2015年11月




熟年男性で、おしゃれさんは、ほとんど見か詩琳美容けない。
でも、たまに見かけると、捨てたもんじゃないな、と、なんだか嬉しくなる。

「オサレ」という今風コトバは、あえて、使いたくないので、
ダサいけれど「おしゃれさん」を使用します。

今朝、電車で見かけた、おしゃれさん、その1。
まず、バッグが目に入った。
オーク・ブラウンの、使い込んだ渋い輝きを放つショルダーバッグ。
お、やるじゃない。
お次は、同じくオーク・ブラウンのイタリアン テイストのブーツ。
ロングノーズ、びゅんびゅんではなく、いかにも、ちょい悪おやじ風ではないところが、
抑え気味でいい。
黒革の大振りブルゾンに、黒いカシミヤ風マフラーをイン。
パンツは細身で、黒。
メガネは、黒いメタルっぽい、細いフレーム。
髪は、深い黒で、長すぎず、短すぎず、ちょっと、大きなうねりの天然ウエーブ。
哲学的な、インテリっぽい、青白めの顔。
推定年齢、55歳ぐらい?

その2。
おしゃれさんではないけれど、かっこいい人。
地下鉄のホームで、見かけた。
服装は、だらしないわけでも、不格好なわけでも、安物っぽいわけでもなく、
でも、別に555555おしゃれさんでもない。
ただ、顔と、背格好がナイスで、ウカツにも、ちょっと見惚れてしまった。
年の頃なら、40代前半?

その人を見ようと、乗車してから、向かいではあるけれど、ドアを挟んで、ひとつ隣のシートの端っこに座った。
斜め前から、ウォッチングしようという魂胆だ。
ところが、その企ては、予期せぬ方向へと暗転した。

私の隣に、若い?女性が座った。
「もしもし、あと3分で電車、着くのは1時間15分後です」
と、携帯で話していた。
なんか、その話し方が、ちょっと、癖があるな・・・と嫌な予感がしていた。
その電話のあと、彼女は、ガブっと、なにかにかぶりついた。
ムシャムシャ、ムシャムシャ、大口をあけて、パクパク。
よっぽど大瑪姬美容 去印きなオニギリか何かを自分で作って持ち込んだのかと思ったが、ちらと見ると
市販のサンドイッチだった。
目的地には、あと1時間15分もの時間がかかるから、
スケジュール上、電車内でブランチを取る必要があるのかも、と、自分なりに理解を示そうと頑張った。
だから、人目もはばからず、あんなバカでかい大口で、かぶりつくのか、と。




あんなに出来た父親なのに、息子(兄)は、正反対に育ってしまったし、
うちの、あの、おおらかすぎる大酒飲みを父親に持つ子供たちは、その割<外匯投資 には、かなりまともに育ったし、
うまい具合に(よくない具合に)、メリハリ、強弱つけられて、なんだと、感心する。



立ち読みシリーズ。

「知的余生の方法」
つまり、知的に枯れていく余生の送り方。
83

34年前に、著者は、おなじような本「知的生活の方法」を書かれていたようだ。
著者は現在は、もう80歳を超える、ご高齢のようなので、
その頃の著者の、50歳にもならない年齢からすると、
まだ、「余生の送り方」ではなく、「人生の過ごし方」ぐらいだったかもしれない。
それから34年後の今こそ「豊富な教養と体験から碩学が紡ぎ出す、人生の新しい極意」だそうな。

あとで、調べて見ると、著者は、渡部昇一氏(1930年生まれ)
新潮社(新潮新書) 2010年11月 出版 

ふむふむ???と共感、納得すること、いっぱい。
ご高齢の男性と、考えや感性が似通っているって、わたしって???どんだけ枯れてる?
(うらら~うらうら、踊ってていいのか??)

著者は、海外生活も長く、都市部を生活拠点にしてきた知識人。
ビジネスのヒントとしたり、知的な側面を研ぎ澄ませたりするのに、
活用できる方には活用していただくとして、
(わたしは、そのあたりは、ぼーーっと脳が素通りし)
教養や知性のところは、ぱぱぱーっと、すっ飛ばして、
おもに、人間関係のところに、思い当たるフシが多かった。


夫婦別室のススメ。
老いて故郷へのUターンは、おススメしない。
故郷は、遠くで思うもの。
別荘で過ごすより、自宅でエアコンを。
お付き合いは、財布の大きさ(支払い能力)が同じぐらいの人と。
リタイア後は、学歴は関係なし。
知的な会話ができない人とは、夜通し話そうとは思わない。
思想的な価値観が違う人とは、友人になりたくない。

東大法学部出身者ばかりが秀才ではない。
アタマは良くても、ろくでもない政策で国を混乱させた政治家もいる。
(→宮澤喜一氏を例えにあげておられた)

著者の、ある、知人の書斎。
外国(アメリカ?)にあるその人のお宅は、
門から10~15分ぐらい(車で?)走らないと、書庫が見えないそうだ。
いくつもいくつも書庫が並んでいるとか。
門の前から見えるようでは、まだ甘い。

(今なら、電子書籍化すれば、そんな膨大な、かさ張るブツは、
ありえないほどボリュームダウンして、小さくおさまるだろうけれど)
家の大きさや、知性や教養を自慢している人に、こういうこともあるよ、って、知ってほしかったりする。
スケールの小さいことで自慢してたら恥ずかしいよ、ってこと。
膨大な書籍があっても、間違った読み取り方、応用の仕方、展開を繰り拡げ、
映画に出てくるような、世界を破滅させる悪玉のごとく、
良くない考えを生んでいては、意味がないけれど。

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