2010年06月22日

「創作者として」小沼雄一(映画監督)

小沼

私が記憶している故・今村昌平監督の言葉はこうだった。
「卒業後、君たちが映画の現場に出てぺーぺーになったとき、寝る時間もなく極度の疲労で心身ともボロボロになるだろう。だがそんな状況であっても、『監督、本当にこれでいいんですかねえ』と、一言ボソッと呟けるスタッフになって欲しい。監督はそれを待っているモノだ」

つまり、どんな立場でも内容に関心を持つ創作者であれというメッセージだった。私はいたく感動し、助監督になったら必ず実践しようと心に決めた。
卒業後、池田敏春組についた私はさっそく上記の言葉を監督に向かって呟いた。
ところが喜ばれるかと思いきや事態は逆で、私はこっぴどく怒られ、以後二度と現場で同じ言葉を呟くことはなかった。
今考えれば池田監督の気持ちはよくわかるが、当時の私は「話が違うよ」とただただ泣きそうになるばかりだった(というか実際に泣いた気がする)。
その後はなるべく大人しくしながら、黙々と仕事が終わるのを願ってばかりいた。

撮影も終盤を迎え、ボロボロになっていた私が東映撮影所の大森坂を亡霊のように歩いていると、突然誰かが私の名前を呼んだ。
「よー、ガンバレ、小沼」
そいつは日本映画学校の同級生で、当時東映で編集助手をしていた前嶌という男だった。彼も池田組に編集助手としてついたらしい。
「前嶌もガンバレよ」
それだけ言葉を交わして仕事に戻った。
あの「ガンバレ」がどれほど心強かったか。

その後歳月を経て、私は低予算作品で監督デビューし、十本ほどのVシネや映画を撮る機会に恵まれた。
6月26日(土)に公開される『結び目』という映画は、編集の前嶌とは二本目の作品となる。
また、脚本も同期の港岳彦氏で、撮影は十一期の早坂伸氏である。卒業直後より現在のほうが、日本映画学校卒業生と付き合う機会が増えたように思われる。
卒業生たちとの酒の席では、未だに農村実習や卒業制作の話に花が咲くし、お互いこれまでの苦労を共有できるから心安いのだろう。
ただ、私はそれだけではないと考えている。

「本当にこれでいいんですかねえ」

と、いまだに我々は問いかけているような気がするのだ。
常に創作している者たちだけが、今なお映画という影にその身を置こうと藻掻いているのではないか。

デジタル技術の進歩によって、アマチュアとプロの作品を画質や音質だけで区別することは難しい時代となった。
それは一見、映画制作の敷居が下がったように見える。
しかし、制作の敷居が下がれば下がるほど、観客が求める「映画としての質」のハードルは上がっているように思える。
作り手にとって寧ろ厳しい時代になったのだ。だからこそ自分自身に問い続けたい。

「本当にこれでいいんですかねえ」
私は監督になった今でも、今村昌平監督の言葉を忘れない。

(日本映画学校 映像科7期生)

│カテゴリ:OB 
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