2017年07月20日

日本のサムライ子孫がスペインに

IMG_6595コリア・デル・リオ(Coria del Rio)。

人口2万人ほどの小さな町へ行った。

セビージャ(セビリア、セビーリャ)から路線バスで30分のところ。
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なぜ、わざわざ行ったのか。

大航海時代、新世界から財物を積んだ船が、このグアダルキビール川を北上して首都マドリードを目指し、寄港先としてコリア・デル・リオは大いに繁栄した。
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今から400年前。

今の宮城県石巻市の港からメキシコへ向かった日本人の一団がいた。
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そして一行は、キューバのハバナ港からスペイン艦隊の艦船に便乗して、この川の河口に位置するサンルーカル・デ・バラメーダに到着した。
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仙台藩の支倉常長(はせくらつねなが)を大使とする外交使節団だった。

後に「慶長遣欧使節」と呼ばれるようになる。

使節団の一行はサンルーカルで船を乗り換えると、グアダルキビール川をさかのぼり河岸の港町で初めてスペイン本土の土を踏んだ。
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その場所がここコリア・デル・リオ。

グアダルキビール河畔に支倉常長の銅像がある。

町の人が声をかけてくれる。
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そして「ハセクラ」と言いながら指さす。

町の中心部には観光案内所がある。

スペイン語と日本語の表示。

建物正面に掲げられたスペイン国旗の隣りには日の丸。
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日本人に対する町の人達の眼差しは温かい。

街を歩けば、店頭のハザードに日本語の表示の看板。

中に入ると、店の人が大歓迎。
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だが日本語は分からない。

キリスト教改宗の支倉常長一行は弾圧を恐れ、日本に帰国せず、そのまま残った。
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ハポンという苗字の日本人子孫600人が今も、この町に住むという。

忙しくなければ、お話しを聞かせてもらうつもりだったが。
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この通りの名前はサンファン通り。

支倉常長率いた慶長船サンファン・バティスタ号の名前から来ているのだろうか?

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観光 

2017年07月16日

世界最古の都市マラガはピカソの街

IMG_5844ピカソの街・マラガ。

世界最古の都市と言われる。

ピカソはマラガで生まれた。
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街の中心部にある広場。

レストランが集まる店先にもピカソがお出迎え。

市民にも愛されている?
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ピカソ美術館はマラガ大聖堂の近く。

そこを通り抜けて、美術館へ。

その辺りの路地裏では、画家や音楽家が作品を披露。
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ピカソの絵葉書などのお土産店も見ていて楽しい。

ピカソ美術館は撮影禁止。

屋根がなくイスラム建築様式をとりいれている。
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大聖堂の前の広場で食事し、ヒブラルファロ城に登って、太陽の海岸、コスタ・デル・ソル、地中海を望む。
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マラゲータ闘牛場もよく見える。

ヒブラルファロ城はまだ上がらなくてはならない。
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見上げると、ヒブラルファロ城。

麓から30分は歩いているだろうか?

ようやく城に到着。
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城を下って、約2000年前の遺跡、ローマ劇場を見学。

今でも野外劇場として使えそうだが、歴史的史跡として保存されている。
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ピカソの生家の前でコーヒーブレーク。

写真の突き当たりがピカソの生家。

アパートだが、部屋は博物館になっている。

ピカソの生家を見ながら、食事。
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やたら観光客が多いのも、マラガはこの日、フェスティバルが開催されるためか。

マラガのメーンストリートに椅子が並ぶ。
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マラガの駅ビル。

機能よりデザイン意匠性が優れている。

オシャレ。

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観光 

2017年07月14日

ポルトガルのファティマ・ナザレ・オビドス

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ポルトガルのファティマ。

ファティマ→バターリャ→アルコバサ→ナザレ→オビドス。の旅。
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ファティマ(Fatima)。キリスト教・カトリックの聖地。

ファティマの地で聖母マリアが3人の子供の前に現れたという。

そして3つの預言を告げたという。
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バターリャ。

世界遺産のバターリャ修道院がある。

隣国カスティーリャ軍がポルトガルに攻め込んできたが、ポルトガル軍が打ち破った。
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スペインに対して独立を守り、聖母マリアに感謝を捧げるため、修道院を建立した。
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修道院が見えるレストランで、ウェートレスから、魚料理が熱いから気を付けて、と助言を受けた。

そこで、cold fish is too hot と、返したら、予期していた笑いがなかった。
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アルコバサ。

ここにも修道院がある。

世界遺産のアルコバサ修道院。
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レコンキスタ、キリスト教国によるイベリア半島の再征服活動に協力したシトー修道会に感謝して修道院が建設された。

広い。
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ナザレ。

コスタ・デ・プラタ(銀海岸)に面したポルトガル屈指のリゾート地。

大西洋の絶景が見られる。
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そして、海の色はコバルトブルー。

晴れて太陽の光が海に刺す。

透き通るような海を眺める。
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豆を売る女性は伝統衣装で、頭にはカラフルなスカーフを巻いている。

足元のスリッパにも注目。
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派手。

元ミスナザレ?

も、お歳になると、やはりおばあさんになる。
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ナザレのお土産屋は、豆が結構多いが、やはり海に面しているところから、貝のアクセサリーとか、海のお土産が多い。

個性的なアクセサリー。
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写真の右にナザレのお土産屋が軒を並べる。

右のお店のさらに右は絶壁。

大西洋が広がる。
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オビドス。

おとぎの国、オビドス。

王妃の直轄地だった。
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城壁も歩けるが、手すりはなく、人が一人歩くのがやっと。

歩いている人も少ないが。
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ドイツのフランクフルトでも、ポルトガルのリスボンでも、日本人は一度も見たことがないのに、こんな小さな村に日本の旅行社のパックツアーで来ていた日本人と会った。

ngoya_keizai at 14:54コメント(0) 
観光 

2017年07月11日

リスボン

リスボン。

大航海時代の歴史建造物はリスボン中心街から西へトラムで数十分。

エンリケ航海王子やヴァスコ・ダ・ガマ、マゼランらを称える記念碑「発見のモニュメント」などが建ち並ぶ。

壮麗なジェロニモス修道院は香辛料貿易で得た莫大な富を基に築かれた。

ベレンの塔。

作家の司馬遼太郎はベレンの塔をテージョ川の貴婦人と呼んだ。

朝のリスボンは7時でもまだ暗い。

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観光 

2017年07月09日

銀行が金行?

銀行が金行?。

銀より金?。

しかも大金行。

バンコクの中華街の看板を見ていると、面白い。

酒店は大酒店。

漢字で意味は大体分かるが、そこは中国語。

酒店はホテル。

大酒店はグランドホテル。

ヤオワラート通りには金融機関が多い。

公設市場のようなマーケットはすたれ、近代的なショッピングモールに人は多い。

賭博用品店が中華街にあるはずが、探せなかった。

ワットポー、王宮の周辺に軍、内務省、外務省など国の機関が集中している。

官庁街を抜けて路地に入ると仏具の問屋街か小売店が続く。

名古屋大須の仏壇仏具の問屋街に似ている。
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金融・証券 

2017年07月08日

バンコク伊勢丹

IMG_5085バンコクの伊勢丹はラチャダムリ通りにあるセントラルワールドと併設された建物を共有している。

写真はラチャダム通り。

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泊まっているホテルに近く。

だが、横断歩道がなく、ペデストリアンデッキを上り下りするのが難儀。

しかも、複合施設で巨大ショッピングモールになっており、店内を回るのに時間がかかる。
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複合施設は、正面から見ると右手が伊勢丹、中央がセントラルワールド、左手がZENという構成。

この巨大ショッピングモールには、日本の有名な飲食店が入っており、桑名市に本店があるハマグリ料理の歌行灯もあり、そこで食事するつもりも、店内を回って疲れて、ホテルに戻った。

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百貨店 

2017年07月07日

タイ式マッサージの総本山ワットポー

IMG_5363バンコクにあるワットポー。

またデカイ仏様。

どれだけ大きいかは、カラダ全体がカメラに収まらず、顔だけの写真で想像がつくだろう。

寝ている仏様。
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写真を撮るのに行列が出来る。

タイ式マッサージの本山はここ。

ワットポーは医学の教育機関を担って、薬と東洋医学のマッサージの実践を行なった。
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1時間の全身マッサージをした。

痛いが気持ちイイ、で声をあげるたびに、マッサージ師が笑う。
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効き目がテキメン。

疲れた体が軽やかになって、ルンルン。

帰り道は足が軽くなった。

お店の入り口にお金がいっぱい挟んであるが。
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ワットポー。

2017年3月に撮影。

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美容・健康 

2017年07月06日

ダムヌサドアックで水上マーケットを楽しむ

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ダムヌサドアックはバンコクから車で1時間半ほど。

タイのベニス。

運河が道になっている。

ジェットボートに乗ったら雨が降り出し、スコール状態。
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ボートに屋根があっても何の役にもたたない。

晴れたら服もズボンも乾いた。

手ゴキの小舟に乗り換え、水上マーケットを楽しむ。
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小舟をお店の人が鍵のある棒で舟を引き寄せる。

商品説明に興味をもったら値段交渉に入る。

土産に扇子にも帽子にもなる扇子帽子を購入した。
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2017年2月から3月にかけてベトナム、カンボジア、タイを視察。

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スーパー・コンビニ 

2017年07月05日

アンコールトムとアンコールワット

IMG_4668ホーチミン→プノンペン→コンポントム→シェムリアップ→バンコクの旅は陸路。

メコンエキスプレスの小型バスは、世界中のバックパッカーが乗る。

カンボジアの道路は牛や水牛が横切ったり、脇を走る。
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荷台のある車には、人がどんだけ乗っているのか。

車から振り落とされないことを祈る。
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コンポントム。

カンボジアには昆虫を食べる食文化があり、コンポントムは昆虫捕獲で有名な街。

ここでコウロギが売られていた。
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シェムリアップ。

バスを降りてニアッキー像を眺める。

背後に王室別荘のシアヌーク・ヴィラ。
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メーンストリートは綺麗で、ほとんどが観光客で占められる。

メコンエキスプレスのキャビンアテンダントはカンボジア語と英語が話せるバイリンギャルだった。
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アンコールワットとアンコールトム。

世界遺産でもペルーのマチュピチュ遺跡と並んで、人気が高いところ。
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地球上で最大規模の宗教施設と言われている。

中国人が7割ほど。

世界中どこに行っても多い。
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ホーチミンやプノンペンでは目にしたことのないインド人団体も見た。

アンコールワットのレリーフに物語がある。
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レリーフは芸術で、瞑想するレリーフもある。

アンコールワットで瞑想して記念撮影した。
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アンコールワットの入場料はカンボジアではなくベトナムに入るという。

夕陽のアンコールワットを見るため、小高い山に登り、プノンバケンへ。

入場制限があって、300人まで。
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1時間半も並んで、あと20人までというところで、もう進まない。

諦めて引き返した。

後ろに並んでいた中国人女性とガイドと3人でお喋り。
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記念撮影して、お別れした。再見!

カンボジアでは1日3ドル以下で生活する人が8割。

貧しさから抜け出すためには、安定した収入が得られる外資系企業や観光産業に就職する必要がある。
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その条件が英語。

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観光 

2017年07月04日

プノンペンの北朝鮮レストラン

IMG_4534ホーチミンから陸路でプノンペンへ。

プノンペンにある北朝鮮レストラン。

店内は撮影禁止。
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北朝鮮はここでも秘密主義。

国家機密か。

レストランは30テーブル。
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北朝鮮の若いお嬢さんは歌にダンス。

バイオリン、琴、エレキギター、ドラムなど楽器も出来る。
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京都にあるパチンコのマルハンがカンボジアで銀行を運営している。

元はパチンコ資金。

北朝鮮が偽100ドル札をカンボジアで流通させたのは、カンボジアではドル紙幣が流通されているから。
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イオンモールの商品価格の表示もドル。

レジもドルを求める。

トゥール・スレン博物館。
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ポルポト政権下で反革命分子をここに集め、拷問。

約2万人が収容されたが、生還出来たのは、わずか7人。
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うち5人が亡くなり、2人が生存している。

その1人から声をかけられ、名刺を頂いた。
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本を買ったらサインをしてくれて記念撮影まで。

ヒトラーのジェノサイドを経験しているドイツがポルポト政権下の政治犯収容の救済資金を提供している。
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プノンペンの中央市場。

市民の生活に欠かせない生活用品から高額な貴金属まで売られている。
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市場の建物の中に高額な商品を並べる専門店があり、その周りには露店が立ち並ぶ。

この花屋も露店。
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こちらはデパート。

日本のデパートのように品数は多くなく、無駄な空間が多く、専門店がまばらに入居している感じ。
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改築工事をしているフロアもあり、ペンキを塗っているフロアもあり、エレベーターの乗り降りのところは、ペンキ塗りの足場の下をくぐり抜けなければならない。

全く客本位の考えはない。

ngoya_keizai at 16:01コメント(0) 
飲食店 | スーパー・コンビニ

2017年07月03日

ベトナムから陸路でカンボジアへ

IMG_4460陸路でベトナムからカンボジアへ。

国境付近にはビックリする建物が。

カジノ。

カンボジア人はカジノをせず、ベトナムではカジノがなく、ベトナム人相手の商売をしている。
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建設中のカジノがいくつもあって、完成しているカジノも新しい。

ASEAN諸国はEUとは違い、入管手続きが必要。
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ASEAN先進国のタイ、フィリピンはTPPに加わらず、中進国のベトナムが加わる予定だったのに、トランプ新大統領により、ベトナムの成長ドライバーに影を落とす。
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養殖ナマズをアメリカに輸出するフンボン水産の経営戦略も見直し。

アメリカ南部のナマズ養殖業者はひとまず息を吹き返す。

写真はメコン川。

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観光 

2017年07月02日

ロシア報復制裁でベトナムから緊急輸入

IMG_4173フンボン水産。メコンデルタに本社があるナマズの養殖会社。

ホーチミンの事務所は中華街の一角にある。

華僑?
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ウクライナでマレーシア航空機が撃墜。

続いてクリミア半島をロシアが併合で、EUが経済制裁。
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EU未加盟のノルウェーも追随して、ロシアは報復制裁。

ノルウェーの水産物の輸入禁止に踏み切った。
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そしてプーチンはベトナムに飛んだ。

フンボン水産のナマズを緊急輸入。

フンボン水産は特需で大儲け。
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特別配当を株主に大盤振る舞いした。

ワタクシはその1ヶ月前にフンボン水産に投資し、その恩恵に預かった。

https://www.bloomberg.co.jp/news/articles/2014-08-08/N9YNVR6KLVS901
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ベトナムの薬局で製薬会社のDHGファーマーを見ようと入ったが、よく分からなかった。

社長は女性で元ベトコン・ゲリラ。

アメリカ軍の環境破壊兵器、枯葉剤の犠牲者を助けるために、現在も薬の研究開発に取り組んでいる。
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出資するつもりも、外資50%の壁で未だ実行できず。

昨年5月に社長に会う予定だったが、事情があってキャンセルした。
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レストランで魚料理。

フンボン水産か?違うという。

ここのレストランでは若い女性がお客のテーブルで食事の仕方とか内容を教えてくれ、近くに立っている。
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ベトナム戦争の爪痕は未だ残っているホーチミン。

戦車がクチ・トンネルやホーチミン市街地の博物館などで見られる。
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サイゴン川が見渡せるホテルマジェスティックサイゴン。

ベトナム戦争時には米軍の高級将校が泊まっていた。

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商品紹介 

2017年07月01日

ホーチミンのサークルK

IMG_4142ホーチミンにあるコンビニ。

目立つのはサークルK。

日本のサークルKとはロゴも制服も違う。
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ベトナム建国の父、ホーチミンの銅像。

2016年2月。

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スーパー・コンビニ 

2017年01月30日

ペルー日本大使館人質事件

IMG_3834リマの南、陸軍敷地内は広く、地元ガイドもスマホのGPSを使ってもたどり着けない。

敷地内に入っては、また出る、を繰り返す。
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20年前、ペルー日本大使館で起きた事件は、チャビン・デ・ワンタル作戦で、ペルー陸軍が実際にトンネルを掘って建物内に突入。

その訓練場所を訪れた。
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検問は3箇所。

パスポート提示。

敷地内は物々しい警備。

観光客などいない。
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白い建物前の像は犠牲となった軍の犠牲者。

軍関係者と2人の若い女性ガイドが対応してくれたが、言葉の壁で意味がわからず、陸軍の責任者が出てきても、やはり分からず、でもゼスチャーで入館が許された。
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ペルー日本大使館人質事件は、この12月で20年が経つ。

ゲリラ全員を殺害して事件は解決。

だが、それを導いた英雄フジモリの現在の姿は、犯罪者として塀の中にいる。
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英雄の明日もどうなるのか分からない。

このころ拙著「平和の条件ー世界連邦の目標と構想」の読者と事件に関して書簡のやり取りをした。
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http://www5e.biglobe.ne.jp/~tokai/news/html/okuda/doku.htm

http://koinohanasaku.seesaa.net/s/article/113512416.html

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観光 

2017年01月28日

アンデス山脈大冒険

IMG_3571クスコ→アンダワイリーリャス→チャカクペ→ラクチ→シクアニ→プカラ→プーノ。

アンデス山脈を大冒険。
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アンダワイリーリャス。

サンペドロ寺院。

ヨーロッパカソリック教会に独自のペルー文化を感じさせる。
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チャカクペ。

古いインカの吊り橋、コロニアルの石橋、そして現代の鉄橋と、3つの橋が並んでいる。
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ラクチ。

ビラコチャ神殿。

インカ帝国で信仰されていた神様の神殿。
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ララヤ峠。

海抜か標高か4335メートル。

美しいアンデスの山々。

インディオの露店がこんな山あいの峠に並ぶ。
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アンデスの少女がアルパカ連れているが、こちらに来ない。

ユニセフ国際親善大使するつもりも、ここでは果たせなかった。
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プカラ。

大聖堂、博物館。

プカラ文明の後にインカ文明に影響を与えた。
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フリアカ。コカ取引の町。

ボリビア商人が集まり、両替商や旅館が多い。

鉄道、空港などアクセス拠点。
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プーノ。

チチカカ湖の入り口の街。

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観光 

2017年01月27日

チチカカ湖3島巡り

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ウロス島→アマンタニ島(泊)→タキーレ島→プーノ。

チチカカ湖に浮かぶウロス島は浮島。
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水生植物トトラでできた島。

舟も植物で来た舟。

舟でチチカカ湖遊覧を楽しんだ。
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タキーレ島。

音楽と踊り、島の文化であるフォルクローレの世界も楽しんだ。

タキーレの織物技術は芸術。
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ユネスコ無形文化遺産となっている。

広場にいたら、少女がやって来て無形文化財の腕バントを1つ購入。

ここでユニセフ国際親善大使を果たした。
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ツアー参加者40人でタキーレのレストランでランチ。

チチカカ湖の魚を頂いた。
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アマンタニ島。

初めて民泊を経験。

ロシア、スペイン、日本アメリカ、日本人の4人がホームステイで1つの屋根の下で1泊した。
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息子夫婦とお孫さんもおり、この日は大家族で食事した。

当時、島の母親は自然分娩、だからか島の女性はお尻の大きい安産型ばかりだった。
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この日はお昼は島の頂上4150メートルまで登った。

夕方は島に一軒しかないバー。
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夜は海抜4000メートルのところにあるディスコで島の人と観光客が一緒になって踊った。

高山病で息切れしながら、自分ながら、よくやっている。
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夕方と朝の食事時にも一人会話に入れない日本人に気遣ってくれたお母さん。

朝、チップ1コイン渡したら、大きなハグをしてくれた。
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民泊を楽しんでくれていたのだろうか、と心配していたのだろうか。

港でのお別れの際にはハグにキスまでしてくれた。
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カチュア族の女性とのファーストキスでした。
♪♪(^ε^)-☆Chu!! (●^ω^●)


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観光 

2017年01月24日

マチュピチュ遺跡

IMG_3070マチュピチュ遺跡。

15世紀のインカ帝国の遺跡。

インカ帝国はスペインによる征服により滅亡。
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インカ帝国は文字を持たないため、マチュピチュ遺跡についてよく分かっていない。

2400メートルの高さに巨大遺跡を建設する技術の高さには驚くばかり。
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マチュピチュ遺跡へはマチュピチュ駅のマチュピチュ村から専用バスで上る。

S字カーブを7つ8つぐらいだろうか、その頂上にマチュピチュ遺跡がある。
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回るのに少なくとも3時間はかかる。

だが休憩場所も少なく飲食飲料持ち込み不可になっていたので、ペットボトルもなしで来たため、明日また来る予定があったので、村へ戻った。
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マチュピチュ村。

マチュピチュ村にはアンデス山脈の中を走る鉄道列車がある。

マチュピチュ駅は終着駅。
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2日目のマチュピチュ遺跡。

昨日からの雨が朝まで降っている。

朝早くマチュピチュ遺跡へ。
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期待どおり、やはり。

雲海発生中。

霧の中を幻想的なマチュピチュ遺跡巡り。
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マチュピチュ遺跡の向こうにある山。

マチュピチュ遺跡を通って、あの険しいワイナピチュの山へ。
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ワイナピチュへは直角の道を上る。

高山病なのか足取りは重く、息がすぐ切れる。

マチュピチュ遺跡が下に見える。
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ロープを持って渡る人もいるが、持ったところで落ちたら真っ逆さに落ちる。

何の役にも立たない。
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頂上付近。

ここでの眺めは最高。

アメリカの青年たちは崖に座っているが、落ちればどうなることか。
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ワイナピチュの頂上。

ここで皆さん記念撮影をしたり、食事をする。


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観光 

2017年01月23日

ペルー・オリャンタイタンボのコンビニ

IMG_9978ペルーのアンデス山脈の山間にあるオリャンタイタンボ。

ペルーの飛騨高山か?

この山の村にもコンビニがある。
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オリャンタイタンボ駅から中心部の広場へ向かう。

オリャタイタンポはインカ帝国とスペイン軍が戦ったところ。
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オリャタイタンポ大遺跡の出入り口。

アンデス音楽。

荘厳な楽曲は大空からコンドルが舞い降りるかのよう。
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オリャタイタンポ大遺跡の前。

インカ帝国の王様と記念撮影。

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スーパー・コンビニ 

2017年01月06日

マチュピチュの村長は日本人

IMG_9531「世界遺産マチュピチュに村を創った日本人」。

マチュピチュの村長は日本人・野内与吉。

映画「インディージョーンズ」のモデルとなった歴史学者で冒険家のハイテム・ビンガムが、地元の少年の案内でマチュピチュに入った。
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インカ都市の再発見を本に記し、世に知らしめたが、この本をパナマで読んだ実業家・天野芳太郎がマチュピチュを訪れ、野内与吉と出会う。
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与吉は大正6年に22歳でペルーに渡る。

農場労働者から鉄道会社に勤務し、その後もマチュピチュを開発。
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村に水道、電力のインフラにホテル建設と村は発展した。

与吉は日本語のほかスペイン語、英語、地元語に通じ、探検家らのガイドを務めた。

実業家・天野がマチュピチュに訪問した際にも、ガイドを務めた。
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しかし。日米開戦。

ペルーは連合国として参戦。

日本の敵となった。
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アメリカ政府はペルーに住む日系人・移民をアメリカ国内の収容所に強制連行した。

が、村人は憲兵から与吉の身を守った。
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終戦。

そして与吉はペルー政府よりマチュピチュの村長に任命される。

編者はお孫さん。
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16歳で来日。

言葉とお金の問題から学校教育が受けられず、5年間は家族のために働く毎日。

だがその後、南山大学の大学院で与吉の研究。名古屋市の国際交流団体に属し、犬山市にあるリトルワールドでも活動している。

遠いアンデスが身近に感じる書。

ngoya_keizai at 13:41コメント(0)トラックバック(0) 
飲食店 | エッセイ

2017年01月05日

高島屋のお弁当

IMG_9684JR高島屋のお弁当。

デパートのお弁当は高級料理。

ngoya_keizai at 13:39コメント(0)トラックバック(0) 
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