新潟ダンマサークル(活動記録)

お釈迦様の教えであるテーラーワーダ仏教を学び実践するサークルです。  新潟ダンマサークルでは月に一回,仏教を実践する活動(勉強会もしくは自主冥想会)を行いたいと思います。その記録になります。 連絡先 斉藤 070-4436-5644

カテゴリーの見方になります

「サークル活動」→サークル主催の自主活動になります
「自由参加」 →サークルが主催したものではなく、参加に関しては会員の自由意志にお任せしたものです

2020年7月19日(日)第5回ブッダの教え基礎講座を行います。

第5回 ブッダの教え基礎講座


大阪より西澤先生をお迎えて、第4回ブッダの教え基礎講座を、上越市の浄聖院様で行います。
テーラワーダ仏教文化の基礎を学ぶことで、在家仏教徒としての知識と実践に生かしていきましょう。

日時
2020年7月19日(日)
10時~15時

昼食はそのとき適宜になります。



場所
浄聖院様
上越市戸野目481


下記のテキストを使います。
テーラワーダ仏教ハンドブック (ブッダの教え基礎レベル)
ミャンマー連邦共和国宗教省
サンガ
2018-11-30



テキストがなくても大丈夫です、気軽にお越しください。



入退室は自由です、事前にご連絡をいただけるとありがたいです。


連絡先
電話070-4436-5644
斉藤まで

メール
saitou.nobuhide@gmail.com


よろしくお願いします。

第4回 ブッダの教え基礎講座 レポートです。

2020年6月28日(日)、大阪から西澤先生をお呼びして、浄聖院様で「第4回 ブッダの教え基礎講座』が行われました。

4名参加しました。


窓からは涼風が入ってきました、エアコンがなくても、良い環境で勉強することができました。


テキストは下記です。

テーラワーダ仏教ハンドブック (ブッダの教え基礎レベル)
ミャンマー連邦共和国宗教省
サンガ
2018-11-30



第2章 ブッダの生涯の概略  ここの途中の

最初の托鉢食の布施

ブッダのラージャガハ訪問

竹林精舎の寄進

ビンビサーラ王の過去生での親類の餓鬼

カピラワットゥへの旅


以上の各センテンスを皆で声を出して輪読しました。





今回、初めて知ったのですが、ブッダの2大弟子である、サーリプッタ尊者とマハーモッガラーナ尊者は、最初は違う宗派のお弟子さんで、サーリプッタ尊者はウパティッサという名前で、マハーモッガラーナ尊者はコーリタという名前だったのですね。

どんどん、サンガが大きくなっていきます。

一番最初の比丘サンガの集会では、1250人の阿羅漢が集まったとのことです。

1250人の阿羅漢ですか・・、なんだかすごいですね、壮観です。



そして、この最初の比丘サンガで下記の偈を語られたのですね。


Khantī paramaṃ tapo titikkhā,
カンティー パラマン タポー ティティッカー
忍耐・堪忍は最上の修行である。


出家に以上から始まる偈を語られたのですね。


この偈は、とても大切なものです、初めてここで出てきた、と知ることができました。




勉強会は和気あいあい、ちょっとは脱線もありますが、仏教の話題についての脱線ですので、それもとても楽しいです。

テキストは平易ですけど、学んでいるうちに、いろいろと初めて知ることも出てくるかもしれません。




仏教を学んでみたい、基礎を知りたい、大事な部分を押さえたい、とか。

初心者でも経験者でも、誰でも学ぶことができる場所です。


奮ってのご参加、お待ちしてます。




『第3回ブッダの教え基礎講座』 勉強会のレポートです。


6月28日(日)、浄聖院にて第4回『ブッダの教え基礎講座』がありました。

今回はその前、3月28日(土)に行われた、第3回の回顧録です。
ちょうど3ヶ月前ですね。
ほぼ毎月開催してきた勉強会が、このようなかたちで中断になるとは思いもしませんでしたが、
お釈迦様の教えを学ぶことが出来ることのありがたさ・喜びを再確認することができました。

さて、第3回はいつもの固定メンバーに加え、私が安居した僧堂のお仲間が二人と、
大学で哲学を学んだ方が「インターネットで知って」とご参加下さいました。

第3回目は、第2章の
 ・4つの偉大なる予兆(の途中から)
 ・苦行の実践
 ・ブッダの名をかたった6人の外道
 ・最初の托鉢食の布施(の途中まで)
を学びました。
今回も、一節ごとに参加者が順番に音読し、次いで西澤先生の解説が入ります。

ラーフラの誕生、出家、苦行、スジャータの乳粥、マーラの邪魔、覚りへの到達など、
小説であれば劇的な描写になるであろう出来事が、実に淡々と、簡単に書かれてあります。
それでも、覚りへ到達し一切智性智を得て唱えられた『勝利の偈』(ダンマパダ153,154)には
感動しました。

この『勝利の偈』ですが、ミャンマーでは開眼供養で唱えられるそうです。
開眼供養をしてほしい在家の方の希望で執り行われ、『勝利の偈』『十二因縁 順観』
『十二因縁 逆観』『二十四因縁(略)』などを唱えて終了となるとのことでした。
私も大乗で出家した身として、ミャンマーの法要のお話をつい身を乗り出して聴きました。


『ブッダの教え基礎講座』は、テキストを読むだけでなく、ミャンマーで比丘となられていた
西澤先生による注釈と、様々な経験談が面白いです。
また、合間合間に話題となったちょっとした悩み事に、西澤先生が的確に答えられていたのが
なかなか痛快でした。
ぜひみなさまもご参加下さい、お待ちしています!


新型コロナウイルス関連に対応につきまして。

新型コロナウイルスの対応について。 2020年4月26日


4月7日に日本政府から、非常事態宣言が出されました、また協会からも5月いっぱい、各地域のダンマサークル行事の中止の要請がありました。

現時点におきましても、先が見通せません。


皆さまにお会いできないのは、誠に残念ですが、お互い情報交換しながら、進んでいきましょう。


ここに、先生のお言葉を引用します。



危難のなかで真理に目覚め、慈しみのこころで手をつなごう

アルボムッレ・スマナサーラ
日本テーラワーダ仏教協会 貫首

 人間は、「われこそ偉い」という気持ちで毎日生きています。しかし、今回の新型コロナウイルス感染症(COVID-19)によって、それは誤りであると自然界から厳しく突きつけられました。仏教徒として私たちがまず自覚すべきなのは、人間は自然の流れに従って、一日一日をやっと生きている存在に過ぎない、ということです。「人間こそ地球の主人」という傲慢な態度は捨てるべきなのです。目にも見えない、細胞の100分の1以下の大きさしか無いウイルスによって、人類社会がどれほどダメージを受けていることか。仏教的に言えば、地水火風が少しでも変調をきたしたら、もう命は成り立たないのです。私たちは「生きていて当然」という自我を抑えて、「今日もおかげさまで、無事に死なずに済んだ」「今日も見事に死ななかった」という謙虚さを育てることです。冗談っぽく聴こえるかもしれませんが、これは真剣な言葉なのです。一日生きている、ということは奇跡です。身体の約40兆の細胞はいつ変調をきたすかわからないし、また外部からの攻撃も絶えないのですから。「やっと一日生きられた」という気持ちで過ごすことは、自我を抑える、とてもよい修行になります。それで心の安らぎに至るのです。真剣にそう考えて生きるならば、悟りに達することもできます。

 次に強調したいのは、COVID-19の流行に対して怒り憎しみを持っても何の意味もない、ということです。自然界は偉いのです。自然の力の前には、全知全能の神様も引き下がらないといけない。世界中の教会もモスクもお寺も、皆ウイルス感染を恐れて活動中止しています。ですから、どうしても自然界には太刀打ちできないと理解すべきです。私たちはただ、皆の命をできるだけ頑張って守らなくてはいけません。今回、COVID-19は私たち人類にそのことを教えているのです。分裂することなく、皆で手をつないで、協力しあって命を守りましょうと。そうしない限り、皆の命は守れないのだと。そういうわけで、ウイルスに自分が感染しないように気をつけることも慈悲の行為です。自分から他人に感染を広めないように気をつけることも慈悲の行為です。この際、私たちはすべての生命に慈しみ(メッター)と抜苦の気持ち(カルナー)を抱いて、やさしく生きてみようではないか、と決意しましょう。「もし自然界が許してくれるならば、その範囲で生きてみよう」という無執着と安穏の心をもって頑張りましょう。

~すべての生命に苦しみを乗り越えることができますように~












2020年3月8日(日)法話視聴会を行いました。

2020年3月8日(日)浄聖院様で法話視聴会を行いました。

参加は2名


サンガジャパンVol・1の付録CD
「もしも、あなたが悩んでいるなら」を視聴しました。


雑誌の付録CDですが、結構、内容は濃く、とても楽しく視聴できました。


内容としては、ここ最近、個人的に元気がないもので、けっこう元気づけられる内容でした。



宗教イコール負け組のたまり場という印象があるが、仏教はそうではない。
実際の生活では使い捨てにされるが、人生は別、生きるということを、すべての生命の真理を探究すべき。


無常に慣れれば、認めれば楽である、物事は変化し、希望はかなえられない。

無常に納得する人は明るい「次はどうしましょうか?」と

物事は因縁で現れ、因縁で起きる→悩む必要なんてない。

因縁は理解すると気楽。


古苦、新苦。
苦以外何もない。
わざわざ苦を増やす必要もない。

苦なんだから、いまを楽しみなさい。

最小限の苦で生きる。


なんでもかんでも、明るく楽しく、完璧に仕事をして、何かのプロになる。


視聴会の様子です。


法友と視聴会は元気が出るし、刺激になるし、自分も頑張ろうという気になります。

お疲れ様でした、ありがとうございました。

2020年3月1日 第二回ブッダの教え基礎講座が行われました。

2020年3月1日(日)浄聖院様で、第二回『ブッダの教え基礎講座』が行われました。
5名参加いたしました。



下記は浄聖院様のレポートになります。

=========================================

3月1日(日)、浄聖院にて第2回『ブッダの教え基礎講座』がありました。

新型コロナウィルス感染症が流行する中でしたが、事前に毎回参加の主要メンバーで相談をし、
少人数での勉強会ということもあり、予定通り開催致しました。

しかしながら、いつもご案内しているFacebookでのイベント再告知は控えさせて頂きました。
もし当てにしていた方がいらっしゃいましたら、申し訳ございません。


第1回目は「はじめに」と第1章の3ページを終えたところで勉強会終了となりましたが、
今回第2回目は、第2章の
 ・ブッダの生涯の概略
 ・3つの高貴な所行
 ・未来のブッダ、シッダッタ王子の生涯
 ・ルンビニー園での菩薩の誕生
 ・菩薩への王位の委譲
 ・4つの偉大なる予兆(の途中)
まで、なんと20ページ分!を学びました。

一節ごとに参加者が順番に音読し、そのつど西澤先生がパーリ語の説明、キーワードの解説、
ミャンマーで教わったことや体験談をお話しして下さいました。

一読するとツッコミどころ満載のように思える仏典でも、「この内容から何をどう読み解くのか」という
ポイントを教えて下さったので、大変ありがたかったです。

また、今まで断片的に知っていた経典の話の新証言が出てきたり、エピソードとエピソードが
結びついて理解が深まり、とても楽しかったです。


実は、私が仏教を学び始めたころ、なかなか理解できず眉間にしわを寄せていた時期がありました。
その時知り合った法友の方に「簡単なところから学びたいのですが」とお聞きしたところ、
「ジャータカ物語なんかも面白いよ」と教えて頂いたのです。
…教えては頂いたのですが、その頃“ものがたり”のような本に興味がなかったので、
失礼ながらそのまま読まずにいました。

今回、『ブッダの生涯の概略』の中で、ジャータカ物語の中から「十波羅蜜」について学び
やっと長年の宿題に手を付けたような気持ちです。

念のため、解説頂いた十波羅蜜を、徳目のみですがご紹介します。
 1.布施波羅蜜(施し) 2.持戒波羅蜜(道徳性[戒]) 3.出離波羅蜜(俗世間の生活を放棄する)
 4.智慧波羅蜜(智慧) 5.精進波羅蜜(努力) 6.忍辱波羅蜜(忍耐) 7.真諦波羅蜜(正直さ)
 8.決意波羅蜜(決意) 9.慈心波羅蜜(メッター[慈しみ]) 10.捨波羅蜜(偏りのない安定した心)

またしても自分のことで恐縮ですが、今の私は「いいから、とにかくやれ!」と言われるのが苦手です。
ここ20年位は「咀嚼して、飲み込んで、(時には反芻して、)腑に落ちて、やっと本気で動く」という性格で
生きるようになりました。(これも良し悪しですが…)

4.の「智慧波羅蜜」に関しては、真理を知る智慧だけでなく、その他の役に立つ知恵も含まれているので
「役に立つような知識を増やし智慧を育てる必要がある、だから、わからないことはとにかく質問をする」
というようなお話しも伺い、「まずは黙ってやってみろ!」じゃなくて助かった~と思いました(笑)
お言葉に甘えて、わからないところはその都度質問、明確な回答をいただいております。

今回は初参加の方もおいでになりました。そして、いつも通り終始和やかな雰囲気でした。
西澤先生、一緒に学んだ法友のみなさま、充実した時間をありがとうございました。
新たな法友のみなさまのご参加もお待ちしております。

=========================================

瀧澤 智瞬




ありがとうございました。






2020年2月9日(日)法話視聴会が行われました。

2020年2月9日(日)浄聖院様で法話視聴会が行われました。


雪が降り、まずは雪かきから始まりました。





視聴したのは下記の法話になります。

限定公開になります、お早目にどうぞ。

ともに歩む、真の自立に向けて助け合う仏教のグループワーク






気になるワードを書き出します。

「自分が偉いと思っている」

「人類の歴史は苦しみをなくそうという努力の歴史、しかし苦しみも悩みもそのまま」

「すべて自我の錯覚の症状です」

「手が汚れていると、その行為自体がやがて汚れてしまう」

「真理はどこにも隠れていない」

「食べるための権利はない」

「一食たべたら一回借り」

「借りて、借りて、借りて、借りがないようにしなさい」

「他の生命に権利を作ってあげる、そのときに自分の借りが消える」

「他の生命の働きで生きている、自分の命を生かしている」

「支配欲、また悩み、苦しみが生まれる」

「他の命がないと自分の命が成り立たない、これって支配?」

「命=ネットワーク」

「自分がどうなってもネットワークに問題ない」

「自我なんてない」

「自分はただのネットワーク、慈悲喜捨をネットワークに入れる」

「ネットワークに大事なデータを上げて下さい、慈しみが大切」

「give多く、take少なく」

「仲間を作ったほうがいい、はげましてもらう人が必要」




私自身は慈しみの理解が深まった感じがしました。

自我、自分が偉い、という錯覚に関する考察も深まった気がします。


大変有意義な視聴会でした、皆さま、ありがとうございました。





この法話はかなり濃いです、皆さまにも視聴をお薦めします。

2020年1月24日(土) 第一回ブッダの教え基礎講座が行われました。

2020年1月24日(土)浄聖院様にて西澤先生をお迎えして「第一回 ブッダの教え基礎講座」が行われました。

5名参加しました。

今回から、仏教の基礎を学ぼうという初めての試みです。
西澤先生も初めてとのことでした。


テキストは西澤先生も監修にたずさわった、ミャンマー国宗教省著の「ブッダの教え 基礎レベル」を使用しました。







初めに、このテキストの版元であるミャンマー国のこと、発行された背景などの概要を学びました。



次に第一章「仏教徒の日常の勤め」


仏教徒の定義についてです。

日頃、仏教の本を読んだり、瞑想したり、日常生活で仏教にたずさわっていますが、仏教徒の定義は意外と知らないかも、です。


テキストでは「仏教徒というのは、ブッダ、ダンマ、サンガに帰依し、ブッダの教えに従って実践する人のことです」と定義しています。


でも、三宝に帰依するだけでは、理想の仏教徒とはいえません。

テキストでは理想の仏教徒となるために、日常的な勤めを信念と智慧とともに行分ければなりません、と説きます。


以下の7つです。


ブッダに礼拝すること


戒律を守ること


布施すること


慈しみの心を育てること


ブッダの教えが長く続くように、そして広まるように努力すること


静寂の瞑想(サマタ修習)、洞察の瞑想(ヴィッパサナー修習)によりマインドフルネス(気づき)を実践すること


功徳を回向すること



今回は以上の概略を勉強し、これから講座が進む中で、テキストをもっと詳細に勉強することになると思います。





日頃、仏教を学んでいても、「本当のところどうなの?」、とか、「元の元の話」、というと、きちんとわかっていないことが多いかもしれません。


なにごとも基本の基本を学ぶことは、とても大切です。


とても良い勉強会が始まりました、みなさまのご参加をお待ちしています。



下記が写真になります。

2020年1月18日 第3回初期仏教勉強会「心の分析」が行われました。

2020年1月18日 日本テーラワーダ仏教協会の佐藤哲朗様をお招きして、上越市の浄聖院様で、第3回初期仏教勉強会が行われました。

参加は4名、大変楽しく学ぶことができました。


下記は浄聖院様のレポートになります。




1月18日、日本テーラワーダ仏教協会編集局長の佐藤哲朗様を講師にお迎えし、第3回初期仏教講座が開かれました。
今回のテーマは『心の分析 お釈迦様は心をどう分類したのか?』です。

はじめに、「こころ」という大枠の意味で用いられる単語「mano(意)、viññāṇa(識)、citta(心)、nāma(名)hadaya(心,心臓)」をパーリ経典より教えて頂きました。
続いて「五蘊」「名色」「心(諸行・思)と業の関係」の解説。

説明の時、「Adhicitte とは、心を向上、上向きに、スペシャルにするということ」「なぜ心を管理しなければならないのか、管理しないとそこからトンデモナイ世界が展開してしまう」など
佐藤哲朗さん独特の言葉遣いが、難しい内容をわかりやすく興味深く感じるものにして下さいました

後半の『パーリ経典による実践的(倫理的)な「心の分析」リスト(の一部)』では、不善 akusala・善 kusaka ・中立(不定)それぞれを、経典の増支部のように数ごとにまとめて紹介してして下さいました
たとえば不善なら…
【1】無明〔真理を知らない心〕avijjā 
【1】放逸〔気づき sati が無い心〕pamāda 
【1】非如理作意〔感情に基づいた主観的な考察〕ayoniso manasikāra 
【1】妄想・捏造〔漢訳仏教語では戯論〕papañca 
【1】難教〔教え難い、素直じゃない〕duvvaca 
【1】不知恩〔恩知らず〕akataññutā 
【2】不念・不正知〔気づきと理解の欠如〕asata-asampajañña 
【2】無慚・無愧〔恥と怖れの欠如〕ahirika-anottappa  
【3】三不善根 akusala-mūla(貪〔欲全般〕lobha、瞋〔怒り全般〕dosa、痴〔無知全般〕moha)
【3】三火 aggi(貪火 lobhaggi、瞋火 dosaggi、痴火 mohaggi) 
【3】三渇愛 taṇhā (欲愛〔五欲愛 kāma-taṇhā〕、有愛〔存在愛 bhava-taṇhā〕、無有愛〔破壊愛 vibhava-taṇhā〕) 
など(まだまだ続きます)。

ここでも、長老方の本や講演会とはニュアンスの違う佐藤哲朗さんによる言い回しが、理解を深める手助けとなりました。
いくつかご紹介します。
・(不善最初の四つ=無明、放逸、非如理作意、妄想・捏造)これは、もう、ダメでしょ
・自分はさとらない限りずっと無明なんだと自覚する、すると扉を閉じない=教えを聴く耳がある
・不善の【1】6つは、心を開いている状態にしましょうという戒め
・不知恩とは極端なエゴイスト。すべての恩に恩返しするのは物理的に不可能だけど、せめて恩を知ろう
・煩悩の火で燃えている、これを初期消火しないと
・五蓋は瞑想している人の落とし穴
・預流果とは、本腰を入れて修行をするスタートラインに立ったと思ってよいので
・欲から離れる(出離)という思考は、お釈迦様に教えてもらわなければ人間には無い思考

途中、参加者の方から、自信の身の上に関する質問などもあり、佐藤哲朗さんの仰る考え方によって納得していらっしゃいました。
また、お釈迦様の教えを知らなかった参加者の方は、「私にとっては難しかったけど、でも良かった、教えてもらわないとまったくわからないことだった」と喜んでいらっしゃいました。

私たちは、マッチを擦るよりも早く怒りに点火します。気が付けばかれこれ30分もボーっとしていたなんてこともあります。
心の分類の解説がひと通り終わった後、「ブイを浮かべていると思えばよいのでは?」とのご提案を頂きました。
私たちの心の中それぞれのスポットにブイを浮かべ、たとえば嫉妬のブイが動いたらすぐ気づく、高慢のブイが動いたらすぐ気づく、浮つきのブイが動いたらすぐ気づく…
動くブイに気づいている内に、いつのまにか欲を離れた心、怒りを離れた心、上達した心にも気づくようになるかもしれませんね。

初期仏教勉強会は年4回の予定です。次回は桜吹雪の頃でしょうか。今から楽しみです。








浄聖院様 ありがとうございました。


IMG_0454

2019年12月22日(日)アビダンマ基礎講座が行われました。

2019年12月22日(日)西澤先生をお迎えしてアビダンマ基礎講座を浄聖院様で行いました。


法友3名参加

第20回になりました。

最終回は89の心と52の心所を復習しました。

アビダンマはひとまず終了しましたが、新しい勉強会を始める予定です。


詳しくは浄聖院様のFBにて

https://www.facebook.com/joshoin/


新しい勉強会、楽しみです。

IMG_0379
IMG_0380