2007年12月03日

「キミと僕のなれ初めについて」島田伊智郎(助監督)



秋は寂しい。
最近過ごしやすくなったせいか、まとわり着いてくるものが無くて寂しい。
ちょっとやけにさらっとしすぎているのだ。
ぼくはなんでもそうだけど、ちょっと汚れたり、傷ついたり、灰汁のあるほうが好きだ。
女性のノーメイクの素顔はいうまでもない。

高校3年の夏が終わって、ぼくはなんだか急に見放された気がした。
けっしてうまくはなかったが、それなりに幼い頃から人生を掛けてきた野球がぼくの中で終わったからだ。
夏休み。さて、何をすればいいものぞ・・・・・・
考えても野球しかまじめに取り組んできたことのない僕には何も思い浮かばなかったが、
思わぬところで今は亡き母方の祖父が僕に助け舟を出してくれた。
近所の徳光海岸にあった海の家の手伝いと、砂浜の監視員のアルバイトだ。
これは僕にうってつけで、早起きや掃除には慣れていたし、お日様のあるうちは只ひたすらに海を見ながら
たそがれていればよかったからだ。
結構そういうのは得意で、ちょっと飽きたら同じ監視員の先輩や仲間とボートで海へ、見回りと称した船出を敢行すればよかった。
しかも日給1万円ももらい、そのおかげで親友と二人で青春の代名詞「自分探しのあてのない旅」まで出来た最高の夏休みだった。

が、それも束の間、新学期とともに現実は予期されていたとしてもやはり突然にやってきた。
卒業、その前に大学入試、もしくは入社試験やらと、人生の選択を迫られるのだ。
それはあまりにも残酷だ。
何の準備も出来ていない僕にとっては結構つらいものがあった。
放課後のチャイムが鳴っても、もう鳴り終わる頃に我先と教室を飛び出し、室内練習場へ走り、練習着に着替え、
野球部専用グランド行きのバスに飛び乗ることももう、ない。
何もすることなく家に帰ってテレビを見ていると、帰宅する親の悲しい視線が耐えられず、
とにかく、学校に残って受験勉強をしてみよう!とチャレンジしたが、なかなかうまくいかなかった。
そのうち、少しでも時間がかかるように自宅から遠く離れた学校まで自転車で通うようになり、弁当じゃない日は喜んで購買で使う
お金をケチって、そのお金でその当時の金沢では最先端だった(?)ヤマチクに洋楽CDを何の知識もなくジャケ買いしに行き、
放課後の空白を埋める日々を過ごした。
気付いた時には発掘したお気に入りのバンドのCDは全部持っていて、仕方なく次のプラン「ラーメン屋めぐり」に変更。
ラーメンに飽きたら、ラーメン屋のチャーハンに移行。
でも、意外に終焉は早く訪れた。
だって、ラーメン一杯、チャーハン大盛りをいくら食べようと、そんなに時間は稼げないじゃない。
もともとアイデアなんてない僕はあっという間に途方に暮れ、「どうしよっかな〜」と、寄りかかっていたのが
今はなき金沢映画街にあった、とある映画館の看板だった。
僕の一番のお気に入りのラーメン屋が映画街の中心にあって僕はラッキーだった。
映画は2時間ほどの時間をつぶせ、秋から冬に向かっていた雪国の一日を終わらせるには、
放課後の2時間は十分だった。
そして数ヶ月、ある作品を観て気付いた。
映画、好きかも。
かくして、ここに至るまでの僕の文章が長かったように僕の長い苦悩の日々は、ほんの少し晴れ間を見たのである。

ということで、今は助監督として映画の何かの役に立っているはずと信じながら、様々な作品で多くの方々と出会いと別れを日々繰り返している。
皆さんお元気ですか?
寂しがり屋の僕は、最近どうやったら友達や大切な人たちと一生一緒にいられるかを考えている。
家族は一緒の家に住む。
友達たちは、僕の生活圏の必要なところにそれぞれ所属する。
お気に入りのレストランのウェイター、美容室の美容師さん、あまり声を掛けてこない服屋の店員、意外ときびしい草野球の主審、
わが町の郵便局員、たまに職質してくる警官、飲み屋のお姉さん・・・・・・
とまあ、結構まじめに考えているのだが、さあ、実現は難しいのか?

ということで、秋は寂しいという話でした。

(日本映画学校 映像科13期生)

※写真中央が島田伊智郎さん

│カテゴリ:OB 
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