ナガサワブログ PART3~この熱い魂を伝えたいんや~

D級草どインディー老舗クラブ"三宿Web"店長ナガサワの趣味や考え方や日常が垣間見れる独り長文炎上ブログの続々編。

2012年11月

※前編からのつづき。

7月頃にCAVEを辞め、知り合いのつてで池尻のチェントコーゼというバーで働き始めました。
余談ですが、三宿Webのカクテルの作り方ってオープン以来、
グラスにレシピの材料を入れてから氷を入れるという、
セオリーとは逆の作り方をしてるのですが(理由は敢えて割愛しますが)、
この作り方を教わったのはチェントコーゼです。
ここ数年は行ってないのでわかりませんが、
オレがオープニングのバーをプロデュースして以来当分は、
渋谷のTHE ROOMもカクテルはこの作り方だったハズです。
あと、チェントコーゼでは他にも色々なことを考えさせられましたねえ。
それはまたいずれ改めて書きたいと思いますけど。
そのチェントコーゼも諸事情で2ヶ月ちょいぐらいで辞めて、
次にこれまた知り合いのつてで恵比寿のボーノというイタ飯屋で、
ウェイターとして働き出しました。
原宿のカフェドロペでもバイトのトップまでいき、
渋谷のCAVEでもバイトのトップまでいった自信もあって、
当時仕事に関しては結構自信はあったんですが、
コックの人が元暴走族上がりの職人さんで、もうめちゃくちゃ厳しくて。
入った初日からケチョンケチョンでしたね。
ほんとに基本的なことから全て否定されて怒られまくりました。
口も悪かったし、腹立たしいことも多々言われました。
しかももう毎日のように。
今考えたらアホみたいなもんですが、当時はある程度プライドもありましたし、
それはそれはショックを受けたのを憶えてます。
ロペ・CAVEとトップを張ってきたオレの3年間ってなんだったんだろう…?
って思わされましたね。
同じ飲食でもそういう店ではトップ張れても、ちゃんとした店では全く使い物にならないんだ…
と、思いっ切り頭から冷や水ぶっかけられた思いでした。
最初の1週間ぐらいはもうほんとに辛くて、辞めようかな…とかも何度も思いましたが、
男たるもの、ここで辞めたらアカン!!と思い、
絶対あのコックに認めさせるぐらいまで頑張ろう!と心に誓い、
歯を食いしばり、ぐっと耐え、頑張りました。

そこは結局4ヶ月働いたんですが、
2ヶ月ぐらいしてからはそのコックもオレのことを徐々に認めてくれる様になり、
最後の方はかなりよくしてくれる様になりました。
ちなみに余談ですが、THE ROOMのオープニング時、
酒屋・備品関係などの取引先は当時誰もつてがなく、
全てそのコックの人に紹介して貰ったんですよ。
ROOMのレセプションにもわざわざ来てくれて。
三宿Webのスタッフ教育って、
オレが思うに恐らくクラブ界では相当厳しい方だと思うんですが(多分)、
なぜクラブでそこまで細かい知識や技術や礼儀までわざわざ教えているかというと、
何を隠そう、このボーノで働いた教訓があるからです。
長年クラブで働いて、そこでトップまでいっても、
よその飲食で何一つ学んだことが使えないなんて、そんな悲しいことはないと実感したからです。
あんな悔しい思いは、オレの下で働く部下たちにはなるべく経験させたくない、
という思いからに他なりません。
ボーノを辞めた直後にたまたまハンズでコックの見習いやってた先輩とバッタリ会って、
立ち話ししてたんですが、
「ナガサワくん、今だから言うけど最初入って来た時3日で辞めると思ったよ(笑)。
もうほんとに可哀想なぐらいめちゃくちゃ怒られまくってたからね~。
見た感じもチャラチャラしてる風に見えたし。
まさか城内さん(コック)が認めるまで頑張るとは思わなかったよ。
いや、マジで根性あるよ。」
って言ってくれて。ほんとに嬉しかったですね~。
ほんとの意味で自分の自信にもなりましたし。
あとオレがボンゴレ好きなのも、ボンゴレ作ってる歴20年なのも、
実はボーノで働いた影響です。
当時はそんなにパスタが好きじゃなかったですし。
バイトする前も「賄い毎日パスタって耐えれるかなあ・・・」って思ってたぐらい(笑)。
それがそのコックの人の腕が素晴らしく良くて、めっちゃくちゃ美味かったんですよ。
確かイタリアで何年か修行も積んでたって言ってましたかねえ。
ほんとにもう何から何まで美味かったですね。
お陰でそれ以降はイタ飯が好きになって。
昼は賄いでパスタ、夜も家帰って自作パスタ、なんて日も珍しくないぐらい。
暇な時はコックの人に、作るコツを聞いたりとかしましたし。
その時にダントツに美味かったのがボンゴレだったんです。
まあ勿論賄いで出てくるなんて滅多にありませんでしたけど。

さて話しが脱線しまくりましたが、そのボーノは、ランチタイムのみのバイトでした。
夜は特に他のバイトもせず。それも彼女と一緒にいる時間を増やす為でした。
なので言うまでもなく月の稼ぎもほんとに大したこともなく。
それまでは月最低でも200時間、ヘタしたら250時間ぐらい平気で働いてたオレからすると、
ほんとに有り得ないことでした。
そのうち上京して初めて友達に借金することになったり。
そんなこととは裏腹に、彼女の焼きもちは次第にエスカレートしていって。
営業中に店に電話してきて、意味のないイチャモンを付けてきたり。
「とりあえず仕事中だから後で話そ。」って言っても、
「もういい!じゃあ別れる!」って言ってガチャンと電話を切ったり。
バイト後に当時代官山で働いてた知り合いのショップにちょっと寄っただけでも、
怒り出したりしてました。
異性の知り合いならまだしも、同性の仲のいいのも知ってるハズの知り合いなのに。
ある日なんて、いつもの様にバイト中に店に電話してきて因縁付けられて、
「もうほんとに別れるから!!」って言って切られて、
バイト終わって慌てて帰宅したら荷物が全て運ばれた後で、もう頭まっ白になって、
珍しくその日の夜に入ってたチェントコーゼでのパーティのヘルプのバイトも急遽休んで、
実家の住所も知らないのに新百合ヶ丘まで行ったり、彼女の親友に電話しまくったり、
ほんとにテンパらされましたこともありました。
夜中に高熱出してうなされた時も寝ないで救急病院連れていって看病して。
翌日勿論ボーノのランチバイトだったんですが、
「お願いだから今日だけバイト休んで一緒に居て!!」
って言われて無理無理休んだり。
未だにあの時夜勤明けだった社員の人にほんとに迷惑掛けたなあ、、、
と申し訳なく思ってます…。
喋ってたらいきなりキレ出して髪の毛引っ張り回されたり、
殴られたりしたこともありました。
でもその時でさえ、手も挙げなければ怒りもしませんでしたねえ。
むしろ、全然自分が悪くないのに「ごめん、オレが悪かったから。」って謝り倒してました。
彼女が「もう別れる!」って言っても「別れたくない!」って言って必死になだめたり。
男としては情けない限りですが、それぐらい好きだったし、別れたくなかったから。
まあでもある意味、愛情の反面、意地になってた部分もあったかも知れないですねえ。

そんな日々が2ヶ月ぐらい続き、さすがのオレも精神的に非常に疲れ果ててました。
金銭的にも思うように働けないのもあって、かなりしんどかったですし。
そんなこんなで、オレの彼女に対する気持ちも徐々に冷めていきました。
で、何度か立て続けに喧嘩を売られた直後、
初めて内心「さすがにもうしんどいかも…。」って思ってしまって。
「次に訳のわからないことで喧嘩売られたら、もう、別れよう…。」と心に決めました。

Xデーは予想よりもずっと早く、翌日か翌々日ぐらいだったような気がします。
確か11月の上旬頃だったと記憶してます。
いつもの様にバイト中に店に電話が掛かってきて。
そしていつも通りのイチャモンが始まり…。
でもオレはいつもと違い、あっさり切っちゃったんですよ。
帰りのバイクに乗りながら、別れは決意してました。
帰宅したら彼女はそれはもう尋常じゃないご立腹で。
バーッと口撃されたあと、いつもの様に荷物をまとめ出して、
「もうほんとに今回は別れるから!!」と言いだして。
いつもなら謝ったりなだめたりするオレは、
初めて何もアクションを起こさず、ソファーに座ったまま無言でうつむいてました。
最初こそはその状態すら彼女の逆鱗に触れてましたが、
いつもと様子が違う異変に気付いた彼女は、
「ほんとにいいの!?ほんとに別れるんだよ!?」的な感じに変わってきて。
何度も出て行く素振りは見せるんですが、
追いかけもせず、ピクリとも微動だにしないオレを見て、
そのうち彼女の態度も変わってきました。
「いいの??別れてもいいの??」何度も聞いてくる彼女に対して、
何も言えなくて。でも余りにもラチがあかなかったので、
最終的には彼女の「別れてもいいの??」という問い掛けに、
ゆっくりコクリとうなずいたんですよ。
そしたらなんと彼女が、
「嫌だ!!別れたくない!!」って泣きながら抱きついてきたんですよ。
もう既に帰宅して恐らく2時間ぐらいは経ってましたし、
相当重苦しい空気の中ではありましたが、
ほんとに信じられないぐらいビックリしたのを憶えてます。
あの人一倍プライドの高い彼女が、
恐らく初めて彼氏に対して自分から別れたくないって泣き付いたんですから。
泣き付かれながら、不謹慎だよなあとは思いながらも内心、
「オレって何の取り柄もないしょーもない男だと思ってたけど、
もしかして自分が思ってるほど満更じゃないんじゃないの…??」
って、初めて自分に自信に近いような感覚を持ったのも憶えてます。
それぐらい信じられない状況だったというか。

あんまり細かくは憶えてないんですが、
それからちょっと彼女とは話ししたと思います。
別れようと思った理由も言ったと思います。
その後に彼女には謝られたし、愛情が強くなり過ぎて、
常にオレの気持ちが不安になって、
つい気持ちを確かめる為に意味の無い喧嘩を売ってたとも言われました。
そしてお願いだからもう一回やり直そう的なことも言われたと思いますが、
オレは1度決めたことでしたし、自分の中でもほんとによくよく考えた末の結論だったので、
首を縦には振りませんでした。
夕方の5時頃になって、とりあえず彼女は六本木に行く予定があったので、
バイクで六本木まで送ってあげました。
翌日ランチのバイトから帰って来たら、もう彼女の荷物はありませんでした。
部屋には別れの手紙が置いてありました。
さすがに一晩経って、オレの固い決意も理解してくれたのか、
ある意味納得したようなさばさばとした文章でしたが、
「今まで色んな人と付き合ってきたけど、こんなに優しい人はいないと思ったし、
こんなに人のことを好きになったのは初めてだった。」
という言葉に涙が止まりませんでした。
ほんとうに嬉しい言葉でした。

別れた直後、近所のスーパーで買い物した後にふと空を見上げて、
なぜか哀しさや淋しさよりも、開放感に喜ぶ自分がいたのを未だに憶えてます。
まあそれぐらい拘束されてましたからねえ。
でもその反面「あんなに人を好きになることも、あんなに可愛い子と付き合えるなんてことも、
当分無いんだろうなあ…。いや、もしかしたらもう一生無いかも。」って思ったのも憶えてます。
「まあでも、しょうがないな。」とも思いましたけど。
それぐらいその時は自由が欲しかったですから。
でもその時には、その数ヶ月後に生涯最大の大恋愛をする相手と知り合うなんてことは、
これっぽっちも思いもしませんでしたけど。
でもこの経験が後に、
「人の可能性は自分で決めるもの。ここまでと思ったらそこがその人の可能性。」
というテーマがより強固となって自分の人生にのし掛かることになるんですけど。
いやほんとに身をもって痛感したというか。
勿論良くも悪くもですけど。

人生で初めて"大恋愛"というかけがえのない経験をして、
価値観・考え方や自分の可能性を覆えさせられました。
同時に、人を本気で好きになり、そして相手も本気で自分のことを好きになってくれて、
お互いに本気で熱く愛し合うということが、
どれだけ素晴らしいことか?尊いことか?ということも若かりし頃に知ることが出来ました。
勿論その反面、どれだけ辛く耐え難いことか?ということも嫌というほど思い知らされましたけど。
あんなに人を好きになる気持ちって、
もしかしたら一生経験出来ずに死んでいく人も沢山いるんだろうなあ、
いや、むしろほとんどの人がそうなのかも知れないと思うと、
ほんとに有り難いしとても幸せなことだなあとも思います。
いや、大袈裟なことを言えば、アレを体験出来ただけでも、
この世に生まれてきた意味があったんじゃないか?ってぐらい。
あの恋愛で色んなことを勉強しました。
人間として、男として、とても成長させられたと思います。
あんな濃密な8ヶ月はありませんでしたよ。
かの有名なドラマ『東京ラブストーリー』ってありましたが、
オレの中では「オレの方が全然東京ラブストーリーじゃ!!」って思うぐらい(笑)。

いつも以上に長くなりましたが、今回正直書くかどうか迷ったんですよね。
どこまで書いていいかもわからないし。
正直これでも結構割愛した部分もありますけど。
何度も書いては止めようとも思いましたけど、
元々このブログって、『長澤剛史という人間が生まれてきた証し』的感覚で、
もし死んだら遺書的な物になればいいなあぐらいの気持ちで書いているのもあって、
そういう観点からいうと、
「オレを語る上では絶対避けちゃいけないでしょ」って思って書いたんですけどね。
それぐらい、一生忘れられない出逢いでしたねえ、あの子とは。
未だにふと、元気にしてるかなあ??って思ったりもしますし。
10年ぐらい前にとある共通の知り合いから、
「なんか噂では韓国の大富豪と結婚したらしいよ~。」
って聞いて、幸せになったんだったら良かったなあとは思いましたけど。

彼女と付き合ったことでCAVEを辞めたことや、
それによってチェントコーゼやボーノで働いたことも、
今考えると全て後の人生にとって非常に大きかった出来事でした。
ほんとに今考えると不思議なぐらい全て繋がってるというか。
いやもうほんとに、オレにとって激動の年でしたねえ、1992年は。
あれから20年も経ったのかと思うと、ほんとに感慨深いです。
しかもそして、1992年という年はそれだけでは終わらないのです。
更にオレの人生を非常に大きく変えることになる事件が、その直後に起こるんです。
確かちょうど20年前の今頃じゃなかったかと思うんですよね。
あの1本の電話で、その後のオレの人生が大きく変わることになるんです。
それは近々書くであろう、次回の講釈で。

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※今回ブログをアップロードしようとしたら、ライブドアブログに移って初めて【本文の文字数が多すぎます。(半角30000文字、全角15000字程度以内で入力して下さい。)】ってエラーが出たので、致し方なく前編と後編に分けます(笑)。しかも2日に分けないで一気にアップ!

ちょうど20年前の1992年は、
自分にとって人生を非常に大きく変えた事件が2つあって。
あの1年の出来事がなかったら、どんな人生になっていたか?
想像も出来ないぐらい、今思い返してもまさに激動の1年でした。
今回はその事件の1つを書こうと思います。
ちょっと、っていうかかなり赤裸々ですが。
ちなみに10年前の2002年も非常に激動の年で、
特に下半期は一生忘れることがないであろう、地獄の様な日々でした。
これまた人生を非常に大きく変えた事件もあったし。
そう考えると、今年もなにかとてつもない事件があるんじゃないか??
って思ってたんですが、今年は特に何もなかったですねえ。
人生3度目の引っ越しぐらいですか。まだしてないけど。
まあ下半期はずーっと地味にしんどいですけどね。
あと1ヶ月ちょいありますけど、
人生を変えるような、一生忘れられないような出来事は、
まあ今年はもうなにも無いだろうなあ。

92年は、当時あった渋谷の有名なナイトクラブ・
THE CAVEのバーチーフでバリバリやってた頃です。
若干21歳という若さではありましたが、
当時のクラブ店員でオレ程クソ真面目に働くスタッフがいなかったことや、
原宿のカフェドロペ時代に散々鍛えられたハンパない仕事っぷりと、
当時からファッションが好きだったのもあり、
常にスタッフの中でもかなり目立ってた(派手な笑)格好をしてたのもあって、
当時のCAVEのバーフロアの顔的な存在にはなってたと思います(多分)。

当時NYハウスが全盛時だったにも関わらず、
いち早く土曜日のB2フロアでテクノ系のイベントをやってたのもあって、
CAVEスタッフの間でもテクノが大流行してて。
だから土曜日は皆必然的にテンション高かったですね。
勿論例外なくオレも。
CAVEのイベントのみならず、
営業後や休みの日にテクノ系のイベントにみんなで遊びに行ったりとか。
当時はまだテクノ系のイベントなんて数えるほどしかなくて、
しかも行くと、いる客の顔もほとんど一緒なんですよ。
テクノ人口がまだ少なかった時代だったというか。
で、しょっちゅう遊びに行くうちに、ある女の子のテクノ系のDJと仲良くなりました。
厳密に言うとテクノっていうよりアシッドハウス系が得意な子でしたけど。

今でこそ大流行してますが、当時女性DJなんてほとんどいなくて、
しかもテクノ系なんて非常に珍しい存在でした。
そしてめちゃくちゃ可愛いんですよ。
背はちっちゃかったですけど、お洒落でスタイルも抜群で。
最初見た時から、あの子可愛い子だなあ~っていう印象でした。
っていうかちょっと手の届かない存在ぐらいに思ってましたね。
前述した通り、年齢の割には仕事っぷりも早くから評価されてましたけど、
当時のオレってほんとに自分に自信がなくて。
だから余計に「あんな可愛い子、オレなんて無理でしょ〜。」
ぐらい思ってました。

共通の知り合いも出来て色んなところで顔を合わせたり、
勿論働いてたCAVEにも何度か遊びに来たりして、
その子とちょっとづつ仲良くなっていって。
で、ある日なんかの拍子に話しがはずんで、確か一緒に遊ぶ約束したんですよ。
恐らく2月下旬か3月頭ぐらいじゃなかったでしょうか?
めっちゃくちゃ寒い冬の日に、とあるテクノ系のイベントが六本木のクラブであって。
確か木曜日だったと思います。ほんとに寒い日でした。
その日がたまたまオレが休みだったのもあって、そこで落ち合う予定でした。
で、当日そこに行ったんですが、結局朝まで待てどもその子は来なくて。
勿論携帯なんてとんでもない時代なので、連絡も付かず。
確か電話番号も知らなかったかなあ。
かなりショックでしたけど、まあそんなもんだよなあぐらいな感じでした。
さすがにその日は相当落ち込んで帰りましたけど。
軽くっていうか、結構フラレた感さえありましたね。

で、その直後になんかのイベントでまたその子がCAVEに遊びに来て、
「この前はごめんね~」的に謝られて、
「次の金曜日って仕事でしょ?私も六本木でDJだから終わったら遊ぼうよ!」
って言われて。
前回のこともあったので、最初はちょっと半信半疑ではありましたが、
ある意味ダメもとぐらいな感じで、
金曜日終わった後に六本木まで逢いに行ったんですよ。
土曜の朝の7時半ぐらいでしたかねえ。
回してた店行ったら営業は終わってて、聞いたらその辺でスケボーやってると。
内心またバックレられたかな…とか思いながら歩いてると遠めにスケボーやってる彼女を見付けて。
もしかしたら今日もバックレられるかも…っていう一抹の不安もあったので、
良かったあ〜とりあえず逢えたわと内心胸をなで下ろしました。
そんでその後に行くとこもなく六本木のマックでお茶したんですけど、
1、2時間ぐらい喋ったあと「この後どうする?」ってなって。
で、結局彼女が蒲田のオレんちにそのまま遊びに来ることになって。
結局その日はうちに泊まってったんですが、
内心では、まあ軽く遊ばれたんだろうなあぐらいの感じでした。
まあでもその時は、遊ばれただけでもラッキーぐらいな感じもありましたけどね(笑)。

で、確か2日後の休みの日曜の夜に急に家に電話があって。
友達の車に乗せて貰って近くまで来てるから今から泊まりに行っていいかと。
2日前の余韻が醒めやらない状態がずっと続いてたのもあって、
その時はめちゃくちゃ嬉しかったですね〜。
まさか向こうから連絡くれるとは夢にも思わなかったので。
確かその週の週末もうちに泊まりに来た気がします。
結構遊んでる感じの子だったし、自分に自信がなかったのもあって、
好きになっちゃいけない的な感もあったので、
気持ちを抑制しようとしてた部分もあったんですが、
立て続けにそんなこともあり、なんか一気に感情移入してしまい、
気が付くと彼女のことがとてもとても好きになってしまっていて。
でも告白みたいなことしてフラれたらもう逢えなくなるだろうなあ…。
て考えると今のまま着かず離れずで遊んでた方がいいんじゃないかとも思ったり。
まあよくあるパターンですよね(笑)。

その次の週の月曜日に、CAVEでテクノ系のイベントがあって、
たまたまオレも休みだったので、一緒にCAVEで遊ぼうって話しになって。
でもオレの中ではかなり気持ちが高まってたのもあって、
もうフラれてもいいから次逢ったら告白しちゃおう!って胸に決めてたんですよ。
粉雪が降り積もる中、CAVEで落ち合って最初は普通に遊んでたんですが、
酒も入ってきたところで、ちょっと話しがあるってB1のエレベーター前のスペースだったでしょうか?
そこに彼女を誘って、ストレートに告白しました。
「多分ダメだとは思うけど…出来ればオレはちゃんと付き合いたいんだよね。」
的なことを言ったと思います。
大方の予想では、そういう話しした途端に考え込んだりとか、
口数少なくなって困った表情するとかかなあ…って思ってたんですが、
予想に反してとても嬉しそうな表情で2つ返事でOKしてくれて。
もうその時の興奮の度合いたるや、凄かったですね。
もしかしたら当時のオレが生きてきた中で1番嬉しかったんじゃないか??
ってぐらい興奮したのを憶えてます。
ほんとにアドレナリンの出方が尋常じゃなかったと思います(笑)。
その直後にB1のロッカールームのスペースの椅子に2人で座って、
手を繋いでラブラブだったんですが、
先輩達が異変を察知してちょこちょこ笑いながら覗きに来るんですよ(笑)。
当時からそういうの絶対恥ずかしくて無理なタイプだったんですが、
もう全く気にならないぐらいトリップしてましたね(笑)。
ある意味好きな芸能人と付き合えたぐらいの感覚はあったかも知れないですねえ。
それぐらいの浮かれっぷりでした。

で、それからはほぼ半同棲のような生活が始まりました。
彼女は実家が町田の近くの新百合ヶ丘という駅が最寄りだったのもあって、
ちょくちょく都内でDJもあったのでレコードもうちに置いて、
うちから現場へ出掛ける様になって。
着替えとか取りに2週間に1回程度は実家に帰ってましたけど、
ほとんど一緒に暮らしてるような生活でした。

帰国子女で英語もペラペラで、DJで、お洒落で、可愛くて、スタイルも良くて。
はっきり言ってモテる要素満載でした。
嘘かほんとかは定かでは無いですが、
あの秋元康から「アイドルになる気ない?」ってしょっちゅう連絡あるんだよね〜って、
自分で言ってたぐらい。
実際若干19歳だったにも関わらず、有名無名問わず、かなり男性経験も豊富でした。
いや、もう人数聞いたら引くぐらい。
そんなこともあってプライドもめちゃくちゃ高くて。
「私はどんなにその人が好きでも、相手が別れようって言って来たらすぐに別れるよ。
どうせ別れてもすぐに違う男が寄ってくるし。」
って平気で言うような子でした。
でも実際ほんとにそうなんだろうなあとは思ってましたねえ。

そんなこともあり、最初の頃は、幸せの絶頂ではありましたけど、
この恋愛は恐らくすぐに終わるもんだろうと思ってました。
ほんとに前述したように、自分に全く何の自信もない頃だったので、
オレは絶対そのうち飽きられて捨てられるんだろうなあ…ぐらい思ってました。
あとそれに、当時のオレってちょいちょい出逢いはあって付き合ったりもしてたんですが、
全然長続きしなくて。1ヶ月も持たないなんてザラで。ヘタしたら3日とか(笑)。
今考えると付き合ったとか言えないレベルですけど。
そういうこともあって、長く付き合うっていう感覚もわからなかったのもありました。

もう1つ彼女には問題があって。
それはかなりのドラッグ中毒者だったんです…。
今も勿論ドラッグとは全くの無縁なオレですが、
当時なんてほんとにその辺は特に純粋だったので、ほんとに最初はそれが嫌で嫌で。
なんとか止めさせようと必死に努力しましたが、
なにせプッシャーがわざわざやって来るぐらいのヘビーさだったので、
止める止めるとは言いつつなかなか止めてくれませんでした。

そうこうしてるうちに月日が流れ、あっという間に数ヶ月が過ぎました。
2人の仲も時間と共にどんどん深くなっていき、
お互いにとても深く、深く、愛し合っていきました。
彼女の気持ちも、時間が経つにつれてどんどん強くなっていったのを肌で感じ取れました。
それを表すように、彼女は徐々に強烈な焼きもちを焼くようになっていきました。
ドラッグをやっていたせいもあって、もう全然意味の無いことで急に怒り出したり、
変なイチャモンを付けては怒り出すということがしばしばあって。
もうその頃のCAVEは仲のいい先輩達も辞めてしまって、
ほぼバイトのトップでバリバリやってたんですが、
その年の7月で急にCAVEを辞めることにしたのも、彼女の焼きもちからでした。
「クラブで働いてるなんて、女目当てとしか考えられない!!」
という彼女の偏見が徐々に強くなっていったからです。
CAVEでも色々と彼女絡みで揉め事もいくつかありました。
基本超穏健派のオレが、彼女のことで同僚や先輩に対してカッとなったりとか。
熱があろうが具合悪かろうが、従兄弟のおばさんが急死した時ですら、
1度も休んだことがない仕事も、彼女の為にずる休みしたりとか。
もう当時のオレはそれぐらい彼女に入れ込んでました。
この子さえいれば何もいらない。100人の友達よりも1人の彼女ぐらいの勢いでした。
思えば当時、今までこんなに人のことを好きになったことはなかったかも知れないです。
人を好きになるパワーってこんなに凄いんだ!?
っていうかオレにもこんな人一倍熱い部分があったんだ!?
と、自分でもビックリしたぐらいでした。

そんな中、夏頃には1度浮気もされました…。
敢えて詳しくは書きませんが、CAVEでは当時やってなかった某有名DJでした。
元々彼女はその人のことをずっと尊敬していて、
ある日芝浦GOLDでの彼女がDJ時に声を掛けられたらしく。
それ以降ずっと心配はしてたんですが、1度だけ浮気してしまったって告白されました。
未だに憶えてますが、21年間生きてきて、こんなに悔しく悲しい気持ちになったのは、
今まで無かったってぐらい頭まっ白で放心状態になりましたね。
確か7月の暑い営業後の日曜日の朝でしたけど、悔しくて悔しくて眠れなくて。
彼女は自分に対する懺悔も含め「もう、別れよう。」って言ってきたんですが、
それでも最終的には許しました。「いや、それでもオレは別れたくない。」って。
ほんとに辛かったですし、絶対許せることではなかったですけど、
それぐらい彼女のことが好きだったし、
こんな気持ちのまま別れたくないってのもありましたかねえ。
とは言えやっぱり当分は引きずりましたけど。
余談ですが、それから10年以上経ったあとに、
その浮気相手のDJは三宿Webに出入りするようになったんですが、
内心「こいつか・・・」と思って挨拶すらしませんでしたねえ。
最初は相当感じ悪かったと思います(笑)。
まあ徐々に気持ちもおさまってきて、その後はちょー仲良くなるんですけど。
恐らく本人はこの事実は未だ知らないとは思いますけどね。

※後編につづく

気が付けばうっかりまたさぼりまくってました…すみません。
でもなんかもう今年は9月から師走突入ってぐらいの激忙っぷりでした。
っていうか、下半期入ってからハンパないです運勢の変わりっぷり。
まさにこれが大厄かってぐらい。
特に10月はほんとに修羅場でした…。
もうずーーーっと何かに追われてた様な感じでしたね。
心が安まる暇が全然なかったというか…。
それにも増して9月の売上げが史上稀に見るほどの悪さで、
10月分の給料なんて、聞いたらビックリするぐらい有り得ない額でしたし…。
尋常じゃないストレスに何度も押し潰されそうでした…。
ここ数年は年に1度あるかないかぐらいの、
2月以来今年2度目となる、軽い鬱にも入っちゃいましたし…。
あと歯痛も辛かったですね~。
とりあえず新しい歯医者通って、
神経都合4本抜いて貰ってなんとか治まりましたけど。
もう顎と頭に繋がってるとこだったので、痛みがもうハンパなかったです。
ロキソニンが効かないぐらい。
そんなこんなで、もうほんとに色んな意味でしんどかったですねー。
まあどうにかこうにか乗り越えられたのでとりあえず良かったですけど。

そんな中でしたが、ずっとネットで物件探しはしていて。
実は今のところを引っ越さなきゃいけなくなったんですよ。
7月が更新だったんですが、今の部屋はめちゃくちゃ気に入っていたので、
勿論2度目の更新をすべく更新料も貯めてたんですよ。
で、5月中旬頃に管理してる不動産会社から何回か着信あったので、
あ〜更新に関しての電話だなと思って掛け直してみたら、
耐震問題的な部分での立ち退き要請で。
いやあ〜〜〜寝耳に水とはまさにこのことでしたよ。
元々住んだら長いんですが(以前住んでた代官山のアパートも14年)、
今のところもめっちゃめちゃ根気よく探した物件だったし、
ある意味この場所でこの広さでこの値段はまず無いってぐらいの物件だったので、
4年経った今でもほんとに気に入ってたので、
まあ少なくとも10年ぐらいは住むでしょう〜ぐらいは思ってました。
なのでいきなり引っ越せって言われても、
絶対ココよりもいい物件なんて無いだろうなあ…とは思ってました。
いや、ほんとになにからなにまでオレ好みなんですよ。

7月に払うはずの更新料は免除してくれるのと、
敷金は丸々返してくれるということと、
いい物件が見付かるまでは最悪来年頭ぐらいまでは居てもいいという条件で、
引っ越すことになったんですが、
周りからはその話しをすると、
「え?そんなの支度金みたいなの出るでしょ!貰った方がいいよ!」
とか言われもしましたが、
そういう場合って大抵すぐに出なきゃいけなくなるだろうし、
最後になんか金のことで揉めるのも嫌だなあってのもあるし、
あと今ってビックリしたんですが、
敷・礼がだいたい1・1じゃないですか?
数年前は一般的にはほぼ2・2だったのに。
そういうこと考えると、用意してた更新料と敷金あったら、
全然引っ越せるなあとも思って、前述の条件でOKしたんですが、
とりあえずなにより気に入った物件が見付かるかどうかが不安で。

それまでもちょこちょことは覗いてはいましたけど、
だいたい7月ぐらいから徐々にネットで物件チェックとかを始めました。
漠然と10月ぐらいに越せたらいいなあとは思ってたので、
本格的に探し始めたのは8月中旬ぐらいからでしょうか。
不動産屋も回ったりもしましたけど、
今ってもう一昔前とは違ってほとんどリアルタイムでネットに情報が出てるので、
途中から不動産屋へは行かずに、まず気になる物件をネットで探すようにしました。
で、見付かったらその管理してる不動産屋に行く、という手法で。
藪から棒に不動産屋に行っても、
大抵はネットで既にチェック済みのばかり薦められるし、
人一倍好みもうるさいし、拘りが強いのもあって、
なかなかピンとくる物件が見付からないまま無駄に時間だけ費やすことが多かったですし、
今は不景気なのもあるのか、
その後にめちゃめちゃ営業の電話やらFAXやらメールやらが来るんですよ。
それがもううざくて。
あとせっかく色々探してくれても、
なっかなかオレの好みって細かい部分まで理解出来ないんですよ、不動産屋の皆さんが。
なので迷惑も掛かるし自分で探した方が気楽だしいいやとも思って。

そんなこんなで、もう9月に入ってからはほぼ毎日ネットで物件チェックしてましたね〜。
いくつか良さげなのもありましたけど、
大抵は今の家賃よりも1万円ぐらい上乗せした額の物件でした。
しかもそれでも色々シュミレーションしてみると、
うちの今のあほほどある荷物が入り切らないんですよ。
ちなみに今の部屋は、数字的には35平米ぐらいなんですが、
40平米ぐらいある物件でも、なぜかうちよりも狭く感じるんですよ。
作り的にも今の部屋は縦に配置されてるので壁が多いので、
物が置きやすい作りってのもあるんですけど。
あと抜群の収納力なんです。押入でいうと二間。
いやスペース的にいうと三間だな。しかも二間分の天袋も付いて。
まあ今の家よりも離れればもっと色々安くて広いところは出てきそうでしたけど、
店からはこれ以上は離れたくないってのもありましたし。
そういうのもあって、予想通り物件探しは難航しました。

なんだかんだ言ってそのうちいいのが出てくるでしょ!
とは内心思ってたりもしたんですが、
予定してた10月も過ぎてくると、
精神的にもストレスMAXだったのもあって、
最悪このまま出なきゃいけなくなる時期までに、
コレだ!って物件見付からなかったらどうしよう…?
って思うようにもなりました。
本意じゃなくての引っ越しではないとは言え、
やっぱりテンション下がるような部屋には住みたくないですから。
とりあえず日々『頑張ろう!』と思えるような部屋じゃないと、
絶対に嫌だなあとは思ってました。
細かい条件は多々ありましたけど、
『この部屋に住みたい!』とか『この部屋なら頑張れる!』
と思えるかどうかというのが、1番の物件探しのポイントでもありました。

数ヶ月前からほぼ毎日のようにチェックしてたのもあって、
祐天寺・学大周辺の物件にはかなり詳しくなってきて。
一応「まあ強いて言えばココは悪くないかも」
という物件はいくつかチェックはしてました。
まあどれもコレだ!というまでの決め手には欠けてはいたんですけど。
あとやっぱり物件ってどんなに調べても、
内見してみないとわからない部分って多々あるんですが、
猛烈な忙しさで10月中はほぼ暇が無くて行けなくて。
11月になって入稿も終わってようやく一山超えて、
ちょっとだけ時間に余裕が出来たのもあって、
気になる物件の内見でも行ってみようかなあと思い、
ちょこちょこチェックしてた物件を改めて総ざらいして。
で、その決め手に欠けてた候補物件の幾つかが、
今月に入ってもまだ借りてが見付からず、値下げする物件も出てきて。
そのうちの1つでかなり眺望良好のマンションがあって。
最初に見た時は「ここの眺望はやばそうだなあ〜いいなあ〜」
とは思いつつも、値段が今の家賃より1万5千円も高かったので、
さすがにちょっと手が出んわ…と思ってスルーしてたんですよ。
そしたら今月に入って5千円値下げしたのを見て、
コレもしかして交渉次第ではもうちょい安くなるんじゃないの??
と思って、とりあえず試しに内見だけでもさせて貰うことにしたんですよ。

その日は久し振りに時間があったので、
気になってた3件ほど内見させて貰ったんですが、
ダントツに前述した物件が良くて。
なんか作りが今の部屋に非常に似てるんですよ。
2DKをぶち抜いて1DKにしたような作りというか。
今はシェアとかが流行ってるのもあって、
結構完全振り分け物件が多いんですけど、
オレの場合それだと同じ平米数でも物が置きにくくて。
あとそこは収納もまあまあだし、風呂場も結構好きなタイプの風呂場で。
残念ながら追い焚き付きではないんですが、窓は付いてるし。
それにも増してココの最大の魅力的な部分は、
10階角部屋という利点が思いっ切りな超絶景な眺望です。
まあでも、実は極度な高所恐怖症なんですよ。
余りの高さにちょっと最初は腰抜けそうでしたもん。
何度か下見てブルっときましたし。
ほんと高いとこって吸い込まれそうな感覚になって怖いんですよね〜。
あと環七沿いなので結構騒音がうるさいんですよ。
しかも窓も二重サッシとかじゃないし。
かなりナイスな物件ではありましたけど、
その2点がちょっとどうかなあ・・・というところでした。

でも担当の人が非常に丁寧で話しやすい人で、
内見させて貰いながら結構色々話したりしてたんですが、
最近5千円下がったばっかりなのは知っていたのもあって、
「例えばさっきのアノ10階の物件って、
もうちょっと家賃下がったりとかっていうのは難しいですかね・・・?」
的なことを恐る恐る聞いてみると、
案の定「実はアノ物件って最近5千円下がったばかりなので何とも言えないですけど、
交渉することは可能ですよ。まあ数ヶ月借り手も見付かっていないですし、
もしかしたらもうちょっと下がる可能性もあるかも知れません。」
って言われたので、とりあえず軽く家賃交渉して貰うことにしました。

でも家に帰っても、やっぱりアノ物件のことが頭から離れなくて。
マジで10階の高さにはビビりましたけど、
あの緊張感って、
いい意味で日々の生活にも緊張感をもたらせてくれるんじゃなかろうか??
的にいい方に考えれる様になって。
いや、それも勿論ですけど、
あの眺望を毎日見て生活出来るなんて、やっぱヤバいでしょ!と思って。
実は昔から高いところって好きなんですよ。極度の高所恐怖症ですけど(笑)。
オレの周りでは何人か高層階に住んでる人がいて、
Facebookとかでたまに素晴らしい景色の写真とか載せてたりするのを見て、
内心めちゃめちゃ羨ましくて。
「いいなあ〜いつかはオレも眺望のいいところに住んでみたいなあ〜」
とはずっと思ってたんですよ。
特に今の部屋の唯一の難点は、3階角部屋で窓も多くていいんですけど、
どこからも眺望がイマイチなんですよ。
ベランダ側なんて特に、すぐ目の前が隣の家だし。
なので余計に「アノ物件いいかも!」って思うようになって。
勿論家賃交渉次第ではありましたが、
久々のナンバーワン候補物件となりました。

交渉結果はもう翌日すぐに連絡が来て。
更に5千円はほぼ下がるんじゃないかと。
しかも正式に申し込みしてくれれば、
あと5千円下がるか交渉してみてくれるとのこと。
えー!あと1万下がったら今の部屋と一緒じゃん!
その家賃でアノ物件はまず無い!ってのもあって、
もう熱が一気に高まりましたね〜!
で、もう1回内見させて貰って、そん時にビビビと来たらもう決めてしまおう!
と思って担当の人に連絡してたんですが、
なっかなかお互いのタイミングが合わなくて。
で、その間も一応物件チェックはしていて、
新しい良さげなのも幾つかあって、
一応内見だけさせて貰っとこうかなあ〜とかも思って、
管理する不動産屋に連絡もしたりしたんですが、
いずれも内見以前に、写真ではチェックしきれない部分を色々と尋ねた時点で、
あ〜だったら内見するまでもないかなあ…って思ってしまって。
まあ勿論基準が既にアノ物件になってたのもありましたけど。

で、先週の日曜日の朝8時に再度内見しに行って来たんです。
タイミング的に担当の人とその時間しか合わなかったので、土曜営業後寝ないで。
酒臭くないかちょっと不安だったのと(汗)、さすがに猛烈に眠かったですけど。
1回目は夜だったし時間も短かったのでざっくりな印象でしたけど、
沢山の窓から見えるほんとに素晴らしいビューっぷりに、
ビビビと来まくりました。
ベランダからは東京タワーも見えました!
晴れたら富士山も見えるんじゃないか??ってぐらいの勢いです。
1回目よりも高さに対する怖さも多少感じなくなってました。
Facebook上で色々知り合いに聞いてみた時も、
「高さも騒音も意外と慣れて気にならなくなる」っていう意見が圧倒的に多くて。
まさにそんな感じでした。
内心ほぼ心には決めてはいましたが、
改めてココに申し込みすることに決めました。
いや、引っ越すんだったらもうココしかないと確信さえしましたね。

で、家賃交渉の最終結果が火曜日に出たんですが、
担当の人もかなり強気な交渉してくれたみたいなんですが、
結局目標額の1万円は下がらず、7千円止まりでした。
まあ恐らく下がってもそれぐらいのラインかなあとは、
内心思ってはいたので許容範囲内でしたけど。
それでも数ヶ月前に出てた額から考えると1万2千円も下がったことになるし、
今の家賃とは3千円しか変わらないのでいいかなと。

あと家賃交渉と同じぐらいなにげに入居審査が心配だったんですが、
届いたメールには特にそこには触れてなくて、
「以上の条件で宜しければ契約日と入居日を決めてご連絡頂けますでしょうか?」
的な感じだったので「あ、審査合格なんだ!」とか思いながら(笑)。
でもちょっと前に担当の人からは、
「ナガサワ様は非常に礼儀正しくしっかりした方ですし、
ナガサワ様のお人柄については、自信をもってオーナー様にお伝えしておきます。」
って言われてたので、多分大丈夫かなあ〜とは内心思ってましたけど。
てかやっぱ職業柄もそうですが、昔から外見で判断されやすい部分も多々あるので、
いわゆる堅気の職業の人に、
ちゃんとそういうのが伝わったのは非常に嬉しかったですけどね〜。

て訳で早速昨日今住んでる部屋の管理会社に電話して、
正式に今月いっぱいで契約を終了することになりました。
厳密には12月2日の日曜日までですけど。
通常は契約的には月末締めなんですけど、
どのみち退去後いずれ取り壊すので2日分はおまけしてくれました。
後ほど書類関係も郵送されるみたいです。今の部屋もあと20日間ぐらいですか。
とりあえず長らく探し続けた物件はよおおおおやく決まりましたけど、
これからがまた大変ですけどね…。手続きやらなんやら。
しかも内心余りなりたくなかった世田谷区民になります(笑)。
思えば上京してから、大田区→渋谷区→目黒区→世田谷区の遍歴になります。
世田谷区役所遠い〜。まあ職場は20年近く世田谷区ですけど(笑)。

そんな訳でひとまず今回の、
【NEVER ENDING 物件探し STORY 2012 】はなんとか無事完結致しました。
いやあ〜しかしほんとに今回は長かったし疲れ果てました…。
でもほんと、ただでさえ師走に突入するって時に引っ越しなんて、
まだまだいささか不安ではありますけどね〜。
あと細かい色んな問題も出てくるだろうし。
とはいえほんと、引っ越してもいいと思える様な物件が出てきて内心ホッとしてますけど。
とりあえず新しい部屋がちゃんと諸々片付いて落ち着くのは、
恐らくなんだかんだ来年1月の中旬頃とかになりそうな気もしますね〜。
しかし考えてみると2012年という年は、
歯医者と引越で終始した1年と言える様な気がします。
ほんと歯医者と引越の1年だったなあ〜。
歯医者も未だ通ってる最中ですが、
なんだかんだ悪いところ良くなってるし、
引っ越しも最終的にいい物件見付かって無事引っ越せそうだし、
終わってみれば実のあった1年だったかも知れませんけど、
それにしても色々としんどかった1年でしたねえ、今年は。

久々の更新で、且つ相変わらずの超長文っぷりでしたけど、
TwitterやFacebookで繋がってる人にとっては、
だいたいの流れは読むまでもない感じだったかも知れませんが(汗)。
ちなみに、今年は少なくともあと2回はどうしても書きたいことがあるので、
出来れば更新したいと思ってます。
ほんとは今回引っ越しのことじゃなくて違う内容のことを書いてたんですが、
なんか珍しくどこまで細かく書いたらいいのか迷い中で、
今回はとりあえずスルーしたんですが。
ヘタしたらこのままお蔵入りの可能性も大ですけど。
まあ余り期待はしないで待っててください(笑)。


CA3I0411

※2度目の内見時に撮った部屋からの朝の眺望。

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