cum grano salis

みのりん(茅原実里)とWUG(Wake Up, Girls!)とラストクエスチョンをこよなく愛するビールオタクのノートです。

『ある奴隷少女に起こった出来事』の感想

昨日から今日にかけて、仕事終わりに下の本を読んでいた。
これは、19世紀初頭のアメリカを舞台にした実話で、とある奴隷の一家に生まれた少女が、悪辣な雇い主から苦難の果てに逃走する話である……という平板な紹介が決して当を得ていないことは、読んでいただかないとわからない。

 *

たまたま近所の書店の文庫本の棚を眺めていて、特に深い意味もなく手に取ったのだけれど、一気に読了してしまった。「100年くらい前に奴隷制というひどい仕組みがあって、そこで苦境に置かれた女性がいた……」みたいな(上に述べたような)平板な紹介を断乎として拒絶するようなリアリティと、それを支える生々しい人間味が、相当の凄みを作り上げている。

リアリティがあるのは、これが実話である以上、驚くべきことではないのかもしれない。しかし、苛烈な現実の中で、ハリエット・アン・ジェイコブスという人物がいかに生存し、いかに絶望し、いかに翻弄されながらいかに人を愛そうとしたかが、驚くほど平明な文章で描かれており、それゆえに極めて強く読む者の心に訴えかける。

これは、奴隷制というひどく醜い状況の中に生きる、白人と黒人を問わず生々しい、人間の現実を描いた物語なのだけれど、その文章は時に実に美しい(それはノンプロであるらしい翻訳者の力量でもある)。また、話の展開は実にスリリングで、ドラマチックで、ともすれば「ご都合主義」なのではないかと穿ってしまう部分さえある。それゆえに、120年間、フィクションだと思われていたというのも頷ける。

しかし(あるいは、それゆえに)、この作品にまつわる種々の事実のうち最も絶望的なものは、

この作品が120年間もの間フィクションだと思われていたというまさにその事実そのもの

である。それほどに奴隷制の現実は苛烈で、凄惨で、救いがなかったし、さらに、かかる現実はいとも容易く閑却されてしまった。そのメタ的な事実こそが苛烈だ。

さらに輪をかけて絶望を感じさせるのは、上掲リンクのAmazonのレビュー欄に書かれたこのコメントである。

思ってたよりそこまですばらしい本ではない、というか、大変な思いをしたありふれたノンフィクションというふうに思ってしまいました。私の感受性が足りないのでしょうか。

「感受性」の問題であるか否かはともかく、この作品を、平板な事実の列挙として読めてしまうその《読み方》と、それを許容する社会なるものが――存在するのだとすればという但し書きがつくが、僕は今の日本社会はそれを許容するだろうと思う――恐ろしくてたまらない。

この物語を冷笑的に読むこと自体は可能だ。しかし、その方向が間違っている。

《もっと苛烈で、語られることすらできなかった事実がある》と冷笑すべきだ。

同書で語られているリンダ・ブレント、あるいはハリエット・アン・ジェイコブスの軌跡は、驚くほど苛烈で残酷なものだが、それでも、彼女は明らかに幸運に恵まれていた。地域社会で一定の地位を有していて、のちに奴隷身分から脱する「祖母」をはじめとした多くの協力者とのつながりや、折々で彼女を救った偶然は、まさに僥倖だった。その背景に、語られずして死んでいった幾多の生命があることを想起せずには、この本を読んだことにはならない。

そして、付言するならば、かかる奴隷制は、今、この2018年においてもなお、この地球上に残存している。もちろん現代アメリカにではない。しかし、人間の尊厳がなんら顧みられることのない非情な現実があるのだとすれば(ある)、それがどこで起こっているかは、全く問題ではない。

ちなみにこれは、僕がググって1分で見つけた、たった半日前に発出されたニュースである。リンダは今、この2018年の地球にも、もちろん日本にも、たくさんいるのである。

BBC News - Human trafficking: 150 child slave victims identified https://www.bbc.com/news/uk-wales-44807348

この本の帯には、「奴隷制の真実を知的な文章で綴った、奇跡の実話」と書かれている。この表現自体はさほど的を外しているとは思わない。同書が、文字の読み書きができる人間が、種々の幸運の果てに生き延び、自由を手にし、出版にこぎつけるという「奇跡」の果てに作られた本であるという意味においてである。

言うまでもなく、それは、奴隷制をめぐる現実のうちの氷山の一角でしかない。

昔も今も。

さよならぼくのともだち - 森田童子の死を悼む

長い髪をかきあげて
ひげをはやしたやさしい君は
ひとりぼっちでひとごみを
歩いていたネ
さよならぼくのともだち

「さよならぼくのともだち」


森田童子が死んだ。

僕がその報せを受け取ったのは、2018年6月11日の日付も変わろうかという夜の、むせ返るような腐臭がただよう山手線の車内でのことだった。

森田童子の死というのは、たとえば「忌野清志郎の死」とか、「西城秀樹の死」とは、若干、何かが違うような気がする。もちろん、人の命に軽重をつけるつもりは全くない。そうではないのだけれど、森田童子は、《ひっそりとした死》を歌うことによって、いかに死というものが我々のすぐ背後に存在しているものであるかを示したのみならず、その裏返しとしての生の荘厳さを示した歌手であるという点で、「死」とのかかわりにおいて特別だと思うのである。

森田童子という歌手は、実にしばしば「死」をモチーフにした歌を歌った。「たとえばぼくが死んだら」、「サナトリウム」、「ぼくは16角形」、「逆光線」……。だからこそ、彼女はしばしば《暗い歌を歌う人》として認識され、(初期の)中島みゆきや山崎ハコと同列に語られた。

彼女の歌が、明るいか、それとも暗いかと問われれば、それは暗いと答えないわけにはいかないとは思うのだけれど、されど、彼女の歌は、単に虚無的でダウナーなだけだったわけではない。

森田童子が歌う世界は、常に《ひっそり》している。

そこにたくさんの登場人物はほとんど現れない。たいていの場合、「ぼく」と「きみ」の世界がうたわれる。


いつも君の後から
長い影を踏んで
いつも君の後から
付いて行きたいよ
どこへ行く当てもなく僕たちは
よく歩いたよね
夏の町の夕暮れ時は
泣きたいほど淋しくて
僕一人ではとてもやってゆけそうもないよ

「寂しい雲」


1970年代、戦後の復興とその後の高度成長を経て、いよいよもって日本社会の「近代化」が完遂されようとした時代。学生運動は第二次安保闘争に移り、果てしない内ゲバと厭戦感が社会を包み、マルクスの言葉を借りれば労働者がふたたび「疎外」された時代。村上春樹が『ノルウェイの森』で描いてみせた諦観と内省の時代。

まさに2018年の日本社会とも通底する時代。

そうした時代における若者の疎外や孤立、そしてそれゆえの生の脆弱さこそが、森田童子が見つめたものだったのではないか。

「階級」や「年代」や「イデオロギー」や「出自」といった、何らかの属性を梃にした連帯がもはや機能しなくなり、我々が、他者と隔絶したアトム(原子)として存在することを強いられるようになった不気味な近代社会。そこにおいて、我々がつながることができる相手は、高々「君」くらいなものだ。

だからこそ、森田童子は我々の生の脆弱さを見つめ、歌った。


ぼくのてのひらで君は震えているネ
ぼくのやさしい手の中で
このまま 君は 死ねばいい
飛べない ぼくの あげは蝶

「ふるえているネ」


もちろん、昭和63年生まれの僕には、当時の時代感覚ないし時代精神(Zeitgeist)がいかなるものだったのかは知るべくもない。しかし、それでも一つ言えることは、

森田童子に初めて触れた2005年の僕にとって、彼女の歌詞はこの上なくリアルだった

ということである。

もちろん、出てくる一つ一つの名詞は古めかしいものだった。2005年の高校生は高橋和己をほとんど読まなかったし(僕は読んだけれど)、貸本屋なんて人生で1件しか見たことがないけれど(三鷹市に一軒、少なくとも数年前までは存在していた)、それでも、森田童子が歌い上げた、断絶しアトム化した社会そのものは、リアリティをもって僕に迫ってきた。


ネエ何か おもしろいことないかなァ
貸本屋の のき下で雨やどり
君は むずかしい顔して
立読みしながら 本を盗んだ
ぼくの 自転車の うしろで
孤立無援の思想を読んだ

春になったら 就職するかなァ
壁に向かって 逆立ちして 笑った
机の上の 高橋和己は
おこった顔して さかさに見える
どうして いきていいのか
わからぬ ふたりが
畳の上にねそべっている

「孤立無援の唄」


森田童子が、ただの《暗い歌を歌う人》ではなかったのは、彼女はしばしば孤立や死について歌いながらも、否、そうした主題について歌っていたからこそ、彼女の歌はその裏面において優しく温かかったからだと僕は思っている。


もしも君が 疲れてしまったのなら
ぼくと観光バスに 乗ってみませんか
色あざやかな 新しいシャツを着て
季節はずれの ぼくの街は
なんにもないけれど
君に 話ぐらいはしてあげられる

「ぼくと観光バスに乗ってみませんか」


2005年の冬、僕はひどく孤立して、絶望していた。自分が通っていた高校の中でうまくいかないことが続き、文字通り「孤立無援」であるように感じていた。それだけではなく、少しずつ将来について考えるにつけ、いかに自らの人生の先行きが孤独でつらく厳しく寂しいものにならざるを得ないかを想像しては辟易していた。早い段階で楽に死ねるならそれに越したことはないと言ってはばからない、そんな高校生だった。

そんな中、いささかアイロニカルではあるかもしれないけれど、森田童子は僕の憂鬱を察し、優しく寄り添ってくれたような気がするのだ。そしてそれが、引退から35年、ドラマ「高校教師」のブームに伴う再注目から数えても25年前に流行った歌手である彼女の歌が、今でも、まさしく《ひっそり》ではあるかもしれないが、愛されている理由なのではないかと僕は思う。


だめになったぼくを見て 君もびっくりしただろう
あの子はまだ元気かい 昔の話だネ
春のこもれ陽の中で 君の優しさに
うもれていたぼくは 弱虫だったんだヨネ

「ぼくたちの失敗」


2005年の陰鬱な高校生は、2018年の陰鬱な社会人になった。相変わらず基本的には孤独だし、相変わらず自分の命なんてどうでもいいと(基本的には)思い続けている。

でも、深夜に酒を飲みながら夜風に吹かれつつ森田童子を聞き、その《ささやかな死》の美しさに触れると、落ち込みつつも、逆説的ながら、どこか安らいだような心持になるのである。

森田童子が幾多の歌で歌った「きみ」は「僕」だったのだ。

だから、僕はこの(酔いに任せて書かれた)小文を、下の言葉とともに終えたいと思う。

「さよならぼくのともだち」。


森田童子さんのご冥福をお祈りいたします。

儚さを知りたくない、だから(5)――ラストクエスチョンを好きでい続けさせてください

ダラダラと書きつづけてきましたが、そんなあいだに、

ワンマンライブチケット200枚完売


しました!!!


よって弊ブログの連続記事もその役割を終えたので、ドチャクソ手抜きな更新です。

今日は渋谷Guiltyでブチ上がろうぜ!!!!いえーい!!!







(時間があれば何か書く)