Welcome To My ”俺の感性”

音楽のレビューというか感想をてけとーに書き殴るブログです。

UK

℃-ute解散がショック過ぎるので更新停止します

Marika Hackman 『We Slept At Last』

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Tracklist
01. Drown
02. Before I Sleep
04. Open Wide
05. Skin
06. Claude’s Girl
08. In Words
09. Monday Afternoon
10. Undone, Undress
11. Next Year
12. Let Me In

UKのシンガー・ソングライター事情といえば・・・実はよく知らないんだが、とは言えイングランド南部はハンプシャー州出身のマリカ・ハックマンのデビュー・アルバム『We Slept At Last』が、寂れた郊外のバーで語り弾きする光景が脳裏に浮かびそうなくらいダーティなムード漂う激シブなインディ・フォークやってて、例えるならex-Trespassers WilliamLotte KestnerがUSのChelsea WolfeTrue Widow、あるいはUKの2:54みたいな暗黒面に堕ちたヤンデレ系フォーク・ミュージックやってて、とにかく一見ありがちなインディ・フォークかと思いきや、そこはUK出身ならではの”オルタナティブ”なアレンジ/メロディ・センスを垣間見せたりと、なんとも「イギリスらしいシンガー・ソングライター」としか他に形容しがたいSSWだ。
 

イントロから不協和音にも近い不穏な空気感をまといながら、気だるくも落ち着いた、しかしどこか色気のあるマリカの歌声とアコギのリフレインが、Kayo Dotばりの暗黒物質という名の多彩なアレンジとともに絶妙な距離感で調和し、素直に心地良く、しかしどこか深い闇がある音世界を構築するオープニング曲の”Drown”、いわゆるスティーヴン・ウィルソン界隈を彷彿とさせるArt-Rock然とした音使いと叙情的なストリングス・アレンジの絡みが完全にPost-系のソレな二曲目の”Before I Sleep”Trespassers Williamリスペクトな#3”Ophelia”、そしてもはや確信犯と言っていい四曲目の”Open Wide”では、一転してバンド・サウンドを主体に、USのWarpaint顔負けのダウナーなドリーム・ポップを繰り広げる。この序盤の流れを耳にすれば、彼女のシンガー・ソングライターとしての才能は元より、一人のマルチミュージシャンとしての才能にド肝を抜かれる事ウケアイで、それと同時に彼女が産み落とす音楽が”俺の感性”のド真ん中であるということが理解できる。それすなわち、Warpaint大好き芸人のスティーヴン・ウィルソンが一番のオキニにしそうなSSWである、ということ。



再びダーティなアコギを靡かせながら、ロンドン出身のSivuとかいう男性ボーカルとのデュエットを披露する#5”Skin”、70年代のフォーク・ソングのカバー曲と言われても疑わない#6”Claude’s Girl”、一転してDevin Townsend”Blackberry”ばりのカントリー調でノリよく展開する#7”Animal Fear”、哀愁漂うシンプルな#8”In Words”、遊牧民を誘き出すようなフルートや優美なストリングスを擁した民謡風の曲調からポスト-系の展開力を発揮する#9”Monday Afternoon”、そして後半のハイライトを飾る#10”Undone, Undress”は、そのタイトルどおり、まるで「UKの森田童子」と言わんばかりの、底すらない闇へとどこまでも堕ちていくような、ただそこに蠢くドス黒い狂気の中に彼女の底知れぬ『闇』を垣間見る。Opethミカエル・オーカーフェルトが悶絶しそうなメロトロンとフルートの音色が俄然サイケかつサイコに演出する#11”Next Year”、最後はアコギを片手にドチャシブな歌声を聴かせる。

なんだろう、一見至って普通のシンガー・ソングライターかと思いきや、全然普通じゃない、とにかく闇が深すぎるSSWだった。 ピアノやシンセ、メロトロンやオルガンをはじめ、民族楽器のサーランギーやディルルバまで難なく弾きこなす、それこそプログレ界隈もビックリのマルチな才能が遺憾なく発揮された傑作です。

もはや「UKのSusanne Sundfør」と呼んでも差し支えないレベルだし、もちろん我らがスティーヴン・ウィルソンをはじめ、少しベクトルは違うがUSのRhye、そして近年のUlverOpethなど、そして最終的にはビートルズという偉大な先人をルーツに浮かび上がらせる、そのメランコリーでサイコーパスな音楽性は、普段の日常生活の中に潜む『闇』に気づいたらスッと片足突っ込んじゃってた感すらある。

あとは単純にメロディが素晴らしいのと、何度も言うけど曲の展開が一々ポスト-系のソレでツボ過ぎる。正直、ここまでPost-Progressive系のアーティストとリンクするSSWは他に類を見ない。逆に「繋がり」が一切ない事の方がおかしいレベル。でも逆に「繋がり」がないからこそ「面白い」くもある。
 
We Slept At Last
We Slept At Last
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Marika Hackman
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SikTh 『Opacities』

Artist SikTh
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EP 『Opacities』
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Tracklist
01. Behind The Doors
02. Philistine Philosophies
03. Under The Weeping Moon
04. Tokyo Lights
05. Walking Shadows
06. Days Are Dreamed

復活 ・・・2001年にイギリスはワトフォードで結成された6人組のSikThは、2002年にEPの『How May I Help You?』で鮮烈なデビューを飾り、2003年には1stフルアルバム『The Trees Are Dead & Dried Out Wait for Something Wild』を発表、そして2006年に傑作と名高い『Death of a Dead Day』をリリースし、その破天荒で複雑怪奇な展開とラップ&ハイトーンのツインボーカルを駆使した、言うなればハチャメチャごった煮エクストリームおっぱいサウンドでリスナーのド肝を抜き、一瞬にしてその名をアンダーグラウンド・メタルシーンに轟かせた。しかし2008年に解散。今なお一部のフアンの中ではカルト的な、一種のレジェンド的なバンドとして崇拝されている。そんなドチャクソ変態クソ野郎が解散から約7年の時を経て、かのPeacevilleから奇跡の復活作となるミニアルバム『Opacities』を発表した。



音合せ ・・・幕開けを飾る#1”Behind The Doors”からして、Textures顔負けのグルーヴィなヘヴィネスを乗せてメタルコアっぽく始まり、ドレッドヘアをチャームポイントとするミキー・グッドマンのラップとバンドの中心人物であるジャスティン・ヒルによるエモいハイトーンボイスが奇妙奇天烈に絡み合い、転調を効かせた中盤以降の展開もSikThらしさに溢れている。次の#2”Philistine Philosphies”では、俄然USヌー・メタル的な縦ノリグルーヴを効かせたモダン・ヘヴィネスとミキーのアヴァンギャルドなラップ、そして今世紀最大のエモーションをブチかますジャスティンの超絶ハイトーン・ボイスに胸を打たれ、そして全盛期のSikThがカムバックしたような転調以降のテクデス然とした展開は、これは紛れもなくシクス、変わらないシクスの完全復活を宣言するかのよう。その後も、今作をリリースした直後に来日公演を行うほどの親日家ぶりを垣間見せる#4”Tokyo Lights”を織り込みながら、初期のマスコア的な要素とアトモスフィアを取り入れた#5”Walking Shadows”、バンドの新機軸を予感させるPost-的要素を取り入れた#6”Days Are Dreamed”まで、流石に復活前のメカニカル感やドが付くほどぶっ飛んだ変態度こそ薄いが、全盛期のシクスと比べると比較的素直というかマジメなグルーヴ・メタルやってて、でも中には新しい試みを垣間見せたりして、そう遠くない未来に出るであろうフルアルバムに俄然期待を持たせる、この全6曲トータル27分に凝縮された音から次作を無限大に妄想させるような一枚だ。というより、彼らにとってこのEPはあくまでも顔合わせ、すなわち音合せ(サウンドチェック)程度の実力に過ぎないのかもしれない。

元祖 ・・・解散から7年の間、この手の界隈には様々な変化が起きた。中でも筆頭なのはDjentの台頭で、シーンを代表するUSのペリフェリーやUKのテッセラクトをはじめ、この手のジャンルやテクデス界隈のバンドでシクスの影響を受けていないバンドなんてこの世に存在しないんじゃないかってくらい(その影響は日本のマキシマム・ザ・ホルモンにまで及ぶ)、スウェーデンのメシュガーとともにDjentの元祖であり、Djentの原型を作り出した偉大なバンドである。彼らが冬眠する間、ペリフェリーやテッセラクトがシーンを牽引し、共に3作目でこれまで"アンダーグラウンド"なジャンルだったジェントを"メインストリーム"にブチ上げることに成功した。もはやシクスが産み落とした子(後継者)が親から授かった使命を貫き通し、切磋琢磨し合いシーンの『未来』を切り拓いていく姿に、子が親という偉大な存在を超えていく姿に、僕はマシュー・マコノヒーばりに咽び泣いていた。

新世界の神 ・・・テッセラクトのフロントマンことダニエル君が『惑星ポラリス』の中で「俺がジェント界の夜神月だ」とシーンに宣言したこのタイミングで、夜神月の「新世界の神」となる『野望』を阻止するため、ニアとメロのツインボーカル率いるシクスは復活したんだ、という風に考察すると俄然この手の界隈が面白く見えてくるかもしれない。ともあれ、このEPは「フルいけるやん!」と確信させるような、文句のつけようがない復活作です。
 
Opacities
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Sikth
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TesseracT 『Polaris』

Artist TesseracT
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Album 『Polaris』
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Tracklist

01. Dystopia
02. Hexes
04. Tourniquet
05. Utopia
06. Phoenix
08. Cages
09. Seven Names
 
『十二支ん会議』
十二支ん会議

十二支ん会議 ・・・TesseracTKscopeの運命の引かれ合い、その伏線というのは過去にあって、それは当ブログの2013年度の年間BEST記事でも紹介したように、その年のイギリスの著名なプログレ専門雑誌『Prog Magazine』の年間BESTアルバムに、Kscopeの最高責任者兼CEOことスティーヴン・ウィルソン『The Raven That Refused To Sing』に次いで、TesseracTAltered Stateが二位に選出されたのだが、この時SWの号令によりKscopeおよびPost-Progressive界隈を取り仕切る幹部勢が緊急召集され、いわゆる現代プログレ界の『十二支ん会議』が秘密裏に執り行われた結果、満場一致でTesseracTKscope入りが『許可』された、そんな嘘のような本当の話がある(ネーよ)。

シックリ ・・・話は変わるけど→おいら、子供の頃から『MGS』ことメタルギアシリーズのフアンで、しかし新作が発売される度に「そういえばMGSってコナミのゲームなんだよな」みたいな、違和感というほどじゃあないけど妙なモヤモヤ感は無きにしもあらずで、とはいえ「コナミ以外から発売されるMGS」なんて想像もつかなかったし、なんだかんだ「MGSはコナミのゲーム」という認識は揺るぎなかったし、それについてこれ以上深く考えることはなかった。何を隠そう、このTesseracTCentury Mediaから華々しいデビューを飾り、これまで複数の作品を発表し続けていたのだけど、先ほどのコナミとMGSの関係性じゃあないが、やっぱり「妙な違和感」というのを感じていて、そして2ndアルバムAltered Stateを聴いた時にその違和感というのが自分の中で不快感に変わるくらい大きくなっていた。しかし、3作目となる『Polaris』Kscopeからリリースされると聞いた時は、驚きとともにこれまでの「妙な違和感」は完全に払拭され、なんだろう、パズルの最後のピースがハマった時のように物凄く「シックリ」きた。それはメタルギアシリーズの生みの親である小島秀夫監督がコナミを退社し、新しいプロジェクトをソニーの元で制作することを発表した時と全く同じで、どうだろう、思いのほか「シックリ」くるじゃあないか。

雇われ ・・・何も「シックリくる」のはそれだけじゃあない。おいら、過去の記事で「ジェントは雇われボーカルで、アルバムを出す度にボーカルが脱退するのがジェント界のオキテ」的な事を書いたような気がするのだけど、その伏線を回収するかのように、2012年に実質五代目ボーカリストとしてテッセラクトに加入したFF系イケメンデブことアッシュ・オハラ君が、いわゆる「音楽性の違い」を理由に2014年に脱退。その後任としてバンドに招き入れられた人物こそ、他でもないテッセラクトの三代目ボーカリストダニエル・トンプキンス君が奇跡的な復帰を果たしてる。ダニエルくんといえば、メタルシーンに衝撃を与えたデビュー作のEP『Concealing Fate』、その組曲で構成された1stフルアルバム『One』のボーカリストで知られ、しかし長年の夢だったボーカル講師に専念するため2011年に脱退、彼の脱退はジェントシーンに大きな衝撃を与え、これからジェントムーブメントを起こすぜ!って時に、始まる前から早くもジェントの終わりを告げたかのように見えた。しかし、テッセラクトはアッシュ君を迎えて2ndアルバムの『Altered State』を発表し、絶対的な存在だったダニエル君が不在でもやっていけることを証明した。そして彼らは、再びジェント界のアイドル「スパイス・ボーイズ」あるいは「ジェント界のワンダイレクション」としての地位を確立したのだった。



三年後 ・・・目出度くダニエル君がバンドに復帰したのは良いとして、じゃあ実際のところ、アッシュ君の持ち味である高域中心のパフォーマンスに焦点を合わせた、ドチャクソエピカルなサウンド・スケープを形成していた『Altered State』の楽曲を、果たしてダン君は歌いこなせるのか・・・?という疑問にぶち当たる。しかし「安心してください、歌えますよ」とばかり、ダン君が復帰して間もなくテッセラクトは初のライブ作品『Odyssey/Scala』を発表し、そのライブの中でダン君は2ndアルバムの曲を完璧に自分のモノにすると同時に、まるで某漫画の『二年後』ならぬ『三年後』にパワーアップして「帰ってきたダニエル・トンプキンス」を新旧のフアンに復帰報告がてら堂々披露している。こうしてライブ映像およびダン君のライブ・アレンジ能力の高さと圧倒的なナルシー系ボイス・パフォーマンスを観ても、伊達に三年間ボーカル講師として修行積んでこなかったなというか、やはりテッセラクトのボーカルにはダニエル君が歴代の中でも一番「シックリ」くる、その事を再確認させる。要するに、いくらFF系のイケメンでもデブにはテッセのボーカルは務まらない、というわけだ。

惑星ポラリス ・・・そんな流れがあって発表された、3rdアルバムの『Polaris』を一言で表すなら、やはりダニエルの復帰およびKscopeに移籍した影響はあまりにも大きかった、ということ。彼らは盟友ペリフェリーとは違った形で、テッセラクトなりにジェントとかいうアンダーグラウンドな新興ジャンルをメインストリームにブチ上げようとしている。まず幕開けを飾る#1の”Dystopia”からして、前作の”Of Matter – Proxy”のポストジェント路線を素直に踏襲した、まるで機械都市を形成するかの如し無機的かつ理知的な変拍子サウンドとダニエル君の多彩なボイス&コーラス・ワーク、そして1stアルバムを彷彿とさせるアンビエント感マシマシな神秘的なサウンド・スケープに、俺たちのテッセラクトが帰ってきたと歓喜するのもつかの間、アウトロのアンビエーションな音響空間を引き継いで始まり、まるで映画『インターステラー』のメインテーマである”Cornfield Chase”の主旋律に通じる、まるでガルガンチュアの中を独りで彷徨うマシュー・マコノヒーのように猛烈な孤独感に苛まれる、トリップ・ホップ/アンビエンスなアトモスフィアを全域に噴出する始まりから、ゲストに迎えられたマーティン・グレッチの憂愁な歌声をフューチャーした曲で、そのマーティンとダン君による無慈悲なハーモニーが織りなす「存在の耐えられないエモさ」に、まるで時空の歪みのように胸が締め付けられる#2”Hexes”、UKポストハードコアあるいはOGのKarnivoolを彷彿とさせるダン君の潤いのあるボーカル・メロディを中心に、彼らが完全に歌モノ化したことを証明するかのような#3”Survival”、そして本作のハイライトを飾る#4”Tourniquet”では、彼らがPost-Progressive化したことを裏付けるポストロック然としたミニマルなリフ、そしてCynicポール・マスヴィダルあるいはUKのガールズ・グループが偶に歌ってそうなフェミニズムをまとった、女性ボーカル顔負けの繊細で美しすぎるダニエル君のボイス&コーラスでアンビエント・ポップ的な静寂を奏でる始まりから、「I Promise You.」とかいう無垢で真っ直ぐなリリックとともに、『ポラリス』=「こぐま座で最も明るい恒星」であるという物理学的な事実に基づいた、地上の暗闇を切り拓き星空を突き抜け、そして地平線を超えて『北極星』として煌めき放つかのような、これまでの全てのディストピアから解放するダニエル君の超絶ハイトーン・ボイスへと繋がった瞬間、人類は「エモさ」の限界点を超える。

本棚の裏 ・・・オープニングから続いたディストピアの世界から開放された彼らテッセラクトは、それと対になる楽園都市”Utopia”に辿り着く。ダニエル君の歌い始めから「ジェント界のメイナード・ジェームス・キーナン」を襲名するこの曲は、Destiny Potato顔負けの軽快なリフやラップ調のボイス・パフォーマンスを垣間見せたりと、それこそToolSikthというテッセの”ルーツ”を音楽という名の宇宙空間の中で紡ぎだすかのような一曲だ。そして、ライブ作品の『Odyssey/Scala』でも垣間見せた、ダン君の超絶ファルセットボイスが不死鳥のように銀河を駆け巡る"6”Phoenix”、今作の中では最も異色ながら最も普遍的なジェントでもある#7”Messenger”、それはワームホールさながら、それはアンビエンスな音の粒子が降り注ぐガルガンチュアを彷徨うマシュー・マコノヒーさながらの#8”Cages”、ガルガンチュアの底すらない暗闇(本棚の裏)に堕ちたテッセラクト(四次元立方体)は、彼ら(五次元)の意思を三次元の人類に伝えるメッセンジャーとして、本棚の裏から2進数を用いて超絶epicッ!!な感情を爆発させる#9”Seven Names”、そのアウトロの余韻あるいはカタルシスは映画『インターステラー』を観終えた時、あるいは漫画『ジョジョ6部』を読み終えた時と全く同じものだった。

new_new_1280x720「やっぱ俺ら、お前がいないとダメだわ。復帰してくれないか?」

new_new_1280x720kkm「・・・いいけど、一つだけ条件がある」

new_new_1280x720「・・・条件って?」

new_new_1280x720kkm「お前ら今日から俺のバックバンドな?」

new_new_1280x720「えっ」

new_new_1280x720kkm「バックバンドな?」

new_new_1280x720「は、はい・・・」 

new_new_1280x720kkm「ククク...(計画通り)」 

したたかな関係 ・・・賛否は間違いなくある。そう言い切れるほど、もはやダニエル君がバンド復帰する条件として→「自分中心のバンドになれ」という要求を提示し、その条件にリーダーのアクルが屈した、そんなダニエル復帰の裏取引があったんじゃあないかと邪推してしまうほど、その光景が容易に浮かんでくるくらい「ダニエル推し」のアルバムとなっている。これまでは、ボーカルは人工知能ロボットのように感情を制御された一つの楽器、一つの音みたいな役割を担い、その音の一つ一つの緻密な作業の積み重ねによって、バンドのコンセプトでもあるテッセラクト(四次元超立方体)を構築していく音楽性が彼らの特徴で、その点では前作はバンドとアッシュ君のエモ・ボイスのバランスは理想的だったが、今作では「絶対的なフロントマン」すなわち「ジェント界の夜神月」になりたいダニエル君側の思惑と、テッセラクトがKscope入りしてPost-Progressive化したことを界隈の幹部に認めさせたいアクル率いるバンド側の利害が一致した形と言える。つまり、これまで音の根幹を担っていたバンド側が、今作ではダニエル君のボイスという名のリード楽器に逆に引っ張られる形となっている。なんつうか、この一種の「したたかな関係」というかビジネスライクな関係って、まさしく「ジェント界のDream Theater」と呼ぶに相応しいというか、皮肉だがその「したたかな関係」が明るみになった所が、今作一番の面白さに繋がっているのも事実。しっかし・・・いいね~この関係性、ゾクゾクしちゃう。

答え ・・・これまでのジェント然としたポリカルなリフ/グルーヴ主体というより、ハンス・ジマーが手がけた映画『インターステラー』のサントラあるいはPost-P界の元祖であるピンク・フロイドリスペクトなアンビエンス/プログラミングを筆頭に、まさしくポスト-系特有のリリカルな展開力だったり、ラップやファルセットを駆使したダニエル君の実に"オルタナティブ"なボイス・パフォーマンスだったり、そして唯一のゲストがジェント界隈からではなくオルタナ界隈からという人選的にも、確信的にPost-Progressive界隈の音に直結したオルタナ/アート・ロック風のアレンジを軸に楽曲を組み立てている。当然、ジェントの特性である「音で聴かせるジャンル」として考えると、その「音で聴かせる」イメージは皆無に等しいし、もはやこれまでのテッセラクトとは別バンドとして捉えることも決して不可能ではない。もはやジェントというより"ポスト系"のバンドという認識を持つべきかもしれない。なぜなら、今作をジェントとして聴くと過去作と比べて数段格落ちしてしまうからだ。今作は、あくまでもポスト系のサウンドを主体に、そにへ調味料としてジェント成分を小さじいっぱいまぶしている形で、だからPost-Djentという呼び方がこれ以上「シックリ」くるものはない。それこそ、Leprousみたいなボーカル主導のポストジェントとして聴けば俄然「シックリ」くるハズだ。しかし、「歌えるボーカリスト」がフロントマンにいると必然的にこうなってしまうのは、もはや仕方のないことなのかなというか、これがテッセラクトなりの「ジェントをメインストリームにブチ上げる」ことへの答えなんだって。作品を重ねる毎に、初期の普遍的なジェントとはかけ離れていくという意味では、前作からのポストジェント化が著しく進行した結果、という風に納得できなくもない。でもまさか、先行公開時は地味に聴こえた”Messenger”が今作で最もギョントしてるなんて思いもしなかった。

黄金の距離感 ・・・極端な話、今作に対する評価って、『傑作』か『駄作』の真っ二つに別れると思う。勿論、Century Media在籍時のテッセラクトと比べると→「音がスカスカじゃねーか」とか「バンドのインストクソじゃねーか」とか、復帰したダニエル君に対しては「ボーカル講師の技能検定試験かな?」とか「オメーはニコニコ動画のインターネットカラオケマンかよ」とか「自慰行為はSkyharborでやれ」とか「バンドを私物化するな」とか、皮肉交じりにディスる輩も少なくないだろう。事実、それくらいボーカルアゲ↑↑からのバンドサゲ↓↓が顕著に出た作品だ。しかし、「Kscope所属のテッセラクト」であると考えれば、今作における変化は全て想定内の出来事でしかなくて、勿論Kscopeに移ったことで「音がスカスカ」になるという懸念は現実のものとなったが、アルバムを聴きこんでいく中で実は「スカスカじゃなかった」という結論に辿り着いた。それというのも→過去最高のボイス・パフォーマンスを披露しているダニエル君とバンドの距離感、パッと見「スカスカ」に思えた音の空間や隙間を埋めるアンビエンス/音響の今作における役割と存在感を考えれば、これ以上の音を入れる余地や空間はゼロに等しかったと『理解』できる。要するに→「最小の音数であることが最大の音数である」と言わんばかり、そのバンドの音とボーカルの音と粒子の音という名の無数の小さな四次元立方体が点と点で繋がって一つの大きな『惑星ポラリス』を創造し、その音と音の距離感は他でもない黄金比』で描き出された距離感であり、これは「欠けた鉄球は楕円球になり、完璧な無限の回転ではなくなる」という『ジョジョ7部』の主人公ジャイロ・ツェペリの鉄球理論と同じで、これ以上音数が増えたり減ったりしたらその時点で完璧な四次元立方体は完成しない、それぐらい極限まで研ぎ澄まされたサウンド・スケープは、まさしく「音のワームホール」としか他に例えようがない。自分も初め聴いた時は「もしかして駄作なんじゃねーかこれ」って思った。けど、どうだろう、これが黄金比』の距離感で形成された黄金の音』だと、この音の重力方程式を解明することに成功した瞬間、『駄作』が『傑作』に化け、そして気づくと僕はマシュー・マコノヒーばりに咽び泣いていた。

選ばれし者 ・・・この重力方程式を解き明かした結果→『彼ら』=???『意思』本棚の裏という【テッセラクト=四次元立方体】を介して、三次元の現代人に伝えるMessengerとして五次元の『彼ら』「選ばれた」のがTesseracTだったんだ。まさにProgressiveに『進歩』した「プログレの未来」を象徴するかのような一枚であり、そして何よりも「やっぱテッセのボーカルはダニエル君がナンバーワン!」だと確信させた一枚でもあり、そして「シックリ」とは『納得』することでもあるんだと思い知らされた作品でもあった。ちなみに、国内盤はANATHEMA『Distant Satellites』でもお馴染みのワードレコーズからという事で、昨年ANATHEMAの来日公演を実現させたセーソクとも信頼関係のあるレーベルなんでワンチャン来日を期待したいし、欲を言うならこのテッセラクトと同じく新作のLove, Fear and the Time Machineでポスト界入りを果たしたRiversideとのカップリングで来日したらリアルにマシュー・マコノヒー以上に咽び泣く自信あります。だからセーソク頼む!
 
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CHVRCHES 『Every Open Eye』

Artist CHVRCHES
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Album 『Every Open Eye』
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Tracklist

01. Never Ending Circles
03. Keep You On My Side
04. Make Them Gold
06. High Enough To Carry You Over
08. Down Side Of Me
09. Playing Dead
10. Bury It
11. Afterglow
12. Get Away
13. Follow You
14. Bow Down
15. Leave A Trace (Four Tet remix)

「ローレン!ローレン!ローレン!ローレンぅぅうううわぁああああああああああああああああああああああん!!!あぁああああ…ああ…あっあっー!あぁああああああ!!!ローレンローレンローレンぅううぁわぁああああ!!!あぁクンカクンカ!クンカクンカ!スーハースーハー!スーハースーハー!いい匂いだなぁ…くんくんはぁっ!ローレン・メイベリーたんのブロンドの髪をクンカクンカしたいお!クンカクンカ!あぁあ!!間違えた!モフモフしたいお!モフモフ!モフモフ!髪髪モフモフ!カリカリモフモフ…きゅんきゅんきゅい!!MVのローレンたんかわいかったよぅ!!あぁぁああ…あああ…あっあぁああああ!!ふぁぁあああんんっ!!ピッチフォークに評価されて良かったねローレンたん!あぁあああああ!かわいい!ローレンたん!かわいい!あっああぁああ!セカンドアルバムも発売されて嬉し…いやぁああああああ!!!にゃああああああああん!!ぎゃああああああああ!!ぐあああああああああああ!!!セカンドアルバムなんて現実じゃない!!!!あ…三度目の来日もよく考えたら…ロ ー レ ン ち ゃ ん は 現実 じ ゃ な い?にゃあああああああああああああん!!うぁああああああああああ!!そんなぁああああああ!!いやぁぁぁあああああああああ!!はぁああああああん!!グラスゴーぁああああ!!この!ちきしょー!やめてやる!!現実なんかやめ…て…え!?見…てる?L-エル-のローレンちゃんが僕を見てる?表紙絵のローレンちゃんが僕を見てるぞ!ローレンちゃんが僕を見てるぞ!挿絵のローレンちゃんが僕を見てるぞ!!再来日のローレンちゃんが僕に話しかけてるぞ!!!よかった…世の中まだまだ捨てたモンじゃないんだねっ!いやっほぉおおおおおおお!!!僕にはローレンちゃんがいる!!やったよ!!ひとりでできるもん!!!あ、セカンドアルバムのローレンちゃああああああああああああああん!!いやぁあああああああああああああああ!!!!あっあんああっああんあぁあ!!イ、イアン・クック!!マーティン・ドハーティぃいいいいいい!!!ぁあああ!!ううっうぅうう!!俺の想いよローレンへ届け!!グラスゴーのローレンへ届け!」

Lたそ ・・・おいら、アルバムが発表される度に例の"ローレンコピペ"を貼らなきゃ気が済まない身体になってて、しかしまさかAcid Black Cherryの4thアルバムL-エル-の悲劇のヒロイン『L』の正体がローレン・メイベリーだなんて、一体誰が予想したことだろう。今やTVでカバーしちゃうくらいMuseマシュー・ベラミーをお熱にさせ、そしてあのピッチフォークに「kawaiiは正義」であるという「この世の真理」を証明させた、SEALDsの親玉もとい"Lたそ"ことローレン・メイベリー率いるグラスゴーの三人トリオ、CHVRCHESの約二年ぶりの2ndアルバム『Every Open Eye』は、鮮烈なデビューを飾った2013年作の1stアルバムBones of What You Believeを素直に、ありのまま踏襲したポップでポップでポップな内容となっている。

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処女性 ・・・ここまで「私たちは何も変わってない」アピールするアーティストも珍しいというか、UK出身アーティストの宿命とも言える「二作目のジンクス」を徹底して回避してきている。というより、「リスナー側がチャーチズに何を求めているのか?」を自分たちで理解しきっているというか、この手のフロントマンがkawaiiが故にデビュー作でアイドル扱いされたアーティストって、まるで「私たちはアイドルじゃない!私たちはアーティストなの!」と、いわゆるアーティスト病を拗らせた某アイドルグループのように、次の二作目でデビュー作をメタクソに全否定して黒歴史にするパティーンがテンプレだ。しかし、チャーチズはこの二作目で、むしろ「私たちアイドルですが何か?」と言わんばかりの、むしろ既存のアイドル的なイメージを真っ向から肯定している。その「何も変わっていない」は、先行シングルとして発表された一曲目の”Never Ending Circles”と二曲目の”Leave A Trace”から顕著で、この二曲をシングルとして先駆けて発表することで、デビュー作で獲得したフアンや音楽メディアに対して釘を刺すという念の入れよう。そのシングル二曲をアルバムの冒頭に持ってくる采配からも、チャーチズは「何も変わっていない」という事実を開始早々印象付けると同時に、フアンに対して一種の母性に近い安心感を与える。確かに、「ローレンの処女性が失われた・・・そんなの嫌だああああああああああああ!!」と、まるでアイドル声優にスキャンダルが発覚した時のオタク語録打線ばりに阿鼻叫喚する『覚悟』を決めたフアンも中にはいたかもしれない。しかし「安心してください、ローレンの処女性は失われてませんよ」と今年の流行語として連呼したくなるくらい、とにかく曲のアレンジから根本的なソングライティングまで前作から何一つ「変わっていない」。



歌モノ ・・・結局のところ、チャーチズの音楽ってローレンが「どれだけ俺たちをブヒらせてくれるか?」が最重要課題で、まずイントロからフェティッシュでウィスパーな息遣いでブヒらせる#1”Never Ending Circles””Leave A Trace”では、まるでロックマンが死んだ時のティウンティウンティウンみたいに弾け飛ぶシンセとWoob Woobなアクセントを加えつつ、Depeche Modeをはじめとした往年のシンセ・ポップとローレンのロリキュートな歌声をもってシンプルかつアッパーに聴かせる。その冒頭から一転して、イントロから死ね死ね団ばりの「シネーシネーシネーシネー」という呪いの呪文にブヒるというより軽くビビる#3”Keep You On My Side”では、80年代特有のクサミが施されたアレンジとブリンブリンにウネるダーティな低音部が力強いグルーヴ&ロックなビートを刻み、そして少しオトナオーラをまとったローレンの歌声でキレキレに聴かせる。この序盤を聴いて感じるのは、イマドキのエレクトロ感は極力控えめに、より80年代リスペクトなM83風シンセ・ポップと、それこそジャケの薔薇が似合う凛としたオトナの女性へと成長した、フロントマンローレン・メイベリーの力強い歌声を全面に押し出した至ってシンプルな"歌モノ"、その傾向が著しく増した印象。今作で惜しげもなく行われる「ローレン推し」は、”Leave A Trace”「ローレンしか映ってないMV」が何よりの証拠であり、この二作目でチャーチズが結論づけた「答え」だ。


三姉妹 ・・・前作で言うところの”Tether””Science/Visions”を連想させる、ミニマルでアゲポヨな展開にブチアガる3rdシングルの#5”Clearest Blue”、前作の6曲目”Under the Tide”と同じようにマーティンをメインボーカルとして携えた6曲目のHigh Enough To Carry You Over、このアルバム中盤の意図的というか確信的な曲順やアルバムの流れは、デビュー作から「何も変わってない」という今作の裏コンセプトを重ね重ね強く印象づける。しかし、ここまで全てが変わってない流れの中で、持ち前のミニマリズムとトリップ・ホップ的な音使いをもってアダルティに展開する#8”Down Side Of Me”は、「変わってない」が合言葉の今作で唯一「変わった」すなわち新機軸と呼べる一曲かもしれない。この曲は、【長女=Warpaint】【次女=Phantgram】【三女=CHVRCHES】揃って三姉妹的な解釈を持っている自分的に、三女のローレンが二人の姉姉妹の色気を学んだ結果みたいで面白かった。

『死亡遊戯 ・・・いわゆる”UKのアヴリル”を演じてみせた前作の”Recover”を彷彿とさせ、グワッと沈み込むようなイントロから名曲臭漂う#9”Playing Dead”は、そのタイトルどおり、まるで「前作から何も”変わってない”のに前作並に評価しない奴は殺す。ピッチフォーク殺す」というローレンの明確な『殺意』が込められた、それこそJanne Da Arc”ナイフ”の歌詞の如く「ローレンに”ナイフ”という名の”釘”を刺されたい!」、すなわち【Lたそ=ローレン・メイベリー】に僕の身体で『死亡遊戯』してほしいと思っちゃったんだからしょうがない。そしてイントロから「デデッデデデッデデデッデデデデデ♪」とハイテンションな#10”Bury It”は、二番目の「Bury It!! Bury It!!」からの「デデッデデデッデデデッデデデデデ♪」の後にローレンが「wow!!」とブッ込んでくる所なんて、ローレンコピペ連呼せざるを得ないくらい今世紀最大の萌パートだし、このアイドル然とした「あざとさ」すなわち【処女性】を失っていない、むしろオタクがブヒりそうな萌え要素を随所に散りばめた事が、いわゆる「二作目のジンクス」に陥らなかった一番の要因なんじゃないかって。本編ラストを飾る#11”Afterglow”は、いわゆる三姉妹の従姉妹に位置するノルウェーのSusanne Sundførを彷彿とさせる、崇高かつ神聖な雰囲気をまとったこの曲を最後の鎮魂歌に、ローレン・メイベリーという名のリアル天使に手招きされ、僕たち童貞は妖精となって『天国』すなわち『メイド・イン・ヘブン』へと旅立っていく・・・。この終盤にかけても「変わっていない」ことを、これでもかと釘を刺すような楽曲で一気に畳みかける。安心してください、今作を聴き終えた後には「ローレンに刺し殺されたい...」と思いますよ。もうなんか「ローレンに始まりローレンに終わる」ような、それくらい「ローレン推し」の一枚となっている。そして何を隠そう、このトキメキは・・・そう、僕の初恋であるキャリスタ・フロックハートに感じたあのトキメキと同じだった。

「ブヒ」 ・・・前作同様、相変わらずキャッチーなポップ・サウンドを実現しているのだけど、前作のように全曲シングルカットできるくらいの売れ線を狙った「あざとさ」は薄くなっている。僕たちの前立腺を駆け巡るようにカラッとした、思春期のフレッシュなピチピチキラキラした雰囲気も希薄となり、良くも悪くもロリっぽい幼さをウリとしていたローレンの歌声は、今作で少し大人っぽい落ち着きというか洗練された印象を受ける。そのお陰か、前作では少し違和感を感じたタイプの曲調が今作では違和感なくハマっている。10代のキッズのように情緒不安定なアゲポヨ的な曲展開も控えめで、曲のアレンジがアチラコチラにとっ散らかってないから前作ほど耳は忙しくないし、小気味良い転調を織り込みながらも、しかしあくまでもシンプルかつストレートな曲調/構成でノリよく聴かせる。もはや今流行の「余計な音を削ぎ落とした」系の作品と言い切れるかもしれない。曲単位ではなく、「アルバム」としてまとまってる感は前作より上か。それ故に「気づいたら終わってた」みたいな感覚も。一聴しただけでは捨て曲に感じる曲でも、「あ、ここブヒれる」みたいなパートが必ず一箇所はあったりするし、少なからず前作並に評価すべき(されるべき)作品だと思う。ローレンに刺し殺されたいってんなら別だが(いや、むしろローレンに刺し殺されたいんじゃないのか・・・?)



闇堕ち ・・・このようにメディアおよびフアンに対して付け入る隙を一切与えない、ディスる暇もない潔さという点では、デフヘヴンの新しいバミューダ海峡を彷彿とさせる。もはやチャーチズが闇堕ちしたらデフヘヴンになんじゃねーかって。まぁ、それは冗談として→今作、【新しい音楽をやってる=いい音楽】という思考の人にはまるで向かないアルバムです。確かに、ここまで【変わってない】となると、引き出しが少ないとか、結局これしかできないみたいな批判をされがちだ。でもおいら、【新しさ】より大事なのは【ソングライティング】だと思ってる人間で、僕がLiturgy『The Ark Work』よりDeafheaven『新しいバミューダ海峡』を高く評価する理由もそこにある。結論として、この『Every Open Eye』の勝因は徹底して【新しさ】を捨てたことです。つまり、Hostessさんはチャーチズを日本に呼ぶついでにデフヘヴンも呼んでくださいw

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Paradise Lost 『The Plague Within』

Artist Paradise Lost
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Producer/Mixing/Mastering Jaime Gomez Arellano
Jaime Gomez Arellano

Album 『The Plague Within』
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Tracklist
01. No Hope In Sight
02. Terminal
03. An Eternity Of Lies
04. Punishment Through Time
06. Sacrifice The Flame
07. Victim Of The Past
08. Flesh From Bone
09. Cry Out
10. Return To The Sun

メタル界の迷信 ・・・一度イェンス童貞を捨ててしまうと、その流れのままズルズルと付き合っていくパターンのバンドが多い中で、このParadise Lostは、イェンス・ボグレンはあくまでも通過点に過ぎない存在として捨て去った、勇気あるバンドの一つだ。かのイェンス・ボグレンを初めてプロデューサーに迎えた2009年作の12thアルバムFaith Divides Us - Death Unites Usは、いわゆる「イェンスと組んだ一作目は名作になる」というメタル界の迷信を裏付けるような傑作で、引き続きイェンスと交際した次作の13thアルバムTragic Idolは、それこそゴシック・メタルとかドゥーム・メタルとかいうサブジャンルとして以前に、そのバンドの"メタル"としてのトラディショナルで普遍的な要素を限界まで引き出すイェンスのプロデュース能力が極まった結果で、しかしその内容は、皮肉にも「イェンスと組んだ一作目は名作になる」というメタル界の迷信を裏付ける一枚でもあった。

初期回帰・・・パラロス自身でイェンスとの関係、この"メタル"路線の限界を感じたのかなんて知る由もないけど、イェンスと別れて今作で新たなパートナーとして迎えたのが、スウェーデンのGhostやUKレジェンドのCathedralをはじめ、Altar of PlaguesUlver界隈でも知られるJaime Gomez Arellanoってんだから、あらためて彼らの審美眼、その鋭さに感心するばかりだ。そんなParadise Lostの約三年ぶりとなる14thアルバム『The Plague Within』は、オープニングを飾る#1”No Hope In Sight”を聴けば分かるように、お爺ちゃん顔負けの貫禄ならぬ還暦溢れる"オールド・ニック"=フロントマンニック・ホームズのデス声や、喪に服すような限りなく動き(感情)を抑えたミニマルな暗黒リフ、殺傷能力の高いリフで粗暴な暴虐性を覗かせる#2”Terminal”を挟んで、バロック音楽によるゴシック然としたイントロで始まる#3”An Eternity Of Lies”では、迷走期から脱しゴシック・メタル路線へと回帰した中期の表題作を彷彿とさせるニックの寂寥感溢れる歌声、そして表題作からお馴染みとなったHeather Thompsonによるエモーショナルなコーラスワークまで、つまるところ、ゴシック・メタル特有の荘厳さや粗暴さを併せ持つ初期の王道的なゴシック/デス・メタル路線に回帰している。イェンス期の【メタルとしてのパラダイス・ロスト】に対して漠然としながら「ナニかが足りない」と感じていたが、その"ナニか"の答えが彼女の存在であったり、表情の少ない憂鬱なGリフだったり終末的かつ暗黒的な世界観であり、とにかく今作は音の聴かせ方がゴシック・メタル然としている。

三代目D Soul Brothers ・・・中盤以降は、イェンス期のメタリックなノリを感じる#4”Punishment Through Time”、"遅くて重い"というドゥーム・メタルの基本を押さえた#5”Beneath Broken Earth”、再び荘厳なストリングスを中心に展開する#6”Sacrifice The Flame”、そして今作のハイライトを飾る曲で、中期の名曲”Forever After”ライクなニックの幽玄な歌声が妖しく響き渡る#7”Victim Of The Past”、そして今作のデス・メタル路線回帰の象徴とも言える#8”Flesh From Bone”では、最新作の『Grand Morbid Funeral』Black Breathばりの重戦車型デスロール化したBloodbathの影響を強く感じさせる。このデス・メタル路線回帰への伏線というか予兆は事前にあって、それはBloodbath三代目Death Soul Brothersのフロントマンに任命された時、つまり認知症のお爺ちゃん=”オールド・ニック”Bloodbath聴かせたらデス声に目覚めてしまったのが全ての元凶だ。

真のパラロス ・・・オーケストラみたく決して大仰ではない、二種類の弦楽器による整然としたストリングスも、今作のゴシック・メタル感を著しく強めている。そのストリングスや女性ボーカルなどの余計な音を極力排除して、バンドの自力だけでどこまで表現できるかを探求していくイェンスのプロデュース・スタイルとは違って、今作のプロデューサーであるJaime Gomez Arellanoは、【メタルとしてのパラダイス・ロスト】ではなくドゥーム/ゴシック/デス・メタルなどの【サブジャンルとしてのパラダイス・ロスト】こそ真のパラロスであると証明するかのような、全ての面において往年のパラダイス・ロストを取り戻すことに成功している。一時期の迷走期を経て、イェンスとの作品で自身の中にある"メタル"と向き合ったことで、本来の姿と本来の立ち位置が明確化したのかもしれない。その結果が本作であり、イェンスはそういった迷走したベテランの進路調整役としての能力に長けているのかも。言うなれば、イェンスはエンジニア界のドーピング人間といった所か。そんな本作品は、あらゆる可能性を経て、一周回って本来の姿に立ち返ったような、これぞパラロスとしか他に例えようがない復活作であると同時に集大成でもある、謎のロマンに満ち溢れた文句なしの力作だ。
 
Plague Within
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