cum grano salis

みのりん(茅原実里)とWUG(Wake Up, Girls!)とラストクエスチョンをこよなく愛するビールオタクのノートです。

さよならぼくのともだち - 森田童子の死を悼む

長い髪をかきあげて
ひげをはやしたやさしい君は
ひとりぼっちでひとごみを
歩いていたネ
さよならぼくのともだち

「さよならぼくのともだち」


森田童子が死んだ。

僕がその報せを受け取ったのは、2018年6月11日の日付も変わろうかという夜の、むせ返るような腐臭がただよう山手線の車内でのことだった。

森田童子の死というのは、たとえば「忌野清志郎の死」とか、「西城秀樹の死」とは、若干、何かが違うような気がする。もちろん、人の命に軽重をつけるつもりは全くない。そうではないのだけれど、森田童子は、《ひっそりとした死》を歌うことによって、いかに死というものが我々のすぐ背後に存在しているものであるかを示したのみならず、その裏返しとしての生の荘厳さを示した歌手であるという点で、「死」とのかかわりにおいて特別だと思うのである。

森田童子という歌手は、実にしばしば「死」をモチーフにした歌を歌った。「たとえばぼくが死んだら」、「サナトリウム」、「ぼくは16角形」、「逆光線」……。だからこそ、彼女はしばしば《暗い歌を歌う人》として認識され、(初期の)中島みゆきや山崎ハコと同列に語られた。

彼女の歌が、明るいか、それとも暗いかと問われれば、それは暗いと答えないわけにはいかないとは思うのだけれど、されど、彼女の歌は、単に虚無的でダウナーなだけだったわけではない。

森田童子が歌う世界は、常に《ひっそり》している。

そこにたくさんの登場人物はほとんど現れない。たいていの場合、「ぼく」と「きみ」の世界がうたわれる。


いつも君の後から
長い影を踏んで
いつも君の後から
付いて行きたいよ
どこへ行く当てもなく僕たちは
よく歩いたよね
夏の町の夕暮れ時は
泣きたいほど淋しくて
僕一人ではとてもやってゆけそうもないよ

「寂しい雲」


1970年代、戦後の復興とその後の高度成長を経て、いよいよもって日本社会の「近代化」が完遂されようとした時代。学生運動は第二次安保闘争に移り、果てしない内ゲバと厭戦感が社会を包み、マルクスの言葉を借りれば労働者がふたたび「疎外」された時代。村上春樹が『ノルウェイの森』で描いてみせた諦観と内省の時代。

まさに2018年の日本社会とも通底する時代。

そうした時代における若者の疎外や孤立、そしてそれゆえの生の脆弱さこそが、森田童子が見つめたものだったのではないか。

「階級」や「年代」や「イデオロギー」や「出自」といった、何らかの属性を梃にした連帯がもはや機能しなくなり、我々が、他者と隔絶したアトム(原子)として存在することを強いられるようになった不気味な近代社会。そこにおいて、我々がつながることができる相手は、高々「君」くらいなものだ。

だからこそ、森田童子は我々の生の脆弱さを見つめ、歌った。


ぼくのてのひらで君は震えているネ
ぼくのやさしい手の中で
このまま 君は 死ねばいい
飛べない ぼくの あげは蝶

「ふるえているネ」


もちろん、昭和63年生まれの僕には、当時の時代感覚ないし時代精神(Zeitgeist)がいかなるものだったのかは知るべくもない。しかし、それでも一つ言えることは、

森田童子に初めて触れた2005年の僕にとって、彼女の歌詞はこの上なくリアルだった

ということである。

もちろん、出てくる一つ一つの名詞は古めかしいものだった。2005年の高校生は高橋和己をほとんど読まなかったし(僕は読んだけれど)、貸本屋なんて人生で1件しか見たことがないけれど(三鷹市に一軒、少なくとも数年前までは存在していた)、それでも、森田童子が歌い上げた、断絶しアトム化した社会そのものは、リアリティをもって僕に迫ってきた。


ネエ何か おもしろいことないかなァ
貸本屋の のき下で雨やどり
君は むずかしい顔して
立読みしながら 本を盗んだ
ぼくの 自転車の うしろで
孤立無援の思想を読んだ

春になったら 就職するかなァ
壁に向かって 逆立ちして 笑った
机の上の 高橋和己は
おこった顔して さかさに見える
どうして いきていいのか
わからぬ ふたりが
畳の上にねそべっている

「孤立無援の唄」


森田童子が、ただの《暗い歌を歌う人》ではなかったのは、彼女はしばしば孤立や死について歌いながらも、否、そうした主題について歌っていたからこそ、彼女の歌はその裏面において優しく温かかったからだと僕は思っている。


もしも君が 疲れてしまったのなら
ぼくと観光バスに 乗ってみませんか
色あざやかな 新しいシャツを着て
季節はずれの ぼくの街は
なんにもないけれど
君に 話ぐらいはしてあげられる

「ぼくと観光バスに乗ってみませんか」


2005年の冬、僕はひどく孤立して、絶望していた。自分が通っていた高校の中でうまくいかないことが続き、文字通り「孤立無援」であるように感じていた。それだけではなく、少しずつ将来について考えるにつけ、いかに自らの人生の先行きが孤独でつらく厳しく寂しいものにならざるを得ないかを想像しては辟易していた。早い段階で楽に死ねるならそれに越したことはないと言ってはばからない、そんな高校生だった。

そんな中、いささかアイロニカルではあるかもしれないけれど、森田童子は僕の憂鬱を察し、優しく寄り添ってくれたような気がするのだ。そしてそれが、引退から35年、ドラマ「高校教師」のブームに伴う再注目から数えても25年前に流行った歌手である彼女の歌が、今でも、まさしく《ひっそり》ではあるかもしれないが、愛されている理由なのではないかと僕は思う。


だめになったぼくを見て 君もびっくりしただろう
あの子はまだ元気かい 昔の話だネ
春のこもれ陽の中で 君の優しさに
うもれていたぼくは 弱虫だったんだヨネ

「ぼくたちの失敗」


2005年の陰鬱な高校生は、2018年の陰鬱な社会人になった。相変わらず基本的には孤独だし、相変わらず自分の命なんてどうでもいいと(基本的には)思い続けている。

でも、深夜に酒を飲みながら夜風に吹かれつつ森田童子を聞き、その《ささやかな死》の美しさに触れると、落ち込みつつも、逆説的ながら、どこか安らいだような心持になるのである。

森田童子が幾多の歌で歌った「きみ」は「僕」だったのだ。

だから、僕はこの(酔いに任せて書かれた)小文を、下の言葉とともに終えたいと思う。

「さよならぼくのともだち」。


森田童子さんのご冥福をお祈りいたします。

儚さを知りたくない、だから(5)――ラストクエスチョンを好きでい続けさせてください

ダラダラと書きつづけてきましたが、そんなあいだに、

ワンマンライブチケット200枚完売


しました!!!


よって弊ブログの連続記事もその役割を終えたので、ドチャクソ手抜きな更新です。

今日は渋谷Guiltyでブチ上がろうぜ!!!!いえーい!!!







(時間があれば何か書く)

儚さを知りたくない、だから(4)――ラスクエ桃井美鈴さんの好きなところ、再び

【目次(記事が書け次第リンクがつながります)】
儚さを知りたくない、だから(4)――ラスクエ桃井美鈴さんの好きなところ、再び<本記事>
儚さを知りたくない、だから(5)――ラストクエスチョンを好きでい続けさせてください

 ついにこの日が来てしまった。「桃井美鈴さんの好きなところ」を再び書く日が。2年前、初めてこれを言葉にしたとき、そのやりづらさと気恥ずかしさで、一文字一文字が実に重かったのをよく覚えている。

 あれから2年。僕とみっすーの間にも、ラスクエ自体を取り巻く環境にも、いろいろな変化があった。それでもなお、僕はあなたを――


 この記事では、桃井美鈴さん(の好きなところ)について、書きます。
  • 通称:みっすー
  • 担当色:黄色
  • 役職:勇者
  • Twitter:@Misuzu_Momoi


 今更ですが、僕は文章を書くことで飯を食っているという意味で、文字書きのプロです。さて、文章を書く際、最も重要な注意点は何だと思いますか? きちんと下調べをする? 正しい言葉遣いをする? たしかにそういうポイントも大切ではあります。でも、最も大切なポイントは、

 何を書かないかを考える

ことなのです。無数に思いつくポイントの中から取捨選択し、並び替えて、一つの筋書きを作ることこそが、我々物書きの腕の見せ所だし、悩みどころでもあるわけです。しかし、桃井美鈴さんについて語る場合は、僕が桃井推しであるがゆえに、削りどころがわからないという困難が伴います(これがむぎ推し・ぐーし推しであれば、冷酷に捨象してしまうことができるのですが)。それでもどうにか、桃井美鈴の好きなところについて、語ってみたいと思います。


 文章を書く際に大切なことは、何を書かないかを考えることだと述べました。したがって、この文章では、次のことについては書きません。すなわち、

みっすーは、かわいい

ということです。

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 みっすーはかわいいです。昔から相変わらずかわいいです。

 でも、それは写真を見てもらうなり、実際に現場に来て(無銭がっつきでも)話をしてもらえば、たちどころにわかることです。それゆえ、可愛さについて語っても、何にもなりません。それは事実の追認に過ぎないからです。

 僕にとってみっすーとはいかなる人物であるのか。そのことを改めて語らなければ、僕が書く紹介記事としての用をなしません。


 僕は、前回のワンマンライブ前の連続記事で、みっすーを《あなたと向き合うアイドル》と評しました。この評価は、何ら変わっていません。ですが、それだけで十分なのだろうか?とも思います。それで、僕が知る限りのみっすーをどうにかうまく簡潔に概念化できないかと考えた果てに……みっすーのよさが、わからなくなりました。

 確かに、みっすーのよさについて語ること自体は可能です。とりわけ、僕は彼女が「推し」ですから、いとも容易く彼女のすばらしさを列挙することができます。

 みっすーがかわいい人物であることにはすでに触れました。

 みっすーは、呆れるくらい誠実でひたむきな人物です。今のラスクエは、事務所などの後ろ盾もなく、いわゆる自主運営という形態をとっています。その中でも、中心となって物事を回しているのがみっすーです。そこには、さまざまな理不尽や困難が伴うことが容易に想像できます。さはさりながら、みっすーはその一つ一つに誠実に向き合います。また、実際に彼女と話をすればわかることですが、彼女はラストクエスチョンに関心を持ってくれた人を、文字通り心の底から歓迎します。

 みっすーは、どんな時でも元気いっぱいです。彼女は自主運営の中核ですから、先述の通り、苦労も多いことだろうと思います。それでも、ライブでは常に元気いっぱい飛び跳ねています。

 みっすーは……

 やめましょう。この手の「カウント・アップ」式の議論をいくら積み重ねても、みっすーについて語ったことにはなりません。



 ここまで文章が全くまとまらなかったのは、立てていた問いがそもそも間違っていたせいなのではないかと思い始めました。すなわち、「みっすーのどこが好きなのか」という問いには、僕は「全部」としか答えようがないからです。それが推しというものでしょう?

 そこで、問いを変えてみます。すなわち、「僕は、みっすーのどこをとりわけ尊敬しているのか」という問いです。

 桃井美鈴のすごいところ。

 それは、彼女が、心の底から誰かの笑顔を願えるところではないかと思います。


 先日、みっすーは久々にブログを更新しました。そこで彼女は、次のように語ります。

ゲームが桃井の人生に
楽しみを与えてくれたみたいに
私もみんなの人生の楽しみの
1つになれたらいいな!

渋谷Guiltyで
いつもの、懐かしの、初めましての
笑顔に会えますように!!

 アイドルが誰かの笑顔を願う旨の発言をすることは当たり前のことでないかと思われるかもしれません。でも、桃井美鈴ほど、心の底から、自らの話題を差し置いて、他人の笑顔を願える人物がいたでしょうか。桃井美鈴ほど、他人の笑顔を見ることを原動力に生きられる人物が、果たしていたでしょうか。



 以前思い至った表現を使うならば、みっすーがこれまでたどってきた道のりは、まさに「賽の河原に石を積む」ような道のりであったと想像します。すなわち、「この事務所で頑張っていこう」と思った矢先に事業整理の憂き目にあい、またある時は、あるメンバーが加わってこれでようやく上を目指していけると思ったら脱退し……という具合に、希望と絶望をセットにして経験してきました。この経験の束は、彼女に、一種の絶望感を抱かせるに十分だったのではないでしょうか。

 それにもかかわらず、桃井美鈴は笑えるのです。

 否、桃井美鈴は、我々ファンが笑うことを願えるのです!

 これがどれだけすさまじいことか、多言を弄する必要はないでしょう。


 みっすーのすごいところは、この、他人のために笑い、他人の笑顔を作るために、いかなる逆境をも跳ね返せるところです。さらにすごいところは、自らがどれだけ大変な状況に置かれていても、笑顔を絶やさずにいられるところです。

 いついかなる時でも、自分の夢――「いろんな人の希望になりたい」――のために、まっすぐに、ひたむきに、愚直に、何より笑顔で、戦い続けられるところ。これが桃井美鈴のすごいところです。

 このひたむきさや強さの傍証があります。それは、みっすーのもとに、様々なバンドやアイドルが集まってくるという点です。例えば、ガールズバンドのRisky Melody。
rm

 例えば、大阪のアイドルのCure。

cure

 例えば、かつての対戦相手だったZombie Powder。

zp2

 例を挙げれば枚挙にいとまがありませんが、みっすーの生き様の真摯さや誠実さが認められるからこそ、彼女は多くの人に慕われるのだろうと思います。

 言うまでもなく、月見むぎ・御坂しのぐがラスクエのメンバーとして輝けているのは、他ならぬあなたのおかげなのです。そこは、ゆめゆめ、過小評価してはいけない。あなたが、夢を見て、走るからこそ、みんなあなたの背中を見つめて走ることができるのです。

2


 かつてみっすーは、「桃井は本当に今人生かけてラスクエという道を進んでいます。辞めることもできます。多分やめたほうがいいんです」とブログで書いていました。その通り、アイドル業は、結局のところ、やらない方が合理的なんだろうと思います。

 それでもなお。

 みっすーは、自分が「いろんな人の希望になりたい」という夢を叶えるために、ステージに上がり、汗をかき、叫び、満面の笑みで、作り出すのです。

 世の中にはさまざまな「正論」があり、「合理的選択」があり、「現実」があり、それらの前に我々は時に無力です。

 でもみっすーは、あらゆる意味で《儚さ》を知りながらも、いや、知っているからこそ、我々の愁いを振り払い、まわりを、そして自らをも笑顔にしてしまいます。だからこそ僕らは彼女に救いを見いだしますし、彼女が率いるラスクエは、まさに他ならぬ

 ――世界を救っちゃう勇者のパーティ!

 そんなみっすーと出会い、彼女を推せることを、僕は心底誇りに思います。


 結局、最後までうまくまとまりませんでした。これは完全に僕の文章力の敗北にほかなりません。情けない限りです。

 でも、これだけは言わせてください。

 僕は、桃井美鈴という人物を、心から尊敬しているのだと。

 いついかなる時でも笑顔を絶やさず、ひたむきに、真摯に、まっすぐ、戦い続けるあなたの背中を、僕は尊敬の念をもって見つめているのだと。

 そして、願わくば、この記事を見ているそこのあなたに、一つだけ言いたい。

 ――桃井美鈴を見ろ

 そう、言わせてください。あなたは、僕の憧れです。


憧れは流星のように燃えて
流れる姿に胸を焦がしては
その背中だけを追い求め
憧れは永遠に輝き続ける
何億光年先でも約束するよ
あなたを超えてゆくから
――茅原実里「憧れは流星のように」


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