蒼野さんから13話が届きました。



~☆~

ある日、神は気がついた。
自分が徐々にコワれ、狂気に犯され、自分が作り上げてきたものを全て壊したがって居るという事を。
神は世界を作り、神は大地を作り、神は海を作り、神は自然を作り、神は命を作った。
様々な命の中にヒトはあり、何時しか大地の大半を占有する生き物となっていた。
それを神は喜び、まるで自分のような生き物が居るのだなと驚いた。
ヒトはやがて『人間』となり、動物よりも密接なコミュニケーションや規律、模範や生活などを作り上げていった。
時間の推移と供に人間は変わり、技術と供に沢山の物事を発見して成長してゆく。
それを見ながらも神は彼らを愛した。

しかし、その一方で気付く。
人間は徐々に神と言うものに関心が無くなっているのだという事に。
その癖に、悪い事があれば全て神の責任だと言って何故救ってくれないのか声高々に叫んだ。
それでも神は彼らを愛した、必要であれば技術を与え、必要であれば奇跡を起こし、必要であれば誰かを選んで人々を救った。
だが、神に対する畏敬は損なわれるばかりであった。
それどころか、やはり人間は神を強く恨むのだ。
もっとよい暮らしをと、もっと差別を無くせと、もっと平等にしろと、もっと助けてくれと。
アイツが憎い、アイツさえ居なければ、アレがあるから、アレが無ければ――
何時しか、人間は同じ人間を憎むようになっていた。
そして彼らの出す負の感情が、神にとっては悲しかった。
それでも何とかしよう、何とか彼らを救ってあげようと躍起になる。
技術を与えればもっとよこせと言う、奇跡を起こせばもっと奇跡を起こせという、優秀な選ばれしヒトを送れば信じないくせに誰かを求める。
どうしたらよいか、どうすれば彼らは幸せになってくれるのか。
神は悩みました。
悩んで、苦しんで、もがいて――
気が付けば、負の感情に飲まれていたのです。
人間は与えれば与えるほどに欲するようになる、恵まれれば恵まれるほどに更に恵まれようとする。
苦しみを知らない人は他者を踏みにじり、苦労して生きてきた心優しいヒトはそういったヒトに騙されて死ぬような思いをする。

徐々に自分の意識が遠くなるのに気付き、気が付けば記憶の無い時間が増えていることを知る。
それでも頑張った神は、何時しか完全に負へと飲まれてしまいました。
魔が世界を埋め尽くし、見たことも無い生物に人々は襲われ、ありとあらゆるものが破壊されてゆきました。
村や町が滅ぼされ、元来居た生物は全て殺され、自然は全て消え去っていった。
人間は互いに争う事をやめ、どうにか生き延びようと躍起になりますが徐々に追い詰められてゆきます。
――人間が減り、世界に充満する負が減った時に神は我に返りました。
そして自分のした事を知り、その理由を知って尚人間を助けようとします。
人間の中から神に選ばれたヒトが現れ、彼らは『勇者』と呼ばれて魔物を切り伏せてゆきました。
最終的に狂った神様は、自分の選んだ選ばれし者の手によって封印される事になりました。

しかし、神の封印は長い年月の末に人間の手によって解放されてしまいます。
実際に有った出来事を、自分達の都合の良いように脚色し、作り変えた大人たちが居たからです。
そしてその時に再び狂った神が現れたとしても対処できるように伝えられていた技術も、間違ったものとして伝えられてしまいました。
結果、世界は滅んでしまいます。
全ての場所から人間は消えうせ、動物も殺され、自然は全て破壊され――
再び神は我に返り、最後の生き残りとなったヒトを殺す直前に考えました。
――神は、再び人間を助けようと考えました。
そして神が選んだのは、『英雄』と言う存在を作り上げる事でした。
最後の生き残りである人間に、世界を救わせるために。
自分を殺してもらう為に、神はそのヒトを選びました。
たとえ何度失敗しても、何度世界が崩壊する事になってもやり直させる事で。
那由他にも、恒河沙にも一つであるその出来事へとたどり着く為に。
その過程でどれほど傷付こうとも、どれほど打ちのめされるような事があってもいつかは封印から解放される自分を殺しに来る、そのヒトを待つという選択をしました。

神は人間と言う存在を救うために、目の前にいるヒトを犠牲にする事を大いに悔やみ、そして心苦しいものだと認めます。
なぜなら神を殺すと言う『最終目標』に、ただのヒトがたどり着く事がどれほど難しい事か分からないからです。
そしてそこに辿り着けない限り、何度でもやり直しを要求されるだろう事も知っています。
それでも神は、どうしてそのヒトに酬いれば良いか分かりません。
けど、もし――
神が死んだ後どうなるか、自分で考えるのも笑える話だと自嘲しながら言います。
――もし、全てが終わるのであれば。
このヒトを愛そうと、傷付いた分そのヒトを癒そうと。
立ち直れなくなったなら待ってあげようと、苦しんでいる時は支えてあげようと誓い――
笑いながら涙を零し、そのヒトを殺しました。

――世界は何度でも繰り返されました、その過程でそのヒトは何度も傷付き、倒れ、そして死んで行きました。
ただの一市民として生きて死に、混乱の中で殺され、ヒトを殺して斬首にされ、事故死や病死もし、戦いや戦争の最中殺される事を何度も繰り返しました。
それでも、世界がやり直しをする度に小さな一歩をヒトは進めてきました。
何も知らないというのに、そうする事が前進に繋がると知っているかのように。
ヒトは仲間を得て、力を得て、地位を得て、英雄としての立場を強めていきます。
そして狂った神が解放され――そのヒトは神の思惑通りに動きました。
人間を救う為に自分を殺しに来るという、ただそれだけの事を――

~☆~

食堂で暫く背もたれに背中を預けてぐったりしていた。
別に疲れたとか満身創痍とかではない、ただ単にそうしているのが日常だからだ。
ボケ~っとしている、一心に何かをする、さっさと寝る。
それくらいしかしてい無い様な気もするが。

「へぇ、貴方の居た場所では日本なんて無いのね」

と言うか、傍に居るこの吸血っ娘が矢継ぎ早に色々と尋ねてくるからだ。
元々口数の少ない長台詞の苦手な俺には喉にも宜しくないし、思考が整理できなくてパンク寸前だ。
だから手の平を振ってそうだと返答し、それからどう繋げるか考える。

「五百年以上昔の話さ。
 国同士の争いの結果だったか、果てしの無い技術の向上を目指した結果が今の状況なのかは分からない。
 俺達の世界では既に国と言うものは無くて、一つの都市がかつての国のようなものかな。
 空は常に死の灰が覆ってる、空気は汚染されている。シェルターと言うドームの中じゃなきゃ人々は生きていけない世界なんだ。
 ――だからさ、俺は色々と驚いた。
 灰色じゃない、雲だけじゃない空が有るって事に。
 風と言うものが有るんだって、空気って味があるんだなって知った。
 植物や動物も、あんなに自然と伸び伸びしてるのを初めて見た――」

この世界で、幻想郷で目覚めた事から思い返してみる。
鞄を掴み、気の根っこを枕にして空を眺めながら仰向けに倒れてた。
風に靡く草葉、そして揺れる木々。
木の葉が、枝が揺さぶられて聞こえる音は決してうるさいとは思えなかった。
そして自分とは無関係に近くを通りがかる兎、そして空を飛ぶ鳥。
その鳥の向こうには、人類が取り戻したいと願って止まない空が有った。
人類が自ら喪失し、そのツケを未来の人類に負わせるなんて酷い話だが――

「……これは、夢じゃ――ないよな?」
「さあ、どうかしら。
 胡蝶の夢――とか行ったら何処かの薬師の真似事になるけど、もしかしたら貴方が夢の可能性もあるわよ?」
「なんだそりゃ」
「自分が確かな存在であるかどうかなんて分からないでしょ、って事。
 だって私達の居る世界は、大半の人間からしてみれば作り話<非現実>とされている。
 例えば大地が物語を作ったとして、その物語の中に居る人物からしてみたらまごう事なき現実かもしれないけど、その物語を見る側からしてみたら存在しないモノと同じでしょ」

レミリアの言う事は理解できるが、じゃあ今現在此処に居る俺は何なんだ?
笑える話じゃないか。
誰かによって全てが仕組まれているだなんて。
それだとこの世界に来た事も、チルノに大怪我させられた事も、変な幻覚を見た事も、地霊殿ではなく紅魔館に来た事も、パチュリーのところで魔法を使って大怪我したのも。
全部――ぜんぶ、ゼンブ仕組まれたもの?
……こうやって考えている事柄ですら誰かが考えて作り出したものだとしたら――
そんなの馬鹿げた話だ。

「逆にこういうのはどうだ?
 この世界も、お前らも全部夢だってのは」
「あら、それはそれで面白いかも知れないけど――
 その場合、夢から醒めた貴方は何も無くなった無の世界の中取り残されるわね。
 だだっ広い無の空間、上も下も右も左も、近いも遠いも、死ぬも生きるも無い場所。
 自分の周囲が何処まで信用できるか信用できないかは別にしても、それがイコールで自分の周囲が全て虚構だって思うのは面白くないわね」

椅子に座りながら頬杖をつきながら俺のほうを見るレミリア。
――何だったか、ヒトと話をする時に相手の瞳を見ながら会話をするというのが当たり前の場所も有ったらしい。
レミリアもそういった育ちなのか、俺は見てなくともそれを横から見ようと努力している。
見えないのに、右目は塞がっているのに。
それでもすこし顔を傾けたらレミリアは見えるが。

「――それじゃあ、貴方が夢から飛び出してきたというのは?」

突如、レミリアがそんな事を言ってきた。
何だというのか、意味が分からない。
レミリアを静かに見つめていると、それに気がついたのか嬉しそうに笑みを浮かべて話を続ける。

「大地にとっては面白くない話かもしれないけど、例えばさっき言った誰かの想像した物語の人物だとする。
 当然、これに当てはめられるのは大地。
 けれども想像は具現化する……、誰かの頭の中で考えられた物語でも字にして綴られたり、絵として描かれたりすればそれは一種の『非実在物の実在化』と言っても過言じゃない」

などと言うが、むつかしい話だ。
――こういう時、拓郎が居てくれたらな。
色々と考えてくれて、それで居て分かりやすく噛み砕いたり方針を教えてくれたりするのだが。
居ないのだから仕方が無い。
そもそも異世界へと来てくれだなんて願って易々と来られるものか。
欠伸を一つ洩らし、レミリアから目線をそらして天井を再び見上げた。

「――むつかしい事は止めようぜ。
 俺がどうかなんて分からないし、今眼の前に居るお前が夢幻だとは思わないさ」
「あら、これでもまだ夢とか言うなら殴る準備も出来てたけど」
「止めてくださいお願いします」

鬼の力で殴られたら堪ったもんじゃない。
萃香ですら山を揺るがす力を持っているというのに、レミリアに殴られたら首の骨がポッキリとイってしまうのではなかろうか。
俺の身体は一般人と大差ない、それどころかナノマシンの力を借りた所で後手の再生能力以外になんら意味も無いのだ。
即死級のダメージはゴメン被る。

「そう言えば大地って何が出来るんだっけ?
 魔法は駆け出しだけど、剣術と体術――くらい?」
「何で戦闘系統に絞ってるんだよ」
「あら、歴史には疎い?
 ――今はね、戦力が欲しい時期なのよ。
 そう、何処にも負けないくらいの……ね」
「――……、」

呆然と、思考が真っ白になった。
そしてレミリアを再び見る。
其処には何の疑いもなく、そして純粋と言っても良い位に笑みを浮かべて俺を見つめる彼女が居る。
口を開き、言葉を吐く前に一つ溜め息を洩らした。

「俺を、コマにしたいってか?」
「――……、」
「紅魔館の、『レミリアの勢力を強める為に俺を引き入れたい』――と?」

――『ふ、はは。
   面白いわ、アンタ』――
――『私達が幻想郷で最も力の有る勢力だという事を、私たちと言う存在を慮らなければならない場所だと認識させるのよ!』――
――『舐められたらそこでおしまいなのよ。
一度失墜した権威も勢いも、取り戻すには時間がかかってしまう。
だから最初から強く……、強がって生きなきゃダメなの』――

「あう、ぐっ……」

まただ……、今日で何度目だ?
いや、気絶してたから今日じゃないか……
けれども、こうまでも訳も分からず一方的に情報を流し込まれるのは不愉快だ、不興だ。
しっかりと座り、それから頭を振って頭をハッキリさせる。
そういえばご飯はまだか? 数分は経ったが――

「傷が痛む?」
「いや、べ――つに?」
「そ、なら良いけど――」

――なにかおもいだしたんじゃない?――

レミリアの一言が、鋭く突き刺さった。
その言葉が、心臓を鷲掴みにして離す事は無い。
どうして? なんで? どうやって?
様々な疑問が浮かんでは回答も無いままに脳の奥底に消えてゆく。
レミリアを見るが――
          ――何故だろう。この前のパチュリーの時のような恐怖は感じなかった。

「ど、ゆ――意味だ?」
「……記憶が無いんでしょう?
 何が切っ掛けでどんな事を思い出すかは分からないじゃない」
「……成る程な」

自分の額を指先で掻く。
おかしな話だ、脳とは生ものの癖に情報を詰め込める。
その癖何らかの理由でその中身が吹っ飛んでしまう、もしかすると機械よりも脆いだろう。
じゃあ脳を生ものから変えたら記憶も飛ばないのだろうか?
機械なら多分悠久にデータとして記録できるだろうし、人間とは記憶には向かないものなのかもしれない。

「で、何を思い出したの?」
「いや、俺の記憶じゃないけど。
 ――変だなとは思うけど、何故かレミリアのことが頭に浮かんだ。
 俺を紅魔館に引き入れたいって、吸血鬼としても自分の面子をしっかりと立てたいって言われた事」
「へぇ……」
「――おかしいよな?
 だって俺はレミリアと初対面、それからの日数は余りにも短く浅い。
 それに言われた事も無い事が浮かぶだなんて……」

少し痛む頭を抑え、そんなものは幻覚だと言い聞かせる。
けれどもその手をレミリアが掴み、静かに横へと頭を振った。
まるでおれは間違っていないとでも言いたげに。

「あんまり自分の記憶を疑うものじゃないわ。
 もしかしたらその情報も、記憶も役に立つ時があるかもしれないじゃない」
「――そんなもんかな」
「そうそう。
 とか言ってるうちに来たわね、貴方の食事が」
「悪い、待たせた!」

雷人が食事を代に乗せて持ってきてくれた。
湯気も立ち、見ているだけで腹が鳴りそうなほどに上手そうな匂いも漂わせている。
先ほど話題に出したステーキも態々お粥に添えて持ってきてくれている、それだけでも腹が大合唱する事だろう。

「悪い。電子レンジでもあれば早く終わったんだけど」
「無いもの強請りしても仕方が無いだろ?
 我慢なら出来る限りは出来る、その許容できる範囲内だったから別にいいさ」
「レミリアも――紅茶を持ってきたから要る?
 咲夜さんがさっき出かけてくるとか言ってたから要るかと思ったけど」
「ありがたく頂戴しようかしら」
「俺も遠慮なく頂戴しよう」

眼の前に出される食事。
それを眼にして、全てが置かれるのを少しだけ行儀良く待機した。
雷人が食事を出し切り、レミリアに紅茶を注ぎ終わった頃に――
動いた。

「はっ、はっ――
 んぐ、はぐっ……!」

フォークとナイフを掴み、突き立てるように両手を動かす。
フォークで獲物を抑え、ナイフで綺麗に切り離す。
一口サイズになったその肉片を口へと運び、その美味さと肉汁、脂身の部分に目が点となった気がした。

「ねえ、今大地の目が輝かなかった?
「あ~、えっと……。
 輝いたというか、現在進行形で星が乱舞しているような――
 と言うか聴こえてない!?」
「……数回食事を向こうで一緒にはしたけど、ここまでの食いつきは初めて見るわね。
 肉が大好物とか?」
「大好物以前に空腹じゃないかな、と。
 そもそも三日間飲まず食わずだったんだし、飢餓寸前と言っても申し分ないような……」

外野がうるさい、けれどもそれに関わっている暇など無い。
何だろうな、この味わいは。
何だろうな、この美味さは。
腹が減ってるからだろう、お代わりがしたくなる――

「にふ、おふぁあい」
「――なんて?」
「多分、『肉、お代わり』じゃないかな~と。
 って、えぇ~……。お粥、スープじゃないんだけどな~……」

お粥も丁度良い温かさだ、息を吹きかけて口にする必要も無い。
フォークとナイフを置いてスプーンを手にすると、皿を掴んでがつがつと口の中へと押し込む。
そして咀嚼が済んだ傍から喉から胃袋へと流し込み、更に残っている分を新たに口へと押し込む。
それだけで数十秒で終りだ、皿はスプーンと共に音を鳴らして机の上に置かれた。
半分ほど残ったステーキへと再びフォークをつきたて、ナイフで切り裂く。
頬がパンパンになりながらもむっしゃむっしゃと肉を噛み、これも一分と経たずに胃袋へと押し込んだ。
飲み物は無い、口の中は肉とお粥の味しか残ってないが――

「お代わり」
「ちょ、っと待ってくれ!」

雷人が全速力で厨房へと戻っていった。
少し落ち着いたので腹を擦り、背もたれに体重を預けて再び天井を見上げた。

「あ~、いいね。
 これで4割は満たされたかな」
「……三日寝てたのに良く入るわね」
「三日寝てたからこそ入るんだよ。
 同じように三日ぶりに風呂にも入れば気分だって良くなるし、三日ぶりに体を動かせば気持ちが良くなる。
 違うか?」
「普段からちゃんとご飯を食べていて、普段から体を動かしているなら気にならない悩みね」

当たり前だ、そんなことで悩むのは普段出来ている奴だけだ。
少し満足するのだが、やはり何か飲み物が欲しくて仕方が無い。
ふと思い出せば、レミリアが飲んでいる紅茶が有ったじゃないかと気付く。
見れば、一口飲んだだけで手をつけてないようだが――

「レミリア、紅茶貰ってもいいか?」
「え?」
「飲み物、俺の分だけ無いんだわ」

何で無いのかは分からないけれども、これは雷人の失態だろう。
気にはしないけど一応頭には留めておく。
んで、レミリアはどう返答すべきか迷っているようだが――

「わるい、いただきます」
「え!? あ、ちょっと!」

返事よりも先に喉がべたつくので自分を優先した。
カップを取り、口をつけて紅茶を口に入れるが――
甘い。
何と言っても甘い。
とは言え問題にするほどじゃないのでそのままごくりと飲んでしまった。
喉に張り付くような油分は何とか紅茶の味わいで誤魔化せた、それを確認してカップを戻す。
助かった、ありがたい。
そう思ってはいるのだが、レミリアは口を開いたまま呆然としていた。

「――あのね、ヒトが口付けたものを……」
「ん? 俺は気にしないぞ。
 それとも間接的に吸血鬼にでもなるのか?」
「ならないわよ!」
「じゃあ何が問題なんだ」

俺がそう尋ねるとレミリアは閉口し、何かを言いたそうにしている。
じゃあ何を言うのかと思えば何も言わないし、溜め息をつくやら考え事をするやら顔を赤くするやらと大忙しである。
そして一言。

「うぅ~……、やりにくい」

そんな言葉を洩らして机に突っ伏していた。
どういう意味か分からないが、あんまり追及はしないで置いた方が良さそうだ。
天井を見上げてふい~っと息を洩らしておくに留めた。

「アンタ、人付き合い苦手でしょ?」
「有耶無耶との付き合いは苦手だな、確かに。
 仲間以外との付き合いは基本した事が無い」
「何それ。一匹狼のつもり?」
「別に。皆が勝手に避けてくだけだ。
 どうやら好かれてないみたいだし、無理に関わる必要は無いだろ?」
「――どういう意味か、説明するつもりは?」

そう尋ねられ、簡単にレミリアに話をした。
どうせこの事がマイナスに働くとは思えず、ならば良いかと思ってペラリと言った。
始まりは中学生で、どうやら妬まれて喧嘩を売られた事。
其処から不良生活に陥り、そのせいでか誰も近寄らなかった事。
それでも不良のような生活の中ついて来てくれた二人の仲間、そして先輩と幼馴染の事を語った。
多分、これが小悪魔の言っていた好意に繋がるのではないかとは思うのだが。
話にかかったのは数分。
どうせ事細かに語るわけでも無いし、それでレミリアは満足したのか考え込んでいた。

「なるほどね。
 多分迫害されたのよ、それは」
「んぁ?」
「例えば私達のような人間じゃないヒト。
 それだけじゃなく、数少ない優秀なヒトを妬んだのよ。
 人間は数多い方が正当化され、少ない方が異端だと排除される」
「――そういうもんかね」

ぼけっと、始まりを思い出す。
どんな事を言われたのかうろ覚えだが、頭を思い切り殴られて出血していたことは覚えているが――

――『ざまあ見ろ、糞野郎が』――
――『頭が良くても、こっちは全然だなあ』――
――『ちやほやされやがって』――

と、こんな感じだった気がする。
今思っても、どういう意味かは全く分からない。
頭が良い訳でも無いし、むしろ覚えている限り――高校生からの記憶しかないが――成績なんて散々だ。
歴史なんて二だ、赤点を免れた程度である。
どういう理由だったかなんて――
               ――全部、どこかにおいてきた。

「ヒトが口付けたものに手を出すの禁止」
「でも、それだったら俺は食事の場に飲み物が出てなかった事を言うしかないんだけど」
「それに関しては主で有る私が責任を持って言っておくわ……」

小さくだが「ごめんなさい」と謝罪する。
――出来たヒトなのだろうな、コイツは。
吸血鬼としてか、それとも主人としてなのかは知らないが。
神社で自分勝手に振舞っていた人物と同じ人物だとは余り思えなかった。
多分、自分の手の届く範囲では大人っぽいのだろう。
その外では子供っぽいとか。

「けど、次回からはもうしないで」
「んぅ……」
「――気にしちゃうでしょうが」
「あ? 何か言ったか」
「別に、何も」

モノを食べたから血糖値が上がって、徐々に満腹になってゆくような感覚を覚える。
このままだとお代わりが出てくるよりも先に、擬似的な満腹感で一杯になってしまうのではなかろうか?
そう思いながら、徐々に体が満たされてゆくのを感じる。
……お代わりを頼んだのは早計だっただろうか。
しかし、レミリアが再びこちらを見ている。
そんな気配を感じたので首を傾げてみれば確かにこちらを見ていた。
何だというのか、この娘は。
何と言うか、こうやって見つめられるのは久しぶりのような気がする。
そうだな、マリ先輩と遥くらいじゃなかろうか?
見つめられていても何も考えずに済む、安心できるような眼差しは。
不快じゃない、そして負の感情を持った視線でもない。
ただ、落ち着ける。

「――その怪我が治ったら、此処で働く?
 咲夜も言ってたけど、実質的に働ける面子が少ないのよね。
 もし大地が構わないというのなら、咲夜の仕事を分担して欲しいのだけど」
「んぁ? まだ働いても居ないし、此処に来て寝てばかりだってのによく採用しようと思えたな」
「別に。そのどうでも良さそうな態度の奥に見える愚直さが信じられるだけ。
 アンタは悪人にはなれない、そう思えるしね」
「理由にはなってないけど――」

・ 選択肢
→「そうだな、世話になろうか」
■「もう少し色々と見て回りたいんだ、俺は」




――紅魔館ルート――
フラグチェック… 『思慕による幻想』 失敗
フラグチェック… 『覚醒』      失敗
フラグチェック… 『敵の認識』    失敗

紅魔館END 8へ。





「ねえ、光真」
「――……、」

八雲紫が光真へと話しかけた。
それは確認、それは認識。
とある事柄を尋ねたく、彼へと会いに紫は人間の里へとやってきた。
けれども彼は紫を一瞥する事無く、ただフラリと彼女の脇をすり抜けて行った。
まるで存在しなかった、話しかけられもしなかったとでも言いたげに。
少しばかりその態度に驚き、紫は追いかけようとするのに手間取ってしまった。
里の中、人間達に紛れて掻き消えてしまいそうなその背中を見つけて追いかける。

「無視することは無いんじゃない?
 少し聞きたいことが有るんだけど――」
「――用件は手短に。
 これから出かける場所が有るんだ、忙しいんだ」

そう言った光真を見て、紫は引きつきそうになる唇を何とか微笑みに留める。
――その光真の姿は、彼を知るモノであれば決して考えられぬほどになっていた。
服はだらしなく着られ、口周りには無精ひげが散らかっている。
そして火の付いていないタバコが咥えられ、その眼には生きる者の光が全く感じられなかったからだ。
闇。
何処までも深い闇が彼の精神を蝕み、何処までも強い『光真』と言う個が辛うじて魔に落ちることを踏み留めているだけに過ぎない。
それでも打ちのめされ、生きる意志を失い、自棄になったようにしか思えない有様に紫は小さく溜め息を隠した。

「――大地の事なんだけど、最近ちゃんと会いに行ってるの?
 悪いけど、寺子屋を止めたとか噂で聞いてるし、藍も咲夜や雷人が最近里に来ないとか色々聞いてるから」
「へえ、スキマ妖怪が何も知らないと?
 幻想郷の隅々まで警戒し、観察し、目を光らせて見張っているもんだと思ってたけどな」
「馬鹿言わないの。
 そう出来ない事情が有るって事は知ってるでしょう?
 “ヤツラ”を抑えてるので精一杯、だけど進捗が気になったからこうやって顔を出したって訳。
 それで、どうなの?」

紫の問いに光真は答えない。
睨むような、鋭く冷たいにごった眼差しが紫を見据える。
それを見る紫には何処か冷たい汗が流れるのを感じた。
そして――

「……自分で、確かめてくれ。
 俺は、次の週に賭ける事にするよ」

そう言って、どいてくれと紫を押し退けて面倒くさそうに歩いていった。
紫は呼吸をするのも忘れ、そして間を置いてから光真を追いかける。
袋小路、細道へと消えてゆく光真を見逃さないようにと早足で。

「ちょっと、こ――」

そして彼女が見たのは、目の前で自分の頭を両手で掴み、力の限り首の骨を砕く光真の姿だった。
本来なら向くはずの無い背後の方へと首が向き、だらりと血泡を吐きながら身体が傾ぐ。
胴体に“ぶら下がった”頭が紫を見て、寂しそうにしながらも微笑んでいる表情を残したまま――
光真は、倒れた。

「し、死ん――」
「誰か、人をっ!」

周囲に居た里の人々が騒ぎ出す、人が死んだと悲鳴を上げる。
傍に立てかけて有ったものへとぶつかっては崩し、人にぶつかってはもみくちゃに倒れ、子供を弾き飛ばしては泣き喚かせていた。
そんな騒乱の中、周囲と隔絶されたかのように紫は光真“だったモノ”を見つめて唇を噛む。
何が有ったのか、そう考えながらも暫く彼の事を見つめていた。

~☆~

慧音と阿求が光真を引き取り、少しばかり話をした紫はその足で紅魔館へと向かった。
その途中で、忙しかった理由の残した爪痕を見つけては唇を噛み締めて、一刻も早く原因を排除しなければと考える。
けれども、その為にはまず大地に会わなければならないと分かっている、だからこそ紅魔館に早く向かう。
紅魔館を遠巻きに眺めた時は違和感を感じ、その距離が縮むたびに鼓動が幾らか早くなる、そして門へと近づいた時にはそれが確信へと変わり、降り立った瞬間に剣が飛んできてそれを回避した。
頭一つ隣を霞め、剣は遠い背後で地面へと突き刺さる。

「お~っと、紫だったか」
「紫だったか、じゃないわよ。
 後もう少しの所で眉間に剣が刺さっている所だったわよ」
「そりゃ悪かった。
 けど紫に剣が刺さるとは思えないけどな、何とでもして回避しそうだし」

門の傍に居たのは香山大地で、元気そうに紫へと話しかけていた。
紅魔館へとやってきた時に魔法による負傷も既に無く、“両目が”しっかりと深紅に輝きながら彼女を見つけていた。
投擲した剣へと手を翳すと、まるで意志が有るかのように剣の方から大地の手へと戻る。
その剣に付着した土を軽く払うだけで排除し、腰に提げた鞘へと収めた。

「――元気そうね」
「そりゃもう。毎日忙しくて仕方が無いくらいだ。
 レミリアは我儘だし、咲夜は文句を言うし、パチュリーの喘息の面倒も見なきゃいけないし、美鈴は今病気だしな。
 雷人も最近じゃ体調を崩して寝込んでる、小悪魔が面倒見てくれてて助かるけどさ」
「そう」

一応、紫は幻想郷へと“やってきたばかりの”大地を見ているし知っている。
その頃に比べるとかなり表情も柔らかくなり、口数も多くなって明るい人物へとなっているのだと感じた。
けれども、それだと先ほどの光真がどうして自決に走ったのかが理解できない。
紫からしてみたら、この大地は彼女にとって望むべき姿だったのだから。

「上がってくか?」
「一介の館仕えにそんな権限が有るのかしら?」
「来たって事は、どうせ上がってくんだろうが。
 別に帰ってくれても構わないけど、その方が俺の仕事がしやすくて助かるかな?」
「是非上がらせていただきましょう」

大地の物言いに幾らかカチンと来た紫は、嫌がらせの為にも上がろうといった。
それを受けて大地は「だろうと思ったよ」と言って紅魔館へと紫を導いた。
門を潜って見える花壇、そして館を荘厳に見せるような敷地の彩り。
あの小さな吸血鬼は、らしいわねと紫は少しだけ微笑んだ。
そして紅魔館へと入り、大ホールを通って廊下を少しばかり渡る。
客間へと通された紫は、そこで待っていてくれと大地に言われて待機した。
どうやら客としての持て成しをする為だろう。
お茶とお菓子を持って来るから待っていてくれと言われた。
だが――

「いつもどおり、いつもどおり」

大地の言葉を無視し、紫は客間を抜け出した。
後で捜されたり、大地が館の中を迷走する羽目になろうと知ったことではなかった。
妖怪らしいともいい、彼女らしいとも言える行動である。
客間を抜け出して、そのまま彼女は地下に有る図書館を目指すのだが――

「……何か、不気味ね」

静か過ぎる紅魔館に怖気を感じた。
廊下が無機質で、まるで迷宮のようにただただ広がっている。
壁にある額縁や、廊下を少しばかり飾る花瓶などですらもまるでギミックにしか紫は思えなかった。
いや、廊下だけじゃない。
紅魔館へと近づいた時から、既に館そのものが息をしていないと紫は感じ取っていたのだから。
図書館へと入るために大きな扉を押し開くと、其処はやはりかび臭い。
慣れてはいるものの、それでも独特な匂いに世界が違うように紫を感じる。
さて、此処に居る筈の歩く図書館は何処だろうか。
何時もの場所に居るだろうかと向かったが――

「あ……」
「あら、小さな悪魔さん」

そこに居たのは小悪魔だけだった。
図書館の主は居らず、その主が居るべき場所に居たのはその使い魔で有る小悪魔だ。
幾つかの本を机に置き、その本を必死に読み耽っているようであった。
その様そうに小さく笑みを洩らした後に紫は――

「何が有ったか、説明してくださるかしら?」
「――はい」

小悪魔に、威圧をするようにそう言い放った。

~☆~

小悪魔との話を終えた紫は足早に話の内容を確認すべく紅魔館の各所を目指す。
十六夜咲夜の私室、パチュリー・ノーレッジの私室、地下にあるフランドール・スカーレットの部屋、外に有る美鈴の小屋、そしてレミリア・スカーレットの部屋……

「って、ようやく見つけた……。
 おまえな、勝手に歩き回ると咲夜とかレミリアに怒られるだろうが」
「大地……」

レミリアの部屋へと向かう途中で大地と出会った。
どうやら捜していたのか、それとも探したけれども一度諦めて別の仕事をしていたのか。
後者だと思われる彼の手には、誰かの為に作ったと思われる食事の乗った台が有った。

「それは?」
「レミリアの為にな、作ったんだよ。
 最近紅魔館で病気でも流行ってるのかな、俺と小悪魔以外全員ダウンしちまって。
 雷人は比較的軽めなんだけど、ベッドから動けないみたいだからさ。
 こうやって食事を運んでるんだ」
「……一緒してもいいかしら?
 レミリアに話が有るから」

紫の言葉に大地は「とりあえず聞いてみるよ」と言って同行を許してくれた。
それで構わないと紫は返事をしたが、その胸中は既に暗雲が立ち込めている。

『ヤツラが、来た……』

寝込んでいる雷人が、そう語った。

『私達は、頑張ったんです。
 レミリアお嬢様も、フランドールお嬢様も。
 パチュリー様や、咲夜さんも、美鈴さんも――全員で』

小悪魔も、雷人が吐く血をバケツに受け止めながらそう語る。

レミリアの部屋へと近づいた。

『大地は、壊れてるんだ……』
『今の香山さんに現実は見えていません。
 自分を責めて、責めて、責め抜いた挙句に狂ってしまいました』

二人の言葉を聞いた紫は、既に結果を知っている。
だから、今扉を一枚挟んだ先に居るだろうレミリアの姿にも既に想像が及んでいる。

『フランドールお嬢様も、今の香山さんと一緒です』
『狂ってるから、最初っから相性が良かったんだ。
 下手に刺激しないで欲しい、かな――』

大地が扉を開き、紫に一言置いてからその部屋へと入った。
レミリアに食事を渡す為に。
けれども紫は大地の返事を待つ事無く、その扉を押し開けた。
そして見たのは――

「おい、まだレミリアが良いって言ってないだろ?
 って……そんな事言っても紫には無意味か」
「大地、“ソレ”……」
「んぁ? ああ、これ?
 レミリアがな~、最近好き嫌いが激しいのか不機嫌なのかは知らないけど食ってくれないんだよな。
 今日は別のメニューで持ってきたけど、果たして食ってくれるかどうか……」

レミリアの眠るベッドの傍、大地は持ってきた食事を置いている。
どうやらトマトスープに豚肉を入れたスープで、大地は知らないだろうが南米の食べ物だ。
病人に優しいといえば優しい食べ物で、味も結構なものだ。
そして湯気の上がるその食べ物をおきながら、今朝置いたであろう冷め切ったお粥を大地は回収している。
ソレを食べる筈の人物は――
               ――既に白く、身も肉も臓器も無かった。
ただ綺麗に、まるで飾り物であるかのように其処に寝かされていた。

「ん~、熱は無いな。
 それに傷口ももう塞がってるし、後は飯食えば治るだろ。
 早くベッドから出て動けるようになれよ?」
「――……、」

しかし、大地には見えていない。
まるでそこに居るレミリア“だったもの”が、今でもレミリアとして見えているかのように。
そして先ほど大地と出会う前に見てきたパチュリー、咲夜、そして美鈴の様子も紫は見てきていた。
その三者も、既に過去のものとして果てていた。
そして今大地がそうしていたように、まるで病で寝込んでいるものとして食事が置かれているのだ。

『フランね、お姉様を――皆を傷つけた“ヤツラ”をミナゴロシにするの。
 ジャマしないでね?』
『――どうするつもり?』
『お姉さま達は怪我してて動けないの、だから私と大地が変わりに動くんだ~。
 それで、戦って、コロして、全部やっつけたら皆元気になると思うの』

地下にいた妹も、大地と大よそ同じようになっている。
現状把握が出来てはいるのだが、レミリアを始めとした紅魔館の面子については既に認識が空想世界へと旅立ってしまっている。
館に居たメイド妖精も、既に全滅している。
“ヤツラ”は、既に此処を壊滅させたと言っても過言ではない被害を与えたのだ。

「……此処を襲ったのは、何?」
「わかんねえ、わかんねえけど――
 動物みたいだったし、人間みたいでも有った。
 もしかしたら妖怪かもしれないし、悪魔なのかもしれない。
 姿が認識できないけど、闇をまるで外套のように“ヤツラ”は纏ってるんだ。
 力が強くて、数も多くて、俺も戦ったけど――あんまり倒せ無くて……」

其処から、まるで懺悔のような後悔のような言葉が流れ始める。
“ヤツラ”が何なのか知っている紫は、その強さや数の多さも十二分に理解している。
けれども、目の前にいる“ただの”青年には色々と受け入れられなかったようだ。
そして、言葉を吐き出すほどに剥がれてくる“空想”と言う偽の現実。
大地も、そしてフランドールも理解はしているのだろう。
けれどもソレが納得できなくて、受け入れられなくて“空想”と言う名の現実を見てるのだ。

「――今度来たら、フランドールと一緒に倒せるように頑張る。
 雷人は戦えないから小悪魔が面倒見てるよ。
 場合によっては紅魔館から雷人を連れて逃げるように言って有るし、フランドールもそれを認めてる」
「貴方達は?」
「俺達は“ヤツラ”を倒さないと。
 レミリア達が動けないんだから、俺達が頑張らないと」

そう言って大地は「レミリアの身体に障るから部屋を移そう」と言って紫を連れて部屋を出た。
そして大地の背中を見つめて、紅魔館が既に無機質なものへと成り下がった理由を悟る。
つまり、大地とフランドールはかつての紅魔館を“演じている”のだ。
所々、まだ修復できていない箇所が見受けられた。
壁紙に張り付いた臓腑や血痕、血肉の痕。
切り裂かれ、破壊された壁。
それらを無かった事にして、まだ紅魔館は無事だと“思い込みたい”のだ。

『香山さんは、魔法で治せないか調べるようにお願いしたんです。
 けど……言えるわけ無いじゃないですか――
 あんなに頑張って、自分も一ヶ月寝込んでいたのに“皆さん亡くなられました”だなんて』
『光真は、アレが来ると知っていたから大地の攻略を急いでたんだな。
 今更知っても、既に遅いけどさ――
 もしも大地が“ヤツラ”を倒せる、圧倒できる鍵だって言うのならどうしてそうならなかったんだ……』

雷人と小悪魔の言葉を思い出し、紫は軽く唇をかんだ。
そして光真が何故里であのような事をしたのか思い知る。

――既に、物語はBAD ENDに向けて歩みだしていたのだ――

「大地~」

フランドールが客間へとやって来る、大地の名を呼びながらトテトテ歩く様は日常からなんら離れてはいない。
むしろ凄惨な有様や紅魔館での出来事を全て脳内から省くのであれば、何事も無いほのぼのとした紅魔館での日常が此処には有るのだろう。

「お姉さま達、まだ元気にならないの?」
「ん~、まだダメだな。
 けど怪我は治ったし、熱も無いから暫くしたら元気になるんじゃないか?」
「そうだと良いね~。
 雷人も少し元気出てきたし、皆元気になったら一緒にご飯食べたいね」
「そうだな」

その会話が、余りにも痛々しいので紫は「そろそろ暇するわ」と言って紅茶を一杯だけ飲んだ。
全てが全て普通なのに――
               ――普通を演じようとしているのが、余りにも見ていられなかった。

その日、紫は諦めた。
そして全てに抗うと決めた。
紅魔館のような悲劇を繰り返さないと、そう誓って被害を拡大させないと努力した。
ただ――









          その日、大地とフランドールは“ヤツラ”に呑まれて消えた。
雷人と小悪魔は共に人間の里へと避難するも、負傷が原因で雷人は蒲団から出ることが出来ぬ身体になる。
ヒトが誰も居なくなった紅魔館は、時々誰かの声が聞こえるらしいと魔理沙が噂する。
楽しそうな声が、かつての住人の声が聞こえるのだと。
             そして嘆きの声が、失楽園の如く耳について離れないのだと。
後に映姫と小町が乗り込んで幾つか魂を回収するも、残留思念だけは残って紅魔館を賑わせていた。
遠くから見ると誰かが住んでいるかのように明りが点り、窓からその光が洩れて見える。
しかし近づくと、寂れた姿だけが残され光など最初からついていなかったと知る。
ただ、魔理沙は言う。

「紅魔館?
 ああ、あそこか。
 何度か本を取りに言ったけど、心臓が弱い奴や幽霊が苦手な奴は近寄らない方が良い。
 あそこには出るんだよ、幽霊がさ。
 夜な夜な館を徘徊して、食事を運んでるんだ。
 それで最後には館から出て門の傍で泣き喚くんだ。
 けど館からもう一人の幽霊が出てきて、館に引き込んできえる。
 それを延々永遠に繰り返すんだ」

その話が魔理沙の作り話かどうか確認される事は無く、70日も経てば魔理沙も言わなくなった。











※“ヤツラ”
紅魔館を襲い、紫が幻想郷の人物に意識を割く余裕が無いほどの相手。
闇を纏い、その目は紅く光っている。
人間のような、獣のような、妖怪のような断定できない姿。
ただ人間よりも強く、群れている事が多い事で強敵と言えば強敵。
大地とフランドール、小悪魔と雷人のみが生き延びた。
大地とフランドールは一度目、負傷によって気絶した為に見逃された。
小悪魔は雷人によって護られたが、雷人は腹部に重傷。
内臓に致命的な損傷を受けたために二度と歩けなくなり、血反吐を吐く身体になってしまった。

※光真
コウマさんの小説より登場。
かつてからコラボしており、させていただいている。
変態成分はかなり低め。
※雷人
雷光さんの小説より登場。
かつては適度に借りており、料理関連や図書館関連で何度か出てきた。
生き残ったのが果たして『幸か不幸か』は分からない。