cum grano salis

みのりん(茅原実里)とWUG(Wake Up, Girls!)とラストクエスチョンをこよなく愛するビールオタクのノートです。

昨夜、学会終了後の飲み会で、ツマミなしで4杯もビールを飲んで(クラフトビールのしっかりしたやつ)、翌朝二日酔い気味で空港に向かってひどく車酔いしたくせに、懲りずに機内で IPAを飲んでいるよふかし(@nightmegane)です。


そんなこんなで前回の続き。前回、「何か書くことがあれば続く」と書いて締めたハナから、何かあったわけです。





ピッツバーグに到着したはいいものの、体調がひどく悪い。なので、空港でしばらく休憩してから学会会場へ。


僕はまさかの先頭バッター。わりと尖った=これまでの学問分野全体にケンカを売るような話をしたんですが、今ひとつウケはよくなかった。まぁちょっと背伸びした無理のある議論ではあったし、また、後からわかったことですが、僕と学問分野やバックグラウンドを共有している人がほとんどいなかったみたいである。仕方ない。よくある事故みたいなもんです。


それはそうと、学会1日目が終わり、懇親会の前に一度部屋に戻ったら……



美女がいた。



な、何を言っているのか(以下略


今回は、「宿代は学会運営持ち、ただし相部屋」という条件だったので、もちろん登録時に「相部屋相手希望=男性」とつけておいた。


しかし、僕の部屋にいたのは、モデルみたいなスタイルで、はっきりした顔立ちの美女だった。すごくどうでもいい情報を付加しておくと、巨乳である。


……俺、この子と2日同じ部屋で過ごすの?







懇親会(初日)のあと、あまりの疲労から僕は2次会をパスしてさっさと寝てしまったのだけれど、彼女が 2次会から帰ってきた音で目が覚めた。


スルスルという衣摺れの音。追って、壁一つ隔てたシャワーの音。


はっきり言おう。


見てないけど、否、見てないからこそ、


エロいぞこれ。


僕は起きてないフリをして(いや実際、起き上がって話をする気力も体力もなかったんですが)、落ち着くのを待った。彼女はベッドに入ると、すぐ眠りについたらしい。


しかしながら、わりと寝相が悪いようで(見てないけど)、布団が動く音が頻繁に聞こえる。いびきでもかいてくれた方がまだ救いがあるのに、そうではなく、「あ、あん ……」「ううん……という艶めかしい声が漏れ聞こえる。


もう一回言おう。


これすごくエロいぞ。



そんなわけで僕は時差ボケと体調不良とエロティック・サウンドのおかげでろくに寝られないまま、学会2日目を迎えたのでした。





学会2日目が終わり、僕は、酒がない公式のディナーに参加し、次いで、酒しかない非公式の飲み会に行きました。 一方彼女は、飲み会には来ず、当地の友人と食事をすると言って出かけていきました。


それで、僕が部屋に戻ると、ちょうど彼女が帰ってきたところでした。お互いそれなりに酔っていて(ちなみに彼女は僕と同じか、あるいは僕より強い様子でした=1日目の飲み会の様子より)、


「で、結局どーしてこうなったんだろうね?ww

「どうしてでしょうね?www

「本当は女相手希望で出したんじゃないのw

「そうなんだよ……俺実は…… 女なんだよww

wwwww


みたいなしょーもない会話をしつつ、


「でも、なんだかんだ言って、あなたがルームメイトでよかった」


というところに互いに着地して、連絡先を交換し、「日本/カナダ(※カナダ在住でした)に来るなら絶対連絡してね」という、ほとんど果たされることのない約束をして、我々は(もちろん別々の)ベッドに潜り込んだのでした。


彼女と僕の名誉のために誓って言うけど、特に何もありませんでしたからねマジで。


何かあることをほんのちょっとだけ期待しなかったわけではありませんが()





翌朝は僕がわりと早い時間の飛行機に乗らねばならなかったので、彼女が起きる前に僕はチェック・アウトし、二日酔いの中で空港行きのバスに乗った話は冒頭に書いた通りです。


見事に車酔いして吐きそうになりながら、脂汗をかきつつ、45分耐えしのがねばならなかったのは、きっと、


僕がソロイベに行かずに他の女性のことを考えた事実を運命の赤い糸で察した奥野香耶さんからの罰


だったんだろうと確信しつつ搭乗し、ダラス国際空港で乗り継ぎ、成田行きの14時間のロング・フライトの中でこれを書いています。


なんだかんだ言って楽しかったなぁ。明日からは日本でまた忙しくなるけど、まぁ、引き続き頑張りましょう。





余滴:機内食と航空会社の話


帰りの機内食の鶏飯がわりとしっかり辛くて美味しかったです。




航空会社単位だと、完全なる僕の主観で、


中国国際航空<ユナイテッド航空≦マレーシア航空< タイ国際航空<トルコ航空


の順で美味しい印象があるんですが、単発の食事としては、タイ国際航空のグリーンカレー、トルコ航空の詳細不明の卵料理に比肩する美味しさだったと思う(グリーンカレーは初めて食べたときにはすごく美味しかったけど、2回目は大したことないと感じたのはなんだったんだろう。トルコ航空はハズレがないイメージ)。


それにしても、こうして見ると、つくづく僕は日系の航空会社に乗っていない。JALよりANA 派で、それなりにマイルも溜まっているにもかかわらず、乗った経験は、高校時代の遠征を除けば、少し前に旅行で大分に遊びにいった時にANAに乗ったくらいである。


これはひとえに、海外出張が多い僕にとっては、加盟航空会社が圧倒的に多いスターアライアンスの方がマイルを貯めやすいという事情ですが、右翼の知人曰く、ナショナル・フラッグであるJALを使わないなんて「国賊」なんだそうです。


どうも国賊ですこんにちは!

どうもこんにちは/こんばんは。よふかし(@nightmegane)です。今、アメリカ・ピッツバーグに来ております。





今回はユナイテッド航空を、行きはサンフランシスコ国際、帰りはダラス国際空港でそれぞれ乗り継ぎます(厳密には帰りのピッツバーグダラスはメサ航空運行便らしいですが)。


316日木曜日の夕方 6時前に成田を出て、サンフランシスコ当地が3 16日木曜日の昼過ぎ。日付変更線って怖い。地球の丸さを感じる(笑


サンフランシスコまでの飛行機は、今となっては古き良きジャンボジェット・B747。正直、内装も古さを感じます。各席モニターもありません。


(その代わりWiFiが飛んでいて、映画や音楽は各自の端末で視聴しろというスタイル。見ると、『シン・ゴジラ』と『四月は君の嘘』が見られるとのことなので、帰りは見よう。)


機内食もサービスもまぁ可もなく不可もなく大したことなくて、やはりこの辺はアジアのナショナル・フラッグの成長株(タイ国際航空とかトルコ航空とかエディハド航空とか)の方が上手だなぁと思うわけですが、一つだけ賞賛に値するところがありました。




エコノミーのファースト・サーブのビールでIPAですよ!さすがにちょっとテンション上がりましたね。そこだけ。





どうにも調子が悪い。引き続いた花粉症か、それとも乱気流のせいで妙に酔ったか……と思ったけど、どうやら軽い風邪みたいである。それで、サンフランシスコに着いてから、空港に残るか( 10時間!)それともせっかくだから街を歩くか考えた末、軽く街を見ることに。


サンフランシスコ国際空港からは列車で30分ほど、片道9$ くらいで街中に出られます。切符の買い方が妙にトリッキー。


(1)クレジットカードを刺して抜く

(2)金額を自分で入力する

(3)印刷する

(4)使い終えた時、残額がちょうどゼロだと回収される


という仕組みで、これにはまごつきました。面白いですね。


そんなわけで、


国連広場(UN Plaza)。サンフランシスコは国連憲章の起草会議が開かれたところなのです。足元の灰色のところには国連憲章前文が、左右の柱には、年ごとの新規加盟国が彫ってあります。凝ってんなぁ。




こういうのを見ると、国連とアメリカの関係の難しさを実感しますね。「アメリカ=反国連」みたいな風潮がありますし、本邦の孤立主義者たちもそれに安易に乗って、しばしば誤った国連への罵倒を重ねているのを見ますが、そもそもアメリカの尽力なしに国連はなかったんですよと。



AT&Tパーク。




昔バリー・ボンズが海まで届くホームランを打った球場です。



場外へ飛び出すホームランボールを追いかける人たちは何してたんだろうか、まさか場外ホームランに賭けて待ってたわけじゃなかろう、と長年思っていたのですが、実際に行ってみるとわかります。右翼側は、外からでもグラウンドが見えるんですね!




彼らはあそこで野球を見ていたのでしょう。おおらかでいいなぁ。





いよいよもって風邪っぽくなってきたので、薬局で薬を買って空港へ戻る。タブレットPCと携帯を充電しながらロビーで寝たらもう搭乗時間。


風邪薬は、眠くなる成分ナシの昼用と、アリの夜用がセットになっているものを買いました。7$ちょっと。




アメリカの(というか海外の)薬は強いという話を聞くので、どうなんだろうと思って夜用を飲むと ……


サンフランシスコピッツバーグの飛行機5 時間、離陸前から爆睡し、着陸の振動で目覚める。


これはすごい。眠剤かよ。


そんなわけで目的地ピッツバーグへ到着。雪が積もっていて実に寒いです(最低気温は氷点下)。喋ってきます。


何か書くことがあれば続く。


……と、ここまで書き溜めていたんですが、書くことがあったので続く(笑

前回のあらすじ】

「逮捕歴はあるが起訴歴はない(不起訴で終わった)」人(※僕じゃなくて知人の話)がアメリカビザを取得したいというので手伝い始めた俺氏。インターネットで「不起訴処分告知書」がいると言われて検察に電話するも、警視庁に行って「犯罪経歴証明書」をもらえと言われ、さてこれはどうなる……?

という話の続き。


警察のビザ担当に電話すると(そんなもんがあるのだ)、

「必要なら、大使館からのレターを持ってきてください」


と言われる。確かに、警視庁の当該部局のページを見てみると、「提出先機関からの証明書を要求する文書等、証明書発給の必要性が確認できる書類」を提出するように書いてある(http://www.keishicho.metro.tokyo.jp/tetsuzuki/toko/toko.html)。


あれ?


大使館で手続をする際には日本の警察の書類がいる。


日本の警察の書類を入手するためには大使館のレターがいる。


無限ループって怖くね?




……そんなわけで、僕はその友人に、


  • いいからとりあえず面接に行ってこい。
  • で、おそらくなんでESTA(電子ビザ免除システム)使えないのか聞かれるから、"I have once been arrested, but at that time I was not prosecuted. There was no judicial proceeding, and Japanese law enforcement authority requires your letter in that case"とか何とか言って聞いてこい。
  • おそらくレターがもらえるから、そのレター持って警察に行ってくれ。それは本人じゃなきゃダメだから面倒見きれん。

と言伝し、ちょこちょこと電子申請も手伝い(これはこれですこぶる面倒なのだけれど省略)、ビザ面談へと送り出した。すると……




……桐島、ビザ申請通ったってよ。



聞くところ、どうも、まさに上のような質問が出て、その他何往復かのやりとりに答えた後、やたらと審査官がパソコンをいじってると思ったら、いきなり"Your visa is approved. It will be sent in a week"と言われたそうな。特に犯罪経歴証明書も不起訴処分告知書も持っていかなかったのに、通るもんなんですね……。僕も妙に緊張してたんだけど、拍子抜けしてしまった。

もちろん、そいつは出張日程も決まってたし、仕事先からのインビテーションも送られてきてたので、そういう要素も鑑みられたのだろうと思う。なので万事そうやって決まるもんでもないんだろうけど、それにしても随分とあっさりした結末になりましたとさ。


特にオチもないままその友人は首尾よくビザを手にした。


さて次は僕が来月のアメリカ出張の準備をせねば……。


奥野香耶さんソロイベ行けなくてごめんなさい(完全にかぶった

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