蒼野さんから10話が届きました。



交差する幻想Refrain 10話

――???――

「――世界は何度も繰り返す?」

紅魔館の一室、二人の人物が会話をしている。
隠れている訳ではない、ただ誰も近くに居ないだけで密談のような会話に思えないのが不思議だ。
眼鏡をかけた男性が尋ねた言葉に、もう一人の男は「そうだ」と頷く。

「分かりやすい例えをするならゲームだ。
 アドヴェンチャーゲームのシステムを取り入れた、シューティングゲームのようなものだと思えば良い」
「――怒首領蜂にそんなシステムが有ったか?」
「そっちのシューティングじゃなくて、FPSやTPSのようなもんだ。
 あっちは大量に敵が出てくるけど、出現するポイントと人数以外はプレイ毎に変わる。
 其れは分かるな?」
「AIだしな、プレイヤーだって毎回同じ行動をしないだろ」
「そういうこと。
 話を進めると、例えば自分がその操作されているキャラクターだとする。
 其れで何でもいい。落下死、銃弾に撃たれる、手榴弾に吹っ飛ばされる――
 幾つか死ぬ方法があるとして、死んだらどうなる?」
「チェックポイントから――だな」

そう言って彼は口を噤む。
何が言いたいのか分かったからだ。
その様子を見てもう一人は頷いて、近くにおいてあった自信のフォルダーから紙を取り出した。
そしてペンも握る。

「そう、チェックポイントからだ。
 じゃあ質問だ。プレイヤーの場合はその死んでからチェックポイントでやり直す事は、全て一貫した出来事になる。
 逆に操作されているキャラクターだったらどうなると思う?」
「……死んだ事はなかった事になる。ビデオで言うなら巻き戻しをしたって事になるから……
 ――その出来事は全て『無かった』?」

その返事に頷いて、彼はさらさらと紙に丸やら棒線やら、幾つかの解説書きを入れてゆく。
其れを見て「教えるのは得意だな」と笑った。

「まあ、一概に言えばそうだな。
 ただし其れは『チェックポイント制』、つまりはセーブしたデータをロードしたという法則の場合だ。
 この場合、世界は一つで良い。
 此処でもう一つの考え、『強くてニューゲーム性』を取り出す」
「……それはゲームをクリアした場合じゃないのか?」
「いや、稀にバッドエンドを迎えた場合『にも』データの一部を引き継いで最初から遊ぶことが出来るゲームも有る。
 ゲームとしてはヌルゲーになるだろうが、ゲーム性によってはスルメゲーになる。
 それはさて置いて。ここで重要なのは『データの一部を引き継ぐ』と言うことだ。
 一週目のスタート時点では存在しなかったモノが二週目では引き継がれていたり、其れによって不可能だった事が可能になったりもする。
 じゃあ、其れをADVゲームだとしたら? 選択肢が現れる場面で持っていなかった考えを持って居たらどうなる?」
「――別の選択肢が出てくる」

その通りだ。
そう言って彼は先ほどのものとは別に新しく書き込んでゆく。
今度は丸が二つ、そして其処から風船のように延びる線も一つずつ。
先ほどとは違うのは、左隣の『一週目』と書かれた場所から、『二週目』の最初の箇所へと繋がるラインが出来ている事だ。

「プレイヤーにとっては二週目で、其処で新しい選択肢が出ただけかもしれない。
 けれどもキャラクターにとっては其れが『一回目』のシーンなんだ。
 つまり本来であれば死亡シーンへと繋がる場面で、選択肢が現れるようになっているのと同じだ。
 勿論選択次第で回避も出来るし、勿論そのまま死ぬ事だって出来る」
「ちょっと待ってくれ。
 其れが本当だとしたら俺達はどうなる?
 その本人が死ぬ度に、次のやり直しでは上手く行くように選択肢が増えていくが。
 こんなやり取りをしている俺達も、実はもう何度かループしているだなんて事もありえるだろ」
「その通りだ。
 実際問題俺達がこの瞬間にも実は何度かやり直しされてるかもしれない。
 其れを放置したらチェックポイントだって前進しないし、エンディング如何によってはチェックポイントすら破棄されてニューゲームだ」
「――其れをどうにかしないといけないのか?」
「ああ。最近里の近辺で見慣れない妖怪が出没してる。
 妖怪や人間問わずに襲われる事象まで起きてるからな。
 出来れば協力を仰いで解決したいんだが――」
「解決できる条件や要素を未だ得ていない、って事か」

解説を書き終え、その紙を男性へと渡す。
其れを受け取った彼は折りたたむと、そのままポケットへとしまいこんだ。
解説を書き終えた男性はペンをしまい、フォルダーを脇に抱えると話はお仕舞いだと告げた。

「――俺は此処にあんまり居られないから、代わりに眼を光らせといてくれないか?」
「そうは言うが。俺だって結構忙しいぞ?
 料理だけじゃない、掃除とか誰かの相手だってしなきゃならないんだ。
 ――とは言え、そっちも同じか」
「まあな。明日もまた子供の相手さ、その為にはこれ以上時間を使い過ぎると支障が出る」
「頭突きされないようにな」
「そっちも、ナイフで刺されないよ~に」


――大地――

地下で出会ったフランドールに連れられて、俺は紅魔館を歩いていた。
糸に関してはとりあえず転がしておき、後で回収に向かうことにし、今はこの館に有るという図書館へと向かう。

「でね、沢山本があって楽しいの」
「へえ?」
「難しい本はあんまり面白くないけど、面白い本も沢山有るから安心していいよ?
 最近は外からも本が来ることがあるんだ。
 マンガって言うらしいけど」
「……なるほど」

どうやら難しい本に混じって漫画が並んでいるようだ。
図書館といえば、圧巻なのは10万冊以上蔵書が有ると言われる大図書館だろうか。
棚がまるで棺桶の様に敷き詰められ、本の一冊一冊がまるで墓標のように思えたことが有った。
無理矢理連れて行かれて「ほら、大地はぼんやりしてると直ぐに何でも忘れるんだから。せめて本でも読んで忘れ事を減らす努力をしなさい」と幼馴染に言われたことが有るが……
結局三国志を借りて読みきったので返却したっきり行った事がない。
死んだ後で機械に墓を管理されたとしたら、あんな感じになるのだろうなと考えた事がある。
重要なのはカタチではなく管理されているという事実なのだとでも言わんばかりに。

「――それにしても広いが、地下にはあんまりメイドは居ないのか?
 さっきから出くわさないが」
「地下には行きたくないんだって。
 私が聞いても何が怖いのか教えてもらえなかったけど」
「なるほど」

ほら、ついたよ。
そう言ってフランドールが招いたのは二つの扉がある場所だった。
いかにも図書館ですという雰囲気だ。
何をもっていかにもなのかは分からないが。
一瞬癖で蹴破ろうかと思ったが、今居る場所が場所なのでそんな事をする訳にはいかないと自粛。
左側の壁に幾許か身体を隠しながら手だけで扉を開き、そのまま暫く影の中に居た。

「何してるの?」
「――別に、何も」

フランドールが俺を見て怪訝そうにしている。
おかしな事をしたかなと少しばかり思うが、そのままフランドールの後に続いて扉を潜る。
扉を潜った先は――

「う、お、っ……」

地下室の廊下とはまた偉く違う空気。
廊下の空気が冷たく湿気を含んでいながらも多少済んでいる感じだとすれば、今は言ったこの部屋は歴史ある場所といっても過言ではないだろう。
汚いという訳ではない、けれども物々しい雰囲気を醸し出している。
そして何よりもその広さだ。
俺がさっき思い出した図書館ですら嘲笑えるような本棚と書物の多さ。
けれども感じるのは『管理』ではなく『秩序』と言うもの。
無機質な何かではなく、何か温もりを感じるような――

「へへ~、すごいでしょ?
 パチュリーが此処を管理してるの。
 勉強する時は此処が一番なんだ」
「勉強する時は、って……
 この多さを、一人で管理してるのか?」
「ううん、小悪魔と――あと雷人も」
「ライト?」
「うん。大地と同じ、外から来たヒトなの」

へえ、外からねぇ……
と言う事は俺と同じ場所に居たのだろうか?
けれども今の話しぶりからすると紅魔館に居る事だろう。

どんな人物なのかは知らない。     ――『料理人なら、いつでも歓迎するさ』
けれども多分男なんだろうとは思う。     ――『いやいや、多芸すぎるだろ!?』
どんな事をしているのか、どんな関係を築いているのか。     ――『小悪魔がさ、気になるから此処は任せてもいいか?』
分からない、分からないけど……     ――『なるほど。目的を持たないから意味の無いスペックなんだな、大地は』
悪い奴じゃないんだろう、不思議とそう思えた。     ――『お前も、生きていて良いんだよ。だから生きる意味を探せよ、じゃなきゃ報われないから……』


「ぐぇっぷ……」

猛烈な吐き気、激しい頭痛。
言葉が入り混じり、俺のものじゃない誰かの言葉がごちゃ混ぜになって頭の中をかき混ぜてゆく。
まるで自分が引き裂かれ、切り裂かれたかのように脳を別の誰かが使っているかのように乖離してゆく。
肉体と魂、心と精神、現実と幻想――
それらを含めて自分だというのに、その自分が二分されるような虚脱感。

吐きそうだ/どこかで吐いた
嘔吐感が更に吐き気を増す/さっきも吐いたばかりだというのに
吐かない、そうやって押し込めると別の何かが器官から入ってくる/まるで腐乱死体を前にしたかのように

思い切り、俺は片手を握り締め、開くという事で手が動く事を確認した。
そしてそのまま思い切り自分の右頬を、右手で殴り飛ばす。

「っぐ!」

殴った。痛みと衝撃が脳を揺さぶる。
一つの目が映像を二つ見るかのように、視界がぶれて何もかもが正視出来ない。
けれども吐き気は治まる、脳を支配していた『嘔吐』と言う情報に『痛み』と『衝撃』という情報をねじ込んで緩和する強硬手段。
左手が痛くて使えないと思うなら、右手も同じくらい痛めつければ何事も無いように使える。そんな暴論を行使した。
手が悴む様に振るえ、意志とは関係なしに膝も震える。
当たり前だ、頬を殴れば脳が思い切り揺れるのだ。
口から零れる涎を袖で拭いながらも、膝を突いた体勢からよろりと立ち上がる。

「ねえ、今の何の遊び?」
「あそ――ねえ……よ」

喉が詰まる、呼吸でさえやっとだ。
首に手を沿え、口をしっかりと開いて息だけでも整えようとする。
息が詰まると吐き気が再びよみがえる、其れを忘れるように呼吸を回復させることだけに集中した。
――くそ、鞄置いてきちまった。薬が手元に無い、昼間に飲んだばっかりだって言うのに……!
今から戻ろうにも、せめて毛玉のある場所へと戻らなければならないし、それから更に歩かなきゃならないので多分間に合わないだろう。
間に合わないといっても、そこまで急を要さないのだが。
視界が、幾許か歪み始めたぐらいだ。問題ない。

「――うううぅぅぅ……」
「? 変なの」
「何を騒いでるの?」

膝に手をついて深呼吸を繰り返す俺の傍に、また新しい誰かが現れた。
紫色の髪の毛、帽子、月を模った飾り物。
脇には本を抱えているのを見て、多分コイツがパチュリー……パチュリー・ノーレッジなのだろうと予測する。
ノーレッジとは凄いものだが、紹介を見る限り賢者の石がどうのこうのと書かれていたはずだからそれなりに凄いのだろう。
賢者の石と言えば、錬金術師の悲願だったか――そのようなものだった気がするが。

「あのね、新しいお客さんがきてたから案内してたの。
 どう、偉い?」
「はいはい、妹様はいつでも大人しくて偉いわよ。
 それで息も荒い貴方は誰?」
「お――は、かや……ち」

言っていて伝わらないと判断し、片手を挙げてタンマを要求。
それに関してパチュリーは何も言わずに小さく頷いて「……落ち着いてからどうぞ」とだけ言う。
その言葉に甘え、俺は深呼吸を繰り返して何とか持ち直すことが出来た。

「……香山大地だ。ついさっきレミリアに連れてこられたばかりで――ぇほっ――今は内部の把握をしようと散策してる」
「あ、そ。でも見取り図とか、大まかな構造くらいは聞いとけば良かったと思うけどね。
 あんまりとやかくは言わないけど、入っちゃいけない場所とかもある。
 下手な場所に入り込んで秘密でも知って、其れが原因で行方不明になって生涯を終えるなんて嫌でしょ?」
「んぐ……、それはそうだ――けどさ。
 ……そんな危ない場所が有るなら先に一言言えっての」
「聞かれてないからでしょ、どうせ」

確かに、聞いちゃ居なかった。
けれどもそんな場所が有るなら言って欲しいものだ。
例えば扉を引くと仕掛けが作動して向こう側に設置されているショットガンが火を噴くとか、部屋の入り口直ぐ傍にある床石を踏むと仕掛けが作動して閉じ込められた挙句天井に押しつぶされるとか、一見で宝のように見えるものを取ると直ぐ傍の壁から鉄槍が飛び出て殺しにかかるとか――
――死体が隠されていて、其れを知ったが為に殺されるとかな。
考えればきりが無いが、其れを除いても「此処は倉庫なので入らないでください」とか「此処は○○の部屋なので入らないでください」程度は言うべきだろうとガチで思った。

「……えっと、魔法使いだとか聞いたけど。
 本当なのか?」
「一応天然の魔法使いをやってるけど。
 たしか外じゃあもう魔法なんて無いのよね」

魔法なんて無い、それが当然だ。
とは言え、俺達学生が開発されて能力を持つ。その能力が魔法じゃないと言い切れる根拠は何処にもない。
進みすぎた科学は魔法と区別がつかない……だったかな、そんな感じだったと思う。

「……誰にでも使えるのか?」
「あら、魔法に興味があるの?
 けど残念ね。魔法って言うのはそう容易く扱えるものじゃないわ。
 一番簡単な魔法行使をしたいのなら、魔導具でも使えばいいわ。
 その代わり、使い切ったらお仕舞いだけど」
「それは杖とか千切って使い捨てる魔導書とかだろ……
 確かに其れはそれで使いやすくは有るだろうけどさ」

吐き気はもう無い。
ようやく頭の歯車がかみ合って、少しさび付きながらも回転しているような気がする。
少なくともさっきみたいに、まるで何かが挟まって回転を阻害している様な感じはしない。
むしろ今はすっきりしている。

「外からやってくる人は魔法を使いたがるわね。
 それでも本当に使いこなせるヒトなんて一握りだって言うのに。
 ――今更言っても仕方が無いけどね」

そう言って彼女は踵を返して「来なさい」と言う。
どうすべきかフランドールに尋ねようかと思ったが、気が付けば空高く浮いて本棚を眺めているじゃないか。
邪魔するのも悪いだろうし、そのままパチュリーの後を追ってゆく。
本棚がまるで建造物のようで、余りにも多く聳え立っているが為に歩いている道にも「ウェールズ、三の3/2交差点」とか名称がついていそうだ。
あくまでも、ついていそうなだけだが。
そのまま後を追いかけて辿り着いたのは、まるで都会のオアシスとでも休憩所とでもいえそうな場所だった。
と言っても本棚に囲まれて机と椅子があるだけだ。
まるで読書スペースである。
その読書スペースにも既に本が雑多と置き散らかされており、インク瓶やら羽ペンやらが見えた。
たぶん勉強でもしていたのかもしれない。

「……この水晶を両手で持ってみて」
「持つだけでいいのか?」
「ええ。それを持つと大まかな魔法に対する適正が分かるの。
 ――もう毎度毎度面倒な手順踏んで適性調べたくないから作った」
「お疲れさん……、っと」

パチュリーが水晶を手渡してくる。
其れを片手で受け取り、バスケットボールのように人差し指で支えながらくるくる回してみた。
当然パチュリーに睨まれるのですぐさま止める。
――透き通るような透明、そして眼鏡をかけたかのような世界を歪ませる感覚。
翳して見たりしても、少しばかり歪んで反対側が見える。
多分眼鏡と言うのは視力補正だけじゃなくて他にもなにやら効果が有るのだ。
例えば現実を歪めてみるとか―― 
               ――別の現実を見るためだとか。

「そのまま暫く待ってて」
「あいよ」

両手で持ち、水晶を眺めてみる。
中に靄がかかったような霧が見えるが、其れがまるで何らかの法則をもって動いているように思える。
黄色くなったり、赤くなったり、水色になったかと思えば茶色にもなる。
そのまま白く輝いたかなと思えば真っ黒に塗り染まり、結局最初の靄へと戻ってしまった。
そして霞が濃くなり、水晶の中がどんどん塗りつぶされてゆく。
そのまま反対側も見渡せないくらいに真っ白になったか、どうやら変化は其れでお仕舞いのようだ。

――と思ったが、ピシリと水晶に亀裂が入った。

「!?」
「手放して、早く!」

皹が入った事とパチュリーの声に反応してすぐさま水晶を机へと放る。
机を転がった水晶はそのまま本の山へとぶつかり、カラリと少しばかり動きを見せてから完全に止まる。
真っ白だった水晶はまるで亀裂から全てが抜けていくかのように再び透明になってゆき、小さな霞が中央に浮かんでいるだけとなった。
そして互いに沈黙。
パチュリーは皹が入った水晶を指で突き、それから問題はないと手にした。
両手で持たれた其れは七つの色を俺に見せる。
それから先ほどと同じように霞が濃くなるが――
               ――それで反対側が見えなくなるだなんて事は決してなかった。

「……んで、説明を頼んでもいいか?」
「――そうね」

パチュリーが水晶を置き、それから表面に出来上がった皹を見て小さく嘆息している。
それから洩らした言葉は「新しく作るのと傷を無かった事にするのはどっちが早いかしら」とか言っている、タダでは転ばないと言う事だろうか。

「……単純に言うなら、貴方は生まれてから魔法が使える素質があるということね。
 苦手な属性も無いし、かと言って得意だと言う属性も無し。
 霊力、魔力、神通力、霊感。これらに関しても多分、大丈夫……だと思う」
「アバウトだな」
「だって、仕方が無いでしょう?
 外から来るヒトなら大体0から3くらいが初期値だもの。
 生まれが特別じゃない限りは大体その範囲で収まるものよ」
「じゃあ水晶の許容できた最大値は?」
「一応5にしてある。
 コレはさっき言った生まれが特殊なヒトが居る場合を含めての予防策。
 あんまり大きな桁設定しちゃうと1とか2でも無いように見えちゃうもの。
 私は8だけど、意識して今は3にしてたから、見ている前で色々変化が有ったはず」

確かにそうだが――
けれども水晶割ったと言う事は、少なくとも5は越えたと言う事だろうか?
それからパチュリーが言うには、外界の人間はどう足掻いても0から3の間で落ち着くのだという。
信仰とか、魂の程度がどうのこうのとか、感覚が鈍っているとかの理由でそうなっているらしい。
0だけで5割、1でも2割、2で1割で3になると1割未満で数えられる程度なんじゃないかとか言われた。
其れを考えると5点満点のテストで5点以上を叩き出だした俺は何なんだという事になるのだが。

「とは言っても、この設定だと10段階評価が最大。
 細かくして100点評価にする事も出来るけど、その場合は霞だと1や2の差が分からないのよ。
 ただあえて言うなら、あんな短時間で水晶がひび割れたって事は10段階評価でも8より上の評価は叩き出してるって事になるから……
 生まれが特別とか?」
「あ、いや。
 俺は……、幼い頃に両親が居なくなったから両親の素性も分からない。
 多分人間だと思うけど、この左目……どうやら吸血鬼のような力を持ってるって霊夢に言われた。
 萃香には鬼が眠ってるとか言われたし……
 はっきり言って、俺には自分が何なのかすら分からない」
「もし貴方の生まれが平々凡々だとしたら、後は神に愛されたとしか説明がつかないわね。
 時々居るのよ、神に見止められて認められる人間が。
 そういうヒトは大体非凡な能力や成果を叩き出す、歴史を知っているなら宗教あたりで有名でしょ?
 モーセ、イエス、ジャンヌダルク、ノア――」
「悪い、俺には何の事やらさっぱり……」

今挙げられた人物の名前が一人たりとも俺の知識や記憶には掠りやしない。
それだけ俺が無知なのだろうが、その事を別段笑いはしなかった。

「そうね。今言ったのはタダの憶測だから気にしなくて良いと思う。
 けれどももしかしたら何か使命が後々与えられるのかもしれないわね。
 宣教師になるのか、民族を救うのか」
「――……、」

そう言われて、神社で指輪と鞘を受け取ったときの事を思い出す。
あの幻の中で見た焼け落ちる城、沢山の死体、そして処刑される自分。
それがもしかしたら俺が護るべき筈だったものなのかもしれない。
失われてしまったアレを、護れというのだろうか? 俺に。


――『ごめん、なさい……』――
――『ワタシは、受け入れられなかった……』――
――『だから、出来るのならば――』――
――『ワタシを殺して、世界を……』――


……また変な映像が浮かんだ、更に俺の視界も変に歪む。
パチュリーが俺を見ている。   ――其れですら侮蔑に見える。
何かを考えて、水晶球がどうしてこうなったのかを考えているようだ。   ――俺が壊したのだと責めるかのように。
無表情に、ただ淡々と事実を受け入れ、私情を挟まずに調べてゆく。   ――その眼差しは冷たく俺を射抜いていた。

「……素質が有ったとして、其れをそう簡単に使えるものなのか?」
「普通に考えて無理。
 蛇口にホースをさして置きながら、水の出てゆく出口が無い様なものよ。
 出口が無ければ出そうとしても出てくるはずが無い、だから最初はそれをどうやって外に出してゆくかを学んでいく事になる」
「なるほど」
「けど、これに関しては適任が居るのよね。
 門番に会ったでしょ? 多分居たと思うけど」

言外に「寝てるか起きてるかは別にして」と言いたそうでは有った。
それに頷くと、彼女はそのまま話を続ける。

「彼女の能力が開放や開花の手助けになりやすいのよね。 
 だからもし魔法を使いたいと本気で願うのであれば――」
「使いたい」

――使いたい?
何で? 何の為に?
パチュリーの言葉を遮るように口を突いて出た言葉に、自分自身理解が出来ずに口を押さえて悩んでしまう。
好奇心? そんなものは無かった。
興味? その程度で学びたいだなんて思わなかった。
じゃあ何で魔法なんて使いたいだなんて思った?


――『使わなきゃいけない、じゃ無ければ出来無い事がある』――


「……聞きたいんだけど。
 魔法って言うのは回復とか、治療や緊急処置なんかに使えるものなのか?」
「使える。
 勿論用途や意図、目的によって使うべき魔法は変わるけどね。
 それでも自分や他者にそういった魔法を行使することで助けになるという事は有る」
「――そうか」

其処まで聞いて、脳裏に浮かんだ言葉が他人のものではなく自分のものとして頭へと溶け込んでくる。
だとしても、選択したのは俺だしコレも選択の一つでしかない。
俺の頭の中で勝手に浮かんでくる映像も、誰かの言葉も関係ない。
自分で選んだ、タダそれだけだ。

「――決まったみたいね」
「あ?」
「今勢いで言った時は、まるで覚悟も出来ていないみたいだったけど。
 質問した後で貴方は『やるんだ』と言う気になったでしょ?
 顔と目を見ればそういうのって分かるものよ」
「成る程、人生経験豊富なパチュリーにかかっちゃかなわ――」

いや、だから待て。
勝手に俺の口から考えもしなかった言葉を吐き出すな!
何でパチュリーが人生経験豊富だと思う?
あの求聞史紀とやらを読むまで彼女の事を知らなかったのに、読んだ上でも彼女自身を知っているわけではないのに。
何で俺はそんな事を、あたかも知っているかのように言えるんだ?


――『……私と一緒に居るのが楽しいって、それはなんだかおかしい事ね』――
――『でも、そんなおかしい事が有っても構わないって思う』――
――『もし、大地がよければ出いいけど。これからもずっと――』――


そろそろ脳がおかしくなる、コワレる。
視界へと強制的に映ったナノマシンからの報告が『心拍数の異常上昇、脈拍不安定。脳波に異常を感知。病院へ直ちに行く事をお勧めします』と表示された。
黙れ! そんな事は分かっている!
奥歯をバキリとかみ締めて、そんな報告ですら黙殺した。
顔を抑え、両眼を閉ざして一つ、二つと呼吸を繰り返して眼を開く。
パチュリーが眼を輝かせ、三日月の様に鋭く笑みを浮かべる口。
まるで弱った獲物を前にして舌なめずりするように、見え――

其れを軽く避け、はあと息を吐いてから「悪い」とだけ言った。

「……やっぱ、もう少し休むべきだったかな。
 さっきレミリアに揺さぶられて遠くから来たし、不愉快にさせたなら謝る」

そうは言ったが、パチュリーが薄ら寒い笑みを浮かべたまま変わらない。
狩られる、傷つけられる――殺される。
そんな寒さが体の奥底から湧いて上がり、心臓の鼓動ですらも小さく素早く叩く。
ハッキリ言って怖い、だから逃げ出したい。
其れが叶わないならせめて攻撃すら出来ないくらいに叩きのめしたくなる。
歯がカチカチ鳴るが、直ぐにかみ締めて頭を振った。

「なら散策してないで休みなさい。
 別に今の所レミィに何か言われてる訳でもないんでしょう?」
「無いな」
「だったら部屋に行って、横になって、涎を垂らすくらいに眠ったら?
 『其れくらい眠ってくれたら、後は煮るなり焼くなり出来るし』」
「――わか、ってる」

後半、明らかに音声が遠く、エコーがかかっていた。
口もセリフとは違い、何倍速だと言わんばかりに動く。
やだ――やだ、いやだ。
何かが崩れてゆく、俺の中の常識がコワレてゆく。
いや、もしかしたら俺だけが正常で全てが狂っているのではないだろうか?
実は全てが俺を騙していて、こうやって騙った裏に隠れた何かが見えてきているのではなかろうか?
俺と言う存在を最初から受け入れる気など無く、優しい振りをして裏ではどうしようか画策している。
既に視界も揺らいでいる、まるで変な薬を打たれたみたいに。
麻酔か睡眠薬か――
なんにせよ、視界がそろそろ安定しない。

――『精神に重度の異常。直ぐに病院へと向かってください』――

エラー、エラー、エラー。
視界が埋まる、どんどん埋まる。
エラーの文字が左上から右下まで、まるで流れるかのようにカタカタカタカタと打ち込まれてゆく。
パチュリーがもう0と1の羅列にしか見えない、姿の奥底にデータの塊が見えて仕方が無い。
データ……? データなら……、消しても文句言われないよな?
ごくりと唾が喉を滑り落ちる、からからに乾いた喉が張り付きそうだ。
呼吸が荒くなるのを見て、パチュリーが『嘲るような笑みを浮かべ、』俺を見ながら机の上を少しばかり見た。

「――紅茶は無いわね。
 ちょっと座って待ってて、誰か探してくるから」
「――……、」

視界からパチュリーが去ってゆく、消えてゆく。
でもおかしいだろ? これ。
何でパチュリーが本棚の森へと消えてゆくのに――
               ――その本棚の森から、俺の事を見つめる沢山の目が見えるんだ?

「俺を見るな……」

そう言っても、そいつらはケラケラと笑うように揺れた。
苛立つ、座ろうと思って引いた椅子を脅すように音を立てて押し込んだ。
けれども其れがますます笑いのつぼになったのか、その笑いが更に大きくなる。
気が大きく揺れるかのように、ゲラゲラがやがやと喧しい。
――無視するのが一番だ。
そう思い直して椅子へと腰掛ける。
俺の周囲がどんどん闇に包まれてゆく。
無視をしている時間に応じてヤツらはどんどん遠慮なしに、俺なんか怖くないと言いたげに接近してきた。
気が付けば上下左右、全方位を覆われている。
闇、病、已み。
地下の図書館だから暗いのか、それとも俺が眠くて暗くなってきているのか、他に暗くなる理由があれば聞きたいもんだ。
周囲なんて見えない、もしかしたらもう既に俺は闇に埋もれたのかもしれない。
けたけたゲラゲラと笑ううっとおしい声が、まるで脳から直接発されているように思える。
うるさい、喧しい。どこかに消えて欲しいものだ。


『なんだ、一人黄昏てるのか?』
「っ!?」

背もたれに身体を預け、ぐで~っとしていると突然意識のある声が聞こえて驚く。
椅子ごと仰向けに倒れそうになるのを倒れている最中に身体をよじって、這い蹲るようにして床へと着地する。
椅子はそのままガランと音を立てて転がった。

また、俺の居場所が変わっていた。
今度は何処なのかは分からないけれども、影しか見えない男が目の前に立っているのは分かる。
そして――傍に見覚えのある人物が居た。
本で見た、八雲紫と言う人物だろうか?
髪型、服装、そして薄らと張り付くような笑み。
本で見たのと一緒だ、本で見たのと変わらない。

『とりあえず一歩眼おめでとう。
 お前は指輪から記憶を引き出すために該当する場所へと辿り着いた』
「記憶だ?」

そう尋ねると、奴は大きく頷いた。
影がかかっている、まるでモザイクのように。
だから其処までして頷かないと俺には分からないからそうしていると言う気遣いだろうか?

『――お前は最終的に選ぶ事を迫られる。
 この地を出るのか、出ないのか。
 その為に必要なのが、どうして此処に居るのかと言う記憶と――
 其れまでの記憶だ』
「うるせえ! こっちはいい迷惑してるんだ!
 お前だろ? 俺の頭の中に変な声とか映像を流し込んでるのは!
 其れと、其れと其れと其れと!
 変な生き物が俺を見ていたり、見張ってるのはもうウンザリなんだよ!」

ぶつける、ぶちまける。
先ほど図書館で俺を囲って笑っていた変な奴らの事、映像や音声を頭の中で流すことによって生じる吐き気。
それら全てはコイツのせいだと俺は叩き付けた。
お前さえ居なければ何もおきなかった、お前さえ居なければ何事も無く居られたんだと吐きつけたのだ。
しかし――

『――其れはお前が逃げているだけだ』
「何?」
『例えば――そう、例えばだ。
 お前が20年間生きたとしよう』
「まだ17だ」
『……例えばだと言っているだろうが。
 その20年生きたお前が、とある事情で一部の記憶を失ったとする。
 例えばそう――1年間や2年間』
「――……、」
『その間にお前が知り合った人、してきた事、そしてその結果や過程で得た物事。
 嬉しかった事や悲しかった事、忘れられない屈辱や、其れが有ったからこそ辿り着いた思うところと言うのもある。
 それら全てを踏み躙り、昨日までお前が笑顔で接してきていた相手に好意全てを御破算にするような行為だ。
 もっというなら、お前が何かを失って決意した事も失せるのなら――犬死よな』
「何だとっ!」

立ち上がり、牙も露に掴みかかろうと手を伸ばした。
けれどもその手を避けられた。
いや、それだけじゃない。伸ばした腕を掴んで動けなくされ、そのまま空いた手で俺の顎を掴んだ。そして――一転。
背中、やや頭部に近い位置が鈍痛を喚き上げ、息が詰まる。それどころか吐き出して身動きが取れなくなった。

『……見ろ、そのザマだ。
 あえて言おう。さっきの例えはそのままお前に当てはまる。
 お前は前に俺と有った後「戦いなんてゴメンだ」と言ったな?
 けれどもさっきあの紫の魔法使いに出会って「魔法が学びたい」と言った。
 そしてその理由は「人助け」と言うことでお前の中で決着がついている。
 其れが何でか分かるか?』
「し――ねよ……」
『いや、お前は知っているはずだ。
 情報が脳に流れてきてると言ったが、そうじゃない。
 “ソレ”に関してはお前の脳の引き出しが壊れているだけなんだからな』

何を言っているの分からない。
ヒトに引き出しとか、情報とか、壊れるとか……
多分コイツも俺の見ている夢で、眼が覚めたら紅茶が目の前に出されているに違いない。
パチュリーが「よく寝てたわね」と言って、それからまた話が始まるんだ。
意識が朦朧としてきた、そんな俺に八雲紫と思しき人物が近寄って頭を撫でてくる。

――頭、撫でられたのは何時だったか。そんなことも思い出せない。
ただ……遥か昔に、母さんと――クソ親父に、撫でられた記憶があるだけだ。
もう二人の顔が見えない、思い出せない。
けれどもそんな事も消えうせる、どんどん二人の顔が鮮明になる。
まだ幼稚園だった頃の二人が、目の前にいるかのように。

――『さすが僕の息子だ、もう歩いてる!』――
――『ああ、大地。元気なのは良いですが、母を怖がらせないでおくれ……』――

……、覚えていなかった。知らなかった言葉が頭に響く。
けれどもソレがウソだとは思えなかった、作り物だとは思えなかった。
おぼろげな記憶の中で雑音のようにしか聞こえなかった音から、全てノイズが取っ払われただけなのだから。

『……さあ、思い出しなさい。立ち上がりなさい。
 今は多分、沢山の情報が貴方にありもしない幻影を見せて、聴こえもしない幻聴を聞かせるかもしれない。
 けれども貴方は思い出すべきなのよ。
 そう……、深淵のように貴方の心を凍て付かせた人間共の醜さの影にも、貴方が忘れ得ない美しさと明星の輝きがあると言う事を』

八雲紫の声が地面に倒れる俺の耳へと届く。
たしか――長年生きている妖怪の筈だ、筈なんだ。
なのに……、何でこんなにも人間らしいのだろうか?
いや、人間などではない。ヒトだ、単独のヒトなんだ。
人間の醜さは、俺が多分――深く知っている筈なのに。
この頭を撫でる手は害意を感じない、少なくとも繊細で相手を思いやるような温もりさえ感じる。
鼻の奥が、ツンと痛んだ。

『……確かに、俺も少し喧嘩腰だったな。謝る。
 けれども時間が余り無いんだ、それだけは理解してくれ』
『貴方はいつも言葉がついていかないから誤解されるのよ。
 数学で学ぶ筈です、式が無い回答は正解であっても丸はもらえないと』
『――そんな事は知らん』
「おい、話を進めろ」

紫と姿が明確にならない男がなにやら話を始めたので俺は進行を促す。
八雲紫の手を跳ね除け、ゆっくりと起き上がった。もう苦しくは無い。
そんな俺に対して男は頭を掻き、完結に述べた。

『お前が失っている記憶と知識は、幻想郷にばら撒かれた。
 ソレを捜すのが、一つ。
 もう一つは――簡単な話だ。夢を現実にしろ』
「あ、何だって?」
『物を手に入れて、それに該当する場所に行け。
 そしてそこに居る人物と親しくなって、夢を現実にすればいい』

何を言っているのかさっぱり分からない。
夢を現実にする? どういう意味だ?
そもそも夢とはどの夢だ。願望か、野望か、それとも寝ている間に見るものか。
ソレが分からない俺に、やはり紫は頭を撫でてくる。
幾分の恥ずかしさはあるが、ソレよりも心が満たされるので放置する。
夢……努?
努力を、現実にしろというのか?
何をすれば良いのか、ソレを尋ねようとはしたが――
癪だ、自力で見つけ出す。
鼻の下を拭うと、なにやら熱いモノが手に付着した。
――鼻血だ、多分地面に叩きつけられた時に出始めたのかもしれない。
ソレを舐め取って、自分がまだ生きている事を――

……って、おかしくないか?
何で俺は痛みと、そして味覚がある?
夢じゃないのか? これ。
手を握り締め、開いてみる。
その行動をしっかりと見つめているが、感覚が幾分有った。
この意味が分からずに顔を上げる。

「なあ、お――」
「何してるの?」

しかし、顔を上げたら見知らぬ場所などではなかった。
図書館に俺は居る、しかもパチュリーがそこに居て。
変な影は居ない、誰も俺を見ていない。
パチュリーも変な笑みを浮かべてなど居ないし、何よりも世界がさっきよりも真っ直ぐに見えた。
倒れた椅子の傍で俺はしゃがみ込んで鼻血を流し、彼女を見つめているだけだった。
何て言おうか迷っていると、彼女が椅子と俺を見て一人合点する。

「……怪我は?」
「え?」
「椅子ごと倒れて頭を打ったんでしょう?
 さっきも言ってたけど不調なら気をつけなさいよ。
 些細な怪我でも、体調によっては深刻な障害になるのだから」

そう言って細い指が俺の頬を触り、其処から一瞬流れ込んできた冷たさに驚く。
ああ、なんてことは無い。身体に触れられる事は多少有ったとしても、今まで頭に触られるだなんて事は無かったのだから。
その指が俺の頬を少しばかり撫で、そして離れてゆく。

「……念の為に部屋で休みなさい。
 紅茶は淹れて来たけど、いる?」
「一応貰っとこうかな」
「そう」

椅子を起こして其処に腰掛ける、パチュリーもまた同じように腰掛けた。
パチュリーがゆっくりとその手を動かし、紅茶を淹れて寄越してくれる。
それを俺は有難うと受け取って、静かに傾けてみた。

「……美味い」
「そ。適当にそこらへんのビーカーで沸かした水なんだけどね」
「はいぃ?」
「水、魔法。火、魔法。香り付け、魔法」
「俺の感動が全部魔法の一言に要約された!?」

今飲んだ紅茶に使われているお湯、そしてそれを加熱する為に使った火も、そしてこの香りでさえも魔法で全てやった事だと言うのか。
そう考えるとごくりと喉が鳴る、楽できすぎじゃね? と。

「え、なに? もしかして『アクア』! とか、『フレイム』! とか唱えてるの?」

脳裏には水が流れる映像と、炎が燃え盛る映像が浮かぶ。
これに関しては想像なので別に良いのだが、ソレが具現化できるというのは素晴らしいことじゃないだろうか。
しかもパチュリーは何でもないように答えるし。

「唱える必要があれば唱えるわね。
 別に切羽詰ってる訳でも急ぎでやらなきゃいけない訳でもなかったし」
「へ~――って何だよ、何かいきなり暑くなってきたなおい……」

紅茶の効果だろうか?
だとしたらとんでもない何かを混ぜられたのかもしれない。
けれどもそんな感じでは無さそうだし、ナノマシンも『傷を修復中』と書かれていて鼻血に対応している他は何も警告しては居ない。
じゃあなんだろうか、そう思って背もたれに体重を預け――

「んぐぶふっ!?」
「へ? なによアレ」

紅茶を噴出し、ガハゴホと咽返ってしまう。
頭上で鈍く光を放つソレを見て唖然とした。

まず水の球体が浮いております、この時点で重力とかは何処かに消えうせました。
次に、その水の球体の中に火が燃え盛っております。
酸素が無ければ燃え続けられないんじゃないかとか俺には良く分かりません。

まるでランプのように其処には水と火が存在していた、しかも俺の頭上に。
暑いと思ったらコレか。
な~んて、呑気に言ってる場合じゃありませんことよ!?

「え、何!? 火とか水とか、そういうのお使いになられましたでしょうか!?」
「何で使う必要が――
 って、大きくなってる! 大きくなってるから騒がないで!」
「マジかよ!?」

うひょお~っ、コイツぁ絶景だな。
水をそのまま凍りに出来たら雅な風鈴でも出来上がることだろう。
――そんな事を考えていたら、水が氷に変化した。
何じゃありゃ? そんな事を考えていると氷と炎で出来た風鈴のようなものが俺の前で静止する。
そして一つ、チリンと涼しげに鳴った。
その音を聞くだけでなんか和む。
あれだ、夏休みに聞く音だなと思い出した。
あっつい中アイスを買って、店の傍でアイスを貪っていると時々聞けるのだ。
とは言え、俺の居た世界では風なんて起きようが無いので極稀な出来事では有るが。

「ははっ、何か和むなこういうの。
 童心に返るってか?」
「貴方は現在進行形で童心を曝け出しているでしょうが」
「それはそれでヒドいなおい!? まあ、いいけどさ……。
 けどさ、こういう風にハプニングから安定って何か有るだろって思うのは考えすぎかね?」
「例えばどんな?」
「ソレはそうだな……、こう――二つ鳴ると爆発するとか?」

そう言って俺は風鈴を軽く突いてみた。
チリン……
やはり乾いた音が響くだけで、何かが起こるような気配は無かった。
その風鈴を眺め、パチュリーが手に取る。
少し寂しい。

「――魔力で構成されてるわね。
 それもちゃんと魔法で出来たものよ、コレ。
 触れても大丈夫なくらいに出来上がってる、ソレなのに氷と炎って言う相反する組み合わせが互いを殺す事無く一緒に居る。
 少なくとも駆け出しに出来るような芸当じゃないわね」
「へ~」
「へ~って……、自分がやったって言う自覚は有るの?」
「って、俺かよ!?」

パチュリーに言われて素直にビックリする。
いやいや、だって魔法とか知りませんよ私?
それにさっきパチュリーが言うまで使えるとかどうとか分からなかった訳だし。
あと詠唱とかした覚えも無いのだけど。

「だって、私がやったので無ければ貴方しか居ないでしょう?」
「まあ、確かにそういう事になるけどさ。
 ――俺がこれを?」

純粋に疑問だった。
何が鍵だったのかすら全く分からない。
けれどももしパチュリーの言うとおりコレが俺の行使した魔法だとしたら、だ。
――さっき見た幻覚の中、もしかするとこの幻想郷へと来る前の自分は魔法の事は知っていたのかもしれない。
ただこういった事は教えて欲しいものだ、下手なことをやって暴発したらどうするつもりだったのだろうか?
いや、ソレを含めて自己責任と言うことなのかもしれない。
そういった失敗を経験する事で初めて、自分自身の力と言うものに対する認識が重くなるのだろう。
カラコロと氷と炎の風鈴を振るう。
炎は氷の冷気を含みながら冷ややかな明るさを齎してくれている、コレは簡易照明として便利なのだろう。

「よし、これも小さいけど手がかりの一歩――」

そういった瞬間、パン! と言う何かが破裂する音。
ソレと供に視界を全てエラー、エラー、エラーの文字で多い尽くすナノマシンからの報告。
ゴフリ……
小さく吐き出した唾液――ではない、熱い液体。
痛み、傷み、悼み。
暗転の前に広がる赤い視界、朱に染まるパチュリーの姿。
点、転、添。
点が視界を埋め、先ほどの出来事から転じ、添えるかのような赤。
ブラッシュアップしたかのような点が視界を埋める中、パチュリーの姿が遠く倒れてゆく。

「ちょ、だ――」

そして、俺の意識は其処で途絶えた。









※ 精神に重度の異常
普段は素知らぬ顔と他者への無関心、それと薬を服用する事で何とか抑えている大地の病気。
幻聴、幻覚、幻視など。
恐ろしいほどの不信感から他者の行為、行動、言葉に出さえ自分に対する悪意や害意を見出してしまう。
余りにも重症で、幻覚に負わされた傷が本当は無かったとしてもそれで肉体や精神的に傷を負ったということになってしまうまでに重い。
簡単な例えをするならば、目隠しと拘束をしたヒトの手首に水を垂らして『手首を切った』と言う。
本人は確認できないけれども、その感覚を本物だと認識した上に死亡してしまう事例が現実に有った。

※ 八雲紫
リメイク前では二人存在していたが、今回は一人。
大地に対して幾分優しいが……