ナガサワブログ PART3~この熱い魂を伝えたいんや~

D級草どインディー老舗クラブ"三宿Web"店長ナガサワの趣味や考え方や日常が垣間見れる独り長文炎上ブログの続々編。

2011年12月

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前回の約1年3ヶ月振りとなるブログを予想外に色んな人に読んで頂いた様で、
「読みましたよ〜!」って言われることが結構あって、非常に嬉しかったです。
あんな長文をわざわざありがとうございます(笑)。
それに気を良くしたのもあって、またまさかの更新です。
今回もアホみたいに無駄に長文ですけど。
しかもブログのタイトルをまたしれっと変えました。
サブタイトルはなんかピンときたので、
上田正樹とサウストゥサウスのアルバム名から取りました。

さて本題に入りますが、
先週の水曜日、対ピエール学園との今季最終戦に於いて、
我が草野球チーム・三宿ニャンニャンタイガースの、
初のチーム内首位打者を獲得しました。
それはそれは本当に、長年に渡っての悲願の達成であり、快挙でもありました。

三宿ニャンニャンタイガースについては、
気が付けば2008年04月16日以降書いてなかったんですが、実は紆余曲折あって。
2008年は人数不足等もあって、シーズン半ばで試合が組めず活動終了。
実はこの年から、とある理由でかなり野球に対するモチベーションが激減していて、
バッティングセンターもほとんど行くこともなく、
打率も.167という過去最低な成績でした。
試合場には行っても試合に出ないことも多かったですねー。
とにかく立場上、責任感だけでチーム運営をやってた感は強かったです。

2009年になって、激減した野球に対するモチベーションとは裏腹に、
個人的にちょっとやりたいことがあって。
久々に格闘技のジムへ通いたくなったんです。
学大に引っ越した直後に、色々調べてみたらチャリで通える距離に、
小野寺力主催のRIKIXというキックボクシングのジムがあって。
当時はPRIDE等で活躍していた多数の有名選手(吉田・中村・長南・ルミナとか)も通うジムで、
引っ越した直後から実はそこに通いたいなあとは思ってました。
でも野球と並行してキックのジムに通うのは、
さすがにちょっとしんどいかなあというのがあって、
なかなか入会するまでには至りませんでした。

そんな理由もあって、最初は個人的に1年間休止する予定だったんですが、
そのことをメンバーに相談したところ、
ただでさえ現状の人数不足にも増して、他に仕切れる人間が不在という現実もあり、
協議の結果、野球部自体を1年間休止することになったんですよ。
でも元々調子が悪かった首が、実は軽度の頸椎ヘルニアと診断されてから、
運動すること自体がちょっと不安になったのもあり、
結局ジムには通わなかったんですけどね。
2010年になっても野球に対するモチベーションが上がることもなく、
首の調子も微妙なこともありまた1年の休部を考えたんですが、
他のメンバーのことをこのまま放置させておくのは申し訳ないということもあり、
一時解散を決定しました。

解散決定後、首の調子のこともあって、
自分に最適な枕をずーっと探していて色々調べまくって、
ようやく遂に自分に合った枕を見付けました。
そしてその後は、首の具合が劇的に良くなって。
勿論たまには軽く痛むこともありましたが、以前の様な激痛が走ることはほぼ無くなりました。
そんなこともあり、ちょっとづつまた野球に対するモチベーションが高くなってきてました。

そして昨年末辺りには、首の具合もかなり良くなって、
これなら出来るなんじゃないか?というレベルまできたことも手伝い、
やっぱりまた野球したいなあと思うようになりました。
そして今年の初めに、昔のメンバーに連絡を取って集まれる人間だけで活動を再開させました。
最初は人数も少なくて、かなりゆる~い感じでのスタートでしたが、
ムリムリに試合組んだりするうちに新しくだいぶ人数も増えてきて、
気が付けば昔の様に、ほぼ毎週の様に試合組んでやる様になってました。
昔のメンバーとはガラッと入れ替わったこともあり、以前よりも純粋に、
"三宿Webに集まる人間達による草野球チーム"という色がかなり強くなりました。
でもそれって休部中にたまに考えていたことでもあり、
次にもし野球チームをやるならそういうチームにしたいなあという願望はありましたねー。
ユニフォームに三宿Webのロゴ入れてもいいぐらいの感じというか。
とまあ長くなりましたがそんな流れだった訳です。

ここでも何度も書いてますが、
元々オレって野球経験というものが無く(高校の時はバスケ部)、
小学生の頃に空き地で野球ごっこみたいなのをやってたレベルだったので、
2001年6月に思い付きや勢いで三宿ニャンニャンタイガースを作った当初も、
ほんとにもうどヘタの極みで。
でもチームの長のオレがどヘタでは話しにならないという想いから、
とりあえずバッティングだけは何とかしようと思い、
バッティングセンターに通い始めるも、
最初なんて一切バットにボールが当たらないんですよ。
え?うそでしょ??ってぐらいに。
2、3日通ってもほとんど前にボールが飛ばなかったんです。
行けども行けども全然上達しなくて、
バッティングセンターに行く度に悔しくて泣きそうになってましたねー。
ワラをもすがる想いでバッティングの参考書を買って、
色々と工夫してやってみるうちにだいぶボールが前に飛ぶようになって。
あれでかなりバッティングの基本の部分を理解したのかも知れません。

それからは暇を見付けてはバッティングセンターに通いました。
もうほんとに、エビスボウルやオスローには累計幾ら使ったかわからないぐらい。
恐らく相当な金額は注ぎ込んだのではないでしょうか?
その成果もあって、バッティングの方はめきめきと上達していきました。
2005年には才能が開花、当初から地道に研究・鍛錬していた独特の、
右打者なのに"右方向に引っ張る"打撃も功を奏し、ヒットを量産しました。
首位打者で迎えたその年のシーズン最終戦Wヘッダー、
1試合目でいきなりベースを踏み外し右かかとを負傷、
ろくに歩けない状態になってかばう余りに左膝までおかしくなり、
2試合目にはちょっとした"事件"の余波で、
試合中に何度もグラウンド外に出ては、とある人と色々と話したり、
わさわさと電話で連絡を取りあったりと、
野球に集中出来る状態ではなくなってしまったことも災いして、
結果惜しくも、たったの2厘差で無念のチーム内打撃成績2位に終わりました。

2007年、またバッティングの調子が絶好調で、
再び首位打者を狙えるチャンスがやってきました。
2年前に悔し涙を流したのもあって、今度こそは!と内心意気込んでました。
後半戦はほぼずっと首位打者をキープして満を持して迎えた最終戦、
シーズン途中から参加し出した当時のうちのスタッフの子が、
なんと最終戦でギリギリ規定打席に達し、高打率のまま一気に首位打者に浮上し、
最多安打のタイトルは獲ったものの、これまた無念の2位に終わりました。

最後の最後の最終戦に引っ繰り返されるという悪夢を、
しかも2度も経験してしまったこともあり、
どんなに頑張っても一生獲れないんじゃないか?とか、
2度とチャンスさえ巡ってこないんじゃないか?とか、
自暴自棄になったりもしましたねー。
ほんとに、こんなに人一倍努力してるのになんで??と、
やり切れない気持ちでいっぱいでした。

やっぱり努力って、その分結果に出れば更にやる気に繋がるもんですけど、
なかなか結果に現れないと、モチベーションを維持するのが大変なもんです。
まあ元々考えたら、野球経験の全くないオレが、
ちょっとぐらいバッティングセンターに通ったぐらいで、
チーム内首位打者なんかになれるハズもなかったんですよね。
少しばかりの努力で結果が出るほど、世の中そんな甘いもんじゃないし。
そういう人生や社会の厳しい現実を、
過去2度の悲劇で嫌というほど思い知らされた感はあります。

そんなこともあって多少の開き直りもあって、
今年もまたバッティングセンターに通いだしましたけど、
昔の様に悲壮な想いというか、変なプレッシャーは何故かなかったんですよね。
あと、休部中はもうほとんどバッティングセンターに行くこともなかったんですが、
久々に行きだしても体はやっぱり憶えていて、そこまで調子は落ちて無くて。
結果は出ませんでしたが、積み重ねた努力は無駄じゃないなあとは思いましたね。

今年また試合をする様になってから、
ヒットも序盤からコンスタントに出てはいて、打率も結構安定してました。
前半戦終了時には辛うじて首位打者の位置にもいましたし。
まあでもその頃は、先も長いしこれっぽっちも意識はしてなかったですけどねー。
どうせまた無理でしょ〜的なのもどっかにありましたし(笑)。

後半戦は対戦相手を若干変えたこともあって、
前半軒並み高かったチーム打率自体もだいぶ下がってきてて。
オレの打率もそれに比例してゆっくりと下降していきました。
でも後半から余り出れなくなったメンバーがいて、
そのメンバーがずっと前半の高打率のまま居座ってたので、
うわ〜こりゃヘタしたら最後まで規定打席足りてこのまま終わっちゃうパターンだから、
今年は幾ら頑張ってもまた首位打者は無理だな〜とは思ってました。

一応コンスタントにはヒットは打ってましたが、だいぶ打率も下がってきて、
それ以上に週に1度行くバッティングセンターでの調子自体も良くないこともあり、
ちょっと納得がいくバッティングがなかなか出来なかったので、
11月頃から頑張って週に2度バッティングセンターに通うことにしたんです。
ほぼ毎週試合組んでたんですが、結構仕事で忙しい週も多々あって、
正直野球にそんな時間や体力を費やしてる場合ではなかった時もありましたが、
どんなに忙しかろうと疲れていようと、必ず週に2度通う様にしました。

その効果は絶大で、だいぶバッティングセンターでも納得のいく感じで打てる様になり、
試合でもヒットを量産、最後の5試合は毎回2安打以上は確実に打ってました。
それと同時にずっと高打率で居座ってたメンバーが、
規定打席不足や打率の低下等で次々とあれやこれやと消えていき、
残り2試合の時点では、気が付けば再び首位打者になってました。
でも過去2度も悪夢を経験してるのもあって、
さすがに最後の最後まで予断は許さないと思って臨んだ最終戦。
見事4打数3安打の猛打賞で、終わってみればもうぶっちぎりで、
遂に悲願のチーム内首位打者を獲得しました。
ちなみに終わってみれば個人的には過去最高の成績で、
首位打者以外でも安打数もダントツ、
数は激少ですが本塁打王、出塁率1位にも輝きました。
最終的には無念としか言いようがありませんが、
最終戦で僅か1点差を付けられて惜しくも逃した打点王は悔しかったですねー。
それさえ獲っていれば、
三宿ニャンニャンタイガース初のチーム内三冠王(打率・本塁打・打点)だったんですよ。
まあでもそんなの欲張り過ぎですけどね。
とりあえず2番バッターというポジションとしては、
1年を通して上出来過ぎる成績は残せました。
※詳しい打撃成績は下記でどうぞ。
http://m-web.tv/2011result.html

三冠王をあと1歩というところで逃したのと、
2勝2敗で迎えた決着戦の試合で、
途中結果的に負けに繋がる点を許すエラーもしてしまったこともあり、
精神的には手放しには喜べずテンションもそこまで上がりませんでしたが、
まあそれでもさすがに念願の首位打者を獲れたのは感無量ではありました。
いやほんと、野球経験の無いオレが長年に渡り努力に努力を重ねて、
やっとの想いでチーム内首位打者を獲れたということは、
オレの中ではちょっとした"男のロマン"だったんですよね。
もうほんと、雨の日も風の日も落ち込んでる日も忙しい日も、
頑張ってバッティングセンター通いましたからね。
いや、40のおっさんですけど、ちょっとした青春でしたよ。
しかも記念すべき、三宿ニャンニャンタイガース結成10周年イヤーに獲れたというのも、
個人的には本当に感慨も一塩でした。

やったことある人にしかなかなかわからないもんですが、
野球チームって運営していくのが思っているよりずっと大変で。
メンバー集めて連絡取って、グラウンド押さえて審判手配して、
毎週のように対戦相手を探して、重たいチームの野球道具を運んでって、
ある意味ちょっとした仕事してる感覚さえもあるぐらいです。
昔は手分けしてましたけど、今は全部1人でやってるので余計に労力はハンパないです。
でも正直しんどいですけど、精神的には前よりもずっと楽だし、楽しいんですよね。
その分気を遣わず自分で好きな様に決められるし。
今は色んな意味で自分のチームという感じが凄いしますね。
以前は結構色んなことに気を遣ってた部分はありましたし。
勿論今も色々気を遣うところは多々あるんですが、
そこまで疲れないというか。
いや、新生猫虎になってからは、そこが1番気持ち良く、心地良いところでしょうか。
ほんと、色々ありましたけど、10年頑張って続けて良かったなあと思います。

また無駄にだらだらと長くなってしまいましたが、
まあ10年越しの悲願だったのでお許しを。
てかさすがに今回は途中で読むの挫折した人も多そうですけど(笑)。
野球に興味ない人は全然意味わからないでしょうし。
来年はユニフォームも一新して、更にバッティングにも磨きをかけて、
これまで以上に草野球を同志と共に楽しもうと思ってます。
いや、今年も結果的に18試合も出来ましたが、
ほんと草野球出来てるって現実をつくづく幸せなことだと思います。
いつまで出来るかはわかりませんが、まだまだこの先も、
出来る時に、出来る限り、出来るだけ、青春を謳歌したいと思ってます。

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っていうかどうでもええけど審判さん、うちのチーム名はしょり過ぎやろ!!(笑)

なんと約1年3ヶ月振りとなる更新!奇跡!(笑)。

いやほんとのことを言うと、
もしかしたらもう書く事もないかなあ〜とも思ってました。
やっぱ前にも書きましたけどTwitter始めちゃってからは、
どうしても長い文章書くのが億劫になってしまって。
何かを伝える時に、140字の中で済む(無理矢理済ませる)ってのは、
細かい全ては伝えられずとも、なんと言っても楽ですからね〜。
幾度かは「またブログ書こうかなあ」とふと頭にも過ぎりましたが、
どうしても書くまでには至らず。
まあ今回はかなり気が向いたからなので、
今後も余り更新は期待しないでください。
とは言えブログタイトルしれっとPART3にしとるけども!(笑)。

前置きはこれぐらいにして本題に。
もうご存じの方も多いとは思うんですが、
実は今年、大晦日の営業をしない事にしたんですよ。
平日ならまだしも今年は土曜日ですからね。
正直言ってギリギリまでかなり迷いました。
11月とかはもうほぼそのことばかり考えていて、
しかも勿論大晦日だけの事だけ考えていれば良い訳でもなく、
他にも色々難題山積みだったのもあって、
ちょっとした軽い鬱に近いノイローゼになって、
頭を抱える日も少なくありませんでした。

何故そんなに大晦日の事で悩んだかと言うと、
もう一昔前と違って大晦日のクラブがどこも超満員なんて時代はとっくに過ぎていて、
毎年ほんとに苦戦を強いられてるんですよ。
ただでさえ色んな所で(クラブではない場所でも)色んな催し物をやってますし、
ここ数年は地上波のテレビとかもガキやら格闘技やらかなり充実してるし。
あとうちの場合、大晦日の出演が難しいって人が結構多くて。
まあ忙しい人が多いのでしょうがないんですけど。
そんな事もあって毎年ほんとに大変な思いでやってきたんですけど、
特に去年は形にはなったものの、収支的には大赤字で。
そういう事もあって、もうほんとに大晦日の事を考えるのがずっと怖くて。
でもやっぱり半年ぐらい前からはずっと頭の片隅にはありました。
今年はどうしよう?って。

10月後半ぐらい頃には、
今年の大晦日は無しっていう選択肢も考えてもいいかも…と思う様にもなってきて。
でもやっぱり20年もこの業界にいて、
クラブで大晦日に営業しないなんて、非常識且つナンセンス!ぐらいの感覚は、
どうしても心のどこかにあって。
やっぱりやらない訳にはいかないよな…的なのはありましたかねえ。
悩みに悩み、考えに考えた末、11月末ぐらいになって、
とりあえずやる方向で動いてみよう!ってようやく動く気になって、
色々うちの主力の出演者の方々に相談してみたんですよ。
そしたらいつも以上に今年はダメな人が多くて。
仕事で忙しくてNGって人も勿論ですが、
ここ数年急激に増えたのが「家族と一緒に過ごさないといけないから」という理由。
実家に帰るとか。特にお子さんとか出来ちゃうと余計に。
考えてみればうちの出演者の皆さんも気が付けば皆いい歳ですからねー。

ただでさえ勝ち目の少ない大晦日で、
主力のメンバーほとんど欠いた状態でさて一体どうしよ??
と再度深く深く考え込みました。
五里霧中の四面楚歌の状況の中、
頭の中で二転三転四転五転と右往左往しまくりました。
この危機的状況を脱する起死回生の名案は無いものか??
色んなシュミレーションに当てはめ色んな想定をしては、
何度も頭をまっ白にリセットしてはまた一から熟考してみたり。

で、行き着いたのが、冷静に分析した結果、
色んな人に聞いてみたりここ数年を見てもそうですけど、
大晦日って意外とみんな東京に居ないっていう事実。
居てもわざわざ遊びに出掛けないとか。
特に30オーバーの人は顕著ですね。
家族が出来たりすると尚のこと。
それは出演者の方々もそうですし、周りの友達関係とかも。
とは言え若い子とかが昔の様にクラブで遊んでいるかというと、
そうでもない様な気もしますし。
それに大晦日がコケると精神的にダメージがでかいんですよね。
特にカウントダウン時とか毎年ハラハラドキドキで胃に穴が開く思いですよ。
そう考えると、そういう時代背景で、尚かつ戦力も充分に整わない状態で、
大負けした時のダメージの大きさを考えると、
非常に勝ち目の少ない大晦日という戦場にわざわざ出掛けるというのは、
逆に余りにもナンセンスなんじゃないか??という気になってきて。

あと「大晦日閉めるなんて有り得ないかなあ…」
と思った時にふと頭を過ぎったのは、
よくよく考えてみたらうちって、
オープンした時からずっと有り得ないことばっかりやってきたじゃん!ってこと。
うちって元々、当時のクラブの営業スタイルが曜日帯全盛の頃にいち早く毎日イベント化させたり、
当時タブーな雰囲気もあったお笑いをやったり、
最初は物議を醸したJ-POPのイベント入れたり、平日も平気で閉めたり、
お酒の作り方とかも2人で一杯のドリンク作るなんてナンセンスだとか、
それこそもう色んなことで邪道だ邪道だと言われてきて、
でも今となっては全然邪道でも無い現実になってるし、
勇気を持っていち早くそういうのをしてこなかったら、
きっと恐らく17年半も続いてなかったと思うんですよね。
なので、うわ〜なんかあの時と同じ様な心境だ〜とか思って。
そんな思いからも、やっぱり今年の大晦日は敢えて閉めよう!と決意しました。

開き直った勢いもあって、
でも1年のご挨拶をいっぺんに出来るイベントとか、
大晦日じゃない日に代わりにやれたらいいなあとふと頭に浮かんで。
で、たまたま29日の木曜日が空いてたので、
そこでなんか出来ないか??と思ってソッコー何人かの人に連絡を取ってみたら、
やっぱりというか、大晦日はNGでも29だったら大丈夫という人が多くて。
あと一般的な忘年会とかもギリ29とかまではやってるイメージだし、
これはちょっとダメ元でいっちょ企画してみるか!
ってことで色んな人に趣旨を説明して連絡取りまくったんです。
最初はレスが少なくて、やっぱりちょっと難しいかなあ〜とかも思ったんですが、
ちょっとづつ、ちょっとづつ、OKの連絡を頂く様になって、次第にこれは、
ちょっとおもろいこと出来るかも!という確信に変わっていきました。

その後は怒濤の猛ラッシュで、トントン拍子に決まっていって。気が付けば総勢22名!
もうほとんど"ONE DAY MISHUKU GOLDRUSH"と言っても過言ではないほどの、
三宿Web史上最大のスケールでの開催となりました。
メンツ的にはほんと、"三宿Web17.5周年記念イベント"にしてもいいぐらいの濃い内容です。
っていうかもう本当に有り難いというか何というか、
言葉にならないぐらいの感謝を感じましたねー。
いやほんと、三宿なんて言うどマイナーな土地で、
あんなしょーもない店が17年半も続いて来れたのは、
色んな人のご協力が無ければ間違いなく無かった事だと改めて思いましたねー。
今回出演していない方々も勿論ですが、ほんとに沢山の色んな人達のお陰で、
三宿Webという店は"生かされてる"なあと改めて思いました。

あと今回の事で改めて再確認しましたけど、
オレって昔からよく色んな人に考え過ぎだって言われてきましけど、
やっぱオレは考え過ぎぐらいじゃないとダメだってこと。
今までもずっとそうだったんですけど、
「どうにかなる」ってオレの場合大抵「どうにもならない」んですよね。
考えに考え、迷いに迷った末の結論が、
結果的に1番良い結果に繋がる事が非常に多いんです。
逆に言うとオレって頭悪いんだと思いますよ。
だから時間掛けて考えないといいアイディアが浮かばないというか。
熟考しなくてもいいアイディアが浮かぶ人も全然いるし。
とりあえずオレは考えないとダメなタイプの人間だってこと。
生きてくのしんどいタイプの人間ですわ(笑)。

大晦日やらないって発表してから、
色んな人に「マジで大晦日やらないの??」ってビックリされたり、
人によっては「ちょっと考えられないんだけど…」みたいな事言う人もいましたけど、
今となっては全然後悔どころか、
ほんとに勇気ある決断下して良かった!と心から思います。
色んな人に今回に至った経緯とか、
代替イベントの事とかを話すと、意外とあっさり納得してくれたり、
賛同してくれたりしてくれる人も多かったですし。
いやほんとに、絶体絶命からの起死回生とはこのことですよ。
ぶっちゃけ一時は、もうダメかなあ…って諦めかけた時もありましたから。

とまあ相変わらず長々と書きましたが(笑)、そんな訳です。
29日は大晦日のつもりで、いや、
三宿Webの底力を見せ付けれる様な日になればいいなあと思ってます。
まだ東京にいる方は忘年会流れでもいいので是非遊びに来て欲しいです。
いや、20分一本なんて過去に無いので、
個人的にもちょっとどうなるか楽しみです。
まあ仕切るのめちゃくちゃ大変ですけど(笑)。

突如再開したナガサワブログですが、
また気が向いたら書きますのでそれまで辛抱強く待っててください(笑)。
では!


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