蒼野さんから12話が届きました。



掃除を終えた俺はそのまま小悪魔と供にパチュリーの元へと向かう。
やはり読書をしていた。
最早その読書に対する打ち込みと言うか、集中具合は恐るべきものだ。
多分周囲で何かをしても気付かないかもしれない。

「……恐ろしいもんだな。
 この集中があるから魔法使いたる所以なのかね?」
「魔法使いは総じて読書による知識の収集が好きですかね。
 この館以外にも魔法使いは何人か居るみたいですけど」
「――頭がよくないと出来ないのか?」
「と言うより、幅広く色々する為にそうしていると言う事の方が強いですかね。
 さて、私はパチュリー様のために紅茶でも淹れて来ます」

小悪魔が去ってゆく。
其れを見送ってからパチュリーを眺めた。
ペラリと遅々たる速度で捲られるページ。
其れを見ていて、静かな空間でありながら落ち着く雰囲気。
パチュリーの近くに有る椅子を一つ引き、其処へと腰掛けるが気付く様子も無いのでそのまま俺は俺で包帯越しに右目をぐにぐにと目蓋越しに押し、そのまま露出している左目も同じように目蓋越しにぐにぐにしてみた。
右目は黒に近い茶色の瞳、今は包帯で隠されて見える事は無い。
左目は――朱色。前の博麗神社で見た時は黒い紅だったが、今は鮮明な紅色になっている。
気が付けば明るさ――明度? 鮮度?――が違う。
携帯電話じゃ分からないけれども、鏡で見た時は地味に蠢くように色合いが変わっていた。
その原因は分からないが、コレもまた調べるべき事なのだろうか?
むつかしい事だ……
そろそろ片目で居る事も面倒だなと思ってきたが、この包帯を巻いた人物の考えが分からない。
こうしなければならなかったのか?
――まあ、今はどうしようもない。
ジクジクと痛む頭、其処からじんわりと熱い何かが漏れ出しているのが分かる。
多分血だろう、其れくらい経験から分かる。
先ほどは小悪魔にビシバシとデコピンされたが、かなり痛かった。
例えるなら、胴体や手足へのダメージは補正で0.75%になっている。
その代わりに頭部へのダメージが2倍になっているようなもので、ハッキリ言って滅茶苦茶痛かった。
殆どの傷みが鈍く感じるから、本当の傷みに対して弱いのかもしれない。
――しかし、パチュリーは本当に気がつかないようだ。
本を盗み見ると、やはり意味が分からない。
翻訳機能をオンにして、眺めてみるとどうやら魔法――魔力と言うものに関しての記述のようだ。

『――により、魔法を行使する事によって負傷する事もある。
 極稀ではあるが、「日常生活」と言う魔法に対する忌避や遠ざかる行為によって、知らず知らずのうちに魔法が行使できなくなる例も有り、其れも同じく荒療治になる可能性が有る』

……うん、やっぱりナノマシンは優秀だ。
学生だから本来は殆どの機能がロックされては居るが、将来の仕事がもし警察や戦兵士であれば色々と昨日もアンロックされる。
其れを先取りして使っている、其れに対して別に罪悪感は無い。
そして俺が読んでいるのに気付いたのか、それとも読み終わったのかパチュリーは本をパタムと閉ざした。

「……なるほど。
 候補としては魔力の扱いかしらね。
 魔法と言う存在を知らなかったし、そのまま育ったから自然と行使する回路が閉ざされた……。
 その仮定だと確かにあの負傷は納得できるけど、だとしてもあそこまで大怪我をして寝込むのはいきすぎだとおもうし――」
「何がだ?」
「!?」

俺の問いにパチュリーは本気で驚いたようだ。
椅子をガッタンと鳴らし、膝を机にぶつけ、そのまま「いたた……」と悶絶している。
其れを見て俺は――

「――……、」

何とも思わなかった。
いや、別になんか思ったほうが良いのかどうかは知らない。
けれども笑う所だったのか、大丈夫かと尋ねる場所なのかと問われたら――

「大丈夫か?」
「――痛い。
 と言うか、何時の間にそこに居たのよ」
「一応声をかけて、其れから小悪魔と一緒に掃除までして、戻ってきた所なんだけど。
 掃除の最中に血の臭いを消す為に香り付けしたときに『……暫く我慢しなきゃいけないのかしら』とか言ってたけど?
 まさか――気付いてなかった、とか?」
「独り言なんだから気付いてる訳無いじゃない。
 ――けど、動いて大丈夫なの?」
「おいおい、掃除を終わらせてから其れはないだろ。
 小悪魔なんか紅茶淹れにまた行っちゃったけどさ」

そう言って去っていった方向をさすと、パチュリーは「そう」と言うだけで興味は無さそうだ。
其れを見てから手にしていた本を傍に有る山へと重ねる。

「と言うわけで、この前の出来事がどういう理由で起こったのか調べてた」
「へぇ、そりゃ凄いや」
「……凄いとは思っているように聞こえないわね」
「そりゃそうだろ。
 ぶっちゃけ初対面だろ?
 なのにそんな献身的にされたら疑って当然だ。
 一体全体何を考えてやがる?」

背もたれに体重を預けて、椅子ごとグラグラと倒れるか倒れないかの間で揺らす。
足で地面を押して、何処なら戻りもせず後ろに倒れもせずに居られるのか捜すのが地味に面白い。
とはいえ、今やってるのはただ不機嫌だからだが。
グラリグラリとパチュリーを見ず、ただただ天井を眺めるように上をあんぐりと見ていた。
天上とは言っても巨大なシャンデリラがあるわけでもなく、地下だからただただほの暗い。
不機嫌の言うよりも、ただ関心が無関心に切り替わっただけとも言うが――
当たり前だ、俺は知り合ったばかりだ。
そして何の付き合いも、そして積み重ねもしてきてない。
――怖いだろ? そんなのは。
けれどもパチュリーは少し不愉快そうにしているだけだった。

「なら、貴方のした事も私は疑えばいいのかしら?」
「ん?」
「掃除。別に頼んでなかったのに起きて直ぐにこっちに来たでしょ。
 其れを私は『何か下心がある』って思えば良いのかしら?」
「ざけんな。コレは俺の不始末だ。
 自分の不始末を自分で付ける事の何処に下心が入る余地が有る?」
「そうだとしても、怪我や不測の事態、客人である事を言い訳にして、やらずに居る事だって出来た筈だもの。
 それに――本当は痛むでしょ? 全身が」

そう言われて俺は少しばかり沈黙し、けれども即座に椅子ごと戻ってパチュリーを見る。

「そんな訳ないだろ。
 その証拠に――っら! こうやっても、殴った痛みしか感じない」

握り拳を自分の頭へと叩き込む。
瞬間的に視界へと映る損傷の拡大とその報告。
傷口が再び開いた事、出血が始まった事、鈍痛が殴った箇所で始まった事。
それら全てを無かったかのようにし、殴った手をプラプラさせて「な?」とだけ言った。
其れを見てパチュリーは胡乱気に俺を見ていた。

「はいはい。痩せ我慢、痩せ我慢」
「……お前ら痩せ我慢とか、嘘乙とか言いやがるな。
 何でだ?」

気味が悪い、気持ち悪い。
ただ勝手に分かった風にされるのが嫌だ、怖い。
其れに対してパチュリーは手を伸ばし、その手から伸ばした人差し指で俺の頭へとまるで突き刺すかのように触れる。

「――似たようなヒトを見た事があるからよ。
 傷だらけ満身創痍でも平気だ、大丈夫だって言い張るヒトをね。
 ……ええ、今ので傷口が開いて出血しだしてるわね。
 塞いどくから少しは楽になるでしょ」

そう言ってパチュリーは何か口ずさんだ。
其れと供に視界に『出血停止』と文字が浮かぶ。
驚きと供に眼を少しばかり見開く。
どうやら今殴って出来た負傷に関するものまで、全て『軽減』させてくれたようだ。

「……魔法って言うのは、確かに『魔』だからこそ、攻撃に傾倒しがちかもしれない。
 けれども今やったように誰かの為に使えるものもある。
 貴方が望むのは『誰かの為に使う魔法』だったかしら?」
「ああ――」
「別にね、私だって貴方の為に働く義務は無いのよ。
 けれどもレミィの客人だし、魔法を使えないヒトだと高を括っていた所もあった。
 だからその可能性を見落としていた私の始末をした――と言う事で」
「――……、」

少し沈黙するが、其れに俺は沈黙してただ何も無かった事にする。
疑惑から零へ、負の感情から何も無い白紙へと思考を切り替える。

「――ありがとさん?」
「其処は疑問系じゃない方が良いわね。
 それと、さっき自分が言った事と矛盾してるわよ。
 自分の始末を自分でつけただけだって言ってるじゃない。
 其れに対して感謝の言葉は要らないわよ」
「いや、まあ――ん?
 なんだか、良く分からないけど……
 言わなきゃって、思っちまったから――」

自分でも言っていて訳が分からなくなってきた。
目線を外しておかしいなと首を傾げる、頭の後ろを手でついでのように掻く。
???
意味が分からない。

「俺、変なこと言った――よな?」
「ええ、矛盾してるのに感謝したわね」
「……でも、何でかね。
 此処に来てこれが自然だと思えるんだ、違和感はバリバリ有るけど」

水と油と言うものを思い出す。
コップに水と油を入れると、綺麗に二分するのだ。
けれども石鹸や洗剤――まあ、それくらいしか知らないが――を入れてやると両方が混ざる。
其れと同じように、違和感と言うものが何かを介して俺へとすんなり溶け込んでくる。
これが失っていた記憶の中にある、俺の経験なのだろうか?
――前の自分が、なんだかおぼろげになっていく。
それほどに緩やかな変化だったのかもしれない。
だとしたらどれほどの期間を俺は失っているのか分からない、其れを取り戻した時俺は何処まで変化してしまうのだろうか?
と言うか、俺の年齢ももしかしたら変わるのだろうか?
実は17歳だと思い込んでいるのは今だけで、全部の記憶を取り戻したら21歳でしたとか――
そんなエピソードも有りそうだ、嫌だ。
その場合俺は何をしていたのだろうか?
バイト? パート? 就職?

まあ、今はどうでも良いや――

「で、調べていた事柄で分かった事ってあるか?」
「ええ。
 一応候補を幾つか考えただけだけど、私がコレかなと思うのは『魔力まわり』なのよね。
 ――魔法は今まで知らなくて、使った事も無かった。
 コレに間違いは無い?」
「無い」

しっかりと思い――
……ん?

「――な、無い……筈」
「なによ、ハッキリしないわね」
「い、いや……」

思い出そうとしてぼんやりした。
此処に来る前の自分の生活を思いだそうとして――
一瞬、全てが空っぽな自分になった。
けれども思い出せた、慌てふためいて少し落ち着いたら脳裏に浮かんだ。
さっき頭を思い切り殴ったからだろうか?
傷口と出血が治ったからと、別に脳にまで与えた衝撃は無くならないようだ。
ぶっちゃけ気持ちが悪い。
脳が生卵を回転させたかのようにグラグラする。
安定するのは何時なのかは分からないが――

「兎に角。
 まず使えるヒトが長い間魔法と言う存在を知らずに育つ、もしくは魔法が使えないことを『当然』として生きていると徐々に魔法が使えなくなることがある」
「――水を絶えず流してないと水垢が路を閉ざすみたいな感じか?」
「例えとしては変だけど、そんな感じかしら。
 もしくは長い間休業していたが故に客離れを起こして閑古鳥が鳴いているお店でも良いけど」

兎に角、本来なら使えたはずの路が使用しない事で使用不可能になるということだ。
もしくは地面に出来た裂け目が時間経過で自然の落とし穴を作る、と言うのでもいい。
ただし落とし穴の場合は何かが死ぬだろうが。
その例えで理解は互いに共有できているのでパチュリーは話を進める。

「けど、コレは生活習慣やその住んでいた場所での考えなどで左右される。
 例えば同じように魔法が使えるヒトでも、魔法に対して否定的なのか肯定的なのかでも変わるし。
 形が違っても神を信じるとか、其れに纏わる催し――祭りとかだけど――に参加しているかなどでも変わるの。
 ――子供のする事を受け入れて育てるのか、全部否定して親の言いなりになって育つか。
 其れに良く似ているわ」
「――……、」

口を半ば開き、何かを言いかけて直ぐにパクンと閉ざした。
何が言いたかったのか自分でも分からないが――

「……ふん」

「ふむ」と、「うん」が混じった外人っぽい返答になった。
其れを気にする訳でもなく、パチュリーは話を進める。

「まあ、例だけどね。
 ――貴方は魔法を知らなかった、そして今の今まで其れを知らなかったから塞がっていた魔力の路を大量の魔力が流れて、無理矢理押し広げたから大怪我をしたものだと私は見ているの」
「って事は、次からは軽くなるかもしくは怪我をしなくなる――って事か?」
「そうだと思うけどね。
 けどまた大怪我されても困るし、魔力回路の状況を調べる道具でも作るつもり」

そう言ってパチュリーは傍にある紙へと指を向ける。
其処には何やら計算式のようなものや専門用語、更には文字とも思えぬ文字や線がぐちゃぐちゃと書き殴られている。
遠目に見たら其れが一つの何かとして完成しているように見えるのだが――

「――悪いな、色々と世話になる様で」
「良いの、さっきいった事を繰り返すのも面倒だから脳内で繰り返しといて、
 その代わり、魔法がもし使えるようになったら貴方を通して試せる事が無いか手伝って」
「ん? 具体的にどういう事をすりゃ良いんだ?」
「そうね……
 私はレミィと違うからもう既に幾つか考えて有るけど、早い話自分以外の魔法が使える人物の知識とか技術、レベルに応じての開発がしてみたいだけ。
 其れに貴方の持つ魔力なら召喚とかマジックアイテムの作成も出来ると思うの。
 研究にはもってこいでしょ」
「持って来られたくはねえよ……」

だが、パチュリーの言う事は俺にとって“今の所”デメリットを感じない。
奴隷労働とか、傷ついてでも何かをしろとかならまた考えるのだが、其れは――

「――……、」
「?」

今見ている限り、そんな事を言い出しはしないだろうと踏む。
こちらを見て小さく首を傾げて「むきゅ?」とでも言いたそうに此方を見ているその顔、其処から――多分滲み出る何かは感じない。
多分レミリアの客人であるという事も手伝って、自分のする事から客人へと被害を出す真似はしないだろう。
当然、俺が客人で居る限りは。
客人として見られている限りは、客人としての立ち振る舞いを犯さなければ。
――当然、客を招きいれた人物にもそれなりの立ち振る舞いを要求するが。

「――出来る範囲で、なら」
「そ。ならそれで良いわ」

そう言ってパチュリーは話が終わったとでも言わんばかりにまた別の本を手にし、そのまま開いて読み始める。
其れを見て俺はどうすべきか迷う。
席を立ち、部屋へと戻るべきか。
それともこの場に留まって必要に応じて応対すべきか。
部屋へと戻れば俺は俺の為に時間を使えるが、パチュリーが何か欲した場合に後回しになる。
俺が此処に居た場合、可能性として無駄に時間を過ごすだけにはなるがパチュリーが何か言った時に対応できる。
どうしようかなと思い――
――ああ、もしかすると小悪魔がお菓子とか持ってきてくれるんじゃなかろうか?
そう思って居残る事を即断した。
その代わり――

「えっと、とりあえず『レミリア観察日記』と『フランドールの楽しい日々』、『楽しい中国拳法』と『魔法初心者への手解き』、あと『咲夜の素顔』でも――」
「其処の中から三冊ほど、此方にお渡しください」
「――……、」

首を右へと向けるが、当然右目は塞がっているので其処から背後を見るだなんて事は出来ない。
なのでそれに気付いて左を向き、眼球だけで更に左を見れば背後を見ることが出来る。
其処には咲夜が半眼で影を落とした表情でこちらへと片手を「はよ寄越せや」と言わんばかりに差し出している。
その後ろには腕組みして此方を見ているレミリア、少しばかり唇が引きつっているような気がしないでもない。

「まあ、誰か居るよなとは思ったけど。アンタか」
「――……、」
「まあ待てって、おま――今手にしたばかりで読んですら居ないんだぞ?
 せめて本を読んでから回収でも良いじゃねえか」

そう言って『咲夜の素顔』をペラリと捲った。
その瞬間、世界が冷たくなった。
全てが止まる、澱むとかそういうものじゃない。
俺と言う存在をそのままにゼラチンや氷で全てが凍て付いたかのような――
動きと言うものが全て無くなった感覚。
ハッキリ言って、全ての毛穴が開くような怖気がする。

「き、っもち――わる……」
「やっぱり、能力は効かないみたいね」

そして先ほどの声とは別の冷たさと鋭さのある声が聞こえる。
本から顔を上げて首のみでそちらを見ると、やはり咲夜しか居ない。
の、だ――が?

「……これ、時が止まってるのか?」

レミリアが何か言いかけたままに口を開いてそのまま微動だにしない。
其れが余りにも不可解で今度こそ体ごとそちらへと向き直る。
とりあえず開いていた本はそのまま閉ざし、レミリアの近くで右から、左から眺めてみる。

「……時を操るとか、今でも思うが凄いよな。
 人類がどんなに技術を高めても、どんなに時を重ねても捻じ曲げる事ができない一つの摂理、ルールだ。
 其れを遅らせる事も出来なければ早める事も出来ない、なのに今はこうやって時間は止まってる。
 そして全てが止まってる中で俺とお前は、本来は止まってる筈の時の中で平然としている」
「まるで時間を止めるのに驚かないのね。
 とは言っても、大半は――そう、大半は時が止められても気付かないって言うのに」
「俺だって時が止まった中で動くのは初めてだ。
 けど――別に死ぬ訳じゃないしな」

そう言って「はあ~、時間が止まるとこうなるんだな」と色々やってみる。
今手にしていた本を宙に投げると徐々に動きが鈍って空中で止まる、ポケットの携帯電話を起動して同じように放り投げると動作すらまるでフリーズしたかのように画面をそのままにして光り続けた。
其れを手にした瞬間、また時間が戻る。
それでもロストした時間は有るわけだが――

「なあ」
「なに?」
「この時間が止まった中、例えば10年分時間を止めたとしたら――
 今こうやって動いている俺達は10年の時を歩む事になるのかね?
 そうなった時に時間をまた動かした場合、10年のズレはどうなるんだ?」

素の疑問、携帯電話をパチポチしながら動作が元に戻っているのを確認する。
そしてポケットにしまうと『レミリアの観察日記』とやらを開いた。

「――何か、可哀想だとは思うんだ。
 結果だけで判断されるのは。
 だって普通は試行錯誤して、やっていく過程あってこその結果だろ?
 お前がその能力をどう使うかは知らないけどさ、それは多分――結果だけの為に使うのは色々と損してると思う」
「だとしても、そうしなきゃいけない事情だってある。
 それを貴方に知ってもらおうとも、分かってもらおうとも思わないけど」
「まあ、そうだな。
 俺は知らないし、知った気にも分かったつもりにもなろうとは思わないけど――」

お前は、独りぼっちなんだな。
そう思い、そう言った。
咲夜がどんな反応をしたのかわからないし、俺はぶっちゃけ眼の前にある本と写真、そして実物のレミリアを見比べている真っ最中だ。

『○月××日、レミリアお嬢様が紅茶に入っている血の量が多かったのか噎せて吐き出していた。
 服が汚れてしまっていたけれども、普段は余り崩さない顔を苦しそうに、そして困ったようにしていたのはポイントが高いと思う』

ペラリと捲り、ペラリと見比べてはこんな顔もするのか、こんな出来事も有ったのかと一人納得した。
そしてその本を一旦閉ざし、『咲夜の素顔』を手にする。

「――もしその能力が一般化し、日常化したら多分お前は徐々に心が閉塞する。
 多分引き返せないくらいに心か精神に負担を与えると思う。
 メイドとは確かに主人の面汚しにならないよう、完璧とか素晴らしさって言うのが求められるんだろうが――
 お前、倒れるぞ? いや、倒れてるだろ。もう何度か」
「――……、」
「今だって俺を少し脅すなり、問答無用で回収してレミリアに追及されないよう言葉巧みに、強引に話を進めてりゃ時間を止める必要だって無かった筈だ。
 けどお前はそうしなかった、既に時を止めて――数分は経過してる。
 それくらいに矢場居と思った事には使っちまってるんだなとは思う、その能力を。
 本来なら部屋に備えられているあの呼び鈴だって、鳴らしたら時間を止めて部屋に来て時間を戻すんだろうけど、そんな感じの事を日常的にやってるって事は俺達の一日の中でお前は下手するとその倍以上は働いてるという事にもなる筈だ。
 んで、多分主人が寝た後も雑務をして遅く寝て早く起きる。
 ――多分、今だって俺が言わなきゃバレないとか思ってるんじゃないか?
 俺にゃ分からんけど、多分付き合いが長い奴には既に言われてるだろ。
 『休め』、『休んでください』って」

その言葉で咲夜は少し黙り、それから何かを言いたそうにはしているが何も言わない。
そんな彼女に俺は手にしている『咲夜の素顔』とやらを捲った。
ああ、今目の前にいるクールビューティとやらが合間に見せたであろう表情や仕草が乗っている。

『○月△日。
 メイド長が仕事で疲れたのか腰を抑えて大きく伸びをしていた。
 もしかしたら疲れてるのかも知れず、欠伸を小さく洩らしてその目の端には涙が浮かんでました。
 ――雷人様が最近は頑張ってくれてますが、それでも負担は大きく減ったことにはなっていないようです』

――本の中でも心配されてるじゃないか。
と言う事は強ち出任せでも何でもなかったわけだ。
そんなつもりは毛頭無かったが。

「――んじゃ、そう言っている奴に応えるのもまた仕事じゃねえの?
 メイドが体調不良で迷惑掛ける可能性もあるんだし、その場合はお前並に動けるメイドを確保しなかった上の責任も――幾分はあるんじゃねえの?
 まあ、怒るな。考えを垂れ流しているだけだし、何も知らんバカがほざいているだけだと思っ――」

パチンと、シャボン玉がはじけたような気がした。
泡の中に居た俺が、それがはじける事によって外に有る空気――もしくは水に飲まれるように何かが変わる。
ゼラチンのようなねっとりした空気が、動き始めて新鮮で居心地の良さを取り戻してきた。

「――何よ、その本」

そしてレミリアが動き出し、開いた口から言葉が漏れ出していた。
けれども当然ながら時が止まる前と動き出した後での俺の位置が違う、ぶっちゃけかなり近づいている。
それに驚いたのか、眼が見開かれた。

「……なんで近くに?」
「あ、いや――」
「お嬢様」
「あ、ん。なに?」
「私からの要望ですが――
 大地にも私の仕事を分担し、兼任出来る様にして頂いても宜しいでしょうか?
 どうやら彼は『私の負担を軽くしてあげたい』そうなので」
「おぶっ!?」

いつの間にかレミリアの背後へとまわり、メイドらしく其処に佇んでいる。
そして咲夜の発言で驚き、喋り捲ったが故に乾いた喉を潤す為にも飲もうとしていた唾液で噎せる。
口元を袖で拭い、何を言っているのかと咲夜を見るが――

「ですよね? 香山様?」

そう言って清々しい笑みを向けられた。
それを見せられては何とも言えず、更には今までの経験上コレに逆らっても意味がないと刷り込まれているので――

「……出来る範囲でな」

そう答えると、今度はレミリアが以外だと言いたそうに俺を見てきた。

「――変わったわね、アンタ」
「んぁ?」
「変わった、絶対変わった。
 最初会ったときに比べると、寄せ付けない雰囲気も無くなってるし、そうやって誰かを気遣うような事を言うような奴だとは思ってなかったもの。
 今私が知らない間に何が有ったかは知らないけどね。
 咲夜が仕事を分けるだなんて相当の事よ? おっどろき~」
「ええ、そうですわね」
「――……、」

咲夜の笑みが少し怖い。
どれ位怖いかと言うと、草食獣を目の前にして舌なめずりする肉食獣のような感じだ。
――香山さんはか弱い草食獣だからほっといてください!
って言うか、この手の中に有る本は回収しなくて良いのだろうか?
後で部屋に持ち帰って読んでも良いと言う意味かもしれないが。

「――んまコレも経験かね。
 もし俺がこの幻想郷で生きてく事になったら就職先としてポスト空けといてくれよ?」
「働き次第ですわ。
 当然能力が低ければ任せられる仕事ありませんし。
 いっそ神社でも開いて貧窮な仕送りでも期待しながら、境内掃除でもしてみては如何でしょう?」
「おい、博麗神社の話はやめてやれよ」

とは言いながらも、一応先を考えておく。
俺がこの幻想郷に来た理由が分からないまま終わる可能性もある訳だし、下手したら此処での生活を考えなければならない。
そうなったときの事を考えたら今の話もそう悪い事ではなく、経験して仕事を知っておくだけでも良い事になるだろう。

「――ま、香山さんのやれるってトコ。見せてやりますかぁ!」
「あら、今すぐにでもやる気なの?」
「では今すぐにでも――」
「おい、待て。ちょい、待てやこら。
 お前らには俺の状況が眼に入ってないのか?」
「少なくとも、盗撮疑惑のもたれている写真の入った本を手にしているという事は分かります」
「そっち!? 俺の持っているものだけ!?
 俺の頭に巻かれているものも気付いて!?」
「――え?」
「何その『今頃気付きました』みたいな反応!?
 って言うかさっきから突っ込みまくりで喉、喉がっ――」

元々あんまり喋る口じゃないし、長台詞だって吐いた事があんまり無い。
だから喉が耐えられないし、直ぐに乾いて仕方が無い。
人と喋ったり、声をあんまり発することが無くなると喉が劣化するというのは本当だった様だ。
喉を押さえて噎せていると、レミリアと咲夜が本気で顔を見合わせて俺の事を怪訝そうに見ているが――
レミリアがつかつかと歩き、俺へと近寄るとTシャツを思い切り捲った。

「お――」
「ねえ咲夜。
 体が締め付けられているのに気がつかないって、何処まで愚かになれば出来るのかしら?」
「え?」
「さあ、それに関しては何とも……。
 けれども、気がつかないのか気がつけないのかは考慮する余地があるかと」

二人が何を言っているのか分からず、かと言って服が捲られていて俺の視界はほぼふさがれている。
そのまま多分、レミリアがペタペタと俺の身体に触れているような気はするのだが――

「あのね、包帯が巻かれているのは頭だけじゃないって気付いてる?」
「あ?」
「胴体と腕、其処を締め付けられているはずだから気付くと思ったんだけどね。
 咲夜、あそこの医者をまた呼んどいて。
 コイツは定期健診しないとダメだわ」

そう言って咲夜が小さく頭を下げる、レミリアも手を離した。
俺は急いで袖を捲って腕を確認し、服を捲って腹部を見る。
――確かに、包帯が巻かれていた。
体が重いのも確かにあるだろうが、少し動き辛い理由はコレだったのか……
嘘をついた訳じゃないが、大丈夫大丈夫と言い張っているとこういう時にぐうの音も出なくなるので辛い。

「咲夜、信じてみるものでしょう?
 夢と言うのも、時には運命にも繋がっているものだし」
「ええ、その様ですね。
 私は今から行って来ますので、その間は傍に居られない事を御容赦を」
「ん、だいじょ~ぶ。
 その時は雷人でも呼ぶし、其処まで要り用な事柄は今の所無いしね」
「では――」

咲夜は一礼すると去ってゆく。
それを俺にはどうする事も出来ず、ただただ見守るほか無い。
少しばかり呆然としている俺に対してレミリアは小さく嘆息する。

「ま、少なくとも『鬼』らしくは有るかしらね。
 その左目が吸血鬼のモノに近いから思うだけだけど、体裁とかプライド、威厳を保つ為にそうしているのかしら」
「体裁? プライド? 威厳?
 そんなモノは俺にはないと思うけどな」
「じゃあ心配されるのが嫌なのかしらね。
 もしくは、気遣われたりそれで皆の日常が壊れたりするのが嫌?」
「――さあな」

よく分からない、けれども何処かが違うと思う。
何かのズレ、階層の違いを感じる。
外れじゃないけれども、当たりでも無いと感じる。
どこかで。

「それより、レミリア直々に此処まで来るとは何用かね?
 その様子じゃ、多分部屋に行ってそのまま咲夜を連れて此処まで着たとは思うけどさ」
「ええ、実にそのとおりよ。
 少し時間も経ったし、意識が無かったからお腹も空いただろうし何かを口にしたいだろうと思って咲夜が部屋に行ったのよね。
 けど居なかったし、傍を私が通りかかったから報告を受けたついでにこっちに来たって訳」
「その様子じゃ探し回らず一発即当てって感じだけど、誰かに聞いたか?」
「いえ、ただの当てずっぽう。
 けれども図書館の清掃がまだ終わってない事は知ってただろうから、多分その清掃に行ったんじゃないかと思って来たら当たってただけ」
「成る程な」
「ついでに言うと私は様子見に行こうかなと思ってたの。
 まあその分だと――別の意味で重症っぽそうだけどね」

と言うか、さっきもパチュリーに対して「俺の事知ったような感じがするよな」的な質問を投げかけた訳だが、どうやら共通の知り合いとしてそんな奴が居るのだろう。
なるほどと頷いておく。
しかし、重症と言われても――生きてきた中で既に半分近くを供にしている障害な訳であって、どうでも良いのだが……

「――とりあえずは、意識が有って動ける分だけマシかしらね」
「意識が無けりゃ何も出来ないしな。
 と言うかそろそろ血糖値が下がってきたから、上げたいんだが」
「血糖値……ああ、お腹が空いたのね?
 なら食堂に場所を移しましょう、どうせパチェも忙しくて暇してるんだろうし」

まさにその通りだ。
その前にこの本を読みたいから部屋に持って行かせてくれと頼むと、少しだけ滞在してもっと本を選ぶ時間をもらえた。
とりあえずレミリアだけじゃなくて紅魔館に住まう奴全員の本をもっていく事にした。
多分俺の彼女たちに対する理解への手助けになることだろう、コレを作った奴には感謝しよう。
これを全部読んだら美鈴に始まりフランドールに終わるまでの全員を網羅できる筈だしな。
しかし、結構隙の無さそうな咲夜までスポットするとかかなりやるとは思う。
こんな本を作ってくれた人に感謝しよう。



本を全て置いて来たので身軽になった俺は、そのままレミリアに連れられて食堂へと向かう。
食堂と言う名に恥じぬ場所であり、その広さはきっと10人や20人を集めた所でもまだ余裕があるだろう広さがある。
此処は地下ではない地上階であり、天上から吊られているシャンデリア――だったか?――が幾つかの光を乱反射させながら照らしてくれている。

「一人で食べる時は部屋に運ばせればいいし、誰かと食べたければここに来れば大抵居るわね。
 私は寝起きは一人で食事を取るけど、夜だけは絶対顔を出すわ」
「へえ、そのスケブ――じゃねえや――スケジュールを俺に教えて何か意味が有るのか?」
「あのね、一応主人として説明してるのだから黙って受け入れときなさい。
 後で食事を誰かと取ろうと思ったら誰も居なくて寂しく一人黙々と食事を取る事になっても知らないわよ?」
「誰かと食事ねえ――」

――『おい、こいつロリコンだぞロリコン!』――
――『むっつりスケベちゃんだったのか? あ~?』――

「……此処に居る外来人に、羽根が生えた奴とか犬とかって居るか?」
「羽根が生えてたら覚えてるし、犬みたいな奴は居ない筈だけど――
 なんで?」
「いや、何と無く……」

何故だかにやにやニタニタ笑っている誰とも分からぬ二人の顔が浮かんだのだが――
やはり知らない、知るわけが無い。
なのでやはり幻想かと頭を振って打ち消した。

「――此処には大半が揃うのか?」
「そうね、パチェが没頭して無ければ大体こっちに来るし、フランも最近じゃ一緒に食事を取るようになったし」
「待て、最近って――前までは一緒じゃなかったのか?」
「本、読まなかったの?
 フランはあんまり表に出せるような子じゃなかったの、最近でも少しマシになったくらいだけど対応には気をつけなきゃいけないしね」
「――……、」

――『あははははははは! 壊れろ、壊れちゃえ!
   何処まで貴方は耐えられるの? 何処までやったら貴方は別の貴方になるの?
   ねえ、ねえ、ねえ! もっと別の貴方を見せて、今のつまらない貴方を早く壊して見せてよ!』――

前に会ったあのフランドールが、大暴れする映像が浮かぶ。
何か炎の剣を持ち、幼いながらも何か狂気を感じさせる笑みをこちらに向けて。
汗が吹き上がる傍から蒸発してしまいそうなその焔の剣に、映像の中の俺は腰を低く身構えながらも大慌てしながら周囲を見ていた。
多分逃げようとしているのかもしれないし、多分応戦してどうにかしようとしているのかもしれないが――

「――近は多くのヒトと知り合って、色々と話をする事である種の安定は見せてきてると思うけどね~。
 もしあの子と会って関わることが有るなら、出来れば色々教えてあげてね?」
「あ? 何で俺が」
「身内だから、姉だからやり辛いって事もあるのよ。
 ――身内だから、姉だからって無条件で信用・信頼される訳じゃないからね」

そういうレミリアは何処か儚く思えた。
この前神社で出会ったときから見せている笑み、強固な自信のような鎧から洩れる唯一の脆さ。
その時だけ少しだけレミリアも、ああヒトなのだなと思った。
幻想郷に居るヒトは余りにも脆さが無いように見える、完璧なヒトが多すぎるように見える。
だから、なんだろうか。
少しだけ――ほんの少しだけ彼女を信じられるような、そんな気がした。
価値観は多分に違っても、信じられる場所はあるのだと思えた。
――そう、徒に弄ばれて使い捨てられるような事は無いのではないだろうかと少しだけ。

「……え?」
「――あ?」

レミリアの疑問を抱くような声、それに付随するかのごとく俺も不思議だと声を洩らす。
互いに今起きたことが理解できずに、なんだ? と眉を顰めた。
レミリアは頭の上に乗っているものへと、俺はレミリアの頭の上に乗せているものに。
俺の手が意識せずに伸ばされていたのだ、そしてその頭へと触れている。
意識した瞬間にくしゃりと、帽子越しにその頭を撫でていた。
その瞬間に互いに沈黙。
頭に手を載せたまま、載せられたままに。
そのまま沈黙を互いに通し、レミリアが何か言おうとしたが――そのまま笑みを浮かべて笑みを浮かべて手をゆっくりと払いのけた。

「――気持ちだけありがたく受け取っておくわ。
 それにしても凄い度胸ね? まだ会って日が浅いのにもう手を出すなんて。
 私が吸血鬼だって事を忘れたかしら?」
「あ、いや。忘れては、いないけど――。
 俺も、なんでこんな事をしたのか全く分からなくて……」

あたふたわたわたと手をにぎにぎしたり、なんだかよく分からない弁解を始める。
それを見てレミリアはプフと噴出した。

「なにそれ。あはは、自分でも無意識だったの?」
「ありていに言えば、そうなる――か?
 考え事してたら手が伸びてたって言うのが正直な所だ」
「へ~?」

レミリアが滅茶苦茶ニヤニヤしながら俺を見ている。
それになんだか顔付近が熱くなるのを感じながらも、見るな見るなと少しばかり離れる。
なんだか分からないけれども、ニヤニヤされながら見られるのはとっても嫌だ。
とは言っても、マイナスの感情で嫌だと思わないのは何故だろうか。
むしろ、こんなやり取りが――楽しい、だったか?――ああ、楽しいと思える。
そうやって逃げていると、レミリアは十分に笑ったのか「はぁ~」と満足気味に息を洩らした。

「――やっぱり、貴方であってるのかも」
「あ゛!? 何か言ったか!!!?」
「いいえ、何も?
 それよりも厨房に行って食べ物でも取って来たら?
 さっき言ったと思うけど、咲夜が見に行ったら居なかったもんで料理を作った本人は待機しっぱなしだから。
 あんまり遅いと折角作ってくれた食べ物が無くなっちゃうかも」
「そりゃいかん、そりゃ困る。
 今この場で食うのを逃したらネズミ狩りの時間だ!」
「……ねえ、どんな生活送ってたの? アンタ……」

脳裏にネズミを探して路地裏を這い蹲るイメージしか思い浮かばなかった。
気を失って余りにも時間が経ったからか、それともヒトの肉を食った事があるのか。
両方が関係しているのかもしれないが、ネズミに噛まれたことが有る。
そのまま興味本位で傍に転がってた喧嘩相手の落し物であるナイフを使って仕留め、傍でドラム缶照明に使われていた炎で焼いてみた。
ぶっちゃけ美味いとは言えないが、多分これでもありたがる人は居るのだろうなとドラム缶の中に放り込んだ。
興味本位でネズミは食うもんじゃなかった、けど今じゃその経験も役立つだろう。
厨房に向かおうとした所でふと思い出し、俺は立ち止まる。
そしてレミリアに一言。

「この館、ネズミって居るのか?」
「居る訳無いでしょ!」

結果、滅茶苦茶怒られた。
居たら居たで物凄く嫌だが、地下室になら居そうだと思ったもんで。
これで探す手間は省けたってもんだ。
態々時間と労力をかけて『神々の存在証明』――いや、『神の存在証明』だったか?――をする必要は無いのだから。
レミリアから逃れるように厨房と思しき方角へと向かう、レミリアから声が飛んでこなかったのでこれで正解なのだろうと思うのだが――

「ったく、こんな難しいなぞなぞみたいな物はそれこそ暇をもてあましている筈の紫とか、頭の良い慧音さんとかに任せるべきだろう……
 なんで――なんだってこんな事を……」
「うい~っす、ちわ~っす。
 あの~、飯欲しいんですけど――残ってますか~?」
「ああ、残って――!?」

厨房に居たのは一人の男だった。
眼鏡をかけて、なにやら紙切れを眺めているようだった。
けれどもいきなり声をかけたからだろう、驚いて身体をはねさせて傍に有った鍋へと肘をぶつけていた。
めちゃくちゃ痛そうである。

「くあ~っ……」
「あ~、出直したほうが良いか?
 扉をノックして『すいません、先日からお世話になっている香山と申しますが、食事があるらしいので失礼ですが分けては頂けないでしょうか?』ってやり直すか?」
「あ、いや。それには及ばない――
 香山――、『香山 大地』か? お前が」
「ああそうだけど、そういうお前さんは何処の誰なんでしょうかね?」

名乗るつもりが有ったのかどうかは知らないが、一方的に名前を知られている状態と言うのはあんまり面白くない。
そんな俺の発言をどう拾ったのかは知らないけれども、彼は眼鏡の位置を修正しながら慌てて名乗る。

「ああ、悪い。
 俺は『白河 雷人』と言う」
「へえ。
 まあ初対面で有る事に変わりは無いけど、ご飯有る?
 何か気付いたら三日も気を失ってた、腹が減って色々と切ない」
「あ、あぁ。
 咲夜さんが『置いといて』と言ってそのまま帰ってこないから、どうしようか悩んでいた所だ。
 ――待ってろ、直ぐに温めなおしてやる。
 とは言っても、粥とスープだけどさ」
「そいつぁ良いや、病人食と言っても過言じゃないけど――
 出来ればステーキレア焼きでご飯と一緒にがつがつ食いたい」
「……久しぶりに食べるのにか?」
「肉って身体に良さそうだろ?
 血も出したみたいだし、元気になりそうでさ」
「――肉食って回復とか、ワンピース以外じゃ見たこと無いぞ……。
 まあいい、とりあえず食堂に行っといてくれ。
 持って行くから」

そう言われて俺は「あいよ」と厨房から出て行く。
とりあえず飯さえ食えればそれで良いのだ、注意力散漫な状態で話をしても覚えていられないしな。
下手すると聞いた話でも三歩も進んだら忘れて振り返って聞き直すくらいはする、それくらい普段適当に生きてる。
食堂に戻ると既に席へと腰掛けたレミリアが帰りを待っていて、「お帰り」と言ったので「あい」と返事をしておいた。
さて、お粥とスープか……
ふん、待ちきれないもんだ――

~☆~

その小さな女の子は寂しそうに呟いていた。
うつけが、戯けがと誰に向けるわけでもなく虚しく呟く。
怒りよりも悲しさと寂しさがそこにある、言った所で無意味だと本人が既に知っているのに。
それでも彼女は止めなかった、言うのをまるで義務であるかのように繰り返した。
馬鹿者が、どうしようもない愚か者が。
もう何度も繰り返された呟きだが、その言葉が吐き出されるたびに彼女はまるで自傷行為によって自分を慰めるかのようである。
実際そうなのかもしれない、吐き出した言葉が壁に跳ね返っては自分へと戻ってくる。
それを聞くたびに彼女は自分への言葉であるかのように聞いて、そしてささくれ立つ感情が腐るかのように笑みを浮かべた。

「あら、まだこんな所に居たの」

傍に八雲紫が立つ。
まるで自分の子がいじけているのを見つけたかのような問いかけで、それに対して少女は沈黙する。

「――それが貴女の選択?
 ここでただ時間を無為に過ごして、浪費して、食いつぶすのが貴女の選択?」

その問いかけにも何も答えず、むしろ更に塞ぎこむかのように目線だけではなく身体そのものを彼女からそらした。
それを見て八雲紫は怒らない、そして憐れむとか可哀想だとか思う事もしない。
ただただ彼女なりの優しさで、言葉を投げかける事によって自身の力で立ち上がる事を促すのみ。
それでも少女には響かない、届かない。
言葉自体は少女へと聴こえているのだが、その言葉が孕んだ意味が心に響くまでには至らない。
その心を覆っている殻が、彼女の優しさを届けてはくれないのだから。

「貴女は任されたでしょう? 頼まれたでしょう?
 『俺の代わりに彼女を頼む』と。
 それを貴女は自責の念ばかりに目が行って、お願いされた事を忘れてしまうくらいに。
 ――身体、闇に飲まれかけてるわよ」

八雲紫に指摘され、少女はぼんやりと自分の身体を見下ろした。
その手と足が、影に飲まれかけていた。
まるで其処から細胞単位で別の生き物へと変わっているかのようで――
少女は驚き、その闇を祓った。
そして手足を見て、闇が綺麗に払拭できたのを見て胸を撫で下ろす。

「まあ、貴女はそうしても良い。
 その権利が、貴女にはある。
 けれども忘れちゃいけないのは、時を見て敏に動く事。
 俯いてばかりで何も見なくなったらその時はお仕舞いだから」

そう言って紫は少女の頭を撫でようと手を伸ばすが――
そのままこてんと避けるように倒れた少女は、もう全てが面倒だといわんばかりに身動きしなかった。
八雲紫は伸ばした手が宙を空振り、そこでようやく笑みを洩らした。
まるで子供みたいだと、まるで主人だった彼に似ていると。
そうやって自分を責める所も、自分ひとりで抱え込む所も、けれども傷付いても無かったかのように振る舞い――

最後には、立ち上がって更に強くなるという所も。









※ 疑う
大地は自分がする事に基本裏は無いのだが、逆に他人が自分に対してする事には疑いを掛ける。
一度それで痛い目を見ており、他人というものが信じる事ができなかったから。
そのかわり、一度信じた相手や親しい間柄の人物の事は無防備とも言える位に信じる。

※ 『レミリア観察日記』、『フランドールの楽しい日々』、『咲夜の素顔』
紅魔館面子全員分有り、その近くには外来人の分も有る。
『白河雷人の裏事情』も置かれているが、中身は料理本のような感じになっている。
因みに製作者は妖精メイドの誰かであり、複数犯の可能性もある。

※ 可哀想
純粋にそう思っただけ。
少なくとも害意や悪意を向けられなかった分、大地としては自然に零れた考え。
他人に興味を持たないから普段は冷たい人かと思われがちだが、結構他人の事を見ている。
周囲に警戒しすぎて、着目しすぎているから。

※ 痛覚
喧嘩生活の家庭で身体を幾らか負傷した大地は脊髄の損傷で感覚が脳に届き難いという事、血の生成が行われにくい身体になっている。
なので喧嘩や戦闘に関しては痛覚が鈍いという事でダメージを無視しての強行が出来るが、その分負傷によって入院を余儀なくされるような状況になる事が多い。
出血の場合は輸血に頼る事が多かった。
身体の痛覚や感覚が鈍い分普段受け取る情報が鈍く、その結果頭部への攻撃が大きな弱点となっている。
骨折までなら色々と無視できるが、それでも長時間は無茶できない。

※ 羽根が生えた奴とか犬とかって居るか?
前回のコラボで出てきた『主天使』と『シロ犬』と言うキャラクターである。
しけた面をしていた大地を煽り、人間の言うものを教えてくれた人物だが――
今回は居ない。

※ 少女
八雲紫の家に居候している女の子。
150cm台の背丈で、今現在は八雲紫の『好意』によって住まわせてもらっている。
誰かと約束をしたらしいが、それを守る事無く膝を抱えて腐っている。

※ 闇
負の感情などの事であり、誰もがそれを抱いて生きている。
けれども負の感情に飲まれると、突発的に何かをしてしまったり、自我を無くして獣のように暴れたりする。
当然、元になった人物のスペックを越えた事は出来ないが、暴れたら手がつけられないという言葉の通りに厄介では有る。