蒼野さんから6話が届きました。



交差する幻想 Refrain 6話


昼食を食べていた時の事だ、俺は衝撃を受ける事になる。
それは一瞬で俺の寝ぼけた脳味噌を覚ませ、煮え滾る様な血を頭に募らせた。
口の中にガリ、と音を立てて硬いものが存在したからだ。
そして舌に走る痛み、俺は即座に口元を抑えて立ち上がる。

「く、うぷっ――!」
「ど、どうしたのよ」
「不味かったんじゃない?」
「……萃香、アンタの分は没収ね」
「そんな!?」

そんな二人のやり取りを他所に、俺は口の中に入っている異物を食べ物と共に縁側で吐き出した。
細長い管のような物が喉の奥まで侵入している、それに嫌悪感を覚えて今度は胃袋まで総浚いにした。
縁側から外へと叩きつけられる吐瀉物、そして液体。口の中に広がるすっぱい物を感じながらも、喉へと侵入しようとしていたその異物を片手に握っていた。

「げほっ、うぉえっ――う゛おぇっ!!」

胃袋が本当に空になるまで全てが吐き出される。
そして口元を拭うと口の中に入りかけていた物を確認する為に手を開く。
するとそこにはギチギチと音を立てる鋼鉄のサソリが居た。
握り締めていたというのに元気に、そして細長い尻尾を猿か猫のようにヒョロヒョロと動かし――

「あれ、そんなものがご飯に混ざってたの?」

そう言って萃香が俺の手からそのサソリを取り上げる。
まるでなんでもないと……いや、違う。
自分の知り合い、もしくはペットのような存在が間違えてそこに居たかのような言い方だ。
けれども待て、こんな毒をもっているかもしれない生物が食べ物に入るってのはおかしいだろうというに――!
そんなものが混じっていたら、普通は疑問を抱いたりする筈なのに――
何故入っている事が当たり前のように振舞う? 何故俺が死ぬかもしれない事態に対してそうも軽く振舞える?
もしかすると、この俺の知らない世界と言うのも嘘で、出来の良い詐欺――

「……なんで指輪が入ってるのかしらね」
「――あ?」
「しかも黄金色……金かしらね。
 結構高価そうに見えるわ、チェーンまで付いてるし」

萃香の手の中にある物を見て霊夢が一言、それに俺は愕然とする。
さっき俺が手にしていたサソリは萃香の手には存在しなかった、そこに有ったのは本当に何の変哲も無い指輪だ。
首から提げる為だろうか、細いチェーンが繋がっている。
暫く信じられないと思って見ているが、本当に何の変哲も無い指輪だけがそこに存在していた。
さっきまでは確かにサソリだった、そんな質感が確かに有ったのだ。
にも拘らず、何処に消えたと言うのだろうか?

「こんなものが混じるなんて、霊夢はよっぽど慌てたの?」
「そんな訳無いでしょう、今朝炊いたばかりなのに」

――そして霊夢の言葉に嘘偽りを感じ取れない、そもそも俺が米を運んで来て手伝っている。
混入するにしても、その時に入れでもしなければ後は入れる余裕も猶予も無い。
けれども、先ほど萃香の見せた歪んだ笑みは何処だ?
見間違えたのだろうか、それとも俺が勝手にそう見たのだろうか?
――くそ、薬が切れたらまともな世界では生きられない。
後で薬を飲むにしても、もうあの薬は手に入らないな……

「全く、何の因果かしら。
 紫が仕込む――にしては、少し度の過ぎた悪戯だと思うしね」
「そだね、紫だって飲み込んでしまう様な危ない事はしないと思うし。
 と言うか、如何しようか。これ」
「そうね……」
「何か彫って有るけど、読めないや。
 漢字でもなければひらがなでも無いや」

そう萃香が縁側で瓢箪から酒を零して、洗い落としてから霊夢の下へと持っていった。
そして二人してなにやら指輪の事をしげしげと眺めている。
俺も口に飛び込んできた災厄を確認すべく二人に近寄る。
――綺麗な指輪だ、それもメッキ等ではないように思える。
指にはまる様な丸みを帯びた物体、そしてその中には萃香が言うように何かが彫られていた。
……………………

「あ――す……
 いや、待て。『あ』の次に掘り込まれてるのは『ぢ』じゃ無くて『い』か――
 それで、次は『す』……ちょっと貸してくれ」
「あ――」

萃香から奪うように指輪を取る、そして目を皿のようにして掘り込まれた文字を読む。
――こんな言語、そして文字を俺は知らない。         ――懐かしい
けれども読める、何故だか読めてしまう。           ――俺は、知ってる
たどたどしく、けれども試行錯誤の末に確信を持って俺は一つの解いを導き出した。          ――読めないほうがおかしいのに

「『愛する人へ』……と書かれている」

そして正解かどうかは分からないが、読めた事を二人に教えようとして顔を上げた。
しかし、そこに二人は居ない。それどころか居る場所すらも違う。
気がつけば俺は博麗神社には居ない、誰も居ない夕日の丘だ。
空気も違う、ねっとりと張り付くような重さが俺の身体へと絡みつく。

「ぁ――」

そして遠くに見た。
夕日へと沈むように一つの焔が、地獄の業火が存在した。
人はおろか、生物は誰も生きては居ない。そしてそれを許してくれない。
太陽が実はそこに存在するんじゃないか、そう言われても俺は信じてしまうに違いない。
――燃え盛る焔は、人々と建物と、存在するものを全て焼き尽くしながら蹂躙していた。

『見つけた』
「っ!?」

耳元から、背後から、正面から、真下から、空から声が聞こえてきた。
発信源が何処なのかも分からない、そんな中で俺は確かに業火から距離をとる。
アレはダメだ、アレはイケナイ、アレを見たという思い出ですらも残してはならない。
本能が、直感が思考を全て埋め尽くさんばかりに警鐘を鳴らす。
にも拘らず、俺はその業火を見るしか赦されない。
視界を振っても、自然と顔も視線も正面へと引き戻されていた。
焼け落ちる建物、異臭を放って黒焦げになる人々、無残にも殺される老人、首が看板のようにそこいらに並べられている。
――蹂躙、殺戮、一つの滅びがそこに存在していた。

「う、ぉっ!?」

これ以上は駄目だ、見てはいけないと距離をとった先で俺は躓く。
足を引っ掛けてしまったようだ。
バランスを保てずに倒れ、両手を先に地面へと突く事で尻を痛めることは回避できたようだ。
そして直ぐに足を引き、バランスを立て直す。
自分が何に足を引っ掛けたのか確認すると、そこに有ったのは一つの鞘だ。
刀か剣か……とにかく、鞘の中に得物が収められている姿で転がっていたのだ。

「……なんで、こんなもんが」

周囲を警戒しながらも鞘を手にする、すると再び世界が変わった。
確かだった足元がグズリと崩れ、隙間の様な物へと沈み込んでしまう。
それでも完全に落ちる事も嵌る事も無く、何とか立っていられた。
だが――俺が立っているのは無間の体、骸、屍。
数多くの死体が積み重ねられ、そこに俺は立っているようだった。
老若男女、子供から年老いた老人までもが俺の足元で足場となるように積み重ねられていたのだ。
気がつけば腐臭、そして足を捉えるねっとりとした液体、更には感じの悪い感触が靴の裏から伝わってくる。
赤い液体、其れとは別に滑る液体、そして踏んづけた箇所から人が形を壊して骨へと削られてゆく。

「ぐ、っ――」

死体が、余りにも多すぎて目を開けているだけで涙が出そうになる。
口や鼻をそのまま出していると涙や嘔吐感がして止まない、だから腕で覆ってしまう。
こんな場所には居られない、そう思った矢先に声が聞こえた。
死体の山に近い場所、山が始まる根元の場所に赤子が一人取り残されている。
母親は居ない、父親も居ない。
それどころか、生者は誰一人として存在しなかった。
そんな場所に何故赤子が居るのか?
けれども、俺は山から下りたい一心と、赤子をこんな場所から連れ出さなければならないと言う気持ちで足を動かす。

「ぬぁっ!?」

しかし、その一歩目を踏み出した瞬間に数多くの手が足を、腰を、腕を、胴体を、肩を、頭を掴んで山の中へと引きずりこむ。
そして死体に混じるように俺もまた埋もれ――

『お前のせいだ』

そんな声と共に、更に世界が変わった。
両手は拘束され、頭は動かせない。
そんな状態で再び夕日を眺めていた。
今度は多くの生者が居る、そして俺を見ている。
けれども俺は動けなくて、更には身動きも取れなくて――

『断罪だ』

辛うじて見えた視界の端に、大きな斧を持った人が居るのを見た。
そしてようやく理解する、俺は処刑台のような所に居るのだと。
頭の下を何とか見る、数多くの死刑を執行された人の血と思しきどす黒い物が地面を染め上げていた。
――あぁ、何だ。つまり、俺は今この場では罪人なのだな。そして、この処刑人に首を叩き落されるのだ。
斧は振り下ろされ、俺の首は胴体から別れ――

『――ろ、起きろ!!』
「っ!?」

けれども、俺に降りかかる声が今度は確かに俺個人へと向けられたものであった。
それで俺の意識が再び覚める。
俺は処刑台には居なかった、死体の山にも居なかった、そして攻め落とされた城の傍にも居なかった。
ただ、賑わう人々の中で呆然と立ち尽くしているだけだ。
心臓が痛いくらいに早く脈打ち、目玉が飛び出そうなくらいにズキズキと痛む。
脳が蕩けているんじゃないかと思うくらいに麻痺し、その中でも最後の理性が一本の糸で命を繋ぎとめる。
――今の幻想、幻影だけでも呑まれていたのなら命を失っていたかもしれない。
本能的にそう感じていた。
呪詛、呪いの様な類に思えて仕方が無い。
精神攻撃とも言う、アレで精神死へと追いやられていたのなら植物人間が一人出来上がっていたのだろう。
そう思うと、抜け殻の自分を想像して――
なんだ、今と対して変わらないのじゃないかと思った。
だが、全く動かないのであれば話は別だが。
こびり付く汗はべとべとで、握り締めた手には汗と共に指輪が握られていた。
そして――身体は血に塗れている。

『――さっきので死んでしまうんじゃないかと思った。
 流石に、一気に運命を全て流し込んでまで共有は出来ないか……』
「ふざけ……何が共有だ、何を共有しようとした!」

目の前に居る人物に対して声をぶつける、それに対して相手は苦笑して肩を揺らす。
姿は見えるのに形だけで、顔の作りすら分からない。
居る、喋っている、指の動きは分かるのに――何も見えない。
それは周囲が暗く、夜の街だからだろうか?
それでも沢山の人々が居る、雑踏を成して歩いている。
その中で俺たちは舞台を与えられたかのように小さな円を、誰もが入ってこないスペースで向かい合っていた。

『何って、記憶に決まってるだろう?
 お前が求めた、そして外界でのお前が持っていたものがその手に戻った。
 だからこうやって、何とか外界での情報を流し込もうとしていたんじゃないか』
「それが、あの様か!?
 死体の山、陥落した城、処刑される俺と言う存在も――全てが俺の記憶だと言うのか!」
『あ~、正解でもあり間違いでもある。
 お前は沢山の人を死なせたし、誰も死なせていない。
 逆に沢山の人を生かしたし、助ける事すら出来なかった。
 そしてお前は殺人罪で処刑されるし、誰も殺さずにのんびりと生きる。
 全部がお前でもあり、お前でもなし』
「訳が、わからん――」

変な話を聞いているような気分になる、何チャラの猫ではあるまいに。
蓋を開けなければ可能性は幾分にもある、だから全てが俺でも有るし俺でも無いと言う。
そういう理由か、そういう理屈か。

『――もしお前が全てを、記憶を求めるのであればこの世界に散ったお前の持ち物を探せ。
 勘で分かる筈だ、記憶は無くても経験は有るんだからな』
「その果てが、争いでもか!」
『違うな、争いの果てが今なんだ』
「なら俺は――」

争いと言う運命から、そうやって運命を築いた俺自身を否定してやる。
なんなら男である事すら、全てを否定して。
そして奴は、男らしい人物は寂しそうに肩を竦めた。

『――いずれ分かる、今のお前の選択は逃げであるって事が。
 けど敢えて言うならな、そうやって何もしないお前が……俺は気に食わねぇ!!!!!』
「がっ!?」

拳が叩き込まれる、そして頬骨が砕けそうな勢いに視界も意識も全てが揺さぶられた。
反射的に思考が反撃と攻撃パターンを様々に作り上げ、その結果として俺は回し蹴りを放とうとし――

「大地、如何したのさ?」
「嫌な汗をかいてだんまりなんて、やっぱり未だ万全じゃないんじゃないの?」
「――……」

目の前居に居るのは霊夢と萃香だった。
そして殴られた瞬間に立っていた筈なのに、気がつけば膝を付いてしゃがんでいた。
頬に痛みはある、なのに全てが夢だったかのように終わっている。
服は血に塗れていない、死体の放つ腐臭はしない。
そして頬は痛むけれどもその他は無事である。
その事を確認しながら顔を抑え――

「あれ、そんなもの持ってたっけ?」

萃香の一言で全てが吹き飛んだ。
顔を押さえる手とは逆の腕、その手には一つのものが握られている。
鞘だ、それも獲物が入った状態のものが。
それに俺はゾクリと泡立つものを感じた。
――じゃあ、先ほど俺が見たものは夢でもあり現実でもあるということか?
沢山の人が死ぬ事も、街が滅びる様も、誰かを殺して死罪になる事も……全て。
そこまで考えた瞬間に頭がズキリと痛む、それは言葉を発するよりも呻き声しか上がらない。

「ぁ、ぐっ――」
「ど、どうしたのさ!?」
「ちょっと、しっかりしなさい。だい――」

そこまででプツリと記憶が途切れる、全てが終わったかのように。





※ 幻
人の持つ可能性、人が迎えうる未来。
指輪を握った大地は、自分が見るor見た事をその場に映し出したのだ。
死体の山は大地を怨んで死んだ人々、夕日に飲まれる焼け落ちる街は守れなかった国。
処刑の瞬間は、誰かを殺してしまったと言う事である。
だが、そこで大地に語りかける人はそれが真実でも嘘でも無いと言う。

※ 謎の人物
大地に対して砕けた口調で語りかける人物。
親しそうに話しかけてはきているものの、その後で殴った事からプラスマイナス0であると伺える。
姿は見えるが、影しか見えなかったために素性は不明。
大地よりも背が高い男性だと言う事しか分からない。
あと、殴られた時の力はかなり強かった。(大地談
聞いた事の無い声である。

※ 薬
大地が常備している錠剤で、幼馴染の親が医者をしているために治験として付き合っている。
毎週一度は検診を受けて感想や報告をし、薬品の研究に役立っている。
今現在大地が服用しているのは鎮静剤であり、その効果は今の所大地にとっても多少精神的に依存している所もある。

――と言うのは建前であり、その実は治験と称して大地の治療を上から指示されている。
大地の父親を軟禁している人物が、大地の有用性を知っていて自滅しないように精神的不安定から回復させようといている。
因みに大地の父親とその医者は中学の頃から知り合いであり、同じく異世界へと向かった。