上脇博之 ある憲法研究者の情報発信の場

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2010年03月

元社保庁職員の政党機関紙配布の逆転無罪東京高裁判決とそれを高く評価する新聞社説その2

その1では、元社保庁職員の政党機関紙配布の逆転無罪東京高裁判決を紹介した。

以下では、その2として、同判決を高く評価する新聞社説を紹介し、記録に残すことにする。

(1)毎日新聞 2010年3月30日 2時30分
社説:公務員ビラ無罪 注目すべき問題提起だ
 旧社会保険庁職員が休日に共産党機関紙を配布した行為は、国家公務員の「政治的行為」として刑事罰に問われるべきか。
 東京高裁は、表現の自由を保障した憲法に反するとして、1審の有罪判決を破棄し、無罪を言い渡した。常識に照らせば、処罰は国家公務員の政治活動の自由に対する「限度を超えた制約」に当たるとする。おおむね妥当な判断ではないだろうか。
 判決は、インターネットの普及などにも触れて、表現・言論の自由に対する国民の認識は深まっているとの見解を示す。その上で「西欧先進国に比べ、国家公務員に対する政治的行為の禁止は、過度に広範過ぎる部分がある」とも指摘した。
 国家公務員法の禁止する「政治的行為」は、人事院規則で定められる。政党や政治団体の機関紙配布も含まれ、罰則もある。この規定について最高裁大法廷は74年、合憲判断を示している。
 東京高裁判決は、最高裁判例について「学説上多くの批判がある」と指摘しつつも、弁護側の主張する規定自体が違憲との主張は退けた。
 国家公務員の政治活動が際限なく許されることはあり得まい。どこまでなら許されるのか。高裁判決が、判断基準として、社会状況の変化と国民の法意識をモノサシとした点は新しい考え方だ。
 例えば、ビラ配りでも「中央省庁の幹部のように地位が高く、大きな職務権限を有する者、集団的、組織的に行われた場合は別だ」と述べる。どこからが幹部なのか議論の余地は残るものの具体的だ。
 今回、無罪とした根拠の一つが休日だった点だ。勤務時間外の活動について判決は「余暇の活用が言われる現代において、国民の目から見た場合、職務とは無関係という評価につながる」と指摘する。職種についても「例えば、運転手などは、行政固有のものでなく、行政の中立的運営が阻害されるとは考えられない」と踏み込んで言及している。
 折しも、政権交代が実現し、公務員制度改革が議題に上る時期である。政治の側は、司法からの問題提起の一つとして、公務員の政治活動のあり方、新たな基準作りの必要性について議論を始めてほしい。
 ビラ配布をめぐる司法判断が相次ぐ。最高裁は昨年、集合マンション内に入り共産党ビラを配った僧侶を住居侵入罪で有罪とした。だが、強引で行き過ぎる摘発は、言論活動の萎縮(いしゅく)を招き穏当ではない。
 今回も上告審で争われるとみられる。国家公務員の政治活動に「表現の自由」が絡む今日的なテーマだ。最高裁には時代の変化に即した明快な憲法判断を望みたい。

(2)沖縄タイムス社説2010年3月30日 09時58分
[政党紙配布に無罪]時代を踏まえた判決だ
 公務員が休日に、政党の機関紙を職場から離れた自宅近くのマンションの郵便受けに入れる。公務員は出先機関の職員で、幹部でもなく、職務とも関係がない。この行為が国家公務員として違法に当たるのだろうか。
 2003年10〜11月の衆院選前に、3回にわたって、東京都中央区のマンションなどに共産党機関紙「しんぶん赤旗」号外を配布したとして、国家公務員法違反(政治的行為)の罪に問われた元社会保険庁職員、堀越明男被告(56)の控訴審判決で、東京高裁は「罰則適用は表現の自由などを保障した憲法に違反する」として一審判決を破棄し、逆転無罪を言い渡した。
 常識的で、妥当な判決である。職場に悪影響を及ぼしたり、職務で行政の中立性を疑わせたりする行為でないことは明らかであるからだ。そもそも逮捕、起訴する事件だったのか。疑問を禁じ得ない。
 国家公務員法は行政の中立性を守るための法律だ。だからといって何から何まで政治的行為ととらえられては憲法が保障する表現や政治活動の自由もあったものではない。
 高裁判決は公務と関係のない私的・単発的行為だったと認定した。罰則適用も「やむを得ない限度を超えている」と指摘した。国は国家公務員法や具体的な禁止行為を定めた人事院規則などの見直しを迫られたと受け止めるべきだろう。堀越被告は「公務や職場と関係ない活動が、国家公務員という理由でなぜ犯罪になるのか」と過度な規制に疑問を投げ掛けていた。
 判例は1974年の「猿払(さるふつ)事件」の最高裁判決で、「公務員の政治的行為の禁止は、合理的で、必要やむを得ない場合に限り憲法上許される」とするものだ。北海道宗谷郡猿払村の郵便局職員が67年の衆院選で、旧日本社会党を支持するポスターを掲示・配布した事件で、最高裁で逆転有罪となった。あれから約35年。今回の高裁判決は公務員に対する国民の見方が変わり、先進国の動向にも反するようになっている―との趣旨を異例の付言で言及した。
 高裁判決が、勤務時間外の政治的行為の禁止は集団的、組織的でない限り、職務とは無関係、と国民の意識は変容しているというのはその通りだろう。一審東京地裁も「行政の中立性を直ちに侵害していない」としながら、判決は逆に罰金10万円、執行猶予2年の有罪としていた。
 罰金に執行猶予が付くのは極めて珍しく、限りなく無罪に近い有罪といわれた。
 表現の自由は民主主義の根幹を成す。2004年1月、自衛隊のイラク派遣を機に、ビラ入れなど微罪による逮捕が相次ぎ、表現の自由を萎縮(いしゅく)させると批判された。
 高裁判決は付言で「世界標準」にも触れた。国連の自由権規約委員会は08年10月、公務員の政治活動を過度に制約しないよう表現の自由と非合理的な法律上の制約を廃止するよう日本政府に勧告している。「職務外での政治活動は自由」「違反でも刑事罰はあり得ない」などが先進国の潮流だ。時代と国際的流れを踏まえた判決と評価したい。

(3)神戸新聞社説(2010/03/30 10:17)
公務員法違反/「逆転無罪」の判断は重い 
 公務員にも休日は仕事を離れ、ビラを配るぐらいの自由はある。たとえそれが特定政党の機関紙であったとしても。
 市民感覚とはそういうものだろう。そんな常識にかなう司法判断が示された。
 元社会保険庁職員が、2003年の衆院選前に東京都内のマンションなどで「しんぶん赤旗」の号外などを配布したとして国家公務員法違反容疑で逮捕、起訴された事件で、東京高裁はきのう、執行猶予の付いた罰金刑を科した一審判決を破棄し、無罪を言い渡した。
 被告の男性は「公務や職場と関係のない活動が、国家公務員という理由でなぜ犯罪になるのか」と一貫して訴えてきた。
 高裁判決は、この主張を全面的に支持する内容で、すとんと胸に落ちる。
 判決は、男性の行為について「休日に機関紙を郵便受けに投(とう)函(かん)しただけの単発的行為」とし、そのことをとらえて「行政の中立的運営と国民の信頼という保護法益が損なわれる危険性を認めるのは難しい」と指摘した。要するに、大げさに騒ぎ立てるほどのことではない、ということだ。
 その上で、判決はこうも言う。
 「罰則規定の適用は、国家公務員の政治活動の自由に対する必要やむを得ない限度を超えた制約を加えるもので、憲法違反の判断を免れない」
 権力が特定政党への嫌がらせ、見せしめに使われるようなことがあってはならない。そのほうが、よほど国民には有害だ。
 06年の一審判決は、最高裁判例を下敷きにしている。「猿払事件」と呼ばれるその上告審(1974年)で、最高裁は郵便職員が勤務時間外に公営の掲示板に選挙ポスターを張ったことは公務員の選挙活動に当たると認定し、罰金刑が確定した。
 今回の判決が画期的と思われるのは、公務員に対する国民の見方が冷戦下にあった当時と今とでは大きく異なると指摘した上で、異例の付言を添えたことだ。
 「わが国の国家公務員に対する政治的行為の禁止は一部とはいえ、過度に広範にすぎる部分があり、憲法上問題がある」として続ける。「表現の自由、言論の自由の重要性に対する認識は一層深まっており、公務員の政治的行為も、刑事罰の対象とすることの当否、範囲を含め、再検討、整理されるべき時代が到来している」
 公務員の中立性は、表現や政治活動の自由と対立するものではない。公務員制度の論議にもそんな視点が欠かせない。

(4)朝日新聞2010年3月30日(火)付
「赤旗」配布無罪―時代に沿う当然の判断だ
 国家公務員が休日に、公務と関係なく、政党の機関紙を配布したことを処罰するのは、表現の自由を保障した憲法に違反する。そんな判断を東京高裁が示した。
 公務員の政治活動に対するこれまでの規制の範囲は、不必要に広すぎた。表現の自由は民主主義国家の政治的基盤を根元から支えるものだ。そう言い切った判決の論旨を高く評価したい。
 被告は旧社会保険庁職員。2003年の衆院選前に、共産党機関紙「しんぶん赤旗」を自宅近くのマンションの郵便受けに配ったとして、国家公務員法違反(政治的行為の制限)の罪に問われた。同法とそれに基づく人事院規則は政党の機関紙などを発行、編集、配布してはならないなどと定める。
 公務員の政治活動については、「猿払(さるふつ)事件」についての1974年の最高裁大法廷判決が、長く合憲性判断の基準とされてきた。衆院選で社会党(当時)の選挙ポスターを掲示、配布した郵便局員を有罪とした判決である。
 猿払判決は、国家公務員の政治活動について、その公務員の地位や職種、勤務時間であったか否かなどのいかんを問わず、幅広く禁止できるという判断を打ち出した。
 今回、高裁判決は、この点について明確に疑義を呈した。公務員に対する国民の意識が変わったからだという。
 猿払事件当時は東西冷戦下、左右のイデオロギー対立が続いていた。社会情勢の不安定さもあって、公務員の政治活動についても、その影響力を強く考えがちだった。しかし、現在は民主主義が成熟し、表現の自由が大切だという認識も深まっている。
 こんな見方に立ち、判決は被告への罰則適用について「必要な限度」を超えていると指摘。公務員の政治活動そのものについても、許される範囲などについて「再検討され、整理されるべき時代」が来ていると述べた。
 妥当な、思慮深い判断である。
 もとより猿払判決には、かねて学界などから批判が多かった。今回の高裁判決は、時代や国民意識の変化を見極めたうえでの結論なのだろうが、むしろ裁判所の意識がようやく国民に追いついたという方が正確ではないか。そのことは指摘しておきたい。
 今回の事件では警察の捜査手法も問題となった。大量の捜査員を投入し、長期間尾行し、ビデオに撮るなど、異様さが際だった。
 ここ数年、ビラを配布しただけで刑罰に問われる事件も目立つ。いかにも軽微な行為を罪に問うことが横行すれば、社会は萎縮(いしゅく)してしまう。民主主義にとっては大きな妨げである。
 裁判は上告審に移り、論争が続く可能性が高いという。最高裁には、今回の高裁判決を踏まえた賢明な判断を求めたい。

(5)愛媛新聞社説2010年03月30日(火)付
機関紙配布逆転無罪 異例の付言に耳を傾けよ
 公務員の身分で共産党機関紙を配布したとして、国家公務員法違反(政治的行為)の罪に問われた元社会保険庁職員に対し、東京高裁は一審判決を破棄し、逆転無罪を言い渡した。
 国家公務員の政治的行為制限については、これまでも憲法が保障する表現や政治活動の自由との兼ね合いが問われてきた。高裁判決は、表現の自由を尊重するとともに、刑罰の適用に慎重な検討を求めるもので妥当な判断だ。
 元職員は衆院選を控えた2003年秋に機関紙号外などを配布して逮捕、起訴された。勤務時間外の私的行為で行政の中立性を侵害しないとして無罪を訴えていた。
 高裁は主張通り単独判断による単発行為と認定し、罰則の適用は憲法違反だと判断した。そもそも罰金刑を言い渡した一審も同じ理由から執行猶予をつけており、処罰の必要性については大いに疑問があったといってよい。
 当初から逮捕は行き過ぎだと批判されていた。04年当時は、ビラや機関紙配布に対して住居侵入や国家公務員法違反容疑での立件が相次いでいる。恣意(しい)的捜査がなかったかについて検証が必要だ。
 政治活動制限の憲法判断としては、郵政事務官による衆院選候補者ポスターの掲示・配布が問われた猿払事件がある。最高裁は1974年に「(制限が)合理的でやむを得ない限度にとどまる限り憲法に違反しない」との判断を示し、今事件の一審や類似事件の判決で踏襲されてきた。
 罰則適用を「必要やむを得ない限度を超えた制約」とした高裁も、大枠は最高裁判決をふまえる。国家公務員法の政治活動の制限そのものについても合憲とした。
 ただ、一歩踏み出した判決として特筆すべき点がある。国内外の社会的情勢の変化をふまえた法規定見直しの必要性に言及したのだ。
 指摘する変化のひとつは国民の意識。民主主義の成熟に伴って表現の自由に対する認識が深まり、公務員の政治的行為に対しても許容的になったとする。処罰については、国民の常識に照らして慎重に判断すべきとの見解だ。
 さらに世界標準の視点から見直しを求める。西欧先進国などと比べ規制が広範であることに触れ、刑事罰対象とすることの当否や範囲の再検討を促す異例の付言をした。
 公務員には行政運営の中立性を守る必要はあるが、過度な制限による表現の自由の侵害は避けねばならない。そのバランスは難しいが、市民感覚とかけ離れてはならないということだろう。
 選挙制度や政治活動のあり方について、見直すべき時期にあることは確かだ。高裁判決をふまえ国会の議論も加速させたい。

(6)神奈川新聞社説2010年3月30日
ビラ配布無罪表現の自由こそ大切だ
 イラクへの自衛隊派遣反対や憲法9条擁護を訴える政党ビラを、休日に自宅周辺で配ったことが国家公務員法違反(政治的行為の制限)の罪に問われた元社会保険庁職員の控訴審で、東京高裁が「罰則適用は憲法違反」として一審の有罪判決を破棄、無罪判決を言い渡した。国家公務員とはいえ、市民として原則的に政治的行為の自由を認めたもので、表現の自由の重要性を考え合わせても判決は妥当と言えよう。
 国家公務員法102条とその具体的内容を定めた人事院規則は、政治的中立性維持のためとして、政党機関紙の配布を含め、国家公務員の政治活動を幅広く禁止している。欧米では公務員が勤務時間外に職務と関係なく行う政治的行為は原則自由とみなされており、日本の規定は国際的にみても厳しく異例のものである。
 そのため同条などは憲法違反の疑いが指摘されてきた。「猿払事件」の最高裁判決(1974年)では合憲とされたが、批判を受けたこともあり、その後は長らく適用されずにきた。同条での起訴は37年ぶりになる。
 高裁判決は「猿払事件」最高裁判決の枠組みを踏襲しているものの、制限が「過度に広範すぎる部分があり、憲法上問題」と明言。刑事罰の対象とすることの当否、範囲などは「再検討、整理されるべき時代が到来している」と指摘した。国会、政府は判決で示された問題提起を踏まえ、同法や規則の改正を検討する必要があろう。
 イラクへの自衛隊派遣後、反戦ビラの配布活動に対する取り締まりが強化され、当事者が逮捕、起訴される事件が相次いだ。発端の立川反戦ビラ事件では住居侵入罪が適用され、今回の事件では37年ぶりに国家公務員法違反とされた。いずれも強引に法令を適用した「微罪逮捕」の印象がぬぐえず、政府の決定に反対する表現を狙い撃ちにしたような、逮捕のための逮捕という見方も否めない。
 一審判決では警察官によるビデオの隠し撮りの一部が被告の肖像権、プライバシーとの関係で「相当と認められる限度を超えているというほかなく違法」と認定された。警察、検察による行き過ぎの捜査と言われても致し方あるまい。司法は憲法に基づき、権力の過度の締め付けをチェックし、国民の人権を守る役割を果たしてほしい。

(7)[京都新聞 2010年03月30日掲載]
機関紙配布無罪  公務員の中立、議論を
 政治的に中立であるべき公務員が政党の機関紙を配ったとして、国家公務員法違反(政治的行為)の罪に問われた元社会保険庁職員の控訴審判決で、東京高裁が、罰金10万円、執行猶予2年とした一審の有罪判決を破棄し、逆転無罪を言い渡した。
 裁判長は「本件の罰則適用は、公務員の政治活動の自由に対する限度を超えた制約を加え、憲法違反との判断を免れない」と理由を説明した。
 判決などによると、職員は機関紙の発行や編集に携わったわけではなく、休日に職場を離れた自宅周辺で、公務員の立場を利用することなしに、機関紙などを郵便受けに投函したにすぎないという。
 常識的に、ここまで公務と無関係な行為にまで罰則を科すのは、やりすぎのように思われる。判決は、公務員の政治的中立や公私のあり方に、一石を投じたのではないか。
 この職員は、東京都内の社会保険事務所の係長をしていた2003年、衆院選で共産党を支持する目的で、「しんぶん赤旗号外」などを都内の約130カ所に配布したとされる。
 国家公務員法と人事院規則は、カンパ集めや演説、政治的文書の作成などとともに、機関紙配布を政治的行為として禁じている。
 郵政事務官が旧社会党の選挙ポスターを配った北海道猿払村の事件では、最高裁が1974年、二審の無罪判決を破棄して罰金刑を言い渡した。
 今回の件で一審の東京地裁は、これを踏襲したといえる。
 しかしそれは30年以上も前、東西冷戦下にあった社会情勢に基づいた判断でもある。
 戦前の「お上」意識が色濃く残るのなら、勤務時間外でも公務員の活動は大きな影響を及ぼすが、今はそうではない。
 判決理由のあとの付言で、公務員の政治的行為も表現の自由の発現として、刑事罰の対象とすることの当否、範囲などが再検討されるべきとした。
 うなずく部分が少なからずある提言、と受け止めたい。
 昨年の政権交代によって、公務員のあり方は今後、さらに大きく変わっていきそうだ。
 民主党を中心とする新政権は、国家公務員の幹部人事の内閣一元化を盛り込んだ国家公務員法改正案を閣議決定、「天下り」の根絶とともに、労働基本権を見直す公務員制度改革に乗り出す方針を示している。
 その際には、政権の掲げる「政治主導」と、公務員の政治的中立の折り合いの付け方も当然、論点として浮上してこよう。
 公務員が政治的に中立であるべき範囲をどう定めるのか、今回の判決を機に広く議論されることを願う。

(8)=2010/03/31付 西日本新聞朝刊=2010年3月31日 10:56
政党紙配布無罪 時代の変化に沿う判断だ
 時代の変化とともに、表現の自由や公務員の政治的中立性の在り方も変わってしかるべきだ−。東京高裁が判決で言わんとしたことは、こういうことだろう。
 共産党機関紙を近所に配ったとして、国家公務員法違反(政治的行為)の罪に問われた元社会保険庁職員の控訴審判決で、罰金10万円、執行猶予2年の一審判決を破棄、逆転無罪を言い渡した。
 被告は衆院選を控えた2003年10―11月、東京都中央区のマンションで「しんぶん赤旗」号外を配布した、などとして04年3月に逮捕、在宅起訴された。
 同罪での国家公務員起訴は、郵政事務官が旧社会党の選挙ポスターを配るなどした北海道・猿払(さるふつ)事件(1974年に最高裁で罰金刑確定)以来だった。それだけに政治的行為の制限違反による立件は異例といえ、当時、識者からも「逮捕は行き過ぎ」との批判が出ていた。
 一審の東京地裁は、支持政党の政策を幅広く知らせる行為で、公務員の政治的中立性を著しく損なったとして有罪の判断を下した。一方で「勤務時間外の行為で、行政の中立性への国民の信頼を侵害する具体的危険を生んでいない」として罰金刑では異例の執行猶予も付けた。
 東京高裁は今回、被告が管理職でないうえ、公務員と明らかにせず、休日に配っていた点を重視。猿払事件の最高裁判決当時は「冷戦中で不安定な社会情勢にあり、公務員の影響力を強く考える傾向にあった」と指摘し、民主主義や情報社会が進んだ現在は国民の意識も大きく変わったとして、一般公務員の刑事処罰には「より慎重な検討が必要」とした。
 さらに、公務員の政治的行為の規制も西欧先進国などと比べ厳しく「憲法上問題がある」と踏み込み、「さまざまな視点のもとに、刑事罰の対象とするかどうかや、その範囲などを再検討する時代が到来している」とまで付言した。
 「時代の変化をとらえ、表現の自由や公務員の政治的中立性の問題を見直した」との声も上がる。妥当な評価だろう。法解釈にとどまらず、世界情勢を踏まえながら丁寧に審議した形跡もうかがえ、裁判官の視野の広さを感じる。
 裁判長は判決後、一審の執行猶予に触れ「極めて異例の判断をしており、一審の裁判官たちも同じ意識を持っていたと思う」としたうえで「最高裁に可能な限り資料を提供するため法律学者らの意見も多く聞き、相当の時間を費やした。理解してほしい」と被告に述べた。
 検察側が上告するのは確実で、舞台は上告審に移る。最高裁には、高裁の審議を踏まえて建設的な判断を求めたい。
 被告が逮捕された当時はイラクに自衛隊が派遣され、自衛隊官舎に反戦ビラを入れた運動家が住居侵入容疑で逮捕されるなど、市民の政治活動が刑事罰に問われる事件が目立ったのも事実である。
 今回の判決を機に、多様な意見を受け入れる社会こそが民主主義の原点であることを再認識しておきたい。

(9)河北新報 社説2010年03月31日水曜日
社説公務員の政治活動/「自由」の幅を考えてみる 
 暮らしの場での日々の気分は公務員に対する視線が厳しくなりがちだ。社会保険庁の職員がマンションで政党の機関紙を配布していたとなれば、向けられる目がさらに険しくなるのはある程度、仕方がない。
 いや、それでも、逮捕して刑事罰を科すほどかどうかの判断は慎重でありたい。政治活動の制約は「必要やむを得ない限度」で。原則にこだわって表現の自由の大切さをあらためて確認しよう。そう語り掛けるようにして、国家公務員法違反罪に逆転無罪が言い渡された。
 今度の東京高裁判決で特に注目したいのは、「判断で最も重要なのは国民の法意識」と指摘し、それは「時代や政治、社会の変動によって変容する」と述べている点だ。
 公務員の政治的中立を、どう考えたらいいか。北海道教職員組合(北教組)の違法献金事件で問い直されている問題でもある。判決の指摘は、有権者一人一人に政治活動の自由と制約の在り方を見つめ直すよう促している。そう受け止めたい。
 被告は共産党機関紙を配った元社会保険事務所職員。一審判決は罰金10万円、執行猶予2年だった。高裁は、休日に自宅周辺の郵便受けに無言で配布した単発行為だったと認定し、「行政の中立的運営と国民の信頼を損ねる危険性を肯定するのは困難だ」と判断した。
 もちろん、高裁判決が公務員の政治活動の許容範囲を無限としたわけではない。活動が「集団的、組織的な場合」は別の議論が必要だと強調。政治的中立性を損なう恐れのある政治的行為を禁止し、罰則規定を設けること自体は合憲としている。
 興味深いのは、罰則規定を合憲とした最高裁判決(1974年)以後の日本社会の変化と、国際的な動向に目を向けながら、公務員の「政治的自由」の幅を論じていることである。
 「当時は国際的に冷戦下にあり、国民も『官』を『民』より上にとらえていたが、その後、大きく変わった」
 「国民の法意識も変容し、表現の自由、言論の自由の重要性に対する認識はより一層深まっている」
 「さまざまな分野でグローバル化が進む中で、この問題は世界標準という視点からも考えられるべきだろう」
 公務員の団体が政権の座に就いた民主党の一陣営に資金提供したとして、幹部らが政治資金規正法違反に問われているのが、北教組の事件である。
 教員の政治的行為は国家公務員と同様に制限されているが、教育公務員特例法によって罰則は適用されない。自民党とみんなの党は罰則を設ける改正案を衆院に提出した。
 公務員労組からの特定政党への資金提供は、中立性を疑わせないか。かといって今、新しい罰則は不可欠なのか。自由の幅をよく見定める必要がある。
 国民意識の「変容」の仕方次第によっては、自由の幅が逆に狭くなってしまう危険性もある。表現の自由の大切さに折々に思いを巡らせる心の構えを忘れないようにしたい。

(10)東京新聞社説2010年3月31日
ビラ配布無罪 言論封殺の捜査にクギ
 政党ビラ配布で罪に問われた元社会保険庁職員に「逆転無罪」の高裁判決が出た。「表現の自由」を重視した内容だ。“微罪”でくるみ、言論を封殺するような捜査にクギを刺したといえよう。
 元職員が配布したのは、共産党の機関紙などだ。それが国家公務員法で定めた「政治的行為の制限」に抵触するとして起訴された。類似行為が罪に問われたのは、北海道の郵便局員が旧社会党のポスターを張った事件で、それ以来、約四十年ぶりだった。同事件は最高裁で有罪となり、判例が生きていた。
 だが、今回は、休日中の行為で、元職員は公務員だと明かしていない。東京高裁は「国民が行政の中立性に疑問を抱くとは考えがたい」としたうえ、「罰則規定の適用は、表現の自由を保障した憲法に違反する」と明確に述べた。
 何より「表現の自由がとりわけ重要な権利だという認識が深まっている」と踏み込んだことは大いに評価できる。判決文が指摘するように、冷戦終結後はイデオロギー的対立の状況も落ち着き、時代は変わった。国民の意識も変わった。公務員の政治的行為の禁止範囲は、世界標準でみても広すぎるのだ。
 そもそも、警察の捜査自体が、常識からかけ離れてはいないか。尾行は二十九日間に及び、多い時は十一人もの捜査官で元職員の行動を監視した。三、四台の捜査車両を使い、四台から六台のビデオカメラを回し、撮影を繰り返したのだ。立ち寄り先や接触人物まで確認するのは異様で、戦前の暗い風景を思い起こさせる。時代錯誤ではないか。
 判決では、かつては「官」を「お上」視して、公務員の影響力を強く考える傾向があったという。むしろ、捜査の現実は、依然、「官」たる警察が、“微罪”捜査のために、「お上」の強大な権限をフルに活用していると映る。捜査当局は「無罪」の判決をもっと厳粛に受け止めるべきだ。
 ビラ配布の事件では、一貫して、共産党や「反戦」を訴える人々を対象に起訴し、これまで有罪に持ち込んできた。この事態に国連の委員会が「懸念」を表明し、表現の自由への不合理な制限を撤廃するよう政府に勧告している。
 公務員制度改革や公務員の争議権も議論の俎上(そじょう)に載っている。政治活動の許容範囲について、最高裁にも国際世論や時代の変化を踏まえた判断を求めたい。

(11)徳島新聞社説 3月31日付
公務員「赤旗」配布 逆転無罪は妥当な判断だ
 公務員の身分で共産党機関紙「しんぶん赤旗」を近所に配ったとして、国家公務員法違反(政治的行為)の罪に問われた元社会保険庁職員の控訴審判決で、東京高裁が逆転無罪を言い渡した。
 裁判長は、国家公務員法による政治活動の制限そのものは合憲とした。しかし、被告が行った機関紙配布行為を罰することについては「表現の自由などを保障した憲法に違反する」との判断を示した。
 表現や政治活動の自由は民主主義の根幹である。国家公務員だからといって、それを制限し過ぎるのは問題だ。判決は、公務員の政治活動に対する過度な規制を戒める内容であり、妥当と言える。
 判決は、被告の行動について休日に機関紙を郵便受けに投函(とうかん)しただけの単発的行為とし、「行政の中立的運営と国民の信頼という保護法益が損なわれる危険性を認めるのは難しい」と指摘。罰則の適用については「政治活動の自由に対し限度を超えた制約を加えていると言わざるを得ない」とした。
 休日の私的行為だったことを重視し、憲法が保障する表現や政治活動の自由を最大限尊重した姿勢は評価できる。
 注目したいのは、公務員の政治活動の規制について、裁判長が次のように異例の付言をしたことである。
 「国家公務員への政治的行為の禁止は、諸外国と比べて広範なものになっている。グローバル化が進む中で、世界標準の視点などからも再検討される時代が到来している」
 時代の進展とともに、表現の自由や言論の自由に対する国民の認識は深まってきている。
 行政の中立性を保つ視点は忘れてはならないが、時代の流れも踏まえなければならない。公務員の政治活動をどこまで許容するのか、あらためて考えてみる必要がある。

(12)岩手日報 論説 (2010.3.31)
「赤旗配布」逆転無罪 時代を問うメッセージ
 米国では、「表現の自由」の絶対的保障を例えて「自国の国旗を焼くのも自由」と言われる。日本でも、戦時下の言論弾圧を苦い経験として、新憲法下で最も尊重されるべき自由権とされてきた。
 共産党の「しんぶん赤旗」を配ったとして、国家公務員法(政治的行為の制限)違反罪に問われた元社会保険庁職員に逆転無罪を言い渡した東京高裁判決は、時代の変化に応じ、さまざまな視点から公務員の政治的行為の問題を整理、再検討すべき―とした点で、戦後憲法の精神を最大限くみ取った判断と言える。
 元職員は、2004年3月に在宅起訴された。国家公務員が政治的行為の制限違反で刑事責任を問われたのは、北海道の郵便局職員が1967年の衆院選で社会党(当時)候補者のポスターを張り、摘発された事件以来。いわゆる「猿払(さるふつ)事件」だ。
 同事件は一、二審は無罪となったが、最高裁は74年11月に「公務員の政治的行為の禁止は、合理的で、必要やむを得ない場合に限り憲法上許される」との判断を示し、逆転して罰金刑が確定した。
 今回の東京高裁判決は、その判例を踏襲しつつも「(規制の)判断で最も重要なのは国民の法意識であり、時代や政治、社会の変動によって変容する」と、社会情勢の変化を強調。元職員の行為は、休日に、職場を離れた場所で、公務員であることを明らかにせず、無言で郵便受けに政党機関紙などを配布したにとどまる―と断じた。
 同じ行為が最高裁で罪とされた36年前といえば、東西社会の冷戦下、国内でもイデオロギーの対立が顕著だった時代。「お上」の政治活動に対する警戒感が、今より数段強かったのは確かだろう。
 現在、公務員制度改革にかかわって争議権付与が課題になるなど官と民の関係性は大きく変化した。この間、同種事件で国公法を適用した起訴がなかったのは、猿払事件の判例に当時から異論が多かったことと無縁ではあるまい。裁判員制度の導入などに伴って、ようやく司法も国民目線に目覚めたようでもある。
 半面で取り締まる側が30年ぶりに同法を適用したのは、錯綜(さくそう)する「社会情勢」を示唆する。元社保庁職員が逮捕された翌05年には、警視庁官舎で共産党機関紙を配布したとして厚労省課長補佐(当時)が住居侵入の現行犯で逮捕され、国公法違反の疑いで追送検。一審で有罪となり、控訴審で無罪を主張している。
 共産党のビラをマンションで配布した僧侶や、自衛隊官舎に「イラク派兵反対」のビラを配った市民運動家らが、ともに住居侵入罪に問われ、最高裁で有罪が確定してもいる。こうした摘発も時代の反映だとしたら、何とも窮屈な思いが否めない。
 今回の事件は、上告審で争われる可能性が高い。表現や政治活動の自由と、罰則のバランスをどう図るか。高裁判決のメッセージを、公務員の問題とせず、広く社会の在り方を考える契機としたい。
                      遠藤泉

元社保庁職員の政党機関紙配布の逆転無罪東京高裁判決とそれを高く評価する新聞社説その1

(1)2008年4月、最高裁は、いわゆる反戦ビラ配布事件で、防衛庁の立川宿舎に入りビラを配布する行為を住居侵入罪(刑法130法)で処罰しても、それは違憲ではない、という恐ろしい判決を下し、これに対して批判を加えておいたし、また、同判決を歓迎する読売新聞社説を批判しておいた。
さらに、同判決を批判する法学者声明も紹介しておいたし、同年11月には、国連自由権規約委員会「最終見解」と「立川反戦ビラ弾圧救援会」の声明なども紹介しておいた。

(2)昨年(2009年)11月末、最高裁は、政党のビラを配布するためマンションに立ち入ったとして住居侵入罪に問われた方の上告を棄却したが、これについても批判しておいた。

(3)先日(今年3月29日)、休日に政党の機関紙を配布したとして、国家公務員法違反(政治的行為の制限)の罪に問われた元社保庁職員の控訴審で、東京高裁は、罰金10万円、執行猶予2年とした一審・東京地裁判決を破棄し、無罪とする判決を言い渡した。
先の2つの最高裁判決は、住居侵入の罪に問われた事案であったが、この高裁判決は、国家公務員法違反の罪に問われた事案であった。

本判決が、政治的行為を委任により実質的に全面禁止している、国家公務員法の規定を違憲とはしていない等の点で100点満点の評価ができるのかは検討を要するものの、少なくとも、表現の自由の保障の重要性を認め、無罪にした点で、本判決は、当然の結論であり、憲法学における常識的なものだったといえよう。

以下では、その報道と、同判決を高く評価する新聞社説を紹介し、記録に残すことにしたい。
字数制限があるので、新聞社説は、次の投稿で紹介する。

(4)本判決の新聞報道
朝日新聞2010年3月29日10時17分
政党機関紙配布、元社保庁職員に逆転無罪 東京高裁

 休日に政党の機関紙を配布したとして、国家公務員法違反(政治的行為の制限)の罪に問われた旧社会保険庁(現日本年金機構)の年金審査官だった堀越明男被告(56)の控訴審で、東京高裁は29日、罰金10万円、執行猶予2年とした一審・東京地裁判決を破棄し、無罪とする判決を言い渡した。中山隆夫裁判長は「このような配布に同法の罰則規定を適用するのは国家公務員の政治活動に限度を超えた制約を加えることになり、表現の自由を保障した憲法に反する」との判断を示した。
 堀越元審査官は2003年の衆院選前に共産党の機関紙「しんぶん赤旗」の号外などを自宅近くのマンションで配ったとして起訴された。国家公務員が同法違反の罪で起訴されたのは、社会党(当時)のポスターを掲示・配布した郵便局職員が1974年の最高裁大法廷判決で有罪(一、二審は無罪)となった「猿払(さるふつ)事件」以来だった。
 この日の判決は「国家公務員の政治的行為を制限した国家公務員法の規定は合憲」と述べ、猿払事件判決の司法判断の大枠は維持した。その一方で「国民の法意識は時代の進展や政治的、社会的状況の変動によって変容する」と指摘。猿払事件当時と比べて「民主主義は成熟し、表現の自由が重要な権利であるという認識が一層深まっている」との状況認識を示し、「公務員の政治活動を全面的に禁止することは、不必要に広すぎる面がある」とした。
 そのうえで、起訴された元審査官の行為を検討。元審査官は社会保険事務所に勤務する事務官で、職務に裁量の余地がなく管理職でもない▽休日に勤務先やその職務とかかわりなく、勤務先から離れた自宅周辺で、公務員であることを明らかにせずに配布しており、目撃した一般国民がいたとしても、公務員の政治的行為と認識する可能性はなかった――と言及した。
 さらに、機関紙の発行、編集をするのに比べると政治的な偏向が認められないことや、集団的な政治行為ではなかった点も考慮。「行政の中立的運営や国民の信頼という保護法益が損なわれる抽象的危険性があるとするのは、常識的に見て困難だ」と結論づけた。
 中山裁判長は判決理由の最後に「付言」として国家公務員の政治的行為の禁止について言及。諸外国と比べても厳しく、制定当時と比べても大きな社会意識の変化が起きていることや、地方公務員に対する制限とも異なることを踏まえ、「組織的に行われたものや、ほかの違反行為を伴うものを除けば、表現の自由の発現として、相当程度許容的になってきている」と指摘。「刑事罰の対象とすることの当否、その範囲などを含め、再検討され、整理されるべき時代が到来しているように思われる」と述べた。
 06年の一審判決は、猿払事件の最高裁判決を踏襲して、堀越元審査官の行為を「政治的中立性を損なう恐れがある」と指摘。「公務員の政治的行為が禁止されていることを認識しながら、支持政党の機関紙を配布したことは正当化できない」と述べ、執行猶予付きの罰金刑を言い渡した。このため、有罪を不服とした弁護側と、量刑を不服とした検察側の双方が控訴していた。(向井宏樹)
     ◇
 〈公務員の政治的行為〉 国家公務員は国家公務員法によって政治的行為が禁止されている。人事院規則で具体的な禁止行為が定められ、政党や政治団体の機関紙の発刊や編集、配布のほか、政党への勧誘、署名活動、集会で政治的目的を持つ意見を述べることなどが禁じられている。現在の法定刑は3年以下の懲役、または100万円以下の罰金。地方公務員も、地方公務員法で政治的行為が制限されている。

(5)本判決要旨
毎日新聞 2010年3月30日 東京朝刊
旧社保庁職員の「赤旗」配布:東京高裁判決(要旨)

 国家公務員法違反に問われた堀越明男被告を逆転無罪とした29日の東京高裁判決の要旨は次の通り。

 被告の配布行為は、国民の法意識に照らせば、国の行政の中立的運営及びそれに対する国民信頼の確保を抽象的にも侵害するものとは常識的に考えられず、配布行為に罰則規定を適用することは、国家公務員の政治活動の自由に必要やむを得ない限度を超えた制約を加え処罰対象とするものと言わざるを得ず、違憲であると考える。
 中央省庁幹部のように地位が高く、大きな職務権限を有する者によって行われた場合や、集団的、組織的に行われた場合は別であろう。前者については、勤務時間外に行われたとしても、後者については、その公務員の地位や職種、職務権限等にかかわらず、いずれも国民の目から見ても行政の中立的運営に強い疑いを招きかねないものであり規制の必要があることは明らかであろう。また個人的に行われた場合でも、他の公務員によって集団的に行われていることを認識しながら、その行為に出たような時も「規制の必要は明らかに不要」と断じることはできない。
 人事院規則で禁止されている政治的行為には、職種や職務権限、職務内容、あるいは勤務時間外ということから、過度に広範に過ぎると想定されるものがあるが、具体的な法適用の場面で適正に対応することが可能であることを考えると、過度の広範性や不明確性を大きくとらえ、法及び規則の規制をすべて違憲であるとすることは、現時点においては、決して合理的な思考ではない。
 本件は地方出先機関の旧社会保険事務所に勤務する厚生労働事務官で、職務内容、職務権限は利用者からの年金相談に対しコンピューターからのデータに基づき回答等を行うという裁量の余地のないもので、管理職でもなかった被告が、休日に勤務先やその職務とかかわりなく、勤務先の所在地や管轄区域から離れた居住地の周辺で、公務員であることを明らかにせず、無言で居宅や事務所等の郵便受けに政党の機関紙や政治的文書を配布したものである。
 行為を目撃した国民がいたとしても、国家公務員による政治的行為であることを認識する可能性がなかったものと認められるし、郵便受けへの投函(とうかん)にとどまり、発行や編集といった行為に比べ、政治的偏向が明らかに認められるというものではない。
 さらに、当時、他の公務員によって、同様の配布行為が集団的に行われていた形跡もない。単独の判断による単発行為であったことは明らかである。行政の中立的運営及び国民の信頼という保護法益が損なわれる抽象的危険性を肯定することは困難である。従って罰則規定を適用することは憲法に違反するとの判断を免れず無罪である。
 なお付言すると、わが国の国家公務員に対する政治的行為の禁止は諸外国、とりわけ西欧先進国に比べ非常に広範なものとなっていることは否定しがたい。また地方公務員法との整合性にも問題があるほか、規則による政治的行為の禁止は法体系全体から見た場合、さまざまな矛盾がある。
 北海道猿払(さるふつ)村の同種事件を有罪とした最高裁判決(74年)以降の時代の進展、経済的、社会的状況の変革の中で国民の法意識も変容し、表現の自由、言論の自由の重要性に対する認識は一層深まっており、公務員の政治的行為についても許容的になっているように思われる。
 さまざまな分野でグローバル化が進む中、世界標準という視点からも改めて考えられるべきだ。刑事罰の対象とすることの当否、範囲等を含め整理されるべき時代が到来しているように思われる。

(つづく)

企業・団体献金の全面禁止と「民主主義のコスト」の充実

(1)政治資金規正法の抜本改正について、民主党の小沢一郎幹事長は、昨年(2009年)10月中旬頃、「新しい日本をつくる国民会議」(21世紀臨調)に「諮問」した。

「21世紀臨調」は、「民主党系シンクタンク」でも「民主党の下請け機関」でもないということで、「答申」を出すのではなく「提言」を行うようだ。

(2)政治資金規正法の抜本改正についての「21世紀臨調」の「提言」は、今年2月中旬に提出されると報じられた
今は3月末。
だが、いまだに、その報道はない。
「21世紀臨調」のHPを見ても、当該「提言」を発表したとは紹介されてはいない。

何故なのだろうか?
全く不可解だ。

(3)議会制民主主義といえるためには、普通選挙や議会(国会)の採用以外に、少なくとも、民意を国会(衆参各院)に正確かつ公正に反映する選挙制度を採用していること、選挙や政治が制度上カネで買われないような政治資金制度になっていること、選挙運動の自由がきちんと保障されていることが必要であるが、後者の3つについては、いまだに実現していないと指摘した。

このうち、民主党は、小選挙区制の廃止については全く期待できないどころかそれに逆行する危険性があるものの、企業・団体献金の全面禁止と戸別訪問の解禁について実現する可能性がある。

自民党政権ではその可能性さえ考えられないことであった。
両者が実現すれば、議会制民主主義の確立に大きく一歩踏み出すことになる。

(4)民主党は、「21世紀臨調」の提言を待つ必要はない。
与野党の協議機関の設置に野党が反対するようであれば、私たちの提案を受け入れて、企業・団体が政治献金することや政治資金パーティー券を購入することを全面的に禁止すること等を盛り込んだ政治資金規正法改正案を国会に提出し、一日も早い成立を目指すべきである。

法的にも政治的にも問題のある企業・団体献金の全面禁止等を即座に実現するようであれば、議会制民主主義の活性化のために、「民主主義のコスト」についても、その充実と拡充を真剣に考えることが、必要になるだろう。
これについては、すでに私見を書いているが、そのときよりも少し具体的に私案を発表することにしたい。

(5)選挙に関して言えば、第一に、大金の工面と支出を抑えるために、供託金制度の廃止が必要である。
これは、普通選挙における被選挙権の保障の点で問題があるという立場からも求められる改革である。

たとえ一気に廃止できないとしても、供託金の没収は止めるべきである。
被選挙権の行使をしてカネを没収されることがあるとのは、被選挙権の権利性を否定しているようなものだからだ。

(6)第二に、いわゆる選挙公営についても、その拡充を検討すべきである。

その内容は、現在、以下のようなものになっている(参照、選挙制度研究会編『実務と研修のためのわかりやすい公職選挙法[第13次改訂版]』ぎょうせい・2003年227−230頁)。

「選挙管理委員会がその全部を行うもの」として「投票記載所の氏名等の掲示」。

「内容は候補者等が提供するが、その実施は選挙管理委員会が行うもの」として「ポスター掲示板の設置」と「選挙公報の発行」。

「選挙管理委員会は便宜を提供するが、その実施は候補者が行うもの」として「演説会の公営施設使用」。

「選挙管理委員会は実施には直接関与しないが、その経費の負担のみを行うもの」として「選挙運動用自動車の使用」「通常葉書の交付」「通常葉書の作成」「ビラの作成」「選挙事務所の立札・看板の作成」「選挙運動用自動車等の立札・看板の作成」「ポスターの作成」「新聞広告」「政見放送」「経歴放送」「演説会場の立札・看板の作成」「特殊乗車券等の無料交付」。

これらについて、現在、供託金が没収されないこと、あるいは一定数の得票率を条件としているものがあるが、このような条件は撤廃すべきである。
また、選挙の種類についても限定されている(例えば、小選挙区では公営選挙があるが、比例代表選挙ではそうではないものがある、など)が、この限定も取っ払い、対象を拡充すべきである。

これも被選挙権の実質的な保障になるから、尚更拡充が要請されるが、拡充されれば、支出を抑えることにもつながるだろう。

(7)第三に、戸別訪問も解禁するなど「べからず選挙」を止めるべきである

そうすれば、候補者や議員が主権者国民・住民に直接政策を訴えることが容易になり、政策選挙が実現するし、個人の寄付を集める機会をつくることができるだろう。

これとの関係で言えば、寄付への税制上の優遇措置も今以上に拡充すべきである。

(8)次に、国会活動に関して言えば、第一に、「文書通信交通滞在費」と、「立法事務費」がある。
いずれも、公費である。

後者は、会派に対して議員一人につき毎月65万円で年間780万円が交付されている。
政党や議員から実態の説明を受けた上で、これを増額しても良いだろう。

また、立法事務費は、現在、会派に交付されているが、個人で交付を受けたい議員もあるだろうから、これまでどおり会派への交付を希望するのか、それとも議員個人への交付を希望するのか、本人に確認したうえで交付がなされる方法(選択制)に改めても良いだろう。
会派が議員個人に交付したり使用を認めなければ、議員はこれを使用できないからである。

なお、その使途は報告が義務付けられていないので、使途の報告は義務付け、かつ、任期満了時(年度末ではなく)に残額がある場合には、返還を義務づけるべきである。

(9)第ニは、公費で負担する秘書の増員である。
国会における議員の活動をサポートする秘書については、現在、その人件費を公費負担しているのは、一人の議員につき、公設秘書2名と政策秘書1名である。
官僚制に負けないよう政策を検討し、立案するためには、この3名だけでは十分ではないだろうから、公費負担する枠を拡充しても良いだろう。
政策本位の政治を実現できるという視点でいえば、政策秘書をもう2人増員する(つまり政策秘書を3人にする)ことが考えられる。
ただ、その資格を有し、かつ議員秘書になろうとする者が、その職の不安定さや党派性の壁もあり、必ずしも多いとはいえないので、当面は、政策秘書を確保できない場合には代わりに公設秘書の増員として認めてもいいだろう。

(10)法的にも政治的にも問題のある企業・団体献金等が本当に全面禁止されるのであれば、それと同時に、議会制民主主義を活性化するために「民主主義のコスト」を公費で負担する枠を拡充すべきである。

果たして民主党はこの期待に応えることができるのだろうか?

2010年3月末の近況報告

今年(2009年)度ももう終わりですね。
明後日4月1日から新年(2010年)度です。

近況報告をしておきます。


1.原稿執筆の進捗状況

(1)ある書籍の改訂版の執筆依頼がありました。
5つの項目を執筆しました。

「直接民主制と間接民主制」
「公務員の労働基本権」
「政党」
「唯一の立法機関」
「国政調査権」

1項目につき2000〜2200字で、各項目とも上限いっぱい書きました。

すでにほぼ締切(1月12日)を守って脱稿し、校正ゲラ待ちが続いています。
校正はいつになるのでしょうか?
まだ脱稿していない執筆者がいる!?

(2)「参議院選挙区選挙の最大格差4.86倍を「大きな不平等」として選挙制度の仕組みの見直しを求めた2009年最高裁大法廷判決」速報判例解説編集委員会編『速報判例解説』Vol. 6(2010年4月)19−22頁。

(3)集中アクセス・書き込みがあった件で、原稿依頼がありました。

締切りは1月29日だったのですが、それより前に脱稿しました。
分量は11字×130行。

(4)若者向けの「政治とカネ」に関してインタビューが活字になる予定です。

校正ゲラを待っています。

(5)ある雑誌の5月号「特集 憲法と国民生活」で原稿依頼がありました。
テーマは「新政権と憲法問題」
字数 7500字
締切り(3月1日)を守り、脱稿しました。
届いた校正ゲラの返送の締切は昨日(今月29日)でした。
締切を守り返送しました。

(6)『ねっとわーく京都』の連載・第9回目は、2010年6月号になるそうです。
5月号は憲法の特集で、連載記事はお休み。
原稿の締切は、来月(4月)17日。

何について書きますかね?

(7)他にもあったかなぁ?

もうこれ以上原稿依頼がないことを祈ります!!!


2.法律家団体の拡大常任委員会での報告

ある法律家団体の拡大常任委員会が、3月5日午後、6日午前に、鹿児島県弁護士会館で開始されました。
私は、弁護士・研究者による企業・団体献金の全面禁止の法制化を求める要請書を民主党に提出したことについて報告しました。


3.マスコミでのコメント

(1)「”憲法活かそう”の声 沖縄へ!世界へ!「一万人共同意見広告」賛同締め切り迫る」兵庫民報2278号(2010年3月14日)。

(2)「鳩山内閣発足半年通信簿」神戸新聞2010年3月9日(各識者の写真不掲載)
「鳩山政権半年 識者が採点」高知新聞2010年3月10日(各識者の写真掲載)。

(3)「「上納」記録不開示決める 外交機密費 外相答弁覆す」しんぶん赤旗(2010年3月20日)で、私のコメントが紹介されました。
東京では、19日付で掲載されたようです。

(4)北海道テレビ放送の番組「イチオシ!」(2010年3月22日)の報道ニュースの枠内で(午後6時17分〜)、私のコメントが紹介されました。

(5)昨日(3月29日)、鳩山首相の元秘書の初公判について、あるマスコミの記者から電話取材を受けました。今日の朝刊で紹介されるか・・・。

(6)ほかにも、電話取材を受けましたが・・・。


4.呼びかけ

(1)竹下彌平さんについての情報提供をお願いします

なお、有力な情報提供がありました。

(2)憲法本を母校に寄贈しよう

(3)「憲法を活かす1万人共同意見広告運動・兵庫」への賛同の最終呼びかけ

是非ともご協力をお願いします。



5.HPや新聞での論説・インタビュー記事などの紹介のまとめ

(1)「”憲法活かそう”の声 沖縄へ!世界へ!「一万人共同意見広告」賛同締め切り迫る」兵庫民報2278号(2010年3月14日)。

(2)「鳩山内閣発足半年通信簿」神戸新聞2010年3月9日(各識者の写真不掲載)
「鳩山政権半年 識者が採点」高知新聞2010年3月10日(各識者の写真掲載)。

(3)「企業献金の全面禁止いますぐ “政策買収”進める経団連 透明化で政・官・財の癒着解体を」JCJ機関紙「ジャーナリスト」2010年2月号

(4)「鳩山政権の通信簿:マニフェスト検証 5カ月目 上脇博之氏に聞く」毎日新聞(2010年2月22日)

(5)「永住外国人地方選挙権 暴論やめ理性的議論を」室蘭民報(2010年2月6日)

(6)「政治資金不記載は国民の「知る権利」侵害」日経ネットPLUS(2010/02/02)

(7)「企業献金廃止へ 独自の案作成『新政権の今 転換点』」朝日新聞2009年10月6日

(8)「総選挙後の憲法情勢」『兵庫県商工新聞』2009年10月号

(9)「『二大政党』の金権腐敗示した西松問題」『全国革新懇ニュース』309号(2009年5月10日)。

(10)視点「神戸製鋼所の政治資金肩代わり問題」『全国商工新聞』(2009年3月16日)

(11)「待ち遠しい総選挙の意義」


6.私が執筆した書籍・雑誌(単著3冊を除き2008年1月以降のもの)の紹介のまとめ

(1)「参議院選挙区選挙の最大格差4.86倍を「大きな不平等」として選挙制度の仕組みの見直しを求めた2009年最高裁大法廷判決」速報判例解説編集委員会編『速報判例解説』Vol. 6(2010年4月)19−22頁。

(2)「小沢氏の政治資金問題が問う企業・団体献金禁止と政党のあり方」『前衛』855号(2010年4月号)27−38頁。

(3)「企業・団体献金の全面禁止の先送りは許されない!(2)」『ねっとわーく京都』の連載・第8回目(2010年4月号)58−59頁。

(4)「民主党連立政権と政治資金の行方」『法と民主主義』2010年1月号53−57頁。

(5)「企業・団体献金の全面禁止の先送りは許されない!(1)」『ねっとわーく京都』254号(2010年3月号)61−62頁。

(6)「政治とカネその6 西松建設違法献金事件と刑事告発の総括」『ねっとわーく京都』253号(2010年2月号)64頁―66頁。

(7)「NEWSを読み解く 政治献金問題と今後の課題」『経済科学通信』121号(2009年12月号)6−10頁。

(8)「参議院選挙区選挙の最大格差4.86倍を「大きな不平等」として選挙制度の仕組みの見直しを求めた2009年最高裁大法廷判決

(9)「政治とカネその5 政党交付金が遊興費に使われた!」『ねっとわーく京都』252号(2010年1月号)101−103頁。

(10)「政治とカネその4 国会における過剰代表と政党助成における過剰交付(2)」『ねっとわーく京都』251号(2009年12月号)57−59頁

(11)「政治とカネその3 国会における過剰代表と政党助成における過剰交付(1)」『ねっとわーく京都』250号(2009年11月号)59−61頁。

(12)「総務大臣のNHKへの放送命令及び放送要請の違憲性―NHK国際放送実施要請違法無効確認等請求事件訴訟における陳述書―」『神戸学院法学』第38巻第3・4号(2009年)247−269頁。

(13)「政治とカネその2 知る権利を保障しなければ人権侵害だ!」『ねっとわーく京都』249号(2009年10月号)58−59頁。

(14)「企業献金の違憲性」『名古屋大学法政論集(浦部法穂教授退職記念論文集)』230号(2009年6月)が29−63頁。

(15)「新連載・政治とカネ 議員定数削減論と『読売テレビ』の政治性」『ねっとわーく京都』248号(2009年9月号)54−55頁

(16)『ねっとわーく京都』2009年8月号

(17)「まなぶ』621号(2009年6月号)

(18)『前衛』843号(2009年6月号)

訂正箇所が1箇所あります

(19)『新どうなっている!?日本国憲法〔第2版〕』

2009年4月9日付「新婦人しんぶん」(2789号)第6面下段の「本」の箇所で本書が紹介されました。

売れ行き好調のようでして、第4刷が出ることになりました。

(20)『現代憲法における安全』

(21)『前衛』839号(2009年2月号)

(22)『2009年労働・生活白書 社会の基本を変えよう!』

(23)『憲法の争点』

(24)『女性のひろば』2009年1月号

(25)『速報判例解説』(Vol. 3 2008年10月)

(26)「法と民主主義」2008年7月号

(27)『改憲・改革と法』

(28)『法学セミナー』640号(2008年4月号)

(29)『2008年労働・生活白書 検証 格差・貧困・ライフスタイル』2008年

(30)私の単著3冊

普天間基地の移設・撤去は国民・住民投票で決定するしかない!

(1)そもそも米軍基地が日本に存在すること自体が憲法の平和主義に反すし、日本国の国家主権(国家の独立)を侵害・制約するものである。
また、そもそも軍隊は国民を守るものではないから、米軍であればなおさらのこと他国(日本国)の者を守るわけがない。
さらに、国際法違反の戦争をする米国に軍事的に協力すべきではない。
このような立場からすると、米軍基地は必要ないことになるから、日米条約は破棄するしかないことになる。

他方、これとは全く反対の立場もあるだろう。

(2)そこで、米軍基地の存在を主権者国民の決定に委ねる途がある。
その一つは、国政選挙による解決の途である。

「民主党・沖縄ビジョン」(2008)は、以下のように明記していた。
日本復帰後36 年たった今なお、在日駐留米軍専用施設面積の約75%が沖縄に集中し、過重な負担を県民に強いている事態を私たちは重く受け止め、一刻も早くその負担の軽減を図らなくてはならない。民主党は、日米安保条約を日本の安全保障政策の基軸としつつ、日米の役割分担の見地から米軍再編の中で在沖海兵隊基地の県外への機能分散をまず模索し、戦略環境の変化を踏まえて、国外への移転を目指す。

普天間基地の辺野古移設は、環境影響評価が始まったものの、こう着状態にある。米軍再編を契機として、普天間基地の移転についても、県外移転の道を引き続き模索すべきである。言うまでもなく、戦略環境の変化を踏まえて、国外移転を目指す。
普天間基地は、2004 年8 月の米海兵隊ヘリコプター墜落事故から4 年を経た今日でも、F18 戦闘機の度重なる飛来や深夜まで続くヘリの住宅上空での旋回飛行訓練が行われている。また、米国本土の飛行場運用基準(AICUZ)においてクリアゾーン(利用禁止区域)とされている位置に小学校・児童センター・ガソリンスタンド・住宅地が位置しており、人身事故の危険と背中合わせの状態が続いている。
現状の具体的な危険を除去しながら、普天間基地の速やかな閉鎖を実現するため、負担を一つ一つ軽減する努力を継続していくことが重要である。民主党は、2004 年9 月の「普天間米軍基地の返還問題と在日米軍基地問題に対する考え」において、普天間基地の即時使用停止等を掲げた「普天間米軍基地返還アクション・プログラム」策定を提唱した。地元の住民・自治体の意思を十分に尊重し、過重な基地負担を軽減するため、徹底的な話合いを尽くしていく。

民主党の「政権政策Manifesto2009」は、以下のように明記していた。
日米地位協定の改定を提起し、米軍再編や在日米軍基地のあり方についても見直しの方向で臨む。

「民主党政策集INDEX2009」は、以下のように明記していた。
日米地位協定の改訂を提起し、米軍再編や在日米軍基地のあり方等についても引き続き見直しを進めます。

昨年の総選挙で鳩山由紀夫氏は「県外、国外移設が望ましい」と公言し、圧勝し、その結果として、政権権交代が実現した。

米軍基地のうち沖縄における普天間の米軍基地の問題は、国民の期待に答え、この政権交代を実質的な意義を有するものにするのかを判断する重要な論点になるだろう。

言い換えれば、鳩山民主党連立政権が自民党同様にアメリカの傀儡政権であるかどうかを問う重大な問題である、ということになる。

普天間基地が沖縄県内に移設されてしまう、あるいは米軍基地が普天間に部分的であれ残ってしまうようであれば、昨年の総選挙は何のためにあったのか、わからなくなるし、政権交代の実質的意味はなくなってしまう。

(3)ところが、マスコミ報道によると、今の鳩山政権では、国民の期待に応えられるのか、政権交代を実質的なものにできるのか、疑問のようだ。
沖縄タイムス2010年3月20日 09時28分
「なぜ沖縄だけ」 地元、県内2案に反発 普天間移設最終調整
有権者を侮辱/公約違反だ/断固阻止する


 【北部・中部】米軍普天間飛行場の移設問題で、衆院選前に「最低でも県外」とした鳩山由紀夫首相が、関係閣僚とともに、県内2案を軸に最終調整することが明らかになった。移設先に浮上している名護市、うるま市の住民らは一斉に反発。公約違反を厳しく指摘する声も上がった。
 辺野古区の普天間代替施設等対策特別委員会の古波蔵廣委員長は「政府は地元の現状も知らずに頭の中だけで案を作っているのではないか。陸上案は自然を破壊する。断固阻止する」と声を荒げた。
 ヘリ基地反対協の安次富浩代表委員は「首相がどんな言い訳しようが、公約違反に変わりはない。期待した有権者を侮辱する行為。衆院を解散し、民意を問い直すべきだ」と批判した。
 25日に市民総決起大会の開催を予定している、与勝海上基地建設計画反対うるま市民協議会の兼城賢次共同代表は「辺野古沖がだめなら与勝海上にというふざけた話はない。他県が受け入れられないのに、なぜ沖縄だけが押しつけられるか」と反発。
 1999年、津堅島東海岸への移設に反対する住民団体「ヘリ基地に反対し、島を守るチキンチュの会」の会長を務めた宮城貞雄さん(77)は「東海岸の漁業者に相当の影響を及ぼす。政府は移設をやめるべきだ」と訴えた。

(4)もし鳩山政権が主権者国民の期待に応えないことになるようであれば、鳩山連立政権は、衆議院を解散し、主権者国民の審判を受けるべきだろうが、衆議院では民主党が多くの議席を占めている以上、おそらく衆議院を解散しないだろうから、沖縄に米軍基地を押し付けないためには別の途を選択するしかない。

そこで、私は提案をしたい。

普天間基地の移設・撤去については、全国的な国民投票・住民投票で決定すべきである、と。

(5)私は、憲法で明記した場合にしか国民投票や住民投票を採用してはならないという立場ではない。
他方、何でもかんでも国民投票・住民投票で決定すべきであるという立場でもない。

主権者国民・住民の抵抗権の行使としての国民投票・住民投票を肯定するし、それに法的拘束力を持たせても、それは違憲ではないという立場である。
主権者国民は選挙のときだけ主権者なのではないし、主権者国民には選挙の時以外にも権力の行使を認めるべきだからだ。

冒頭で指摘したように米軍基地そのものが違憲であるが、それは国政選挙でも裁判所でも解決できていない。
国政選挙では重大な争点にならず、裁判所は憲法(違憲)判断を回避してきた。

そうなると、普天間基地の問題は、主権者国民が解決するしかないから、「全国的な国民投票・住民投票」で決定するしかない。

(6)この問題で私が提案する国民投票・住民投票は、具体的には、以下のようなものである。

全国的に(都道府県)、いっせいに国民投票であり、かつ住民投票でもある投票を実施する。
(ただし、沖縄県は除外する。県内でのたらい回しはしないためである。
また、知事や県議会が移設に反対する決議をした県も、除外しても良いだろう。)

その投票は、国民投票としては、普天間基地を国内に移設するかどうかを決定するものして位置づける。
そして全国集計して、投票総数
(有効投票総数ではない。以下同じ)の過半数の賛成があれば、総論として、普天間基地を国内のどこかに移設することにし、過半数の賛成がなければ、普天間基地は撤去し、アメリカに引き取ってもらう。

(7)その投票の住民投票としての位置づけは、各論として2つの次元に分かれる。

まず、各論の第一として、投票総数の過半数の賛成があった都道府県があれば、当該都道府県が普天間基地を移設する候補地とする。
言い換えれば、投票総数の過半数の賛成がなかった都道府県は、普天間基地を移設する候補地から除外する。

次に、各論の第二として、投票総数の過半数の賛成があった都道府県のうち投票総数の過半数の賛成があった市町村を、普天間基地を移設する候補地とする。

日本政府は、その候補地の中から、普天間基地の移設先を具体的に決定する。
移設先が決定したら、日本政府は、アメリカ政府と交渉する。

交渉が決裂したら、普天間基地は撤去し、アメリカに引き取ってもらう。


(したがって、私が提案する国民投票・住民投票は、政府が移転先の候補地を決定し、それについての国民投票あるいは当該候補地の住民投票を行うというものではない。)

(8)この国民投票・住民投票は、普天間基地の移転先を決定するための投票であるが、当該基地の撤去を決める、国民の抵抗権としての投票でもある。
これは、日本国憲法が要請している国民主権・住民自治にも適合するだろう。

(9)民主主義を肯定するなら、この案に反対するる政党・国会議員はいないのではなかろうか!?

民主党は、憲法改正に限らず、それ以外の場合の国民投票も肯定してきた。

民主党憲法調査会「憲法提言」(2005 年10 月31 日)は、以下のように提言していた。
http://www.dpj.or.jp/news/files/SG0065.pdf
5.国民投票制度の検討
現在、憲法改正に係る国民投票制度の在り方について、検討作業が進められているが、この制度自体は、直接民主主義に関わるものであり、より広汎な検討が必要とされるものである。こうした観点から、例えば、「主権の委譲」を伴う国際機構への参加や、重大な外交関係の変更などに関して、また特定地域の住民に特別の強い影響を及ぼす法制度の改革などに関して、国民投票制度の整備を行うことが必要である。
? 議会政治を補完するものとして、国民の意見を直接問う国民投票制度の拡充を検討する。

鳩山政権が普天間基地を沖縄県内でたらい回しするようであれば、国民は納得しないだろう。
鳩山政権がそのような決定をせざるを得ないようであれば、その決定を取りやめて、民主党は、私見の「全国的な国民投票・住民投票」を提案すべきである!

いつになったら議会制民主主義が確立するのか?

(1)「日本は、憲法で普通選挙を明記し(第15条)、公職選挙法でそれを具体的に保障している。国会もある。だから、日本は議会制民主主義の国である」と思い込んでいる国民は、少なくないのかもしれない。

確かに、「選挙」そのものがない国家、選挙があっても「制限選挙」しか採用していない国家、「普通選挙」を採用していても「男子だけ」のものである国家(戦前1925年以降の日本国)に比べると、今の日本は、男女平等の普通選挙を採用しているから議会制民主主義の国家である、と思い込んだとしても不思議ではないのかもしれない。

しかし、日本国憲法の立場からしても、普通選挙を採用しているだけでは議会制民主主義とはいえない。

また、国会(議会)があることで議会主義の国家になることはありえたとしても、それだけでは議会制民主主義とはいえない。

つまり、普通選挙や国会があること以外の諸要因を充足していなければ、議会制民主主義とはいえない。

私は、その諸要因を充足していないから、日本はいまだに議会制民主主義の国ではないと考えている。
憲法研究者の中には、同様に考えている者は少なくないだろう。

では、憲法上、議会制民主主義といえるための諸要因とは何であろうか。
以下、説明しておこう。

(2)その第一の要因は、民意を国会(衆参各院)に正確かつ公正に反映する選挙制度を採用していることである。

そもそも民主主義とは「直接民主主義」のことを指している。
だが、1億2000万人を超える人口で、有権者が1億人を超えている。
これでは、主権者国民が全員どこかに集まって議論・討論し、物事を決定することは、事実上不可能である。

そうなると、代議制=議会制を採用することはやむをえないことになる。
しかし、本来直接民主主義でなければならない以上、議会制を採用しても、最低限、普通選挙を採用するだけではなく、国民(民意)の縮図を議会(国会)に形成すること(社会学的代表)も、不可欠になる。

となると、比例代表制のように民意を国会に正確・公正に反映する選挙制度を採用するのが憲法上要請されることになる。

従来、衆議院の選挙制度は、準比例代表制として機能していた中選挙区制であったが、1994年の「政治改革」によって小選挙区本位の制度へと改められてしまった。
小選挙区制は、民意を正確・公正に反映しないどころか、民意を歪めている
より良くなるのではなく、より悪くなってしまった。
また、参議院の選挙制度も、それに類似しており、民意を正確・公正に反映せず民意を歪めている

したがって、衆参各議員を選出する選挙制度が、このようなものである以上、今の国会は「国民(民意)の縮図」になっておらず、「議会制民主主義に相応しい議会」とは評し得ないのである。

(3)議会制民主主義としての要因の第二は、選挙や政治が制度上カネで買われないような政治資金制度になっていることである。

たとえ選挙制度が民意を議会に正確・公正に反映するものであったとしても、選挙結果(当選)制度的にカネで買われてしまうようであれば、公正な選挙な行われたとはいえないから、民意が正確・公正に反映しているともいえないことになる。
選挙後も、政治や行政がカネで買われ歪められてしまえば、民主主義とは評し得ないことになる。

ところが、企業・団体献金が法律で許容されてしまっているのである。

そもそも企業・団体献金は、株主や構成員の政治的思想・信条などを侵害することになる上に、個人よりも多額であるため買収として機能しているという問題がある。
それを利用したのが、日本経団連による政策評価に基づく企業献金斡旋
であった。

日本経団連はこの斡旋を中止すると正式に決定したものの、企業献金それ自体の中止を傘下企業に要請してはいないし、今後、再び斡旋を再開する可能性がないとはいえない。

それゆえ、企業・団体献金が法的に許容されている以上、「議会制民主主義に相応しい政治資金制度」になっているとは評し得ないのである。

(4)第三の要因としては、選挙運動の自由がきちんと保障されていることである。

自由な選挙運動がなければ、選挙(投票)の自由が保障されていても、その選挙は民主主義に相応しいものとはいえない。
国会での多数決だけあっても議会制民主主義とはいえない。
国会を形成するための選挙で自由の保障が十分でなければ議会制民主主義に相応しい選挙が行われたとはいえないからである。

ところが、日本の選挙運動は、戦前の考え方や制度を引きずり、例えば、戸別訪問や事前運動の禁止などが禁止され、いわゆる「べからず選挙」になっており、自由な選挙運動が保障されているとはいえない

これでは、議会制民主主義に相応しい自由な選挙が行われたとはいえない。

(5)以上、議会制民主主義といえるためには、普通選挙や議会(国会)の採用以外に、少なくとも、民意を国会(衆参各院)に正確かつ公正に反映する選挙制度を採用していること、選挙や政治が制度上カネで買われないような政治資金制度になっていること、選挙運動の自由がきちんと保障されていることが必要であるが、後者の3つについては、いまだに実現していない。

(6)政権が交代しても議会制民主主義が確立されなければ、政権交代の実質的意味がないだろう。
鳩山政権は果たしてどうするのか?

普天間問題と憲法改正手続法の集会

ほぼ1週間後の来月(4月)初めの集会の紹介をします。
私は仕事で参加できないのですが・・・。

大阪弁護士会主催で、普天間問題と憲法改正手続法の集会を開きます。

4月3日の段階で普天間問題がどうなっているのか、伊波市長と、憲法学者の小沢教授が話し合います。

また、憲法改正手続法は、5月18日施行予定ですが、日弁連は、その見直しを求める意見書を採択しましたので、その内容を私から報告します。

非常にタイムリーで内容も面白い集会です。是非ご参加ください。


日時:2010年4月3日(土)午後1時〜4時30

場所:大阪弁護士会会館 2階ホール

先着500名

【基調報告】伊波洋一氏(宜野湾市長)

【パネルディスカッション】
・伊波洋一氏
・小沢隆一氏(東京慈恵会医科大学教授・憲法学)

【特別報告】
・国民投票法の問題点
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