微風烈風 

今日吹く風はどんな風? 日々姿を変えていく「風」を読みながら,時事的な話題やオピニオンをつづっていきます。旅行記や現地ルポなども掲載します。

学生生活最後の日に

大学生活最後の授業は1月17日だった。

それから2カ月半。1月下旬に2泊3日の日程で台湾を鉄道で一周し,帰国してすぐ引越作業に取りかかって2月1日に3年10カ月にわたって住んだ京都の下宿を引き払った。そのまま帰郷せずに卒業旅行に出かけ,ユーラシア大陸一周旅行と題して同大陸を鉄道で横断し,最西端のポルトガル・ロカ岬に立ち,シンガポールとマレーシアを経由して日本に戻った。

(写真は順にシベリア鉄道の特急「ロシア号」,ポルトガルの首都・リスボンの風景,ユーラシア大陸最西端・ロカ岬から見た大西洋,ヴェネツィアの水上バスから見た町並み)

IMG_20130209_165404


IMG_20130227_135226


IMG_20130227_195005


IMG_20130301_112546


帰国してからも内定先の本社がある福岡市内で新居を探したり,卒業式やサークルの追いコン(追い出しコンパ)に参加するために京都に行ったりと慌ただしく動いた。2カ月半と言えば,長いように感じられるが,今となっては全てが一瞬だったように思われる。光陰矢の如しとはまさにこのことだ。

そして今日,大学生という身分では最後の1日となった。その学生生活最後の日もまもなく終わろうとしている。明日からは新社会人。しばらくは研修期間だが,肩書きは新聞記者になる。正直,どっぷり浸かった学生時代からすぐに抜け出せるとは思わないが,一日も早く新生活に,そして仕事を体で覚えなければならないと思う。

【ユーラシア大陸一周の旅】ロシア・ウラジオストクに到着 いよいよシベリア鉄道へ

4日午後,韓国・東海港から再びDBSクルーズフェリー「イースタンドリーム号」に乗った。荒々しい波に揺られて1夜。波に乗る度に船は上下左右に大きく揺れ,レストランで食べようとしたスープも危うくこぼれそうになった。私も同行の友人も酔い止めの薬を飲んでいたが,それにもかかわらず友人はおう吐するほど酔ってしまい,ほとんど何も食べないままベッドに伏せっていた。私は揺れの中,バイキングの料理をガツガツ食べていたのだが,特に体調は悪くならなかった。

翌5日。日本海に漂う流氷をかき分けるように船は進み,5日16時(現地時間)ごろ,ついにロシア・ウラジオストクに到着した。船内で待たされ,入国できたのは17時を過ぎていた。

5日夜のシベリア鉄道「ロシア号」モスクワ行きに乗るため,滞在時間はわずか5時間。その間,私と友人は船内で仲良くなったコロンビア人の学生とともに坂の町・ウラジオストクを散策。夕暮れ時の凍った海を歩く人が何人かいたため,私たちも浜辺に下りて沖合い300メートルほどのところまで行ってみた。凍った海面はまさに天然のスケートリンク。友人は立て続けに2,3回転んだ。

夕陽は海や浜辺を赤く染めながら沈み,やがて夜の闇が迫ってきた。ビルに掲げられたら電光表示によると,気温は-7℃。晩ご飯の弁当や惣菜を買い,ウラジオストク駅に向かった。
IMG_20130205_213757


【写真】夜のウラジオストク駅

コロンビア人の学生はホストファミリーの家に行くと言い,そこでお別れとなった。


私たちが乗るシベリア鉄道のロシア号ももうすぐ発車する。モスクワまで6泊7日。どんな1週間になるか楽しみである。(つづく)

【ユーラシア大陸一周の旅】最初の訪問地,韓国・東海市に到着

2013年2月2日午前8時。私は大阪・梅田の高速バスターミナルにいた。いよいよユーラシア大陸一周40日間という壮大な旅への出発である。卒業記念という位置づけだが,このような旅は一生のうちでもう一度できるかできないか,だろう。それほど貴重な旅路になりそうだ。

今回のルートは,ユーラシア大陸を反時計回りに行く。経由予定国は韓国,ロシア,フィンランド,スウェーデン,デンマーク,ドイツ,チェコ,オランダ,ベルギー,フランス,スペイン,ポルトガル,イタリア及びバチカン市国で,ローマからスリランカ経由でシンガポールまで飛び,ユーラシア大陸最南端のマレーシアに入国してクアラルンプール国際空港から帰国する。最も遠い目的地はユーラシア大陸の最西端であるポルトガルのロカ岬。日本からロカ岬まではすべて鉄道をフェリーを乗り継いで向かう。

旅行の最大の目玉はシベリア鉄道の制覇。ウラジオストクからモスクワまで6泊7日を車中で過ごす。途中,フィンランドのヘルシンキまでは友人が同行するが,そこから先は一人旅となる。

前置きが長くなったが,大阪・梅田発鳥取・米子駅前行きの高速バスは定刻の8:30に発車。4時間かけて米子駅前に着いた。同駅前の大型商業施設で昼食を食べ,JR境線で境港へ。境港からは韓国・東海市経由でロシア・ウラジオストクへ向かう「DBSクルーズフェリー」が就航している。冬季は韓国で1泊する必要があるため,境港からウラジオストクに着くまで3泊4日も要するが,運賃は学割の場合,燃油費込みで1万9800円という安さだ。日露間唯一の定期航路でもあり,時間に余裕のある方にはおすすめのルートである。

境港の国際旅客ターミナルに着き少し待った後,17時半ごろから出国審査が始まった。韓国人の団体客が多かった。ターミナルにいたスタッフによれば,今日の船には全体で400人ほどが乗るのだという。

船内に入り,指定された部屋へ。ベッドが8台並んでいた。ベッドごとにカーテンがあり,部屋の入り口には洗面台も。最下等のエコノミークラスでこのレベルなら文句はない。

フェリーは19時に出航。2人で早速レストランに向かった。事前に両替していた1万韓国ウォン(約800円)を案内所で払ってきっぷを買い,レストランに通じる通路にいた男性スタッフに渡した。レストランはバイキング形式。韓国の会社が運航しているため,メニューは全て韓国料理だった。焼きうどんはおいしかったが,中には得体の知れない具が入ったスープも。早速韓国文化の洗礼を受けた。

翌朝,起きて甲板に出るとちょうど日の出を迎えたところだった。日本海の水平線上に浮かぶ朝日が美しく,寒風が吹く中,しばらく見とれていた。

最初の訪問地,韓国・東海市にはほぼ定刻の9時過ぎに到着。入国審査を済ませ,タクシーで市中心部のホテルへ。昼食は中心部の食堂でアツアツの激辛鍋料理を味わったほか,近郊で5日間隔で開かれるという市場「北坪五日市」ではチヂミなどを食べ歩いた。晩ご飯はスーパーで買ったマッコリや惣菜だった。マッコリは微炭酸ですっきりしていて飲みやすかった。

そして今日4日,再び船に乗るため,港に向かった。あと1時間で出航である。今後の旅路でもインターネットがつながる環境があれば順次更新していく予定なのでお楽しみに!

迫る退去日 進まぬ引越作業

1月があっという間に終わった。

卒論提出,帰省,卒業旅行の準備などがあり,曜日感覚がなくなってしまうほどだった。その間,静岡県の大井川鐵道を制覇する旅に出たり,格安航空会社の「peach」に乗って2泊3日の行程で台湾を鉄道で一周したりと,趣味でも忙しかった。先日は京都から佐賀まで自転車で帰る(大阪~北九州間はフェリー利用のため,実走行距離は約200キロ)など,無謀とも言うべきことも行った。

そして今,いよいよ京都での生活が終わろうとしている。2月2日から卒業記念の旅に出かけるため,住んでいるアパートを2月1日付で退去する。数日前から引越作業を頑張って行っているが,物が予想以上に多く,捨てたり箱詰めしたりするのに時間がかかっている。断捨離というのもなかなか難しい。

また,電気やガス,水道,NHKの契約を解除するための手続きを行ったり,粗大ゴミの収集を市にお願いしたり,家電リサイクル法対象の家電製品(テレビや冷蔵庫など)の回収を近所の家電量販店に頼んだりと何かと手間がかかる。運送料や粗大ゴミ・家電の廃棄にも多額のお金も要った。短期間に引越を繰り返す「引越魔」と呼ばれる人たちもいるが,面倒くさがりな自分にはとても真似できない。

とは言え,退去日はもう目前。アパート管理会社による立ち会いの予定時刻までには何とか終わらせたいところだが…。

ビザ申請

大学生活も残りわずか。私は今,最後の春休みを利用し,卒業旅行としてユーラシア大陸を鉄道と飛行機で一周する計画を立てている。最大の目玉は,往路で乗るシベリア鉄道の全線制覇。極東のウラジオストックからモスクワ,サンクトペテルブルクを経由して,フィンランドのヘルシンキに抜ける予定だ。

ただ,ロシアを旅行するために通らなければならない関門が,ビザの取得である。ロシアと日本との間にはビザの相互免除協定がなく,ほとんどの場合,日本国内のロシア大使館・総領事館でビザを取得してからでなければロシアに入国できない。さらにビザを申請するには,パスポートや申請書のほかに,入国日や出国日,滞在先,経由地などを記したバウチャーや現地旅行会社発行の旅行確認書などが必要となる。バウチャーや旅行確認書などは日本やロシアの旅行会社を通して入手する方法が一般的かつ無難で,私も旅行会社側と何度かやり取りをしながら全ての書類をそろえた。

また,申請から2週間かかっても良い場合は無料だが,旅行会社に委託して申請すると手数料が5千円~1万円程度発生するなど,多額の出費になるケースも。幸い,私が住んでいる京都府の隣,大阪府に「在大阪ロシア総領事館」がある。自宅と在大阪ロシア総領事館を往復するための交通費を考えても,旅行会社に委託するよりははるかに安い。総領事館の所在地が大阪府豊中市で,京都市から電車で行こうとすれば多少不便だが,これも良い経験になると思って,実際に出向いた。

申請日当日。阪急京都線と大阪モノレールに乗って,ロシア総領事館最寄りの少路駅を目指した。

IMGP7099
【写真】大阪モノレール 大阪空港行き。大阪モノレール南茨木駅で撮影

近くの店で,卒業旅行で途中まで同行する友人と待ち合わせし,一緒にロシア総領事館に向かった。

高級そうな住宅やマンションが立ち並ぶ地域の中にそれはあった。しかし,ロシア総領事館の前には警察車両が停まり,警察官が門の前に立っていた。

IMGP7106
【写真】在大阪ロシア総領事館の建物

IMGP7107
【写真】閑静な住宅街の中で,ものものしい警戒が行われていた

申請受付時間は平日14時~16時(ロシアの祝日を除く)のはずだが,門は閉ざされたまま。本当に窓口が開いているのかどうか分からない中,警察官にビザの申請に来た旨を伝えた。警察官がインターホンのボタンを押すと,少しして門扉の鍵が開く音がした。

ビザ申請者用の入り口は入って右側。勝手口のような風情のドアを開けると,これまた狭い部屋があり,その奥のガラス張りの部屋から男性が1人,だるそうに出てきた。銀行のカウンターのように,窓口がずらりと並び,番号札を取って呼ばれるようなイメージを持っていたが,あまりにも簡素な部屋と雰囲気に拍子抜けしてしまった。

部屋は照明をつけていてもどこか薄暗く,特に飾りはなかった。棚や机には何種類かの書類が置かれている程度で,特に面白そうなものはなかった。ソ連崩壊から20年以上が経ったとは言え,社会主義の名残がまだあるような気がした。

男性は書類を1枚1枚“ざっと”確認し,淡々と業務を進めていく。日本語をほとんど話せないようで,唯一口から出てきたのは「2週間?」だけ。ビザの申請書に自分の電話番号を書き忘れていたことを思い出し,男性に英語で“I don't write my phone number here!(電話番号をここに書いていない!)”と書類を指さしながら言ってみたが,男性は“No problem.(大丈夫です)”。思わず「えっ」と言ってしまった。

申請はわずか5分ほどで終了。ビザの引き換え証と思われる小さな紙を渡され,総領事館を後にした。そこから阪急桜井駅まで30分ほど歩いて行ったが,友人とは「あれで本当によかったんだろうか…」と何度も言い合った。こうしてビザ申請はあっけなく終わった。あとは,無事に申請が通ることを祈るだけ…。

IMGP7117
【写真】帰りに乗った阪急箕面線の電車。桜井駅で撮影


「おごれる与党は久しからず」の真意

西日本新聞2012年12月23日付「おごれる与党は久しからず 安倍総裁、意気軒高」



昨晩から,この記事がネット上で話題になっている。平家物語の有名な一節を引用した記事の内容に対し,いわゆるネット右翼(ネトウヨ)と呼ばれる保守的な人たちから,「まだ自民党は与党ではない」「安倍晋三総裁はまだ首相ではない」「なのになぜ叩くのか」という批判の声が出ている。「おごれる与党は久しからず」を,
26日にも発足するとされる安倍新内閣の今後を指していると解釈しているようだ。

確かにこの記事はやや皮肉っぽいが,その趣旨は,そんなに浅薄なことではないように思う。「おごれる与党」とは,自民党や民主党といったこれまでの政権のことであり,その言わんとするところは新政権には「謙虚さ」を大事にしてほしいというものだろう。仮に「おごれる与党」が安倍新内閣や自民党のことを指しているのであれば,「おごれる安倍新内閣は久しからず」という見出しになるはずだ。「与党」という汎用的な言葉を用いた点からも,安倍新内閣を指しているわけではないと理解できる。実際,「大勝した後の選挙では議席を減らしたり,敗北してしまったりすることが多い」というのは,多くの識者から指摘されていることだ。

安倍総裁をはじめとする自民党は,先日の衆議院議員選挙の結果を受け,表向きには謙虚さを装っている。しかし,安倍総裁が「われわれが選挙で訴えてきたことが一つ一つ実現していく」と発言したように,大勝への高揚感が見え隠れするのも事実だ。

末尾の「古典の教えをかみしめたい」は,安倍総裁や新政権に対して警鐘を鳴らすものと言える。インターネット掲示板における大勢の論調に流され,言いがかりにも近い罵声を浴びせる人たちの読解力と過激な表現を,老婆心ながら憂う。

 

 

青春18きっぷ 常備券を買いに ―自転車で25キロ 山陰線千代川駅へ

青春18きっぷの今冬の利用期間が12月10日から始まった。学生生活最後の冬になるであろう今回も,北信越,関西圏,四国方面の旅行を計画している。

「青春18きっぷ」と言えば,JR駅の「みどりの窓口」や旅行会社の店舗などで発券されている青いきっぷがよく知られているが,一部の駅では赤い地紋で,納入段階で既に必要事項が印刷されている「常備券」と呼ばれるタイプを発売している。

常備券タイプの青春18きっぷを発売する駅は年々減ってきており,現在ではJR西日本とJR四国の管内でしか購入できないが,「風情がある」といった理由であえてこちらを選んで買うファンも多い。私もそのひとりだが,常備券は青いきっぷに比べて面積が広い上にインクの吸着が良く,途中下車印を押してもらった際ににじみにくいという点も,常備券を使用するメリットだと考えている。

幸い,関西地区には常備券タイプを発売している駅が比較的多く残っている。京都市付近では,奈良線のJR藤森駅や桃山駅(いずれも京都市伏見区),山陰本線の千代川駅(京都府亀岡市)や八木駅(同南丹市)などがある。JR藤森駅と桃山駅では既に購入したことがあるので,今回は山陰本線の千代川駅で買うことにした。

千代川駅までは京都市内の自宅最寄り駅から電車で行けるが,今回はあえて自転車に乗っていった。Googleマップで調べてみると,国道9号線経由で約25キロほど。これまでの経験から2時間ほどで行けると予想した。

11日16時。京都市内の自宅を出た私は,五条通につながる国道9号線を目指した。日が沈みかけたころ,京都市西京区の沓掛に到着。京都市と亀岡市の間には山があり,国道9号線経由で山の向こうに行くには,「老ノ坂」という坂を越えなければならない。旧山陰街道にあたり,並行する高速道路ができた今でも交通量が多い。

坂は予想よりきつく,数百メートルおきに休みながら自転車で坂を上っていった。老ノ坂は一部を除いて歩道もなく,路肩もせまく,ほぼ自動車専用と言っても過言ではないように思われた。日が沈み,だんだんと暗くなっていく。電光掲示板に表示された気温は3度。心細くなってきたとき,反対側の路肩を帰宅途中と思われる高校生が同じく自転車で坂を上っていくのが見えた。“良かった。ひとりじゃなかった”と思うと,気持ちがだいぶ楽になった。

image
【写真】老ノ坂では見通しの悪いカーブが続いた

ようやく峠に到達し,亀岡市に入った。峠付近にはトンネルが2本並行しており,うち1本は自転車及び歩行者専用になっていた。

image
【写真】自転車・歩行者専用のトンネル。入口上部には「和風洞」と彫られた石板もあった

ここから先は下り坂。スピードを出しすぎないようにこまめにブレーキをかけながら,亀岡市街へと向かっていく。

image
【写真】亀岡市内の国道9号線。緩やかな下り坂の先に,亀岡市街の夜景が見えた

亀岡市内の国道9号線沿いにはロードサイド型の店舗が続き,典型的な都市近郊の風景が見られた。

矢印とともに「馬堀駅」「亀岡駅」などと書かれた標識を目印に,だいたいの位置を把握。千代川駅は亀岡駅の2つ先。亀岡市中心部のすぐ外側を迂回するように抜け,18時10分過ぎに千代川駅に到着した。千代川駅の営業時間は18時55分までで,少し不安ではあったが,充分間に合った。

早速,駅の窓口で駅員に「青春18きっぷをください」と告げた。売り切れていたらどうしようか,と思ったが,「ちょっと待ってくださいね。出しますので」という返答に安堵した。間もなく,赤い地紋の常備券が出てきた。

駅員は電卓を打ちながら,「40枚用意したんだけど,残りは12枚。人気があるんですね」と話した。千代川駅までは京都駅から電車で30分。駅周辺には住宅街もあるが,さらにその周りは田園地帯だ。こうした立地条件を考えれば,この小さな駅で,発売額1万1500円の青春18きっぷが12月1日の発売開始からわずか11日で28枚も売れる方が不思議というものだ。常備券タイプの人気ぶりが分かる。

ひとまず無事購入でき,峠越えの苦労が報われた。

image
【写真】千代川駅で購入した青春18きっぷ


千代川駅近くのファミリーレストラン「ジョイフル」で晩ご飯を食べた後,帰路へ。往路は国道9号線をひたすら走ってきたので,帰路では亀岡市中心部を抜ける道路を通った。そして老ノ坂を再び越え,京都市内に。自宅に着いたのは21時20分ごろ。帰りの所要時間も2時間10分ほどだった。

image
【写真】老ノ坂トンネルを京都市方面へ


年明けには卒業論文の提出も控えているが,息抜きも兼ねて鈍行列車の旅を楽しみたいと思う。


livedoor プロフィール
ギャラリー
  • 学生生活最後の日に
  • 学生生活最後の日に
  • 学生生活最後の日に
  • 学生生活最後の日に
  • 【ユーラシア大陸一周の旅】ロシア・ウラジオストクに到着 いよいよシベリア鉄道へ
  • ビザ申請
記事検索
QRコード
QRコード
  • ライブドアブログ