ナガサワブログ PART3~この熱い魂を伝えたいんや~

D級草どインディー老舗クラブ"三宿Web"店長ナガサワの趣味や考え方や日常が垣間見れる独り長文炎上ブログの続々編。

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※ノッティングヒルのB&Bで記念に自撮りしたやつ。







ボクの人生観や価値観を非常に大きく変えた21年前の夏と20年前の夏の2年連続のロンドンとパリへの旅行。ほんとは98年の方はちょうど20年前ということもあって去年書くつもりだったんですが、ついついタイミングを逃してしまって。ほんとは今更感もあるしもういいかな…とかも思ったんですが、やっぱ改めて振り返ってみるとボクの人生を顧みると絶対に外せない出来事だったのでやっぱ書くことに。でも当初は2年分纏めて書こうかと思ったんですが、まずダダダと98年の分書いたら例の如く結構なボリュームになってしまったので別々にアップすることに(苦笑)。

前年の97年の初の海外旅行でもあるニューヨーク旅行がほんとに目から鱗というか、それまで感じたことがないぐらいの猛烈な刺激を貰ったんですが、人に優しいニューヨークの街がとても好きになって「ロンドン派だと思ってたけどニューヨークの方が好きかも」的に感化されてもいたんですが、その反面「いや待てよ、行ったこともないのにロンドンよりニューヨークが好きとかってそれもナンセンスでしょ」というのもあって。なので出来れば今年も夏辺りに海外旅行行きたいなあ。行くならやっぱロンドンに行ってみたいなあという気持ちが強くなって。

そんな折り、うちに居たバイトの女の子のマキちゃんて子が確か春先ぐらいにロンドンに留学することになって。前年のニューヨーク旅行も当時の彼女が住んでたってのは確実にでかいし、英語がほとんど話せないボクにとっては現地に誰か知り合いが居るってのは何よりもめちゃくちゃ心強いというか。大きい部屋で友達とシェアするから泊まってもいいですよとも言ってくれていて。これは今年はロンドンへ行くしかない!と思うようになっていき、5月過ぎぐらいでしたかねえ?初のロンドン旅行を決断。格安航空券の本を買って必死に安いチケット探しましたね〜。直行便で幾らだっけかなあ…?12万ぐらいだった様な気が。
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※当時の格安航空券のチケット。







前年のニューヨークと同じくアニバーサリーイベントの最終日終わった朝出発という強行軍。無事営業終わって帰って仕度して恵比寿のウエスティンから出てる成田直行のバスで成田へ。諸々終わって成田のロビーで搭乗を待ってたらなんとFPM田中さんとバッタリ。なんと同じ飛行機でロンドンへ行くという、前年たまたま同じ飛行機でMUROくんとニューヨークへに続く奇遇(笑)。田中さんは確かHOWIE B.のスタジオでマスタリングしに行くと仰ってましたかね〜。
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※三宿Web4周年記念アニバーサリーイベントとその模様。お陰様で連日ギュウギュウ詰めのダンスホール状態(写真はバー前ですが)。







ロンドンのヒースローに着いてまたバッタリ逢った田中さんとも別れて、マキちゃんが住んでる最寄りのベイズウォーターという駅へ。まあなんせ初のロンドンだし、もう何をどうすればいいのかさっぱり勝手がわからずてんやわんやしながらどうにかベイズウォーターへ行った記憶。夕方の5時頃でしたかねえ?ベイズウォーターの駅前で待ってたんですが内心不安で不安で。「もしマキちゃんが万が一来なかったらどうしよう…?オレ完全に路頭に迷うよねこれ…」とか思ってましたね〜。今みたいにサクッと携帯で電話してとか出来なかったですし、勿論電話番号は確か聞いてたけど、向こうでの電話の掛け方とかもよくわからなかったし。そうこうしてるうちにマキちゃんが来てくれてひと安心的な。
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※大変お世話になった元スタッフのマキちゃん。







そのままとりあえずマキちゃんのステイ先のアパートに荷物置いて、夜は近所にクラブがあるっていうのでそこに同居人の男の子と3人で一緒に行った気が。ノッティングヒルアーツクラブというクラブでした。そこで軽く飲んで帰った記憶。翌日は確か当時のロンドンで超話題のダミアン・ハーストがプロデュースした『Pharmacy』というやばいカフェに連れて行って貰いましたかね〜。
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※拾った画像。恐らく97年のオープン時の写真。圧巻でしょ?薬局を模したほんとぶっとんだアヴァンギャルドなカフェでした。ちなみに今年また新たに復活したらしいという噂。めちゃくちゃ行ってみたいぃぃぃぃ!








日中はほぼ1人でロンドン特集とかしてた沢山の雑誌抱えて服屋巡りを。蚤の市やら古着屋やらも行ってちょこちょこ買い物を。1日8時間ぐらいは平気で歩き回ってたかも。まあ何もかもが新鮮過ぎましたよ当時のロンドンは。どこ行っても興奮しまくってた記憶。3日目ぐらいになって「やっぱ同居人の子にも気を遣わせてるしなんか悪いな…」と思いマキちゃんのアパートから出ることにして。スーツケースガラガラ引きながら急遽宿探しを。これまた今みたいにネットでサクッと検索とか出来ない時代だったのでひたすら歩いて探しましたよ。確か2時間ぐらい歩き回ってようやくノッティングヒルの近くのB&B(BED&BREAK FASTの略)見付けて。5日間の契約で1日当たり5千円ぐらいにして貰った気が。3畳ぐらいの手狭なスペースにベッドとちっちゃいテレビとテーブルが置いてある様な部屋でしたが(トイレとシャワーは共同)、大きな通り沿いにあったので繁華街にもバスで1本で行けたし、利便は非常に良かったです。
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※MEN'S NON-NO99年1月号掲載の『東京・大阪ヘアスナップグランプリ』 にて。これ撮影したのは確か98年12月頃だったんじゃないかと。この時着てるジャージはロンドンの蚤の市で買った古着。如何にもロンドンぽいポップなカラーリングなラインが非常に印象的で気に入って当時はよく着てましたね〜。








98年3月のとある週末に、ヘアメイクの友達から「今日外タレの仕事しててみんなクラブに遊びに行きたいみたいなんだけど、ゲストで入れて貰えない??」って連絡が来てOKして。ナタリーインブルーリアという女の子で。スタッフも纏めて10人ぐらいで来たかなあ??で、なぜだかそのナタリーにめちゃくちゃ気に入られて(笑)。ほぼ逆ナン状態ぐらいの勢いでずっとキャッシャーに来て口説かれてました(笑)。「私は色んな国で色んな男性を見てきたけど貴方ほどセクシーな男性は見たことがない」的なことを言われて(爆笑)。その後ステイ先のウエスティンのスウィートにも招待されましたから。今考えると凄いですよね。でも当時のボクは不思議なことにやたらと外国人女性にモテたんですよね〜日本人には大してモテなかったのに(苦笑)。で、その時彼女がロンドンの自宅の電話番号まで教えてくれてたんですよ。なので宿泊してるB&Bの公衆電話から試しに1度だけ電話もしましたね〜。電話したらほんとに本人が出てちょっとだけ喋りましたけど、まあ全然英語も喋れないしでほとんど会話になりませんでしたけど(泣)。まあそんなこともあって彼女の代表曲でもあるこの曲はめちゃくちゃ想い出の曲になってます。

※UKシングルチャート1位にもなった曲。ちなみに彼女って後にレニークラヴィッツと付き合ったとかディカプリオの新恋人とかでも噂になった人。ほんとかどうかは知りませんが。なのである意味ボクもレニークラヴィッツとディカプリオと並んだと言っても過言ではないでしょう!(笑)。









マキちゃんとはその後もよく夜飲みに行ったりよく遊びました。ちょうどその頃フランスワールドカップの時期だったので、近くのパブに2人でイングランド戦を観に行ったり。凄かったですよ現地の応援っぷりは。日本は早々に予選で負けてたし、元々全然サッカー興味無かったのでポカーンと観てましたが、余りの大騒ぎっぷりに終始圧倒されてましたね〜。ほんと凄かったです。あと確か何度かナイトクラブにも遊びに行ったんですが、そこで親交のある京都・METROの林さんたちとまさかのバッタリ!とかもあって。確かサッカー観に来たとか言ってた様な。「昼間ロンドンで岡田監督が歩いてるの見ましたよ!」とかも言ってました(笑)。それにしてもロンドンのクラブで同じクラブ業界の知り合いに逢うかね〜とほんとビックリした記憶。

あとある日マキちゃんから「イケてる会員制のバーに入れるかも知れないから行きましょうよ」と誘われ行って。場所は憶えてないなあ。結構でかいホテルの地下だった気が。まんまと入れて2人で飲んでたんですが、結構広めの店で人も結構居て如何にも洒落た感じの人だった記憶。その中でもバーテンやスタッフの子が恐らく俳優やモデルの卵みたいな感じでみんなカッコ良くて。で、その子たちが皆統一して制服的に同じスリムめの黒無地ボディのモード且つシンプルなTシャツを着ててそれがまたカッコ良くて非常に印象に残ってて。そのインパクトの影響で後にスタッフ用のTシャツを作ることになるんですけど。
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※これアニバーサリーTじゃない唯一のスタッフT。2000年頃製作。コレって前述の黒無地スタッフTの印象がずっと残ってて強くインスパイアされて作った的な。でも当時は今みたいにスリムめで生地も薄くて柔らかいタイプのモノとかが全く無かった頃だったので、いわゆるノーマルなアメリカンなボディ使ったのでイマイチ雰囲気出ませんでしたね…。ちなみにフロントのロゴは当時好きだったファッション雑誌の『STREET』のロゴのオマージュ。








日々色んなところに行ってだいぶロンドンを満喫したんですが、ちょうどその頃ROOM時代に知り合ったサクラという女の子の友達がパリに住んでいて、確かロンドン旅行直前に一瞬だけ帰国して逢った時に「えー!ロンドン行くならパリ近いから遊びに来なよ。」とは言われていて連絡先も聞いていて。まあでも今回は折角ロンドンに来たんだし思う存分ロンドンを堪能しようと思ってたので、当初はパリには行かないつもりではあったんですが、滞在期間残り4日間ってなった時に、せっかくだしこんな機会も滅多にないからサクラの居るパリに行こうかなと思う様になって。

前日に電話して待ち合わせの約束して。忘れもしない7月12日の夕方にユーロスターでパリのターミナルの北駅に着いたらもう街中が凄いことになっていて。なにがって、その日はワールドカップの決勝の日でなんとフランス対ブラジル戦がある日だったんですよ!自国開催で決勝の相手がブラジルってもうそらあどえらい盛り上がりっぷりで。駅着いたらもう既に至るところから爆竹音が(笑)。そんな最中、駅で無事サクラと落ち合って。で、サクラと色々と話してたら唐突に「ねえタトゥーとか入れる気ない?私の日本人の友達がこっちではタトゥーマガジンの表紙とかなるぐらい有名な彫り師だから入れたいなら紹介するよ!」って言ってきて「えー!タトゥーはさすがに今のところ全然興味無いわ…(苦笑)」って返して。
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※ユーロスターのチケット。ユーロスターほんとに良かったなあ。ちなみにロンドンーパリ間ってちょうど東京ー大阪間ぐらいなんですよ、時間もチケット代も。







サクラが住んでるアパートはその北駅から徒歩10分ぐらいのところで、まずはそこに行って同居人で彼氏のダオを紹介されて。彼は確かダフトパンクのどっちかと幼なじみかなんかで、アルバムだったかシングルだったかにも確かスペシャルサンクスで名前が載ってるぐらい仲良しらしく、タイミングが合えば逢わせてくれるって言ってくれて「えー!マジで!?」状態。結局タイミング合わず逢えませんでしたが(泣)。
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※大変世話になったサクラとダオ。ダオは確かベトナム系のフランス人とかだったかな??とりあえずめちゃくちゃ男前でした。そして気さくないい奴だったなあ。








で、その夜はみんなでワールドカップの決勝をサクラの知り合いの人の家でテレビ観戦するらしく、ボクも一緒に招待されて。詳しい場所は忘れましたが、決勝戦が行われてるサッカー場からさほど遠くないとこでしたかね〜。点が入るたびに物凄い地鳴りの様な歓声が窓の外から聞こえてきてましたから。で、結局なんとまさかのフランス優勝というこれ以上ない幕切れ。試合後、国中の人が集まってるからみんなで凱旋門行こう!ってことになりみんなで凱旋門へ。シャンゼリゼ通りがもう人人人人。自国開催でブラジル破っての優勝ですから、そらもう街中大騒ぎどころじゃないですよ。渋谷のスクランブル交差点レベルじゃない大騒ぎ。行き交う車はみんな箱乗り。そのうちそこら中で喧嘩が始まったり、火炎瓶は飛び交うわ、人だかりに車が突っ込んだりとマジでやばい感じになってきて帰宅することに。電車ももう動いてなくて徒歩で30分ぐらい掛けて帰ったんですが、マジで帰る時も何度も危ない目に遭って、生きて帰れんのかこれ…ってちょっとビビリながら夜中に帰った記憶。

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※フランスワールドカップと言えばやはり2得点をあげたジダンが印象的。

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※非常に写り悪いですがフランス優勝直後に行った凱旋門。







翌日は早起きして古着屋中心で服屋回り。蚤の市とかも行きましたかね〜。物珍しい古着のジャージやらちょこちょこ買い物した気が。で、翌日はパリ祭の日で。サクラに聞くとパリ祭は日本で言うところの元旦みたいな日だからどこも店がやってないと。だからやることないから彫り師の友達の家遊び行こうよと誘われ。「え?オレでもマジでタトゥーは入れないよ??」とは念押ししてサクラも「勿論入れたくないならいいよ」とは言ってたんですが、着いたらもう「さあ柄何にする??(笑)」的なノリになってて…。「いやいやいや!マジで入れないって!(笑)」とは言ってたんですが、とりあえず柄だけ考えようよってことになり無駄にみんなで柄だけ考えることに(笑)。

タトゥー入れるなんてこれっぽっちも考えたことなかったし、柄なんてさっぱり思い付く訳もなく。万が一入れるとしても絵とかじゃない一色だけのシンプルなのがいいなあ。勿論小さい目のワンポイント的な。それを伝えると彫り師の女の子が「トライバル?トライバルなんて今時イケてないし私トライバルなら入れないよ」的に言われて。「いやいやいや、オレも元々入れる気ないんだけど…(苦笑)」とか思いながらもその後もボク・サクラ・彫り師の子・彫り師の子の彼氏のフランス人の4人で、多数のタトゥーマガジンとか見ながらアレやコレやと意見出し合って。でも色々薦められてもピンと来なくて。で、2時間ぐらい経って、あるタトゥーマガジンに女性の背中にでかでかとトライバル柄が入ってる写真があってなんかめちゃくちゃカッコ良くて。で、みんなに「これカッコ良くない??」って見せたらみんなも「うわこれはカッコいい!」ってなって。彫り師の子も「私トライバルは入れたくないけどこれだったらカッコいいから入れてもいいよ」とか言ってて。

で、サクラが「とりあえず腕に試し書きしてみようよ!」って言いだして。「いや、でもマジでオレやっぱタトゥーはちょっと・・・」とか言ってたんですが、とりあえずペンで試し書きすることに。で、腕一面に書き出して「えー!こんなでかく書くの??」って言ったら彫り師の子が「コレはでっかく書かないとカッコ良くないよ」って即却下され(苦笑)。まさかのでかでかと書かれて内心「万が一にも入れるとしてもいきなりこんなでかいのはちょっと・・・」とは思ってたんですが、みんな一様に「うわー!めちゃカッコいい!」って言いだして。で困り顔で鏡でボクも観てみたらなにげに意外とカッコ良くて(笑)。

でもなんせ何の心の準備もなくいきなりタトゥーを、しかもこんなでかいのをなんて考えてもみなかったので頭混乱して「いやあ〜やっぱちょっと待って!」的に地団駄踏んでたとは思うんですが、当時心のどこかに「自分のそういう考えてからじゃないと行動出来ない思い切ったことが出来ないちっちゃい弱気な部分を変えてみたい」的な願望があったと思うんですよね。そういうのもどこかで自分の背中を押したのか、気が付いたらもう掘り作業始まってて(笑)。まあ〜〜〜最初は痛かったですよ。しかもなんせ柄もでかいし。2時間経過してようやく半分終わったんですが、結構体力的にはかなりキテて。ほんとは体力的にもこのぐらいの大きさだと2日に分けてやった方がいいみたいなんですが、翌日にはロンドン戻らなきゃいけなかったので一気にやらないといけなくて。

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※入れられてる最中の画。だいぶ痛みがじわじわ身体を蝕んでる頃。








前半の2時間は彫り師の子と話したりしながら入れて貰ってましたけど、後半の2時間はさすがに痛みに耐えるのがなかなかきつくて、下向いて「あ〜〜〜」とか「う〜〜〜」とかしか出なかった記憶。よく聞かれるんですがボク的な感覚から言うと、長時間ブリーチされてる感覚にちょっと近かったですかね〜。長時間やってると段々痛みで意識が逆上せてくるというか。4時間後にどうにか終わったんですが、もう辛くてぶっ倒れましたもんね…。ちなみにタトゥー入れて痛みに耐えられずに泡吹いて失神する人も結構居るらしいですが、ほとんどが男性らしいです。女性はやっぱ出産に耐えられる耐性というのが生まれ付き持ってるんじゃないかと。

タトゥー入れた場所は触らない様にラップか包帯かなんかで巻いてたと思うんですが、なんせ傷なので血とかがちょっとづつダラダラと垂れてきて大変でした。翌日は発熱して具合悪くなって。やっぱ罪悪感もあったし超ネガティブになって「オレはなんて大変なことしてしまったんだ…」とか考えてちょっと落ちたりしましたね〜(笑)。

で、その日の夜にサクラと別れてロンドンに戻り。最後の夜はまたマキちゃんのアパートにお世話になって。さすがにマキちゃんもまさかボクがこんなデカいタトゥー入れて帰ってくるとは思わずビックリしてました(笑)。で、翌日の朝方日本へ帰国的な流れだったかと。とりあえず帰国してすぐ営業出たんですが、タトゥー入れたことに当時の主要スタッフたちはみんなビックリしてて。「ナガサワさんの性格考えたら柄考えるだけでも2ヶ月ぐらい掛かりそうなのによくもまあそんな勢いでそんなでかいの入れてきましたね!!!」って(笑)。ほんと正にですよ。まあ入れた自分が1番ビックリしてるのでそらそうですよね(苦笑)。
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※完成直後ダウンの画。マジで辛くてぶっ倒れました(苦笑)。







そんなこんなな初めての10日間に及ぶロンドン旅行&プチ・パリ旅行でした。初のロンドンとパリは、前年のニューヨーク旅行以上にワールドカップ開催時期もあって非常に超刺激的でしたし、それ以上になんと言っても前述の初タトゥーがボクにとっては大衝撃的な事件でしたかね〜。でもマキちゃんが当時ロンドンに留学してなかったら恐らくロンドンへ行くなんてことは考えなかっただろうし、同じくサクラがパリに住んでなかったらパリにも行ってなかっただろうし同時にタトゥーも入れてなかっただろうしと、ほんとに色んなタイミングが奇跡的に重なった感はありましたし、ある意味非常にラッキーだったとも言えます(タトゥーはラッキーだったのか否かはわかりませんが・笑)。

※いつか晴れた日に / 山下達郎
行きも帰りも飛行機の有線的なやつのリピート放送でずっと流れててインプットされちゃって、帰国してからこの短冊8㎝のシングル盤買った的な。まだまだ全然達郎にのめり込む前。思えば初めて達郎関連のCD買ったのこれだったかも?的な。







でも98年のロンドンーパリ旅行は間違いなくその年で1番の出来事でしたし、長い人生を振り返っても忘れられない非常に記憶に残る出来事だったことは間違いないですね〜。あとやっぱ、初めてロンドンに行ってみて「ニューヨークも良かったけど、やっぱオレはロンドンの方が好きかも。」とは思いましたかね〜。いや、厳密に言うとロンドンというよりヨーロッパかな。今回はパリだけでしたけど、電車で色んなカルチャーの違う国に行ける訳で。それって凄いことだなあと。いやあしかし改めて思い返してみるとやっぱ十二分に濃密な旅行でしたね〜。そして続く99年の旅行も近々に書いてアップする予定ですので、数少ないナガサワブログファン皆さま、どうぞ無駄にお楽しみに(笑)。※←これ恐らく飛ばします(汗)。
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現在三宿Web店内壁面に大きく貼ってある『店長ナガサワが独断と偏見で選ぶベスト表紙20選』は、20周年イヤーの初頭に、2001年1月から2013年12月までの作品から選んだモノなんですが、もはや5年も貼り替えてないしいい加減飽きてきたので、25周年を前にそろそろ貼り替え様かと。そんな訳で、その後の2014年1月から2019年5月までの5年半から更に12作品を選出して新しく貼り出す予定です。本題に行く前にまずはそちらの選出作品をご紹介します。








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2015年1月号 表紙:SWING CHOP CREW
上段左からYOICHIさん/SOMAくん/RYO-Zくん、中段左からJUNGLE ROCKくん/NONちゃん/KiMJUNくん、下段SHUHIKOくん。人数的には表紙史上最多タイ。いや、大人数撮るのってほんとめちゃくちゃ大変なんですよ。他の人が幾ら良く写ってても1人がダメだともうNGになっちゃうし。古い一眼で撮ってるのでピント的にも難しいし。そういう意味では非常にバランス良く撮れたいい写真。ちなみにコレ、切れてないフルサイズもめちゃいいのでおまけで載せときます。
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2015年12月号 表紙:ナイス橋本
ポージングもシンプルだし、こぢんまりしてて地味と言えば地味なんですが、逆にシュールでカッコいい、ギリギリまでベスト10に入れてもいいんじゃないか??って迷ったぐらい、なにげに作品としては非常に気に入ってる表紙。やっぱナイスくん個性強いし、格好もそれ用にちゃんと色々持って来てくれたのもなにげにアクセントになってますね〜。これもアー写としても充分使えそうなぐらい我ながらのいい写真だと思ってます。
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2016年2月号 表紙:ド・ロドロシテル (掟ポルシェ)
ド・ロドロシテルの初ライブ記念で。しっかりメイクもしてるのでなかなかのインパクトの強い表紙(笑)。でもこれねえ、当時よく知り合いから「え!?ナガサワさんじゃないの??」ってよく間違えられたんですよね〜。いやマジで結構勘違いしてる人多かったなあ。もはやボクと言えば無駄にコスプレしてるイメージなんでしょうか…。もしくはデスメタル顔なのか…。ちなみに表紙のド・ロドロシテルのロゴは、掟さんが大好きなイングランド出身のエクストリームメタルバンド『CARCASS』のロゴ風にわざわざ寄せてどえらい時間掛けて作ったのに、読みづらいのか全く誰からもノーリアクションで若干淋しい思いをした想い出…(笑)。しかし掟さんは前の表紙の時もそうだったけど、ほんと表現力豊かだし撮られ方わかってるので短時間に沢山いいのが撮れます。非常にフォトジェニック。
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2017年7月号 表紙:DE KIT DEE JAY’S
これも大人数なので撮影が大変でしたね〜。ちなみに実は最終的に候補が2枚まで絞られたんですが、ボクも含めた6人が3ー3で綺麗に意見が別れて。そこで思い付いたのが田上くんだけアイコラっていう必殺技(笑)。いや、やっぱどうしても田上くんの笑顔を入れたかったというか。でもこれ上手く合成させたのもありますけど、ほんといい作品になったというか。めっちゃ楽しげでしょ??ちなみにせっかくなのでその合成に使った候補写真2枚もおまけでどうぞ(笑)。
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2017年10月号 表紙:hy4_4yh (ハイパーヨーヨ)
2人になってからは初の表紙。やっぱ2人とも言わずもがなのフォトジェニックなので、アー写やジャケやSNSでの写真も一様に可愛いんですが、これもなかなかのいい写真かと。当時からどハマリしてるロスインゴのベースボールシャツを着てのなかなかポップでキャッチーな1枚。
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2018年3月号 表紙:DJ FUMIYA (RIPSLYME)
去年の誕生日bond開催記念で。過去の4度の表紙を持ちながらの。写真も勿論だけどアートワークも含めてお気に入りの1枚。
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2019年3月号 表紙:SANGA SKYE
だいぶ最新号。最初候補の中でサンガくんが何枚か選んだ中では内心「これだけはオレ的に無しかなあ…」と思ってた写真が実はコレで。ちなみにサンガくん自身も結構ギリギリまで悩んで知り合いの女子たちに意見を求めたら「コレが1番いい!」という結果になったそうな。で、作ってみたらじわじわと良さが増してきた的な。そういう意味ではある意味目から鱗的な作品だったかも。ボクがチョイスしてたら絶対違う写真にしてたし、最初無しだと思ってたのが逆に1番いいと思えたってのもなかなか珍しいケース。今となってはなかなかシュールでクールないい写真。
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2019年5月号 表紙:MELLOW YELLOW
もはやギリギリ今月号という超最新作。来月超久々にメローにライブ演って貰う宣伝も兼ねての初の3人での表紙。いわゆる令和初の表紙ですよ(笑)。これも非常にいい色出てるしいい写真。両サイドの2人の手も入ってる横が切れてないフルバージョンの写真はもっといいんですけど。観てない人は是非切り替わる前にホームページの方でご確認を。と思ったけどもうおまけで載せちゃいます(笑)。
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さてそんな訳で新しく貼り出す8組の表紙をご紹介した訳ですが、残りの4組は本題にもなってるここからのスペシャル企画で。よく営業中にキャッシャー座ってると目の前に歴代のマンスリーがダーッと貼ってあるので嫌が応にも見ちゃうんですが、たまによく「この中でベスト10選ぶとしたらどれだろう??」ってのを考えたりして。まあ時間と共に変わってったりもするんですが。そんな訳で今回改めて自分の作品を客観的に見直して、初のランキング形式で『ベスト10』を選出しました。さてそれでは早速発表しちゃいましょうかね。








第10位
2010年12月号 表紙:IMALU
当時よくDJ演って貰ってた時に撮らせて貰った的な。IMALUちゃんてこの頃まだ多分今ほど露出も少なかったと思うんですが、当時のアー写が全然いいのがなくて(笑)。デザインする時かなんかの拍子で色々アー写とか検索したりしたんですが、ほんと全然イケてるのが無かったんですよね~。実物の可愛さが全然出てない写真ばっかじゃん!的な(苦笑)。なのでこの時の写真とかは当時の宣材写真の中では1番いいんじゃないの??とは思ってました。撮ってる後ろでディレクターの矢部くんに笑わせて貰っていい感じの素で笑ってるとこ撮れた的な。これもマジで非常にいい写真だし、関係者各位からの評判もめっぽう良かった想い入れも強いお気に入りの作品。
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第9位
2002年9月号 表紙:Mummy-D (RHYMESTER)
まあなんせまだまだ写真もやり始めたばかりだわフォトショップもようやく1人でいじり始めたばかりだわの、素人に毛が生えたぐらいの頃の作品なんですが、なんと言ってものDさんの表現力に助けられたというか。ちなみに表紙がこの今のサイズになる前の一回り大きいサイズで2色展開の頃の時(2000年6月号)も1度Dさんにやって貰ってるんですが、この時も抜群にいいんですよ(おまけで載せてます)。今観てもめちゃくちゃカッコ良くないですか??この頃は写真のそのまま使ってたし白黒だったしで、完全にモデル次第的な部分はあったんですが、マジで超初期の頃でさえこのクオリティー的な。いつかDさんはまた表紙撮りたいなあとは思ってます。今のボクなら過去の2作品よりももっと全然いいのが撮れるハズ。
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第8位
2008年2月号 表紙:SHUN (ex:SBK)
この表紙も非常にカッコいいんですが、2004年2月号の表紙(2枚目)の時の写真も非常に良かったんですよね~。シュンくんはほんと、ポージングの妙もあるんだろうけど、なにげにフォトジェニック度強め。もう11年も前だし、これまたボクの写真テクニックもまだまだの頃でしたけど、なかなかのクール且つポップないい表紙。
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第7位 ★NEW PIC★
2015年7月号 表紙:Keishi Tanaka
元々啓史くんは顔もちっちゃいしハンサムだしお洒落だしでいい写真撮れる要素は多分にあったんですが、ポージングも含めアートワークも含め非常にいい出来だったかと。本人も気に入ってくれて未だにinstagramでのアイコンで使ってくれてるし。この表紙出来た後に啓史くんが当時所属してたレーベルのディレクターのTKHRに逢って「ナガサワさん、表紙観ましたよ!」って言われたから「良くなかった??」って聞いたら「いや、ぶっちゃけ想像してたよりめちゃくちゃ良過ぎてビックリしたぐらいですよ(笑)」って言ってたぐらい関係者各位にも評判良かったナイス表紙でした。
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第6位 ★NEW PIC★
2016年12月号 表紙:西寺郷太 (NONA REEVES) & 宇多丸 (RHYMESTER)
『80’s!!!!!!!!』開催記念でメインキャストのお2人を。なにげにこういうスーパーセッション的なカップリングはマンスリー史上初の試みだった的な。そういう意味でも非常に印象深い表紙。元々華のある2人なのもあってインパクトは絶大でしたね~。こういうコラボ的な組み合わせ新しいから今後もちょくちょくやろうかな!とは思ってたのにその後全然やれてないっていう(笑)。まあ適当に組み合わせてもなんかイマイチだし、やっぱここまで説得力のあるコラボもなかなか難しいんですけども。
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第5位
2009年5月号 表紙:宇多丸 (RHYMESTER)
まさかの宇多丸さん続きですが(笑)。いやしかし、ほんとこの時も短時間でいい写真めっちゃ撮れたんですよね~。やっぱもう突出したフォトジェニックな人というか、自分をどう見せればカッコ良く見えるかとか、見栄えのいいポージングとか表現力とか、ほんとよくわかってるというか。この写真のポージングとか、ほんとシュールだしアートさえ感じさせますよ。この写真もほんとお気に入りの1枚。ちなみにTシャツの『SEX』の文字がギリギリ切れちゃって見えなくなりそうだったので、カットアップして見える位置に上手いことわざわざ移設したっていう(笑)。
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第4位
2013年4月号 表紙:レイザーラモンRG  ※2019年2月号 ★NEW PIC★
正直最新の2019年2月号の表紙の写真も抜群にいいので迷ったんですが(2枚目)、一応こちらで。でも前述のもベスト5に入れてもいいぐらいのクオリティなので今回の展示でも貼り出そうかと思ってます。撮る時わざわざ衣装とサックスも用意してくれたのもあって、抜群にいい写真が撮れたんですが、RGさん自身もめちゃくちゃ気に入ってくれて、アー写やFacebookのアイコンに使ってくれたりして。RGさん曰く「ボクがもし死んだら遺影に使う写真候補のナンバーワンですから!(当時)」らしいです(笑)。いや、RGさんもまた非常に撮られ方わかってる人というか、何も言わなくてもいっぱい色んなポーズや表情出してくれるので撮ってて非常に楽だし、ほんと毎回短時間でいっぱいいい写真が撮れます。
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第3位
2013年2月号 表紙:バクバクドキン
この表紙もアートワーク含めめちゃくちゃお気に入り。てかこの写真はもうバクドキの2人がちゃんとわざわざ衣装も着物用意して且つメイクもわざわざ黒塗りしてという完全なるプロ意識から生まれた作品以外の何物でも無いってぐらい。ほんとお陰で非常にキュートでポップでアートな作品になりました。2人も非常に気に入ってくれたみたいで、その後この写真使ってグッズ作って売ったりしてた様です(笑)。いやあ、今回の企画考えた時にまず真っ先に想い浮かんだってぐらいの非常に優秀作品です。
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★第2位 ★NEW PIC★
2017年1月号 表紙:AYA GLOOMY
今や若い子の間ではちょっとしたカリスマ的な存在になってしまったAYAちゃんが表紙。Webに出入りし出した頃から突出したフォトジェニック感あったのでいつか撮りたいなあ〜とは思ってた矢先、ライブ出演があった月にいいタイミングだと思って撮らせて貰った的な。もうぶっちゃけ表紙のクオリティーだけだったらダントツに1位だったかも。それぐらいお気に入り。もはやちょっとしたファッション誌の表紙っぽくないですか??これまた今回この企画考えた時に「やっぱ1位はコレかなあ…?」って思ったぐらい、マジでボク的には非常にお気に入りの作品。ちなみにギリギリまで迷ったもう1枚の候補写真も載せておきます。ぶっちゃけ候補写真の方がAYAちゃんっぽさは出てるとは思ったんですが、抜群に写真が良かったのでこっちにした的な。
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第1位
2014年10月号 表紙:朝本浩文
いやあ〜結構迷ったんですが、最終的にやっぱ何といってもこれになっちゃいますかねえ。この写真は元々は現ベスト20選にも入ってる『2009年11月号』の表紙の撮影時の表紙候補だったけど残念ながら落選した写真だったんですが、素で軽く微笑んだ朝本さんの表情が非常に良くて、朝本さんの人柄がとても良く出てるというか。ちょうど事故った直後に開催した朝本さんへのチャリティーイベント『AID FOR ASAMOTO』があったのもあってマンスリーの表紙にしたんですが、親しい人達からの評判も抜群に良かったし、やっぱ諸々そういうのも込みで1番印象深い表紙ではありますかねえ。
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圏外
2014年6月号 表紙:ナガサワ NOT MASAMI
手前味噌で誠にすみません(苦笑)。でもこの写真は我ながらなかなか気に入ってて。20周年の月ってのもあるので非常に印象深いし。これって元々年始の年賀状用に毎年撮るスタッフ写真の時の写真なんですが、一応シャッター押してるのはスタッフのマッシュくん(笑)。まあ構図とか照明のセッティングとかはボクがやってるんですけど。ほんとはもっとバカバカしく、当時巷で超話題になったハロウィンの仮装時にやった『LINEのジェームズ』の仮装して撮ろうかと思ったんですが、直前になってやっぱさすがにふざけ過ぎかな…と思って自重したっていう(笑)。着物着てるしイギリス流ファックユーポーズでもある裏ピースがある意味20周年に掛かってるしいいかなあと思ってこの写真にした的な。昔から周りに「ナガサワさんは表紙やらないの??」って聞かれるたびに「いやオレは裏方だからやらないよ。まあでももし万が一にもWebが20周年までいったらやろうかな。」と答えてた頃はまさかそんな奇跡の日が来ようとはこれっぽっちも思ってもいなかったんですが的な(笑)。でも写真の出来としては正直『ベスト10』に入れてもいいぐらいだとは思ってますけど。あ、でも、さすがに自分の写真でかでかと貼り出すのは小っ恥ずかしいので、これは店内には貼りませんけど(苦笑)。
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しかしふとした思い付きから始めたこのシリーズも、実に2001年初頭からだから18年半ですか。一回り大きいサイズで2色だった頃から数えると1996年7月からだからちょうど23年ですよ。元々カメラなんてさして興味も無かったスーパーど素人だったのに、よくもまあこんなに長くやってきたもんですよ。時間と共にかなり腕も上がったと思うし。今見ると撮り始めの頃とか酷いもんですけどね〜(笑)。あとカメラの腕もそうですけど、フォトショップ使いの腕も若干上がったかと。撮るの失敗して「ヤバいどうしよう…」っていう絶体絶命の時も何度かありましたからね〜。そんな絶体絶命の苦境もどうにかフォトショップでフォロー出来たというか。


ちなみに今時はもうスケジュールも皆さんネットでチェックするのが普通になってるので、マンスリーフライヤーの必要性なんてのはもはや無かったりもするんですが、ここまでくるとなかなか止めれないというか。若干伝統芸的な感じも無くは無いですからね〜。未だに『Webの表紙になるのが夢です!』とか言ってくれる人も多いし。


ちなみにフィルターを掛けて現在のスタイルになったのが2001年1月号から。同時に表面はカラーでB6サイズに。ちなみにこの独特のフィルターを掛けたスタイルは、後で考えると恐らく当時ヒロ杉山さん作のTBCのCMを観た印象が頭に残ってた様で、ヒロ杉山さんの存在とかも全然知らずに「なんか絵っぽい感じの写真の表紙にしたいんですけど、そういう感じに出来ませんかね??」って当時一緒に作って貰っていた知り合いのデザイナーの人に相談して試行錯誤してやって貰った的な。確かこのシリーズ始めて数ヶ月後ぐらいにFPM・田中さんから「表紙、ヒロ杉山っぽくていい感じですね〜」的なことを言われて、初めてヒロ杉山さんの存在を認知した的な(苦笑)。って訳でかなりヒロ杉山さんには影響受けてます。てか最初はほぼ模倣的な感じだったかと。

フィルター掛けも慣れるまではだいぶ時間掛かりましたけど、写真もほんとある程度思った様に撮れる様になるまではだいぶ時間掛かりましたね〜。未だに失敗も多いし(苦笑)。ちなみにボクの写真ってフィルター掛ける前の元の写真からいわゆる「Webの表紙っぽい写真」になってるんですよ。コレって実は強烈なライトを至近から当てて撮ってるので、思いっ切り明暗のメリハリが出来るんですよ。プロではまず余りやらない手法というか。前に1度とあるライブ会場まで出張で行ってリハ終わりに楽屋横で撮ってたら知り合いのプロのカメラマンから「へ〜!毎回独特な色味の写真だから一体どうやって撮ってるんだと思ってたけどこうやって撮ってんですね〜!」って言われたり。ど素人だったからこそ生まれた奇技とでも言いましょうか(笑)。
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※キャッシャー横に貼り詰めてるマンスリー一覧。もはやちょっとしたポップアート。キャッシャー前で気付いた人はうっかり見入っちゃう人多数。








まあ毎月なにげに大変な作業なんですけどね〜。でもやっぱ何でもそうですけど、コツコツと地道に何かを積み重ね続けることって、時間が経つと共に非常に貴重な宝物になってくるというか。マンスリーの作品なんて正にそうだし。ぶっちゃけもういい加減辞めようかな…とか思ったことも多々ありましたけど。まあでも流石にここまで来たら閉店するまで続けようかなあとは思ってますけど(多分)。

ちなみに表紙の写真って最近はもうずっとモデル側に好きなのを選んで貰っていて。勿論最初にボクが良さげなのを選んでその中からって感じですけど。昔はボクが選んだりもしてたんですが、何度か「えー!もっといい写真あったのになんでコレにしたの??」とか言われたりして面倒になって選んで貰う様になったというか。いや写真ってほんと撮り側と撮られ側では全然チョイスが違うんですよ。更に言えば第三者が選ぶとこれまた違ったり。やっぱ視点も見方も全然違いますからね。勿論たまに意見が合致する時もあったりはするんですが。あ、あと時間が経つとまた見え方が変わってきたりとかも。不思議なモンです。なので今回選ばれなかった表紙の中でも内心「ボクが選んだ写真使ってたらベスト10入ってたかもなあ~」ってのも多々あります。なんせ今回のチョイスはボクなので(笑)。
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※正直今回選んだ『ベスト10』を始め店内に貼ってる『ベスト20選』以外にもいい作品多数です。全て自分で撮って作ってるのもあって(超初期の方は手伝って貰ってますが)、言うまでもなく全ての作品に対して想い出もあるし思い入れも強いし。絶対他の人が選んだらもっと違うチョイスになってるだろうし、何年か経ったらチョイスが変わってくる可能性も。なので今回選ばれなかった人もほんとたまたまなチョイスなので、全然気にしないでください(笑)。









表紙用に撮った写真は基本、気に入ったのがあったら好きに使っていいとはモデルの人には言ってて、表紙になった写真や表紙にならなかった他の候補写真とかも含め、SNSでのアイコンで使ってくれたり、長年アー写で使ってくれてる人もなにげに多数居たりするんですが、ボク的には毎回その人のアー写を撮るぐらいのつもりで撮ってるので、そうやって気に入ってくれて使ってくれるのは非常に嬉しいです。いや、ある意味冥利に尽きるというか。やっぱ幾らボクが気に入ってる作品でも、モデルの人に気に入って貰えなければやっぱ淋しい気持ちになりますし、むしろ逆にボク的には余り気に入った作品ではなかったとしても、その人が非常に気に入ってくれてたりする方が全然嬉しいというか。


あと長年写真撮り続けてると思うのが、やっぱ気心知れた人とはいい写真が沢山撮れることが多いです。勿論前述したGAKUさんや掟さんや宇多丸さんみたいに、撮られ方わかってる人だったらそんなの関係なくいいのいっぱい撮れますけど。やっぱ撮られ慣れてない人はどうしても最初は硬くて。なので色々ああだこうだと喋りながら撮ったりするんですが、気心知れた人だとやっぱ会話も弾むし乗ってくるのも早かったり。個人的には、カッコ付けたり決めた写真も勿論シュールでいいんですが、その人のふとした素が出た写真って結構好きなんですよね。ある意味その人の1番良さが出たりするんじゃないかとも思っていて。それを引き出すのはやはりカメラマンの技術以外のテクニックなんじゃないかとも思ってます。ってこんなD級草エセカメラマンが偉そうに言ってますが(笑)。


あと今回の企画で改めて思ったのは、いい作品はやっぱ衣装的なこともちゃんと準備してるのもなにげにでかいですね〜。やっぱ普段のスナップとは違ったアー写感が出るというか。掟さん、ハイパヨちゃん、メローの3人、ナイスくん、RGさん、バクドキも然り。あ、あと着物のボクも(笑)。やっぱなにげに格好やメイクも重要だなあとは思いましたね〜。
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※もはや今年が終わったら貼るところがない問題。どうするんでしょうか?どうなるんでしょうか?来年も三宿Webは続くんでしょうか?正直ボクにもわかりません。ネ申のみぞ知る的な!もはや色んな意味で乞うご期待(笑)。







そんな訳で店内の新しい写真展示、どうぞお楽しみに。今週中にプリントアウトして新たに貼り替える予定です。写真変えるだけでだいぶ雰囲気変わるんじゃないかと。まあここで観ちゃったからもう既にお腹いっぱいかも知れませんが(苦笑)。今後もマンスリーの写真撮り続ける間は『ベスト10』に食い込むぐらいのいい作品が沢山撮れるといいですね〜。

蒲田駅

※上京して5年住んだ想い出の街・蒲田。






一番最初に借りたアパートの契約書を見ると3月16日で上京してからちょうど30年経った様です。確か前日の深夜姫路発の寝台特急で朝品川に着いた流れだったかと。それから朝イチで就職先の会社に挨拶に向かった様な気が。その後不動産屋行って本契約じゃなかったかなあ?諸々の荷物が翌日届く予定で当日は部屋には何も無かったので、その日は会社の寮に泊まっていい的な感じだったと思うんですが、寮には泊まらず何も無い部屋行って寝たのを憶えてます。テレビも布団も何もない部屋でやることなくてとりあえず寝るしかなくて、でも寒くて暖房つけながらロフトの地ベタのフローリングの上で寝た記憶。んで翌日の午前中にどっと荷物が届いた的な。
契約書

※こんなの未だに持ってるのって如何にもボクらしいでしょ?(笑)。






上京前はほんと楽しかったんですよ。学校もほぼほぼ終わって年変わったら田舎なもんでここぞとばかりにみんな自動車の教習所に通い出すんですが、高校で別れ別れになった中学時代の友達とかとも多々再会してまた遊ぶ様になったり。

あと教習所時代なにげにモテたんですよ。なんせ田舎だったので当時の同級生なんてみんなダサダサだった頃で。大半が上下ケミカルウォッシュのジージャンにジーパンだった様なイメージ。そんな中、メンズノンノの創刊号から毎月買って読んでたり学校サボって当時新しく出来たばかりの姫路のファッションビルのセールに朝7時に買い物行ったりしてたぐらいファッションには拘ってましたし、兄貴は美容師だったので当時ではかなり洒落た髪型もしてたし、当時の田舎レベルでは恐らくかなりのお洒落さんだったので(多分)結構目立ってたみたいで、他校の女の子から手紙とか貰ったりしましたからね~(笑)。高校時代とか女子の方が多い高校だったのに全然モテなかったのに(苦笑)。あと高校の同じクラスの可愛い子が急に接近してきたり。人間見た目じゃないとはよく言いますが、お洒落するだけでこんなにも異性へのウケが違うのか!と初めて痛感したもんでした。

まあそんなこともあり教習所時代の2ヶ月ぐらいはほんと楽しかったですね~。余りに楽し過ぎて上京する直前とか、上京に対する不安と友達と離れ離れになる淋しさが相まって結構ブルーになってきて。送別会的なのやってくれたりギリギリまで遊んでくれたりしましたけど、最後の3日間ぐらいはマジで内心「東京行きたくないな…」って想ってましたかねえ…。

証明写真

※上京直後に撮ったと思われる証明写真がたまたま昔のノートに挟まってて。このどこかのDCブランドのスウェットは上京前後よく着てましたね〜。







そんななか上京した訳なんですが、上京しての30年をざっくり振り返ってみると、修行の様な10代、激動且つ刺激的な20代、好きなことしまくって青春を謳歌した30代、運気急降下の40代って感じでしょうか(苦笑)。

蒲田

※つい最近撮った東急蒲田駅からのアーバンサンセット。








上京してからの1年半ぐらいはほんと辛かったですね~。前述した様に正に修行の様な期間でした。詳しくはこちらを。ほんと、上京して就職してた最初の3ヶ月間の唯一の休みは、渋谷の東急ハンズと西武ロフトとかへ部屋のモノ物色しに行ったり、当時流行ってたミニ缶のカクテル『ピーチツリーフィズ』を買って飲みながら録画した『ふぞろいの林檎たち』のビデオとか1人淋しく観て過ごしたりしてました。最初はまだ東京に住み始めたばかりの刺激があったので良かったですが、そのうち徐々に誰とも話せない、話す相手が居ない、地元の友達とも電話代が高くて滅多矢鱈と電話も出来ないっていう、正に初めて味わうこれ以上ない孤独感がじわじわと押し寄せてきました。なんせまだ10代でしたしね。

アップルハウス93

※上京して5年住んだ想い出のアパート。たったの5年だったけど、1番辛い時期や同棲した想い出もあって、やはり想い出ファクトリー。アパートの真隣に住んでた大家さんが非常にいい人でしたね〜。







前述のリンクのブログにもありますが、心が折れそうになってた直前に、思い切って勇気を出して会社を辞めて骨法道場に通い出してだいぶ生き甲斐みたいなモノが生まれてきましたし、同世代で話せる人も極少数ですが現れる様になって、孤独感もだいぶマシにはなりましたけど、未だに忘れもしないこういう日があって。

暦的に調べてみると恐らく90年の2月3日土曜日だと思うんですけど(多分)、その日っていつもの様に原宿のカフェドロペのバイトが終わり、山手線に乗って東中野の道場へ行く予定だったんですね。で、原宿駅まで行って、なんか急に孤独感というか何かが猛烈に襲いかかってきて、今日は道場行くの止めよう…と思っちゃったんですよ。ちなみに入門してから半年間1日も休まず通ってたんですが、もうなんか頭おかしくなっちゃって、山手線を道場とは逆の帰る方向の電車に乗っちゃった訳ですよ。で、当時住んでた蒲田まで来たものの今度は「このまま家帰りたくない…」とか思っちゃってそのまま降りずに1度も行った事も無い横浜方面へ向かったんですよ。

で、確か一旦横浜で降りたんですが「これからどうしよう?」と思った時にふと「港が見える丘公園に行きたい」と思い、地理もわからないまま石川町で降りて。でも前々日ぐらいが凄い大雪でまだ雪が積もってる様な道路状況の中、彷徨う様に探したんですが、なんせさっぱりわからなかったので案の定道に迷いまくり、看板に山下公園って出てきたのでとりあえず山下公園へ向かって歩いてたんですが、なにげに小一時間ぐらい歩いててヘトヘトで。道には雪がまだ積もってるし。本牧辺りのバイパス沿いかなんかを歩いてたんですが、遠目に当時話題になった有名なプールバーかなんかが見えた所で、寒いわ疲れたわで結局山下公園へさえも到着する前に挫折して帰ったんですが、あの日はほんとうに今まで味わってきたことのない物凄い孤独感に襲われた日でしたね…。当時のボクからすると、毎日通ってた道場を連絡もしないでサボって、無計画に横浜へ行くなんて考えられない行動だったんですが、なんかがふっと入ってきちゃったんでしょうねぇ。今考えると鬱状態に入っちゃってたんでしょうねえ。蒲田駅に着いて家まで歩いている道程で「オレってなんて孤独なんだ…。オレは孤独だ。世界一孤独だ…。」って絶望感に駆られてめちゃくちゃ落ち込んでたのを鮮明に憶えてます。

工学院通り

※この道を通って家路に着いてました。この看板もほんと懐かしい…。







ちなみに余談ですが、なぜ横浜へ?なぜ港が見える丘公園へ?という部分なんですが、実はボク当時岡村孝子にめちゃくちゃハマってまして。高2の頃に同じバスケ部のヤンキーの友達に「ナガサワ!これめちゃくちゃええからちょっと聴いてみて!」って薦められて(笑)。で、その時ちょこっとウォークマンで聴かされた曲が良さげだったので、ちょうど岡村さんのベスト盤も出たばかりの頃で買ったらどハマりして。もうそれまでの過去の作品とかも買ってもうずーっと聴いてましたね~。高3の1学期でバスケ部引退した後は結構色んな邦楽のCD買って聴いてたんですが(ニューミュージック系やバンド系が多かったです)、その中でも岡村さんは1番ハマりましたね~。当時の彼女の歌声や曲って、当時のボクには非常に癒されてたんですよ。じわ~と身体に染みこむ感じというか。初期の作品はかなり哀しい曲も多かったんですが、元々根暗なボクには非常にマッチした的な(笑)。なので上京前の感傷的な時期や、上京したての日々不安とストレスがいっぱいの頃はもう毎日聴いてたかもってぐらい。岡村さん聴かないと心が癒されなくて寝れないってぐらいだったかも(笑)。


※前述の友達に薦められたのは違う曲でしたが、個人的に岡村さんの曲で1番好きな曲。まあ90年代に入ってからの曲は知らないんですが(汗)。








話しを戻しますが、その岡村さんの曲の中で当時めちゃくちゃ好きだった『潮の香りの中で』っていう哀しい別れの曲があるんですが、その歌詞の一節に「今 港の見える丘には 海をみつめる忘れな草」っていう歌詞があって、確かそれで『港が見える丘公園』の存在を知ったんじゃなかったかと。それでふとそこに行きたいって思ったんでしょうね。


※当時はほんと根暗だったのでこういう暗くて哀しい曲が大好きでしたね〜。岡村さん自体も「デビュー当時は聴いてると死にたくなる様な暗い曲ばっかり書いてた(笑)」って言ってたぐらい。







でも逆に前述の『横浜逃亡事件』を経験したことで、逆に精神的にかなり強くなった感もあって。その後の人生で色々と大変なことは勿論多々ありましたけど、その都度「いやいや、あん時に比べりゃ全然マシだろ…」って思える様になったというか。それぐらいほんとにほんとに、当時のボクにとってはこの世の終わりぐらい思ったぐらい、めっちゃくちゃ辛い想い出でしたから。

池上本門寺

※つい最近撮った、なにげに初めて行った池上本門寺からのアーバンサンセット。






もしも願いが叶うなら、30年前にタイムトリップして、友達も話し相手もいず、金も無くて食うモノも食えない30年前の自分に逢って、話し相手になってあげたいしメシも奢ってあげたいですね~。なんとか励ましてあげたいし力になってあげたい。もうほんと、あんなキツい状況でよくもまあ耐えたよなあ~ってぐらい辛かったですから。あ、でもダメですね、そんな甘いことしたら大して精神的に強くはなれなかったかも(苦笑)。

まあ上京してからの2年間はほんとロクに友達も出来なかったし彼女なんてとんでもないって感じで、これまたなぜか鮮明に憶えてるんですが、19ぐらいの頃のとある日に原宿駅の中を歩きながらふと「このまま東京に居たらオレ一生結婚出来ないかも…」って真剣に悩んだのを憶えてます。それぐらい全然女っ気なかったんですよ。当時メモ帳に知り合いの連絡先とかを一覧で書いてたんですが、マジで全然女性の連絡先無かったですから。つって結局未だ結婚出来て無いから当時のボクの予感は結果当たってる訳ですけど(笑)。

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20代に突入してすぐにクラブ業界に入ったのはボクの人生にとって非常に大きな転機になりました。元々興味本位で入ったんですけど、半年前ぐらいには前述の様に全く女っ気なかったのに、クラブでバイトする様になってからは一気に女っ気が増えましたからね~。こっちから声掛けなくても逆に声掛けられる様になったり。ビックリでしたよ。勿論仕事も頑張りましたしオシャレにも必死に頑張りましたけどね。まあ詳しくはこれまたこちらを(笑)。

そして20代はやはり、20代に入ってすぐに経験した、各クラブで働いたことで知り合った2人の女性との大恋愛が非常にでかかったかも知れないですね。しかも立て続けにあった訳で。物凄く人間として、男として大きく成長させられたと思いますね。まあ気になる方は昔のブログを(笑)。

やっぱボクの上京してからの30年を振り返ると恋愛は非常にでかかったかも。まあ根がロマンチストの塊みたいな人間なんで(笑)。『カッコ付けないカッコ良さ』ということに気付いた28ぐらいの頃から一気にモテ始めたので、有り難いことに30代は沢山の女性と出逢いました。この30年で恋愛の記憶だけ消したらほんと何の味気も無くなりそうですよ(笑)。それぐらいなにげにボクのこの30年を振り返ると恋愛というのは無くてはならない重要な部分だったかも。

丸子橋

※最近よく通る多摩川の丸子橋。夜は夜景とライトアップが綺麗で非常にアーバンです。







のべ4度の1人で行った海外旅行はどれも非常に印象深く残ってますね~。間違いなく毎回その年での1番の想い出になってるぐらい。まあ行った街はニューヨーク1回、ロンドン3回、パリ2回の3都市のみなんですけど。外国に行くのって本当に「百聞は一見にしかず」を痛感しましたね。あの感覚はやはり実際に行ってみないとわからないと思いますもん、幾ら今や超情報社会とは言えど。ちなみにうち3度は20代後半に、3年連続で。

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※98年7月14日パリでまさかの初タトゥー。

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※2013年7月ロンドン・ベイズウォーターの激旨チャイニーズレストランで朝本さん夫妻と。







若かりし頃はほんとバカだったので、内心「オレは絶対何かを持ってるから何かしらで大成するハズだ!」とか「何かしらで有名になるハズだ!」とか無駄に思ってましたし、子供の頃に母親の知り合いの占い師からは「この子は大器晩成型だけど、下手すると救世主になれるぐらいの素質がある。」とか言われたり、Webのオープン当初の土曜日って占い師の人いれたりしたんですけど、その人からも「貴方はこんな小さな場所に落ち着く器の人じゃないから、もっと大きな場所に移った方がいい。」的なことを言われたり。まあ占い師なんていい事しか言わないのかも知れないけど、鵜呑みにしてその気になったもんでした(苦笑)。まあ残念ながら結局のところ何にも起こりませんでしたけど。もっと何かしら才能あると思ってたんですけどね〜(苦笑)。昔から何やらせてもある程度はやれる方だとは思いますけど、人より抜きん出た『突出した何か』は特に無かった的な。残念ながら。まあ器用貧乏的なのも多分にあったかも知れないですけど。

最近ふと思うのが、ボクに唯一何かしら可能性があったとしたら、もしかしたらバーテンダーの道だったかも知れないですね。周囲にはなぜか早くから才能を高く評価されてましたし。早くからって、二十歳から始めて数ヶ月後には既に上の人達には評価されてましたからね。半年後にバーチーフの人が辞めちゃって代わりにバーチーフに異例の抜擢された的な。勿論猛勉強したし先輩スタッフのを見て盗んだりと、ボクなりに努力もしてたのを上の人に買われてって感じでしたけど。

先日ROOM時代の同期である店長の佐藤くんが辞めるというので約16年振りぐらいにROOM行ったんですが、未だにボクがROOMバーチーフ時代に考案したオリジナルカクテルの『KYOTO』が大人気らしくて。これ考えたのなんてボク若干21でしたからね。客観的に考えたら天才でしょ?(笑)。Webバーチーフ時代に考えたオリジナルカクテルの『オリジナルオレンジカクテル』と『オリジナルグレープフルーツカクテル』も25年経った今も大人気だし。

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※ROOM着いたらすぐにお友達の祥子ちゃんがボク含めみんなにご馳走してくれたKYOTO。






昔はほんとバーテンやってると色んな人に褒められましたよ。ある日何かのイベントでフードで来てた歳上の女性の人が、真横からずっと酒作ってるのを見入ってて、後で話し掛けてきて。「私フード作りを生業にしてるのでお酒のことはわからないんですが、動きに寸分も無駄が無くて余りに所作が美しくてちょっと感動して思わず見入っちゃいました。」って言われたことが非常に印象に残ってますね~。勿論異性にそうやって褒められるのも嬉しかったですが、当時は同性や同業者によく褒められたんですよ。それがなにげに嬉しかったし自信にもなったというか。いや、自分で言うのもなんですが、ROOMとWebのバーチーフ時代のボクは、ちょっと神懸かってた部分ありましたから。マジで。ガンダム世代的に言うと、バーテンやってる時は完全に『ニュータイプ』状態でしたよ。頭の回転の速さと手先の器用さは尋常じゃなかったですからね~。たまに自分でも客観的にビビってたぐらい。

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※ROOMオープニングスタッフによる写真(綾子さんだけ居ないけど)。92年12月。21歳。







そのバーテンの道もすぐ辞めてしまいましたからね。やっぱ店ってトータルで見られる訳で。酒だけ美味くてもどうしようも無いんで。なのでトータル的に見れるポジションを選ぶようになったというか。酒作るのは得意でしたけど、お客さんとの応対は昔から苦手でしたし(笑)。まあ元々飽きっぽい性格でしたし、始めた経緯もたまたまだったし、そのままバーテンダーとしての道は、まあどのみち無かったでしょうけど。

もし高校卒業後すぐ上京してなかったらどういう人生歩んでたかちょっと想像してみたんですが、恐らくとりあえず地元で就職かバイトかは勿論してたとは思うんですが、二十歳ぐらいまでの間にきっと神戸辺りには出てた気が。実家から神戸までは結構離れてるんですが、1時間ぐらいでは行けるので。いきなり大阪には出なかったろうなあ。で、神戸でのバイト先にもよるんでしょうけど、普通に想像したらやはりお笑いの夢を捨てきれずにNSCにでも入りそうな気もしますねえ。あ、そしたら大阪までは出るかなあ。その後はNSCでの出逢いがあるかどうかでその後の人生も大きく変わりそうな気が。ピンでは絶対無理だと思うし、気の合う相方候補との出逢いがあればそのまま芸人の道へってことも。もしくは限界を感じて芸人の道は諦めてるかも知れないし。

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※お笑いの夢諦め切れず三宿Webで地味に活動していた草お笑いユニット『ハンソデポリス』の20周年復活ライブ時の。もう2度とやらんけど(笑)。







あとはやっぱ非常にファッションには興味持ってたので、オシャレはしてただろうし、そしたらもしかしたら必然的にクラブとかにも行く様になってたかも知れないし、そしたらバイトしてみたい欲も生まれてたかも知れないし、そしたら似た様な道を歩んでたかも知れないし…(笑)。まあでも普通に考えたら上京することは考えなかったとは思いますねえ。なんせ知り合いもツテも全く無かったし。そんな超アウェイな場所へはそうそう勇気無くて行かなかったでしょうね。当時は今よりももっと遠くてでかい場所でしたから、東京って街は。

全ては運や縁で人生ってビックリするぐらい変わっていってしまうもんだとは思いますが、もしその運や縁が上手く繋がって芸人になってたらってたまに考えたりします(笑)。もし若い頃から本気でやってたらどうなってたんだろう…?って。もしかして今頃テレビとか出てるのかなあ…?とか(笑)。まあとっくに辞めてるような気もしないでもないですけど(苦笑)。どうなってたんでしょうね~?非常に興味があります。

でも総じて考えると、もし高校卒業後に上京してなかったら、かなりの確率でその後東京には出なかったでしょうね~恐らく。万が一にも芸人になって万が一にも売れて東京進出とかだったら考えられなくもないけど、まあそんなのは確率的にも非常に低いでしょうし。まあ全く違った人生になってたでしょうし、全く違った環境で全く違ったドラマが生まれてたんでしょうね~。想像も出来ないですけど。

若い頃は何も考えてなくて、とりあえず「普通の人生は歩みたくない」とか「サラリーマンにだけはなりたくない」とか「人とは変わった人生を歩んでみたい」とか考えてましたけど、まあそういう意味ではある意味その通りになった的な。まあでも今の年齢の頃にはもうちょっと地位も名誉も財産もあると思ってましたけど…(苦笑)。でも最近思うのが、ボクはやっぱ地位や名誉や財産よりも、自由だったりやり甲斐だったり、そういうのを重んじる傾向が強いような気がしますね。正直Web辞めてフリーエージェントで手を挙げたら、拾ってくれて尚かつ今よりも高給なお店とかありそうですけど(多分)、今って収入は全然低いですけど、まあなんせ最低限好きな様に出来るし、自由時間も多いし、制約が少ないんですよ。それってやっぱなにげに心地いいというか。まあ逆に言うと全部自分で背負い込まないといけないのでなかなか精神的にはキツい部分もありますけど。

20代はもうひっきりなしにアホほど働いて、その分お金も稼いでましたけど、全く余暇や自由な時間が無くて。このままポックリ逝っちゃったら後悔してもしきれんなあ…とか日々思ってました。今はほんと最低限の収入でどうにか色々切り詰めて生活してはいますけど、特に不満は無いんですよね。勿論もうちょっと収入あった方がいいですけど(苦笑)。でもその分余暇もあるし、その自由な時間で色んなこと出来るし。ボクの場合圧倒的にエンゲル係数低いのもかなり助かってますかね~。自分の作るメシが嫌いじゃないので、しょっちゅう自炊してますけどストレスも無いし。外で小洒落た店で無駄に高いご飯とか食わなくても全然OKな人なので。昔から食よりも物にお金掛けたがる傾向があるんですよね。完全に典型的な貧乏性ですね(笑)。

まさかこの歳で結婚してないのもビックリですけど、でもある意味コレはちょっとだけ想像してたかも。元々結婚願望とか家庭への憧れとかも特に無かったし。まあでも色んなこと経験させて貰って、唯一経験してないことは結婚であり子供を作ることなんで、死ぬまでに1度でも経験出来るといいですけど。まあでももし経験出来なくても後悔は無いかなあ。結婚したいと思える相手が現れれば勿論したいですけど、無理してとかは全く思わないので。

やっぱ人生とは日々ストレスとの戦いだと思うんですね。そのストレスの発散の仕方は人それぞれだとは思うんですが、ボクの場合、無駄に多趣味で本当に良かったなあ~とは思いますね。元々凝り性なタイプなので、好きなモノが見付かるとめちゃくちゃ没頭してしまう癖があって。逆に言うと懲りすぎて無駄に疲れるんですが(苦笑)。でもやっぱ好きなことに没頭してる時ってしんどくても楽しくて。ちょっとしたストレス発散にもなってるし。そう考えるとこの30年で沢山色んな趣味が見付かったのは本当に良かったなあと。

草野球やってるなんてのも夢にも思わなかったし。18年前にほんと勢いと思い付きで草野球チーム作ってまさか未だにやってるとは(笑)。てかほんと草野球なんて絶対的に1人じゃ出来ないもんだし、全く野球経験の無いボクみたいなのが監督やってるチームで、一緒に気持ち良くやってくれている現旧のチームメイトにも感謝だし、対戦相手の皆さんにも感謝しかありませんよ。いやほんと、未だにグラウンドでキャッチボールとかしてるレベルでも内心「いやあ、平日の朝からこんな綺麗なグラウンドでキャッチボール出来るってなんて幸せなんだ!」って思いますもん。

世田谷公園

※朝の世田谷公園。ほんと草野球やり始めたのもちょっとした運と縁というか。ある意味奇跡的だし、こんなに長くやるとは始めた頃は思いもしませんでしたよ。








元々飽きっぽい性格なので多趣味なのは好都合だったというか。そして色んな趣味を地道にコツコツと続けたお陰で、SNSブームの影響もあってお陰様でちょっとした色んなイメージも付いたというか。ユニオンジャックに達郎にボンゴレにおむすびに草野球にまさみじゃない方とかも(笑)。いや、そういうのもやっぱ有り難いと思いますよ。「なんかユニオンジャック見るとナガサワさん思い出しますよ!」とか「達郎聴くとナガサワさん思い出しますよ!」とか。まあボクの周りのごく少数だとは思いますけど。でもなんか、イメージ付けをする為に意図的にやった訳ではなく、ただ単に好きだからその趣味を一生懸命やっただけでそういう風にイメージして貰えるというのは、やっぱなんかちょっと嬉しくて。やっぱどんなことでも、金にならないことでも、趣味レベルのことでも、一生懸命やるもんだなあ~とは実感したというか。

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※ユニオンジャックグッズコレクションを飾っているショーケース。本格的に集め出したには2008年からですかね。

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※数あるおむすびコレクションの中でも最高峰の呼び声高い『枝豆おむすび』。おむすびは2011年から。おむすびもこんなに長く作り続けてるとも、こんなに評判になることも思いもよらず。

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※ナガタツも最初はほんとノリで始めたんですが今や的な。これもほんと、ただひたすら達郎が好きで突き詰めていったら的な感じですからね〜。本格的に達郎にハマり出したのは実は2002年から。

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※ご存知ボンゴレ。これもただ単に好きで突き詰めながら作り続けてたら26年経ってた的な。不思議なモンです。







上京して30年、ほんとに楽しいことも悲しいことも酸いも甘いも沢山色々ありましたし、現状だけを見るとなかなか大変な状況ではありますけど、総じて言うと結果幸せだったなあとは思いますね。ほんと上京して良かったと思うし。まあなんせ30年経った今も東京で健康体で暮らせてるってのはでかいですけど。志半ばにして田舎帰っちゃった知り合いもいっぱいいるし見て来たし。東京に居られていることに感謝だし、東京に出してくれた母親にはほんと感謝ですよ。珍しくショートメールで感謝の言葉送ったし。滅多にそんなことしないのに(笑)。

両手鍋

片手ザル

親子鍋

※上京してすぐに買ったアルミの両手鍋、片手ザル。購入して遂に30年が経過。アルミの両手鍋はそんな頻繁には使ってないけど(親子鍋は言うまでもなくそれ以上に)、片手ザルは未だにデイリーユースでヘビーに使ってるというのに。我ながら物持ちの良さたるや。








昨年末にまさかの上京したて以来の大田区復帰も、最初は若干ネガティブに考えてたりもしましたが、5ヶ月住んで思うのは「ほんと引っ越して良かったなあ~」ってこと。ほんと最近ふとした時にしょっちゅう思いますよ。なんせ代官山に14年、学大に10年住んで、もうその辺の界隈は行き尽くした感あったというか。真新しさなんかほぼ皆無だったし。それが今は通る道や街が全て目新しい風景が広がってて。今住んでる石川台周辺の街もそうだし、最近よく行く多摩川沿いとかもそうだし、昔住んでた蒲田にもよく行く様になったし、ほんとノスタルジー且つ新鮮なことが沢山あって日々刺激を貰ってるというか。iPhone落としたお陰で(結果出て来たし)長年使ってきたAUを解約して格安SIMのUQモバイルにしたのも長期的に考えるとでかかったし、10年乗ったチャリ盗まれてある意味致し方なく急遽買ったニューチャリの乗り心地がもう最高で、お陰で荷物運びも超楽になったし漕ぐのが楽で気持ち良いのでちょっとした遠出にも出掛ける様になったりとか。家賃も前よりも9千円も安くなったし。勿論多少の不便もありますけど、それを有り余るぐらいの良かったことが沢山。もうほんと今となってはいいこと尽くめですよ。

ニューチャリ

※これマジで買って良かった。ほんとに移動が楽になりましたし乗り心地も最高。

掃除機

※調べに調べた悩みに悩んで買ったコードレス掃除機。これもめちゃくちゃいい買い物でした。特に先端がLEDで光るのが手元の細かいゴミが見えてめちゃくちゃ便利。絨毯とか無いフローリングの部屋の人には圧倒的にお薦めです。

坂

※近所にあるよくドラマやCMの撮影に使われているらしいまあまあ急な坂。

陸橋

※前述の坂の上にある陸橋。

洗足池

※洗足池。ゼペット・ヤナさんに薦められて初めてちゃんと行ったけどめちゃくちゃいいですココ!







なんかこの歳になると、ほんと色んなことが有り難いと思うし、幸せだなあとも思えるし、なんてラッキーなんだろうとも思えるし。てかもう生かされてるだけで有り難いというか。歳取って色んなことを経験したのもあって、色んなことに対しての感謝が増えた気がしますね。東京でやりたいことやりながら生きていくってほんと大変なことだし。

さてこれからの人生どうなっていくんでしょうね~。ボクにもさっぱりわかりませんよ。冗談抜きに急にWebが潰れるかも知れないし。っていうかちょっととある問題があって、もしかしたら恐らく来年はもうWeb無いんじゃないかなあ?とは思ってます(多分)。てかまあWebに限らず正直何が起こるかなんてさっぱりわかりませんよ。最近の瀧さんの一件もビックリだったし。でも常に何が起きても動じない様な心構えではいようとは思ってますけど。そしてその状況や環境にどうにか必死にフィットさせて生きていかないといけない訳で。まさに『時の流れに身を任せ』ですよ。そんな気構えで残りの余生を送ろうかと。そしてそんな中でちょっとでもなんか自分なりの何かを残せたらいいですけどね。まあ地位や名誉や収入は半ば諦めてるので(笑)。ちょっとしたことでもいいですけど。その為には日々ちょっとづつでもいいから何かしら地道に頑張らないといけないですけどね。

いやあしかし、知り合いも1人も居ず、右も左も前も後ろもわからない様な状況で上京して30年、この東京の荒波に揉まれながらよくぞ1人で頑張りましたよ。こんな無駄に偏屈で無駄に意固地で無駄に頑固な性格でよくも30年もやってこれましたよ。ほんとに。奇跡的ですよ。自分で自分を褒めてあげたい。そしてこの30年、出逢ってきた沢山の人達へ感謝です。こんな地位も名誉も無い偏屈で意固地で頑固なボクに良くしてくれて本当にありがとうございます。皆さん無くしてボクのこの30年の東京ライフは間違いなく無かった訳ですから。そしてこれからの東京ライフも、懲りずに何卒宜しくお願い致します。引き続き、もうちょっと東京ライフを楽しみたいと思ってます。好きです、東京。そしてありがとう、東京。

桜


東京タワー

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引っ越して以来よく池上線を使ってるんですが、特に用事があって蒲田に行くことが多くて。池上線って基本急行とか無いので各駅で停まるんですが、『御嶽山』に停まる度に28年前の淡い想い出が蘇るんですよね。今回は甘酸っぱく淡くも苦いその話しを。まあ過去大ヒットを記録した『ちょうど20年前のオレ的東京ラブストーリー』ほどの衝撃的な恋バナではないですが(苦笑)。

91年の初夏頃、CAVEに入店したてでようやく仕事にも環境にも慣れてきた頃でしょうか。当時はまだ原宿のカフェドロペが日曜以外の週6、CAVEが月水金の週3勤務でした。最初は口数も少なく寡黙な青年を装ってましたが、段々と素性がバレてきて和気藹々とやれる様になってきた頃で、出勤じゃない日とかもロペのバイト後にCAVEに遊びに行ったりする様にもなって。スタッフもみんな一様にいい人達ばかりでめちゃ仲良かったし。なので働きに行くのも遊びに行くのも、当時CAVEに行くのがめちゃ楽しかったですね〜。なので楽しくてうっかり長居しちゃったりもよくあったんですけど、翌日はまた早起きでロペ→そのあと夜通しでCAVEという寝れないハードデイが待ってるので、遅くなっても必ず終電までには帰ってましたけど。

そんな某日の木曜日、ロペ終わりでまたふらっとCAVEに遊び行って、確かその日は暇だったと思うんですけどスタッフの人らと飲みながら談笑してて、そろそろ終電近いから残念だけど帰ろうとバーフロアのあるB1からB2まで階段で降りたんですよ(当時のCAVEはB2からエレベーターでしか基本地上に出れないシステムだったので)。

キャッシャーに着くとまた仲のいい女性先輩とフロントのチーフの人とバカ話して爆笑してたんですが、お客さんがエレベーターで降りてきて。勿論瞬時にみんなピシッとクールにしたんですが、ボクが働いてから1度も遊びに来たことがないであろう可愛い女の子2人組で、どうやら入口まで来たけどどうしようか迷ってる感じで色々聞いてきて。「今日って何やってるんですか?」とか「幾らですか?」とか「ジャンルはどんな感じですか?」とか。

まあフロントの人はサバサバした感じでクールに対応してましたけど、ボクは可愛い2人組の女の子だし、更には酔ってた勢いもあって当時では珍しくノリ良く「絶対楽しいですよ!」とか「ここまで来たら遊んでいきましょうよ〜」的な軽いノリで推した気が。結局その推しもウケて笑いながら「じゃあ入りマース♪」って2人は入ってったんですが、気が付くと終電の時間が迫ってたのでボクは「じゃあ帰りマース」ってエレベーターに乗ったらその子達が「え〜帰っちゃうんだ〜?(笑)」とか残念そうに言ってくれたんですが、翌日のことも考えて泣く泣く後ろ髪引かれながら駅に向かったんですが、向かってる途中も駅に着いて電車待ってる間も「っていうかさっきの2人組の1人の子めちゃくちゃタイプだったなあ…めちゃニコニコして愛想も良くて感じも良かったし。ああああ〜なんでよりにもよってオレが出勤じゃないこのタイミングなんだよおぉぉぉぉ!!」てな感じで非常に残念で。いや、なんならやっぱ戻ろうかな…?とも何度も思ったぐらい。それぐらいちょっと久々にときめいたというかキュンとしたというか。

なにげに珍しくずっと忘れられなくて、ことあるごとに「やっぱあん時無理しても帰らずに残るべきだったなあ…絶対残って遊んでってたら仲良くなれたのに…。もう当分来ないだろうな…」とかめちゃ後悔しまくって。1ヶ月ぐらい経ってもずっと引きずってましたかねえ。勿論週3のCAVEでのバイトは毎度可愛い子はちょいちょい来てましたし、出逢いにはそんなに飢えてもなかったんですけど、やっぱあの子のことはずっと忘れられなくて。

そんな折り、当時ボクはアパレル業界に興味を持ち始めてた頃で、なんならクラブ業界辞めてでもアパレル業界に入りたい願望が強くなりかけていた頃で、知り合いのツテを伝ってラフォーレ原宿のセールの手伝いを1週間見習い的にすることになって。上手く行けばのちに社員になれるかも?的な流れで。当時ラフォーレのB1にあった『ハイパーオンハイパー』っていう、ほぼレディース中心でしたが当時では余り無かったクラブっぽい派手な感じの洋服を扱ってるお店でした。ハイパーオンハイパーでは1個歳上で当時『WACK WACK RHYTHM BAND』にも在籍していた中西さんて人がめちゃ気さくで優しくていい人で良くして貰いましたね〜。あと当時のラフォーレのB1.5には『TOKYO No.1 SOUL SET』の俊美さんがやってた『セルロイド』とかもあったり、他にも個性の強いショップや店員さんが沢山居ましたね〜。

セール初日は朝7時オープンだったので5時起きぐらいの勢いで行った記憶。6時半前ぐらいにラフォーレ着いたらもう長蛇の列でしたよ。そんなこんなで慣れないアパレルの仕事でしたが、とりあえず言われたことを次から次へと黙々とやってたんですが、ある日特にやることなかったのでワゴン番をさせられて。いわゆる超セール品を店頭のワゴンに出してそれを売る為の声出しとわさわさとお客さんが触った後に散らかった服を畳み倒すっていう仕事なんですけど、それを数時間黙々とやってたらなんと!目の前を前述のその一目惚れした女の子が歩いてるのを目撃して!!!そらあもう心臓バクバクで物凄い興奮しましたよ。でも余りにも唐突だったのとさすがに仕事中だったのもあって動けずで。それに今もそうですけど当時なんて相当な小心者でしたし。でも彼女、ラフォーレのハッピとか着てたので内心「わ、こりゃまさかのラフォーレで働いてる子だ!!」とは思ってて。「てことはまた店の前通る可能性あるかも!もし次店の前通ったらどんな状況でも絶対声掛けよう!!」とは思ってました。

その30分後ぐらいじゃなかったですかね~?未だ興奮覚めやらぬ頃にまたハッピ着た彼女が店の前通って!!しかもたまたま忙しくない時だったので勇気を出して声掛けて。「憶えてないと思うけど、1ヶ月前CAVEに来たでしょ?そん時にキャッシャーの前で声掛けた奴なんだけど、実はお姉さんのことその時一目惚れしてずっと逢いたいと思ってて。良かったら連絡先教えて貰えないかな…?」とどストレートに告白。確か足震えながらど緊張した様な記憶。彼女の反応はどうだったかなあ~?確か笑って何となく「あ〜なんとなく憶えてる!」的な感じだったかと。で、連絡先もすぐに教えてくれて。書く物無かったから確か当時吸ってた煙草の隅っこにボールペンで書いた気が。名前はCちゃんと仮定しておきます。しかもちょっと話したらどうやら彼女はなんとボクが働いてたハイパーオンハイパーの隣に位置する『プリンチペ』っていうお店のスタッフらしく。「もう何て縁なんだよ!!」と思いましたね〜。だって同じラフォーレで働いてても、階が違ったら全くニアミスとかも無かったかも知れないし。いやしかし結果まさかの再会出来て、もう天にも昇る気持ちとは正にこのことでしたよ。

確かセール終わってすぐの日曜日だった気がするんですが、早速教えて貰った番号に午後2時か3時ぐらいだったかなあ?電話して。応対も非常に好感触で「今何やってんのー?」的な感じで聞いてみたら「今日ちょうど休みで、あの時CAVEに一緒に行った友達がうち来てるんだよね~」って言って。ボクが「なんだ~暇だったら逢えないかなあ?と思ったんだけど~」的なこと言ったら「え~なんならうち来れば?友達すぐ帰るみたいだし。どこ住んでるの?」って言われて「ちょっと遠いんだけど、蒲田だよ~」って言ったらなんと「えー!私御嶽山!(笑)。池上線で1本じゃん!(笑)」って話しになり急遽彼女の家に遊びに行くことに。

なにげに上京して好きな女の子の家に遊びに行くなんてのは初めてで、めちゃくちゃ無駄に緊張した記憶。で、ガッチガチに緊張して彼女の部屋入ったら、その一緒にCAVEに遊びに来てた友達も居てうだうだと喋ってて。余りにも緊張して口数も少なくて、最初は2人にめちゃツッコまれた様な気が(苦笑)。友達の子はそうこうしてる間に小1時間ぐらいしたらほんとに帰っちゃって。まあボクからしたら2人っきりになれるので『ラッキー♪』的な感じでしたけど(笑)。

で、その後全然憶えてないけど、なんだかんだとしょーもない話しを延々喋ってたんでしょうね~。あ、そうだ、当時彼女は特に付き合ってる人は居なかったんですけど、ちょっと気になる人はいるって言ってて。しかもDJ(笑)。聞いたらボクは面識ない人でしたけど。そんな恋バナとか諸々色々話したり、確かご飯とか作って貰ったんだっけかなあ…?全然憶えてないけど(苦笑)。そうこうして気が付くと結構いい時間になってて。ずっとテレビ点いてたんですが、当時夜11時過ぎぐらいから始まるプロ野球ニュースとかやってましたから。当時しょっちゅうプロ野球ニュース観てたのでだいたい何時頃に始まって何時頃に終わるかなんてのはだいたいわかる訳ですよ。プロ野球ニュース終わる頃ってもう終電終わるぐらいの時間で。なんかずっと楽しかったしなんなら帰りたくないしで「あ、彼女が帰れって言うまでは終電の時間とかうっかり気付かなかったフリしようかな♪」とか思って(笑)。可愛いオレ(笑)。

で、まんまとプロ野球ニュースが終わって「あ!池上線て終電何時??ヤバイかも!」という白々しいことを言ったら彼女が「わ!ほんとだ!でももしかしたらギリギリあるかも!」ってことで2人で駅まで行くことに。内心「まだあるんか~い!」とは思いながら(苦笑)。で、内心「終電終わってます様に終電終わってます様に」と唱えながら御嶽山の駅に着いたらちょうど目の前で最終が行ってしまった的な。まあでも環八1本でタクシーで帰れない距離でも無いし、状況的にさすがに泊まるなんて悪いし帰るかなあ…とは思ったんですが、そしたら彼女が「どうする?なんだったら泊まってく??」って言ってきて!「え~いいの??」と結局まさかの泊まらせて貰うことに。

読んで頂いてる大方の皆さんの予想では、そこで結ばれてその後どうとか…って思ってると思うんですけど、なんと当時のボクは今じゃ考えられないぐらいアホほどのスーパーウブ時代だったので「いやいやいや、付き合う前にやるとかダメでしょ!」ぐらい思ってたので、彼女が寝てるマットレスの真横に布団敷いてくれて寝てたんですが、一晩中全く手を出さず。勿論チュウも無し。あ、手は繋いだかも(笑)。可愛いオレ(笑)。

ちなみに彼女は翌日もお休みだったんですが、元々どっかにみんなで遊びに行く予定の日だったらしく、でも直前まで全然連絡無いから流れるかも…みたいなことを言っていて。夜中の2時ぐらいに誰かから連絡来て話してましたけど、結局無しになったみたいで。なので急遽予定が空いたので翌日もデートすることになり。

一旦着替えたいのもあって起きてから蒲田のうちまで付いて来て貰って着替えて、そこから自由が丘にランチしに行ったかと。奥沢で降りて歩いてその店行った的な。全然憶えてませんが(苦笑)。その後2人で雑貨屋とか回ったかなあ。全然憶えてませんが(笑)。その後もどうしたかあんまりよく憶えてないんですが、最後は夜8時ぐらいに五反田の駅で別れた様な。彼女朝起きてから風邪引いたみたいでずっと身体が重そうでしんどそうで。それもあって早めにお別れした的な。もうなんならそのまままた御嶽山行きたかった気分でしたけど(笑)。

後日、泊まったけど何もしなかったその時の話しを仲の良かったCAVEのキャッシャーの1個上の女の人に言ったら「え〜!ナガサワくん偉いよ!!男だったら絶対すぐやっちゃうのに。彼女絶対大事にしてくれたと思って嬉しかったと思うよ~!」みたいなこと言われて。「だといいなあ〜」とは思ってましたけど。

彼女とは確かその後も1回ぐらいご飯食いに行ったかなあ?原宿のボエム行ったの憶えてるので。そうだ、その時彼女をふと見たらたまたま鼻くそが鼻の穴の中でそよいでて(笑)。普通だったらちょっとガッカリパターンじゃないですか??でも当時のボクは彼女にゾッコンだったのでその鼻くそさえも愛おしかったですね(笑)。なんなら鼻くそに合わせてボクも一緒にそよいでたってぐらい(笑)。あと夜にロペでも彼女の友達も含めた何人かでお茶しましたかね〜。でも確かそのちょっと後なぜか急に連絡が余り取れなくなって。電話しても「ごめん今忙しいから暇になったらこっちから連絡する」的な冷めた感じで。最初はほんとに忙しいんだろうな…と思ってたんですが、待てども待てども連絡は無く。内心「ああ、よくわからないけどフラレたかな…」とは思ってました。

そんな話しをまたタイプの違うこれまた仲の良かったCAVEのキャッシャーの1個上の女の人に言ったら「バカだね〜あん時やってたら付き合ってたかも知れないのに。」って言われたり。他のこれまた仲の良かった1個上の女の人にも同じこと言われましたかねえ…(苦笑)。

あとその後に前述した1番最初にCちゃんと一緒に来た友達の女の子がたまたま別件でCAVEに遊びに来たことがあって。なにげにCちゃんのことも聞いたと思いますが「最近Cちゃんと逢ってなくて。」的に言われた気が。で、営業終わって朝方彼女を駅まで送ってったんですけど、その時ぽろっと「ナガサワくんてほんといい人だよね~。でもいい人もほどほどにしないとお人好しって言われちゃうよ?」的なことも言われて内心「あ~やっぱあの子にもきっとそう思われてたんだろうな…」的にも思ったりしましたかねえ。

半年後ぐらいでしょうか?ボクが毎週金曜日だけCAVE早番で上がった後、六本木のジオイドっていうディスコを一晩借り切って夜中の2時から朝8時までやってたアフターアワーズの超人気パーティー『CLUB WARP』っていうイベントでホールのバイトしてたんですが、ある日にCちゃんがベロベロで男の友達も含む何人かで遊びに来て。多分ボクが働いてるの知らないで来たんじゃなかったかなあ?とは言え勿論動揺しないハズはありませんでしたが、ボクは気にしない様にして相手にもせず黙々と働いてたんですが、内心はちょっと腹立たしい思いもあって。

その日は気が付いたら彼女チームは帰ってたし特に接触もなかったと思いますが、その1,2週間後ぐらいに今度は週末のCAVEにも遊びに来て。勿論同じ様にしれっと働いてましたが、やはり内心「わ、また来たよ…よくもまあオレの気持ちを逆撫でする様なこと出来るな…」とか思いながらも若干イライラしてました。営業途中でホール回ってたら声掛けられて「ちょっと話したいことがあるんだけど…」みたいな感じでB2辺りの隅っこまで連れて来られて「やっぱ怒ってるよね…?ずっと謝りたいと思ってたんだけど…。」的なことを言われたのかなあ?ボクは多分何も言い返さず苦虫噛みしめた様な顔してた気が。そしたら「ごめんね、実は急に態度がおかしくなったのは、前に好きなDJの人いるって言ってたじゃん?その人の子供が出来ちゃったかも…っていう事件があって(結果最終的には出来てなかったらしいんですけど)、私もうどうしていいかわからなくなってテンパっちゃって…。ことがことなだけに正直に言えなくて…。ほんとにごめんなさい。。」って言って号泣し始めて。さすがにボクも「わかったよ、もういいよ。」って言って慰めて。でも彼女は最後まで「ほんとにごめんね…」って涙ボロボロ流しながら言ってましたかねえ。

その日を最後に彼女とは逢うことはありませんでした。お互いに連絡もせずニアミスもなく。そして長らく時間が経った8年後の99年、わ、今からちょうど20年前ですね。夏前ぐらいに知り合いの結婚パーティーの司会を初めてやったんですよ。新郎は当時三宿WebでよくDJやったり頻繁に遊びに来てたりしてた人だったので、来てた人達も顔見知りばかりで確か着物着てやったんじゃなかったかなあ?テンション上げてめちゃ盛り上げてたんですが、ふと見たらCちゃんが居るのに気付いて。そらあ一瞬ドキッっとしましたよ。吹き抜けで2階もあって、Cちゃんはずっと2階に居たので最初は全然気付きませんでしたが。最後にドカーンと盛り上げて爆笑の中パーティーを終えホッと一息付いてたら、ちょうど出口付近に居たので帰ろうとしてるCちゃんもちょっと遠めにボクの前を通ったんですが、特に目も合わさず声も掛けず。まあ一緒に男性と来てたみたいだったし。なにげに横目でチラッと気にしてる様な感じはありましたし、さすがに気付いてはいたと思います。まあなんせ司会でしたから(笑)。

終わった後に新郎の人に「Cちゃんて知り合いですか?」って聞いてみたら「あれ?ナガサワくん知り合いなの??Cちゃん今は一緒に来てた彼氏(旦那だったかな…?)の○○さんと一緒に自由が丘で店やってるよ〜。」的なことを言ってた気が。8年振りのまさかの唐突の再会に若干の動揺はありましたが、99年ってボクが人生で1番のモテ期だった頃で、その日も確か当時好きだった女の子(三宿Webで働き出して初めて一目惚れして即告白した子で現某DJの奥さん・笑)を自分の部屋で待たせてたので心はそっちに向いてたのもありましたし(笑)、まあだいぶ時間も経ってたし今更感も若干ありましたけどね〜。

余談ですが、池上線と言えば御嶽山以外にも洗足池っていう駅が隣にあって、CAVE時代歳は1個上だけどボクより遅く入ったので後輩の大串くんて人がいたんですけど、洗足池に住んでて家も近かったしウマも合ったしでよくつるんで遊んでました。大串くんの洗足池の部屋にもしょっちゅう遊び行ったり泊まったりしてたし。大串くんが運転する大型バイク(後にハーレーになった気が)の後ろに乗せて貰って一緒にCAVEに出勤したり、土曜日営業終わって大串くんちに帰ってそのまま泊まってったり。ある日起きて腹減って「オレがなんか適当に作りますか〜」って言って近所に買い物しに行って、狭いキッチンで確か2人分のオムライスか焼そばかなんか作ってたらいきなり大串くんが「ナガサワ!なんかわかんないけど、男2人でこうやってメシ作ってて、オレたち田村正和と古谷一行みたいでなんかいいな(笑)」とか言いだして、ボクが「だいぶグレードの低い田村正和と古谷一行ですけど〜」とか言って2人で爆笑したり(笑)。いやあ懐かしい。しかしその洗足池の隣の石川台に今住んでると思うとこれまたなにげに感慨深いというか。

その大串くんとはほんとに気を遣わない間柄だったのでよく色んなこと話ししたりしたので、前述のCちゃんのことも話したと思うんですが、大串くんとの会話でこんなことを言われて。

大串「やっぱあん時やっときゃ良かったんだよ。オレだったら確実にやってたけどな。」
ボク「オレでも付き合う前にやるとかやっぱ嫌なんですよね〜。」
大串「まあお前のその考え方もわかるけどさ、でも男と女は体の相性とかもあるじゃん。付き合った後に初めてやって全然体の相性悪かったら最悪じゃん。それが原因で別れたりしたら自分も嫌だし相手にも悪いしさ。だからオレはとりあえず1回やってからじゃないと付き合わないけどね。」


結構当時はその考え方って衝撃で。でも実際そういうことも経験あったし、時間が経つと共にじわじわとよくよく考えたらそれって正に男と女の関係の中では正論かも…って思うようになって。やっぱりまだまだ全然若かったし経験も少なかったので、どうしてもセックスに対して変な偏見や考え過ぎな部分も多々ありましたし、元々人一倍ロマンチックな部分も相まって『プラトニックこそが恋愛に於ける最高思想』的な無駄な考えに陥ってたのもありましたかねえ(苦笑)。まあでもその考え方をインプットしてしまったお陰で、それ以降ボクのそれまでの思想は完全に崩壊して、女性に対してかなりアグレッシブになっちゃいましたけど(苦笑)。

ちなみに大串くんとはボクがCAVE辞めてからはプライベートで遊ぶことは無くなりましたが、ボクがCAVE辞めた後も数年CAVEで働いててフロント立ってたりしてたので、それもあってCAVEの体勢が変わってHIP HOP化した後もよく遊びに行ったりしましたし、当時のCAVEのボスでだいぶ前に亡くなられた奥井さんて人がボクの三宿Webでのブッキング能力とかを高く評価してくれて気に入って頂いて、何回か平日にWebの営業わざわざ休みにしてCAVEでイベントとかもやったりしてましたね〜。大串くんはその後CAVEを辞めたあと整体師かなんかになった気が。もはやここ15年ぐらい逢ってないけど(最後はどこかのスーパーで買い物中にバッタリ逢った記憶)、元気にしてるんだろうか。

さて本題に戻しますが、とまあ今思えばほんとに初々しいというかなんというかな恋物語だったというか。でもあの淡くも苦い経験でちょっと色々と学んだ部分もあったし、なんせ最初の出逢いと再会がめちゃくちゃドラマチックだったのもあって、なんか非常に印象深い想い出だったんですよね。今住んでるところから御嶽山てなにげに全然自転車で行ける距離だし、今度暇な時にでも御嶽山まで行ってみようかなあと思ってます。まあ前述の1回しか行ったことがないし、もはや28年も前のことなので全然憶えてないとは思いますけど(笑)。あとお隣の洗足池にも。これまた街の記憶とか全然憶えてないけど。いやあ、ブギーダウン蒲田も含めだけど、ノスタルジック池上線!

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あけましておめでとうございます。いやあ、マジで怒濤の12月をどうにか乗り切り今年も無事新年を迎えられました。ぶっちゃけ不謹慎ですが、余りにも怒濤で日々疲労困憊過ぎて「なんなら無理祟って倒れないかな…」って内心ちょっと思ったぐらい(苦笑)。倒れたら嫌が応にも休めますから(笑)。12月っていうか、もはや11月末ぐらいからずっとでしたからね〜。まあ結局どうにか無事倒れず乗り越えられましたけど。大晦日もなんだかんだとやること多くて気が付けばどえらい時間になってて、慌てて年越し蕎麦茹でて1人年越しパーティー始めようかと思ったら食い始める頃には年越しちゃってた的な(苦笑)。まさに2018年を象徴する様なドタバタっぷりでしたが、まあでもほんと、なんだかんだ言っても今年も無事に年を越せたという有り難さや多幸感や感慨に浸りながら1人年越しパーティーしてましたよ。
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まあ生きてると有り難いことに毎年なんだかんだと良いことも悪いこともある訳なんですが、2018年もなかなか色々ありましたね〜。そんな訳で、もはや毎年恒例ともなっているナガサワ的10大ニュースを早速いってみたいと思ってるんですが、昨年も無駄に色々あったので、今年も昨年同様20大ニュースに無駄に拡大してお送り致します(笑)。
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第20位 「彼女との破局」
結局1年持たず(苦笑)。いや実はコレ昨年を振り返ると当初は第2位で考えてたんですよ。いや、結果別れて良かったし、一応は揉めて別れた訳でも無いし、まあ男と女の別れなんてのはよくある話しではあるんですけど、別れる前の1ヶ月と更に別れた後の1ヶ月がもうほんと最悪で…。いや改めてもっかい言っときますけどほんと超最悪で…。その超最悪な余韻がもうその後もずっとなんだかんだと続いてて。いやぶっちゃけ未だに。そういう意味では去年を振り返ると2番目ぐらいに印象の深い出来事ではあったんですが、なんかもはやそんな真っ黒い歴史を第2位にするのもどうかと思っての急遽第20位降格的な(苦笑)。いやあ、やっぱもうなんか当分付き合うのとか懲り懲りだと思いましたよ(そんなこと言ってる歳かというツッコミはやめて・笑)。多大なるトラウマにもなりましたけどその反面、こんだけ長いこと生きてきてこんだけ恋愛してきても(当社比)まだこんな想像もし得ないことが起こるもんか…という人生の教訓にもなりましたかねえ。まあとは言え全ては自業自得なんだろうし、因果応報なんだろうとも思ってますけど…。








第19位 「おむすびテープが無くなる寸前で無事ゲット」
長年ナガサワおむすびのラップ留めで使用していた5カ国語の『ありがとう』がプリントされたマスキングテープ、確か元々はだいぶ前のボクへの誕生日プレゼントとして小原(優男)くんから頂いたモノだったんですが、2,3年前ぐらいに小原くんの奥さんの美里ちゃんから「これもう終売になっちゃうんで纏めて買っときました」って大量に頂いて。アレってスパイラルが作ってるやつみたいで、美里ちゃんはスパイラルで働いてたんですよ。結構大量に頂いたので、お陰様で長年使用させて頂いてたんですが、気が付くと残り僅かになっていて。もはやおむすび作り始めて以来ずっとこのテープ使っててナガサワおむすび=このテープ的な感も根強く着いちゃっただろうし、デザインも意味合いも非常に気に入ってたので「うわコレ無くなったらどうしよう??」って焦ってきて。で、ダメ元でSNSに投稿したら何人かのフォロワーの方から「スパイラルで未だ売ってますよ!」と連絡が来て。早速スパイラルのサイトに飛んでみたモノのやっぱ品切れになってたんですが、直接スパイラルに聞いてみたらなんと月に1度受注生産という形で作ってると。そんな訳で大量発注して無事ゲット。いやあ、もはやこのテープ以外は考えられないし、ほんと無事再ゲット出来て良かったです。
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第18位 「片手鍋買い替え」
上京したての頃は毎週末ぐらいの勢いでロフトやハンズに行って、小洒落た部屋のモノを買い漁ったりしてたんですが、やっぱ一応は自炊もするだろうしで鍋は必要でしょってことで渋谷西武ロフトで一目惚れで買ったアルミの片手鍋なんですが、ちょっと前からなにげに底から微妙に水が漏れてる気配があって。でもギリギリ使えてたのでそのまま使ってたんですけど、遂に水漏れが酷くなりお釈迦。実働29年半ですよ。買った時は確か6千円ぐらいして、正直上京したてで激貧のボクには相当高価感ありましたけど、余りにもカッコ良すぎてかなり無理して買ったんですが、こんだけ使えたら十二分過ぎるほど元取れましたよね(笑)。ほんと昔から色んな物持ちが非常にいい方だと思うんですが、それってやっぱ昔から安物じゃなくなるべくいい物を買おうって指向が強かったんですよ。やっぱ値が張るモノはそこそこ耐久性もあるし大事に使うしで、結果長く使う(使える)ことに繋がってるというか。ちなみに代わりの手持ち鍋は業務用で有名なキングポットのアルミの片手鍋を。なにげに2回りぐらいでかいけど(汗)。これはもう耐久性も抜群だろうし、もはや一生使うかもですね〜。話しを戻しますが、このお釈迦になった片手鍋はほんとしょっちゅう色々と使ったなあ。ある意味青春の片手鍋ですよ。感謝。
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第17位 「ボンゴレ販売開始」
昨年ボンゴレ歴25周年を迎えた訳なんですが、たまたま空いた日があったので初のガチンコでお出しする『ナガサワボンゴレナイト』を遂に開催。完全予約制にしてたんですが、最初はなかなか埋まらなくて内心「あれ??大丈夫かな…」と心配しましたが、蓋を開けてみればアポなしで来てくれた人も多々いて無事完売。2度目も同じく。しかも知り合いの人が連れて来た普段からいい物食ってそうなキャリアウーマン的な女性の人がたまたま生粋のボンゴレ好きで、その人に大絶賛されたのがほんとに嬉しかったし自信になりましたね〜。ちなみに最近はアサリではなくハマグリにしてるんですけど、最近のナガサワボンゴレはマジで美味いですよ。自画自賛で恐縮ですけど(笑)。ボンゴレ好きな人は是非1度食べて頂きたいですね〜。
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第16位 「三宿Web全面改装から20年」
思えば1998年1月に店内全面改装しまして。それからなんと20年経ってしまいました。当時は5日間リニューアルパーティーもしましたね~。今見ると非常に豪華ゲスト。確かあんまり告知が間に合わず集客はイマイチだった気もしますが。元々は1997年いっぱいでボク辞める予定だったんですよ。97年頭にオーナーにも言って了承して貰って。でも引き継ぐ人間がなかなか見付からず、そんなこんなでオーナーからも「どうにか続けられないか??」って打診されたり、当時のDJ陣の人達からも「え~!辞めないでもうちょっと続けてよ~!」と嘆願されたのもあり、再度よくよく考えた末にオーナーに「じゃあ全面改装してくれたら続けます」という条件を突き付けてまんまと飲んでくれた的な。まあ元々ラウンジ要素の強い店だったのが、まさかのナイトクラブとして大ブレイクしてしまって店の作りとか諸々対応しきれてなかったんですよ。ブースもダンスフロアも狭かったしトイレも1個だったし。実はそういう経緯もあっての全面改装でした。まさかあれから20年も経って、未だ自分が舵を取って三宿Webが存在するというのは、当時じゃ絶対考えられなかったし、個人的には非常に感慨深いですねえ。
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第15位 「17,8年振りに初の長財布に買い替え」
実に17,8年振りぐらいに財布を新調。それまで使ってたのは当時のスタッフ達に誕生日プレゼントで貰ったやつだったので、買ったのは恐らく21年振りぐらいかと。前述のスタッフに貰った財布が長年使ってたのもあって流石にだいぶボロついてきててそろそろ買い換えようかな…と思い始めたそんな最中、何かの拍子にたまたまネットで見付けて。もう今のボクの好みドンピシャで珍しく一目惚れでの購入。ポケットの内側の赤のタータンチェックが非常にブリット感増し増しでめちゃいい感じです。なにげに今までずっと2つ折り使ってたので多分初の長財布だったので、使い勝手が如何せん若干心配でしたが、最初はちょっと戸惑いもありましたが、使ってみると非常に便利だし使い勝手も悪くないし、何を置いてものこの美しいヴィジュアルが毎回使うたびに思わずうっとり且つコレ買って良かったなあ~と思わせてくれてます。いやあ、ほんとコレ買って良かった。
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第14位 「朝本さん三回忌&鈴木英人さんと遂に」
朝本さんの3回忌を朝本さんが眠る相模湾に面したお店・サーファーズで。前日バー営業だったんですが、この日の為に早めに終わるつもりが結局朝まで営業してしまい、ほとんど寝ないで行ったので激眠且つスーパーヘロヘロでしたけど、久々に逢う人も多くて終始楽しかったですね~。いやあ、昼から終電近くまで呑みまくって笑いまくったいい1日でした。そして、逗子はやっぱり最高ですね。
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その朝本さん三回忌@サーファーズが夕方頃終わり、いつも行き付けの逗子駅前の立ち飲み屋『寄り屋』さんでみんなで立ち飲みしてたんですが、なんとまたもやボクの大好きな鈴木英人さんが!夏のたけSEA軍団で海来た帰りにもここにいらっしゃって、その時はお声掛けしようと思ってたら気が付いたら帰られていて、非常に後悔したもんですが、今回はその時のリベンジとばかりに勇気を出してお声掛けさせて頂いて。非常に気さくな方で色々と飲みながらお話しさせて頂き感無量でした。ボクにしては珍しくツーショットまで撮って頂いて。いやあ、これもなにげに朝本さんのお導きなんじゃないかと思いましたよ(笑)。いやあ、ほんとにいい1日になりました。
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第13位 「絶体絶命のピンチに元スタッフたちが駆け付けてくれた事件」
ただでさえ12月は人手が足りなくて毎営業日四苦八苦してたんですが、うちのバーチーフの博之が年末に家庭の事情で急遽帰省しなくてはいけなくなってしまい、それこそもう方々に連絡しまくったもののみんなダメで、昨年最後にして最大の、いや、もしかするとここ数年で最大だったかも知れないぐらいの超人手不足で頭抱えまくってた12月27日の営業だったんですが、未曾有の三宿Webの大ピンチに元スタッフのユキとヒロアキが助けに来てくれてどうにか無事に終えれて。結果どうにかなった事よりも、無理を押してまでも駆け付けてくれたその気持ちや心意気がほんとに嬉しかったというか。12月はほんとに次から次へと怒涛に色々あって心身共に憔悴しきってましたけど、年の最後に思いがけず大きなBIG LOVEを貰った的な。どうしても予定があって来れなかったけど気にしてくれた奴らも含め。いやあ、マジで感動したし無駄に24年半もやってきて良かったなあと思った夜でした。正に「災い転じて福と為す」的な。マジで超感謝。
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第12位 「水漏れ事故」
住み始めて半年経った2013年の夏にも上階からの水漏れ事故があってそらもう大変だったんですが、5年半経ってまたもやまさかの同じ事象が。結局調査の結果、上の人がどうとかっていうよりもマンションの老朽化が原因だったみたいですが。しかし今回も大量に洗濯したり大量にクリーニング出したり保険会社の人と色々と面倒なやり取りを何度もしたりと大変でしたね…。しかし6年の間に2度も水漏れするなんて何てツイテないんだ…とも思いましたが、1度目もそうですけど今回も、降りた保険金がなにげに結構あったので、色々と助かったっちゃあ助かりましたけど。まあでも水漏れはもう2度と御免ですけど。
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第11位 「初ロンドン初パリ初タトゥーから20年」
実はコレ、ボク的な歴史の中でもかなりの重大事件だったので、ブログで書こうと思ってたらなんだかんだですっかり書くタイミングを失った的な。これでもやっぱ改めて書こうかな。それぐらい衝撃度高かった大事件なので。て訳で詳細は割愛させて頂きます(笑)。
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第10位 「FMヨコハマの『Tresen』に出演」
昨年1月のマンスリーのカバーモデルが、前々からやりたいやりたいと言うてくれてた上野くん(サイプレス)に決まってたんですが、なかなかタイミング合わず撮る機会がなくて。で、年明けのラジオ収録の前にちょこっと撮らせて貰うことに。って訳で1月2日から行って来ました桜木町のFMヨコハマ。お昼の生放送で、始まる前にサクッと撮らせて貰ったんですが、なんかその日火曜日の担当のIMALUちゃんがお休みで、番組の1コーナーを担当してる上野くんが急遽メインで4時間出ずっぱりでやることになってたんですが、ゲストを多々呼んで進行する的な感じで、まさかの急遽ちょこっとゲスト出演することに。しかもその番組のディレクターが10年前ぐらいによくWebに出入りしてた子で、まさかの久々の再会的なのもあって勢いで出てしまいましたが、いやあ、やっぱ緊張しましたね~(苦笑)。こんなことなら1杯ぐらい酒引っ掛けてから来れば良かったと思いましたよ(笑)。あとIMALUちゃんも居たら更に話しも弾んで楽しかったのに〜とは思いましたけど。本番は緊張の余りもうあっという間に終わった感。てかこのオンエア結局聴かず終いだったので、何喋ったっけ??って感じであんまり憶えてないんですけど(苦笑)。まあでも正月早々なかなか刺激的な体験ではありましたね~。
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第9位 「『THE BIG WEB』大盛況&ナガバさんまさかの大ブレイク」
数年前から夏の最後に開催してた、ゲストを多数呼んでの達郎ナイト『THE BIG WEB』がまさかの大盛り上がりで。早い時間から踊り始めてましたし、終始最後まで非常にいい感じでしたね~。DJ陣もお客さんも皆最高で、記念すべき10回目にして最高潮の達郎ファンによる達郎愛が爆発しまくった一夜でした。いやあ、ほんとに珍しく非常に余韻が強く残ったいい夜でしたね〜。ちなみに勢い余って初の冬場開催となる達郎ナイト『Christmas Web』もイヴイヴの夜に開催も、さすがに集客も盛り上がりも如何せん苦戦しましたけど(苦笑)。
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あと一か八か感さえあった、前から1回演ってみたかった達郎バンドの名キーボーディスト・難波弘之さんを模した新キャラ『ナガバさん』がまさかの大ウケで(笑)。難波さんていつもライブ時、ノリのいい曲とかになると横に大きくリズム取りながら飛び跳ねる様に鍵盤弾いてるんですが、そのコピーを(笑)。マニアック過ぎてスベるの覚悟でしたけど、もうほんと予想以上に大ウケでした。っていうかネタ的には非常にマニアックな難波さんの仮装及びムーヴがウケるっていう最高のお客さんだったってのが何より嬉しかったですね~。しかし思えば難波さんとは、一昨年頭のデヴィッドボウイ回顧展の内覧会の打ち上げのバーで呑んでたら気が付いたら真横で呑まれててめちゃ緊張したもんですけど、まさかこんな形でご一緒出来るとは!








第8位 「iMacクラッシュ→急遽買い替え」
10月某日、うちのiMacが急に恐怖の【HDが見付からない】状態になってしまい。どうにか色々試してはみたんですがもう全然ダメで。今やiMacナシでは何も出来ないので、そらもうスーパードタバタしましたよ…。2日経ってもダメでいい加減寿命かな…と諦めて大急ぎで中古探し開始。でもなかなかいいのが無くて…。余りにも急なことだったので、危うく何度か適当にポチりそうになりましたけど、調べに調べて探しに探して超掘り出し物を超格安でゲット。一世代前の型落ちでしたけど、CPUもメモリもストレージもハイスペックにカスタマイズされたやつで更にマウスの代わりにトラックパッド。しかも新古品の触れ込みだったけどなんと未開封の新品!値段も通常だと中古市場でさえも17,8万ぐらいはしそうなのになんと超破格の11万8千円で買えたし、それ以上に驚愕だったのは、中古だと良くても30日間保証なのに、一応未開封品なのでアップルのメーカー保証が1年間付き!(申請にどえらい時間掛かったけど)。余りにも超掘り出しモノ過ぎるがゆえに、無事アップルの購入申請終わるまでは半ば半信半疑で、若干一か八か的に買った感もあったんですが、モノも間違いなく本物の新品でちゃんとカスタマイズされてたし、まあなんせアップルのメーカー保証1年付きてのがこれ以上なく心強いというか。って訳で思い掛けず超スーパーお買い得な買い物をしてしまった感。まあ、かなり痛い臨時出費には変わりないですけど(泣)。でもほんと不幸中の幸いというか、今考えると超ラッキーでした。ちなみにクラッシュした旧iMac、なんとこの新しいiMacを購入した直後に奇跡的に復活して。とは言え不安定なので買って良かったですけど。あと旧iMacは一応まだ動いてるので現状キッチン側のリビングに置いて、料理中のBGM用にYouTubeとかiTunesとか流して使ってます。そんな訳での96年に初Mac購入以降実に6台目のNEW iMac。最低でも5年ぐらいは無事にお付き合いよろしく!
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第7位 「お婆他界で急遽6年振りの日帰り帰省」
結構前からボケは始まってましたし、母親から「そろそろやばいかも」とは連絡が来てたんですが、前々日の未明に他界してしまった為、実に6年半振りの新幹線に乗って6年半振りの実家へ。前日も結構ドタバタで、結局一睡も取る暇なく始発で。激眠でしたが、久々の新幹線の車窓からの眺めが好きでついついボーっと観入ってしまって結局一睡もせず到着。神戸越した辺りからなんか急激に謎の腹痛があってトイレ入ろうかと思ったんですが、次の西明石で乗り換えだしすぐ着いちゃうしで結局我慢したんですが、西明石着いてもやっぱ痛くてダメだトイレ行こうと思ったもののすぐ電車が来ちゃうんですよ。告別式が朝9時からで、最寄り駅に着くのが最短で9時5分前とかだったので、時間無い…と思ってまたもや我慢して電車に乗り込んだんですが、もうマジでぶっ倒れそうなぐらいの腹痛でめちゃくちゃヤバかったんですよ…。どうにか最寄り駅着いてとりあえずトイレ入ろうかと思ったら何故か腹痛も治まり時間が無いのでこれまたトイレにも入らずそのままタクシーに飛び乗って告別式の会場へ行った的な。
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いやあ、久々に逢う家族はみんな老けていてビックリ。おかんももう70ちょいぐらいだから勿論なんですけど、14年振りに会った兄貴夫婦もビックリするぐらい老けてましたし、同い年の従姉妹も老けてたなあ…。まあ歳考えたら相応なんでしょうけど。あと兄貴夫婦の子供達が2人とも成人超えてて(24と21)、最初見たとき誰かわからなかったレベルでビックリしました。でも唯一こっちの方はなんかちょっと嬉しかったですけど。ほとんど話す機会は無かったんですけど、上京でもしてきたら幾らでも世話するのになあ~とか(笑)。ちなみに長女はネイリストで次男は神戸でキッチンの見習いやってるんですって。元々うちの母親は山形時代は実家で中華屋やってたし、兄貴は田舎で美容室経営してるしと、なんか長澤家はそういう家系にあるんでしょうかね~(笑)。
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結局実家に泊まらず汗だるまで弾丸日帰り帰宅。しかし丸一日快晴且つ猛暑と慣れないスーツもあって汗かきまくりましたね…。あと久々に実家帰ったのもあって方々からの「いつまで独身でいるんや?」攻撃凄かったですね…。まあ田舎の人から見たらこの歳で独身でいるなんて全く持って理解不能で意味わからないだろうからなあ…。まあ当の本人でさえ全く持って理解不能で意味わからないぐらいだから当然っちゃ当然ですけども…(苦笑)。しかし改めてやっぱ実家はどうも苦手だしずっと居られないですね…。母親とも兄貴ともいまいちウマが合わないし。東京の自宅帰って来てやっぱここが一番落ち着くわ~って思いましたもん(笑)。もはや元料理人の母親が作る実家飯も「正直もはや今だったら自分で作った方が美味いな…」って思える感もあるし(苦笑)。まあそんな訳で次に実家帰るのはまた4,5年後になりそうな予感です…。親不孝ですみません!(汗)。
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第6位 「達郎ライブ音源オンリーMIXをMixcloudにアップ」
昨年の新春超長文ブログで予告してた通り、早々に2月末某日に三宿Webで録音→Mixcloudにアップ。自分のMIXを作品的に録音したなんてのは約20年振りのことでした。数ヶ月前に買ったMP3に録音出来るラジカセ買ったのもやろうかなと思った要因の1つでした。でもモノラル録音しか出来ないやつなんですけど(汗)。ちなみにどういうセットリストで臨もうか?と色々考えた挙げ句、絶対ボクにしか出来ないMIXって考えるとやっぱライブ音源だけを使ったMIXかなあと思い、それをやることに。元々ライブ音源だけのMIXは現場では何度か1時間ぐらいのセットでやったこともありましたし。
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しかし今考えるともうちょっとしっかり練習なりしてからちゃんと録れば良かったなあとは思いますけどね…。数回録り直してたら疲れちゃって(苦笑)、とりあえずはまあコレでいいか的に雑なままアップした的な。まあ改めてちゃんと録り直そうとは思ってたんですが、気が付けばフォロワーや試聴数もゴンゴン増えていったので、結局そのままにしちゃってるっていう。ほんと一発録りの雑なMIXですけど、まあ雰囲気は充分味わって頂けるのではないかと。
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今や達郎MIXするDJってめちゃくちゃ増えましたし、元々達郎の楽曲っていわゆるブラックミュージック的な要素が非常に強い曲が多いので短時間ならやっぱMIXしやすいんですよ。そういう中でオリジナルの個性を出すとなると、やっぱボクの場合ライブ音源かなあ〜ってのもあって。まあ音源はかなりのマニアレベルで持ってますし。元々昔からライブ音源も混ぜてはいましたけど『ナガタツ=ライブ音源でのMIX』的なイメージを色濃く出し始める礎になった気もしますかね〜このMixcloudにアップしたMIXは。いや、結果いい経験になりましたよ。出来れば今年中にvol.2も録りたいなあとも思ってはいます。








第5位 「GrandBleu新作が大満足の出来」
まあ毎年恒例ともなってるボクのオナニーブランド『GrandBleu』の新作Tシャツを今年は無謀にも2型6色展開で製作したんですが、あ、いや、例の如く全然売れなかったんですが(笑)、いやそんなことよりも個人的には非常に気に入っていて、もう昨年の夏は超ヘビロテで着まくりましたよ。週3〜多い時は5ぐらいは着てたんじゃないすかね??まあ昨年のは元々自分の現状持ってるワードローブで考えて、こういう感じのデザインでこういう色味のTシャツあったらいいなあ〜っていうテーマで作ったので、正にまんまとドンピシャはまったというか。何度も書いてますが元々このブランドは売れることよりも『如何に自分で着たいと思えるデザインの服を作れるか?』というのが最大のテーマでもあるので、ようやくそれに追い付いたかなあと。いや、マジで今回のはほんとほぼイメージ通りだったし、未だにどちらもお気に入りです。恐らく今年もヘビロテで着そうな勢いです(笑)。
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勢い余って昨年は前述の2型を使ってスウェットとパーカーも製作及び販売。元々スウェットはTシャツ作るときに既に作ってたんですが、パーカーは秋頃に追加で作って。いや実は秋頃に黒のパーカー欲しくなってZOZOで色々見たんですよ。ZOZOに出てる黒のパーカーは全部見た勢いでチェックして。でも探せど探せど欲しいのが1つも無くて。ビックリですよ。今やこのご時世こんだけ沢山ブランドがあって商品が出回ってるのに。まあでもそういうのが未だにしょっちゅうあるから「やっぱ自分でブランドやりたい」って強く思えるんですけど。
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話しを戻すと、ZOZOでは辛うじて1つだけちょっといいなと思ったのがあって、よっぽど買おうかとも思ったんですが、考えに考えた挙げ句「なんかボディも有りモノっぽいし、それにこんだけの値段するんだったら、夏場の型使ってオリジナルパーカー作った方が良くない??」と思い始めて。で、結局実際作ってみたらやっぱ非常に良くて。ボディもめちゃくちゃ調べて新しいのを使ってみたんですが、これがまた大当たりで。既に夏に作ったスウェットも初めて使ったボディだったんですが、これまた非常に良かったし。Tシャツもそうですけど、スウェットとパーカーも非常にお気に入りです。いや、なにげにコレってボクにとっては何よりもほんとに嬉しいことだし、非常に満足度が高かったことではあったんですよね。ある意味1つの生き甲斐になってる感も強いので。
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まだ全然アイディアも浮かんでませんが、今年もまた1型でもいいので納得のいくデザインで、自分がしょっちゅう着たいと思える様な服を作れたらいいなあとは思ってます。まあもうちょっと売れてくれると嬉しいけど(苦笑)。まあでも正直そんなことはほんとどうでもいいんですけどね。あと回を重ねるたびに色々と製品としての問題点やら課題点も見付かって、年々ちょっとづつ自分の中では色々と対処したりアイディアを出したりして何とかちょっとづつクリアになっては来てるんですけど、昨年また1つだけ微妙な問題点が見付かって。今年はそこをどうクリア出来るかが1つの大きな課題ではありますけど。いやあでも、今年もデザイン考えるの大変だとは思いますけど、反面どういうデザインになるのか?自分でも楽しみでもあります。
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あ、あと去年は一昨年ぐらいから1度やってみたかったオリジナルジップベレー製作にようやく着手。まあベレーにファスナー着けただけっちゃだけなんですけど、コレがなにげに難儀な作業で。しかもスライダーの交換に想像以上に手間取ってどえらい時間掛かりましたし若干失敗もしましたけどどうにか完成。ほんとは幾つかは売りにも出そうと思って何個かベレーも買い込んでたんですが、結局やる暇と売り物として製作出来る自信もなく敢えなく頓挫的な。まあでも試作で作ったジップベレーはこれまた気に入ってしょっちゅう被ってるので、今年も時間があればネイビーでジップベレーを作りたいなとは思ってます。あと作業場も前よりやりやすくなったし、ベレー以外にもまたなんか作りたいですね〜。
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第4位 「伊東さん急逝」
猛暑の煽りを受けてまさかの…。詳しくはこちらを。いや、伊東さんの急死はほんと『人生とは』を改めて考えさせられましたよ。そして急遽開催した『伊東さんを偲ぶ会』は、みんなの伊東さんへの想いが1つになった、ほんとに温かいいい会でしたね…。
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第3位 「猫虎2年連続で優勝逃す&6年振りの3割超えならず」
一昨年に引き続き前半までは首位キープも、中盤から失速で結局2年連続の2位。個人的には珍しく調子が良くて、中盤過ぎた辺りまでは首位打者や最多安打など久々にチーム内タイトルを狙える位置にもいたんですが、終盤まさかの大失速で結局6年振りの3割すらならず…。まあ今年は忙しい中マメにバッティングセンターにも通ったし、大失速した後半とかも結果は出ませんでしたが、凡打にしても捉えたけど正面とか内容は決して悪くなかったし、調子自体は大して悪く無かったんですけど。
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しかし前半戦終了時点でもはや、ほぼ猫虎かサンキングの2チームしか優勝の可能性無かったり、そらうちのチームは優勝戦線に絡んでたんで猫虎の監督の立場としては良かったんですけど、TOKYO大リーグ全体として考えるとイマイチ味気の無いシーズンだったなあと。ちょっと戦力差が開き過ぎちゃってるというか。やっぱ理想は初年度みたいな、中盤まではどこのチームにも優勝のチャンスがあるっていう感じがベストだし盛り上がるんですけどね〜。まあ初年度うちは結果4位でしたけど、最後まで楽しかったもんなあ。まあでもそういうのはなかなか難しいもんでもあるんですけどね。チームとしては2年連続でチャンスがあったのに優勝逃したのは非常に残念でしたけど、リーグ全体を見回すとそれ以上に色々と考えさせられたシーズンでしたかねえ。
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猫虎自体も中盤までに主力の2人が抜けて勿論戦力的にも痛かったんですが、それ以上に元々少数精鋭のギリギリの人数でやってたので、人手不足が深刻化して。特に11月と12月はほんとしんどかったです。毎試合ギリギリまで人探ししてたし。同時に店の方も人手不足で大変だったので、Wで人手不足ノイローゼに掛かってましたよ。
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特に12月はほんとに怒濤過ぎたので結構キツかったですね…。ちょっとしたトラウマになったぐらい。本来なら余りの忙しさに野球とかやってる場合じゃなかったんですが、リーグの公式戦をどうにか消化せねばならず無理無理やってたんですが、猛烈な人手不足で毎回前日の夜中までメンバーが見付からないとかが続いたり。
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挙げ句の果てにはグラウンド取れたのを相手チームに伝えたつもりがうっかりボクが伝え忘れてて、結局直前で試合中止になっちゃってそのグラウンドと審判のキャンセル料の1万をボクが1人で被ることになって。勿論伝達をミスったボクの責任以外の何物でもないんですが、もうね、1年間グラウンドの手配やら審判の手配やら対戦相手の手配やらメンバー集めやらを必死に頑張ってこなしてきても、1回のミスで1万ドブに捨てるって、もう尋常じゃないやり切れなさだけが残って。まあ勿論結局いくら猛烈に忙しかったとは言え完全にボクが悪いんですけども。中止が決定するギリギリまで、人数集めや相手してくれるチームが他にいないかと1人奔走しまくっての結果中止で。いやあ、アレはなにげにかなり堪えましたよ。
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納会もなかなか皆さんのタイミングがなかなか合わなくて当初は年明けにする予定だったんですが、ギリギリのところでどうにか皆さんの都合が合ったので急遽開催。当初レコーディングでNG予定だった郷太くんも無理して時間割いてくれてどうにか開催出来た的な。まあ結局マグミさんが風邪気味で急遽お休みになっちゃたから結果みんな集まれなかったけど(苦笑)。まあ年内に開催出来たのは良かったですけど、なにげに激務続きだったので体力的にはキツかったですね…。しかも翌日の営業がスーパー人手が足りない日だったので、もうその周辺はスタッフの人手探しに日々奔走しててずっと気が気じゃなくて。うっかり優勝トロフィーの発注とかも危うく忘れそうになってたり、当日も準備等でスーパードタバタだったし。正直かなり心身共にいっぱいいっぱいでしたね…。
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そんなこんなな猫虎及びTOKYO大リーグだったんですが、正直ちょっと12月がかなりトラウマになってて。マジで地獄だったんで(苦笑)。ぶっちゃけ野球は呼ばれて行くのは気楽で楽しいんですけど、運営する立場になるとなにげに結構大変で。しかも年間だし。特に人手不足だと余計に。そのしんどさがほんとMAXでしたね〜12月は。マジで久々に野球やりたくなくなりましたもん(苦笑)。それぐらい強烈なトラウマになりましたね。とは言えそんだけの地獄感味わっても、最終的にグラウンド行くと楽しいんですけどね、やっぱり。
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とは言え今年もまたあの感じだったら、ちょっと色々と考えようかと思ってます。猫虎もリーグも。ぶっちゃけリーグの運営や雑務の諸々はほとんどボクがやっているので。12月とかもそうですけど、たまに結構しんどいことも。やっぱ仕事じゃないので猛烈なストレスや労力抱えてまでやってもしょうがないとは思ってるので。草野球はやめたくはないですけど、もっと気楽に楽しくやりたいし。そういうのも考えながら今年はやろうかと。とりあえず今年はやるって決めたし、決めたからには猫虎もリーグも今まで通り一生懸命やろうとは思ってますけどね。まあでもほんと、今年はやってみないとわからないなあ。それぐらいボクの中では色々と不安要素を含んでるというか。まず何はなくともチームの人手不足の解消が1番の課題ではありますかね…。
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第2位 「TBS『アフター6ジャンクション』にナガタツで出演」
思えば6年ぐらい前に『タマフル』のディレクター・古川さんからは何度もナガタツでの達郎MIXのオファーをそのうち出すかもとは言われてはいたんですが、結局お声が掛からず番組も終了してしまって。半ば諦めかけてた最中でのまさかのオファーを現『アトロク』ブッキングをしているミッツィーさんから頂いて。しかも三宿Webの24周年記念月間中且つ年1で開催してる『1人達郎ナイト』の前週という、これ以上ない最高のタイミングでのオファー。
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いやあ、そらあ考えましたよセットリストをどうするか。持ち時間16分の間で如何にナガタツ感を出せるか。なんせ16分ですからね。普通にやってたら4,5曲掛けてたら終わっちゃいますから。で、色々考えた挙げ句に行き着いたのが『一応公式の盤で出てるライブ音源MIX』で。やっぱこれぐらい縛らないとなかなかセットリストが決まらなかったのもありますが、それ以上にある意味暗にマニア向けにもアプローチ出来るんじゃないかとの想いもあって。
達郎の公式のライブ盤って基本的には『JOY』『IT'S A POPPIN' TIME』の2枚に、『Ray Of Hope』のボーナスディスクとしての『JOY 1.5』の3枚になるんですが、まあ他にも激レア盤に収録されたレアライブ音源やファンクラブ会員のみだけで流通している盤とかもちょこちょこあって。それらを上手くMIXしようってことに。まあベースは前出のMixcloudにアップした『ライブ音源オンリーMIX』ではあるんですが、アレって結構非公式のライブ音源(オンエアチェック物とか)が多く混ざってるので、今回そういうのは抜きでセットリストを組むことに。





いや、正直周年期間だったのもあってなかなかドタバタしてる時期ではありましたが、なるべく時間作って熟考しましたよ。深夜に営業してないWebに行って何度か練習したり。DJの練習とかしたのもう23年振りぐらいじゃなかったですかね??(笑)。まあなんせ本番は生MIXだし絶対にトチれないと思ってそらもう必死でしたよ。特にボクなんて1度もDJ聴いたことない人からするとただのお粗末なコスプレDJだと思われてると思ったし、今回そういうイメージを覆してナガタツのネームバリューを一気に上げる一世一代のチャンスぐらい思ってましたよ。でも逆に失敗したら「あ〜やっぱただのしょーもないコスプレDJだな…」って思われる訳で。その差はもう歴然、天国と地獄ですから。だから絶対に失敗は許されないという尋常じゃないプレッシャーはなにげに正直なところありました。オファー頂いた時は嬉しかったですけど、逆に考えると「これはどえらいことを引き受けてしまったかも…」って想いましたもん。
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ある程度のセットリストは決まって(最終的には本番の数時間前まで決まらなかったけど)、それを実際やってみるとなかなか上手く出来なくて。繋ぎ所も難しかったし。何度やってもどこか1回はミスったりしっくり来なかったり。DJやったことある人ならわかると思うんですけど、ライブ音源をMIXするってなにげに結構難しくて(曲の最後まで掛けるぐらい時間があれば逆に歓声とか拍手が入ってるからフェードインフェードアウトすればスムーズに繋げられるから簡単だけど)、それをなるべくクイックで繋いでいくつもりだったのでなかなか大変でした。マジで最初は失敗ばっかしててかなり不安になったもんですが、前日ぐらいになるとようやくある程度ミスも少なくスムーズにやれる様にはなってきてて。とは言えやっぱ本番でも同じことが出来るのか一抹の不安はありましたけど。
あとこれは絶対にやりたかった、達郎の往年の頃のライブってアカペラのSE曲が流れる中にメンバーが登場していい頃合いで1曲目の『SPARKLE』を演り始めるというお決まりのルーティンが長らくあったんですが、それをどうしてもど頭に再現したくて。まずレア盤である『ON THE STREET CORNER 0』に収録された『FRAGILE』のアカペラバージョンをSE曲に見立てて(っていうか正に一時期のSE曲)流して、でもコレってライブ曲じゃないのでライブ感を出す為にすぐ『JOY』の歓声と拍手部分だけを被せて混ぜてタイミングを見計らってすぐにまたJOY収録の『SPARKLE』をぶっ込むというのを演ったんですが、これがもう3チャンネル使って、しかも持ち時間削るの勿体無いから10数秒ぐらいの間でやらなければならず、しかもど頭のここトチるともうその後どう頑張っても立て直せないので、もうほんと全神経集中してやりましたよ(苦笑)。
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DJ本番前はもうMIXに集中するが余り全然余裕が無くて、トークの時間も緊張して喋りは噛むわ言おうと思ってたこと言えないわで酷かったですね…(苦笑)。で、肝心のDJ本番は、何回も練習した成果もあってか意外とバッチリやれた感はあったんですが、演りながら出音聴いてたらなんか音飛んだ様なところも幾つかあった気がしたし、尋常じゃない極度のプレッシャーからの解放と共にもう終わったらグッタリしてネガティブモードに入っちゃって。なぜか「あれ?もしかしてオレやらかしちゃったかな…全然ダメだったかな…」とか無駄に自暴自棄になってひとしきり落ち込んだりもして。
まあでももう終わったことだし今更どうこう考えてもしゃーないと気持ちを切り替えて恐る恐るTwitter見てみたら予想外にちょこちょこ好評のツイートが出て来て。ちょっとホッとして、更に恐る恐るエゴサーチ掛けてみたんですよ。まあ達郎ファンって非常にオタクでマニアックな人が多いですし、しかもTwitterとか平気で悪口言う人も多々居るしでほんと恐る恐るでしたけど。でも見てみたらなんと予想外に一様に大好評で。当日は勿論その後も2,3日はエゴサーチしてましたけど、ボクが見た限りでは1人も悪口や悪評してた人は居なくて。もう安堵を超えてビックリというか。今のご時世絶対1人ぐらいは難癖付けてきそうな人いそうですから(笑)。それが一様に皆さん「ナガタツさんの達郎MIX良かった!」って言ってくれてて。前述のど頭に演ったソレもまんまとマニアの人に伝わって喜んでくれてたみたいだし、セットリストもなにげにその辺のにわか達郎DJじゃ絶対真似の出来ない選曲だってのも十二分に伝わったみたいだし。いやあ、もうほんと嬉しかったですね〜。
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ちなみに満を持しての翌週開催の毎年恒例『1人達郎ナイト』はアトロク効果で凄いことになるんじゃないか??と思ってました。誰に聞いてもアトロクの効果は凄いって言ってたし、実際例年の『1人達郎ナイト』って2016年には遂に100人超えて激混みになったし、2017年は減りましたけどそれでも70人ぐらい入りましたし。少なく見積もってもこれはまた100人超えるんじゃないの??とは思ってました。が!まさかの不入り(笑)。まあでも50人ぐらいは来てくれましたけど。しかしアトロク直後であんなに好評だったにも関わらずの大不入りで正直ガックリでしたね〜(苦笑)。
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ちなみに出演したアトロクは一応タイマー録音してたんですが、怖くて全然聴いてなくて。3ヶ月経ってようやく聴く気になって聴こうとしたらまさかの録音ミスで録れてなかったっていう(笑)。でも探したらネットにアップしてる人がいて無事聴けましたけど。改めて聴いてみると、心配してた喋りは逆に意外と悪くなくて、肝心のMIXがやっぱ幾つか謎の音飛びしてた箇所があってガックシ…。現場的には繋ぐタイミングとかバッチリな感覚だったんですけどね〜なんでだろ…。まあでも結果的には悪評もされてなかったしほぼほぼ好評だったから、ま、ええとしょっとは思いましたけど。いやーでもやっぱもうちょっと完璧にMIXしたかったですけど。とは言えほんとあれだけある意味ナガタツ人生を懸けたと言っても過言ではない、ある意味なにげに非常に重たい案件を無事クリア出来て、非常に貴重な経験させて貰ったとは思いますね。実際MIX練習したお陰でかなりその後の達郎DJ中の蓄えになってる部分もあるし。





当日は早朝に起きて朝野球やって帰宅して差し入れのおむすび作って店行って再度セットリスト組み直して軽く練習して音源持ってTBSへ向かうというなかなかのハードスケジュールでしたが、無理しておむすびも作って持って行って良かったですね〜。いい宣伝にもなったし。いや、おむすびも然りナガタツとしても然り、見えない所でかなりの宣伝効果になったのは間違いないですよ。オファー頂いたミッツィーさんありがとうございました!懲りずにまたのオファーも是非お待ちしております!(笑)。
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第1位 「6年振りの引っ越し」
もはや2018年と言えばの圧倒的ダントツの1位と言っていいんじゃないでしょうか。諸々の経緯はこちらで。いやしかし、部屋決まるまでもほんと大変でしたけど、引っ越し前後はマジで2度と経験したくないぐらい壮絶でしたね〜(苦笑)。段ボールだけで実に70箱以上、プラス大きな家具類と、引っ越し屋のトラックが2台もうパンッパンでしたからね。
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とりあえず今考えても脂汗出る前日の梱包作業。前々日にも既に6時間ぐらいはやっていて、前日の20時ぐらいから本格的に梱包作業始めて。もうノンストップで延々と梱包作業してたんですが、夜中になって何度か疲れて休もうかと思ったんですよ。ちょっとだけ仮眠して早朝起きてやろうかなあと。ちなみに当日は朝9時に引っ越し屋さんが来る予定になっててそれまでには絶対梱包終わらせてないといけなかったんですけど。
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疲れて何度も横になって仮眠しようとは思ったものの、やっぱ万が一終わらないと怖いから頑張って軽く休憩だけは挟みましたけど仮眠は取らなかったんですよ。で、黙々とやってたら気が付いたら朝方になってて。更に梱包作業をやれどもやれども一向に終わらなくて。「げ!コレもしかして朝9時まで終わんの??」って一抹の不安も過ぎりながら更に黙々と梱包作業を。朝7時ぐらいの時点では「げ!コレ絶対間に合わないやつだ!(泣)」と思って更にペース上げてのラストスパート。最後はかなり雑な梱包になってた記憶(苦笑)。で、最後の1時間とかはもう物凄い勢いで大汗かきながらやってようやくほぼほぼの梱包終わった瞬間に「ピンポ〜ン」鳴ってどうにかギリギリセーフ的な。
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ぶっちゃけ引っ越し屋の兄ちゃんたちが運んでる最中も若干梱包の続きとかしてましたけど(苦笑)。運び出すのも1時間半ぐらい掛かったんじゃないですかね〜??なんせどえらい量でしたし。っていうかですよ、ほんと仮眠とか取らなくて良かったなあ〜って思いましたよ。眠気に負けて仮眠とか取ってたらどえらいことになってたでしょうね。引っ越し屋の兄ちゃん達にも大迷惑掛けてただろうし、下手するとペナルティ的なのも発生してたかも知れないし。いつもなら「まあ何とかなるでしょ!」と気楽に思って眠気に負けて寝たりすることも多いんですけど、ほんと我ながらあの時ばかりはよくぞ我慢したし賢明な判断だったなあ〜と思いますね。てか寝ないでノンストップで梱包し続けて超ギリだったのに、マジで小1時間だとしても仮眠取ってたこととか想像したらゾッとしますよ(笑)。マジでネ申さまありがとう的な。
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あともう1つゾッとしたのが、新しい部屋は平米的には前の部屋と同等ぐらいだしかなり広めの部屋ではあったんですが、前回のブログでも幾つか紹介してますが、最終的に今の部屋に決めるまでには他にも幾つか候補があって。それらの部屋もそこそこの広さではあったんですが、今の部屋よりは若干狭い部屋だったんですよ。まあ荷物はどのみち減らそうとは思ってましたし、例えばレコードとか全部売り払ったりしたらどうにかもうちょい狭い部屋でもいけんじゃないか??的にも考えてたりした節はあったんですけど、実際引っ越してみて自分の家の荷物の多さに驚愕というか、いやマジで今の部屋にしといて良かったな…と思って。だってもし他の部屋だったら、恐らく引っ越し当日に荷物が全部部屋に入り切らないとかもあっただろうし「うわコレどうしよう…」って途方に暮れてたと思いますモン。いやマジでそうなってたらどうしたんでしょうね…?もうなんか頭おかしくなりそうですよ、ただでさえ寝てないわ疲労困憊だわだろうしで。マジでそれ考えるとゾッとしますね〜。勿論諸々の度重なるシュミレーションの末に今の部屋選んだので間違いは無かったんですけど、ちょっと高を括って「まあ若干狭いけどどうにか工夫すれば大丈夫でしょ!」とか軽く考えてたらどえらいことになってましたよ。
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そんなこんなでどうにか無事に当日引っ越しも終えて。まあ終わった後も山積みの部屋の中とりあえずの寝場所確保や、前の部屋に鍵返しに行かないといけなかったりとやること多々あって、結局なんだかんだと31時間も起きて色々やってましたけど。その後数時間だけ仮眠してから入った追い焚き風呂はもうほんと最高でしたね〜。至極の極みでしたよ。風呂桶のサイズも1人にはちょうどいいサイズだし、内装はかなり至ってベタな作りですけど、まあ良く言えばシンプルで嫌いじゃない作りというか。っていうか何はともあれの6年振りの追い焚きはやっぱめちゃアガります。元々前の前の部屋は追い焚きが付いてて年間350日ぐらいは入ってたぐらいの風呂好きだったんですが、再び風呂好き熱が再燃した感。時期的にってこともありますが、引っ越してもうほぼ毎日ぐらいの勢いで湯船にお湯溜めてじっくり1時間ぐらい風呂入ってますよ。恐らく3日に2日ぐらいのペースでは入ってるんじゃないでしょうかね?しかも毎回入る度に得も言われぬ極楽感且つ有り難みを感じながら堪能して入ってます。もはやちょっとした1つの癒しの時間になってますね〜。前の部屋の風呂がかなりイマイチ感強かったので余計に色んな部分が非常に使い易くて。いやあ、何はともあれマジで追い焚き最高!
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その後もちょっとづつちょっとづつ片付けていって。合間に新しい部屋に必要な備品とかもちょこちょこ探して買ったり。前述の水漏れ事故でちょっとした保険金がおりたので、その分で結構色々買えましたね〜。とは言ってもなるべく安くてなるべく利便性も良くて、なるべく洒落たモノをっていうテーマで色々と揃えたので、なにげにめちゃくちゃ時間掛かりましたけどね。あとちょっとしたモノ買うのでも結構時間掛けて調べて探してからじゃないと買わないんですよ。急を要する時でさえ「コレだ!」っていうのが見付かるまではとりあえずでは買わずにひたすら探しまくったり。まあ予算が潤沢にあったりしたらまた話しは違うんでしょうけど、なるべく予算を掛けずにって考えるとどうしても出来るだけ後悔しない様に慎重になってしまうというか。
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ちょうどコレ書いてる最中に、注文してた部屋の最後の備品であるリビング兼寝室用のランプシェードがようやく中国からアマゾン経由で届いて設置して完了。コレで一応は引っ越して最低限必要な備品類は全て届いた形。まあ未だにまだ片付け切れてないところもありますし、今後も更に小洒落た部屋にすべくちょっとづつ部屋作りしたいとは思ってますけど。まあでも元の部屋の作りがベタ過ぎて限度はありますけど(汗)。
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引っ越す前は意外と遠く感じなかった距離的な問題も、引っ越してみるとやはりというかなにげにやっぱ遠いなあ…とは実感してて(苦笑)。まあでも、とは言えしんどさはあまり感じないんですよね。時間が今までより倍掛かるってだけで。大通り沿いとかだとある程度スピード出せるしそうすると意外とあっという間に着いちゃうし。チャリで三宿まで30分ぐらいですけどね。30分て聞くと結構な時間にも思えるんですが、ほんと30分自転車漕いでるって感はあんまりないですね。それぐらい余り労力は掛かってないというか。むしろ逆になにげに30分も自転車漕いでるからか、引っ越してから体調はなにげにいいんですよね。往復1時間強ぐらいは自転車乗ってるってことですもんね。やっぱ適度な運動が身体にはいいのかもとか思ったりして。なので今のところは思い掛けずいい結果になってるというか。まあ勿論時間は今までの倍掛かるので、出勤時間もだいぶ早くなったりとかってのはありますけどね。忘れ物とかしたら完全にアウトだし。あと天気の悪い日とかも大変だし。まだ無いけど急なパンクとかの時はどうしよう?ってのもあるし。
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ちなみに引っ越しが決まってから、電動チャリを買おうかずっと悩んでいて。さすがに距離あるし、やっぱあるとかなり便利かなあ〜とは思って「もし買うとしたらコレかなあ?」ってのも目星は付けてはいたんですけど、今となっては全然興味が無くなってしまって。前述した通り時間は掛かるけど言うほど労力を感じないってのもありますし、電動チャリってやっぱ10万ちょっとはするんですよ。3,4万ぐらいで買えるならあったら便利だしちょっと考えたりもするかもですが、10万出してまでは取り立てて必要ないかなあ…とは思っていて。むしろ電動チャリ買う金あるなら今はコードレス掃除機欲しいですね(笑)。階段とかの掃除も面倒だし、やっぱ今時の性能のいいコードレス掃除機欲しいですね〜。てか既に買うんだったらコレだ!ってのもようやく見付かったので、もうちょい安くなったら買いたいとは思ってますけど。
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今の部屋契約した後も引っ越した後も最近もたまに、暇な時にふとSUUMO見て無駄に物件チェックしてるんですが(笑)、いやもうほんとビックリするぐらい全然相変わらずいいのが無くて。勿論今の部屋を基準として見るんですが、今の部屋以上に魅力的な物件が全然ないんですよ。勿論ボク的な価値観でですけど。いやービックリ。っていうかマジでもし今の物件無かったらどうしてたんだろ??って思うぐらい。ほんとそれぐらい今考えると奇跡的に色んな諸条件が合致した物件だったなあと。こんなある意味変わり種の物件も珍しいし。二重サッシも遮音バッチリだし大半の窓に網戸付いてるのもめちゃ快適だし陽当たりも悪く無いし風通しもいいし。まさかのベランダの端っこからは辛うじて富士山も見えることもわかったし(笑)。
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前の部屋を出なきゃいけなくなった時は、正直こんな奇跡的ないい物件の次に住む部屋はかなりレベルが落ちてもしょうがないな…と諦め感もありましたが、今となっては素晴らし過ぎた眺望と都心までの距離以外は、全てに於いて今の部屋の方が優ってるというか。更にはしかも前の部屋より9千円も安いってのも非常にでかいですね〜。だいぶ慣れたのもあって如何にも大田区らしい独特なのんびりした雰囲気も好きだし、今までにはほぼ無かった徒歩圏内に駅やスーパーやコンビニや商店街があるっていう環境も非常に便利だし。いやもし前の学大の部屋に戻れるってなっても、今の部屋取るかもなあ。それぐらい今や気に入ってますよ。ほんとこの部屋に住めて良かったなあ〜ってしょっちゅう思いますもん。なかなかいい物件が出て来なくて途方に暮れてた2ヶ月前のことを考えたらもうほんとに奇跡的なことですよ。まあ前のマンションの人も皆一様にいい人ばかりだったし、あそこはあそこでまさかの大事件はあったけど(苦笑)、非常にいい環境でしたけどね。でも94戸の大所帯からまさかの一戸へっていうこの落差たるや。いやでもほんと、いい物件見付かって良かったなあとは想いますね。
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あと今の物件決まった時に、いい物件決まって良かったなあ〜ってのと同時に心の中では「とは言え大田区か…」的な感もぶっちゃけ無くは無くて。特に渋谷区→目黒区→世田谷区と住み変えた末の大田区ってのはちょっとした都落ちした感も正直なところやっぱありましたし。もっと店が繁盛してたりもっとボクに収入があれば大田区に住まなくても良かっただろうし。最初はそういう悲観的な考え方も若干してました。ちょっとした人生の罰ゲーム的な。でも逆に言うと、もっと田舎に飛ばされた訳では無いし、腐っても東京に住めてる訳だし(大田区の皆さんすみません・笑)、ギリギリ自転車で通える距離だし、気に入った部屋にも住めてるし、いやいや、これがもし人生の罰ゲームだったとしたら、むしろまだまだ全然幸せなことじゃないかと思える様になって。まあ元々段々と無駄に荷物が増え過ぎて広い部屋にしか住めなくなってしまって、収入とは裏腹に住む部屋の家賃もちょっとづつ上がってしまって。まあ元々エンゲル係数低い方だし贅沢もしない方だし、その分住む環境にはお金掛けたいタイプではあったんですけどね。とは言え現状考えるといいとこに住み過ぎてましたよ。そういうのもある意味ネ申のお告げなんじゃないかとも思ったり。まあでもそう考えるとこれ以上の罰ゲームは課せられない様に頑張らないととは思ってますけど。
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さてそんな感じの2018年でした。他にもレコード事件やら新聞配達事件やら、なんか人間関係で哀しい気分にさせられることが多かった1年だった気がしますね…。まあそんなのは生きてればちょいちょいあることではあるんですけど、去年はそれ以上に何か多々色々あった様な印象。まあそういうのも全部因果応報であり自業自得なんだとも思ってますけど。
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2018年が総じて良い年であったか悪い年であったかは何とも言えないですけど、まあでもこうやって健康体で無事に年も越せて、三宿Webも辛うじて存続出来ていて、とりあえずは変わらず東京で暮らせてるんですから良い年だったのかもとは思ったり。いやもうほんと最近のテーマは『生きてるだけで丸儲け』感が非常に強くて。去年も色んな人が亡くなったりしましたし、やっぱ年々そういうのが増えてるし。猛烈なキツいストレス抱えてる時とかにふと思う様にしてるのは「命取られないだけマシだろ」ってこと。ほんとそうだと思いますよ。何は無くとも健康が1番だと思いますもん。そう考えるとほんと今までよく大きな病気や怪我もなく健康でこれたよなあ〜とは思いますね。マジで感謝ですよ。
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さてそして2019年ですが、実は今年の3月で上京してからちょうど30年なんですよ。やっぱ嫌が応にも感慨深いというか。ちなみに20年前の1999年は、恐らく人生で1番のモテ期だったんですよね(笑)。ほんと我ながらあの年の勢いは凄かったですね〜。ちなみに10年前は取り立てて特に何も無かったんですけど(苦笑)。でもなんか今年は色々とありそうな気もしてるし、何かあるといいなあ的な希望的観測もしてたり。あ、あとなにげに今年ボク年男なんですよ(笑)。早生まれで亥年なので。あと6月までWebが持ち堪えれば25周年だし。そんな訳で色んな要素は随所にあるっちゃあるんですけど(笑)。
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部屋作りも一段落したので、今月はとりあえず延期に次ぐ延期になってるバーメニューの一大改編に本格的に着手。今日も新しく提携してる酒屋さんの本社に行ってミーティングしてきましたけど。2月1日からは一気に変えられる様にとは思ってます。酒屋さんが変わって値段もそうですけど色々と融通が利く様になったのもあって、結構色々と微妙に変えようとは思ってます。値段も下がるのもあれば上がるのもあるかもですが、総じて下がる物の方が多くなるのでは?と思ってます。あと残念ながら長年やってきたジュースの生搾りは25周年を前にして遂に終焉。てかまあよくぞ24年半も頑固にやってきたなと思いますよ。あんなレベルのカクテル、他のちゃんとしたバーで飲んだら1000円ぐらいは取られますよきっと。どうやら古巣のTHE ROOMもだいぶ前からジュースの生搾り遂に止めたみたいだし。まあ今のご時世では致し方ないですよ。なんせコストが掛かり過ぎますからね…。あと生搾り以外にもちょっとだけクオリティーを落とす予定のモノもあるっちゃあありますけど、まあ前にも言いましたけど、ボクが監修するバーですから。絶対的に不味いモノは出しませんから。どんだけクオリティー落としたとしても「やっぱWebの酒は1番美味いよね〜」と言わせる自信はあります。なのでその辺はご安心を。
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そんなところですかね。今回もいつも以上のアホほどの無駄なボリュームで、ここまでに端折らずに行き着いた人は一体何人いるんでしょうか?(笑)。奇跡的にここまで行き着いた奇特な皆さま、貴重な時間を割いてのご精読、誠にありがとうございました。パッとした派手なことは無くてもいいので、今年も地味に地道に、なるべくストレス無くなるべく好きなことやりながらなるべく日々楽しく、暮らせていけたらいいなあとは思ってます。勿論常に何事にも『一所懸命』に、そして感謝や謙虚な心も忘れずに。いやほんと、口ではこうやって綺麗事言えるんですけど、人間なかなかどうしてそれを日々常に実行出来るかどうかってなにげに難しいもんですけど。そんな訳で皆さま、今年も無駄に懲りずに無駄に頑張って無駄に長文書きますので、ナガサワブログを何卒無駄に宜しくお願い致します!
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※10月25日木曜日のフルムーン。綺麗に撮れなかったので、月と夜景は別撮りで合成。でも目視では正にこんな感じ。大きくて綺麗な満月でした。








思えば5月中旬に不動産屋の担当の人からお話ししたい件があるということで行ってみたらまさかの「オーナーがご年配で今の物件を管理するのが面倒になってきて売りに出したいらしいんですよ…。ですので年末にある次の更新はしない方針なんですが、ご了承頂けないかと。」もはや寝耳に水とはこのこと的なビックリ仰天な展開にいささかビビってたじろぎましたが、出なきゃしょうがないのであれば探すしかないということで、突如として『NEVER ENDING 物件探し STORY 2018』がスタートした訳なんですが、まあでもあと半年あるしと気持ちを切り替えて物件探しを開始。もはやその日からほぼ毎日賃貸物件サイトを1日に2,3度はチェックしてましたかねえ。
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※知らない間に賃貸物件のサイトも多々増えてましたが、やっぱり今も昔も情報量ではSUUMOがダントツですね。







まあまあ「おっ」と思う物件はたまには出てはくるんですが、なにせ今の物件が非常に奇跡的な物件だったのもあって(最寄りが学芸大学という立地で奇跡的な値段で奇跡的な広さで且つ部屋から東京タワーと富士山が見えるというこれ以上ない眺望)、なかなか「コレだ!」という物件も出て来なくて。途中からはもはや「ギリギリまでは出来ればここに住みたいし、本気で探し出すのは10月ぐらいからでいいでしょ~」ぐらい思う様になって。勿論その間も変わらず毎日賃貸物件サイトを1日に2,3度はチェックしてましたけど。
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10月に入ってそろそろ尻に火が点き始めたので、いい加減本格的に重い腰を上げて気になる物件の内見スタート。思い立ったら吉日的に2日間で6軒ぐらい一気に見に行きましたかね~。でもどれもこれも値段が高過ぎたり(値下げ交渉も不発だったり)、どう考えても荷物が入らなかったりで(もはやビックリするぐらい無駄に荷物が多いので)、敢えなく断念。その後も勿論探してはみたんですがなかなかいいのが出て来なくて。
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※この時内見した中では場所・広さ・収納・設備的にほぼ完璧な物件でしたけど、如何せん家賃が今より1万2千円も高くて、値下げ交渉しても数千円だろうということで断念…。









10月下旬頃になって現状の不動産屋の担当の人も物件探しを手伝ってくれる様になって。元々オーナー側の都合での退去なので申し訳ないという気持ちから「うちは仲介手数料もいらないので気になる物件があったらこちらから仲介のお手伝いするので教えてください」ということで、お言葉に甘えて3軒ほど内見連れて行って貰って。担当の人も非常に感じのいい人だったんですが、車の中でずっと世間話とかしてたらかなり意気投合して結構色々と楽しく話す様になって。上記3軒のうち1軒は今のうちまではいかずともなっかなか出てこない高層階の分譲物件で。日当たりもめちゃ良かったしかなりいいなあ~とは思ったんですが、その後軽く値段交渉して貰ったら、どうやらもし交渉が上手く行ったとしても今よりも家賃が若干高くなっちゃうんですよ。あとキャパ的にも充分広いんですが、如何せん前述した様にうちのアホほどある荷物がちょっと入り切らないかな…ってのもあって結局断念して。
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※正直ここは見た中ではダントツに眺望と陽当たりが良かったですね~。でも家賃もそうですけど、最寄りが桜新町でR246通らないと三宿に行けないのと(とある理由で三茶を通りたくない)、スペース的にうちの荷物が納まり切らなそうってのと、周りに何もない(コンビニやらスーパーやら)のもあって断念。でも非常に魅力的な物件ではありましたね~。








10月下旬頃になると期限も迫ってきてるのに一向にコレという物件が出て来ないのもあって段々と部屋探しノイローゼ気味になってきて。いや、最初は結構深めで鬱の一歩手前ぐらいまでいっちゃって一時はほんとヤバかったですね~。もう時間も限られてるし、恐らくもう穴場物件が出るなんてことや今の部屋みたいに奇跡的な値下げしてくれる物件も出ないだろうしで、もうこれだけ散々アホほど物件も見てきたけど全然いいとこ無いしで日に日に絶望感が増してきて。物件探しにしてもこの頃はもはや「なんかいい物件無いかなあ~♪」的な感じは一切無く「全然興味も無いし惹かれない物件だけど、どうしても越さなきゃいけない状況になって敢えて選ばなきゃいけないとしたらココかなあ、、、」的にかなり悲壮感さえ漂ってて、もう夢も希望も無くなってきてました。
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※藁をも束みたい衝動からしょっちゅう神頼みに神社にお詣り行きました(苦笑)。







そうこうしてる内にハッと気付いて。「ダメだ最悪だ。完全に悲観的に探してる。全然住みたくも無い部屋へ致し方なく引っ越すなんてことだけは避けなければ!」という想いに駆られる様になって。元々上京して初めて住んだ蒲田から、夢にまで見たお洒落スポット・代官山へ、そして激狭だった代官山から広々としてまるで外国のアパートの様な雑だけど洒落た内装だった学大へ、そしてより広々として陽当たりと眺望がスーパーヤバい今のマンションへと、全ての引っ越しがワクワク感と夢と希望に満ち溢れてたんですよ。そういうのを顧みてもやっぱ少なからず何かしらテンションの上がる物件には住みたいという想いが強くなって。でも散々探して見付からないのにどうやって?家賃をこれ以上上げるのは正直かなりキツイし…。で、考えたのが、探す範囲をちょっと広げてみようと。とりあえずかなり広げた範囲でどれぐらいテンションの上がる物件が出てくるかやってみたんですよ。結構広げたのもあって、今までよりも「おっ」っていう物件もちょいちょい出てきて。でも思ったよりは出て来なかったのでビックリでしたけど。探せば探すほど「やっぱなんてうちの今の部屋は奇跡的な物件だったんだ!」って改めて実感したぐらい。ほんと、予算より2万ぐらいは積まないとやっぱ同等レベルの物件は出て来なかったですから。
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そんな中、もはや一瞬5度見したぐらい好みのどストライクな変わり種の物件が出てきて。なんとホワイトフローリングでさえ珍しいのに、壁も天井も扉も全部白で統一!しかも平米数もバッチリだし。リノベーションして間も無いので非常に綺麗そうだし。あとなんと言っても心を鷲掴みにされたのは正に外国のアパートみたいな作りの変則的なユニットバス!トイレもウォシュレット付きだし(ウォシュレットはまあどっちでも良かったけど)。いやあ~もう久々の一目惚れ物件でしたねココは。でも場所が東急池上線の雪が谷大塚が最寄りで。なんと大田区ですよ大田区。遠っ!!(苦笑)。まずチャリじゃ通えないだろうし、さすがにちょっと難しいかなあ~とは思いました。めちゃんこ可愛い部屋だけど。

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※写真で観るとマジでヤバくないですか??なっかなかここまで白を基調にした部屋も珍しいですよ。いや〜初めて写真見た時はマジで度肝抜かれました。








まあでも、距離的にちょっと遠いとは言え、なんか久々のトキメキを感じて「オレが忘れかけていたのはコレだ!この感覚だ!」じゃないですけど(笑)、それまでテンション激下がり気味だった部屋探しのモチベーションも若干上がって更に範囲を広げて探し続けて。そこで次に見付けたのが雪が谷大塚の隣の石川台って駅が最寄りの物件で。外観内観共に全然洒落てないんですけど、広さ的にも設備的にも条件的にはほぼ言うことない感じで。しかも3階建ての3階で1つの階に一戸しか入ってないし、全方向に窓も付いてるし陽当たりも風通しも収納もバッチリそうだし。とは言えここも充分距離的には遠いので、心の片隅には置いておきつつ他にも引き続き探してはいて。

でも範囲をかなり広げて探しても、予算内でトータル的にコレってのは予想外になっかなか出てこなくて。そうこうしてる内に、とりあえず1度上記の2つを内見させて貰おうかなあと思って。物件同士も近いし。っていうか雪が谷大塚の真っ白の物件がやっぱどうしても頭から離れなくて、1度実物見てみたいっていうのが1番強かったってのが正直なところ。それぐらいあんな内装の物件出て来ないので。もしほんとに実物見ていいなと思ったら、ちょっと遠いけど住んでもいいかなあとかも思う様にもなり。しょーもない何の魅力もない部屋に近場ってだけで住むぐらいなら、遠方でも住みたい、帰りたいって思える部屋の方がいいなあとも思う様になって。そう考えたら一刻も早くあの部屋を見てみたい衝動に駆られて。
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※このユニットバスなんてちょちょちょー可愛くないですか??正に外国のアパート的な感じというか。ちなみにトイレとバスはカーテンで仕切れんですよ。いやーこれはマジでビックラこきましたわ。








善は急げではあったんですが内見したいなあと思ったのが火曜の夜で、翌水曜は不動産屋が休みなので最速でも木曜日かな…とは思ってたんですが、何かもう1度気になり出すと止まらない性分も相まって、翌水曜日も気になって気になってしょうがなくなりちょっと時間もあったので、実際チャリ行くとどんだけ時間かかるんだろう??と思ってチャリで現地まで行ってみたんですよ。自転車でのルート検索だとだいたい24分ぐらいなんですけど、やっぱ出来れば坂が少ない方がいいじゃないですか?なのでまず都立大まで坂無しの裏ルートを通って緑が丘越えて石川台へ。なんと途中緑が丘のなかなかの坂を登るんですけどそれ以外はほぼ平坦。なので大して労力を感じなくて。時間も20分ぐらいでしたかね~。正直でも、坂1つしかないし石川台までは大してしんどくないなという印象でした。

そしてとりあえず石川台を越えてお目当ての雪が谷大塚の物件の方へ。隣の駅とは言え石川台から雪が谷大塚まではこれまたなかなかの坂を登ることになります。そしてようやくお目当ての物件まで。物件自体が結構大通りから池上線を越えて更にちょっと下り坂の麓の辺りにあるんですよ…。あと自転車も停めれそうな所もパッと見なくて。周りの環境自体は閑静でいいですけど安易に路駐も出来なそうな雰囲気で若干難アリな印象。あと更には池上線の線路越えなきゃいけないんですよ…。忙しい時とかだと結構無駄なタイムロスになるなあと…。で、そのあと多摩川の手前辺りまでチャリで周辺を散策して、せっかくなので雪が谷大塚の名店『らぁめん葉月』でラーメン食って、一応石川台の物件の方にも行って帰宅。
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予定通り翌日不動産屋の人と共に内見を。まず最初になにはともあれ雪が谷大塚の白い方に行きたかったところですが、うちから行くと手前にあるってことで石川台の方から先に行って。内見してみると写真で見るより非常に印象が良くて。窓も多く全方向に付いてて大半が二重サッシで網戸も完備してるし、3階建ての3階ワンフロアなんですが、どうやら2階と1階が大家さんの親戚が事務所で使ってるらしいんですけど現状ほとんど稼働してないんですよ。なのでもし借りたらほぼ建物自体で一世帯のみっていう贅沢さ。更には周りは幹線道路と駐車場だし二重サッシだしと、ほぼ騒音の心配とかがいらないのは非常に安心感強いなあと。まあ元々大音量出す方じゃないんですけど無駄な心配がいらないというのはやっぱいいもんで。広さも充分だし綺麗だし風呂は追い焚き付きだし窓も多くて明るいし。あとチャリは勿論置けるんですけど、更にもしかしたら原チャリぐらいなら置けるかも!?的な感じもあって。もう10年バイクは乗ってないですが、またバイクに乗れる可能性が出たっていうのはなにげにテンション上がる要素でもあり。大通り沿いだからアクセスもいいし石川台までは緑が丘の坂1個だけで行けるし。正直かなりの好印象でした。

さて続いて肝心のお目当ての雪が谷大塚へ。やっぱ車停めるのもひと苦労な立地。改めて坂も多いなあという印象。自転車置き場も一応入口の奥の横にあったんですが、合計でも詰めて3台置けるかなあ…?ってぐらいの激狭なスペースで。6世帯入ってるのにほんとに置けるの??って感じでした。勿論原チャリなんかはもってのほかで。階段を登って4階のその物件へ。やっぱ写真通りのイメージと全く遜色ない素晴らしい内観。やっぱこれだけ白で統一された物件はほんとうに圧巻というか。ユニットバスもやっぱめちゃ可愛かったし窓からの眺望もいいし。まあでもその前の石川台の物件が非常に好印象だけあって、窓がガタついてたので「これ絶対台風とか来たら雨漏りするな…」とか、壁もよく見るとかなり雑な塗りだし壁紙貼ってないしで、これもまあ考え方によっては外国のアパートっぽいけど(笑)、やっぱ窓もそうだけど冬は隙間風も入るだろうし寒そうだな…という印象。あと収納も普通に広いんですけど、やっぱ石川台の物件に比べると小さいな…とか思ったり。更にはエアコンが一基だけなんですけど室外機を置くスペースの問題でキッチン側にしか付いてないんですよ。居室の方にエアコン回すにはファンかなんかで送らなければならないというか。これは結構致命的だなあ…とは思って。あと1階には大家さんが住んでるっぽくて、作り的にしょっちゅう会いそうだったし無駄に気を遣うだろうなあっていう。なので2軒見た印象としては予想外に石川台の物件の方が若干好印象という結果でした。

とは言え石川台の方は広くて綺麗ですけどまあ普通の内装なんですよね。今住んでるところもそうなんですけど、いわゆる15年前ぐらいによくある内装というか。それとは打って変わって雪が谷大塚の方はまず出て来ないであろう外国のアパートチックなスーパー洒落た内装な訳で。やっぱめちゃ悩みましたよ。それぐらいやっぱあんな物件はまず出て来ないので。とは言え生活する上での利便性を考えると圧倒的に石川台だよなあとは思っていて。でもほんと、最後の最後まで悩みましたかねえ。
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※作りだけ見ると何のことないよくありがちな内装の部屋なんですけどね〜。特に今まで載せて来た写真見た後だと余計にそう見えますよね…(苦笑)。ちなみに前は女の子2人がシェアしてたらしく全体的には非常に綺麗です。あとその子たちがなんとまだまだ全然綺麗な新品同様のウォシュレットと二口のガスコンロも置いてってくれたので非常にラッキー的な。特にガスコンロはどっちみち必要だから買わなきゃだったしなにげに買うと高いしで、無駄な出費も抑えられますからね。








今の不動産屋の担当の人も非常に協力的で「ギリギリまで諦めずに探しましょう!」って3日に1回ぐらいはお薦めの物件を送ってくれたりして(この頃になるともはやプロよりこの辺の物件には詳しくて全部既に調査済みでしたけど・笑)、ボクも諦めずにそれ以上にビビビとくる物件は無いか?日夜探してはいたんですが、仕事も立て込んだりしたのもあって気が付くと2週間ぐらい経っちゃってて。そうこうしてる間に、前述の2軒も他に決まっちゃったらまずいな…ってのもあっていい加減決めなければってことで、再度熟考した挙げ句やっぱ色々踏まえた結果、今から探してももしいいのが出て来てもまず家賃が今よりも高い物件ばかりだろうし値下げもなかなか難しいだろうし、そう考えると多少遠くても住みやすい部屋で更に家賃が下がるってのはなにげにポイント高いかも?と思う様になり、やっぱ石川台と雪が谷大塚のどっちかにしよう!と思って。ちなみに石川台は今よりも6千円、雪が谷大塚は今よりも1万1千円も安くなるんですよ。

でもそれから再度熟考しましたけど、やっぱ雪が谷大塚の方は、可愛いユニットバスも追い焚きが付いてないのは勿論のこと、軽くシャワー浴びる時もスペース的に結構大きめのバスタブをいちいち跨いで入ってバスタブの中で浴びなきゃならないのは意外と結構面倒だな…とか、前述したエアコンの位置も然り窓もカッチリ閉まるタイプじゃないしで、冬場の居室は相当寒いだろうからやっぱ寒いのが大の苦手だし厳しいかなと…。他にも収納の狭さとか家の周りの環境とか諸々。

で、2つのどちらかの結論は出た訳なんですけど、石川台の方も完璧な物件では決してないので。洗濯機はベランダだしキッチン上部収納も無かったり。なのでなかなか決め倦ねてたんですけど、踏ん切り付ける為にも再度内見させて貰うことにして。ちなみに前日また時間があったので再度陽当たりチェックしに自転車で行ってみたんですが、うちから環七沿いで行くとまあまあ飛ばせば16分ぐらいで着いちゃって。まあ勾配がキツイのでちょっと逆向きだとしんどいかなあ…とは思いましたけど。あと帰りに都立大経由の平坦ルートで行ってみたんですが、どうにか緑が丘の唯一の坂を回避するルートは無いかな…?と思って探してみたんですよ。至近に遊歩道があったので「遊歩道って基本平坦なところに作るよね?」と思って沿いに進んでみたらなんと!ほぼ坂の無い平坦なルートを発見!しかも大して遠回りする訳でもなく。なのでゆっくり漕いで20分ぐらいでうちまで着いちゃって。恐らく信号さえ捕まらなくてそこそこのスピード出せば15分ぐらいで今のうちに着きそうな感じで。Webまで考えても30分ちょいで着く公算ですよ。しかもうちまではほぼ坂が無い平坦なルートなので全然疲れた感が無いんですよ、ビックリするぐらい。うちからWebまで15分ぐらいですけど比べても圧倒的にしんどくないというか(Webまでは結構傾斜多いので)。いや、正直これは世紀の大発見だ!ぐらい思いましたね(笑)。

そんなこんなで翌日また内見させて貰って。今回はメジャーで色々細かく計ってみると、狭いからアレは置けないかなあ…と思ってたモノとかも意外と広くて置けそうだったり、やっぱ改めて好感触。もはやここに決めようかなあとは思いましたが、念の為再度1日熟考し直して決めようと。その夜は更に範囲も広げて物件チェックしたりもしたんですが、これがもうビックリというか、かなり範囲広げても全然コレってのがほとんど出て来なくて。幾つかは出て来ましたが、間違いなくチャリで通える範囲は優に越えてる物件ばかりで。しかも石川台の物件と比べて圧倒的にいいかと言われればそこまででもなく。もはや内心「ここまで広げてもコレってのが出ないんだから、いい加減腹を決めて石川台に決めよう!」とは思いましたかね~。やっぱ心のどこかにどうしても「やっぱ出来ればもうちょっと近場の方がいいな…」とか「もっと洒落たところがいいな…」的な部分もあったんですが、さすがに踏ん切り着いたというか。
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※やっぱなにげに風呂好きなボクには溜まらなかった追い焚き付きバス。窓も付いてるし。今の部屋の唯一の難点が風呂場だったんですよ。無駄に広いけど追い焚きは付いて無いし蛇口から赤錆は出るしボロいしで。なので今回の物件探しではなにげに風呂場のヴィジュアルと使い勝手と快適さはかなり重要視してました。まあ願わくば最近よくある新しめのバスタブと新しめの二口蛇口と新しめのシャワー且つ追い焚き付きの綺麗なバスが良かったですけど(苦笑)。ま、普通に綺麗だし追い焚き付きだしで充分ですけど。ちなみに前の部屋が追い焚き付きだったんですが、365日中350日ぐらい風呂入ってましたよ(笑)。冬場とか1日3回とか入ってたし。実はなにげにそれぐらいの風呂好き。いやーマジで追い焚き付きの風呂はめちゃんこテンション上がります。







心は決まった!という訳で翌日(先週木曜日に)現状の不動産屋へ行って正式に申込書を。同時に家賃の値下げ交渉とバイクを置けるかどうかの確認をして貰うことに。独自に調査した結果、石川台の物件てどうやら2ヶ月も前から出てた物件だったので交渉したら多少は下がるんじゃないかなあ…?という目測から。実際ちょっとでも下がればかなり嬉しいし。あと前述した様にバイクが無料で置けるのであれば将来的にバイクもまた買って乗りたいなあとは思っていて。この2点が通ればかなりテンション上がるなあ〜とは思ってました。

後日すぐに連絡があり、なんと家賃は3千円下がったんですが、バイクの方はもし置くのであれば月5千円取られるとのことで、だったらとりあえずバイクはやめとこうかな…と断念。すわ10年振りにバイクがまた乗れるかも!?という淡い夢は儚く消えました…(まあ金払えば置けるっちゃあ置けるので完全に無くなった訳じゃ無いけど)。でもまあ家賃下がったのはなによりでかかったですね~。元々の値段でも今の家賃よりも6千円安くなるんですが、更になので今よりも9千円安くなることに。これは非常にでかいですよ。年間10万8千円、2年間で21万6千円にもなりますからね~。これだけ考えるとやっぱ遠くても引っ越す価値はあったかなあとは想ったり。

で、今日の午後にまた担当の人から連絡があり、保証会社の審査も無事通ったとのこと。明後日までに諸々の契約金、来週月曜日に地元の物件を抱えてる不動産屋へ行って正式に契約しに行く予定です。そんな訳で無事決まった訳ですが、これ読んだ人の中には「えー!?ナガサワさんまさかの大田区??石川台??そんな遠いとこ住んで三宿まで通うのとか大丈夫??」って思った人も多々いると思います。いや、実際の所ボク自身がギリギリまで同じこと思ってましたから無理もないです(笑)。まあなかなか思い切りましたよね〜。勿論今までに比べると勿論遠くはなるんですが前述した様に『近場で狭くてイマイチなとこに住むのであれば、やっぱある程度気に入ったところに住みたい』というのがどうしても強くて。勿論色々と不便なことは出てくるんだろうとは思いますけど。大量のフード運ぶ時とか、家からレコード持ち出す時とか、雨の日とか。
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※もし無料で駐車可能で次バイク買うんだったらコレだなあ~と思っていたクロスカブ110カスタムカラーのベージュ。前に乗ってたSW-1的感もあって、これ買って乗る夢描いてたんですが…。









当初は「次住むのは何区かなあ?やっぱ世田谷区かなあ…。でも理想的にはまた目黒区がいいなあ〜」とか考えてましたがまさかの大田区的な(笑)。思えば来年3月で実に上京してちょうど30年なんですよ。上京してまずスタートの地でもあった大田区にまさかのまた戻って来ようとは何の因果か的な。でもなんかある意味初心に還れ的な意味合いもあるんじゃないかとも勝手に思ったり。とりあえずどうにか無事物件は決まりましたけどこれからがまた色々と大変ですよ…。大量の荷物の引っ越しやら諸々の手続き変更やら…。ベタな内装の部屋ですけどせっかくなので多少は変えれそうなところは洒落た作りにしたいし。

そんな訳で紆余曲折あった今回の『NEVER ENDING 物件探し STORY 2018』もどうにか無事完結。ほんと今回はマジで深いノイローゼに入って気が狂いそうになりましたね…。一時は本気でどうなるんだろう…と不安とプレッシャーで何度も頭おかしくなりかけたし…。そんな中とりあえずは住みたいと思える部屋が見付かってそこに住めることになって、安堵と共にほんとに良かったと思います。ま、遠いけど(笑)。早くも色々と部屋をどうしようか暇さえあれば模索中。まあ6年前もそうでしたけど恐らく1月末ぐらいまでは色々と落ち着かないでしょうねえ…。ま、出来るだけ楽しみながら地道にやっていこうかと。

しかし学芸大学は前の所から数えると実にのべ10年半住んだんですけど、今まで住んだ街で言うと、山形の寒河江8年、兵庫の高砂10年、蒲田5年ちょい、代官山14年、学芸大学10年半と、実に人生の中で代官山に次ぐ長く住んだ街でした。やっぱそれだけ住んだので学大には非常に想い入れも強いし、この街を離れるのかと思うと一抹の淋しさもありますけどね…。
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※ちなみにこれは前に4年半住んだ学大の部屋。この部屋も独特なリノベーションされた部屋で、外国のアパートみたいな洒落た作りで非常に気に入ってたんですけどね。風呂も1人暮らしで初めての追い焚き付きで、追い焚き付きの素晴らしさを嫌というほど実感したし。

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※現状の部屋。借りる前の写真。ここはなんせ圧倒的な収納力と広さとなんと言ってもの素晴らし過ぎる眺望。











そんな訳で今回もいつも以上に無駄に超長文ブログにお付き合いくださった恐らく少数の皆さま(笑)、ご精読誠にありがとうございました。まさみじゃない方のナガサワは、12月から学芸大から石川台へ。一旦大田区に戻って人生出直して来ます(まあ職場は変わらず世田谷だけど)。グッバイ学芸大!そしてよろしく石川台!
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ここ5年ぐらいでしょうかねえ?三宿ニャンニャンタイガースが新メンバーになってからは勿論のこと、一昨年のTOKYO大リーグ発足以降は勝手に審判部長扱いにしてたぐらい大変お世話になっていた、外苑審判倶楽部の審判の伊東さんが8月5日頃(推定)急逝されて。詳しい原因はわかりませんが、熱中症で直前に1度倒れて病院に行ったという情報もあり、熱中症が原因だったのではないかと。なんせ今年の夏はアホみたいに暑かったですからね…。とは言え余りにも唐突のことだったのでほんとに最初は信じられないぐらいビックリして。ボクもそうでしたけど、うちのメンバーも然りリーグ内の人らも然り早朝のリーグの人らも然り、ほんとにみんな驚きと悲しみを隠せなくて。予想以上と言ったら失礼ですけど、ほんとにビックリするぐらいみんな哀しんでいて。亡くなってからで遅いですけど「え〜伊東さんめちゃくちゃみんなに愛されてるじゃん…」とは内心想ったぐらい。
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お通夜とかお葬式とかどうなるのか?なかなかどうなるかわからない状況が続いて。伊東さんて確か淡島と三宿の間辺りに住んでいて、一人住まいで身内もいないみたいで、警察が入って今後のことは決まる様子らしく、軽く調べてみたら身寄りのない孤独死の場合火葬のみ自治体が行うみたいで、いわゆる通夜とか葬儀という宗教儀式は一切行われないみたいなんですよ。え〜何も無いのはなんか可哀想だなあ…とか思っていたある日の深夜に郷太くんから電話掛かってきて、しばしその件に関して色々と情報交換したり話し込んだんですが、もはやボクらだけで偲ぶ会的なのをやろうと。郷太くんの「伊東さん、Webでの納会にも毎回来てたしやるならWebでやりましょうよ。」との推しもあり三宿Webでやることに。でも一応ギリギリまで様子を見て、何も他に催す気配がなければ8/16木に伊東さんを想う有志だけ集まって地味にやろうということになって。で、今週火曜日に行政により荼毘にふされたという情報が入り、予定通り8/16木に偲ぶ会をやることに。
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そんなこんなで開催された昨夜の『伊東さんを偲ぶ会』でしたが、お盆明けのど平日にも関わらず、のべ50人近くの大勢の人に来て頂いて。終始和気あいあいとした雰囲気の中での伊東さんを偲ぶムード。みな各々泣いたり笑ったりと、ほんと最高の会でしたね〜。
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最後3回目の献杯の音頭取る前にもちょこっと話させて貰ったんですけど、伊東さんて享年69だったらしいんですけど、独身で、亡くなった時も自宅で倒れて孤独死の様な状況で見付かって。どうやらお兄さんと妹がいるらしいんですが、どうも疎遠な仲みたいで。実際お通夜もお葬式も無く、火葬のみ行政に委ねる形で近親者のみで執り行われたみたいだし。勝手な想像ですけどきっと伊東さんは「オレの人生なんだったんだろうなあ…。独身で1人でぽっくり逝っちゃって…。通夜も葬式もやって貰えなくて…。なんか、しょーもない人生だったなあ…。」とか自暴自棄に想いながら逝ってしまったんじゃないかと思うんですよ、きっと。
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でも亡くなった知らせが回ってきた時もみんな一様に驚いて哀しんで、実際偲ぶ会やったら50人近くも伊東さんを偲ぶ為にわざわざ集まって。お盆明けとかじゃなかったらもしかしたらもっと来たかも知れないし。言ってしまえば一介の野球の審判ですよ?ボクは勿論審判依頼のやり取りとかあったので連絡先は知ってましたけど、ほとんどの人が連絡先は勿論、亡くなるまで誰1人として伊東さんの下の名前(三男)を知らないぐらいでしたから(笑)。いくら長年しょっちゅう審判で来て貰ってるとはいえ、プライベートの付き合いとかあった人もほとんどいない訳で。
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遺影的なモノも一応ボクが祭壇に飾る用に用意しといたんですが、色んな人が各々写真コピーして持ってきたり、遺影代わりにと額縁に伊東さんの写真入れて持ってきてくれて。もうそこら中遺影だらけですよ(苦笑)。きっと伊東さんもあの世でビックリしたんじゃないですかね??と同時に非常に喜んでくれたと思うんですよね。「オレこんなに大勢の人に愛されてると思いませんでしたよ。いやあ〜ビックリした!」って。そして「オレ野球好きでいて良かったなあ〜。」とかも思ったかも知れないですね。
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伊東さんて絶対自分のことを『何の取り柄もない野球好きのおっさん』ぐらい思ってただろうし、もしかしたら実際そうなのかも知れないけど(伊東さんすみません・笑)、でもそんな”何の取り柄もない野球好きのおっさん”の死に対してこんなにみんな哀しんで、お通夜も葬式も無いんだったらみんなで偲ぶ会やろう!ってこんなに大勢の人が集まって。建前やおべっかや付き合いとか一切抜きに正にこれこそがリアルだし、いやもうほんとグッとくるどころじゃないですよ。なんかちょっと心揺さぶられたというか。いやほんと凄いことですよ。逝ってしまった伊東さんに「伊東さん!こんな沢山の人に想われて、あんたの人生全然しょーもなくないですよ!最高の人生でしたよ!」って言ってあげたいし、きっとこの想いは伝わったんじゃないかと思います。
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営業中は終始仕事に集中してドタバタで動きまくってたので、正直感慨に浸る暇はなかったんですが、営業終わって一息ついて1人で黙々と片付けてる時に、前述した様なことが頭を巡ってきて感極まりながら泣きながら片付けしてました。同時に「オレが死んだらこんなにみんな哀しんでくれるかなあ…」って伊東さんのこと正直羨ましくも思ったり。。いやでも実際ボクもこんな歳で独身で彼女も居ないし、明日は我が身ですよ…。
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無駄に凝り性なところが無駄に爆発してしまい、一昨日から皆さんに配る用に追加分の喪章作ったり祭壇用のグッズ買い出し行ったり店内で流す用の伊東さん追悼DVD編集したり、昨日も昼からおむすび作ってたらあっという間に出勤時間で大急ぎで店行ったものの、祭壇作ったりなんだりしてたら予想以上に準備が大変でもう汗だっくだくかきながらで終始店内1人走り回ってギリギリなんとかオープン間に合わせたり、最初は入りもゆっくりでしたけど途中からガンガン入ってきて酒作ったりグラス洗ったり(マッシュくん働いてくれたからめちゃ助かったけど)、終わってからの1人片付けも2時間半掛かったりと、もはや昨日の昼からさっきまでずっとてんやわんや状態でしたが、なんか不思議と心地良い疲れというか。絶対伊東さん喜んでくれたはずだと思うと気分が悪いはずもなく。ま、疲れましたけど(苦笑)。
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いやーでもほんと色んな想いに駆られたいい夜でした。伊東さん居なくなっちゃったのはほんとに残念ですけど。まあ伊東さんはこの先もボクらの間で生き続けますよ。遺影の1つも店内トイレ上のTOKYO大リーグのポスターの横にしれっと貼ったし(意外と同化してる・笑)。
伊東さん、ありがとうございました!あんた、最高の審判でしたよ!!
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14日でお陰様で47歳になりまして。おそロシア…。先週末に隔月開催中の『ウィークエンダー』では思いのほか皆さんに祝って頂き感謝感謝です…。いやほんと、みんないい奴らでみんな大好きだ。お陰で金土は飲み過ぎて胃と肝臓の調子がイマイチですけど(苦笑)。でもほんと、ありがたやありがたやです。
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※日曜日に作った、米と水とセブンのサラダチキンとサラダチキン用の参鶏湯で作った激旨参鶏湯粥。簡単で優しくてめちゃ旨なので是非ともお薦めです。





前回のブログでは24回目のバレンタインキッスを2月11日にやる予定と書きましたが、その後急転直下なんとあのThe xxのアフターパーティーをやることになって。Vo/GのRomyがDJを演ったんですが、The xxって全英1位なのは勿論ですが、全米でも2位までいったらしいですね…。いや、もはやロンドンでは街中歩けないぐらいらしいです。そんな世界的に有名なアーティストのアフターパーティーですから一般不可のシークレットとは言えもうアホみたいに混みましたよ…。いつ以来か憶えてない振りの入場制限までいきましたし。いやあ、おそロシア…。まあでも無理してバレンタインキッスやらなくて良かった的な(苦笑)。最初話し来た時は外タレってしか聞いてなかったんですけどね。まさかのThe xxだった的な。









ちなみになんでまたそんな世界的に有名な、当日も幕張メッセぱんぱんにする様なアーティストのアフターパーティーをあんなアホほど狭い三宿Webで??って思うじゃないですか?何も知らない関係者の人達も一様に言ってたし(笑)。実はThe xxのマネージャーが随分昔にうちでライブを演ったことがあったらしいんですよ。その時に非常に気に入ってくれたらしく、BIG LOVEのハルカちゃん伝えにあそこでやれないか?的に話しが来た的な。いやあ、たまたまとは言えなんか凄い縁というか。
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※ナガサワ撮影によるハルカちゃんとRomy。






さて話しを本題に戻しますが、まあそんな訳でオープン以来24年続いたバレンタインキッスはやらなくなったんですが、元々やるんだったらこんな感じでやろうと思ってたのが90’S縛り的なイベントで。まあでも2月はなんだかんだで全部埋まりそうな感じもあったので、まあいずれやろうかなあぐらいの感じではいたんですけど。そしたらちょうどたまたま2月23日の金曜日がぽっかり空いて。で、せっかくだからちょっとそこでやれるか探ってみようかなと思って色んな人にスケジュール聞いてみたら結構皆さんOKで。そんな訳で急遽開催決定した的な。
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※ちょうど20年前の98年2月13日金曜日開催のバレンタインキッスにて。ゲストDJの1人、瀧見さんと。






誘った人のほとんどが「わ!それオモロそう!」っていうリアクションの人ばかりで(笑)。まあそういう感性ある人ばっかに送ったってのもありますけど。いやもう企画したボク自身も、想像しただけで誰がどの辺の何掛けるんだろ!?っていう興味でちょー楽しみで。90’Sってもはやボクにとってはある意味第2の青春時代というか。この業界に入ったのが91年3月で、それ以降は毎日の様に週末はほぼ毎週末現場でDJがプレイするクラブミュージックを聴いてきた訳で。それ以降レコードもちょいちょい買い始めて、DJを本格的に始めたのも93年頃だし、95年頃からは毎週末ゲストのサポートでDJもやる様になってたので、もう一番レコード買ってた頃ですよ90年代は。給料の大半買ってたんじゃないですかね~??ほんとアホみたいに買ってました。なんせ当時は試聴とかも滅多に出来ない様な時代だったし、言うまでもなくネットもSNSも無い時代なので情報源もほとんど現場でしか得られませんでしたからね~。

※suzi kim / try me (extended version)。もはや90年代の三宿Webクラシックとも言える大名曲。90年代でこの曲1番掛けたのボクじゃないか??と思ってるぐらい掛けましたね〜。この曲オープン初期の土曜日にDJしてたパピーさんて女性DJがいたんですが、その人が掛けててすぐにブース行って「この曲誰ですか!?」って聞いたら「これ私が働いてるスタジオで録ったのよ〜」って言って12インチくれて。その後の再発やREMIX盤も買いましたかね〜。プロデュースはモンチ田中さん。歴史に残る90年代和製グラウンドビート大名曲。






ボクにとっては80’Sはキラキラって感じですけど、90’Sはギラギラって感じでしょうか。やっぱ本格的に東京におけるクラブブームが巻き起こったのも95年頃だったし、沢山クラブミュージックのヒット曲が量産され出した時代だったし。なので個人的にはやっぱ90’Sは熟練のDJ陣によるDJ MIXで聴かせたいなあってのはあって。今回のDJ陣は皆DJ歴20年以上の40オーバーの現役ばかり。みんな大好きな酸いも甘いも知り尽くした信頼出来るDJ陣なんですが、中でも最近ラーナーズで大忙しのチャーベくんが入ってくれたのはほんとに嬉しかったなあ~。WebでのDJ歴も一番長いし、個人的にも一番長い付き合いですしね。チャーベくんてWebでやり出した頃とかは(ESCAPE前)、当時のUKソウルとかをガンガン掛けてたので、まさにボク的には今回絶対演って欲しいDJの1人ではあったんですよね。


※先日お誘い頂いて20年振りぐらいに観たNEIL&IRAIZA。久々に観ると、当然だけど2人の演奏スキルが昔とは格段に比較にならないぐらい上がっててカッコ良かったなあ〜。前回観たのは全面改装前の三宿Webでクローバーズのイベントだった気がしてたけど違った。19年前のエスカレーターレコーズのライブイベントで観てるわ。だってボクが司会でしたから(笑)。まあ司会でめちゃ忙しくてライブとかちゃんと観る余裕なかったですけど。







あとはもはや安定の、ロックさん・K姐さんの夜ヒッターズ(勝手に命名)のお二人を始め、年始にある意味ナイスな話題を提供してくれたNONちゃんや、あとチャーベくん並みに長い付き合いの陽一郎くんには、オファーと同時に「アシッドジャズ縛り」をお願いしててめっちゃくちゃ楽しみ過ぎます(笑)。夜ヒット風や80’S!!!!!!!!でもお馴染みのスペシャルゲスト・RGさんも「90’Sめっちゃ得意です!」って返って来たし(笑)。まあRGさんは今回の大元の主旨とは若干違う方向性かも知れませんが(笑)、いつもの如くライブ的DJ的に楽しんで貰えれば。あとほんとは23B主催のエイジくんと、夜ヒッターズの1人・CHINTAMくんも誘ってたんですが、諸事情により今回は参加出来なかったのは非常に残念ですが、最低限いい布陣が揃ったかと。

※Caron Wheeler / Livin' In The Light。これCAVEで働き出した頃B1フロアでよく掛かってたので、この曲聴くだけで当時のこと想い出しますね〜。未だに全然飽きないし色褪せないUK Soul/グラウンドビート大名曲。







やっぱ前述した様に、90’Sと言えばCLUB CLASSIC、そしてやっぱ絶対的にレコードでのDJ MIXでしょ!ってことで、今回のDJ陣は全員オールバイナルで演って貰います。最近はもっぱらセラートで演ってるNONちゃんも快くOKしてくれたし。いやあ、これぞ90’Sですよ。マジでスーパー楽しみなんですけど。アラフォーの方は間違い無いですけど、是非とも若い人たちにも来て欲しいですね~。聴いたことないけどめちゃくちゃいい曲バンバン掛かる可能性大だし。いやほんと、人さえ入れば絶対的に盛り上がること間違いナシですから。なので是非とも沢山の人に来て盛り上がって欲しいなあ~と思ってます。いやあ~~~マジで楽しみ。

※Lisa Stansfield / All Around the World。これはもはや未だにしょっちゅう掛けてます。上京して初めて買ったCDは確かLisa Stansfieldの『Affection』。このアルバムはほんとよく聴きましたね〜。3rdぐらいまでの初期のリサは好きでしたね〜。ちなみにコレ厳密に言うと発売は89年なんですけど、11月発売で本格的にクラブでもガンガン掛かる様になったのは90年代に入ってからってことで(笑)。








※Tom Browne / funkin' for jamaica (1991 extended rmx)。これもDJ時によく掛けましたね〜。非常に高揚感と躍動感を増したナイスリミックス。








※Crystal Waters / Gypsy Woman (She's Homeless)。これも当時のクラブではスーパーヒット。ある日CAVEで働いてたらB1フロアで掛かってて、直後に下に行ったらB2フロアでも掛かってたってぐらい。90年代初期のニューヨークハウスも非常に名曲いっぱいあるんですけどね〜。








※Touch Of Soul / We Got The Love。これも未だに大好きな曲。クラブの前にディスコに行き始めた頃によく聴きましたね〜。10年ぐらい前(?)にEMMA HOUSEに収録されて以来リバイバルで人気曲になったみたいですが。メローなピアノのリフが非常に印象的な大ヒットイタロハウス。







※Frankie Knuckles / The Whistle Song。これも永遠のハウスクラシック。MIXX BEAUTY@オルガンバーでもたまに掛かってます。この辺はチャーベくんが掛けそうな予感(多分)。さっきも言いましたがほんと90年代初期のニューヨークハウスは名曲揃い!








※Lisette Melendez ft. Greg Nice / Goody Goody。これはもはや(笑)。最初はクラブヒットだったんですが、後に確かヴェルファーレ的なディスコやチャラめな箱とかでも掛かるぐらいヒットした記憶。これもある意味90'Sと言えば的な印象深い曲ですかね〜。








※ The Brand New Heavies / You Are The Universe。90'Sと言えば『アシッドジャズムーブメント』。その代表格の1つとも言えるブランニューへビーズは外せません。ほんとは初期のアシッドジャズ的な名曲にしたかったんですが、やはりブランニューへビーズと言えばコレが最大のクラブヒット曲じゃないでしょうかね〜。もはや歴史に残る大クラシック名曲。








※Incognito / Don't You Worry 'Bout A Thing。ブランニューへビーズと共にアシッドジャズムーブメントを代表するバンドによるナイスカバー。『Always there』のカバーも非常に好きだったし、初期のインコグニートはほんと好きでしたね〜。これも思わず当時を想い出してしまう想い出の曲。








※Jamiroquai / Virtual Insanity。やっぱ90年代と言えばジャミロクワイは外せませんね。個人的には、アシッドジャズムーブメント期のデビューしたての頃の『When You Gonna Learn?』や『TOO YOUNG TO DIE』とかも印象深いですけど。ちなみに三宿Webって1度ジャミロクワイナイトをやったことあったんですよ。いや、ジャミロクワイ好きのオフ会的なのじゃないですよ?(笑)。前述のThe xxのアフターパーティー的に、当日渋谷公会堂かどっかでライブがあってその後に的な。が、バンドメンバーはみんな来たんですが、肝心のジェイ・ケイはライブで疲れて来なかった的な(苦笑)。でも話しを聞き付けた関係者で満タンになった記憶。








※Courtney Pine feat.Carroll Thompson / I'm Still Waiting。コレも実に個人的にはアーリー90’Sを感じますね〜。数あるカバーの中でも未だに絶大な人気を誇るUKラヴァーズ・ロックの大名曲。これ当時探しに探したけど全然売ってなくて、CAVE時代のDJの大先輩・上石さんから頂いて未だに大事に使ってます。







まだまだ貼り付けたい名曲いっぱいありますが、続きはTwitterとかでも。ていうかマジで絶対楽しいですから2月23日金曜日は三宿Webへ!是非大音量のDJ MIXで聴いてください〜♪
90'SCLUBOUT

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皆さまあけましておめでとうございます。気が付けば7月以来半年振りの更新(汗)。まあ下半期はほんとイレギュラーなことが多々ありましたからね〜。これももうちょっと早く書く予定だったんですが、まあなんせ年明けてからもずーっとドタバタと色々ありましたから。そんな訳で久々の記録的な大雪の夜中にアップ!

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さてもはや気が付けば毎年明け恒例となった新春ブログでのナガサワ的10大ニュースですが、例年は10個挙げるの結構大変なぐらいなのに、去年は色々挙げてったらどえらい数になったので、今年はなんと無駄に20大ニュースとしてカウントダウン。ただでさえどえらい長いのに既におそロシア!って訳で早速サクサクいってみましょう。

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第20位「枝豆ブーム」
元々は大して好きではなかったんですが、なぜか突如として沸き起こった枝豆マイブーム。しかもずっと続いてます。寒い季節になった今もたまに食べたくなるし。最近も冷凍庫には常備食として常にまいばすけっとで売ってる『冷凍茶豆』も(これ結構リーズナブルだし美味しい)。好きが講じてたまたま作ってみたらビックリの激旨だった枝豆おむすびも非常に大人気でしたね〜。アレほんと食ってみないとあの美味さはなかなか伝わりずらいんですが、ほんと想像してる斜め上の美味さです。ただの豆ごはんと思ったら大間違いです。1口頬張ったらすぐゴーンとくる香ばしい香りがマジでハンパないです。作った自分でもビックリ的な(笑)。今年も市場に枝豆が出回るシーズンになってきたらまた作ろうとは思ってます。

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第19位「薔薇ブーム」
春先頃突如として起こった薔薇ブーム。まあ元々薔薇自体は好きだったんですけどね~イギリスのイメージも強いし。確かなんかの拍子にビビビと来たんですけど、それが何かは忘れました…(笑)。そんな訳で薔薇を求めに代々木公園や新宿御苑のバラ園まで観に行ったり。横浜イングリッシュガーデンは良かったですね~。タイミング合えば今年も薔薇の季節にまた行きたいです。勢い余ってTシャツも製作。実は前々から1度薔薇Tは作りたくて、結構前にも薔薇のデザインとかやってはいたんですけどね。1から根詰めてデザインし直した渾身の作。まあ全然売れませんでしたけど(苦笑)。でも個人的には非常に気に入ってます。特にバッジはもうほんとに気に入って帽子や服に付けたりと多用しましたね~。

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第18位「続・ユニオンジャックブーム」
一昨年数年振りに再燃したユニオンジャックマイブームですが、今年も引き続きちょこちょこ集めましたね〜。しかも、これまでかなり掘り起こしてもはやイケてるの無いと思ってたのに、諦めずに細かく小まめに色んなルートで掘ってみたらまだまだイケてるのがいっぱいあって。いやほんと探せばあるもんですね〜。最近はもはやなんでもかんでもじゃなくかなり厳選して掘ってるんですけど、去年掘ったユニオンジャックグッズはかなりレア且つハイセンスなモノばかりだった気がしますね〜。まあこの良さや嬉しさは興味の無い人にはイマイチっていうか全く伝わらないとは思いますが(苦笑)。

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第17位「黒回帰」
二十歳になる手前ぐらいから黒が好きになって。この業界に入ったのもかなりデカかったと思いますけど。やっぱ黒ってアンダーグラウンドやモードの象徴的な色だし。なので20代前半は黒い服ばっか好んで買ってました。が、20代後半ぐらいでしたかねえ?ふとした時に母親から「あんたあんまり暗い色の服とかばっか着ない方がいいよ?色って結構気分を引っ張ったりするから精神的にも暗くなっちゃうよ?」的なことを言われて、勿論その時は若気の至りで言い返したり否定したりしたんですが、なぜかずっと頭の片隅に残ってて、まあそういやそういう傾向ってなにげにあるかも…と徐々に思う様になり。当時のボクはなんせ根暗な人間でしたからね〜(苦笑)。あ、今も根暗ですが(笑)。あとはやっぱ黒ってみんな好きだし逆に個性がないなあってのもあり、それから色々模索した結果、オレのテーマカラーはネイビーだ!とばかりにネイビー系の服ばっか買う様になり。勿論黒い服も嫌いになった訳ではなかったのでちょっとは買って着てはいましたけど。それからはもうずーっとネイビーが主流だった訳ですが、今年の後半になって急に黒回帰が始まって。これはもうはっきりしてるんですが、たまたまロンドンのデザイナーユニット・Art Comes FirstとFred Perryのコラボした写真を見てから、やべ〜ちょーカッコいい!!と見惚れてしまって。1番好みだったトラックジャケットはソッコー探してイタリアの某サイトで格安で買ったり。未だに暇を見付けてはヤフオクとかでArt Comes First関連の古着チェックしてたりします。他にも黒でクールなタイプの洋服が急に欲しくなって古着で探したり。いやもう今年は更に黒回帰が加速しそうな勢いです。まあ勿論、黒ならなんでもいいって訳じゃあないけど(笑)。

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第16位「大赤字のバレンタインキッス」
バレンタインが誕生日なのをいいことに毎年開催しているバレンタインキッス、去年は前週に朝本さんのトリビュートイベントを開催したのもあって、ギリギリまで開催するかどうか迷ったんですが、ミッツィーさんの協力もあって結局開催。いや、イベント自体は結構集客もあって盛り上がったんで、一見大成功ではあったんですが、入場料1,000円ぽっきりという格安でやった割りには全然ドリンクが出なかったので、収支的には大赤字だったっていう…。まあ完全にオレのミスなんですけどね。とは言え大変な思いでブッキングして当日も切り盛りも大変で結果大赤字だったってのはさすがに堪えましたね〜(涙)。ちょっと1週間ぐらい立ち直れなかったぐらい(笑)。まあでも、人も入らず盛り上がらずで大赤字よりは、来て頂いた皆さまには楽しんで頂けたとは思うので全然良かったですけどね。まあでもイベントやる以上は、プラスは無くともマイナスにはしちゃまずいですね…。あと出演者の皆さまにはもうちょっとギャラ払いたかったなあというのが本音のところ…。終わった直後はもう2度とやらないと決めたバレンタインキッスですが、なんと今年も2月11日に開催予定。まだ概要全然決まってませんが。さて今年はどうなることやら…。おそロシア!

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第15位「撮影中に満月の中を飛行機」
これ年明けてすぐのタイミングだったので、既に昨年の新春ブログにも写真載せちゃってますけど、今考えても凄い確率のタイミングだったなあ~と。年明けすぐに望遠レンズを買ったんですけど、それの練習も兼ねて満月の写真を一眼レフで撮ってたんですよ。色んなパターン試しながら。30分ぐらいは撮ってましたかねえ。そしたらちょうどタイミング良く飛行機が飛んで来て。うわっ!と思いながら思わずシャッターばしゃばしゃ切ったんですが、まんまと2枚ほど満月の中を通過する飛行機が撮れて。うち1枚はちょうど真ん中上辺りを飛んでる時で。ほんとこんなの奇跡的ですよね??いやほんと年始早々無駄に運使ったんじゃないか!?ってぐらいのスーパー奇跡的な写真でした。合成とちゃうからね!(笑)。

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第14位「ウィークエンダースタート」
前々からヒップホップ系のイベントをやりたかったんですが、去年の4月から遂に隔月開催スタート。隔月開催と言ってもコケたらすぐしれっとやめる予定だったんですが(笑)、なにげにギリギリのところで大コケとかしなくて、っていうかむしろ回を重ねるごとにいい感じになってきていて。もうほんとうに毎回(及び単発でも)快く出演してくれる皆さんのお陰でしかないんですけど。今年は春から毎月開催にしようかなあとかも考え中。今年も新・福善よる(episode2)と、いい塩梅の関係でやれたらなあと思ってます。チェックやエイホウくんのソロとかもそうだし、ナイスくんとジミーちゃんのコラボとかもそうだけど、ウィークエンダーの出演者の中での出逢いとかコラボとか、なんか新しい何かが少しでも生まれたらいいなあとか、そういうイベントにしていければ本望だなあと思ってます。



※個人的にめっちゃハマってる今のところ毎回レギュラー出演してくれているSANGAくん。先月のマンスリーでは表紙に大抜擢。彼の音源はマジでしょっちゅう好んで聴いてます。彼はまだまだ若いし荒削りな部分も多々あるとは思うけど、非常にオリジナリティー且つ癖が強くて非常に今後が楽しみ。アートワークも彼が自分でやってるんだけど絵もめっちゃポップ且つシンプルでいいのよなあ〜。まあどういう反応かは好みもあるので人それぞれでしょうけど、是非色んな人に聴かせてみたいです。ボクがもしレコード会社の人間だったら、売れる売れないは別としても、間違い無くどんな手を使っても絶対メジャーデビューさせたいと思うけどなあってぐらい(笑)。






第13位「大口のフードケータリング」
去年も定番のおむすびを始めアホほどフード類を作りまくりましたが、ダントツに1番の難関だったのが50人分のケータリング。しかもその日は毎月恒例のMIXX BEAUTY@オルガンバーの日だったので、プラスおむすびという過酷さ。本格的なケータリング自体もなにげに初めてだったので、要領がイマイチ掴めなくてまあなんせ大変でしたね~。前日から仕込み始めて当日もほぼ半日掛けて1人で製作。現場付いてもペンネ作ったりホイップ立てたりと大忙しで汗だく。まあなんせ初めてだわ1人だわでほんと色々と大変でした。多々至らぬ点もあり反省しきりでしたが、とりあえずはどうにか無事に終わり、召し上がった皆さんからも美味しい美味しいと好評だったので安堵。そして3日後には店内撮影時のスタッフの皆さま用のおむすびを頼まれて。計62個。勿論過去最多数。予想通りノンストップで7時間掛かりました…(苦笑)。朝からの撮影だったので深夜から寝ないで製作。珍しく計算ミスで炊き直したり、いやはやほんと鬼の作業でしたね~。てか実に4日間の間に物凄い量のフード作りましたよ。いやほんと、クラブ店長の仕事は思てるよりも大変やからね!

※ちなみに50人分のケータリングメニューはこちら。
🔵バジル風味トマトソースペンネ
🔵ミニスパムおむすび
🔵和風ピクルス
🔵生ハムとアボカドとクリームチーズの和風うずらの卵入りソースがけ
🔵林檎のシナモン煮生クリームがけ

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第12位「貴乃花親方の仮装が大ウケ」
昨年もまた世間のクレイジーな大ハロウィンブームに嫌気が差して、ハロウィンパーティーもしなければ仮装もしなかったんですが、今や恒例となってしまっている年末にまたもや無駄にやってしまいましたアホ仮装。年末には5年前から突如やり始めて、毎年無駄に好評なので(多分)つい毎年毎年やってはいたんですが、当初今年はやらないつもりだったんですよ。まあ仮装するっつっても無駄に金も掛かりますしね。しかもオレの場合凝り性なんで、ハンズのバラエティーコーナーで揃えて適当にとかやりたくないタイプなので余計に。年齢的にももう仮装とかしてる歳でもないし(苦笑)。て訳でやらないつもりだったんですが、当日営業前におむすびを作ってる最中にふと、やっぱ仮装した方が絶対盛り上がるしみんな喜ぶよな…とか考えて、まあもしやるんだったら今年だったら貴乃花かな…とは思ってたので、とりあえず家のヅラボックス漁って1番近そうなヅラを探したんですよ。で、試しに被ってみたら「わ!貴やん!(笑)」ってなって(笑)。でもスーツとか小物類がなあ…とか思って一応近そうなの探して着てみたら、勿論完コピ派のボク的には全然違うとは思うんですけど、まあ暗いし大目に見れば全然イケるかも!と思い(笑)。スカーフやマフラーとかも奇跡的にそれっぽいのがあったので、急遽やることに。出勤1時間前の出来事ですよ(笑)。その日は勿論大ウケで、勢い余って翌日のウィークエンダーSPでもやって(笑)。その日の写真を後日インスタに上げたらなんとボク史上2度目の200いいねに到達と同時に、ダントツで最多いいねを獲得(笑)。いやほんと、急遽やっといて良かったなあ〜とつくづく。まあ有りモノでやっただけに細部を見たら全然貴乃花ではないんですけど(苦笑)。とは言えボクの無駄に燦然と輝く仮装史に、また1つ強烈に刻まれる結果となりました(笑)。

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第11位「ハンソデポリス復活ライブ」
1997年12月末にデビューしたナガサワプロデュースの草コスプレ大喜利ユニット・ハンソデポリスが20周年ということで記念に開催したハンソデポリスデビュー20周年記念イベント。解散して以来約10年振りに復活ライブも演ったんですが、まあなんせ仕込みが大変で大変で。ネタとかも正直全然やる気なくて(苦笑)、考えるの大変でしたね〜。しかも前週が前述のケータリングの週だったので一切時間もなかったし。イベント開催4日前ぐらいじゃなかったですかね〜本格的に本気でネタとか考え出したのは。まあライブ的には今までで1番緊張もしなかったし、久々の割りにはまあまあ良かったんじゃないかとは思うんですが、まあなんせ集客が全然ダメで。個人的にはかなり誘いはしたんですが、他のメンバー誰も友達誘ってないわ告知もしてないわっていう…(苦笑)。いやもう前述のバレンタインキッスじゃないですけど、しこたま労力だけ使って大赤字という大変なイベントでしたよ…。いやあ〜ほんとかなりのパワー吸い取られたな…。20年前のデビューライブには100人越えるお客さん来たんですけどね〜。もうみんな歳取って足取り重くなっちゃいましたね、、、。ま、もう2度とやらんけどな!(多分)。

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さあ中休憩が終わったところでようやくこれから10大ニュースですよ(笑)。てか20位から11位までは簡潔にサクッと書くつもりだったのに気が付いたらいつものごとく(苦笑)。まあこれでもだいぶ端折ってサクッと書いてるつもりではいるんですけどね…。これからは更に若干長くなりますのでご注意を。それではサクサクいきましょう10大ニュース。

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第10位「マッサンのライブで号泣事件」
事件ってほどでもないですけど(笑)。まあでも人前であんなに泣いたのはここ20年ぐらいはほんと記憶にないんで、ある意味ボク的には事件かも知れませんけど。詳しくは珍しく興奮して書き殴ったブログにも書いてますが、要約すると『MASSAN×BASHIRY“阿吽”リリースパーティー』に行って大感動して思わず号泣したってことなんですけどね。思えば去年はほんとここから波乱の1年がスタートしたと言っても過言ではないぐらい、非常に印象深く感慨も深い事件でしたね〜。当時余りにも聴き過ぎたのもあって、今では完全に印象深い想い出の曲になってしまった『Close My Eyes』は未だにふと聴くとぐっときてしまうちょー大好きな曲。いやあ、マッサンのライブはほんとお薦めなのでちょっとでも興味ある人は是非1度行ってみて欲しいなあ。歌(ラップ)も人柄も演奏もほんとに耳障りのいい唯一無二と言っていいぐらいオリジナリティーを感じるグルーヴィーで心地いいライブです。またマッサンのライブ行きたいとは思ってるんだけど、毎回なっかなかタイミングが合わずこれ以降行けてないんですよね〜。まあでもまた泣いてしまいそうだから若干怖いんですけど…(笑)。まあもう余程のことじゃ人前じゃ泣かんけどな…。おそロシア!

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第9位「高反発マットレス導入」
昨年ふとした切っ掛けで高反発のマットレスを試す機会があって。しかも試したのが巷では高反発マットレスの最高峰とも言われる『モットン』で。まあ寝心地がいいこといいこと。ちょっとした衝撃でしたよ。それまでってスポットコイルのスプリングマットレスの上に薄めの低反発のマットレスを敷いて寝てたんですが、たまにめちゃくちゃ腰が痛くなることもあったりしてたので、コレを機に下に敷いてる低反発の代わりに高反発に替えてみるか〜と色々調べまくって。モットンはいいんですけどまあなんせ高価なんで下に気軽に敷くにはちょっとなあと思って、リーズナブルで良さげなのを調べまくったんですよ。ちなみにボクが何かを調べるって、ほんとその辺のマットレス取り扱い店の店員並みいやそれ以上ぐらいの知識を得るまで調べ上げる訳なんですが、時間を掛けて調べまくった結果行き着いたのがとあるマットレスで。値段も1万ちょいだったので、万が一合わなくてもまあ諦めが付く値段だったのもアリ早速購入したところ、まあスーパー大当たりで。今やモットンよりも個人的には寝心地は好きです。いやほんとにコレを購入してから寝起きも調子いいし、なんせ睡眠に入るのが早いというか。それまではしょっちゅうなかなか寝れないとかもあったんですが、結構減った気がしますね〜。ほんとにコレはいい買い物だったしいい発見だったかと。まあなんせ1日の3分の1は睡眠に使ってる訳ですからね〜。睡眠大事!

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※マットレスの写真撮ってなかったので同時に買った掛け布団カバーでご容赦ください(苦笑)。







第8位「TOKYO大リーグで猫虎惜しくも2位」
一昨年は4位という不本意な成績に終わった我が猫虎でしたが、昨年は前半戦はなんと無傷の8連勝という快挙でダントツの首位を走ってたので、このまま行けば今年は念願の初優勝だ!!という機運も高かったんですが、まあ人生そんなに甘くはないとは思ってましたが、まさかその通りになろうとは…。とりあえず10月5日のサンキングとの昨季1番の天王山決戦に敗れたのが全てだった気が。まあとりあえず惜しくも優勝は逃しましたが、今年も怪我なく最後まで楽しく野球出来たのは良かったですけど。

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あと個人的には昨年からずっと打撃不振にあえいでいて、6月29日の時点でなんと.076、前半戦終了時で.166という有り様で。正直かなりモチベーションも下がりまくってましたが、今年ダメならもう野球辞めようってぐらいの一念発起してまたバッティングセンターに通い詰めて。まあ昨年とかは途中から全然通わなくなってましたし。週に1度は必ず行く様にして。試合前は2,3回は通ってましたかね〜。フォームも色々と試行錯誤して1から調整し直して。その甲斐あって、なんと後半戦の打撃成績は.354という好成績でした。まあやっぱり下手くそはマメに練習しないとダメだってことですな…。まあ今年こそは久々の3割目指して頑張りたいと思ってます。まあ勿論個人成績よりもチームの優勝ですけども。今の猫虎はほんといいチームなので、どうにか今のメンバーで優勝したいなあとは思ってます。優勝したら間違い無く泣きますね(笑)。いやもう号泣じゃないでしょうか。それぐらい猫虎に関しては長年多々苦労もしてきたし愛着も持ってますので。だってうちぐらいですからね、ほぼ毎回固定メンバーで戦ってるのなんて。相手チームにもビックリされるぐらい(笑)。なんせ平日の朝なんて仕事の関係上毎回同じメンバーでなんてなかなか大変だったりしますから。そういう意味でも凄いチームですよ猫虎は。ほんとに日々感謝だしみんな大好きだ猫虎ナイン。なので今のメンバーでいつかは優勝したいなあっていうのがちょっとした小さな夢です。

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第7位「41.9度の高熱」
これも年明け早々でしたね〜。朝本さんを偲ぶ会の直後から熱が出だして。当日も最後まで働かないといけなくわ、翌日も休めず無理して働いたのが災いしてか、翌々日からグングンと高熱になり。気が付くとあっという間に40度超えて。でも癌細胞って40度超えると死滅するってのをいいことに、ナチュラルデトックスや〜!とばかりに医者も薬も使わず丸一日耐えてどうにか事無きを得て終息したんですが、その間の最高が41.9度で。確か中学1年の時の夏休みに出した42度ってのが過去最高だったんですが、それに次ぐ高熱でした。

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マジで万が一の孤独死に備えて玄関のドアの鍵開けときましたからね(笑)。いやでもマジで冗談抜きに40度を超えるとほんとちょっと怖くなりますよ。意識もぼーっとしてくるし立つのもしんどかったりするし歳も歳だし。まあ40度は過去に5,6回あるんですけどね。なのでそういう観点からいくと今までで考えるとそこまで辛くなかったというか。まあなんせ過去のはどれも下手すりゃ死を意識するほど辛かったりもしたんで。まあ今回も決して楽ではなかったですけどね(苦笑)。ちなみにこりゃ間違くインフルだと思ってましたけど、後日調べて貰ったらなんとインフルではないとのこと。えー!普通の風邪でこんな高熱なんか出んの!?ってビックリしましたけど(笑)。いやあほんとにおそロシア!

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第6位「ナガタツ9度の出演」
一昨年5回(ほんとは申し訳でプラスもう1回の予定)の出演で「ナガタツ遂にブレイクか!?」と騒いでましたが、なんと昨年はそれを大幅に上回る9度の出演。ナガタツ演り始めて以来ずっと着ていたネイビーのドレスシャツだったんですが、昨年の達郎さんのライブポスター同様似た様なワインレッドのシャツを某海外の格安サイトでオーダーで作って。イベントのフライヤーも昨年同様ライブポスターと似せて作ったのもこれまた好評で(笑)。

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達郎さんが愛着しているエドウィンの402も探して日暮里の直営店まで行って買ったり、年末には最近達郎さんがよく着ているクリームイエローのシャツをこれまた格安オーダーサイトで作って。これで更に無駄に達郎感が増したかも知れませんね〜(笑)。夏にはCAYでのイックバルのワンマンで永井博さんとご一緒にDJさせて頂いたり、年末にはなんと古巣とも言えるJUNグループのパーティーにもお呼ばれして。いやはやほんとにありがたいです。まあ今年はそこまで出番多くはない気もしてますけど。てか昨年がたまたま多過ぎたってだけで。今年も6月には毎年恒例の1人会は絶対やるつもりですし、他にもちょいちょいマイペースにやろうとは思ってます。

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あ、あと今年は時間があれば達郎MIXを録ってみようかと。1時間ぐらい。出来たらMixcloudにでもアップしたいなあと思ってます。先日巷で噂になった某達郎MIX聴いて、かなりある意味刺激を受けたというか。まあ詳しいコメントは差し控えときますけど(笑)。でも達郎関連音源のSoundCloudは、色々事情があってご本人の音源を全て非公開にしちゃったんですが、MIXだったら丸々1曲アップする訳じゃないので、こんなバージョンもあるんですよ〜的にちょこちょこお披露目も出来るしいいかなと。あと昨年末にMP3に録音できるラジカセも買ったので、気軽にRECは出来る様にはなったんですよね。まあ自分のMIXを録るなんてもはや20年近くやってないですけど。年内中に1回ぐらいは録ってみたいと思ってます。

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第5位「ボンゴレ25周年」
ほんとはこのネタで時間があったらブログ書こうと思ってたんですけどね。個人的趣味でボンゴレを作り始めてなんと昨年末で25周年でした。凄いですよね〜四半世紀ですよ(笑)。思えば、CAVEを辞めた後に知り合いの紹介で恵比寿の某イタ飯屋で働き出したのが切っ掛けでした。働く前はパスタとか全然好きじゃなくて「毎日の賄い絶対パスタだよなあ…大丈夫かな…」って不安がってたぐらいだったんですが、その店のコックがめちゃくちゃ腕が良くて。食うモノ食うモノ全部美味くて。勿論パスタもあっという間に好きになり、暇を見付けてはコックの人に色々作り方とか教わったりして。昼は賄いでパスタ食って帰宅してまた自作してパスタとかもしょっちゅうになりました。

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何でも美味かったですが、賄いでダントツに美味かったのがボンゴレでした。もう突出して美味くて。勿論あさりは高いので賞味期限が切れそうになった時とかたまにしか出てはきませんでしたけど。それからというもの、スーパーであさりを見付けたら即買ってボンゴレを作るってのを繰り返して。もはや憶えてないですけど、最初の頃は恐らく酷かったとは思いますけどね〜。今考えるとアレも入れてないしアレも入れてないしとか。

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確か2000年初頭ぐらいまではラボエムのボンゴレが好きでほんとしょっちゅう食いに行ってたんですけど、ある時から自分のボンゴレがラボエムのボンゴレを超える様になって。まあちょっとしたコツを得たってところでしょうか。それ以来はほとんど外ではボンゴレ食ってないかもですね〜。ボンゴレ食いたくなったらいくら疲れてても自分で作るみたいな(笑)。まあなんせ大量に作れるし自分の1番好みの味に作れますからね。

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憶えてないですけど過去にはほんと色んな人に作りましたね〜。「え?作ったことあったっけ??」って人も多々いますが逆に「えー!1回も作ったことなかったっけ??」って人も。ほんとタイミングだったりしますからね〜。SNSで多投しまくってるのもあって、今や巷ではありがたいことに「1度は食べたいナガサワボンゴレ」と言われてます(笑)。先々月にやった完全招待制での『ナガサワボンゴレナイト』ではオープンから続々と友人達が来て満席になりましたからね〜。いやはやボンゴレ人気凄かったです。まあ今後も懲りずにボンゴレ作り続けるでしょうし、ナガサワ的ボンゴレ道を地道に極めていきたいと思ってます。

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第4位「46歳で23周年」
詳しくは過去のブログで書いてますのでそちらを。いやもうほんと、この件に関してはもはやこの一言に尽きますよ…。おそロシア!!

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第3位「海で無くしたiPhoneが奇跡的に見付かる」
今年も1度だけ"たけSEA軍団"で夏の葉山・一色海岸に遊びに行ったんですけど、東側の海岸付近の浅瀬でぷかぷかと背泳ぎの状態でしばらく浮いて遊んでたんですよ。あ〜気持ちいいなあ〜とか思いながら。で、海パンの右の横のポケットに入れてた防水ケースに入れたiPhoneを取ろうと思ったらなんと!あるハズのiPhoneが無いじゃ、あ〜りませんか!!(大汗)

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もうスーパー焦って周囲を足でまさぐってはみるものの全く無くて。波の流れに乗って数分浮いてたし、結構な範囲で落とした可能性があるし、浅瀬とは言えそこまで透明でも無いから潜らないとわからないし、流されちゃったり砂に埋もれちゃってる可能性もあるしと、とりあえずもうほんとに尋常じゃないぐらい焦りまくりましたよ。久々に取り返しの付かないやばいことやっちまった…と思って顔面蒼白になりながら必死に足でまさぐりながら探してたんですが一向に見付かる訳もなく…。

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異変に気付いた一緒に来てた女子たちが寄って来たので事情を話して一緒に探してくれることになったんですが、とりあえずボクは友達に水中眼鏡借りて潜って探そうと思ってざぷーんと潜って探してたんですが、なにやら外が騒がしいんですよ。で海中から顔を上げてみたらなんとボクのiPhoneをたまたま通りがかったお姉さんが拾ってくれていて!!いやもう奇跡としか言いようがないですよ。正直半分諦めかけてたし。こんなん絶対見付からないでしょ…って。最悪翌日の午前中の引き潮の時に再度来て探すしかないかな…でも翌日もわざわざ探しに来てなかったら最悪だな…まだ買って半年も経ってないのにまた買い替えないといけないのか…とか色々ネガティブなことが頭の中を駆け巡ってたのでほんっと良かったし嬉しかったし、なにより拾ってくれたお姉さんに感謝です。。。

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てか絶対相模湾に眠る朝本さんのお陰なんじゃないかと思いましたね〜。じゃなきゃあんなの絶対見付からないと思うし。ほんとそれぐらいの奇跡的な出来事でしたから。いやほんと、すぐ見付かったから事無きを得たけど、やっぱ振り返ってみるとほんとに凄い出来事だったと思いますし、非常にラッキーなことだったと思います。まあ元を返せばポケットなんかにiPhone入れて泳ぐな!って話しですけど(苦笑)。ほんとにスーパー焦ったしそんな余裕全く無かったけど今だから敢えて言わせてください。おそロシア!!

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第2位「朝本さんの散骨式〜TRIBUTE TO ASAMOTO」
やっぱり非常に印象的でしたね〜朝本さんの散骨式は。こちらも詳しくはブログに書いてますのでそちらをご覧のほど。あの船から見た景色は恐らく一生忘れないなあ。それぐらい美しい景色でしたね〜。一周忌の日には1人でボケーッとしに朝本さんが眠る相模湾に献杯しに逗子海岸へ。ほんとは一色海岸に行きたかったんですが、逗子に着いたらもう陽が暮れかけてて。寒かったしすぐ暗くなっちゃったけど、行って良かったなあと思います。まあ逗子はボクにとっては元々聖地みたいなモンですしね。しかしふとした時に想いますけど、朝本さんはもうこの世に居ないって未だに不思議な感覚ですね。人がこの世から居なくなるって、なんか凄いことだなあとか考えたり。

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第1位「6年振りに彼女が出来る」
さて栄えある昨年の第1位はなんとまさかの(笑)。まあプライベート過ぎることだし正直書くかどうしようかで非常に迷いましたが(苦笑)。まあでもやっぱ昨年と言えばやっぱコレに触れない訳にはいかないというか、それぐらい個人的には非常に大きかったかも知れないですね〜。ここ数年とかは、正直もう歳も歳だし、もしや男としての賞味期限終わったんちゃうか…??と思うこともしばしばあったので、もはや彼女なんて出来ないんじゃないか…?とかも思ったりもしていて。まあ元々1人が好きで1人で居ても全然楽しめる人なんですよ。特に年々そうなってきてもいて。なので無理に彼女とか作らなくてもいいかなあ的にも思ってのもありましたかね〜。なのでほんとにある意味寝耳に水というか、自分でもビックリでしたよ。元々今まで付き合ったタイプとは色んな部分で違ったタイプだったのもあって、最初は全然合うとも思わなかったし付き合うとも思ってなかったし、万が一付き合ってもすぐ別れるだろうなあとも思ってたし(苦笑)。今や凄く日々の癒しになってます。こんな初老間近のおっさんなのに…ありがたい話しですよ(笑)。いやはやほんと、何から始まってどうなるかなんて全くわからないというか、人生とは予期せぬことが唐突に起きる、不思議なモンだなあ〜とは改めて。。。

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まあ訳あってクリスマスは一緒に居れませんでしたが、大晦日と元旦は久々に彼女と一緒に過ごして。なんか変な感じでしたけどね〜(笑)。てか過去を遡ってみても、ずっと営業があったのもあったし、なにげに大晦日と元旦に彼女と一緒だったなんて3度目ぐらいですよ(多分)。まあとは言え、正直言って何を隠そう今まで付き合って1年経ったこと未だ1回しか無いんですよ。過去唯一結婚を考えた彼女。前にブログでも書いた1番影響を受けた子です。それ以外は結構太く短くというか、濃密だけど結構早く終わることが多くて。まあすぐ同棲しちゃったりもしてましたから余計になんですけど(苦笑)。なのでまだ付き合って半年も経ってないのでこの先どうなるかはわかりませんけどね(笑)。まあでもあんまりその辺は意識しないでマイペースにやっていこうと思ってますけど。なのでそっとしといてくださいね(笑)。くれぐれもSNSとかでこの件に関してコメントかしない様に(笑)。「彼女出来たみたいでおめでとうございます!」とか誰かしら書きそうだからなあ…。もしそんなの書いてるの見付けたらソッコー削除しますのでひとつよろしくお願い致します(笑)。

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そんな訳で長々とアホみたいに書きましたが、他にも初の海外旅行から20年経ったり、7月は久々に軽く鬱っぽくなるぐらい最悪だったり、マンションの入口にオートロック付いたり、昨年も一昨年同様沢山映画も観たし、吉祥寺SPCの20周年でスカパラライブ観たり、THE ROOMの25周年やら他にも多々ほんと色々とあった印象深い1年でしたね〜。まあ総括すると、彼女も出来て幸せな年だったかの様にも見えるかも知れませんが、例年通り、いや例年以上に大変なことや嫌なことや辛いことも多かったし、ほんとどうにか一生懸命生き抜いたって感じの1年でしたけどね。全てが薔薇色だったって訳では決して無かったですよ。まあでもなんだかんだ言って、数年前からいつ潰れてもおかしくない様なWebもなんとか奇跡的に続いてるし、2017年も色んな人に助かられた年であったことは間違いないですし、ここ数年のことを考えると、幾分マシな方だったのかもとかも思えたり。

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2018年の目標は、特に無いですけど、まあ変わらずなにごとも『一所懸命』にやるってことですかね〜。あと今年もTシャツとかも作りたいし。実は既に昨日からデザイン考えていて、2型作る予定のうち1型は早くもほぼほぼ出来たので、もう1型のデザインも早めに完成させて早く製品化したいなあとは思ってます。これもなにげにここ数年の個人的なひとつの楽しみだったりもします。まあ相変わらず全然売れてないし売る気も大してないんですけど(苦笑)。そういういわゆるオナニーブランドなので全然いいんですけど。でも今年はもうちょっとは売れそうなデザインにするつもりですけど。多分(笑)。まあ売れる売れないよりも自分が如何に着たいと思うデザインか否かっていうのが最重要ポイントなので、今年も自分がしょっちゅう着たいと思う様なモノを作りたいとは思ってます。

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さて年が明けて店の大掃除も終わり新春ブログも書き終えてようやく1年が始まった感。今年はどんな年になるんでしょうかね~。まあ余りいい予感はしませんけど(苦笑)。今年も大変なことが多々色々待ってるんだろうなあ…とは思いますが、なるべく楽しいことを見出してストレスを溜めない様にして、ちょっとでも楽しく生きていければなあとは思ってます。そして支えてくださっている色んな皆さまへの感謝の念も忘れず。まあ嫌が応にも日々色々考えますよ。考え過ぎて頭おかしくなりそうになることもありますけど。一昨日とかも来月のブッキングがスーパー難航しまくってて若干おかしくなりかけたし(苦笑)。2018年がボクや皆さまにとっていい年であります様に。本年もナガサワブログを懲りずに何卒よろしくお願い申し上げます!

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ちょうど20年前の今頃、1997年7月13日~19日までの6日間、初の海外旅行でニューヨークへ。当時のボクにとってはそれはそれは物凄い衝撃を受けた出来事でした。今回はその時の話しを。が、20年前のことで更には写真も1枚も撮ってないので記憶がかなり曖昧で。当時の持ち帰って現存してる資料などを見てのうろ覚えの記憶ではありますけど。

当時のボクは正直言ってこれっぽっちも海外旅行というモノに一切興味がなくて。勿論お金や時間も必要だし、全く英語も喋れないしで余計に。なので前年ぐらいまでは、いや確か本気で行こうと決めた6月ぐらいまでは、海外に行こう、しかもそんなに好きでもないアメリカ・ニューヨークへ行こうなんて思いもしなかったというか。

そんな当時のボクがなぜ急に一念発起して初の海外旅行でアメリカ・ニューヨークへ行こうと思ったのか?まず第一の要因として、当時付き合ってた彼女が仕事でニューヨークに住んでたんですよ。あ、厳密に言うと1回別れた後に正式には寄りを戻してなかったと思うので、彼氏彼女ではなかったかも知れませんが、まあ奴の荷物はうちに置いてあったり、日本に帰国した時はうちに泊まってたりと、形式上では彼氏彼女ではなかったかも知れませんが、ほぼ付き合ってるのと何ら変わりはない様な関係でした。

その彼女に逢いに行くというのが大きな1つの要因だったのは間違いありません。しかも色々と案内してくれるだろうし、住んでたぐらいだったので最低限の英語も話せるしと、こんなに心強いことはありませんでしたから。あともう1つは、少し前に確かテレビで「せっかく地球に生まれたんだから、国境を越えてみるべきだ。」的な言葉を目にして、それが異様に心に残ったというか。その言葉を目にしてからなぜだか一気に海外というモノに興味を持ち始めたんですよね。
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The Roomのバーチーフ時代、オープン当初の火曜日の毎週レギュラーがCrue-L Recordsの瀧見さんで。当初は”JAZZ CLUB”的なテーマでやっていた1週間の中では、異質とされる向きもあった火曜日の瀧見さんの日が選曲的に1番好みなのもあって「今掛けてるのって誰の何て曲ですか??」とかよく聞くことも多くて、段々と仲良くさせて貰う様になったんですが、そんなとある火曜日の夜に瀧見さんとカウンター越しに喋ってたら、確か海外の話しになってこんな会話になり。

ボク「オレまだ海外旅行って行ったことないんですよねえ。まあ今のところあんまり海外に興味もないのもあるんですけど。」
瀧見さん「え?海外行ったことないの??だったらなるべく早めに行った方がいいよ。おまえみたいな感受性の強い奴は絶対早めに行った方がいいよ。」
ボク「へ~そうなんですか?まあでも休みも取れないし金もないしでなかなか当分難しいでしょうけどね…。」
瀧見さん「金が無いなら借金してでも行った方がいいよ。それぐらい海外行くって価値があることだから。」


みたいなことを言われたことがずーっと心の片隅にあって。まあ元々何でもそうなんですけど、興味の無いことには一切見向きもしない性格なので(笑)、当時はへえ~そうなのかあ~ぐらいな軽い捉え方ではありましたけど。当時のボクって26になったばかりで「今のままじゃダメだ。何かを変えたい。」的な願望が強い時期でしたから、そういう思想とも相まって、上記の昔瀧見さんに言われた言葉が相乗効果となって、海外に行きたい欲に繋がったというのも1つの要因になったかも知れないですね。
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※人生初のパスポート用に撮った証明写真。ほぼ国籍不明…(苦笑)。










日程を見たら7月11日12日に開催した3周年アニバーサリーパーティーの準備もあっただろうし、勿論パスポートもスーツケースも持ってないしで、6月はかなりドタバタだったんじゃないでしょうかねえ。ちなみにチケットは格安航空チケットを当時の格安航空券比較検討雑誌のエイビーロード的なやつを隈無くチェックして1番安い直行便のチケットを買いました。一番安いので確か11万か12万ぐらいでしたかねえ(多分)。
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※月刊ウェブ1997年7月号。裏面には3周年アニバーサリーイベントの告知も。
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※1997年7月11日金曜日。三宿Web3周年アニバーサリーイベントにて。左から仲くん、"渋谷系"というムーブメントを作ったと言われるHMV渋谷店の名物店員だった太田さん、三宿Webの看板スタッフ・マービン、小西さん、チャーベくん。全面改装前の三宿Webブース内にて。昔のDJブースは今のダンスフロア入ってすぐ左角辺りにあったんですよね。いやぁ、今やかなりレアな写真です。









当時は毎日営業してたのもあってあまり休みも取れなかったので、アニバーサリー2DAYSの最終日終わった朝にそのまま寝ないで成田行って11時ぐらいの便に乗ってというかなりの強行日程。昔のWebはそういうお祭りイベントはかなり遅くまでやっていて、その日もボクが最後にDJやって6時半ぐらいまでやってた様な。で、終わって掃除や片付け免除して貰って一旦代官山のアパートに戻ってスーツケース持って恵比寿のウエスティンから出てたリムジンバスで成田へ。

もはや疲労困憊でしたが無事成田へ着いて受付のカウンターにいたらあの"KING OF DIGGIN'"MUROくんの姿が。当時の彼女さんでしょうか?女性と一緒にたまたま同じ飛行機でニューヨークへ行くところでした。多分買い付けとかでしょうかね?MUROくんはその2ヶ月前に出た『Bar-f-out!』という雑誌の”場を作ってる12人”的な特集で、ボクは三宿Webで、MUROくんはSAVAGEで(当時MUROくんが経営していた洋服屋)出ていたので、なんとも縁があるなあ~とは思いましたかねえ。まあ未だにちゃんとした面識は無いので話したことも無いんですけども(笑)。
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※前述のBar-f-out!1997年5月号。ボクやMUROくん以外には、エスカレーターの仲くんや、マニュアルオブエラーズの店長だった水本さん、エンジョイハウスのゴウさんなども。ちなみに後ろに写ってるスタッフは左から、バーチーフだった中川 a.k.a. DJ COMP、初代店長だったマービン、今やトランジットのエガジマサブローと化したエガちゃん。手前はオレなんですが、余りに見苦しいのでモザイクかけてます…。








そんなこんなで14時間後ぐらいに無事ニューヨークへ到着。JFケネディ空港まで彼女が迎えに来てくれて。あんまり憶えてないけどよくすぐ無事に逢えたなあと。だって携帯も無い時代だし、初の海外旅行で英語も喋れないしで、万が一にも逢えなかったら大変なことになってましたよきっと(笑)。で彼女と一緒にイエローキャブに乗ってマンハッタンへ。マンハッタンまでは一律30ドルぐらいの料金だった様な。

マンハッタンへ着いてとりあえずホテル探し。黒人が経営してて如何にも治安の悪そうな一番安いボロいホテルを借りて。彼女も一緒に泊まるってことで探したんですが、確かシングルしか空いてなくてダブルベッドが2つもある無駄にだだっ広い部屋しか無くて、1泊80ドルぐらいだった気が。5泊で400ドル。場所はどこだったかなあ~~~???色々当時持って帰ったレシートとかを色々見たり記憶を辿ってみると、恐らくグリニッジヴィレッジ辺りだったんじゃないかと。

ホテルに荷物置いてまずはその日が日曜日でまだ午前中だったので、近くのだだっ広いガレージでフリーマーケットやってるからって誘われて行って。イマイチ好みのモノがなかったんですが、唯一買ったのが写真のE.T.のTシャツ。10ドルぐらいだった様な。ニューヨークに着いての初めての買い物でした(笑)。その後は何したっけかなあ?確か街に繰り出してショップ回りとか行った様な。
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※絶対まだ持ってるハズ!とわざわざ押し入れ引っ繰り返して見付けました(笑)。大して着なかったので状態も綺麗。ちなみに未だに映画も観たことないんですが(苦笑)。









ちなみに何も考えてなくて余り金も持って行かなかったのであっという間に初日で一気に金が無くなって(笑)。当時は確かクレジットカードも持って無かったし、今みたいにどこでも簡単にATMで金おろせたりもしなかったんですよね。なのでえらい彼女に怒られましたよ(笑)。「えー!それしかお金持って来なかったの??私もお金全然持ってないよ!?もう~~~こんなんじゃどこにも行けないし何も出来ないぢゃん!!」ってなって。ボク自身もせっかくニューヨーク来てテンション上がってんのに、コレはマジで何も出来ないヤバい!ってことになり、苦肉の策で国際電話で実家へ電話して送金して貰うことに。とりあえず帰国したら返すってことで10万だったか20万だったか忘れましたが住友銀行だったかシティーバンクだったかに送金して貰って。当時は送金するのも海外だと結構大変だった気が。色々調べてどうにか翌日には送金されたんで、とりあえずそれでなんとか金無い問題は解決した訳なんですけど。

とりあえず毎日どこかへ連れてって貰いましたかねえ。元々余り観光地とかは興味なかったので、ほぼ洋服屋などのショップとかをリクエストした気が。当時買い漁ってた古着屋とか。でもやっぱり色々連れてって貰いましたけど、どうもアメリカ物の古着は全然興味が持てなくて(っていうかいいと思うモノが余り無くて)、お土産用に買った以外は確かほとんど買い物しませんでしたけど。

あと当時では非常に珍しかった男性物の下着の専門店とかも調べて連れて行って貰って。今時の大多数の男子たちはみんな穿いているであろう、当時まだまだ日本での認知度は極めて低かったボクサーパンツを買いたくて。そこで2,3枚日本では売ってない珍しいボクサーパンツ買いましたかねえ。実は当時ボクサーパンツのコレクターで、イケてるボクサーパンツ買い漁ってた時期だったんですよ。たまたま当時住んでた代官山のアパートの近くに、日本初のメンズ下着専門のショップが出来たこともあって、そこでしょっちゅう買ってました。でもまだ日本ではそこ以外でボクサーパンツが売ってる店は全然ありませんでしたけど。
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※恐らく当時ニューヨーク滞在中に使ってたメトロカード。









ちょうどニューヨーク滞在中に『New York MUSIC FESTIVAL』なるちょっとした回遊フェスみたいなのをやっていて。幾つかライブ観に行ったりしたんですけど、17日の木曜日にUNITED FEATURE ORGANIZATION(U.F.O.)のお三方がDJするっていうので行ってみようってことになり。しかも会場がステイ先のホテルから歩いて20分ぐらいのところで。当時のU.F.O.って人気絶頂の頃で、主催のパーティーの『JAZZIN’』は毎回1,000人近く入ってたと思います。とは言え日本ではそれだけ絶大な人気があっても、ロンドンならまだしもさすがにニューヨークではどうなんだろう…?という不安感は若干あって。しかもど平日の木曜日だし。

会場着いたらもうビックリ。旧西麻布イエローぐらいの箱がパンパンなんですよ。しかもガンガン盛り上がってて。確か協賛でサッポロビールが付いてて、バーではサッポロのビールとかも出してましたかね~。確かまず最初に矢部さんがDJしてて、しかも当時じゃ珍しく日本人アーティストの楽曲オンリーでDJしてました。ニューヨーク仕様なのかもとは思いましたが、日本人のDJが日本人アーティストの楽曲だけを掛けてど平日のニューヨークのクラブでパンパンに入った外国人のお客をがんがん踊らせて盛り上げてるんですから、それはそれはテンション上がりましたし痛快でしたね~。で、ブース横でずっと松浦さんがガンガン踊ってて。ボクはお三方とも面識ありましたし、彼女も松浦さんとは知り合いだったので2人で挨拶しに行こうと思ったんですが、客席からステージまでちょっと距離があって。しかも松浦さんはガンガン踊ってるし(笑)。なので結局挨拶出来ずにその日は帰ったんですけど。ちなみに後日帰国後どこかで松浦さんとお逢いした時にそのことを話したら「えー!あの時居たの??なんだ~だったら声掛けてくれれば良かったのに~」とは言われましたけど(笑)。っていうかほんと物凄い衝撃でしたよ。U.F.O.の凄さをまざまざと再認識したというか。同時に同じ日本人として誇りにさえ感じましたね~。いやあ、ほんとにアレには度肝を抜かれました。
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初の海外・ニューヨーク旅行でとても印象的且つ衝撃を受けたのが、まずマンハッタンに着いてすぐに感じた「街の匂い」でした。ビックリするぐらい街中からいい匂いがするんですよ。乗り物や建物は元よりマンホールからも。日本じゃ絶対に有り得ないというか。逆に帰国して思ったのが「なんて日本て臭いんだろう…」ってこと。雨降って湿気の強い日とかは特に。勿論外国人は日本人の様に毎日お風呂に入ったりしないこともあって、それを隠す為に香水の文化が栄えたという民族性の違いは根底にはあるとは思いますが、それにしてもですよ。そういう意味では五感でいうと1番衝撃を受けたのは嗅覚だったかも知れないですね~。それぐらいのカルチャーショックだったというか。勿論視覚的にも日本には無い建物の造りや、圧倒的な世界の中心都市・ニューヨークという街の雰囲気、言うまでもなく周りはほぼみんな外国人で聞こえてくるのは英語ばかりというのも、実際に体感してみると百分は一見にしかずとはよく言ったモノで、ほんとうに物凄い衝撃でしたけど。

あとニューヨークで感じたのは非常に人に優しい街だなあということ。これは後に行ったロンドンやパリでもそうでしたけど、ショップに入ったらまずお客も店員も笑顔で「ハーイ」から始まって帰る時も笑顔で「センキュー」「シーユー」「バーイ」というのが常識的で。いや、それも非常に衝撃的でしたね~。日本では勿論ショップに入ると店員が「いらっしゃいませ」や「ありがとうございました」などの常套句は言いますが、大抵の場合は真顔で業務的なモノじゃないですか?向こうではそんな感じは全く無いんですよね。通常のナチュラルな挨拶的な感じというか。そしてみんな自然と笑顔だし。いや、ショップ店員のみならず、街行く人がみんなそんな感じですよ。ちょっと目が合ってもスマイル的な。いやもうそのオープンマインドな人種性というものに非常にカルチャーショックを受けました。まあ総じて日本人はシャイですからそういう人種性が至る所に出てるんだとは思うんですけど。でもやっぱり、最初はさすがに戸惑いましたけどそういうのに慣れてしまうととても気持ちのいいもんで。だから帰国直後とかもショップに入ったら思わず癖で笑顔作って「ハーイ」とかやってしまいそうに何度もなって1人焦ったりしましたけど(笑)。あと街中で困ってる人がいたらみんなすぐ助けたり。車いすの人とかがバスに乗ろうとしたらもう誰かれともなくみんなでサポートしてあげたり。でもそれが全く普通の感覚でみんなやってるんですよ。なんかそういうのも多々目にして、ニューヨークって何て人に優しい街なんだ!凄くいい!って思いましたね~。

旅行に行った時期が7月中旬ってのもありましたけど、まあ~なんせ暑かったですね夏のニューヨーク。時折スコールもありましたけどほぼ連日快晴で。しかもビックリするぐらい暑いんですよ。長時間外に居れないぐらい。確か平気で38度ぐらいいってましたかね~。え!?ニューヨークってこんなに暑いの??ってビックリしたぐらい。なのですぐ喉渇くんですよ。外なんか出てたらほんとすぐに。なのでずーっとコーラ飲んでた記憶。当時そんなコーラ好きじゃなかったんですけど、ニューヨーク行ってからコーラ好きになったというか。特にペプシ。当時のニューヨークではコカ・コーラよりペプシの方が確かシェアが高かった様な。ほんとニューヨーク滞在中はしょっちゅうペプシコーラ飲んでました。

ご飯は全然美味しくなかった記憶。SOHOのイタ飯屋とかカフェ飯とかも食ったけど大して美味くなかった印象でしたかね〜。量だけはとんでもなく多かった気がするけど(笑)。ほとんどホテルの近くにあったテイクアウト専門のチャイニーズで適当に何か買ってホテルに持って帰って食ってたかも。リーズナブルで美味かったし、昔からそこまで食に拘ってなかったので。あとデリ(日本でいうところのコンビニみたいな店)で色々買ってましたね〜。ホテルにキッチンも付いてたので、ほうれん草とインスタントの味噌汁(当時日本では既に生味噌インスタントが全盛期でしたが売ってたのは昔の粉のやつでした・笑)買ってほうれん草の味噌汁作って飲んだりした記憶。

あとやっぱクラブ業界に居たもんで、ニューヨークのクラブにも行ってみたくて。前述のU.F.O.がDJしたクラブに行った翌日が金曜日で、日曜朝には帰国のフライトだったので、遊べるとしたらあと金曜夜しか無いってことで彼女の薦めで某クラブへ。名前は忘れましたがロックがガンガン掛かるクラブだった様な気が。ほんとはニューヨークだしハウスのクラブに行きたかったんですけど。でも凄くアヴァンギャルドな洒落たクラブだった記憶。人も凄い入ってましたね〜。ゲイのカップルもいっぱいいたけど(笑)。

ちなみにそのクラブに行く前にバスの中で彼女と大喧嘩して。確かしょーもない理由だったと思いますが、なんかの拍子に彼女が怒り出して。最初はなだめてたんですが、なんか段々ボクもめんどくさくなって「もうオレ1人で行く!」とか言いだして(笑)。でも彼女も「英語も喋れないのに1人で行ける訳ないぢゃん!!しかも地理もわかってないんだから帰れないでしょ!!」とかなって(笑)。で、結局2人で行くことになったんですが。当時はよく2人で出掛けると、彼女がボクの態度とかに急にキレて喧嘩するってことが多かったんですが、まさかニューヨークに来てまで喧嘩するとは思いもしませんでしたけど(苦笑)。
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※当時は勿論のことネットで情報得たりなんてする時代じゃなかったので、有力な情報源はフリーペーパーやフリーマガジンなどで。暇さえあれば隈無くチェックして調べてましたね〜。









ちなみにニューヨークのクラブへ行ってビックリしたのが料金体系でした。当時の日本では2,000円(もしくは2,500円)で2ドリンク(もしくは1ドリンク)的なのがどこのクラブでも主流だったんですが、海外のクラブでは例えば入場料5~10ドルとか(そのクラブは確か7ドルぐらい)で、ドリンクチケットは付かずに飲み物はキャッシュオンっていうシステムがほぼ主流だったんですよ。むしろドリンクチケットが付くというのはまず見掛けないシステムで。それって例えば試しに入ってみたけどイマイチ面白くなかったら他のクラブにしれっと流れやすいシステムというか。なんか凄い合理的且つお客にとっては良心的なシステムだなあ~と思ったんですよね。これは帰国してWebでもいち早く取り入れたい!とは本気で思いましたが、当時人気イベントだった仲くんとチャーベくんがやっていた『ESCAPE』や小西さんがやっていた『PORNO!』は若くてお洒落な女の子が平日にも関わらず毎回200人近く遊びに来てたんですが、なんせ酒飲まなかったんですよ(苦笑)。なのでそのシステムを採用してしまっては、店的に全然売上げが出ないという自体になりかねなかったのもあって、考えに考えた末に採用しなかったんですけど。
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※当時持って帰ったフライヤーやらステッカーやら色々。










前述したクラブへ行った金曜日の昼間は、彼女の薦めでニューヨークでも知る人ぞ知る的なマニアックなストリートへ。確かバワリーストリートの近くだったと思いますが、ショップも数少なく点在してたんですが、どこもイケてるショップばかりで。そのショップの1つで小洒落たバッグを見付けて。当時はまだ恐らく言葉さえもまだ日本に伝わってきてなかった今で言う洒落た"メッセンジャーバッグ"が陳列してあって。彼女曰く「今ニューヨークでオシャレさんはみんなこれ持ってるよ」って言ってて、色んな柄があったんですが、珍しく1個だけモノトーンで無地1色の柄があったので気に入って購入して。価格は200ドルぐらいだったんじゃないでしょうかねえ?そしてそれが数年後日本にも輸入されて爆発的ヒット商品となり、一時は猫も杓子もって感さえあった『FREITAG』ですよ。

恐らくですけど、日本人でコレ最初に使ったの、もしかしてオレじゃないの??とは未だに思ってます(笑)。1番最初じゃなくとも少なくともベスト3には入るでしょ??ってぐらいは確実に思ってます。それぐらい当時は激レアでしたから。当時ファッション誌の類は漏れなく見てましたけど、1度も見たことなかったし。ちなみに数年後爆発的にヒットしてその後もずっと使ってましたが、さすがにヒットし過ぎて後追いに思われるのが嫌で使わなくなったんですけど、使わなくなる直前ぐらいにWebに持って行ってキャッシャーの中の目に付くところに置いてたら、長らくアパレル業界にいる知り合いの子から「えー!あのFREITAGってどうしたんですか!?あのタグってめちゃくちゃ旧式のタグじゃないですか!!てかボク初めて見ましたよ!めちゃくちゃレアですよ!!」って言われたぐらい。
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※今は災害などの非常時用の懐中電灯やら電池やらラジオやらアレやコレやを入れて、なんかあったらサクッと持ち出せる用にうちの玄関の横に置いてます(笑)。








正味6日間のニューヨーク旅行はそんなこんなであっという間に終わり。帰りも空港まで彼女が見送ってくれて。てか6日間ずっと一緒に居てくれて。めちゃくちゃ楽しかったしちょー感謝でしたよ。っていうか彼女が居なかったら間違い無くニューヨークなんて、いや海外旅行なんて行ってなかっただろうし。ニューヨークに行ったからこそ翌年翌々年のロンドンとパリ旅行にも繋がったのは間違いないし。そう考えるともしニューヨークに行ってなかったら、もしかしたら今の今まで1度も海外に行ってない可能性すらあるというか。そう考えたらほんとうに彼女には感謝ですね~。それぐらい掛け替えの無い、一生忘れられない貴重な経験でしたよ、ニューヨーク旅行は。物凄い衝撃とカルチャーショック受けたし。死ぬまでにもう一度ぐらいはニューヨーク行ってみたいなあとは思いますかね〜。アメリカだったらL.Aも1度は行ってみたいですけど。まあでも今となって想えば、ほんとに初めて行った海外旅行がニューヨークで良かったと思いますし、その後のボクの人生に於いて非常に重要且つ貴重な体験だったことは間違いありません。I ♡NY!
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※当時持ち帰って両替せずにずっと持ってたドル紙幣及び硬貨。

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