2005年10月06日

ナンパな渡哲也5

タイトル『紅の流れ星』:〜日本映画専門チャンネルにて視聴
1967・日活
監督:舛田利雄  脚本:池上金男 舛田利雄 撮影:高村倉太郎 美術:木村威夫
出演:渡哲也 浅丘ルリ子 杉良太郎 松尾嘉代 奥村チヨ 藤竜也 宍戸錠ほか

あらすじ:敵対する組の組長を射殺し、神戸に逃れ、すでに1年が経過した五郎(渡哲也)は、ひたすら東京に帰りたいという希望を持ちながら、けだるい日々を送る。その目の前に、蒸発した宝石商の従業員を捜しに東京からやってきた宝石商の娘(浅丘ルリ子)が訪れ、五郎は彼女にまとわりつく。そして、五郎を狙って殺し屋(宍戸錠)が現れる・・・

ポイント:この作品が、同じ舛田監督による裕次郎主演の『赤い波止場』('58)のリメイクであること、また渡哲也にとって、前年の『東京流れ者』(鈴木清順監督)に続き、演技面においてエポックメーキングな作品となったことは、日活映画に関する本において、しばしば目にすることであります。
 個人的な話をさせていただければ、私、この映画をいまは亡き新宿昭和館(煙草を吸いながら映画を観れた映画館!)で初めて観たんですな。それから何度もビデオを観返しとりますが、『関東幹部会』('71・澤田幸弘)とともに、観るたびになぜか昭和館のぼろっちい椅子に座っているような錯覚を覚えてしまいます。
 で、話は戻りまして、やはりこの映画では、他の作品では見られない渡の軟派な演技が非常に印象に残ります。とにかく浅丘ルリ子にまとわりついてしつこく口説く口説く!その饒舌なことは、彼自身のフィルモグラフィーにおいても、”台詞をしゃべる時間”ではNo.1の長さであることは恐らく間違いないかと思います。ルリ子に対し、荒木一郎の『いとしのマックス』を歌う渡、そして酒場でジェンカを踊り出す渡。どれも翌年から始まる『無頼』シリーズや他のニューアクション作品においては見ることのできない渡がここにいるのです。しかし、いくらナンパなふりをしていても、どこかしら「ああ、こいつにはろくな明日は待ってない・・・」と観ている者に思わせてしまう雰囲気を漂わせることができるのが、やっぱり渡哲也の独特の魅力なんですな。
 渡哲也以外では、「俺は人間じゃあない、俺は金で動く人殺しの機械だ」と至極クールに語る宍戸錠もなかなかいいのですが(すぐに死んじゃって残念)、この場で特に強調しておきたいのは、渡につきまとわれるルリ子の妖しい美しさについてであります。緑のドレス→ピンクのドレス→オレンジの、蝶の刺繍が入ったドレス(すべてミニスカ!)とそれぞれ非常にハデな衣装で登場するのですが(頭には大きなリボン付き!)、ルリ子はこの時27,8歳のはず。まさに”ギリギリの美しさ”で、渡だけでなく映画を観ている者までをも圧倒してくれます。
 ルリ子の最大のヒット曲である『愛の化石』が発表されるのは1969年、そして巷では「浅丘ルリ子ブーム」が起こったとのことです。あくまで結果論になりますが、世間がルリ子の魅力を再認識したそのブームの予兆は、すでにこの『紅の流れ星』に在ったのかも知れません・・・
 
 

2005年09月27日

昭和元禄カラまわり1

タイトル:『昭和元禄 196X年』〜衛星劇場にて放映
1968・東宝
監督:恩地日出夫 脚本:倉本聰 撮影:黒田徳三 
出演:伊丹十三 橋本功 荘司肇 吉田未来ほか

あらすじ:ベトナム帰りの新聞記者(伊丹十三)は、アルバイトとして週刊誌記者と共に、殺人を犯しかつ自殺を予告しているという少年の追跡記事を作ることとなる。二人は売れないモデルの少女を使って少年に接近させ、少年の告白をスクープしようとするが・・・

ポイント:この映画の製作された1968年といえば、日本を含め世界各地で学生運動が燃え上がった年。アメリカではベトナム戦争の泥沼化やロバート・ケネディ暗殺、高度成長期まっただ中の日本では「昭和元禄」と呼ばれた繁栄を謳歌する一方で、翌年1月には全共闘の学生が東大安田講堂を占拠→入試が中止となり、その他には金嬉老事件、三億円事件、永山則夫の連続射殺魔事件、そして個人的には何よりもグループ・サウンズ全盛期!という熱い年だったわけで、題名に「昭和元禄」と称する映画に、一体期待せずにいられるでしょうか。
 が、残念ながらこの映画、ちと「残念」といわざるを得ませんでした。ベトナム帰りの新聞記者の伊丹十三から見た、昭和元禄を謳歌する日本の虚ろさがテーマとおぼしいのですが、ニヒルな雰囲気だけは漂わせているものの、ほとんど意味のある発言をすることもない彼からは積極的な意見など読み取ることはできません。また白黒で粗く、ドキュメンタリー・タッチの画面ではあるものの、殺人を犯して逃げ回っているはずの少年(地方出身という設定で、映画の公開と同じ10月に永山事件が起きる)を映画の冒頭でいとも簡単に見つけてしまうというあっけなさで、見ているこちらが「日本の警察を馬鹿にするな」と権力側の応援をしたくなります。
 またラスト近く、近づいてきた少女が実はマスコミの手先だったと知った少年が伊丹らに向かって怒りをぶちまけるシーンがあるのですが、これも「繁栄の時代から取り残された者の悲哀」といったことが伝わってくるわけでもなく、伊丹も「ジャーナリズムをなめるんじゃないよ!」とぶち切れるだけ。結局、観ている側にとっては登場人物の誰にも感情移入ができない状況となってしまいました。
 ”繁栄の日本ー戦禍のベトナム”という時事的なテーマを持った映画を、今現在の視点だけで評価するのは、正当なことではないでしょう。しかし、時折ベトナムで撮られた写真を挿入するだけのテクニックで、ベトナムと日本の対比がなんら説得力を持ち得るはずもなく、映画にとってのテーマ設定の難しさだけを感じさせられてしまいました。
 そういえば、最近まで「1968年」に関する書籍が相次いで出版されたのは記憶に新しいところですが、もしかしてあの年を「総括」するのはようやく今が適当ということなんでしょうかね・・・




 

2005年09月17日

若大将とモミアゲ2

タイトル:『薔薇の標的』〜衛星劇場にて放映
1972・東宝
監督:西村潔  脚本:白坂依志夫 桂千穂 撮影:原一民
出演:加山雄三、岡田英次、トビー・門口ほか

あらすじ:かつて同僚を銃の暴発事故で死なせた過去を持つ日野(加山雄三)は、アメリカから帰国して、謎の男(岡田英次)からスナイパーとして雇われる。殺人マシンとして教育される一方で、組織の秘密を収めたフィルムを持つ女と関わったことから、組織と対決するはめに陥っていく・・・

ポイント:1972年といえば、『若大将』シリーズも前年の『若大将対青大将』で終了し、東宝としても「これから加山をどう売っていくか・・・」と悩むところであったでしょうし、加山自身としても二年前には関与していた会社が倒産するなど、まあ「低迷期」であったようです。
 で、この『薔薇の標的』は1968年の『狙撃』に始まる加山主演のアクション・シリーズの4作目であり最終作なのでありますが、これがなかなかハードボイルドになれない迷作となってしまいました。
 まず加山がエルウ゛ィスもびっくりのモミアゲ姿(しかもあんまり似合ってない)で登場します。どうやらこの年にはラスベガスにエルウ゛ィスを訪問しているらしいのですが、その影響でしょうか?
 またラストで、組織(どうやら“第四帝国”建設を目指すネオナチらしいです)と対決するはめとなった加山は、トビー門口、そして岡田英次と戦うのですが、まずトビー門口は、「とどめをさす前に余計なおしゃべりをしてるから殺られるんだよ!」とスクリーン前の観客は誰でも突っ込んだと思われる殺され方をします。そして岡田英次は、加山を遠方から銃撃し、倒れたところを「もう死んだかな・・・」と様子を見に来た途端に加山の逆襲に遭うという間抜けぶりです。数は少ないですが岡田英次が劇中に見せるガン・アクションはなかなか鋭いものがあっただけに、残念であると同時に、日本映画に真のハードボイルドを根付かせる難しさを実感させてくれます。
 そして、なにより決定的なのが、前半において、組織から教育を受けている最中の加山が岡田英次に対し、「おらあもうこんな練習あきたよ」と『若大将』時代そのままの調子で言ってしまうシーンであります。「ああ、やっぱりこの人は坊ちゃんなんだなあ」と皆に実感させてしまった時点で、「やっぱり加山は若大将以外の何者でもない」という結論が出てしまったんですね。

2005年09月12日

若尾文子は唄わなかった2

タイトル:『砂糖菓子が壊れるとき』〜衛星劇場にて放映
1967・大映
監督:今井正  脚本:橋田寿賀子 撮影:中川芳久 原作:曽野綾子
出演:若尾文子 藤巻潤 津川雅彦 志村喬 原知佐子ほか

あらすじ:売れない女優(若尾文子)は、ヌードモデルをしてなんとか糊口をしのいでいたが、大物プロデューサーの愛人となることで主演作をつかむ。その紆余曲折を経ながら仕事の幅を広げ、私生活でもプロ野球選手と結婚するなど、傍からは順調にみえた彼女の生活も、どうしても自分に自信を持てないその性格ゆえ、次第に睡眠薬に溺れて行くことに・・・

ポイント:なんか若尾文子ものばかり続くなあ・・・まあいいか。
 で、売れない頃はヌードモデル→売れてプロ野球選手と結婚→離婚後、知的な脚本家と再婚→また離婚→睡眠薬に溺れ、最期はベッドで受話器を握ったまま変死、というマリリン・モンローの生涯をそのまんまなぞってみせたのがこの映画のお話であります。実際、「なぞっただけ」という印象しか残らない、ちと残念な映画なのですが、唯一、若尾文子のマネージャー役である原知佐子が残す凛とした知的さが救いでしょうか。
 でも、ホントのところの私の興味はそんなところにあるのではありません。実は私、”女優が吹き込んだレコード”を集めるのが趣味なんですが、若尾文子のレコードというのは、今まで全くお目にかかったことがないんですな。『秘蔵 シングル盤天国 邦楽編』(1996・シンコーミュージック)や『昭和歌謡レコード大全』(2003・鈴木啓之・白夜書房)という資料本などにも、若尾文子が唄ったレコードというものは一切掲載されておらず、「あるのかないのかだけでもはっきりさせてくれ!」というのが、ここ最近の個人的心情だったわけです。
 で、この映画の中で、超売れっ子女優となった若尾が、レヴューというかワンマンショーを舞台でやるシーンがあるのですが、「少しは唄う場面が出てくるかな・・・」と大いに期待したところ、残念ながら彼女が唄うシーンは全く出てきませんでした。
 同じ大映所属でも、山本富士子や江波杏子、そして高田美和など当時多くの女優がレコードを吹き込んでいるのですが。また最近読んだ『Hotwax Vol.2』に掲載の梶芽衣子へのインタビューの中で、「若尾文子の独特の色気のある声が羨ましかった」と語っている部分があり、なるほどと痛感したものです。
 「レコードへの吹き込みは当然計画されたが、あまりに音痴だったので見送られた」というのが真相なんでしょうか?どなたかご存知の方、情報をお知らせください。

2005年09月05日

悶える若尾文子2

タイトル:『悶え』〜衛星劇場にて視聴
1964・大映
監督:井上梅次 脚本:舟橋和郎 撮影:渡辺徹 原作:平林たい子
出演:若尾文子、高橋昌也、川津祐介、江波杏子ほか

あらすじ:新婚旅行先でいざ初夜を迎えようとする新妻の胸は期待と不安でドキドキワクワク。とことろが初日に夫は全く手を出さず、二日目もそのまま寝ようとする夫に対し、ついに新妻若尾文子が泣いてキレだしたところ、腰のケガがもとで不能であることを告白される。「夫婦二人で協力して一緒に直しましょう」と前向きな姿勢をとるものの、そのまま平穏な日々が続く訳も無く、夫の部下(川津祐介)からの誘惑が・・・

ポイント: そもそも「夫の不能を心では理解したとしても、体では耐えられるハズがない」という単純なストーリー、さらに監督は『嵐を呼ぶ楽団』『嵐を呼ぶ友情』そして『嵐を呼ぶ男』の”音楽映画の巨匠”井上梅次でありますから、ドラマに深みなんぞ発生する余地もなく、観ている者としては「いったいいつ若尾文子が貞節を破ってしまうのか」の一点に絞られる訳です。そしてラストはいよいよ若尾が川津のモノにならんとせんとホテルの一室に入った所、夫が乱入して川津をたたき出し、ついでに怒りのあまり不能も直ってメデタシメデタシ。「今後この夫婦は美人局でもやらない限り、夫婦関係を保てないんじゃなかろうか」と観客に余計な詮索をさせて終わり。実に単純であります。唯一面白いところは、夫がソノ気になって若尾文子に挑みかかろうとすると、中川信夫の『地獄』ばりにおどろおどろしい渦巻き模様と音楽が発生するところでしょうか。つまり「セックスするような不純な奴は地獄に堕ちるぞ!」というメッセージ映画なんですな・・・って悪解釈し過ぎでしょうか。

2005年08月17日

北原三枝の肢体4

タイトル:『逆光線』〜チャンネルnecoにて放映
1956・日活
監督:古川卓巳 脚本:池田一朗 撮影:姫田真佐久 原作:岩橋邦枝
出演:北原三枝、渡辺美佐子、二本柳寛ほか

あらすじ:女子大生(北原三枝)が、同じ大学の男子学生や家庭教師先の父親などと関係を結ぶが、従来のモラルにとらわれないその振る舞いによって、次第に周囲から孤立していく・・・

ポイント:この映画が作られた1956年と言えば、『太陽の季節』が生まれた年であり、この映画の監督が同じく古川卓巳であるという事実からも明らかであるように、『逆光線』はまさにブームに乗った“女太陽族”映画であるわけです。
が、この映画の本当のポイントはそういう社会風俗にあるのではなく、映画の中であまり脈絡もなく何度も登場する北原三枝の疾走する肉体、そしてラストにいきなり水着になり、背を向けて去って行くその肢体にあるといえるでしょう。当時の日本人の平均的体格とはおよそかけ離れた、いわばギリシャ的肉体美とでも表現したい美しさに、ただ見とれるばかりであります。
一度この映画をご覧になれば、石原裕次郎と結婚して引退してしまったことがいかに惜しいことであったのかを実感していただけることでしょう・・・

2005年08月10日

昔の“不倫”3

タイトル:『不倫』〜衛星劇場にて放映
1965・大映
監督:田中重雄 撮影:高橋通夫 原作:宇野鴻一郎
出演:若尾文子、川崎敬三、江波杏子

あらすじ:
結婚制度を憎悪する批評家(川崎敬三)には、かつて結婚することを条件として愛人(若尾文子)に関係を迫った過去があった。新たな愛人(江波杏子)との関係が発覚した後、奇妙な三人の同居生活が始まるが、次第に愛人(若尾)の様子がおかしくなりはじめ・・・

ポイント:
なんといっても、「不倫」と銘打っているにも関わらず、この映画の主人公は「結婚していない」というのがポイントであります。ま、確かに辞書によると「不倫」とは”人が踏み行うべき道から外れること”(岩波国語辞典第三版)となってますが、今となっては、「不倫=結婚している人の浮気」ですよね。
撮影の高橋通夫はアラン・レネの『二十四時間の情事』にも参加しているカメラマン。確かに白黒の画面で時折アップになる若尾文子や江波杏子はとても美しく撮れています。惜しくむらくは、ラストが近づくにつれ様子のおかしくなっていく若尾文子に、少々迫力が足らなく思われること。もし増村保造監督がこれを撮っていたらどうなっていたか、などと考えてしまうところでありました。





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