ナガサワブログ PART3~この熱い魂を伝えたいんや~

D級草どインディー老舗クラブ"三宿Web"店長ナガサワの趣味や考え方や日常が垣間見れる独り長文炎上ブログの続々編。

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※さて予告通り、昨日に引き続き後編です。
まあでも前編と後編と言っても、
一つの文章をただ単に二つに分割しただけなので、
起承と転結的な風情ではありませんので、
くれぐれもご了承の程。



武士道の精神や思想って、
個人的には非常に共感を憶える倫理ばかりで、
非常に感慨深く感じました。
ほとんどの事が日々生活していく上で、
常にテーマにしてる事や、目標にしてる事ばかりでした。
まあでも、武士道だけにとどまらず、
"人として"っていう部分での理想的な生き方って、
どんな宗教的理念や、道徳的理念に於いても、
さほど変わらないんじゃないか?というのは、
個人的な見解ではあるんですけどね。
でも武士道って元々男にとっての倫理観だった事もあり、
人としてっていう部分プラス、男としてっていう部分が、
非常に強い精神倫理だとは思いました。
そこがまた、日本に生まれた男として、
武士道に惹かれる要素でもあるんでしょうけどね。

昨今の凶悪事件や凶悪犯罪は元より、
ちょっとした事ですぐに切れる奴や、
思い通りにならないとすぐに暴力を振るう奴って、
もうそれこそ身近にも溢れてるじゃないですか?
いやもう日常茶飯事レベルだと思うんですよ。
そういう状況って、個人的にはもうほんとに悲しくて。
オレってしょっちゅう、友達からでさえ、
昔ヤンキーだったでしょ?とか、
相当やんちゃだったでしょ?とか、
すぐ切れそうとか喧嘩っ早そうとか、
挙げ句の果てには殺されるかと思ったとか(笑)、
外見からの勝手な判断で、誤解される事が非常に多いんですが、
学生の頃なんて、
悪い事は一切しない華奢で気弱な優等生でしたし(多分)、
自分の意識の中では今まで一度も切れた事もなければ、
人を殴った事も無いんですよ。
殴りたいと思った事すら無いですし(多分)。
勿論殴られた事は何度もありますけどね。
あ、付き合ってた彼女とかにも。
でもやり返した事とかもないんですよ。
まあこんな顔付きで、
腕と脚にはでっかい入れ墨も入ってますが、
ほんと、こんな平和主義な奴滅多にいないでしょ!ってぐらい、
自分では常々思ってるんですけどね。

やれ見た目だけでの男らしさを表現してる奴とか、
腕力や強さこそ男らしさの象徴だと思ってる奴って、
周りを見渡してもほんといっぱいいると思うんですが、
個人的には、全くもってそういう部分から、
ほんとの男らしさって感じないんですよね。
オレが、こいつカッコええ男やなあ!って思う奴って、
一様に、格好でも力強さでもなく、
ハートの部分がとてもカッコいい奴です。
如何に男気があるかどうかって部分。
おまえ、喧嘩は強そうに誇示してるし、
如何にも男っぽい格好や行動や言動してるけど、
ぜんっぜん男気ないやんけ!って奴いっぱいいますよ。
まあそんな奴は、個人的には絶対友達になりませんけどね。

これは結構前から思っていたんですが、
今格闘技やってる人口って、
一昔に比べると圧倒的に増えたと思うんですが、
格闘技やってるどれだけの数の人間が、
武士道の精神を持っているか?理解しているか?という事。
昨今のプロ格闘家を見ると、
武士道の精神とは掛け離れた素行の選手が、
悲しいかな多く見られます。
まあエンターテイメントの部分で考えると、
相手をののしったり挑発したりという部分は、
無論わからなくもないんですが、
戦い終わった後でさえ尚、
相手を小馬鹿にする様な態度とかを見ると、
非常に腹立たしい気持ちになります。
一時期のヒョードル・ミルコ・ノゲイラなんて、
どんな対戦相手でも必ず、
リスペクトの精神で戦ってたじゃないですか?
日本の格闘家こそ、そういう精神で戦って欲しいなあというのが、
個人的な希望でもあります。
戦国時代、激しく争っていた、
武田信玄と上杉謙信という二人の戦国大名のエピソードで、
こんな話しがあります。
ある時、他国が信玄の領地に塩が入らないように経済封鎖を行い、
信玄が窮地に陥ったんですが、この信玄を救ったのが、
なんと最大の宿敵であった謙信だったんです。
彼は「貴殿と争うのは弓矢であって、米塩ではない。
今後は我が国から塩を取り給え。」
と手紙を出し、
自国で取れた塩を、信玄の領地に供給したらしいんです。
"以前は最大の宿敵だった"とかならまだしも、
今も尚、生死を賭けて戦っている相手に対してという、
ちょっと凡人には理解に苦しむ様な、究極の精神世界です。

まあでも今回読んだ武士道には、
武士としての理想的な倫理道徳が書いてあるんですが、
果たして当時の武士は皆これを遂行出来ていたのか?
って考えると、いささか疑問も残ります。
ほぼ遂行出来ていたのは、恐らく一握りだったのではないか?
とも考えます。
勿論みな、理想や目標としての武士道は、
誰の心にもしっかりと根付いてはいて、
なんとかそれを遂行しようとは思ってはいるモノの、
なかなかそこまでの高い精神状態までは、
皆が皆もっていけなかったんじゃないか?というのが、
実際の現実だったのではないかと思うんですよね。
やはりいつの時代も、
"人によって"という個人差は必ずあるとも思うんですよ。
優等生もいれば劣等生も必ずいる的な。
まあとは言え、封建社会時代の世界なんて、
甘っちょろい現代社会の人間からは想像も出来ない様な、
非常に厳しい世界だったでしょうし、
そういう環境で生きていた武士の思考や生態なんて、
全体のレベルで考えると、想像を遙かに超えた、
かなり高いモノだったとは思いますけどね。
まあでも、前例を挙げた信玄と謙信のエピソードにしても、
誰しもが究極の武士道精神を遂行していたのであれば、
全然当たり前の事として、
後世に美談として語り継がれる事もなかったと思うんですよね。
前編で書いた平和論にしても、
実際に説いていたのはもっぱら僧侶や道徳家のみで、
一般的に侍が推奨していたのは、
武芸の稽古や鍛錬だけだったらしいですし。

武士道の理念や概念に、ちょっとでも興味がある人には、
是非ともこの、新渡戸稲造の武士道は、一度読んで頂きたいですね。
オレも然りでしたけど、恐らく読んだ事がないほとんどの人は、
武士道とは?という概念を非常に大きく誤解してると思います。
いや、興味が全くなくても、日本で生まれた男性には皆、
一度読んで欲しいなあとは思います。
そして読んだ後に、ただそのまま飲み込むのではなく、
自分の考え方や価値観と照らし合わせてみて欲しいです。
例え理解や共感を得られなくてもいいんです。
個人的には勿論武士道の概念はとても素晴らしいとは思いますが、
価値観や考え方というのは、人それぞれですし、
万人に対して武士道の概念がベストか?っていうと、
多少無理があるんじゃないかとも思うんですよね。
時代的な事を考えても、ここまで価値観が多様化した現在、
武士道の精神を全ての現代の日本人に求めるのは、
とかく無理な話しだとも思いますし、
ある意味ナンセンスなのかも知れませんが、
でも、こういう価値観や考え方もある(あった)という事実は、
日本人として是非とも知っておいて欲しいとは切に思います。

まあこんな事を偉そうに長々と書いてはいても、
オレみたいなまだまだ精神的に未熟な者にとって、
武士道の余りにも高い精神世界は、
恐らく一生完遂出来ない領域ではあるとは思ってます。
でも今回この本を読んで、
自分の根底にあるベースの倫理観や価値観は、
間違いなく武士道だと再確認しましたし、
その理想であり憧れや目標でもある武士道の精神世界に、
ちょっとでも近付ける様に、
これからも自分なりに精進したいとは思ってます。

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※すみません、大幅に文字数が規定よりオーバーしてしまい、
今回は一切割愛したくないので、
ナガサワブログ史上初の、一記事を二回に分割してお送り致します。
ちなみに今回、ほんとに一万文字もあんの??と思って、
ちゃんと文字数カウンターを使って調べてみたんですが、
実際にはバイト数で一万文字みたいです。
バイト数とは半角文字を1バイト、
全角文字を2バイトとして数えた数だそうです。
なので今回然り、過去の一万文字エラーは、
実際には五千文字で出てた計算になります。
そうだよなあ、一万文字って相当な数だモンなあ~!
とは思いましたが、見た目の文字のボリュームと言い、
五千文字でも十分相当な文字数ですけど!



月曜日の夕方頃、ふと何故か思い立って、
武士道を検索しまくって、
ネットで色んな文献を見付けては読んでたんですが、
次第に、ちゃんとした本で読みたいなあっていう衝動に駆られて。

思い立ったら吉日という事で、
サクッと学大駅前の本屋へ行ってみると、
3冊ほど武士道の本があったんですが、
表紙の良さにも惹かれコレにしました。

なんで急に武士道なのか?というと、
まあ急にっていう事ではなく、
元々18,9の頃に通っていた道場の先生が、
非常に武士道に精通していた人で、
そこではかなり武士道的な思想を叩き込まれていて、
非常に影響は受けてました。
でも、ちゃんと武士道というモノを、
文献として読んだり学んだ事は無かったので、
いつかタイミングがあったら、
じっくり改めて調べてみたいなあ、
とは前々から思ってはいたんですよ。
でも根っからの本嫌いってのもあったり、
モチベーション的にもイマイチだったりで、
タイミングを失ってたんですが、
月曜の夕方に、急に"来た"んですよね。

月曜日の夜はほぼ徹夜で読み耽り、
火曜日は余り時間が無かったんですが、
水曜日の夜には読み終わりました。
滅多な事では読まない本を、
しかもこんな短期間で読み切るなんて今まであったかどうか?
あ、記憶が許す限りでは、松本人志の『遺書』以来でしょうか。

元々『武士道』という文献は、五千円札でお馴染みの新渡戸稲造が、
今から100年以上も前の1899年にアメリカで、
『Bushido:The Soul of Japan』として英文出版し、
その後は日本をはじめ、
イギリス・ドイツ・ポーランド・ノルウェー・フランス・中国でも出版され、
世界的な大反響を巻き起こし、ベストセラーになったんだそうです。
この本は、かのルーズベルトやケネディなどの米国の大統領を始め、
最近では映画「ラスト・サムライ」を製作中に、
トム・クルーズが何度も読んだのだとか。

初めて『武士道』として和訳されて日本で出版されたのは1908年、
以降、様々な人の和訳によって発刊されてきました。
今回購入したこの本は、現代語で読みやすく解釈された、
岬龍一郎という人の和訳版です。
"現代語で読みやすく"とはありますが、
やはり元々は100年以上前に出版されたモノの和訳なので、
読みながら理解していくのは、
多少時間が掛かる箇所も度々ありましたけど。

この本を読んで自分も初めて知って驚いたんですが、
新渡戸稲造が『Bushido:The Soul of Japan』を出版するまでは、
武士道とは?的なマニュアル本というかHOW TO本というか、
そういった文献的に説明した書物が、一切無かったという事です。
武士道とは、日本の長い封建風土の中で、
武士のあるべき姿として時代と共に自然培養され、
いつしか不文不言の倫理道徳観として大きな拘束力を持ち、
人々の心に深く大きく刻みこまれたモノであり、
ある有能な武士が一人で考え出したとか、
ある卓越した武士の生涯を投影したものとかではなくて、
長い時間を経て武士達が作り出してきた、
文章化されていない暗黙の道徳だったんです。

前述した様に以前通っていた道場では、
幾度となく武士道の精神論や道徳論は聞いていたので、
七割りぐらいの事は、ほぼ理解していた通りでした。
でもあとの三割ぐらいの事に関しては、
こういう事も武士道の精神なのかという、新たな発見もありました。
元々理解していた事でも、
実際のところはどうなんだろ?っていう部分や、
一般的には、表面的にしか知らない人にはこういう解釈されてるけど、
ほんとにそうなの??っていう疑問な部分なども、
この本で全て解明されてスッキリしました。
まあ結論を個人的に端的に言うと、
ほとんどの事が「やっぱりそうだよね」という感じでした。

特に凄く引っ掛かってた一つとして、
江戸時代中期に山本常朝が、
武士としての心得についての見解を、
「武士道」という用語で説明した『葉隠』に出てくる有名なフレーズで、
「武士道とは死ぬことと見つけたり」という言葉を、
そのまま鵜呑みに解釈して、死ぬことを美化したり、
自決を推奨する様な捉え方をする人も沢山いて、
個人的には、武士道ってほんとにそんな思想なの??って思ってたんです。
もしそうだったら納得いかんなあ・・・とも思ってました。
でも実際に読んでみると、武士の死に於いて、
切腹するという行為は、武士にとって栄光ある死とされ、
名誉ともされてはいたものの、
それはあくまでも使命を全うする"死すべき時"にはの話しであって、
不明瞭な動機での死を選ぶ事は、逆に恥とされていたらしいです。
武士道的な真の名誉とは、
あらゆる苦難に、忍耐と良心をもって立ち向かい、そして耐える事で、
安易に死を選ばず、使命を全うする事こそが、
真の武士のあるべき姿だというモノでした。

余談ですが、
武士道精神と大和魂って似た様な解釈をされてると思うんですが、
元々大和魂という言葉の意味は、
"外来の知識を摂取して、柔軟に応用する"という、
現代人にとっては何ともビックリな言葉であり、
武士道とは全く別の意味の言葉として存在していたんですが、
大正・昭和以降、日本のナショナリズムが強まっていくと同時に、
前述した葉隠の一節だけを引用して勝手な解釈をした様に、
武士道の中の狂信的な部分だけを誇張し、
国家への犠牲的精神と共に他国への排外的な姿勢を含んだ言葉として、
使われる事が多くなった様です。

あともう一つ確認したかったのが、
道場での稽古の際に先生がたびたび言っていた、
「オレは喧嘩で使える技を教えているが、喧嘩を奨励している訳ではない。
むしろ勝てると思えた相手だとしても、
避けれる状況であれば避けた方がいいし、
逃げれる状況であるなら逃げた方がいい。
昔の侍は、テレビの時代劇の様に、なんかあったらすぐ刀を抜いて、
相手を斬りつけるなんて事はしなかった。
侍たちは、どんな時も刀を常に携え、一生懸命剣術を磨いていたが、
一生に一度も刀を抜かずに終わるなんて事も、決して珍しくなかった。
基本的には喧嘩は売られても買わない方がいいが、
男には負けるとわかっていてもやらなきゃいけない戦いがある。
その時が、万が一来た時の為に、オレは日々おまえたちに技を教えてるんだ。」

という下りでした。
道場に通ってた時は、
「一生に一度使うかどうかわからない技を一生懸命鍛錬する」
という事に、究極の男のロマンを感じてたモンでした。

読んでみると正にその通りで、
「負けるが勝ち」「血を流さない勝利こそ最善の勝利」
という格言が幾つかある通り、
武士道が求めた究極の理想とは「平和」でした。
幕末に活躍し、多くの暗殺者に狙われた勝海舟も、
回顧録に当時の様子をこう記していたそうです。
『私は人を殺すのが大嫌いで、一人でも殺したものはないよ。
みんな逃して、殺すべきものでも、マアマアと言って放って置いた。
河上彦斎(佐久間象山を暗殺した人物)が、
「あなたは、そう人を殺しなさらぬが、それはいけません。
唐茄子でも茄子でも、あなたはとってお上がんなさるだろう。
あいつらもそんなものです。」
と言ったが、それはヒドイ奴だったよ。
しかし河上は殺されたよ。
私が殺されなかったのは、無実の者を殺さなかった故かもしれんよ。
刀でも、ひどく丈夫に結わえて、決して抜けないようにしてあった。
人に斬られても、こちらは斬らぬという覚悟だった。
蚤や虱だと思えばいいのさ。
肩につかまってチクリチクリ刺しても、ただ痒いだけだ。
生命に関わりはしないよ。』

これこそ正に武士道に於ける、崇高で究極な理想倫理なんですよ。

※後編に続く!(後編は明日以降にアップします!)

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今時の若い子たちは名前すらもう知らないかも知れない、
下北沢にあった伝説のクラブ"SLITS"の、
130名を越す関係者の証言で綴った同クラブの軌跡です。
タイトルになった"LIFE AT SLITS"は、
以前ここでも紹介した事がある、
ジャパニーズヒップホップとしての初のライブ盤、
"LIVE AT SLITS"から引用したものだと、勝手に解釈してます(多分)。

去年の年末に発売されてたらしいんですが、
オレの周りの何人もの友達から、
「SLITSの山下さんの本が出てるんだけど知ってる?」
って聞いてて。
基本的に本って全然読まないんですよ。
よっぽど興味のあるモノしか。
読まないっていか、読めないっていう方が正しいかも知れませんね。
なんか、読んでると違う事をすぐ考えちゃうんで、
なかなか進んでいかないんですよ。
読んでる途中で、
「やべっ、また空読みしてる・・・」
って読んでは戻り読んでは戻りしちゃうんで。

そんなオレでも、
色んな人からの話しを聞いてると、
同業者ってのもあって凄く興味が沸いてきて。
で、月曜日に渋谷に出掛けたついでに、
本屋行って早速買ってきました。
そして即、読み始めました。
まだ50ページぐらい読んでない所があるんですが、
主要箇所はほぼ最後まで読み終えました。
オレが本を読むペースとしては有り得ないぐらい早いペースでした。

SLITSは、
多分ZOO時代にラブタンバリンズのライブを観に一度、
あとはROOM時代の同僚がDJをしてるって事で、
SLITS時代に一度だけ行ったと記憶してます。
今ふと思い出しましたが、
ラブタンの日はめっちゃ混みで、
ライブ観たらすぐに帰ろうとしたんですが、
店の外に出たら雨が降ってきてて。
その日は当時の彼女と蒲田の家からベスパで来てたので、
危ないしバイク置いて電車で帰ろうとしたのですが、
彼女が電車嫌いだからバイクで帰ろうよおって言って、
ムリムリ雨の中バイクで帰ったんでした。
そしてその次の日の朝に、
悪夢のバイク事故を起こす事になったんでした。。。

SLITSの前身でもあるZOOの頃から勿論名前は知っていて、
この業界に入る前に、
とりあえずどこかのクラブでバイトしたいと思って、
当時の主要クラブに片っ端から電話した事があったんですが、
勿論ZOOもその電話した店の一つでした。
確かその時は、
「うちは常連からしかスタッフを取らないんだよねえ。」
ってあっさり断られましたかね。
で、結局そん時は最終的にCAVEに拾って貰う事になるんですけど。
ちなみに未だに、
何故かうちにはZOOのドリンクチケットが保管してあります。

余談はさておいて、
本を読み始めた途端に、
なんか気が付くと当時のその世界に引き込まれてたんですよね。
二回しか行った事はないし、
オレがクラブ自体に行きだしたのは90年頃からだったし、
80年代後期のクラブ業界の事も、
人づてに話しを聞いたぐらいなもんでしたけど。
でもクラブ創生期の頃ってこうだったんだなあとか、
あ、これってこういう事だったのかとか、
全てに於いてとても興味深い内容でした。

この本の監修をした山下さん(元SLITS店長)とは、
SLITS当時は確か面識なかったんですが、
何年か前にWebに遊びに来た時に確か初めて(多分)話し掛けられて。
その時は少しの時間でしたが、
山下さんってSLITSの頃はなんか話し掛けづらい雰囲気だったんですが、
こんな気さくな人だったんだ?って驚いたのを憶えてます。
あとちょうど10周年前辺りだったので、
未だに載せてるWebのホームページのワンコーナーの、
10周年記念のお祝いコメントも、
その時の勢いでお願いしました。

本を読んでて思ったのが、
まずはやっぱり同じクラブの店長という立場なので、
そのちょっとした部分凄いわかる!って所が幾つか出てきて。
いや、それってその立場じゃないとわかんないっすよねーって、
独り言の様に心の中で何度も呟いてました。
だって友達もDJも客も、
やっぱりどうしても理想論でしか語らないもんですから。
店を任されてる以上、
理想と現実とのせめぎ合いですよ、常に。
でも現実論なんて第三者からしたら、
そんなの知ったこっちゃねえしで終わっちゃうというか。
親の気持ちは親にならないとわからない様な事と近いんでしょうね。
でも運営する立場からすると、
理想も勿論大事だけど、
一番の使命は店を続けていく事なんですよね。

あと読んでて随所に、
山下さんには共感する部分を感じてしまいました。
あ、勝手にですけど。
一番ビックリしたのが、
ZOOのオーナーが、
オレが昔働いていたCAVEの親会社の"サイプランニング"と繋がってて、
ZOOの内装もそのサイプランニングがやっていたという事実。
ちなみにサイプランニングって、
これまた西麻布の伝説のクラブ"ピカソ"(後にNEXT)を手掛けた会社で、
ピカソの後にCAVE、その後にはイエローも作った会社なんです。
まさかZOOがサイプランニングと繋がってるとは夢にも思いませんでした。
と同時に、そこにバイトとは言え在籍してたオレからすると、
一気に親近感を感じてしまいました(勝手に)。

それを筆頭に、
最初は腰掛け程度に入店したつもりが、
ひょんな事から店長になった経緯。
既存のクラブの概念を壊そうとする姿勢や、
壊してしまった事によっての成功と苦悩。
意志の疎通が上手く伝達出来ずに、
影で出演者から悪く言われたエピソード。
DJ及びイベンターへの単純明快なフランクな誘い方。
あと決定付けたのは最後に書いてある、
「商売なんだからもっと貪欲に利益を追求すべきなんだけど・・・」とか、
「山下さんビル建てられましたよ!」っていう下りとか、
意味合いは微妙に違えど、
うわー、オレと感覚的にやっぱ一緒だわこの人って、
これ又勝手に思っちゃいました。
きっとお金儲けとか下手なタイプなんだろうなあとかね。

まあでも、音楽やカルチャーに対するストイックさやハングリーさ、
そしてそれに対するバイタリティーとかは、
山下さんに比べたらオレなんか全然足元にも及びませんけどね。
ほんと読んでて凄いなーって思いましたもん。
山下さんってほんと凄い人だったんだなーって。
同時に自分のちっちゃさを改めて痛感しましたね。
Web閉店したってこんな立派な本出せませんもん、オレは。

SLITS無き後に、
当時SLITSに出入りしてた人とか何人かに、
「SLITSのスピリットを受け継いでるのはWebですよね!」
って言われた事があるんですが、
恐らくそれって、
同じ世田谷にあるクラブだとか、
ミュージシャンとかの人にDJして貰ってる事とか、
あの狭いキャパで(SLITSよりもうちは5坪ほど更に狭いですが)、
昔はライブメインの曜日があったぐらいライブとか結構入れてた事や、
基本何でもアリの精神の部分も
そう言われた要因なのかもなとか思います。
当時はどの辺を指して言ってるのかは全然理解は出来ませんでしたが、
個人的には言われる度に、
ちょっと、でもなんか嬉しいなあとは思ってたのは記憶してますけど。
まあでもこの本を読んでみると、
そんなそんなとんでもない、SLITSに比べたら全然足元にも及びませんよ、
とは思いましたけどね。

今回も長くなりましたが、
今や蒼々たる著名な証言者の、
クラブ創生期の生の証言はとても貴重なものだと思います。
当時ZOOやSLITS(もしくは他のクラブでもいいですけど)に、
出入りしてた人たちには勿論ですが、
こんな時代もあったんだよ?こんな時代ってどう思う?
こんな凄いクラブが下北にあったんだよ?
そんな、色んな事を問い掛ける意味でも、
今のクラブで遊んでる若い子たちや、
DJやシンガー、アーティストを目指してる様な若い子たちには、
是非とも読んで欲しいスーパー大プッシュな一冊です。
日本のクラブシーンを語る上で、
間違いなく絶対外せない永久保存版です。

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