2007年05月28日

「一生忘れられないワンシーン」小島康史( 映画監督)

小島康史

最近はいたるところで情報が氾濫している。テレビは無論のことパソコンや電車に乗っていてもニュースやCMに吸寄せられる。これだけ多くの情報に包まれると、却って孤独感にさいなまれそうな気がしてくるから不思議だ。現代病かもしれない。
昨年、ダウン症の女の子を扱った小さなドキュメンタリー作品を作った。主人公の女の子は知的障害を持っているが、明るくて社交的だ。そんな彼女だが私や彼女の母、友人たちと談笑していると、いつの間にかその場から居なくなっている。つい先ほどまで人懐こい表情で一緒に笑っていたはずなのに。
それとなく探してみると、自分の部屋で日記を書いていた。必ずといっていいほどきれいにフェードアウトして、決まって一人で遊んでいる。彼女は一人でいる時を大切にしている。母親によると彼女は日中よく居なくなるそうだ。そして週に何度か一人でカラオケに行っているらしい。彼女は現代病とは無縁らしい。こんなに孤独を謳歌しているなんてうらやましいと思った。

撮影日、私とキャメラマンは彼女の後を付けてカラオケ店に入った。彼女は長い廊下を進み、我々はその後方に続く。我々は、彼女に見つかっていないようだ。彼女が部屋に入ったら、 そっとドア窓から撮影をするつもりだ。彼女はルーム番号札を持って、部屋番号を確認しながら突き当りまで行った。そしてあろうことか、引き返して来るではないか……。我々は完全に行き場を失くした。彼女は我々の横を通って反対方向へ戻って行った。
キャメラマン「今、バレタよね」
私「そうだと思うけど、彼女こっちを見なかったね」
キャメラマン「知らないふりをしてくれたのかな」
私「じゃあ、続けようか」
ということで、また後を追う。そして反対側の突き当りまで行ったが 、彼女はまた引き返してくる。そして我々も完全に固まった。

ところが彼女は撮影隊に注目しない。彼女は、あくまでも部屋番号を見くらべて歩く。どうやら部屋がどこにあるの見失っているようだ。何度目かのすれ違いざま、彼女の目指す部屋は一階下にあることが我々には分かった。しかし彼女は人を頼りにせず、必至に闘っている。我々のことはとっくに気づいているはずだが、聞こうとしてこない以上我々も黙って撮影するしかない。

私とキャメラマンの息が苦しくなってくるのが分かる。
私の心『そっちじゃないよ、そこの廊下を降りるんだよ。違ーう!』 
キャメラマンの首筋から汗が落ちる、それでもキャメラを目から離さない。二人とも彼女に釘付けだ。彼女はもうこの長い廊下を5往復はしているぞ。私たちの心臓が最高潮に高鳴る。
私の心『神様、彼女に道を教えてあげて!』 
そんな時、奇跡は起った。彼女は不意に廊下を降りて行ったのだ。我々飛び上がって喜び、安堵した。第三者からすれば、この出来事は何でもないワンシーンかもしれない。しかし私には、一生忘れられないワンシーンになった。

│カテゴリ:講師 
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