蒼野さんから7話が届きました。



交差する幻想 Refrain 7話

夢の中で俺は幻を見る。
それは大量の人間が取り囲む中、俺が武器を振って戦っているのだ。
腿を矢が貫いた、それでもへし折って敵を蹴り飛ばす。
腕を浅くだが剣が切り裂いた、それでもそいつの顔面に拳を叩き込んで昏倒させる。
周囲を敵が取り囲んだ、それを何かしらやったのだろう。全員が思い切り吹き飛ばされていた。
倒れてうめく敵は増える、けれども俺は常に一人で敵は限りない。
近くの敵が倒れれば、堀を埋めるかのように後続が来る。
それを見て、これも多分記憶の一つなのだろうと悟るが――
いやだ、冗談じゃない!
俺は戦いなんて望んでない、そして戦わなければいけない運命なんてクソ喰らえ!
こんな未来は認めない!
そう叫ぶが、大勢の怒声、怒号、矢が風を切る音、そして剣戟の音にかき消されて消えてしまう。

『つ、ぎは――手前だおるぁぁああああっっっっっ!!!!!!!!!!』

そして、夢の中の俺が『俺』をにらみつけた。
そのまま思い切り得物を握り締め、俺を思い切り斬り伏せ――



「おぉぁぁあああっ!!?」

背中を跳ねさせて、俺は身体を起こした。
そして荒い呼吸を意識しながらも掴んでいる布団、そして開いた手を黙って睨みつける。
汗ばむ手、水溜りでも出来てしまいそうなくらいに汗が握られている。
そして慌てて周囲を見ると襖、襖、襖。
辛うじて開けた視界の先には庭が――いや、境内が広がっているだけであった。
頭を即座に振り、そして思い出す。
俺は何が有った? 何が起きた? そして何が俺をここまでにした?
そのどれもが答えを得られぬままに空中を彷徨い、そして集中と共に霧散してゆく。
情報が無ければ考えても仕方が無いと判っているからだろう。

「っ、何時だ?」

そして直ぐに腕時計を見る。
気を失ったことも覚えている、そしてそのときが何時だったかも覚えている。
もしかすると数日眠ってしまっていたんじゃないかと思うが、そんな事は無かったようだ。
ただ2時間ほど時間が経過し、食事が終わってしまっているくらいだ。

「あ、起きた?」
「ぬぅぉぉぉぁぁぁああああああっ!!!!?」

そして突如聞こえた声に大驚きだ、誰も居なかったにも拘らずそこへと萃香がいきなり現れたのだから。
しかも隣だ、居たら気付くような距離でも場所でもある。
けれども起き上がった瞬間にはそこには誰も居なかった、それは俺がしっかりと知っている。

「なんで、どうして、どうやってそこに現れたのか香山さんは説明を聞きたいのですが!?」
「――ありゃ? ありゃりゃりゃりゃりゃ?」

しかし萃香は俺の言葉を気にせず、それ所か俺の事をしげしげまじまじと見つめてきた。
それに俺は沈黙して、更には眉を顰めて萃香を見るほか無い。
暫く萃香が何かを確かめるかのように俺の事を見つめていたが、少しだけ笑みを浮かべると軽く頷いた。

「うん、何だか知らないけど元気になったみたいだね。よかった。
 活きている様に見えるし、これなら直ぐに良くなるよ」

そう言ってにかっ、と笑う萃香に俺は首を小さく傾げるほか無い。
俺が生きている様に見えなかったとでも言いたいのだろうか、こやつは?
理解が出来ずに頭を掻くと、萃香はやはり笑ったままだ。

「何が有ったのかはわからないけど、表情も動くようになったね。
 塞ぎこんでいたのかな? とは言っても無理はないかもね。
 自分の住んでいた世界じゃない訳だし、そんな時は酒でも飲んで前を見よう!」
「それって絶対『嫌な事は一時的にでも忘れましょう』って意味だよな……」
「突っ込みも出来るか! やるな!」

何がやるな! だ、それくらいの突っ込みは出来て当然だと思うのだが――
そう言えばと思い出して俺は周囲を見る、そして鞘と共に引っ掛けられている指輪を見ると萃香に頼んで取り寄せてもらう。
少し重みを感じる鞘、そして光を放つような金で出来た指輪。
それを見て俺は布団から出て立ち上がる。

「如何するの?」
「――ちょっと待ってくれ」

指輪のチェーンを首に通し、得物の収まった鞘を如何すべきか思案する。
けれども数秒と時間は要らず、ジーンズのベルトに引っ掛けて腰の後ろに装備した。
周囲を確認し、安全だろう事を確認すると鞘と柄を掴んで得物を引き出す。
すると出てきたのは――

「……錆びた剣、か」

所々刃零れし、下手すると素振りだけでも刃が飛んでいきそうな、打ち合いでポッキリ折れてしまうんじゃないかと言う懸念が頭を過ぎる。
けれどもそれほど酷い具合では無さそうだ。
靴を履いて境内へと出ると剣を思い切り振ってみる。
――手に馴染んだ感じがする、そして扱いやすい長さだ。
片手で扱う事を狙っているのか、片手で振っても十分に軽い。
そして両手でも勿論扱える。
蹴り、回し蹴りからの身体を捻りながら小さくジャンプ、その間に剣を持ち替えて回転の勢いを載せた薙ぎ払い。
袈裟切り、払い、そしてそこから刃を返しての切り上げ。
前蹴り、小さく飛びながら逆の足で蹴り上げ、そこから切り伏せる。
様々な動きを通して扱いを『思い出し』、意気と息が軽く上がってきた所で鞘を掴んで得物を収めた。

「おぉ~、何か思い出したの?」
「いんや、全然。けどそうだな、何となくだけど自分がどういう生き方をしてきたのかは分かる気がする」

納得はしない、そして受け入れたわけでも無い。
けれどもあの影の人物が言うには、俺の持ち物が何処かに有るらしい。
それを探していけば、自然と記憶が戻るのではなかろうか?
だが思い出せばあの死体の山や、処刑のシーン等が思い浮かばされる。
これから思い出す記憶全てが、もしかすると絶望にくれるようなものかも知れない。
そう思うと心が沈む。

「……何にせよ、やる事をやる。その為には幻想郷を回らないといけない。
 さとりには悪いけど紅魔館からだ。情報収集にも向いているし、外来人が居るとか言ってたしな」
「――成る程、決めちゃったか」

萃香はそう言うとはふうと息を吐く、そして俺の事を静かに見つめる。
その顔は何と言うか、慈愛に満ちているような気がする。
さしずめ幼馴染が、少し出来の悪い自分を「決めたんだね、しょうがないなあ」と送り出すような感じである。

「……一つだけ言うと、今の大地とならこの神社でグダグダしながらゆっくり幻想郷を回っても良いと思えるんだよね。
 前の大地は、何と言うか――生きた屍にしか思えない。そんな奴とは本当の意味で一緒に居ても面白くも無かったから」
「――そっか」

前の俺、前の俺?
そう言われても俺は思い出せない。
急激に何かが変わったわけでも無いし、更に言うなら知覚出来るような変化が俺にあったわけでも無い。
だから萃香の言う前の俺が今の俺とどう違うのかなんて全く持って分からないのだ。
靴を脱いで部屋へと戻ると、鞘を外して再び壁へ立てかけた。

「と言うか大地も前途多難だね~、数日前にこっちに来て殺されかけて。
 目が覚めたら休む暇も無く来訪者が来て、そしてご飯を吐いたと思ったらまた気を失って。
 そこまで波乱万丈な日常を渇望しているって訳でもないでしょ?」
「――はっ、そういや俺……飯食えてねぇじゃん!?」

萃香に言われて思い出す、ご飯を吐き出してそのまま気を失ったのだから腹が満たされているわけが無い。
そして思い出したかのように腹が自己主張を始め、それに俺は苦笑して頭を掻く。

「まあ、大丈夫だよ。
 霊夢がまたお粥作ってくれているし、気分一新のためにまたお風呂にでも入る?」
「そうだな。何が原因で気を失うかも分からないし、リクライ――リラッスス……リラックスするのも大事か」

そう言うと俺はポムと手を打って入浴する事にした。英語は苦手だ。
萃香も「朝から風呂酒も良いもんだね~」等と言いながら一緒に入った。
どうにもこの鬼っ娘は俺に対して無防備な感じがするけれども、そこは「同じ『香り』と『山』の繋がりって事で仲良くしようよ」との事。
その前に鬼だから俺がミンチに扱下ろされる事請け合いだ。
そして風呂を出ると萃香が言ったとおりにお粥が出てきた。
それに俺は両手を合わせて「有難う!」と言うと怪訝な顔をされる。

「……偽者?」
「ぬわぁ~にが偽者じゃあ! 香山さんは俺一人であって、誰かが化けているとでも言いたいのか、あぁん!?」
「煩い、黙れ」
「……はい」

額をペシリと叩かれて沈黙、そして仕方が無く黙ってお粥を前に手を合わせてからレンゲを動かした。
今回は自分で食べられる――
そう思っていた時期が俺にも有りました。

「はい、あ~ん」
「あ、あ~ん……」

けれども気がつけば俺は萃香によって食べさせられていました。
それも、しっかりと息で冷まして貰ってまで。
その事実に俺は少しだけ恥ずかしいなと思――

「……あれ?」

恥ずかしい?
何でそんな事を思う?
今まで俺はそんな感情は全くと言っていいほどに働かさなかった筈だ。
言うなら、『恥ずかしいと思う事を恥ずかしい』とでも言わんばかりに、全てを雁字搦めに封をしていたのだから。
言うなら――「いざと言う時に動けない自分が恥ずかしい」と言う認識しかなかった訳で。
――今まで自分がしてきた事の無い思考、そして考え、感情表現等に自分で違和感を覚える。
手を握り、そして開いたものを見つめる。
……何も無い、ただ手の平がそこに存在していただけだ。

「大地~、食べないなら食べちゃうよ? あ~ん……」
「うぉう、この鬼娘マジで食べやがった!? 俺の数少ない食料を!?
 返せ!」
「ヴェレヴェレヴェレヴェレ……」
「戻せとは言ってないから、と言うか汚ぇ!?」
「冗談だって。ほら、食べなよ」
「…………」

萃香が再びお粥を掬ってから俺へと匙を押し付けてくる。
しかし待て、こういうのって何と言うんだったか……

『間接キスってさ~、甘いのかね?』

そうだ、間接キスだ!?
仲間の言葉が頭に響いたおかげで思い出せたが――
しかし待て、そういうのって……良いのか?
けれども萃香自身が気にしていない様子であるし、俺だけが意識するのもなんか悔しい……

「――意地でも食べないな? えい」
「おんぎゃぁ!?」
「とう」
「ぶふっ!?」

脇腹に足で蹴りを入れられた、それも結構痛い。
痛みに耐えかねて開いた口の中に匙をすかさず突っ込まれたから溜まったものではない。
喉の奥まで入りかけた匙に一瞬の嘔吐感、そして温かな粥である。
突っ込んでから直ぐに匙を引っこ抜き、粥だけを口内に残すなんていう荒業をした萃香は満足そうだ。

「へへへ、素直に食べてればそうはならなかったんだよ?」
「ん、んぐっ……ぶはっ。死ぬわぁ!!!」
「死ななきゃ安いんだよ、大地」
「……やけに懐かれてるわね」

霊夢の一言に俺は首を傾げるが、萃香が何処か興奮した顔持ちでこちらを見てきた。

「あはは~、同じ『香り』で『大地』に住まう者だしね。
 やっぱり縁を感じる訳だよ、こっちとしては」

鬼が何なのかは良く分からないが、何となくだが縁を感じるのは何故か?
伊吹萃香――酒天童子の鬼子。
鬼子……か。確かに縁が無いとは言わないが、それは蔑称で呼ばれた程度だから繋がりは無い。
そして同じく納得のいかないであろう霊夢がジロジロと俺を見てきた。

「ふ~ん……アンタ、別に吸血鬼って訳じゃないでしょう?」
「何で俺が吸血鬼かどうかって事になるんだよ」
「だって、右目と左目で色が違うし。
 吸血鬼は自然体で『魅了(チャーム)』の力を持ってるからね。その片目紅いし」
「――は?」

霊夢に指摘されて俺は自身の顔に触れる、けれども分かる訳が無い。
ポケットに出来ている膨らみから携帯電話があるだろうと推測し、手を突っ込むと確かに携帯電話が現れた。
電源は入っているようで、時間と日時、更には個性もクソも無い待ち受け画面が表示されただけだった。
それでも操作をしないことで再び真っ黒になった画面、その硝子が鏡のような役割を果たして俺の顔が映る。
――鏡ほどに綺麗に映る訳じゃない、それでもそこには確かに俺の顔があって――
真っ赤な左目がそこに存在していた。
例えるなら宝石で、例えるなら血のようで。
例えるなら太陽の明るみを、例えるなら深淵の暗闇を。
その様な瞳が左目に収まっていた。
因みに俺の元来の目の色は黒に近い茶色だ、これは髪の毛と同じ色である。
にも拘らず、だ。
俺の左目は真っ赤な色をしていて――
それがとても気味が悪いと同時に、何故か納得している自分が居た。

(何だ、この当然のように思える安心感……)

普通であれば考える、そして感じるだろう違和感が追いやられている。
それを上回る安心感に包まれているのだから。
だが、悩むべきは今ではなく――

「なあ、俺の両目の色を言ってくれ」
「茶色と紅ね」
「茶色と紅だよ」

――やはり、か。
携帯で再び自分の顔を見る。
茶色と紅い瞳が存在している。
別にカラーコンタクトの類ではなく、まるで生まれ付いての物のようにそこへスッポリと収まっているのだ。
目蓋を閉じてグニグニと押してみるが、やはり自分のものだと感じる。
別に左右上下を見るのに違和感は無い、更には何か不具合が有るようにも感じない。
……特に問題は無さそうである。

「もしかして、気付いてなかったのかしら?」
「俺は今の今まで気付いてなかった……
 言ったじゃないか、記憶があやふやなんだって。
 何でここに居るのか、何があってここに来たのか、前後関係が全く分からないんだ」

簡単に例えるなら、答えしか書かれていない数学の問題のようなものだ。
何があったのか、そして何が起きたのかが分からずに、この幻想郷と言う世界に居るという結果だけが既に提示されている。
別の言い方をするなら、殴られた、吹き飛ばされた、壁に叩きつけられたの三つの中で、前の二つが無いのと同じなのだ。
何かをしなければ結果など出ないのに、結果だけの中にぽつねんと置き去りにされているのである。

「――……、」

萃香からお粥の入った器と匙を奪い取ると、自分でガツガツと貪る様に口内へ放り込んでは咀嚼して飲み下す。
それを何度か繰り返して粥を空にした俺は立ち上がってから荷物を確認した。

「どうするの?」
「兵は拙速を貴ぶって言うしな。
近日にレミリアの言う館に向かう事にする。
 あんまりダラダラしても駄目だ、思い立ったが終日とやらだ」
「其れを言うなら吉日」

まあ、実際は止まっている時間や空間と言うのが苦手なのだ。
……けど、何時からそう思うようになったんだっけ?
何時もの俺は変化を嫌い、埋没するような日常を好み、そして部屋に閉じこもるのが好きだったような気がするのだが――
まあいい、思い出せないのなら考えても仕方が無い。

「なんか、気を失う前と変わったわね」
「そだね。何だか前向きで元気になってるような気がする」
「ほっとけ、香山さんは何時までも子供じゃないのですよ。
 と言うわけで、可能な限り急ぎながら落ち着いて行動する事にするよ」

鞄の中にある荷物を確認してゆく。
その中に有った筆記用具とノートを掴み、シャーペンを取り出して手早に必要な情報を残していった。
ナノマシンとて万能ではない、意識を削いで使う代物だからだ。
だから紛失する可能性があっても、いつでも確認できるメモの方がまだ信用できる。

「……求聞史紀」

そして書物を借りて可能な限り情報を写し取る。
人物、能力、危険度、出没場所。
危険区域、そして存在する生物、対処法など等。
最後にちらりと書かれている弾幕ごっこについてのメモとやらも、走り書き程度で留意しておく。
時間はかかる、当然だ。
けれどもそれを苦に思わず、ただ時間を費やしてゆく。
――中間や期末テストの勉強をしていると考えた瞬間に嫌気がさしたが、それでも生きるために必要だと思えば何ら苦に思わない。
思わないのではなく、思ってはならないのかもしれないが。
何度かあせりにバキボキと芯が折れて飛ぶが、その度にカチカチと芯を出してやる。
ノートを殴り書きから必要な箇所はきちんと書く。
そして細かな点を除いて、3時間ほどで求聞史紀を抜粋した感じのノートが出来上がった。
求聞史紀を貸してくれと尋ねた方が早いかもしれないが、それでも色よい返事を貰えなければ同じ事をしていただろう。
だから外れではない。間違いでも無い。
くたびれた腕、そして脳、更には眼球を休ませるように一息吐いた。

「よし、どんなもんだ」

求聞史紀と自分の作ったプチ求聞史紀を何度か見比べる。
その中にミスがあれば消しゴムで消して書き直しはするが、それでも殆ど内容は一緒となった。
イラストは……まあ、勘弁してもらいたい。
日が少し傾きかけた午後ではあるが、幻想郷に来てから一つ自分で成し遂げた出来事。
ただの書き写しではあるが、求聞史紀を自分なりに完成させたのだ。
そんな小さな出来事だが、確かな達成感を胸にしていた。
萃香が近くで丸くなって寝ている、どうやら暇を持て余した挙句に眠ってしまったようだ。
そんな萃香にYシャツを脱いでかけてやると、遠くから聞こえるテンポの良い包丁の音に腹が少しばかりなった。

「……少しばかり手伝うかな」

そう言って俺は霊夢の調理場へと手伝いを申し出るのであった。
因みに調理は中々息が合わなくて悲惨な結果になったものの、料理自体は問題なく出来上がった事をここに書き記しておく。

「あっれ~、大地ったら切り傷だらけじゃん。
 どうかしたの?」
「……名誉の負傷だ、気にするな」

まあ、つまり――だ。
男子厨房に入らずを犯した俺が、霊夢の邪魔になったとだけ言っておこうか。












「あ、くっそ……痛っ――」

気がつけば、本当に気がつけば、だ。
俺は尻に走る痛みで意識が覚めた。
前後不覚と言う言葉が似合うように、何故尻を痛めて見知らぬ場所に居るのかすら分からない。
そして、何でこんな夕日が沈み、暗闇が支配しようとしている世界に居るのかすら分からない。

「……あれ、確か俺は政務の手伝いをしていた気がするんだけど。
 何があったんだ?」

腕時計を確認する、するとそこには既に7時半ばを指し示していた。
……おかしい、何がおかしいって時間がだ。
確かに仕事をしすぎて時間を忘れる事は多々ある、そして朝日と鳥の囀りでまたやってしまったと疲労感で自己嫌悪に陥る事も屡ある。
けれども、それとは無関係だ。
なぜなら仕事をするときは部屋にいるのに、今俺は何も無い――
と言うのも失礼だから訂正するよ、草原のような場所に立っているんだ。
尻の痛みは落下してきたのかもしれない、だからこそ痛むのだろうけど……

「どこだ、ここは――」

尻を叩いて俺は立ち上がる、そして周囲を見るが――
何も分からない。
大自然、大草原の真っ只中でぽつねんと俺は立ち尽くし、ぽっかりと浮かんでいる月を眺める位しか出来ない。
ただ、最近政務室に詰めてばかりだったので懐かしいと言えばよいのか……
一息吐きたくなるような状況に意識が安らいだ。
しかしすぐさま自分に起きた異常が何なのか、どうしてここに居るのか理解できずに気を張り詰める。
もしかすると王都の城の中に自分らを快く思わないやつらが潜入し、内部から工作しているのかもしれない。
そう考えると、自分をこんな場所へと吹き飛ばしたのだと説明もつくが――

「いや、王の剣が居るからその可能性は限りなく低いかな……」

王の剣とは、表には出てこない裏の護衛役のことだ。
望まれなければ決して姿を現さず、何もなければ居ることすら分からぬままだ。
しかし、彼らはどこにでも居るし、どこにも居ないかもしれない。
ただ確実にいえるのは、一流の護衛として、そして武術を嗜む者として王の為――
国のために働いていると言うことだ。
だからこそ、王に対して敵意を持たない自分を放置こそされど、他国の工作に巻き込ませる訳が無いと思ったのだ。

「じゃあ、なん――!?」

ぼんやりと立ち尽くす中、足を引っ掛けて転んでしまった。
転んだときに伊達で着けている眼鏡の淵に指を引っ掛けてしまい、どこかへと吹き飛んで消えてしまう。
けれども即座に地面をけり、腕を突っ張って体勢を即座に立て直す。
そして周囲を眺めるも――誰も居ない。
その代わりに、足元に一つの大きな木が倒れていた。
そう、まるで切り倒したばかりの巨木。
しかし、それは――

「は、あ……」

屈み、手で触れてようやく理解する。
それは木などではない、それどころか無機質なものでもない。
……いや、無機質なものへとなった、と言うのが正しいかもしれない。
触れた手が冷たく液体を手のひらに貼り付けた、そして独特の匂いが鼻をつく。
そう、木だと思えたその理由は――
胴体と頭しかない、そんな形の物が夜の中で人だなんて即座に判別できるわけが無い。
けれども分かる、俺には分かる。

そのガラス玉のように星と月の光を反射している。       ――違えるわけが無い
口をだらしなく開き、顔は驚愕で止まったままだ。    ――これは間違いなく死体だ
腕は肩の付け根から無残にも千切られている。       ――夥しい血をぶちまけて
足などまるで最初から無かったとでも言わんばかり。   ――汚く、綺麗に死んでいる
腹は開かれ、骨が覗いていた。               ――まるで置物のように

「っ……ぷ!?」

見慣れた、とは言わない。
戦争に行けば幾らでもむごたらしい死に方をする兵士を見てきた。
片腕を切り落とされ、内臓を零し、両の目を失い、足を吹き飛ばされ、時には下半身を失いもすれば、頭だけが目の前に落ちてくるような事もあった。
そう、見慣れたことだった。見ようと思えば見られるいつもの光景。
かつて、俺は――俺たちはこういった人たちを敵味方から生み出した。
時には無関係の人が同じようになり、歴史の礎と化して埋もれている。
だが――

「一緒に来て貰おうか」

いきなり背後から腕を掴まれ、そのまま立ち上がらせられた。
それに思考がパニックを起こし、腕を思い切り捻って相手からの拘束から何とか抜け出す。
ナイフを取り出し、顔に手を当て――眼鏡がないことを忘れていたのでそのまま下ろす。

「――目的は何だ」

自分の喉がからからに渇き、真っ暗闇の中に立ち尽くす一人の男へと警戒を露に構えたままに動かない。
――訳の分からない場所、そのような場所でいきなり拘束されかけた。
少なくとも、自分の地位と立場から考えれば警戒しすぎて問題ない状況だった。
一国の貴族、しかも政務に携わる身分だ。
自惚れじゃないが、俺はかなり国へと貢献している。
戦では殿を受け持ったりもした、大地たちと共に死地を切り抜けた事だって度々ある。
俺たちの国はまだ国王が若く、世界混乱だって収まったばかりの勝負所だ。
だからこそ、意味不明な状況こそ危惧すべきだった。

「おい、何をやってるんだ。早く――」
「っ!!」

さらにまずい事になった、どうやらあちらには仲間が居るようだ。
……一人だと言うのはただの希望的観測だった、だからこそ忌々しかった。
今度は今対峙している男とは別で、どうやら若い男のようだ。
暗くてよく見えない、けれども――若い、それだけは確かに分かる。

「早く済ませてしまおう、時間をかけすぎると不利だ」
「分かってる。だから宮間健……、いや。日向――だったか?」
「っ!?」

苗字を出され、しかも今は使っていないかつての苗字を出されて心臓が止まったかのように思えた。
宮間 健(みやま たける)、それが俺の名前だ。
しかし、日向(ひゅうが)と言う苗字も持つ。これはかつてのものだ。
それを言いふらした事もない、むしろ隠してきた事も自覚している。
けれども、なぜこの初対面の男は知っているのか?
構える俺に対し、あちらは構える事も無く俺の事をただただ見ているだけで――

「――お前が素直に来ないと、命が無いんだけどな」
「…………」

脅しかけてきた。
そして、一歩此方へと歩み寄る。
――先ほどの死体が、男の足に蹴られて少しばかり転がった。
つまり、何だ?
すでに何らかの手が打てる状態で、この死体はその見せしめと言う事に――
殺されたのだろう。

「――手荒な事はしない」

怒りがわいた、けれどもそれ以上に奴らのやばさを感じ取った。
だからこそここは頑張るところじゃないと思った、だからこそ死者には心の中で弔いの言葉をかける事しか考えられなかった。
一歩、後ろへと足を滑らせた。
そして、一気に身体を崩した。
重心を落とし、足を曲げ。転ぶかのように体が傾いてゆく。

「な――」
「っのお!」

相手は俺が逃走に入るのを察知したようで、素早く此方へと駆けてくる。
それを押し止めるべく、反転させた体の勢いをそのままに手にしたナイフを投擲した。
ナイフを一瞬だけチラと見たが、それは命を奪うわけではなく、足を止める為に足を狙ったものだった。
あとは知らない、何も分からない。
けれども――このままじゃいけない、だからこそ無闇ではあっても人質になろう事があってはならない。
まだ、捕らわれることがなければ……。幾らでもやり直せる、ここが何処だか分からなくても!
幸い、近くに森が見えた。そこに逃げ込めば、あるいは――!
しかし、その時トン……、と。
軽く、嫌な衝撃が身体を貫いた。
体が、傾く……

「馬鹿、殺してるじゃないか!」
「狙ってない! 俺はただ、足止めを――」

なにやら、先ほどの二人が喚いている。
けど、あちらは何処まで俺のことを知っているのだろうか?
――屍になるとしても、それを別の材料として運ばれるのを嫌った。
あと数歩、死ぬかもしれない短な時間を。
全て注ぎ込んだ。

「あ、くそ……。亮――大、地……」

森に入り、草の生い茂る茂みの中に体が倒れこんだ。
ナイフが、幸運なのか腕なのかは知らないが。
心臓へと到達しているのが分かる。
もうもたない、そう分かっているからこそナイフを抜き、仰向けに倒れこんだ。
意識が遠のく、世界が全て真っ白になってゆく。
友達の名前を呼び、意識はどんどん落ちてゆく。

『無様だな』

そんな、もう一人の声を聞き――                 ――トクン……
俺は、物言わぬ屍となった。





――――

どうやらかなりの時間が経過したようだ、そしてアイツは――
宮間健は絶命した。
じゃあ、オレは誰なのかって?
そんなもの、自分から名乗るほど面白いものでもない。

「さて、ね。こんな形でピエロ再演だとは監督も主演も思わないだろうさ」

そう言いながら、オレは宮間健『だった』身体を動かす。
右手も、左手も、右足も、左足も動く。
そして背中は――傷が残っていなかった。
月を見上げて、今の状況がなんとなく理解できぬままに欠伸を噛む。

「まあ、散歩でもするかね」

そう考え、オレは森の奥深くへと歩いていった。










※ 宮間(みやま)・日向(ひゅうが)
健(たける)の苗字で、日向家の分家のもの。
父親が宮間姓で、母親が日向姓。
日向家とは、かつて退魔や暗殺、忍び等と人を裏から支える事が仕事だった。
しかし、人数が増えすぎた事で日向から出来損ないを宮間として追放した。
主力の日向、出来損ないの宮間等といわれている。
ただ、出来損ないとは言われても常人離れをしている。
――因みに、現代ではすでに暗殺術は廃れつつある。

※ 日向健
母親が元は日向の者で、父親のほうへと押しかけて生まれたのが健である。
しかし、母親が日向の者だったが為に生まれた息子、日向健は本家で嫌われながらも生きてきた。
本家と分家の子供なので、混血と嫌われた。
しかし、実力だけは予想に反して大人をも嘲笑うかのような成長を見せた。(先祖がえり、初代の生まれ変わりと持て囃される)
その事が切っ掛けで本家の子供から大人までもが敵へと回り、露骨な嫌がらせや死ぬような事をした。
結果として両親と共に一般人として生きる事となり、しかも両親を殺されてしまった。
その後人格と共に記憶を封じられ、11歳にして身寄りを失いながらも異世界へと到達。
そこで貴族に拾われる事となった。

※ 亮
健の友人で有ると共に大地の友人で、現在は若くして一国の王をしている。異世界の人物。
かつては大地も共に居り。谷熊(やぐま)、宮間(みやま)、香山(かやま)の“魔の三同盟”として学生の間では噂されていた。
しかし、傍には8人もの少女を侍らせる等と問題の有りそうな事をしているが、本人がてんやわんやなので悪い噂が一切立たない。

科学世界の住人は大地と健の二名だが、健は幼少の時に異世界へと移動し、大地は高校二年の時に助けた猫が切っ掛けで異世界へと行く事となった。
この中で亮のみが純粋な異世界、魔法世界の住人である。

――現在物語の焦点である大地には、異世界へと向かった事すら覚えていない。

※ リクライ――リラッスス……リラックス
見てのとおり、英語に関しては1を取る位に悲惨である。
ただし翻訳能力が壊滅的なだけであり、自分から発する分には幾許か大丈夫。

※ 左目
大地の左目は紅く、霊夢曰く『魅了(チャーム)』が自然に出ているという。
大地の事を少しでも好感や好意を抱く相手であれば、勝手に其れが膨れ上がってしまうというもの。
つまり大地との関わりが長くなればなるほどに、異性同性問わずに大地へと好意を抱く。
当然女性であれば好きになる可能性も有るが、男性であっても相手にその気があれば薔薇世界が待っている諸刃の剣。
別に眼を見なくても、大地と言う存在そのものに魅了が発動しているので効果はある。