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あけましておめでとうございます。世の中もボクの人生も一体どうなっていくのか全く一寸先がわからない様な状態で始まった2021年でしたが、どうにか生き延びれてとりあえず安堵しております。一昨年ほどではありませんでしたが、去年もほんとになんだかんだと色々ありましたね~。て訳でもはや無駄に新春恒例のナガサワ的20大ニュースカウントダウン、例の如く無駄に長いので早速いってみましょう(笑)。
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第20位「素麺ブーム」
夏場は全然食わなかったのに、9月に入ってから唐突に起こった素麺ブーム。7月に頂いた高級三輪素麺をいい加減頂こうと思った時に「折角だし映え意識して巻いてみますか!」と初めて巻いてからまさかのどハマり。今まで素麺てそんな大して好きじゃ無かったんですけど、ちゃんと好きな薬味(小葱・大葉・茗荷・すだち・おろし生姜)も用意して更に巻いて食べたらコレが美味くて飽きなくて。巻くのって勿論見映えもいいんですけどめちゃくちゃ食べやすいんですよ。いやー写真見てたら久々に食いたくなってきました(笑)。
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第19位「デスクトップ用にミニサブウーファー導入」
一昨年の年末ぐらいから、デスクトップ用で長年使ってるパワーアンプ内蔵の小型スピーカーに合わせて小柄なサブウーファーでいいのないか色々調べまくってたんですが、サイズ的にも1番良さげなコレが、状態のいい美中古で年始にメルカリで半値で出てたのでゲット。机上での置き場所迷いましたけど自然と背筋も伸びるしと、思い切ってiMacの下に配置。実際音出してみたら想像してたぐらいの丁度いい塩梅の音圧で。やっぱ低音に厚み出るだけで全然音像変わってきますね~。もはや1年近く使ってるので、コレが普通になっちゃってるので感覚も麻痺気味ですが、作業中のBGMの音が格段とアップして非常にいい買い物をしました。
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第18位「STREAMING YAMA-TATSU & KDMT NIGHT開催」
一昨年の夏に開催した『配信YAMA-TATSU NIGHT』をまたやろうと思ったんですが、昨年はちょっと趣向を変えて、なんと大田区のボクの家までわざわざLADY-Kさんに来て頂いて(汗)、イベントとしては2年振り3度目となる『STREAMING YAMA-TATSU & KDMT NIGHT』として開催。配信は一昨年同様ツイキャスプレミア配信で。一昨年はツイキャスのイベントと重なって、開催時間中ずっと繋がらないというまかさの悪夢だったので、去年は一週間前にボク1人で無料予行演習配信までやったんですが、同じ設定なのに当日になったらまた重くて一瞬繋がらなくなって。もうマジで悪夢再びでしたよ…。とりあえず今回は1人じゃなかったし、不幸中の幸いでLADY-Kさんの番の時だったので手が空いてるボクがその間色々あれこれ設定変えたり工夫出来たので、結果1時間ぐらいは繋がらない時間がありましたが、その後はなんとか最後まで固まらず。しかしまあほんと、一昨年ほどではなかったものの、今回も焦りまくったし大変でしたよ…。ちなみに6月頃に、ナガタツ用に都合4枚目のオーダーシャツも無駄に製作。さて今年は配信じゃなくて有観客での『ヤマタツナイト』はあるのか否か。
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第17位「初のiPad購入」
前から寝床でAU時代に貰ったAndroidタブを閲覧用でよく使ってたんですが、昔からiOS慣れしてるのもあってレスポンスの遅さと使いづらさがずっとストレスで。6月頃ふと「中古でいいからiPadあるといいよなあ」と思い色々調べてみたらたまたまアップルの整備済製品に3年前の型落ちが出ててゲット。使ってなかったiPhone7も下取りに出して都合1万8千円ちょいで買えて。それ以降枕元に置いてしょっちゅう調べごととか閲覧用に使ってるんですが、やっぱいいですね~iPad。なんでもっと前から買わなかったんだってぐらい今やめちゃくちゃ重宝してます。
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第16位「ニュー掃除機購入」
3年前に買ったばかりのコードレス掃除機が、昨年春ぐらいから徐々に稼働時間が短くなっていって、11月末頃には遂に充電すらしなくなっちゃって。調べてみるとそもそもコードレスのバッテリーの寿命ってそんなもんらしく、しかも買い換えると1万ぐらいするので、迷った挙げ句諦めてニュー掃除機を買うことに。アホほど調べて考えまくった結果、一周回ってまさかの有線キャニスター紙パック式に戻るという選択を。しかも更に調べに調べて1番ベストな機種だと確信した、敢えて2期前のパナソニックの上位機種をわざわざ探しまくって新古品をゲット。いや、実はこの代までヘッドの先にLEDが付いてるんですけど、壊れた日立のコードレスにも付いてたんですけど、コレほんと細かいゴミも照らして見えてめちゃ便利なんですよ。使ってみて2ヶ月経ちますが、やっぱまあ有線だと色々面倒なことも多いですが、吸引力は一般機種に比べると大してある方では無いんですが、それでもやっぱコードレスに比べたらもう雲泥の差だし(やっぱココが1番重要)、キャニスター型にしてはアホほど軽いしビジュアルもいいしで大満足で超お気に入り中です。頼むし今回はすぐ壊れません様に!
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第15位「4年振りに機種変してiPhone12に」
春頃に4年振りにiPhoneを7から12へ買い替え。しかもその足で2年使ったUQモバイルから楽天モバイルへMNPも。UQ全然不満無かったんですけど、なんせ絶賛無職だったので楽天の1年間無料に釣られた的な。事前に買っておいたネイビーの耐衝撃ケースも装着。まあなんせ、なんと言っても充電がパワーアップして非常に快適になったのと、カメラの性能も格段とアップしてて写真が綺麗!もうもはやコレも普通になっちゃってますが、やっぱ機種変して良かったし、楽天も最初はちょっと難儀しましたが慣れたら全然問題無いし、結果MNPもして良かったなと。とりあえず今回のiPhoneも向こう4年ぐらいは大事に使おうと思ってますので、どうか壊れたり無くしたりしません様に!
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第14位「蒸し器でのカスタードプリン作り」
5月頃にふと久々に作りたいという衝動に駆られ、色々買い揃えて28年半振りに作って。最初はどうしてもすが入っちゃって見た目も食感もイマイチでしたが、その後もレシピや作り方を色々変えて地道に試作を続けて。プリンってほんとに繊細な食べ物で、レシピは勿論のこと、蒸し加減ひとつでもすぐすが入っちゃったり食感が変わったりと、作れば作るほど奥の深さを痛感してます。レシピ的に色々と試してなかなか着地点が見付かりませんでしたが、最近になってようやく「やっぱなんだかんだいってシンプルなレシピ且つ柔らかめの食感が美味しいかも」と思う様になり、ようやくナガサワプリンのレシピが固まった的な。半年掛かりましたよ(苦笑)。まだまだ探求の余地ありですけどね~プリン道。あ、あと時を同じく『4種のベリーソースのレアチーズデザート』なるモノを作り始めたんですが、こちらはまあ最初は何度か失敗もしましたけど結構早めにレシピも固まり、食べた人の評判もなかなかいいので、なにげに得意料理の1つに。フードでもたまに出してますので、プリンもレアチーズも機会があれば是非一度ご賞味ください。
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第13位「エスモードジャポン夜間コース入学及び職業用ミシン購入して20周年」
2001年4月9日からエスモード夜間のパターン科初級クラスに1年間だけ入学。夜間と言っても周りはみんな10代や20代の若い子ばっかで、10個以上歳が違う子達の中で(当時30歳でクラブ店長)とかなり浮いてましたね~(苦笑)。いきなり入学式の説明会で、年間予定のテロップにうちの元スタッフのエガちゃん(江頭くん/実はエスモードOB)が出てきてビックリしたり、当時髪の毛切ってくれてた美容師の友達の親友とたまたま同じクラスの隣の席だったり。夏前に夜間クラスが一同に会しての発表会みたいなのがあって、喋り慣れしてると思われたのか?なぜかボクがクラスの代表に選ばれて、直前に初の課題製作で作ったヘルムートラングをイメージした、シンプルで大人っぽい感じのスカートを前に、壇上で色々と説明したり(ちなみに直後の休憩時間に中・上級クラスの女子たちからスカートが大評判でしたけど!)。

余談ですが、ちなみに実は三宿Webがちょうど20年前から一気に営業日減らしたのはコレが理由だったんですよ。それまで日曜日以外は毎日営業してたんですが、もう10年クラブ業界で働いてきて将来のことを考えた時に、やっぱアパレル業界に転職したいっていう願望が強くなって。でもやるからには最低限の知識や技術を得てからにしようと、色々考えた結果、翌年からエスモードの夜間のパターン科に通うことにして。なので2000年の頭ぐらいにオーナーには年末で辞める旨は伝えて了承も得ていたんですよ。でもやっぱ当時のWebは既に幾つも人気イベントやDJを抱えて売り上げも結構ありましたし、オーナーにもなんとか続けられないか??的な打診も受けていて。秋ぐらいからボクも段々と「せっかくここまで作り上げてきたのに全てを捨ててしまうのも勿体無いなあ…でもやっぱ来年から専門も通うし毎日営業してってのはちょっと無理だなあ…」とは思ってたんですが、色々考えた結果、営業日をぐっと減らしてだったら学校との両立も可能かも?と思って一応オーナーにはダメ元で打診してみたんですよ。そしたら間髪入れずに「あ、全然それでいいよ!」とあっさりOKが出て(笑)。結局学校は1年しか通わなかったんですが、それまでほぼ余暇も無かった生活から一気に時間に余裕が生まれ色んなことが出来る様になり、給料は勿論減りましたがその分色んな部分で人間らしさを実感出来る様になり、一旦減らした営業日は長年ずっとそのままにしたっていう(苦笑)。
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第12位「悪夢のバイク事故から30年」
1991年9月27日の朝4時半頃、当時働いていたCAVEの営業が終わって帰宅途中、小雨降ってて掛けてたゴーグルが曇ってたのもあって赤信号に気付かず直進してて、気が付いたら左から直進の車に思いっ切りはねられて30mぐらい吹っ飛んで。雨の中遠目に、3週間前に初のローン組んで買ったばかりのベスパがぐしゃぐしゃに倒れてるのを見ながら「嗚呼、オレの人生終わったな…」って思いましたよ(苦笑)。左目尻パックリ切って大流血&左脚甲骨折して全治3ヶ月も、奇跡的に致命傷には至らず。いや、運が悪くて打ち所も悪けりゃ死んでたかも知れないし、死んでなくても致命傷負ってたかも知れないし。事故後30年経って初めて事故現場へも。当時はまだ若かったから全然理解してませんでしたけど、大袈裟ではなく、もしかしたらその後のボクの人生30年が全く無かったかも??て考えるとほんとにゾッとしますし、生かされたことに改めて感謝ですよ…。
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第11位「業界歴30周年」
詳しくはNOTEに書きましたのでこちらを。ちなみに30周年直前には、渋谷のDJ BAR Bridgeでフード販売をさせて頂いたんですが、Bridgeは今や業界では数少ない大先輩の有泉さんがボスの店で。実はちょうど30年前に『クラブで働きたい!』欲に猛烈に駆られて都内の主要クラブに電話しまくって3軒目に掛けた渋谷CAVEに拾われてこの業界に入ったんですが、1軒目に電話したのが青山MIXで、電話応対して頂いたのが当時店長だった有泉さんだったっていう。なのでこのタイミングでBridgeでフードをやらせて貰うというのは、個人的に非常に感慨深かったというか。まあ正直去年の春から浪人中だし、業界歴30周年と言い切っていいのかどうかもわかりませんが(苦笑)。まあでもやっぱ、どうしても30年前にこの業界に入った頃とかを感慨深く思い出したりしましたね~。
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第10位「遂に50歳に」
若い頃は漠然と「50になる頃には何かしらで大成してまあまあお金もあって…」とか思ってましたけど、まさか独身且つ無職で迎えるとは…(苦笑)。やっぱ結構重みありますよ、50代って。つってもじたばたしても仕方ないので変わらず頑張って生きるだけですけど。まあでもよくもまあこんな好きなことだけやって50年も生きてこれましたよ。しかも東京で。本当にボクの50年間を彩ってきた全ての皆さまに感謝です。記念すべき50の誕生日は、せっかくなので夜から無駄に記念に配信イベントも。ご参加くださった皆さま、観て頂いた皆さま、誠にありがとうございました。さして視聴者数多くもなかったけど、個人的には非常に楽しかったです。でもちなみに、もはや日付変わる数時間前からですけど、全く予想外にですけど、もうちょっと人生の中でも絶対一生忘れられないぐらいの「こんなの確率的に言うと何千万分の1ぐらいじゃないの??いやもはや何億分の1??」ってぐらい、極めて稀にみるロマンティックな事件が起こったんですけど。そういう意味でも、50回あった誕生日の中でも非常に濃厚でインパクトの強い日になりましたね~。
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第9位「一色海岸に通って20周年」
もはや毎夏恒例、去年もたけSEA軍団で一色海岸へ。一昨年はコロナ禍の折り、残念ながら営業しませんでしたが、去年は2年振りに海の家・さざ波へも。思えば2001年8月に、たまたま訪れたここが超気に入ってしまい、毎夏色んなその年の仲のいい友達たちを連れて通って去年で記念すべき20年。さざ波のおばちゃん達始め、皆さんお元気そうだったし、勿論ボクのことも憶えててくれて嬉しかったですね~。去年は4人のたけSEA軍団と共に。結果変なメンバーだったけど(笑)、天気も最高だったし久々の鎌倉→小坪→一色コースとたけSEA軍団フルコースで最初から最後まで最高でしたね~。去年は20周年記念イヤーだったのでなるべく回数多く行きたいと思ってたんですが、直後から緊急事態宣言発令でその後は一度も行けず…。まあでも逆に考えると去年は早めに行っといて良かったし、結果1回でも夏の一色海岸及びさざ波に行けてほんとに幸せでしたね~。これまでもこの先も、間違い無くボクにとって毎夏で1番の最高の癒しスポットです。
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※「何ブルーハワイ舐めでオレ撮っとんねん!」とツッコミを入れているブルーハワイの様なオレ(笑)。昨年1番の爆笑ベストショット。






第8位「三宿ニャンニャンタイガース20周年」
2001年の8月に勢いで始めた我が草野球部『三宿ニャンニャンタイガース(通称:猫虎)』がまさかの創設20周年を迎えました。せっかくなので記念Tシャツやキャップも製作。創設記念日の8月27日には、特別試合として長年の好敵手・ピエール学園と対戦。半ばお祭り気分でスタートも、終わってみればまさかの2-1という公式戦さながらの白熱戦でした。しかし何度も言ってますが、野球経験ゼロのボクがほんとにノリと勢いだけで始めた草野球チームが、まさか20年も続くとはビックリですよ。でもほんとに野球は1人じゃ絶対に出来ませんからね~。歴代の猫虎メンバーと対戦チームの皆さんに超感謝ですよ。ちなみに今年は22年の寅年という、正にニャンニャンでタイガースな年なので(笑)、いつも以上に気合い入れてやりたいと思ってます。まあでもぶっちゃけ、色々と問題も多々抱えてるのでどうなるか正直わからない部分もあるんですけどね…。さて今年は色々とどうなることやら。
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第7位「おむすび作り10周年/ARIGATO OMUSUBI/17年振りの炊飯器買い換え」
2011年1月に、実家から送られてきた山形のブランド米『つや姫』の美味しさに驚愕したと同時に、試しに作り始めたおむすび作りがなんと去年で10周年でした。今やもうちょっとしたつや姫大使且つ草おむすび家としても活動中です(笑)。10月からはなんとフード販売する時の名称を、ボクのおむすびを一度でもご購入頂いたことがある方ならご存知だと思いますが、長年おむすびを包むラップに貼っている世界6カ国(日英仏伊葡独)の「ありがとう」がプリントされたテープから取って『ARIGATO OMUSUBI』として活動することに。しかしコレもほんとちょっとした思い付きで始めたものの、こんな長く且つ真面目にやることになろうとは…。人生とはわからないもんです。でも昔から「美味しいご飯炊ける様になりたいなあ…」とはずっと思ってましたし、自分でいつでも美味しいご飯が炊ける様になっただけでもほんとに幸せなことです。あとそれにも伴って実に17年振りにニュー炊飯器も購入。そちらの方はこちらに詳しく書いてますのでご覧ください。
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第6位「まさかの四十肩(五十肩)」
一昨年の年末ぐらい、ちょうど草野球のシーズンが終わってすぐぐらいの頃から急に右腕というか右肩周辺に激痛が走る様になって。最初は寝違えたかな…ぐらいの感じでしたが、徐々に痛みが尋常じゃ無いぐらいに増してきて、生活するレベルでも結構辛いことが多くなってきて。気が付けば右手がもう背中側に回らない様になっちゃって。トイレでおしり拭けないんですよ、痛くて。洋服着る時や脱ぐ時も大変だったり。いい加減これはヤバいと思い、春先頃に整形外科へ。真面目にリハビリ通ったんですがなかなか良くなる気配もなく。そんな話しを瀧さんにしたら、瀧さんも5,6年ぐらい前に四十肩患ったらしく漢方で治ったとのこと。そんな訳での藁をもすがる気持ちでの初漢方も。でも錠剤だったからか、残念ながら全然効きませんでしたけどね~。でも夏場海に行って泳いだ辺りから劇的に可動域が広がる様になって。それまではボールを下から投げるなんてことも出来なかったのに、それ以降徐々に痛みも減ってギリギリ短い距離なら投げれる様にはなって。とは言え腕は未だに真上には上がらない状態ですけどね…。でも正直最初が余りにも重症過ぎて「これもう一生治らないかも…」とか「最低でも2年ぐらいは掛かるだろうな…」とか思ってたので、予想してたよりもだいぶマシになってほんと良かったです。まあでも完全に治るのにはやっぱあと1年ぐらいはかかりそうな気もしてますけどね…。
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第5位「毎週土曜日に神田・手と花でフード販売を」
一昨年の秋にふとしたことからちょいちょい顔を出す様になった神田のオアシスこと、オルタナティブアートスペースギャラリーカフェ『手と花』で、これまたふとしたことから11月の第2週から毎週土曜日にフード販売及びBGM担当させて頂くことになって。まあなんせ神田なんで、11月とかは結構人も少なかったし不安にもなりましたが、先月ぐらいから毎週誰かしらボクの知り合いもちょくちょく来てくれる様になったり、手と花の常連の人達とも多数顔見知りになったり仲良くなったりして、ほんとに楽しくやらせて貰ってます。そもそも店主の千絵子さん(共同オーナー且つ旦那の手塚さんも)とは25年来ぐらいの知り合いだったんですが、手と花に通う様になって更に仲良くなった的な。ほんと千絵子さんはネ申さまみたいな人なので毎度めちゃくちゃ癒されますし(笑)。

そもそも10月ぐらいに結構精神的に若干病んで「いい加減11月以降は毎月家賃分ぐらいは稼がないとヤバいな…」と決意した途端に手と花でのフードが決まったのもありましたし、ほんと色んな意味で助かりましたね~。経済的にも精神的にも。週に1度とはいえ、やっぱ日々の生活にも精神的にも張りが出来たというか。毎回結構な量作って持って行くので前日から仕込むことも多々ありますし、当日も早朝から6時間ぐらいノンストップで作り続けて、出来たら即神田まで行って終電まで売り子というなかなかのハードワークですけど、実際手と花でフード売り始めた11月から運気も上がった気がしますもん。やっぱ引き籠もってたらいいことないな…とは改めて思いましたね~。勿論世の中には色んなタイプの人がいるので、外に出ると嫌な思いやら辛い気持ちになったりすることもたまにあるんですが、それ以上に楽しいことやいいことの方が多かったりしますし。ほんとある意味去年末のボクにとっての救世主的な存在だったかも知れないですね~毎週土曜日の手と花でのフード販売は。マジで超感謝です。
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第4位「Kit Galleryでマンスリー展」
7月3日~11日までの9日間、チャーベ君のご厚意で原宿のKit Galleryで三宿Webのマンスリー展を開催させて貰って。ちょうど緊急事態宣言の合間だったのもあり、お酒も出させて貰って。それに伴い大人気カクテルだった『MISHUKU』も復刻販売。正直やる前は多々不安もありましたし、準備から含めて13日間ずっとドタバタ続きでしたけど、結果本当にやって良かったし楽しかったです。なにげに結構内心不安だった売り上げも予想より遙かにあって安心もしましたし金銭的にも非常に助かりましたけど、それ以上に「オレって接客業は全然向いてないと思うけど、とは言えやっぱ接客業好きなんだなあ~」と改めて今回自ら再確認出来たのが非常に大きかったですかね~。30年振りの毎日の原宿通勤もなんだか懐かしかったし。どえらい疲れましたけど、本当に最高の9日間でした。生憎の天気の中、よく見る顔から超久々な方まで、多数ご来場頂きまして心から感謝しております。何よりもこの機会を与えてくれて且つ自由に使わせてくれて且つ設営まで手伝ってくれたチャーべくん!マジでありがとうございました!
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第3位「弘晃の披露宴で初の主賓」
4月末、元スタッフ・弘晃からのオファーで初の披露宴で主賓を。頼まれたのはもうだいぶ前だったんですが、タイミング悪く3月末に急遽4月いっぱいでの三宿Webの完全閉店が決まり、もうずーっとスーパードタバタしてる最中で。三宿Webのサヨナラ顔見せ営業も基本金土日しかやらない予定でしたし、披露宴出るとなるとその日(土曜日)は営業も出来なくなるし、とにかくもう本当に三宿Webのことで色々と頭がいっぱいで、弘晃の披露宴のことを考えてる余裕が全く無くて、正直言って内心「いやあ、タイミング悪かったとはいえ余計なこと引き受けちゃったかな…」ぐらい思ってました。もう何度かテンパり過ぎて「直前で申し訳ないけど断ろうかな…」ってことも頭を過ぎったぐらい。

とりあえずギリギリまでは考えない様にして三宿Webのことだけに全集中してたんですが、披露宴10日ぐらい前になって「さすがにちょっと色々と準備しないと…。そもそも主賓って何すんの??」って思って色々調べ始めたんですが、正直なところ主賓の意味も全然よく理解して無くて。「来客の代表的に壇上で挨拶とかすればいいんでしょ??」ぐらいな軽い捉え方でした。でも調べれば調べるほど、どえらい大役だということを痛感して。そして調べれば調べるほど自分が如何に結婚式(及び披露宴等)に於ける一般的な常識を知らないことを痛感して。過去何度も式や披露宴やパーティーには出席し、司会歴も過去14回もあるのに、まあ勿論大半が余り常識には当てはめなくてもいい様なカジュアルなパーティーではありましたが、格好ひとつ取っても今考えると本当に恥ずかしく思えるぐらい何もわかってなくて…。

しかも今回は場所もちゃんとした立派な会場で、新郎新婦の親族も出席する様な格式高い披露宴で、且つその主賓を務めなければならないという、マジでとんでもなくどえらい大役を軽い気持ちで受けてしまったことに正直悔いましたよ(苦笑)。しかもこんな大変な時期に。いやーマジでどうしよう…って何度も頭真っ白になりましたし、考え過ぎてもう頭がおかしくなり掛けたことも。マジでちょっとしたノイローゼ気味になったりもしました。もう完全に精神的に追い詰められて、もはや「もう色々諦めてあんまり難しく考えずに今まで通り軽い感じでやろうかな…。1回自分が恥かけばいいいだけだし。」とか無駄に開き直りかけた時もあったり。

が、色々調べていく内にこんな文献を読んでボクの中の考えが一変。『主賓とは新郎が指名する来賓客の代表的存在であり、その主賓が粗相をしたり落ち度があった場合、せっかく指名してくれた新郎の顔に泥を塗ることになるので、しっかりと務めなければいけません。』いや、ボクが恥をかけば済む話しなら全然我慢も出来ますが、新郎である弘晃の顔に泥を塗ることだけは断じてダメだ!とばかり、そこからはもう完全にスイッチ入りましたね~。

もう暇さえあれば色々と調べまくって。いやもう尋常じゃ無いぐらい調べまくりましたよ。粗相があると弘晃の顔に泥を塗ってしまう!と自分にめちゃくちゃプレッシャーをかけて(笑)。まず1番の問題でもあった格好は『普通のスーツでは無くなるべくタキシードが望ましい』ということで、いっそのこともうなんなら買ってしまおうかとも思いましたが、今後着る機会もほぼ無いしと思い、色々調べて考えて迷った挙げ句、なかなかいいショップを見付けたのでレンタルすることにして。

ここまででもだいぶ時間を費やしましたが(笑)、次は最重要課題でもある『主賓挨拶文』の作成ですよ。そしてここでも衝撃的な事実を知ることになります。正直なところ、ボクの得意分野でもある『ちょっとユーモアや面白エピソードとかも交えた挨拶文』的なモノをイメージしてたんですが、例えば昔はこうだったとか、笑いを誘う為に新郎をちょっとでも卑下したり貶める様なことは一切言っちゃダメらしいんですよ。あとNGワードも幾つもあって、縁起が悪い様な言葉は一切使っちゃいけないと。それがまあ〜〜〜結構多くて…。「こんなの全然面白くも何ともない真面目腐った文章にしかならないし、オレの良さが全然出せないじゃん…」と愕然としましたが、まあでもやっぱり「オレの挨拶がウケるウケないよりも、弘晃の顔に泥を塗れん…」ってことを尊重して、如何にも主賓的な真面目な文章を考えて。3日間ぐらい熟考して直しに直して完成させましたかね~。

まあそんな怒濤の1週間を過ごし披露宴当日を迎えた訳なんですが「今日ばかりは全てを忘れて弘晃夫妻を祝おう!」と思ってたのもありましたし、元々涙脆い性格なのもあって、披露宴の前の人前式で新婦の美里ちゃんが入場するところから早くもヤバくて…(苦笑)。新郎の弘晃は20歳からうちのスタッフになったんですが、甘いマスクに感性も豊かで、手先も器用で要領も良く、歴代のスタッフの中ではかなり仕事は出来る方だったんですが、如何せん当時は若さ故の人間的な甘さや未熟さが多々あって、正直ボクの中ではダメなスタッフの部類に入ってたんですよ。でも出来の悪い子ほど可愛いじゃないですけど、立派になった姿を見てもう最初から最後まで感極まり過ぎて、久々に涙腺崩壊しまくりましたね…。もはや最後は顔見るだけで泣いてたかも(苦笑)。間違い無く去年で1番泣いた日ですね。

ちなみに肝心の主賓挨拶は、めちゃくちゃ緊張しましたが、もう開き直ってカンペ読みながらだったのもありましたし、マイク慣れは普通の人よりもしてるし(笑)、幼少の頃から先生に本の読み方上手いってよく褒められるぐらいだったので、まずまずの出来だったんじゃないかと。まあでもやっぱ内容が固すぎて全然オモロくもなんともない文章でしたけどね…。一般常識ではそうなんだろうけど、場の空気的にも、もうちょっと砕けた文章でも良かったかなあ…とはちょっと思いましたね。前述した格好云々にしたって、会場に来てた人らの格好見たら、いわゆる一般常識的な部分から言えばナンセンスな格好してる人も多々いたし、むしろ結婚式の一般常識を知ってる人の方が圧倒的に少ないでしょ?感も多々感じましたし。

でも今回思ったのは、そもそも三宿Webで歴代のスタッフたちによく言ってたのは「どんなことでも、例えそれが好きなことじゃなくても、やりたくないことでも、一生懸命やりなさい。」ということで。それこそが三宿Webに於ける『ナガサワイズム』だし、在籍時の弘晃にも似たようなことでたびたび注意したりしたこともあったのに、最初忙しいことにかこつけて一瞬「何なら適当にやり過ごそうか…」としてた自分に対して「今まで偉そうにスタッフに言ってきて、オレは一体何をしてるんだ??」とめちゃくちゃ恥じましたよ。主賓に指名されなかったらもしかしたらこの先もずっと『主賓とは?』って部分も『結婚式の常識とは?』という部分も曖昧な理解のままで終わってたかも知れないし。やっぱなにごとも基本あっての応用ですし。あ、コレもまた三宿Webでボクがスタッフたちによく言ってたことですけど(苦笑)。いやあ、ほんとに今回は完全に結果的に弘晃に色々と逆に教わった感が強いですねえ。ほんとにお恥ずかしい話しですが。でもそういう意味でも非常に印象深く貴重な経験になったと同時に、お世辞抜きに全てに於いて本当に素晴らしい宴で非常に感動しましたし『親しい人間からこんな大きな感動を与えられるってなんて尊いことなんだ!』と改めて想いましたよ。本当にありがとうね、弘晃。
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第2位「三宿Web完全閉店とロゴ入りグラス販売」
詳しくはこちらのブログを。一昨年閉店することを発表したもののなかなか閉店しませんでしたが、遂に的な。しかも急に(笑)。お陰でこっちはスーパードタバタでしたが。まあでも数日間の顔見せ営業ではありましたが、沢山の方に来て頂いて有り難かったと同時に嬉しかったですね~。ゴールデンウイーク中は三宿Webでのさよなら配信も。色々トラブルも多かったしほんっとに疲れましたけど…。しかもただでさえ疲労の蓄積でヘロッヘロだったのに、最終日は4時間掛かって1人でDJブース内の撤去及び移動と、4月~5月のゴールデンウイーク終わるまではもうほんとに精も根も尽き果てましたよ。まあでも当時ボク1人でやれた最低限のことは出来たんじゃないかと思いますし、最低限の達成感はありましたけど。

一昨年閉店が決まったと同時に、最後に営業する時は長年使ってたロゴ入りのグラスを売ろうとは思ってたんですが、最後の営業が急に決まったこともあり、急遽大急ぎで大量に作って。あっという間に無くなって中古グラスまで販売することに。それもすぐ無くなって追加で更に作って。グラスはTシャツとかと違って発送するのがなかなか大変なのもあって、なるべく直で売りたいなあとは思ってたんですが、やはりというか通販希望の方も非常に多くて。でもどうやったら無理なく無駄なく発送出来るかめちゃくちゃ調べて、サイズに合いそうな段ボールやら緩衝材やらも大量に購入して。なんせ発送中に割れたり住所間違えたりしたらどえらい損失になるので、細心の注意を払って。いやーマジで最初はめちゃくちゃ難儀したし大変でしたよ。途中からは要領も得たのでだいぶ楽になりましたけど。

ちなみにお陰様で、グラスがもうほんとにビックリするぐらいの数売れて。マジで凄い数ですよ。そのお陰で去年1年どうにか定職にも就かずに生活出来たってぐらい。あ、勿論閉店記念TシャツやらKitでの展示やら他にも要因はありましたけど、グラスの販売はほんとに助かりましたよ。ちなみにボクが余りにも定職に就かないので、一部では『実家が金持ち説』とかもまことしやかに流れてたみたいですが(笑)、全くそんなことは無く。雇用形態が特殊だったこともあり失業保険も貰って無ければ勿論国からの助成金貰ってとかも無く、なんとか知恵を絞ってどうにか自力で小銭を稼いで生活してますので。まあそもそも独身で贅沢するタイプじゃないし、滅多に飲みに行ったり遊びに行ったりもしないし(コロナだったから余計に)、ほとんど自炊してるしで(コロナだったから余計に)、大してお金使わない生活してますし。いやほんと、この2年どうにか生活出来てるのは大雑把に言えば去年はTシャツ今年はグラスと、ほんとに皆さんのお陰としか言いようがありませんよ。この場を借りて改めてお礼を申し上げたいと思います。物販をご購入の皆さん、本当にありがとうございました!
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第1位「ちょうど1年前に起こった出来事」
すみません、1位なのに余り詳しくは書けないんですが…。まあだいぶ端折りますが、一昨年の秋頃、ボクが19~20歳ぐらいの頃大ファンだった人(女性)と、共通の知り合いがいたのも手伝ってまさかの某SNSで繋がって。で、正に1年前の今日の夜にその人から「ちょっと相談したいことがあるんですが」とメッセージが来てめちゃくちゃ緊張しながらも急遽電話で話すことになり。その相談事は残念ながら協力出来る様な案件ではなかったので、軽く話してすぐ切る感じかと思いきや、気付けば5時間ぐらい長話して仲良くなって。話しの流れで2日後に彼女が住む街まで出向いてランチして。その後近くの大きな神社まで初詣に行ったりしたんですが、気が付くとお互いが惹かれ合うというまさかの事態に(だいぶ端折りましたが)。いや、ボクは昔大ファンだったのでまだわかりますが、まさか昔大ファンだった人がボクみたいなもんに興味を持ってくれるとは夢にも思うハズもなく。マジでビックリして。しかも更に驚くべきことに、三宿Webに1度も来たことがないばかりか、三宿Webがどういう店だったかとか、ボクが今までクラブシーンでどういう実績があったかとか、全く知らなかったんですよ…(SNSで繋がってからは多少は認知したみたいですけど)。

初めて逢った日の帰り道、余りの急展開にちょっと頭の中も混乱してましたけど、ちょっとまさかの凄いことが起こってるとも思っていて。で、帰宅して家で飲みながらふと、なんか急に上京した当時のこととか色々想い出して。上京して間も無い頃はほんとに超田舎者だったし、友達と呼べる人もほとんどいず彼女なんて夢の夢ぐらい超孤独で、金も時間も無くて正に修行の様な辛い日々が2年ぐらい続いて。そんな頃彼女はキラキラと輝いてて、間違いなく手の届かない様な遠い遠い憧れの存在だった訳ですよ。それが30年の時を経て、奇跡的な縁もあって距離が縮まり、お互いが惹かれ合うなんて状況がまさか来るとは…。なんだか色々と感慨深過ぎて、上京直後辛かった頃が走馬燈の様に蘇ってきてボロボロ涙出てきて。「最初はほんとに辛かったけど、上京して良かったし、この30年間辛かったことも大変なことも多かったけど、一生懸命自分なりに頑張ってきて良かったな…」とかしみじみ思ってしまって(苦笑)。しかも今住んでるのも上京時と同じ大田区だし、こんな30年経った今、まさかの彼女とこうして繋がったのは「なんていう縁だしドラマなんだ!」と思って。

が、もうオチから先に言ってしまいますが、結局のところは最終的には色々と問題もあって彼女とは上手くいかずお別れすることになるんですが。その間実に2ヶ月半ぐらいの短い期間なんですが、でもほんとに色々あり過ぎたし濃密過ぎて、半年間ぐらいの感覚はありますかね~。家も結構離れてたので、実際逢ったのも数回だけですし。でも電話とメールのやり取りはかなり頻繁でしたし、結構お互いにかなり深いところまで話し合いましたけど。上辺だけの話しだったらキラキラした様な想い出に思えるかも知れませんが、実際のところはほんとに結構大変なことも多々あって。色々考え過ぎて何度もノイローゼ気味にもなったし。正直7割ぐらいはしんどい想い出の方が多かったんですけどね。

出逢ったのが奇しくも50歳の誕生日前だったし「コレはもはや運命だったんじゃないの!?」ぐらい思ったし、最初は2人とも燃え上がってた部分もあったので、内心「もしやコレ50歳の誕生日にまさかのSNSで電撃入籍発表も!?」っていう期待感も無きにしも非ずでしたけど、まあ結局ありませんでしたけどね(苦笑)。でも出逢ってすぐぐらいの頃は「コレまかり間違うとマジで勢いで入籍してたかも??」的な感じは実際あったんですけどね。まあ最終的には儚い妄想で終わりましたけど(笑)。

終わった直後は結構精神的にもヘビーでしたし、直後三宿Webの閉店が急に決まったのもあって、正直感慨に浸る暇もなかったんですけど、時間が経つに連れてふと振り返ると、やっぱ未だに信じられない様な出来事だったし「生きてると色んなサプライズな出来事は稀に起こったりするもんだけど、50手前にもなってまだこんなサプライズがあるのか~!」とも思いましたよ。同時に「ほんとオレって振り返るとラッキーで幸せな人生だよなあ」ともつくづく思いましたし。まあ現状50で定職にも就かず独身ですけど…(苦笑)。でもその分色んな貴重な経験させて貰ってると思ってますよ、ありがたいことに。まあでも、こんな奇跡的なことが起こっても、最終的には結局上手くいかないってのも、ほんと如何にもボクの人生らしいなあとかも思ったり(笑)。でもそもそも年々異性に対するモチベーションも無くなりつつありましたし、正直「もう我を忘れるぐらい女性を好きになるなんてことも無いかもな…」ぐらい内心思ってましたし、そう考えるとほんとにありがたいことだし、彼女には未だに超感謝ですよ。
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そんなこんなな2021年でした。年が変わって「今年は一体どうなるんだろう…??」とマジで戦々恐々でしたが、終わってみれば定職にも就いてないのにどうにか1年生き延びれて安堵的な…。コロナもようやく納まりつつありましたが、またここに来て第6波来つつある中スタートした2022年ですが、正直言って2021年以上にもう一体ボクの人生どうなっていくかさっぱりわかりません(苦笑)。新年早々色々と波乱含みだし…。 IMG_9664X








前述した様にKit galleryでマンスリー展させて貰って、ボクってほんと「長年接客業とか絶対向いてない」と思ってたのになにげに好きなんだなあ〜」ってことを再確認して、だったらやっぱ今後も色んな面白い人が集まれる様な店(クラブ的な店じゃなくても)をやりたいなあという願望が生まれましたし、マジでちょっとやろうかなと思う様にもなったんですが、数ヶ月時間が経つとまた気持ちや考え方も変わるもんで。貯金もだいぶ減りましたし(苦笑)。いや、勿論チャンスがあれば自分の店をやってみたい気持ちもあることにはあるんですが。でもまた今はフラットな感じに戻ってますかね。
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いやーマジでどうなるんでしょうか?ボクの2022年。正直マジで現状不安しか無いし、今のところ全然いい年になりそうな予感は皆無です。とりあえず職を何とかしないと確実に今年は食ってけないでしょうし。やっぱ現状1番はソコでしょうけどね。でも他にも不安要素は多々ありますが…。まあでもある意味逆にそういうのも楽しんで生きていこうとは思ってますけどね〜元々逆境フェチなとこもあしますし(笑)。本当の逆境になった時に自分はどういう考えに至り、どういう選択をするのか?ってのも自分自身客観的にちょっと興味深いところもありますし。つってほんとに切羽詰まったらそんな流暢なことも言ってられないとは思いますけど。まあでもそういうのも含めて。まあ今までギリギリとは言えラッキーな人生だったので、そろそろ結構な苦境があってもおかしくもないですしね…。え?いや、でもまあまああったけどな…(苦笑)。
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あと個人的には、2022年は一生忘れないであろう地獄の様な悪夢の半年間だった2002年からちょうど20年が経つんですよ。もはや遂にというか。コレもまたボクの人生を語る上でどうしても語らなければいけない"哀しい事件"だったので、遂に語らなければいけない年になってしまったのか…的な感もあって。まあ別にわざわざ語らなくてもいいんですけど(笑)。あと年末にはボクの人生を大きく変えた渋谷・THE ROOMも30周年を迎える訳で。あと秋にはボンゴレ歴も30周年ですよ(笑)。いや〜今年もそういう意味では色々感慨深い年になりそうですよ。
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今回も漏れなく長くなりましたが、とりあえず今年も変わらず『時の流れに身をまかせ』的に地道に頑張ろうとは思ってます。ほんと全ては導かれてると思ってるので。それは最終的にいい方向に。その時は最悪だったとしても着地点は1番ベストな所に的な。ほんとここ数年はずっとそういう運命になってますしね~不思議なことに。なのでなるべくどんなことがあろうとも冷静且つ客観的に居ようとは思ってます。そして自分の気持ちになるべく嘘を付かないで、なるべく思うがママに行動した方がいいような気もしてます。勿論適当にとかはダメですけどね。迷った時はしっかりと熟考して。それが正に導かれてるというか流されるというか(結果いい方向に)。て訳で今年も、いや今年はほんとに色々と過渡期になりそうな気配が超濃厚ですが、最終的にはいい方向に着地出来ることを信じて、本能のままに流されて行こうと思っております。そして基本は引き続き『好きなことはとことん一生懸命に!好きじゃないことはまあ適当に!』をモットーに。って訳で今年は良くも悪くも何かが起こりそうな2022年、温かくお見守りください!何卒宜しくお願い致します!
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