Welcome To My ”俺の感性”

音楽のレビューというか感想をてけとーに書き殴るブログです。

Shoegazer

Cigarettes After Sex 『Cigarettes After Sex』

Artist Cigarettes After Sex
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Album 『Cigarettes After Sex』
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Tracklist

01. K.
02. Each Time You Fall In Love
03. Sunsetz
04. Apocalypse
05. Flash
06. Sweet
07. Opera House
08. Truly
09. John Wayne
10. Young & Dumb

今年の5月、22年ぶりに奇跡の復活作を発表したシューゲイザー界のレジェンドことSlowdive。そのSlowdiveが90年代以降の音楽シーンに与えた影響は計り知れず、2014年作の『シェルター』ニール・ハルステッドとコラボしたAlcestネージュもその内の一人だが、このブルックリンにもスロウダイヴからの影響を隠しきれない「スロウダイバー」が存在するのをご存知だろうか。2012年に発表されたデビューEP『I.』が瞬く間に話題を呼ぶやいなや、収録曲のNothing's Gonna Hurt You BabyがYoutubeで4000万再生を記録し(現在は6200万)、そして今年の5月には初来日公演を果たした、【テキサス出身】と【ブルックリンを拠点に活動している】こと以外全てが謎に包まれたバンドが今世界中から注目を浴びている。その名もCigarettes After...



『SEX』



よく「SEXの後のタバコは格別にウマい」って話を聞くけれど、しかし俺たち「童貞」には一生理解できないその謎の価値観と疑問に、音楽という名の疑似SEXを通じて「童貞」にも理解できるようにレクチャーしてくれるのが、このもはや「究極の童貞煽り」みたいなバンド名を冠した、フロントマンのグレッグ・ゴンザレス率いるCigarettes After Sexだ。実は彼ら、2011年にも同じようなセルフタイトルを冠したフルアルバムをリリースしているが、今はその存在自体が完全になかったことになっている。この度、再びセルフタイトルのアルバムを出したということは、これが彼らの本当の姿だという二度目の正直的な意味が込められているのかもしれない。

このCigarettes After Sex(セックスの後のタバコ)「Sex=セックス」に対して、いわゆる主にベッドの上で行われる「Sex=セックス」を想像した奴は間違いなくほぼ100パーセント「童貞」だ。何故なら、ここでのこの場合のこのバンドでの「Sex=セックス」は、パスポートなどでお馴染みの「性別」という意味で使われる「Sex」を表現していて、それはバンドの中心人物であるグレッグ・ゴンザレス「性別」の垣根を超えた女性的かつ官能的な歌声を聴けば分かるように、つまり彼らの奏でる音楽には「Sex」≒「Gender」すなわち「ジェンダーフリー」の精神が宿っており、そのグレッグのセンチメンタルなウジウジ気分にさせる内向的な歌声をはじめ、女々しくて女々しくて辛すぎるメロマンティックな歌詞世界、スロウダイヴ直径のシューゲイザー/ドリーム・ポップ然としたアトモスフィア/フィードバック・ギターが奏でる魅惑のリフレイン、そしてスロウコアならではのミニマルなサウンド・スケープならぬドリーム・スケープを、Cigarettes=煙草のケムリのようにモクモクと展開していく。あのスロウダイヴを「天上の音楽」と表現するなら、このCigarettes After Sexはまさに映画『コーヒー&シガレッツ』のような雰囲気映画ならぬ雰囲気音楽、すなわち「ベッドルームの音楽」だ。


彼らは、幕開けを飾る一曲目の”K.”からこの世のものとは思えない官能的な「Slowsex」を披露する。それこそスロウダイヴ”Altogether”を彷彿させる、儚さちょちょ切れるようなイントロのリフレインから「スロウダイヴ愛」に満ち溢れたスロウナンバーで、今のLGBT時代を象徴するようなジェンダーレスかつフェミニンなグレッグの歌声とギターの「Slowsex」の如しメロゥなリフレインとアコギが織りなす、セクシャルでハラスメントな、ムーディでアダルティな世界観をミニマルに描き出していく様は、もはやSlowdiveではなく「Slowsex」と呼称すべき音楽だ。昭和の歌謡曲やテレサ・テンばりに哀愁よろしゅうなキーボードのメロディと可愛げのあるグレッグの甘味な歌をフィーチャーした#2”Each Time You Fall In Love”、再びギターのメランコリックかつミニマルなリフレインをフィーチャーした#3”Sunsetz”と#4”Apocalypse”、トリップホップ感を醸し出す#5”Flash”、タイトルどおり甘いSexのようなメロディに溺れる#6”Sweet”、白昼夢を彷徨うかのようなリヴァーヴィなアトモスフィアが広がる#7”Opera House”、アメリカの映画俳優ジョン・ウェインの名を冠した今作のハイライトSexを飾る#9”John Wayne”、リア充過ぎる歌詞に耳を塞ぎたくなること請け合いなラストの#10”Young & Dumb”まで、もはや「儚くも甘味なグレッグの歌声とコク旨なギターのリフレインがあればそれでいい」みたいな、それこそ22年ぶりに本家のスロウダイヴがセルフタイトル作で奇跡の復活を宣言したこのタイミングで、その約一ヶ月後に最高のスロウダイバーが最高のSEXミュージックを最初から最後まで一貫して繰り広げるセルフタイトル作で最高のアルバムデビューを飾るという神展開。これ聴き終えたら「童貞卒業」したも同然です。それくらい、「いま最も童貞にオヌヌメしたい最高のSEXミュージック」だ。

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Alcest 『Kodama』

Artist Alcest
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Album 『Kodama』
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Traclist

01. Kodama
02. Eclosion
03. Je Suis D'ailleurs
04. Untouched
05. Oiseaux De Proie
06. Onyx

先日、長編アニメーション作品への現役復帰宣言をした宮﨑駿の何が凄いって、国内外のアニメーター/クリエイターへの影響は元より、その「アニメ」という枠組み、垣根を超えて今や多岐の分野にわたって根強く影響を与え続けている所で、最近ではブリット・マーリング主演のNetflixオリジナルドラマ『The OA』の役作りにも『もののけ姫』の影響があったり、そして何そ隠そう、某NPBの加藤◯三氏のご厚意により、「Alcest」の正式名称が「アルセ」あらため「アルセスト」あらため「アルセ」あらため「ンアルセストゥ」に統一された、そのンアルセストゥの首謀者でありフランスの貴公子ンネージュゥも、宮﨑駿の最高傑作である『もののけ姫』をはじめ、80年代や90年代の日本のTVアニメシリーズやビデオゲームなどの日本のサブカルチャーからインスピレーションを受けたと語るほど日本贔屓な人で知られている。それらを含めて宮﨑駿作品の「影響力」というのは、歴代ジブリ作品の売上をブチ抜いた君の名は。新海誠監督にはない言わば「オリジナリティ」であり、そこがパヤオと誠の大きな差であり違いでもあった。

この「アルセ」あらため「アルセスト」あらため「アルセ」あらため「ンアルセストゥ」といえば、今から約10年前にリリースされた1stフルアルバム『Souvenirs d'un autre monde』で衝撃的なデビューを飾り、2010年にはその歴史的名盤と対になる2ndアルバムÉcailles de Luneを発表し、いわゆる【Post-Black/Blackgaze】の先駆者および元祖としてその名を世界中に轟かせる。しかし、その二年後に3rdアルバムの『Les voyages de l'âme』をドロップしたンネージュゥは、ポストブラック・メタルの『可能性』とその『未来』に対して一抹の不安と迷いを感じ始める。転機となったのは、他ならぬ新世代のポストブラック・メタルシーンを担うDEAFHEAVENの台頭で、彼らはピッチフォークをはじめインディ系の音楽メディアから祭り上げられる事となる2ndアルバムのサンベイザーを世に放ち、ンアルセストゥンネージュゥが見失いかけていたポストブラック・メタルの全く新しい形、すなわちポストブラック・メタルの『未来』をシーンに提示し、ンネージュゥが独りでに長年思いを馳せていたピッチフォーク・メディアへの強い『憧憬』『夢』、その想いをンアルセストゥの正統後継者であるデフヘヴンが受け継ぐ展開、それこそまさに世代交代の瞬間じゃあないが、ポストブラック・メタルの元祖および教祖のンネージュゥが叶えられなかった『夢』『ユメ』を次世代のデフヘヴンへと委ねていく、この一連の流れは、いま思い出すだけでも胸が熱くなるような出来事として記憶に残っている。

あの歴史を動かしたサンベイザーに触発されたのか、ンネージュゥの心の奥底(インサイド)に隠された秘密の扉が徐々に外側(アウトサイド)へと開かれていき、もはやポストブラック・メタルの先駆者および元祖としての立場から解放されたンネージュゥは、長年の自らの『夢』を叶えんと、2014年に4thアルバムとなるシェルターを発表する。まず一つめの『夢』は、アイスランドのレジェンドことシガーロスへの強い憧憬で、ビョークやシガロ作品でお馴染みのエンジニアBirgir Jón Birgisson「ヨンシー親衛隊」ことストリングスカルテットのAmiinaを迎えて、アイスランドのSundlaugin Studioで録音、そしてマスタリングには世界的な売れっ子エンジニアテッド・ジェンセンが所属するSterling Soundにて行われ、まるでフランスの片田舎出身の陰キャの陽キャの都会人に対するコンプレックスが暴発したかのような、これ以上ない万全の録音体制で挑まれている。そして2つめの『夢』は、他ならぬシューゲイザー界のレジェンドSlowdiveへの憧憬で、デフヘヴン『サンベイザー』に「ポストブラック界のレジェンド」として迎え入れられたンネージュゥは、今度は自身の作品に「シューゲイザー界のレジェンド」としてSlowdiveニール・ハルステッドを迎えてみせた。だけあって、その音世界もアイスランドの大自然と純白の雪景色を太陽のように眩い光が照らし出すかの如し、それこそ2013年にツアーを共にしたUKのANATHEMAが組織する黄金界隈」の仲間入りを果たすべく、その言うなれば黄金期のジャンプ漫画」ばりに前向きな「勇気」と「希望」に溢れた神々しい世界観を繰り広げ、まさに「日本人向け」と釘打てるほどの音楽だった。 

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このドラゴンボール顔負けの「元気玉」のような「太陽」すなわち「サン」が次作への伏線だったのかなんて知る由もないが、前作のシェルターから約二年ぶりとなる5thアルバム『Kodama』は、日本人イラストレーターの山本タカト氏の作品にインスパイヤされた、日本のエログロ大好きなフランスの二人組グラフィックデザイナーFørtifemが手がけた、『もののけ姫』のヒロインサンをモデルにしたアートワーク、そして「Spirit of the Tree」を意味する「コダマ(木霊)」を冠したそのタイトルが示すとおり、二度(三度目)の来日公演と圓能寺でのスペシャルなアコースティックライブを経験し、科学的技術が発達した日本社会ならびにクレイジーなオタク文化を目にして「日本人は時代の先を行ってるよ」と海外の反応シリーズばりに衝撃を受け、しかし文明が発達した現代社会の中にも日本人の「伝統」や「自然」、そして日本人の「美徳(おもてなしの心)」と「精神性」が共存している、それこそ『もののけ姫』の主題の一つである「神秘主義と合理主義の対立」すなわち「テクノロジーが発達した現代社会」と「そこに住む原始的かつ土着的な人々」と対比(コントラスト)に感銘を受けたと語る、そんなンネージュゥの創作イマジネーションが爆発した、過去最高にスピリチュアルな「ギミック」とコンセプティブな「ワード」が込められた、言い換えればこれはもう「キングオブ・ビッグ・イン・ジャパン」アルバムだ。

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『Kodama』の音楽的な方向性とサウンドプロダクションならびにアイデンティを象徴するキートラックとなる表題曲の”Kodama”は、まず何が驚いたって、兄弟分のLes Discretsを彷彿とさせる慟哭不可避なイントロに次いで、ボーカルの裏でなるバッキングのガリガリしたダーティなギターリフを耳にした時に、UKの女性デュオ2:54”Revolving”が脳裏に過ぎり、そこから更に遡ってThe Cureをはじめとした80年代のポストパンク/ニューウェーブ、そして90年代のオルタナ/グランジからの影響を伺わせるサウンド・アプローチを聞いて僕は→「なるどほ・・・そう来たか!」と、「アイスランドから離れて今度はUKに来ちゃったか!」と呟いた。その90年代のオルタナ然とした渇いたギターと過去最高に強靭なリズムを刻むドラム、そして北風小僧の寒太郎ばりに素朴な『和』を表現した、それこそ『もののけ姫』の豊かな森林に住む精霊コダマの合唱が大森林に反響するかのような神秘的なメロディや、まるで「シシ神様」の如しKathrine Shepardの聖なるコーラスをフィーチャーしながら、それらの80年代~90年代の音楽をルーツとする幅広い音楽的素養と「ええいああ 君からもらい泣き」と俄然民謡的なメロディを奏でるンネージュゥの歌とお馴染みのシューゲイズ要素をダイナミックかつプログレスに交錯させていく、それこそ『もののけ姫』のサントラとして聴けちゃう崇高かつ壮大な世界観と極上のサウンドスケープを展開していく。これまでのどのアルバムとも違う全く新しいンアルセストゥ、それこそシン・ンアルセストゥの幕開けを宣言するかのような一曲であり、この曲のアウトロまで徹底して「オルタナ」の意識を貫き通しているのは、今作のサウンド面のキーワードが「オルタナティブ」であることを暗に示唆しているからだ。

いわゆる「静と動」のコントラストを活かした、要するに往年のンアルセストゥ-スタイルへと回帰した”Kodama”に次ぐ2曲目の”Eclosion”は、「UKの相対性理論」ことEsben and the Witchを彷彿とさせる幻想的なメロディをフィーチャーしながら、徐々にギアチェンしていきブラストで粗暴に疾走するエモーショナルな展開を見せてからの、そしてもう何年も聴くことがなかったンネージュゥ「世界一エモーショナルな金切り声」が聞こえてきて、僕は泣きながら・・・

「ン゛ア゛ル゛セ゛ス゛ト゛ゥ゛ウ゛ウ゛ッ゛ッ゛!!」 

ン゛
イ゛ズッ゛ッ゛ッ゛」 

「ヴァ゛ア゛ア゛ア゛ッ゛ッ゛ッ゛ク゛ク゛ッ
!!」 

・・・と、ンネージュゥに負けじと絶叫した。

そんなンネージュゥ自身も「トラディショナル・ソング」と語る3曲目の”Je Suis D'ailleurs”は、1stアルバム『Souvenirs d'un autre monde』や2ndアルバム『Écailles de Lune』を連想させる刹那的に歪んだリフとンネージュゥのスクリームでシンプルに展開し、特に終盤の目玉となる間奏のラブリーなメロディは、ンネージュゥの「メロディスト」としての才能が垣間見れる。「短めの曲尺的にもポップな雰囲気的にも前作のイメージがまだ残っている曲」とンネージュゥは語る4曲目の”Untouched”、実質的に最後の曲となる5曲目の”Oiseaux de Proie”は、再び90年代のオルタナを彷彿とさせるリフと1stアルバム的なシューゲ・サウンド、より神秘主義的で民族的なアプローチを効かせた曲で、そしてここでもドラムのブラストとンネージュゥのスクリームで「痛み」を撒き散らしながら、俄然ブラック・メタル然とした粗暴な展開を見せる。色んな意味で表題曲の”Kodama”と対になる曲と言える。その流れのまま、物語のエンディングを迎える6曲目の”Onyx”へと繋がる。

作品を重ねる毎に初期のブラック・メタル的な要素が徐々に削がれていき、遂には前作の『シェルター』では正式に「ポストブラックやめる宣言」がアナウンスされた。と思いきや、この『Kodama』で初期のポストブラックメタルへの原点回帰、つまり「ンアルセストゥ is Back」を高らかに宣言する。確かに、いわゆる「二次元」的なアニメっぽい世界観から、いわゆる「静と動」のコントラストを効かせたメリハリのある往年のスタイル、Blackgaze然としたノイジーでダークなギターリフとンネージュゥの金切り声、長尺主体の全6曲(実質5曲)トータル約40分弱など、そういったギミック面の部分では、イメージ的に一番近いのは2ndアルバムの『Écailles de Lune』と言えるかもしれない。確かに、その表面的なガワだけを見れば往年のAlcestに回帰したような印象を受けるが、しかし中身の部分その細部では著しい「変化」が巻き起こっていた。

彼らは、より「スペシャル」で「エクスペリメンタル」なアルバムを生み出すために、これまでのAlcestにはない実験的なアプローチをもって今作に挑んでいる。まずギタボのンネージュゥは、これまでの作品ではギター主導で作曲していたが、今回はこれまでとは全く違うやり方で、ボーカルのリズミカルな面を押し出した歌主導で曲作りすることを決めた。それに対して、ドラマーのWinterhalterは、一種の民族的なあるいはポストパンク的なドラムパターンを多く取り入れたと語る。その言葉どおり、これまでの作品と比べて最も大きな「変化」を感じるのは、他ならぬWinterhalterのドラムパートと言っても過言じゃあなくて、とにかくドラムの音がオーガニックな響き方で、シューゲイザーやら何やらの音楽ジャンルの固定概念に囚われない、一人のドラマーとしてそのポテンシャルを遺憾なく発揮し、一つの「ロックバンド」としてのグルーヴ感が『Kodama』のサウンド、その生命の樹を司る根幹部として絶対的な存在感を示している。特に、#2”Eclosion”や#3”Je Suis D'ailleurs”は、完全に彼の跳躍感溢れるグルーヴィなドラミングありきの曲と言っていいくらい。正直、こんなにロックなドラムドラムした彼は今まで見たことがなかったから単に新鮮だし、Alcestって「ンネージュゥのバンド」だけじゃなくて「Winterhalterのバンド」でもあるんだなって、今更そんな当たり前のことを気付かされた。

ギターについては、より多くのリフを演奏する「Alcestらしさ」と「静と動」のコントラストを意識的に取り入れ、そして更なるギターの可能性を模索した。今作でンネージュゥが使用したギターは、『Kodama』のインフルエンサーとして名が挙げられたマイブラをはじめ、Dinosaur Jr.Sonic Youthなどの90年代のオルタナ系バンドのギタリストが愛用しているフェンダー・ジャズマスターのシングル・コイルで、そのクリーンなギターサウンドとノイジーな極上の歪み得る代わりに時々トリッキーな過剰反応を見せる、そんな可愛らしいジャズマスの特性を最大限に活かすことで、ギタープレイの幅を無限に広げることに成功し、今作では「シューゲイザー・ギタリスト」としてのンネージュゥは元より、「オルタナティブ・ギタリスト」としてのンネージュゥの才能が開花している。その80年代のポストパンク/ニューウェーブ愛や90年代のオルタナ愛に溢れた、ンネージュゥのギタリストとしてのパフォーマンス力は、この『Kodama』のサウンドを著しく高める大きな要因として存在している。彼は、今作におけるギターのプロダクション/音作りまで徹底した「オルタナ」の再現を果たすと同時に、持ち前の「メロディスト」としての側面や作品の世界観およびコンセプトの面まで、そしてプレイヤーとしてのパフォーマンス面にも細部にまで「こだわり」が行き渡った職人気質に脱帽する。

ンネージュゥ
のボーカルについては、往年の金切り声から森のせせらぎのような環境ボイス、そして山霧のように曇りがかったATMS系ボイスまで、前作のように自分を制御することなく、一人の「ボーカリスト」としての可能性を見極めている。ンネージュゥは、ボーカリストとしてもギタリストとしても自らのリミッターを解除して、自らが持つポテンシャルを超える勢いで覚醒している。正直、リズム&グルーヴ重視のAlcestがここまでカッコよくハマるなんて素直に驚いたし、それくらい今作は二人のプレイヤーに視点をフォーカスした、過去最高にAlcestの生々しいオーガニックな「バンド・サウンド」が著しく表面化したアルバムと言える。

この『Kodama』は、映画『もののけ姫』のヒロインサンという『人間』として生まれながらも、犬神である『モロの君』に娘として育てられ、そして自然豊かな森林が我が家である、そんなある種の「自然界と人間界の間の子」的なサンのルーツを探る音旅でもあるかのような、それすなわちAlcestというバンド自らの音楽的ルーツを巡る音旅でもあったのだ。サンのように自然や大地、野生動物と共存し、ありのままの姿で、つまり文明の利器=テクノロジーが発達した現代社会にはない原始的かつ土着的な、より人間的な尊厳と郷土愛、自然愛、オルタナ愛、伝統愛、日本愛、様々な『愛』すなわち『LOVE』に溢れた作品で、その『もののけ姫』の最大のテーマである「人間と自然」の関わりと「神秘主義と合理主義の対立」 、そして今現在なお絶えることのない、ウイルスのように増殖し続ける「人と人の争い」、から起こる「人間の憎悪の増幅作用」による「憎しみの連鎖」と「報復の連鎖」、つまり今作の「静と動」の対比(コントラスト)は、Alcestらしさへの回帰を意味するだけのものではなく、『もののけ姫』のテーマである自然界の安らぎと人間界の醜い争いの対比など、その他様々な対立構造を表現しているようにしか思えなかった。このアルバムには、そんなヒトと動物と自然が争うことのない優しい世界への強い憧憬が込められている。

昨年公開された新海誠監督の『君の名は。』「今だからこそ売れた作品」だが、だからといって必ずしも「今観なきゃいけない映画」というわけではなかった。しかし、今から約20年前に公開された宮﨑駿『もののけ姫』「今だからこそ観なきゃいけない映画」だって、そう気付かされたような作品だった。最近は、外国人から日本の良さを聞くみたいな、その手のTV番組が増えているとよく耳にするが、この『Kodama』は、まさしく『YOUは何しに日本へ?』の取材クルーから真っ先にインタビューされるレベルの、それこそ「外国から見た日本」を知ることが出来る、それこそ教育勅語に記すべき、国歌よりも子供の頃から聴かせるべき、超絶怒涛の日本愛に溢れた極上のビッグ・イン・ジャパン作品だ。 

話を戻すと、その国独自の文化やサブカルチャーというのは一方的にゴリ押したり、ましてや自分からドヤ顔で「クールジャパン!」などと言っていいものでは決してなくて、それこそンネージュゥのように子供の頃から日本のTVアニメを見て、生活の一部として根付いている環境や大人になって実際に来日して感じた実体験から、その国の人や文化に実際に触れてみて、その邂逅と結果が今回の『Kodama』に純粋な形となって音として具現化することが真の「影響力」と言えるのではないか。僕自身このアルバムを通して、昨今国が推し進めている「クールジャパン」のゴリ押しに対する懐疑心が確信へと変わり、そしてその日本人自身の日本文化に対する勘違いに気付かされた一人だ。
 
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Enslaved 『In Times』

Artist Enslaved
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Mixing Jens Bogren
Jens Bogren

Album 『In Times』
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Tracklist
02. Building With Fire
03. One Thousand Years Of Rain
04. Nauthir Bleeding
05. In Times
06. Daylight

イェンス童貞 ・・・今や”イェンス童貞”じゃないバンドの方が少ないんじゃあないかってくらい、メタル界屈指の売れっ子エンジニアとなったイェンス・ボグレン。あのOpethでもなんでも、イェンスと組んだバンドは一作目のアルバムが名作になるみたいな風潮があって、この北欧ノルウェイの森に棲むクマおじさんこと、Enslavedもイェンスを迎えた2010年作の11thアルバムAxioma Ethica Odiniで、名実ともにOpethMastodonを代表とする一流プログレ・メタル勢の仲間入りを果たした。2012年作の12thアルバムRIITIIRでは、前作から鮮明化したプログレ路線が著しく進むと同時に、Alcest以降のモダンなポストブラック勢からの影響も垣間見せ始め、ケモナーみたいなムッサいムッサい見た目のイメージとは裏腹に、メチャクチャ器用な音楽センスを見せつけていた。で、次はどうでるか?まさか本当にシューゲイザーやっちゃうか?なんつって。まぁ、それは冗談として→そんなEnslavedは約三年ぶり、イェンスと組んでから早くも三作目となる13thアルバム『In Times』をリリースした。

クルゾ...クルゾ...コネー('A`) ・・・結果的に、先ほどの予想は良くも悪くも真っ向から裏切られる形となった。結論から言ってしまえば、この『In Times』はここ最近の近代プログレ・メタル路線から一転して、10アルバム『Vertebrae』以前の不気味さと混沌さ蠢くノルウェイジャン・ブラック、要するに本来のEnslavedの姿へと回帰している。その”違い”は幕開けを飾る#1”Thurisaz Dreaming”から顕著で、Axioma Ethica Odini流れのヴァイキンガーの血が騒ぎ出す勇壮な勢いはそのままに、鍵盤奏者エルブラン・ラーセンによる気だるく幽玄なクリーン・ボイスを披露する中盤、そして本来この展開なら最後に大サビが来るはずなのに何事もなく曲が終わる。なんつーか→「大サビ来るぞ...大サビ来るぞ...コネー('A`)」みたいな、なんだろう、『男の世界』で例えるならフィニッシュする直前に嬢に「はい時間でーす☆」と言われた時の感覚っつーのかな、ある種の”寸止めプレイ”を食らった感覚に陥る。この時点で分かるのは、ここ二作のウリだった急転直下型の緩急を織り交ぜたド派手な展開力は比較的影を潜め、一転して下手にコネクリ回さないシンプルな構成かつ無骨に展開していくイメージが先行すること。それと同時に、ここ最近のプログレ化によって生じた音の軽さや民族的世界観の希薄さなどの弊害から脱し、従来のブラックメタル然としたドス黒い『漆黒の意志』が音に宿り、雄々しくも深みのあるコンセプティブな世界観を形成している。少なくとも、最近のプログレ路線を期待すると肩透かしを食らうのは確か。

シブみ ・・・近年Enslavedの功労者であり鍵盤奏者エルブラン・ラーセンが主役を務める#2”Building With Fire”では、過去二作でもはや”歌モノ”と呼んでいいくらい叙情的なメロディ重視だった彼のクリーンボイスは、今作では一転して浮遊感重視の幽玄なクリーンボイスを披露している。前作、前々作みたく存在感が浮くぐらいガッツリメロディを歌い上げるというわけじゃなくて、以前と同じような立ち位置/スタイルであくまでもコーラス役に徹している点も、過去二作との大きな”違い”と言える。あくまでも無駄を削ぎ落としたスタイリッシュでオーガニックなノルウェー流のブラックメタルを目指した、そんな彼らの明確な意思が感じ取れる。確かに、一聴した時のインパクトでは最近の二作に劣る。しかしシブい、とにかく”シブみ”は過去最高にあって、どこの誰にも媚びないベテランらしい一枚でもある。全6曲トータル約53分という潔さも、本作の”シブみ”に拍車をかけている。いくら過去二作とは毛色が”違う”とは言っても、#4”Nauthir Bleeding”では初期Alcest顔負けの遊牧民的で民謡チックなムードをアピるし、#6”Daylight”では暗転パート以降のガチでポストロック/シューゲイザーやっちゃう、ノルウェイの森のクマさんという名の五人の天使が織りなす繊細な美メロフレーズと、北欧神話の雷神トールが地上に降り立ったかの如し五人のケモナーが大地を轟かすメタリックなヘヴィネスとのギャップ萌えに男泣き不可避だ。一聴して今作が”スルメ盤”であることが分かるが、随所で過去二作で培ったモダンな要素を本来の姿に統合させる事に成功しており、つまり持ち前のライティング能力、その器用さは一層に磨きがかっている。そして、何と言っても表題曲の”In Times”は、民族楽器を使ったイントロのポロ~ン♪からスケール感溢れる展開力と幽玄の極みとばかりの深淵な世界観、これまで溜めに溜め込んだエモーショナルな感情をここぞとばかりに爆発するさせるエルブランのボーカルまで、ここ最近のEnslavedが築き上げてきた玄人スタイルの一つの終着点と言っても過言じゃあない名曲だ。とにかく、序盤は”寸止めプレイ”みたいな楽曲が続いてなかなかイケない(フィニッシュできない)状態に陥るが、しかし男の色気が出てくる4曲目以降、特に表題曲とラストの存在感を前にすれば全てを許してしまう。それくらいインパクトある。

・・・しかし何度も書くけど、今作は過去二作のプログレ路線が好きな人向けというより、それこそブラックメタル...それ以前に”メタル”が好きな人に強くオススメしたい。一抹の不安だったイェンスと組んで三作目というジンクス/マンネリ感は心配するに至らなくて、もはや彼らの集大成と呼んじゃっていいレベルの力作だと。やっぱその辺の器用なバランス感覚はベテランならではの業だと思うし、改めてなんやかんやスゲーおっさん達だと。
 
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Pinkshinyultrablast 『Everything Else Matters』

Artist Pinkshinyultrablast
Pinkshinyultrablast

Album 『Everything Else Matters』
Everything Else Matters

Tracklist
01. Wish We Were
02. Holy Forest
03. Glitter
04. Metamorphosis
05. Umi
06. Land's End
07. Ravestar Supreme
08. Marigold
09. Glitchy Kiss Goodnight
10. Sparkle Outburst
11. Marshmallow Ghost

Pinkshinyultrablast ・・・2009年にEP『Happy Songs for Happy Zombies』でデビューを飾った、紅一点のVoリュボーフィ率いるロシアはサンクトペテルブルク出身の5人組、Pinkshinyultrablast(ピンクシャイニーウルトラブラスト)の1stフルアルバム『Everything Else Matters』が、初期WhirrNothingに真っ向からケンカ売りにキテる件。



・・・まるでJulianna Barwick顔負けの賛美歌の如し聖なる歌声が天から舞い降りてくるかのような、すこぶる神聖な幕開けを飾る#1”Wish We Were”から、シアトリカルなシンセやスタイリッシュなエレクトロを織り込みながら、マイブラに代表される90年代シューゲイザーの流れを汲んだ紅一点ボーカリストリュボーフィによる透明感溢れるゆるふわ系の歌声とロシアとかいう極寒の地に降り注ぐ雪の結晶のように煌めくエピカルなメロディとノイジーな轟音が雪崩のように襲いかかり、そのバンド・サウンド然とした衝動的な勢いにノッて甘酸っぱい疾走感と焦燥感を内包したエモーショナルなビートを刻んでいく。その「LOVE!LOVE!Lovelessズッキュン!」なユラメキ☆トキメキ☆キラメキ☆は、まさしくWhirrの名盤『桃尻女とシューゲイザー』に追従する勢いだ。マスロック的ミニマルなリフ回しで始まる#2”Holy Forest”は、オリエンタルなシンセ・ポップ風のメロディやノイジーなギター、そしてクラップをフューチャーしながらアップテンポに展開していき、クライマックスでは美しすぎる轟音の渦に飲み込まれ、気がつくと「パダーチャ!ミャ~~~チ!」とかいう意味不明な言葉を叫びながら恋のSOS信号を発信している。で、ハードコアなリフの反復によるラウド感とライブ感が気持ちいい#3”Glitter”、まるでスウェーデンのPostiljonenを彷彿とさせるドリーム・ポップ・チューンの#4”Metamorphosis”、リヴァーヴを効かせたドリーミーなイントロから青々とした海のように澄み切ったメロディとリュボーフィのポップなボーカル・メロディが織りなすラブモーションにズキュウウウン!!とハート射抜かれる日本語タイトル曲の#5”Umi”、イタリアのKlimt 1918を彷彿とさせるオルタナティブなメロディやマスロック然としたリフ回し、そして予測不可能かつ劇的な展開を繰り広げる#6”Land's End”、約9分ある本編ラストの#8”Marigold”のクライマックスでは、それこそAlcest”Délivrance”に匹敵する謎の神々しさ解き放ってて笑うし、もうなんかこいつらマジスゲーですとしか。で、Vinyl Junkieからリリースされた国内盤にはボートラが3曲追加で収録されてて、その中でも#9は敬愛する宮﨑駿に愛を込めて日本語に挑戦した曲らしく、『魔女の宅急便』の主題歌”やさしさに包まれたなら”の一節を引用しているが、正直なんとも言えない気分になった。他の二曲は本格的にエレクトロ色の濃い打ち込み曲となっている。これは次作でシューゲイザーやめるフラグか・・・?

シューゲイザー×?? ・・・なんというか、一見ありがちなシューゲイザーかと思いきや、初期WhirrNothingを連想させるUSハードコア精神、スウェーデンの新星Postiljonenを彷彿とさせる80年代シンセ・ポップ/ドリーム・ポップや同郷のPowder! Go Awayを彷彿とさせるスーパー・シネマティック・ポストハードコア系ポストロック、後期WhirrRingo Deathstarrを連想させるノイズ・ポップ然としたkawaiiポップネスがクロスオーバーしたハイブリットなプーチン・サウンド、要するに"美味しいとこ取り"なオルタナやってて、それこそロシアにはない幻の海(Umi)という『夢』を描き出すようなサウンドスケープに胸キュン死不可避だ。時にダイナミック、時にドラマティック、そして時に初期赤い公園ばりのPost-Progressiveな展開力を目の当たりにすれば、このピンクシャイニーウルトラブラストが他のシューゲイザーバンドとは一線を画した存在だという事がわかるし、この手のジャンルにありがちな単調なイメージとは無縁だ。とにかく、そのメロディセンスが非凡で、懐かしのシンセ・ポップ的なメロディとシューゲイザー・サウンドの掛け合いはとてもユニークだし、聴いていて素直に楽しい。この"オルタナティブ"な音使いは、赤い公園津野米咲が好きそうなソレだし、【シューゲイザー×??】のハイブリットという意味では、日本のThe fin.きのこ帝国とやってることは同じかもしれない。



彼らのセルフライナーノーツによると、ステレオ・ラブやコクトー・ツインズ、ポニーテールやアストロブライトをはじめ、90年代のヒップホップやデスメタルからも影響されているとの事で、歌詞の大部分は映画『燃えよドラゴン』や『スネーキーモンキー 蛇拳』に影響を受けているらしく、実際にMVを見れば彼らのユニークな嗜好回路が理解できるハズだ。かなりの日本贔屓という事もあって、とにかくライブ観たさしかない。
 
EVERYTHING ELSE MATTERS
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2:54 『The Other I』

Artist 2:54
2:54

Album 『The Other I』
The Other I

Tracklist
1. Orion
3. In The Mirror
4. No Better Prize
5. Sleepwalker
6. Tender Shoots
7. The Monaco
8. Crest
9. Pyro
10. South
11. Glory Days
12. Raptor

2:54 ・・・この2:54というコレットとハンナのサーロー姉妹率いるロンドン出身のバンドも、黒盤あたりの赤い公園と親和性を見出だせるバンドの一つで、PJハーヴェイの作品でも知られるロブ・エリスをプロデューサーに迎え、ミックスにはマイブラを手掛けたアラン・モウルダーを起用し話題を呼んだ2012年のデビュー作でセルフタイトルの2:54では、ポストパンク/シューゲイザー/ゴシック/ドリームポップなど多数の要素を内包した、それこそUKバンド然とした幽玄かつ陰鬱な雰囲気を纏ったダークなオルタナやってて、個人的にその年のBESTに挙げるほどツボにハマった。そんな2:54の約二年ぶりとなる、イギリスのロマン派詩人の詩からインスパイアされたという2ndアルバム『The Other I』は、プロデューサーにレディオヘッドとの仕事でも知られるジェイムス・ラトリッジを迎えてパリとロンドンで制作され、レーベルはBella Unionからリリースされている。

インディロック化したANATHEMA ・・・これは"ナイトメアポップ"ことEsben and the Witchも同じなんだけど、それなりの良作を出した後に著名なプロデューサーを迎えてガラッと作風を変えてくる、そう・・・あのやり方です。この2:54にも全く同じことが起こっていて、それは幕開けを飾るリードトラックの#1"Orion"を聴けば分かるように、デビュー作みたいな荘厳な雰囲気やホラー映画ばりにオドロオドロしい空気感は希薄となって、言うなればThe Joy FormidableEsben and the Witchを連想させる、ポストロック然とした音のダイナミズム/スケール感とアンニュイでミニマルなメロディ主体のいわゆる"Post-系"に大きく振り切っていて、ザックリと例えるなら"インディロック化したANATHEMA"みたいになってる。まるでイギリスの空模様のように不安定かつ不吉に揺らめくエレクトロニカとピアノを使って音響意識を植え付ける二曲目の"Blindfold"では、フロントマンのコレットに"ボーカリスト"としての自覚が芽生えていることに気づく。で、前作を踏襲したデュリーミィでイーサリアルなムードの上にレディへ風の不穏なキーボード・アレンジが施された#3"In the Mirror"、続く#4"No Better Prize"では、後期Porcu pine Treeを思わせるプログレッシヴ・ヘヴィ的な音使いや後期ANATHEMAを彷彿とさせる耽美的なバッキングをもって俄然メタリックな展開力を発揮し、同時に「あっ...これ前作より好きなやつかも」ってなった。ストリングスをフューチャーした#5"Sleepwalker"では、CoL『Vertikal』を思わせるディストピア的なアレンジを効かせながら、終盤にサバス顔負けのドゥーミーなヘヴィネスをぶっ放す。で、ここからは少し雰囲気が違って、一転して"新機軸"とも取れる楽曲が続いていく。まずWarpaintS/Tで言うところの"Disco//Very"的な立ち位置にある、コレットの"ボーカリスト"としての自覚を再確認させるような聖歌さながらの神々しいボーカル曲の#6"Tender Shoots"、シューゲ然とした淡い空気感を醸し出すイントロの裏をかくようにカントリー調の陽気なノリ&リズムで展開する#7"The Monaco"、焦燥感あふれる不安定なビートを刻みながら疾走する#8"Crest"、一転して"らしさ"のある力強いリズムやヘヴィなリフと叙情的なメロディが妖しく交錯する#9"Pyro"、そして終盤のハイライトを飾る#10"South"は、それこそ赤い公園”副流煙”ANATHEMAWe're Here Because We're Here直系の美メロ成分(光属性)をズキュウウゥン!!と注入したような名曲で、赤い公園"副流煙"がタバコの煙ならこの"South"はマイナスイオンの蒸気といった所か。再びコレットのボーカリスト意識の高さが伺える#11"Glory Days"、そして和楽器を駆使した荘厳な始まりから"Post-Progressive"然としたスケールのある展開を見せるラストの#12"Raptor"まで、全12曲トータル約50分。前半の曲はプロデューサーの色が顕著に出ていて、あらためてこの手の音楽とレディへの相性はバツグンだと再認識させる。後半からはこれまでの2:54にはなかった、新機軸的なArt-Rock志向の強い音使いで聴かせる。

Post-系 ・・・確かに、デビュー作にあった"オリジナリティ"という点ではパンチに欠けるが、その艶美な音響を駆使した多彩なアレンジとリリカルで緻密な展開力に、それはまるで一種の"Post-Progressive"と言わんばかりの表現力に驚かされる。これはプロデューサーの影響だろうけど、いい意味で腐女子臭かった前作と比べてもアレンジが著しくオサレに洗練されていて、同時にさざ波のように打ち寄せられるザラザラしたシューゲイズ感や凛々しくも荘厳なゴス/ヘヴィロック感、そして男勝りのフェミニズム思想が弱体化する一方でポストロック譲りの繊細な表現力がマシマシ、独特の温かみやアンニュイな色気が音に宿っている。それはまるで鋼鉄の処女が女性としての柔らかさ温かさ、すなわち母性を身につけて非処女になったみたいな感覚、あるいは人気アイドルにスキャンダルが発覚してキモヲタを振り落とす感覚に近くて、その処女喪失する瞬間を捉えたいジャケのアヘ顔が今作の全てを物語っていると言っても決して過言じゃあない。もはや前作の2:54とは別人と言っていいくらいで、でも僕はこの"変化"が"ポップス"あるいは"メジャー"に日和ったとはこれっぽっちも思わなくて、妹のハンナによる不気味なコーラスを交えた妖艶な雰囲気や音の根幹にあるい狂気性は不変だし、なんというか中期ANATHEMA後期ANATHEMAの美味しいとこ取りみたいな感覚すら、むしろ"俺の界隈"に大きく歩み寄ってきた感すらあって、とにかく曲の展開や音に様々なアイデアが施されたバラエティ豊かな楽曲陣は、単純に聴いてて面白いし、そして何よりも楽しい。なんだろう、前作はポストパンク型の力強いビートを効かせた一種の"雰囲気音楽"として楽しんでいた部分もあったけど、逆に今作は一つ一つの音や楽曲として"聴かせる"意識が今までになく強い気がする。少なくとも、それぞれ全く違うベクトルで楽しめる良作である事は確かだ。

『The Other I』=『猛烈リトミック ・・・そんな鬼女系腐女子の脱801感に溢れている本作なんだけど、なんか俄然エスベンと魔女や俄然赤い公園っぽくなってるし、そして何よりも"イギリスのWarpaint"という名に恥じないバンドにまでなってる感ある。むしろ本家超えてんじゃねえかって。でも向こうは2ndアルバムのWarpaintでシガロ界隈のPを迎えてたりするし、なんだかんだ棲み分けはできている。しっかし、ウォーペイントといいこのトゥー・フィフティーフォーといい、俗にいう"二作目のジンクス"を地で行ってる感じでスゲー面白いね。その"二作目"といえば→立川にある"クリムゾン・キングの公園"こと赤い公園も2ndアルバム猛烈リトミックで文字どおり"J-Pop"になってるし、そういった意味でも赤い公園はUKミュージック的なナニヵを感じる。著名なプロデューサーを迎えて、い部分とい部分がクロスオーバーしているという点では、2:54『The Other I』赤い公園猛烈リトミックは限りなく近い、似た作品と言えるかもしれない。あとエスベンと魔女がアイスランドのマイルドヤンキーことSólstafirと対バンするってんなら、この2:54ANATHEMAと対バンする可能性があったって全然不思議じゃないし、むしろ日本のHostess2:54と一緒にANATHEMAを連れて来いってんだ。いや、連れてきてくださいお願いします。

Other I
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Two:Fifty-Four (2:54)
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