまで徹底して「オルタナ」の意識を貫き通しているのは、今作のサウンド面のキーワードが「オルタナティブ」であることを暗に示唆しているからだ。

いわゆる「静と動」のコントラストを活かした、要するに往年のンアルセストゥ-スタイルへと回帰した”Kodama”に次ぐ2曲目の”Eclosion”は、「UKの相対性理論」ことEsben and the Witchを彷彿とさせる幻想的なメロディをフィーチャーしながら、徐々にギアチェンしていきブラストで粗暴に疾走するエモーショナルな展開を見せてからの、そしてもう何年も聴くことがなかったンネージュゥ「世界一エモーショナルな金切り声」が聞こえてきて、僕は泣きながら・・・

「ン゛ア゛ル゛セ゛ス゛ト゛ゥ゛ウ゛ウ゛ッ゛ッ゛!!」 

ン゛
イ゛ズッ゛ッ゛ッ゛」 

「ヴァ゛ア゛ア゛ア゛ッ゛ッ゛ッ゛ク゛ク゛ッ
!!」 

・・・と、ンネージュゥに負けじと絶叫した。

そんなンネージュゥ自身も「トラディショナル・ソング」と語る3曲目の”Je Suis D'ailleurs”は、1stアルバム『Souvenirs d'un autre monde』や2ndアルバム『Écailles de Lune』を連想させる刹那的に歪んだリフとンネージュゥのスクリームでシンプルに展開し、特に終盤の目玉となる間奏のラブリーなメロディは、ンネージュゥの「メロディスト」としての才能が垣間見れる。「短めの曲尺的にもポップな雰囲気的にも前作のイメージがまだ残っている曲」とンネージュゥは語る4曲目の”Untouched”、実質的に最後の曲となる5曲目の”Oiseaux de Proie”は、再び90年代のオルタナを彷彿とさせるリフと1stアルバム的なシューゲ・サウンド、より神秘主義的で民族的なアプローチを効かせた曲で、そしてここでもドラムのブラストとンネージュゥのスクリームで「痛み」を撒き散らしながら、俄然ブラック・メタル然とした粗暴な展開を見せる。色んな意味で表題曲の”Kodama”と対になる曲と言える。その流れのまま、物語のエンディングを迎える6曲目の”Onyx”へと繋がる。

作品を重ねる毎に初期のブラック・メタル的な要素が徐々に削がれていき、遂には前作の『シェルター』では正式に「ポストブラックやめる宣言」がアナウンスされた。と思いきや、この『Kodama』で初期のポストブラックメタルへの原点回帰、つまり「ンアルセストゥ is Back」を高らかに宣言する。確かに、いわゆる「二次元」的なアニメっぽい世界観から、いわゆる「静と動」のコントラストを効かせたメリハリのある往年のスタイル、Blackgaze然としたノイジーでダークなギターリフとンネージュゥの金切り声、長尺主体の全6曲(実質5曲)トータル約40分弱など、そういったギミック面の部分では、イメージ的に一番近いのは2ndアルバムの『Écailles de Lune』と言えるかもしれない。確かに、その表面的なガワだけを見れば往年のAlcestに回帰したような印象を受けるが、しかし中身の部分その細部では著しい「変化」が巻き起こっていた。

彼らは、より「スペシャル」で「エクスペリメンタル」なアルバムを生み出すために、これまでのAlcestにはない実験的なアプローチをもって今作に挑んでいる。まずギタボのンネージュゥは、これまでの作品ではギター主導で作曲していたが、今回はこれまでとは全く違うやり方で、ボーカルのリズミカルな面を押し出した歌主導で曲作りすることを決めた。それに対して、ドラマーのWinterhalterは、一種の民族的なあるいはポストパンク的なドラムパターンを多く取り入れたと語る。その言葉どおり、これまでの作品と比べて最も大きな「変化」を感じるのは、他ならぬWinterhalterのドラムパートと言っても過言じゃあなくて、とにかくドラムの音がオーガニックな響き方で、シューゲイザーやら何やらの音楽ジャンルの固定概念に囚われない、一人のドラマーとしてそのポテンシャルを遺憾なく発揮し、一つの「ロックバンド」としてのグルーヴ感が『Kodama』のサウンド、その生命の樹を司る根幹部として絶対的な存在感を示している。特に、#2”Eclosion”や#3”Je Suis D'ailleurs”は、完全に彼の跳躍感溢れるグルーヴィなドラミングありきの曲と言っていいくらい。正直、こんなにロックなドラムドラムした彼は今まで見たことがなかったから単に新鮮だし、Alcestって「ンネージュゥのバンド」だけじゃなくて「Winterhalterのバンド」でもあるんだなって、今更そんな当たり前のことを気付かされた。

ギターについては、より多くのリフを演奏する「Alcestらしさ」と「静と動」のコントラストを意識的に取り入れ、そして更なるギターの可能性を模索した。今作でンネージュゥが使用したギターは、『Kodama』のインフルエンサーとして名が挙げられたマイブラをはじめ、Dinosaur Jr.Sonic Youthなどの90年代のオルタナ系バンドのギタリストが愛用しているフェンダー・ジャズマスターのシングル・コイルで、そのクリーンなギターサウンドとノイジーな極上の歪み得る代わりに時々トリッキーな過剰反応を見せる、そんな可愛らしいジャズマスの特性を最大限に活かすことで、ギタープレイの幅を無限に広げることに成功し、今作では「シューゲイザー・ギタリスト」としてのンネージュゥは元より、「オルタナティブ・ギタリスト」としてのンネージュゥの才能が開花している。その80年代のポストパンク/ニューウェーブ愛や90年代のオルタナ愛に溢れた、ンネージュゥのギタリストとしてのパフォーマンス力は、この『Kodama』のサウンドを著しく高める大きな要因として存在している。彼は、今作におけるギターのプロダクション/音作りまで徹底した「オルタナ」の再現を果たすと同時に、持ち前の「メロディスト」としての側面や作品の世界観およびコンセプトの面まで、そしてプレイヤーとしてのパフォーマンス面にも細部にまで「こだわり」が行き渡った職人気質に脱帽する。

ンネージュゥ
のボーカルについては、往年の金切り声から森のせせらぎのような環境ボイス、そして山霧のように曇りがかったATMS系ボイスまで、前作のように自分を制御することなく、一人の「ボーカリスト」としての可能性を見極めている。ンネージュゥは、ボーカリストとしてもギタリストとしても自らのリミッターを解除して、自らが持つポテンシャルを超える勢いで覚醒している。正直、リズム&グルーヴ重視のAlcestがここまでカッコよくハマるなんて素直に驚いたし、それくらい今作は二人のプレイヤーに視点をフォーカスした、過去最高にAlcestの生々しいオーガニックな「バンド・サウンド」が著しく表面化したアルバムと言える。

この『Kodama』は、映画『もののけ姫』のヒロインサンという『人間』として生まれながらも、犬神である『モロの君』に娘として育てられ、そして自然豊かな森林が我が家である、そんなある種の「自然界と人間界の間の子」的なサンのルーツを探る音旅でもあるかのような、それすなわちAlcestというバンド自らの音楽的ルーツを巡る音旅でもあったのだ。サンのように自然や大地、野生動物と共存し、ありのままの姿で、つまり文明の利器=テクノロジーが発達した現代社会にはない原始的かつ土着的な、より人間的な尊厳と郷土愛、自然愛、オルタナ愛、伝統愛、日本愛、様々な『愛』すなわち『LOVE』に溢れた作品で、その『もののけ姫』の最大のテーマである「人間と自然」の関わりと「神秘主義と合理主義の対立」 、そして今現在なお絶えることのない、ウイルスのように増殖し続ける「人と人の争い」、から起こる「人間の憎悪の増幅作用」による「憎しみの連鎖」と「報復の連鎖」、つまり今作の「静と動」の対比(コントラスト)は、Alcestらしさへの回帰を意味するだけのものではなく、『もののけ姫』のテーマである自然界の安らぎと人間界の醜い争いの対比など、その他様々な対立構造を表現しているようにしか思えなかった。このアルバムには、そんなヒトと動物と自然が争うことのない優しい世界への強い憧憬が込められている。

昨年公開された新海誠監督の『君の名は。』「今だからこそ売れた作品」だが、だからといって必ずしも「今観なきゃいけない映画」というわけではなかった。しかし、今から約20年前に公開された宮﨑駿『もののけ姫』「今だからこそ観なきゃいけない映画」だって、そう気付かされたような作品だった。最近は、外国人から日本の良さを聞くみたいな、その手のTV番組が増えているとよく耳にするが、この『Kodama』は、まさしく『YOUは何しに日本へ?』の取材クルーから真っ先にインタビューされるレベルの、それこそ「外国から見た日本」を知ることが出来る、それこそ教育勅語に記すべき、国歌よりも子供の頃から聴かせるべき、超絶怒涛の日本愛に溢れた極上のビッグ・イン・ジャパン作品だ。 

話を戻すと、その国独自の文化やサブカルチャーというのは一方的にゴリ押したり、ましてや自分からドヤ顔で「クールジャパン!」などと言っていいものでは決してなくて、それこそンネージュゥのように子供の頃から日本のTVアニメを見て、生活の一部として根付いている環境や大人になって実際に来日して感じた実体験から、その国の人や文化に実際に触れてみて、その邂逅と結果が今回の『Kodama』に純粋な形となって音として具現化することが真の「影響力」と言えるのではないか。僕自身このアルバムを通して、昨今国が推し進めている「クールジャパン」のゴリ押しに対する懐疑心が確信へと変わり、そしてその日本人自身の日本文化に対する勘違いに気付かされた一人だ。
 
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Deafheaven 『新しいバミューダ海峡』

Artist Deafheaven
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Album 『New Bermuda』
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Tracklist

01. Brought To The Water
02. Luna
03. Baby Blue
04. Come Back
05. Gifts For The Earth

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BUKKAKE ・・・おいら、あのサンベイザーが発表された時に一つだけやり残したことがあって、それというのも、「日本のAVのジャンルで世界的に有名なBUKKAKE、そのコンピレーション(総集編)のBGMに”ドリーム・ハウス”を編集して某XV◯DEOSにアップする」という謎の背徳行為で、というのも、あの『サンベイザー』というのは、AVで【BUKKAKEられる側】のAV女優の激情的な感情と【BUKKAKEる側】の汁男優の「イカなきゃ」という一種の使命感と刹那的な焦燥感が複雑に混ざり合い、白濁色の音の粒がラブシャワーとなって聴き手を白濁汁の渦に引きずり込むような、それこそ男なら一度は妄想し羨んだであろうBUKKAKE願望、その『男の夢』を擬似的に叶えてくれる歴史的名盤であり、男が射精に至るまでのメカニズムを音楽の世界で解き明かした、言うなれば一種の"セックス・ミュージック"でもあった。その『サンベイザー』がPitchforkをはじめ大手音楽メディアから高く評価された彼らDeafheavenは、俺たち"ファッションホモ"のアイドル(アイコン)として崇められ、その勢いで遂にはiPhoneの広告塔にまで成り上がることに成功した。しかし、その一方で全方位から「Pitchforkに魂を売ったホモバンド」と蔑まれるようになってしまった。

『新しいバミューダ海峡』 ・・・しかし、その傑作『サンベイザー』の翌年にリリースしたシングルの”From the Kettle Onto the Coil”で、彼らは面白い変化を遂げていた。基本的には『サンベイザー』路線を踏襲しながらも、キザミリフをはじめとしたポストメタリックな要素を垣間見せつつあって、その微量な"変化"は伏線として今作の『New Bermuda』に大きく反映されている。シングルのアートワークと油彩画タッチで描かれた新作のアートワークがそれを示唆していると言っても過言じゃなくて、まるで【BUKKAKEられる側】のAV女優の恍惚な表情の裏に潜むドス黒い漆黒の闇、あるいはAV男優吉村卓に顔面を舐め回された後に行方をくらましたレジェンドAV女優桃谷エリカの心の闇を暴き出すッ!そんな彼女が飛んだ『謎』を解き明かしたのが、この『新しいバミューダ海峡』だ・・・ッ!

繋ぎの意識 ・・・彼らD F H V Nが今作で遂げた進化は、一曲目の”Brought To The Water”から顕著だ。荒廃した教会の鐘が神妙に鳴り響く、まるでDIR EN GREY”Un deux”をフラッシュバックさせるエキセントリックな幕開けから、まるでBUKKAKEられるAV女優の白濁色に染まった顔の裏に潜む闇、あるいはバミューダ海峡に引きずり込まれる瞬間の焦燥感と絶望感が込められた、ドロドロにまとわり付くドゥーミーなヘヴィネスとともに、シングルと同じBPMでブラストを刻み始め、スラッシュ・メタル然としたソリッドなリフをはじめMogwai直系の美メロ、サンバイザー日和の燦々とした陽射し照りつける西海岸の風を運んでくるGソロ、後半からはポスト・ハードコア然としたキッズライクなリフを主体に、あの恍惚感に満ち溢れた『サンベイザー』とは一線を画したドス黒い世界観を繰り広げていく。もはや粒状(シューゲイザー)と言うより固形状(メタリック)のリフ回し、もはやポスト・メタルというよりスラッシュ・メタル特有のキザミをメインリフに曲を構築している事実にまず驚かされる。とにかく、中盤のブルージーなGソロからMogwai譲りの美メロパートへと移行する"繋ぎ"のセンスが俄然増してるし、『サンベイザー』では一つの曲として独立していた”Irresistible”を彷彿とさせるアウトロのピアノも、今作では一曲の中に組み込まれている。この曲で明らかなのは、基本的なスタイルは『サンベイザー』以降の流れにありながも、一方で『サンベイザー』とは一線を画した暗黒的で対極的な要素を内包している、ということ。

「イカなきゃ(使命感)」 ・・・そんな汁男優のはやるキモチを表したかのような、Mastodonブラン・デイラー顔負けのドラミングとメタリカばりのキザミリフで始まる二曲目の”Luna”は、まるで子供が「オモチャ カッテ...カッテクレナキャ...イヤア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛!!」と聖夜の夜に泣き叫ぶような、フロントマンジョージ・クラークによる『サンベイザー』譲りの通称ダダコネボイスを乗せて、随所にポスト・ハードコア的な要素を散りばめながらブラストで突っ走り、一旦フィニッシュしたと思ったら中盤から再びグラインドコア顔負けの破天荒な怒音を合図に、ドス黒い暗黒物質を周囲にBUKKAKEながら高速ピストン、終盤は徐々にBPMを落としてバンド・アンサンブルを活かしたポストメタリックな轟音を響かせる、という怒涛の展開を見せる。一曲目と同様に、この曲のポイントに"キザミ"ともう一つ”繋ぎ”の要素があって、この曲ではBPMの落差を最小限に抑えつつ、あくまでも段階的に激情パートから美メロパートへと"繋ぐ"意識、在りし日のマシンガン打線ばりに"繋ぐ"意識の高さを垣間見せる。例えるなら→あの『サンベイザー』が【急転直下型BPM】だとするなら、今作は【可変型BPM】というか、それこそのコントラストを効かせた油絵テイストのアートワークのような、もしくはアヘ顔デフヘヴン状態(動)からの賢者タイム(性)みたいな、とにかく【静()↔動(黒)】"繋ぎ"が自然体になったことで、より曲の世界観に入り込みやすくなった。

黄金のキザミ』 ・・・序盤の二曲とは一転して、ミニマルに揺らめくポストロッキンな美メロで始まる三曲目の”Baby Blue”は、持ち前のブラストは封印してBlackgaze然とした轟音とクライマックスへの伏線を忍ばせたエモーショナルなGソロで中盤を繋ぎ、そして今作のハイライトと言っても過言じゃあない、キザミ界の皇帝Toolが提唱する黄金比』で形成された黄金のキザミ』を継承するかのような、ある一定のBPMを保って刻まれる低速キザミリフをタメにタメてから、そしてBUKKAKEられたAV女優の恍惚な表情の裏に潜むドス黒い漆黒の狂気、あるいは吉村卓に顔面ベロチューされまくった桃谷エリカの心の叫びを代弁するかのようなジョージのスクリームと魑魅魍魎の如し悲痛に歪んだギターが今世紀最大のエモーションとなって聴き手に襲いかかり、その今にも胸が張り裂けそうな"存在の耐えられないエモさ"に、僕は「あゝ激情...あゝ激情...」という言葉とともに溢れだす涙を堪えることができなかった。これが、これがバミューダ海峡を超える人類最大の『謎』ッ!これが桃谷エリカが飛んだ真相ッ!これが桃谷エリカの漆黒の闇だッ!

 この”Baby Blue”には更に面白い伏線が仕込んであって、それというのは、終盤まで黄金のキザミ』のままフェードアウトさせてからCAのアナウンスを使ったSEがフェードインしてくるアウトロで、それこそ1stアルバムユダ王国への道の名曲”Violet”のイントロをはじめ、ex-Deafheavenニック・バセット君率いるWhirr桃尻女とシューゲイザーを連想させ、それはまるで高速道路から眺める街のネオンがホログラム状に映し出されるような、それこそトム・ハーディ主演の映画『オン・ザ・ハイウェイ』の世界観とリンクさせる、初期デッへ界隈のシューゲイザー然としたモノクロームでフェミニンなアンビエント空間を形成し、その懐かしい匂いを漂わせながら「あの頃のデフヘヴンが帰ってくる」をウリ文句に、ドラマの次回予告風に言うと→Episode#5「D F H V N is Come Back...」

「Come Back ・・・文字通りカムバック。あの『サンベイザー』のようなメジャー感は微塵も感じさせない、まさしくアンダーグランドな混沌と蠢く雰囲気をまとった、「グワアアアアアアアアアアアアアアアッ!!」っと地獄の底から血肉が湧き上がるようなBlackgaze然としたサウンドと初期を彷彿とさせるジョージの極悪ボイス、この時点で在りし日のD F H V Nにカムバックした事を各界隈に知らしめる。と同時に、この曲にも今作のキーワードの一つである”キザミ”が取り入れられていて、ここまで【メタリカ→マストドン→トゥール】という黄金リレーでバトンを繋いできたが、この流れで最後のアンカーに任されたのがエクストリーム・メタル界の帝王ゴジラだ。そのゴジラばりのデッヘボン史上最も”ヘヴィ”なキザミを最大の見せ場にしつつ、後半からは一転して初期デフヘヴンを彷彿とさせるアコースティックな音使いをもって、まるで真夜中の淫夢を彷徨うかの如しドリーミーな音世界を繰り広げ、その淫夢から朝目覚めてふと鏡を見たら吉村卓の姿になっていた。他にカムバックした所では、全5曲トータル約46分という潔さも1stアルバムをフラッシュバックさせる。しかし「安心してください、どの曲も10分近くある長尺ですよ」とばかり、無駄な贅肉を削ぎ落とした隙のない展開や構成は過去最高にシンプルながらも、音のスケール感を損なわないダイナミクスと音の説得力に溢れている。

「ファッ◯ンピッチ!」 ・・・その昔、デフヘヴンの中心人物であるケリージョージには親友がいた。その友の名はニック・バセット。元デフヘヴンでもある彼は、WhirrNothingを率いてデフヘヴン包囲網を指揮する先駆者だ。親友だった三人の友情に大きな亀裂が生じる事となったのが、他でもないあの『サンベイザー』だ。ニックはアンダーグランド・シーンで地道に音楽を楽しみたかった。しかしケリーとジョージにはメインストリーム・シーンに自分たちの音楽を認めさせる大きな野望があった。念願叶って、2ndアルバムの『サンベイザー』は大手音楽メディアPitchforkから高い評価を得ることに成功した。【Deafheaven>>>Whirr,Nothing】という現実を突きつけられたニックは「ファッ◯ンピッチ!」と罵った。こうなると三人の関係はもう修復不可能だ。『野望』を叶えた一方で、全方位から「Pitchforkに魂を売ったホモバンド」と蔑まれたデッヘボンは、ただ独り孤独を叫んでいた。そのデブヘブンがカムバックしたのだ。カムバックした彼らが”原点”に立ち返って導き出した答え、それが五曲目の”Gifts For The Earth”だ。この曲では、まだ三人の友情に亀裂が生じる前、ジョージとケリー、そしてニックが夢見た「もう一つの未来」を描き出すような、「もしニックがダボヘブンを脱退していなかったら」という"もしも"すなわちifの世界を実現させている。現在のWhirrNothingを連想させるオルタナティブの感性と初期デッヘのサウンドがクロスオーバーしたような、それこそジョージとケリーが旧友ニックに贈る、紛れもなく"カムバック"した今のデフヘヴンの姿だった。あの『サンベイザー』で、第一次ポストブラックブームの仕掛け人であるAlcestのネージュを引き連れて、「安心してください、ブチ上げますよ」とばかりPost-Black/Blackgazeとかいう"アンダーグラウンド"なジャンルを"メインストリーム"に引き上げるという『野望』、その使命を果たした彼らは、今度はこの『新しいバミューダ海峡』の中で仲違いした旧友ニックの想いを表舞台に引き上げている。最高にエモい、エモすぎる・・・。まるで深い絆で結ばれた三人が長い年月を経て運命の再開を果たしたみたいな...それこそ『栄光と挫折』の物語みたいな...なんだこの漫画みたいな展開...こんなん映画化決定ですやん。なんつーか、まるでメタル界の『デビルマン』、あるいはメタル界のダークヒーローってくらいかっこ良すぎる。・・・で、まるで聖夜を彩るピアノやタンブリンやマラカスを交えた、Alcest顔負けのアコースティックなエンディングでは、遊牧民と化した吉村卓と桃谷エリカが、ニックとネージュが、ケリーとジョージが手を取り合って、一面に広がるお花畑の中で恍惚な表情を浮かべながら仲睦まじくピクニックを楽しむ様子が描かれる。まるで気分は「生きてるって素晴らしい」。

【ピッチ度高>>>>>>>>>>>>>ピッチ度低
【メタリカ>>>マストドン>>>トゥール>>>ゴジラ

媚び ・・・あの『サンベイザー』が、子供の頃にあらゆる煩悩を経て初めて精通に至った時の"ファースト・インパクト"だとするなら、この『新しいバミューダ海峡』は大人になって初めて童貞を卒業した時の"セカンド・インパクト"と言える。あらためて、今作のポイントには”繋ぎ””キザミ”の2つの要素があって、まず前者の"繋ぎ"は静(白)から動(黒)へのコントラスト(対比)と【可変型BPM】による緩急の操り方が格段に向上したことで、より音のギャップやメリハリが鮮明となり、ドラマティックな展開力が体感的に増したように感じる。それと同時に、曲構成が過去最高に様式的というか、メタル耳にも馴染みやすいザックリとしたメリハリのある展開美とでも言うのか、しかしそれによって必然的にシューゲっぽさやオシャンティな感覚は薄れている。一方で後者の"キザミ"は、アンダーグラウンド・シーンで名を馳せたLudicraなどのブラック・メタルをはじめ、スラッシュ・メタル界のレジェンドメタリカ、新世代メタル界の雄マストドン、キザミ界の皇帝トゥール、そしてポスト・スラッシュ界の破壊神ゴジラ、それらのキザミ界の頂点に君臨するモンスターバンドに決して引けを取らない圧倒的なキザミ意識、それすなわちスラッシュ・メタルへの意識、全編に渡って繰り広げられる"キザミ"に対する意識、"キザミ"に対する『愛』が込められている。俄然面白いと思ったのは、一言でキザミと言っても同じキザミは一つもないところで、#1ではオールド・スクール・スラッシュ・メタル流のソリッドな"キザミ"、#2ではポスト・スラッシュ流の"キザミ"、#3では黄金比』で形成された黄金のキザミ』、#4ではエクストリーム・スラッシュ流の"キザミ"まで、その"キザミ"のバリエーションの豊富さは元より、とにかく一つ一つの"キザミ"に感動させられる。この"キザミ"に関する要素から重大な情報を得ることができる。デフヘヴンというバンドは決して普通のいわゆる"メタルバンド"ではない。しかし、今作の"キザミ""メタル"と称する他に例えようがなくて、このアルバム自体過去最高にヘヴィでメタラーにも十分アピールできる要素を持っている。しかし、いわゆる"メタル"に歩み寄るにしてもピッチフォーク贔屓のメタルとでも言うのか、つまりピッチフォークの機嫌を損なわない程度のメタルとはナニか?を、オタクならではの審美眼で見極めている。その答えはピッチ度が最も低いバンドでもメタリカフォロワーのゴジラって時点で察し。その"キザミ"主導の中、時おり顔を覗かせるポップなポスト・ハードコアリフが今作を華やかに彩る絶妙な調味料となっているのも事実。つまり、ピッチフォークへの"媚び"とメタラーへの"媚び"、そしてコアキッズへの"媚び"を絶妙なバランスで均衡させており、あの『サンベイザー』で一気にキッズ・ミュージックに振り切って、つまりメタラーを切ってキッズやピッチ厨を引き寄せてから、このタイミングで一気にメタル路線に手のひら返しする彼らの勇気と度胸、音楽的な柔軟性と器用さは、まるで「大事なのはソングライティング」だけじゃあないとばかり、現代の音楽シーンで生き残るために必要な知恵と地頭の良さ、そして彼らの"したたかさ"を証明している。まるであの『サンベイザー』の次にどこへ行けばいいのか?その落とし所を熟知していたかのよう。いわゆる「分かる人だけに分かればいい」の方向性へと進んだLiturgyとは裏腹に、この『新しいバミューダ海峡』で全方位にあからさまな"媚び"を振りまいたデッヘ、僕は考える間もなくデッへを支持する。あの『サンベイザー』で全方位からディスられて日和った結果、とは僕は微塵も思わない。むしろ「ディスれるもんならディスってみろや」感っつーか、あの『サンベイザー』を批判したピッチ以外の全方位のシーンに真っ向から喧嘩売ってます。

『桃谷エリカと吉村卓』 ・・・楽曲の曲順からして、”From the Kettle Onto the Coil”『サンベイザー』『Roads to Judah』『桃尻女とシューゲイザー』へと、現在から過去へと徐々にカムバックしながら、最後は旧友ニックの想いまで全てを引っ括めた全デフヘヴンのダークヒーロー物語だ。言わばメインストリームからアンダーグラウンドへの橋渡し的な、アンダーグラウンドからメインストリームへ自由に行き来できるくらい、今の彼らはバンドとして成熟した余裕が音から感じ取れる。ブラストを使ったBPMゴリ押しだけに頼らない、グルーヴ感のあるバンド・サウンドも今作の大きなポイントだ。もはや今のデフヘヴンはケリージョージのツーマンバンドではなく、ダニエルシヴ、そしてステファンを含めた五人組のD F H V N、そのバンドとしてのポテンシャルが開花した結果が本作だ。一言で「いいとこ取り」と言ったら矮小化して聞こえるかもしれないが、でもそれ以外他にシックリくる表現が見当たらないからこれはもうしょうがない。初期のアングラ性と『サンベイザー』で確立したメジャー感溢れるメロディセンスとファッショナブルに垢抜けた展開力、アキバ系ギタリストケリー・マッコイのソングライターとしての才能は元より、『本物のオタク』すなわちクリエイターとしてのバランス感覚、そしてバンドのプロデュース能力に感服すること請け合いだ。あらためて、どこまでも型破りなバンドだと思い知らされた次第で、前作であれだけハードルをブチ上げたにも関わらず、こんなディスる隙間のないアルバム聴かされちゃあもう何も言えねぇ。確かに、衝撃度という点では過去作に分があるかもしれないが、バンドの生い立ちから現在までの歴史と濃厚な人間ドラマに溢れた、「もうイケませェん!」と咽び泣きながら上からも下からも涙ちょちょぎれ不可避な名盤だ。これを聴き終えたあと、何故か僕は吉村卓に「ありがとう...桃谷エリカの笑顔をトリ(レ)モロしてくれてありがとう...」と心から感謝していた。これはもはや『桃尻女とシューゲイザー』ならぬ『桃谷エリカと吉村卓』の物語なのかもしれない。そんなわけで、最後はとっておきの謎かけでお別れ→

「AV女優とかけまして、バミューダ海峡と解きます
その心は、どちらも闇が深いです

お後がよろしいようでw
 
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