2010年06月15日

「希望」港 岳彦(脚本家)

港岳彦さん 3
撮影:今本優子

95年度卒業式の際、故・今村昌平監督がこう述べられたのを覚えている。
「こんな日本映画界に出て行く君たちが可哀想だ」。
要は「君たちは映画では食えない」と言っているわけである。それが我々卒業生に対するはなむけの言葉だった。
「卒業式で言うことかよ」と怒りを露わにする者もいれば、僕みたいに大笑いした者もいた。
おかしくて笑ったわけではない。こみあげる不安を押し殺すため、カラ笑いするしかなかったのだ。

それから15年。はたして食えなかった。

僕個人のことを言えば、映画の道に進もうが進むまいが、どっちにせよ食えなかったと思う。
出来の悪い人間だから。それは別にいい。
大切なのは、脚本を書く仕事にありつくことであり、その仕事に満足感を覚えることが出来るかどうかである。

脚本家デビューにはとても長い時間が必要だった。
満足感を覚える仕事をこなすのにはさらに長い時間がかかった。
満足とはなんだ。興行収入や出来不出来の問題なのか。
そうではない。伝えたいと思っていることを、ちゃんと人に伝えることが出来たかどうか、ではないか。

今回、6月26日から公開される映画『結び目』でそれが出来たのではないかと思っている。
まだ公開前だ。試写での反応しかわからないけれど、何となくそんな気がしている。
手ごたえというやつ。それについては自分が何か言うよりも、撮影を担当した早坂伸さんによる先週のコラムを参照していただければと思う。
あれ以上付け加えることは自分にはない。

脚本は脚本それ自体では単なる紙屑である。
監督が決まり、お金が集められ、制作にゴーサインが出て、スタッフとキャストが決まり、やっと映画になる。
今回、小沼監督をはじめとするスタッフ、キャストの方々が、脚本以上の映画にしてくれたと思う。
そのことがとても嬉しい。思いのたけをぶつけた脚本だけになおさらのこと。

日本映画界の片隅で、これほど自由な創作が可能となったことに対して、僕は希望を見出している。
商業映画の作り方が、少なくとも一部においては変わりつつあるのではないか。
作り手にも受け手の観客にも、映画ジャーナリズムにも、ちょっとした意識の変化が生まれつつあるのではないか。
そんな予兆を感じる。楽観的すぎる? 希望的観測にすぎない? そうかもしれない。
『チェンジリング』のラストでアンジェリーナ・ジョリーが言う「希望よ」と同じように、苦々しいニュアンスを含んだものにすぎないのかもしれない。

だけど今、あえて言う。
「こんな日本映画界に出て行く君たちがうらやましい」と。
なぜなら日本映画はどんどん変わるからだ。
変えるよう努力している者がたくさんいるからだ。
とにかく好きなように映画を作り続けるしかないと決意した人間がわんさかいるからだ。

もちろん、泣き言しか言えないやつは存在する。かつての自分がそうだったように。
そんなやつは放っとけ。屁の役にも立たないから。
変化を嫌い、抑圧してくる者もたくさんいる。そんなやつは殴っちまえ。

そいつらの骸骨の上で踊れ。

(日本映画学校 映像科7期生)

│カテゴリ:OB 
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