上脇博之 ある憲法研究者の情報発信の場

憲法研究者の社会活動の一環として、ブログを開設してみました(2008年4月5日)。 とはいえ、憲法問題全てについて意見を書くわけではありません。 政治問題について書くときがあるかもしれません。 記録として残しておくために、このブログを使用するときがあるかもしれません。 各投稿記事の右下の「拍手」が多いようであれば、調子に乗って投稿するかもしれません。 コメントを書き込まれる方は、カテゴリー「このブログの読み方とコメントの書き込みへの注意」の投稿を読んだ上で、書き込んでください。 皆様のコメントに対する応答の書き込みは直ぐにできないかもしれませんので、予めご了解ください。 ツイッターを始めました(2010年9月3日)。 https://twitter.com/kamiwaki フェイスブックも始めました(2012年7月29日) http://www.facebook.com/hiroshi.kamiwaki.7 かみわき・ひろし

2012年05月

日民協主催の憲法シンポジウムの紹介

今週末の6月2日に日本民主法律家協会(憲法委員会)主催によるシンポがあります。
私は、参加できないのですが、ご関心のある方には是非とも参加していただければと思います。

■□■□■日本民主法律家協会 憲法シンポジウム■□■□■

テーマ:国会と選挙はどうあるべきか
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日時:2012年6月2日(土)1:30開始/5:00終了

会場:伊藤塾東京校5号館(法学館ビル)

    渋谷区桜丘町17-5/JR渋谷駅西口より徒歩3分
http://www.hogakukan.com/enterprise/space/sibuya/map.html

資料代:500円

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【第1部】あるべき選挙制度改革とその展望
  五十嵐 仁 氏(法政大学大原社会問題研究所教授教授・政治学)
  只野雅人氏(一橋大学大学院法学研究科教授・憲法)


現在、国会では、選挙制度改革をめぐる議論が盛んにたたかわされています。
昨年10月に、衆議院に「衆議院選挙制度に関する各党協議会」が設置され、その中ではいわゆる「1票の格差」の是正、比例定数の削減問題、選挙制度の抜本改革について議論が行われてきました。参議院でも、選挙区の議員定数の格差などをめぐって、抜本改革も含めて議論がなされているところです。これらを念頭におきつつ、1994年の「政治改革」が日本の議会制民主主義にもたらしたもの、あるべき選挙制度改革とその展望などについて、政治学者と憲法学者の立場からご発言いただき、議論したいと思います。


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【第2部】憲法審査会の動向について
  高田 健 氏(許すな!憲法改悪・市民連絡会)


昨年10月から始動した憲法審査会では、「3・11」を口実にした改憲論や憲法改正手続法の「宿題」の議論などがすすめられています。こうした動向について、報告を受けて議論したいと思います。

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お申込・お問合■日本民主法律家協会
160-0022
東京都新宿区新宿1-14-4AMビル2階
TEL:03-5367-5430
FAX:03-5367-5431
メールアドレス:info@jdla.jp
協賛■法学館憲法研究所

橋下・大阪市の職員の政治活動への罰則化条例案は二重に違憲!

(1)橋下徹大阪市長は、今年(2012年)2月に大阪市特別顧問に依頼して、「労使関係についての調査」を行わせ、全職員に対し同調査に回答するよう職務命令を発したことについては、以下のように、このブログで批判する投稿を行なってきた。

大阪市職員に対する労使関係に関するアンケート調査内容とその中止等を求める声明の紹介

自称「独裁者」で議会制民主主義実質否定の橋下大阪市長が職員に対する人権侵害アンケート強行!

大阪府労働委の勧告が出た以上野村氏はアンケートを速やかに廃棄処分するしかない!

(2)市特別顧問は、当該職員のアンケート回答を未開封のまますべて廃棄した。
それは、アンケート実施からほぼ2ヶ月後のことであった。
毎日新聞 2012年04月07日 00時11分
大阪市:職員アンケート、未開封のまま廃棄…批判受け

 大阪市が市職員の政治・組合活動を調べるために回答を義務付けたアンケートについて、調査を担当した市特別顧問の野村修也弁護士は6日、回答書を未開封のまま全て廃棄した。アンケを巡っては、職員組合が「不当労働行為に当たる」と反発。日本弁護士連合会なども「思想良心の自由を侵害する」と批判していた。
 アンケは橋下徹市長の意向で、野村氏らの第三者チームが2月、消防局を除く全職員約3万5000人に実施。「正確に回答しない場合は処分の対象になりうる」と橋下市長名で回答を義務付けた。
 しかし、勤務時間外の行動や思想信条に関する質問が含まれており、日弁連などが憲法違反と批判。組合の救済申し立てを受け、大阪府労働委員会が調査中断を市に勧告した。
 野村氏はこの日、市役所内で、回答を記録したDVD1枚を金づちで粉砕し、19箱分の回答書を大型シュレッダーで次々に裁断した。野村氏は「他の調査で市の問題点を解明できた。調査に違法性はなかったが、第三者調査だと明確にすべきだった」と説明不足を認めた。
 廃棄に立ち会った市労働組合総連合は「回答の強要で職員は精神的負担を感じた。橋下市長は市民と職員に謝罪すべきだ」と話した。【茶谷亮、原田啓之】

(3)もっとも、この問題で橋下市長らは全く責任をとっていない。
誠実に反省していないからだろう。

(4)そこで、私が事務局長を務める兵庫県憲法会議が中心となって開催した今年5月3日の神戸憲法集会では、神戸憲法集会アピール「橋下市長(大阪維新の会代表)による憲法敵視の政治に抗議する」を採択した。

(5)それでも、自称「独裁者」の憲法敵視政治は暴走し続けている。

その重大な一つが、大阪市職員が職務時間外も含め政治活動にした場合に、当該職員に対し刑罰をかすという条例案をまとめ、制定を目指すというもの。
毎日新聞 2012年05月23日 02時30分
大阪市:職員の政治活動に刑罰 条例案をまとめる

 大阪市が市職員の政治活動を国家公務員並みに厳しく規制し、2年以下の懲役などの刑罰規定を盛り込んだ条例案をまとめたことが分かった。市は検察当局や総務省に相談し、7月議会に提案する方向で検討。市によると、実現すれば地方公務員の政治活動を罰則付きで規制する全国初の条例となるが、有識者からは「憲法が保障する政治活動の自由を侵害する恐れがある」との批判も上がっている。
 昨秋の市長選で平松邦夫前市長を支援した大阪交通労働組合の役員が選挙後、勤務中なのに「選挙のお礼」と称する組合の集会に参加していたことが発覚。市の第三者チームはその後の調査で、市の幹部職員らが組織ぐるみで前市長の支援をしていたと指摘し、橋下徹市長が「政治と行政を区別すべきだ」と条例を策定する方針を示していた。
 地方公務員の政治活動は、地方公務員法で制限されているが、罰則はない。一方、国家公務員は国家公務員法で、地方公務員よりも幅広い内容が禁止されている上、違反すれば3年以下の懲役または100万円以下の罰金が科される。条例案では、政党などの政治的団体の機関誌の発行や配布などを禁止する。【津久井達、原田啓之】

(6)この問題については、3つのマスコミ(マスメディア)から電話取材を受けた(共同通信は、23日午前中、私のコメントを含め記事を配信し同日の夕刊あるいは翌24日の朝刊で同記事を報じたものがある。23日午前中もう1社から電話取材を受けコメントしたが、私のコメントが使われたかどうかは、未確認である。同日午後コメントしたのは、以下で紹介する産経新聞である。)
産経新聞2012.5.24 00:38
早くも波紋、反発の声も 大阪市の政治活動規制条例案

 大阪市が職員の政治活動を刑事罰付きで制限する条例の制定を検討していることへの波紋が、早くも広がりつつある。専門家は憲法が保障する思想信条や表現の自由に対する侵害や、国家公務員法にはある罰則規定が地方公務員法にはないこととの整合性をめぐり、問題点を指摘。前例のない条例だけに、市から照会を受けた総務省も慎重な姿勢を崩さない。一方、組合からは反発の声が上がっている。
 地方公務員法は、自治体職員が特定の政党や政治団体を支持し、投票に勧誘したりする政治活動を制限。一方で国家公務員法と異なり、罰則は設けられていない。
 大阪市は制定へ向け、今月上旬に総務省へ文書を送付。(1)職員の政治活動を国家公務員並みに制限できるか(2)条例で刑事罰を規定できるか(3)地方公務員法で活動を制限されていない公営企業職員などを罰することはできるか−について見解を求めた。これに対し総務省の担当者は「経緯が不明で、現時点で見解を述べるのは難しい」としている。
 「地方公務員の政治活動は国家公務員と違い、その地域内に限られる。懲戒処分で事足りるものを、罰則まで設けるのはどうだろうか」。こう疑念を呈したのは、鳥取県知事や総務相を歴任した片山善博・慶應義塾大教授(地方自治論)。「議会の手続きを踏めば条例の制定そのものは可能」との見方を示しながらも、「そこまで厳しくするのが妥当かどうかは議論の余地がある」とした。
 上脇博之(ひろし)・神戸学院大法科大学院教授(憲法学)は「勤務時間外の活動までも規制の対象とするならば、思想信条、表現の自由を保障した憲法に違反する」と指摘する
 市労働組合連合会(市労連)の支援を続ける北本修二弁護士も「条例制定そのものが(罰則規定のない)地方公務員法の趣旨に反するのではないか」と懸念を示す。
 また、市労連の幹部は「もし条例が実現しなければ『現行の法律が悪い』と批判するのだろう。話題づくりのためにしか思えず、反論する気にもならない」と憤りを隠さなかった。

(7)これまでもブログで述べてきたが、国家公務員も地方公務員も、他の職業の人々と同じように、職務外に政治活動することは基本的人権として憲法が保障している(第21条)と解する立場が妥当である。

民主主義国家であれば、当然、誰でも政治活動は保障されるというのが、大原則である。

したがって、公務員の政治活動を公務時間外まで禁止し、罰則をかすのは、人権侵害であり、憲法違反であり、それゆえ、国家公務員法(第102条)は、違憲である(委任の問題点もあるが、ここではこれ以上言及しない)。

橋下市長が制定を目論んでいる条例案の憲法問題の第一は、この点にある。

(8)第二の憲法問題は、地方公務員法が法律に違反して政治活動を行なった公務員にたいし罰則をかしていないのに、橋下市長が制定を目論んでいる条例案が罰則をかそうとしている点での問題である。

憲法は、地方公共団体の条例制定権を「法律の範囲内」でしか認めていない(第94条)。
第94条 地方公共団体は、その財産を管理し、事務を処理し、及び行政を執行する権能を有し、法律の範囲内で条例を制定することができる。

ここでの「法律の範と囲内」について研究者の間では憲法解釈上幾つかの立場があるが、私は、地方自治による憲法破壊政治に対する”歯止め”であると解している。

つまり、地方公共団体が住民の人権や民主主義を国(国法)よりも保障する方向でも条例制定は許容しているが、その逆の、人権や民主主義を国(国法)よりも保障しない方向での条例制定は許容していない、という立場である。

したがって、私見によると、
例えば、国がいわゆる情報公開法を制定する前に、全国の地方公共団体がそれぞれ情報公開条例を制定し、形式的あるいは実質的に”知る権利”を保障してきたが、このような条例制定それ自体は、憲法が許容しているが、
地方公共団体が国法に反して、特定の人々の政治活動や選挙権・被選挙権を剥奪する、あるいは制限することは、それ自体憲法が許容していない、
ということになる。

それゆえ、地方公務員法が地方公務員の政治活動に罰則をかしていないにもかかわらず、大阪市が条例で罰則をかしてしまえば、憲法違反になる。

(9)以上のように、橋下市長が制定を目論んでいる条例案は、二重の意味で憲法違反であるのではなかろうか!

(10)公務員が公務時間中に、政治活動をしたり選挙運動活動を行っていた場合には、行政処分で対処することが可能でありし、現に、そうすれば良いのである。

それにもかかわらず、二重の憲法違反になる条例を制定して、政敵である公務員の人権を不当に剥奪・制限し、民主主義を後退させることは、手段を選ばず政敵を弾圧するもので、あまりにも卑怯であり、独裁者の手法である、と断ぜざるを得ない。

(11)橋下氏は、大阪市長であり、公務員であるから、当然、現行憲法を尊重し、擁護する義務がある(憲法第99条)。
第99条 天皇又は摂政及び国務大臣、国会議員、裁判官その他の公務員は、この憲法を尊重し擁護する義務を負ふ。

それゆえ、橋下氏がそもそもこの義務を果たす気がないのであれば、市長を辞任すべきである!

2012年5月下旬初めの近況報告

先月亡くなった母の「四十九日」に向けて、色々と忙しい毎日です。
その一つに、アルバムを作成する作業があります。
公私ともに忙しく、なかなかブログの投稿ができません。

以下、近況報告をしておきます。


1.原稿等の執筆状況


(1)「比例定数削減問題と“真の政治改革” ― 小選挙区を廃止し比例代表制に!」
治安維持法犠牲者国家賠償請求同盟編『治安維持法と現代』23号(2012年春季号)13−19頁。

先月(4月)30日に発行されました。

(2)「政治とカネ連載32 「内閣官房機密費」情報公開訴訟・大阪地裁判決  “開かずの扉”をこじ開けた「画期的」判決!」『ねっとわーく京都』281号(2012年6月号)41−43頁。

(3)今月(5月)中旬に『長谷川正安先生追悼論集 戦後法学と憲法 − 歴史・現状・展望』日本評論社が刊行されました。

第一部は「近現代史の中の法と法学」
第二部は「長谷川法学の軌跡」
第三部は「随想」

私は第二部の中で執筆しています。

拙稿は「長谷川正安「政党論」」(920−940頁)。

(2)「論文演習セミナー(仮称)」を出版する企画で、以前評釈した2つの判例を演習形式にする原稿執筆依頼がありました。

すでに脱稿しました。

「自衛隊のイラク派遣による「武力の行使」と平和的生存権」

「地方議会(本会議・委員会)の公開と住民・ジャーナリストの傍聴の自由」

(4)青年法律家協会の定時総会議題案書における会員活動報告「国会議員の定数削減問題」(分量は1500字)

すでに脱稿しました。


(6)内閣官房報償費(機密費)情報公開訴訟について大学の紀要に書こうとと急きょ思って、執筆して、一旦脱稿ましたが、再度加筆・修正して原稿の差し替えを行いました。

「内閣官房報償費(機密費)情報公開訴訟 〜大阪地裁判決骨子、原告「陳述書」および「独立した一体的な情報」説批判〜」

初稿ゲラは来月になりそうです。

(7)雑誌『ねっとわーく京都』283号(2012年8月号)は、何を書くか?
小沢一郎氏の裁判の判決についてであろうか??
締切りは来月(6月)20日頃だろうなぁ。

なお、7月号は特集号になるということで私の連載はお休み。

(8)ある研究会の原稿を執筆しなければなりません。
締切は今年の夏頃だったか!?


3.講演(予定を含む)


(1)憲法改悪ストップ兵庫県共同センターの代表者会議で講演することになりそうです。

2012年6月20日(水)18:30〜
講演テーマ「くらしと憲法」


(2)シンポジウムの企画があります。

日時:2012年6月30日(土)午後1時30分〜4時
会場:兵庫県民会館(けんみんホール?)
テーマ:選挙制度問題
主催:平和・民主・革新の日本をめざす兵庫の会(兵庫革新懇)

詳細が分かりましたら、後日紹介します。

(3)小学生と中学生に対し、憲法について話をしてほしいという依頼が再び舞い込みました。

詳細が決まりましたら、後日報告いたします。

(4)山口で講演することになりそうです。

日時:2012年9月8日(土)
テーマは議員定数削減問題。

詳細が決まりましたら、後日紹介いたします。

(5)2012年11月18日(日)午後、
女性団体の依頼で、議員定数削減問題について講演することになりそうです。

詳細が決まりましたら、後日紹介いたします。



4.マスコミでのコメント等

(1)民主党の小沢一郎元代表の政治資金規正法違反容疑の刑事裁判の判決(2012年4月26日)に関連して、読売新聞(2012年4月26日)夕刊に私のコメントが紹介されました。

(2)民主党の小沢一郎元代表の政治資金規正法違反容疑の刑事裁判の判決(2012年4月26日)に関連して、東京新聞(2012年4月26日)夕刊に私のコメントが紹介されました。

(3)民主党の小沢一郎元代表の政治資金規正法違反容疑の刑事裁判の判決(2012年4月26日)について、共同通信の取材に答え、私のコメントが配信されました。

それを採用している新聞については、まだすべてを把握していませんが、現時点では、以下の新聞だけしか確認してはいません。

神戸新聞2012年4月27日
南日本新聞2012年4月27日

(4)民主党の小沢一郎元代表の政治資金規正法違反容疑の刑事裁判の判決(2012年4月26日)について、「しんぶん赤旗」(2012年4月29日)に私のコメントが紹介されました。

(5)「政治家追及に高い壁 言い逃れ許す規正法の不備浮き彫りに」産経新聞(2012.5.9 23:44)で、私のコメントが紹介されました。

(6)「谷垣禎一自民党総裁、中野寛成衆院特別委委員長、自見庄三郎金融相…彼らに増税を論じる資格なし!  「官房機密費」で夫人同伴外遊  平野貞夫元参院議員が爆弾証言!」週刊朝日2012年6月1日号で、私のコメントが紹介されました。

(7)複数のマスコミの記者から取材を受けました。
すでに私のコメントが紹介されたものがあるかもしれませんが、未確認ですし、今後紹介されるものがあると思います。



5.呼びかけ

(1)竹下彌平さんについての情報提供をお願いします

なお、有力な情報提供がありました。

(2)母校(小中高校)への憲法本寄贈のススメと憲法本推薦のお願い(5年目)

憲法本の推薦を宜しくお願い致します。


6.2012年の論文等

(1)「政治とカネ連載28 「陸山会」裁判(5) 事件の背景・動機(小沢事務所と企業の癒着)」『ねっとわーく京都』277号(2012年2月号)55−58頁。

(2)「政治とカネ連載29 「陸山会」裁判(6) 検察の問題点」『ねっとわーく京都』278号(2012年3月号)34−38頁。

(3)「解説  行き着く先は「財界主権」  衆院比例定数削減の問題点」全国保険医新聞2532号(2012年2月5日)

(4)「政治とカネ連載30 買収”効果を発揮した東電の政治資金」『ねっとわーく京都』279号(2012年4月号)49ー53頁。

(5)「比例定数削減「政治家も身を見るべき」どう考える?」女性のひろば398号(2012年4月号)30−35頁。

(6)「野田財界政権の衆院比例定数80削減案について」青年法律家493号(2012年3月25日号)4−6頁。

(7)「政治とカネ連載31 収益率の高いパーティー収入は政治献金だ!」『ねっとわーく京都』280号(2012年5月号)81−83頁。

(8)「比例定数削減問題と“真の政治改革” ― 小選挙区を廃止し比例代表制に!」
治安維持法犠牲者国家賠償請求同盟編『治安維持法と現代』23号(2012年春季号)13−19頁。

(9)「政治とカネ連載32 「内閣官房機密費」情報公開訴訟・大阪地裁判決  “開かずの扉”をこじ開けた「画期的」判決!」『ねっとわーく京都』281号(2012年6月号)41−43頁。

(10)「長谷川正安「政党論」」杉原泰雄・樋口陽一・森英樹編『長谷川正安先生追悼論集 戦後法学と憲法 − 歴史・現状・展望』日本評論社・2012年920−940頁。



7.2012年の講演のまとめ

(1)新年早々講演でした。

日時:2012年1月8日(日)11時〜13時(このうち50分)
演題:「憲法をめぐる最近の政治状況  〜 とくに選挙制度問題について」
会場:池田地域福祉センター(!?)
主催:神戸市長田区池田地域9条の会(新年会)

(2)2012年2月17日(金) 午後2時から午後4時まで(そのうち90分間講演。質疑応答あり)

会場  尼崎市中小企業センター 1階 多目的ホール
主催者 兵庫県都市選挙管理委員会連合会主催

「委員長・委員・事務局長研修会」

150名位の参加があったようです。

(3)2012年2月29日(水)18時30分〜
比例定数削減問題学習会
「何を招く?比例定数削減、野田政権の本当のねらいは?」
会場 高教組会館
主催:兵庫労連・自由法曹団兵庫県支部

紹介してくださいました。

(4)2012年3月8日(木)16時〜18時30(そのうち質疑応答含めて60分)
演題:「議員定数を削減していいの?ーー議員定数と選挙制度についての憲法論」
会場:岡山大学法・文・経済学部の10番教室
主催:科学者九条の会・岡山  / 後援:科学者会議岡山支部 
「科学者九条の会・岡山」創立6周年記念講演会

(5)2012年3月11日(日)午後1時〜4時(そのうち、質疑応答含めて90分)
テーマ:政治情勢をどうみるのか? 〜財界政治と比例定数削減問題〜
主催者:大阪建設労働組合

(6)2012年3月25日(日)午後2時〜4時(90分講演、30分質疑応答)

「比例定数削減と財界政治を斬る 〜議会制民主主義に相応しいのは比例代表制〜」

会場:伊丹市立スワンホール(労働福祉会館)3階中ホール
主催:憲法改悪ストップ伊丹共同センター、平和と民主主義を守る伊丹連絡会



8.書籍(ただし、ブックレット・ハンドブックに限定)の紹介

(1)「しんぶん赤旗」2012年2月5日の「本と話題」で、私が執筆した以下のハンドブック・ブックレットが紹介されました。

共著『国会議員定数削減と私たちの選択』

単著『議員定数を削減していいの?』

(2)滋賀民報2102号(2012年2月19日)で、私が執筆した以下のハンドブック・ブックレットが紹介されました。

共著『国会議員定数削減と私たちの選択』

単著『議員定数を削減していいの?』


9.2012年3月以前の著書・論文などの紹介

私の単書・共著などの紹介

私の論文などの紹介

雑誌『ねっとわーく京都』における「政治とカネ」連載のまとめ的紹介(30回連載を記念して)

沖繩復帰40周年と沖縄タイムス・琉球新報各社説の紹介その3(2012年5月中旬)

「沖繩復帰40周年と沖縄タイムス・琉球新報各社説の紹介」をしています。

「その1」では、先月(2012年4月)下旬のものを、
「その2」では、今月(2012年5月)上旬のものを、
それぞれ紹介しました。

ここでは、「その3・最後」として、今月中旬の沖縄タイムス・琉球新報各社説を紹介します。


7.沖縄タイムス

沖縄タイムス2012年5月12日 09時55分
[沖縄振興基本方針]絵に描いた餅では困る

 政府は11日、今後10年の沖縄振興計画の指針となる沖縄振興基本方針を決定した。
 「民間主導の自立型経済の発展」「アジア・太平洋地域の発展に寄与する『万国津梁(しんりょう)』の形成」などを方向性として打ち出している。那覇空港の第2滑走路の整備や鉄軌道の調査・検討を具体的に明記した。新振計の目玉事業がいよいよ動きだすが、いずれもどう実現するかが重要だ。
 那覇空港の第2滑走路増設は経済界を中心に長年にわたって求めていたもので、基本方針にあるように、国際物流拠点の形成や、観光客増加に対応するための受け入れ態勢の整備は不可欠だ。
 第2滑走路建設に向けてすでに環境影響評価(アセスメント)が進んでいる。厳しい国の財政事情の中でどう財源を確保するかが最大のハードルだ。
 那覇空港は、民間機と自衛隊機との「軍民共用」である。自衛隊機のトラブルで民間機に影響を与えることも少なくない。自衛隊との運用形態がどうなるかについての論議がほとんど聞こえてこないのが気がかりだ。
 防衛計画の大綱や中期防衛力整備計画(2011〜15年度)には島しょ防衛の強化がうたわれ、航空自衛隊那覇基地の1個飛行隊を2個飛行隊に増やすことが盛り込まれている。戦闘機の配備を倍に増やす計画なのだ。
 滑走路増設によって自衛隊が専用滑走路を持つことになるのであれば、観光振興など本来の趣旨に反すると言わざるを得ない。政府が主張する「負担軽減」にも逆行する。滑走路増設の目的を明確にすべきだ。
 公共交通システムの整備は戦後ずっと続く沖縄の大きな課題である。モノレールは那覇市内の12・9キロだけの運行であり、効果は限定的だ。
 沖縄はモノレールを除くと鉄軌道のない唯一の県で、車社会を招いている。主要幹線道路の混雑は大都市並みで経済的損失は計り知れない。
 北部、中部、南部を鉄軌道で結ぶことになれば、経済効果のみならず、通勤圏の拡大など県民生活を一変させるに違いない。
 低コストで建設できるバリアフリーの新型路面電車(LRT、トラム)が注目を集めている。大学教授や会社経営者らでつくる市民団体「トラムで未来をつくる会」は「LRT導入基本計画」を発表したり、シンポジウムを開催したり、導入に向けた活動を活発化させている。
 機は熟した。どういう形態が望ましいか、導入を前提にした具体的な論議を始めるときだ。
 改正沖振法の特徴は沖縄振興計画の策定主体が国から県に移ったことであるが、県のフリーハンドではない。
 沖縄振興計画が基本方針に適合していないと認めるときは首相は知事に対し、変更を求めることができる、と改正沖振法は定めている。
 沖縄の手かせ足かせになりかねないとの危惧に配慮し、基本方針は沖縄の自主性を最大限に尊重することを明記している。実際の運用面でその姿勢を貫いてもらいたい。

沖縄タイムス2012年5月13日 09時56分
[日米軍事拠点化]雲散霧消する負担軽減

 復帰40年の県民意識の変化として見逃せないのは、自衛隊に対する肯定的な受け止めが広がったことだろう。
 沖縄では本土復帰とともに自衛隊が移駐した。復帰当時を知る那覇防衛施設局(現沖縄防衛局)の元職員は「沖縄では軍人は住民を守らないというイメージが強く、施設局職員は『隠れ自衛隊員』と嫌悪された」と振り返る。沖縄戦での旧軍のイメージをひきずる自衛隊に対し、県民の視線は冷ややかだった。
 こうした中、自衛隊は不発弾処理や離島の急患搬送など「民生支援」に力を注ぎ、県民への浸透を図ってきた。東日本大震災における自衛隊の救援活動は、県内でも高い評価を得ている。
 ただ、日米の安保政策の流れを勘案したとき、劇的変容を遂げつつある自衛隊の軍事的側面を無視するわけにはいかない。自衛隊、米軍ともに民生支援と軍事戦略は密接にリンクしている。その両面を問わなければ本質を見失う。
 日米は今、軍事一体化を進めつつ、自衛隊の「南西シフト」を固めようとしている。先月発表された日米共同文書は「2国間の動的防衛協力の促進」に向け、日米の共同訓練場をグアム以外に米自治領の北マリアナ諸島に整備する方針を打ち出した。国外に演習場を確保し、米軍と日常的に共同訓練するというのである。集団的自衛権の行使に関する国内議論も置き去りにしたまま、なし崩し的に自衛隊と米軍の一体化が進んでいるのが現状だ。しかもその最前線は、沖縄を含むアジア太平洋地域である。
 防衛省は与那国島への陸自配備を足掛かりに、先島進出に向けた動きを強めている。先日は北朝鮮の「衛星」発射に備え、石垣市などに地対空誘導弾パトリオット(PAC3)部隊などを大々的に展開した。尖閣問題など対中国もにらんだ前線拠点として沖縄での自衛隊の活動が存在感を増しつつある。
 4月実施の県民世論調査で、先島への自衛隊配備は賛成が44%で反対を4ポイント上回った。一方、地域別では先島地方は反対が過半を占める。
 本島住民には、先島配備への負担感が小さいのかもしれない。が、自衛隊の認知度向上は、本島の米軍基地運用にも影響を与えかねない。在日米軍専用施設の74%を占める現状は自衛隊移管や共同使用という形式的措置で大幅縮減が可能だ。沖縄の基地負担を象徴する数値だけ塗り替え、軍事要塞(ようさい)としての役割が固定化されることも懸念される。
 「軍隊の肯定」の代償は何か。それを最も肌で知るのは沖縄県民だろう。忘れてはならないのは沖縄戦の教訓だ。大規模な軍隊が駐留したために凄惨(せいさん)な地上戦に巻き込まれ、極限時は「住民を犠牲にする軍隊」を目の当たりにした痛苦な歴史的体験である。
 日本本土を守る安全保障上の「防波堤」として沖縄が存在しているのではない。「国境の領土」ととらえる国と、住民の利害は常に一致するとは限らない。自治や民意をフルに発揮し、再び戦場となる可能性を極力排除する姿勢を貫けるかが試されている。

沖縄タイムス2012年5月14日 10時23分
[復帰教育]世替わり体験 次世代へ

 明治以降の沖縄の歴史には二つの大きな断層がある。沖縄戦をはさんで戦前と戦後に大きな断層があり、施政権返還をはさんで復帰前と復帰後に大きな断層がある。この二つの「世替わり」は住民の暮らしに極めて大きな変化をもたらした。
 沖縄戦については、学校現場で取り上げられ、家庭でも語り伝えられてきたが、それに比べると、二つの「世替わり」の間にはさまれた27年に及ぶ「米統治下の沖縄」が語られる機会は、沖縄の中でも意外と少ない。
 復帰前の土地の強制接収は基地問題の文脈の中で盛んに語られてきたが、貧しい沖縄の暮らしや住民意識など、複雑な心のひだが取り上げられることはなかなかない。
 たとえば、「異民族支配」と「祖国復帰」。本土の若い世代が、今、こういう言葉に接したら、どこか遠い国の昔の出来事のような印象を受けるのではないだろうか。復帰後に沖縄で生まれた世代にとっても、この二つの歴史的な用語は、肌触りを欠いた言葉になってしまった。
 沖縄大学で12日に開かれた「日本復帰40年を問う」シンポジウム。復帰運動にかかわった60〜80代の政治家ら6人がそれぞれの濃密な体験を語った。会場には同世代を中心に多くの人たちが詰めかけ、体験談に自身を重ね合わせて聞き入った。
 パネリストの一人が「もっと若い人たちに来てもらいたかった」と語ったように復帰運動に携わった人たちもだんだん少なくなっている。日本の中でも特異な沖縄の「世替わり」体験を、歴史に埋もれさせてはいけない。
 1952年4月28日、サンフランシスコ平和条約が発効し、沖縄の施政権は米国に委ねられた。その年の11月、立法院は「琉球の即時母国復帰請願」を決議した。日本への復帰を「母国復帰」と表現していることに注目してほしい。50年代を通して民族感情を込めた「祖国復帰」という言葉がひんぱんに使われた。学校現場では、沖縄教職員会が中心になって日の丸掲揚運動や日本人教育が徹底された。
 65年、ベトナム戦争が本格化し、沖縄の基地がフル回転し始める。民族主義的な復帰運動が、反戦復帰を求める運動に変わり始めるのは60年代後半からだ。
 外国軍隊の行為によって私有財産や人権が脅かされ、軍事優先政策のために自治が著しく制限を受けていることに対する異議申し立て―それが復帰運動の底に流れる太い幹のような主張だった。
 軍事植民地からの脱却を求める沖縄の声は、戦後、世界各地で展開された植民地解放運動ともつながる普遍性をもっていた。復帰に託した「平和な沖縄県」や「豊かな沖縄県」はどれだけ実現されたのだろうか。そのことを問い返す日が「5・15」である。
 県教育庁は復帰前後の沖縄の状況を教えるよう県立高校に通知文を送付した。
 直接体験していない教師も多い。「世替わり」の体験を引き継ぐためにも、学校で家庭で、話し合う機会をつくっていく必要がある。

沖縄タイムス 2012年5月15日 09時43分
[復帰40年]普天間を解決する時だ

 1965年8月19日、佐藤栄作首相は現職の総理大臣として戦後初めて沖縄を訪れた。那覇空港での歓迎式典で、沖縄の祖国復帰が実現しない限り日本の戦後は終わらない、との歴史的メッセージを発した佐藤氏は、こうも語っている。
 「私たち国民は沖縄90万のみなさんのことを片時も忘れたことはありません」
 のちに行政主席、県知事となる屋良朝苗氏は日記に記している。「総理を迎えた時は正直言ってさすが涙が出た」
 復帰が実現したのはその日から7年後のことである。
 72年5月15日。40年前の復帰の日、東京と沖縄で二つの記念式典が開かれた。対照的だったのは、佐藤首相と屋良県知事の式典での表情である。
 政府にとって復帰を実現することは、何よりも戦争で失った領土を外交交渉で取り戻すことを意味した。
東京での式典で佐藤首相は、高揚感に満ちあふれた表情で万歳を三唱した。
 だが、那覇の式典に出席した屋良知事の表情は終始、硬かった。「復帰の内容をみますと、必ずしも私どもの切なる願望がいれられたとはいえないことも事実であります」
 あの日も、那覇市民会館と隣の与儀公園で、復帰記念式典と抗議集会が並行して開かれた。40年後のきょうも、同じ日に式典と抗議集会が開かれる。
 基地問題をめぐる過重負担の構図はこの40年間、ほとんど何も変わっていない。
 復帰から2009年3月末までに返還された米軍基地は、面積にして約19%にとどまる。この間、本土では約59%が返還されたのに、沖縄の負担軽減は遅々として進まない。
 沖縄タイムス社と朝日新聞社が4月に実施した県民意識調査によると、沖縄の基地が減らないのは本土による沖縄差別だと思うかとの問いに対し、「その通り」だと答えた人が50%に上った。
 「基地の現状は不公平だ」「本土の人たちは沖縄をあまり理解していない」―そう考える人たちが県内で急速に増えている。沖縄の人たちのまなざしが厳しくなっただけではない。本土の側の沖縄理解も、急速に変わりつつある印象を受ける。
 この40年を通して本土と沖縄の心理的な距離は、今が一番開いているのではないだろうか。基地問題をめぐって「心の27度線」が浮上しつつある。危険な兆候だ。
 米軍普天間飛行場の辺野古移設を盛り込んだ06年の日米合意は、死文化した。辺野古移設計画を断念し、早急に日米交渉を始めるべきである。普天間の固定化は許されない。
 沖縄を軍事要塞(ようさい)化し日米で中国を封じ込めるという発想は、米中関係の奥深さや国境を越えた「ヒト・モノ・カネ」の移動、市民レベルの文化交流など、国際政治の潮流を無視した一面的な考えである。冷戦思考を引きずっていては、沖縄の未来を展望することはできない。
 沖縄の民意は変わった。基地依存・財政依存からの脱却を目指した「沖縄21世紀ビジョン」の将来像は、多くの県民に共有されており、これからの沖縄振興は、この自立の動きを後押しするものでなければならない。

沖縄タイムス 2012年5月16日 09時40分
[新振計決定]自立への態勢は整った

 復帰40年を迎えた15日、県は沖縄振興の向こう10年間の道筋を描く「沖縄21世紀ビジョン基本計画」を決定した。初めて県が自前で策定した計画だ。仲井真弘多知事が、復帰記念式典出席のため来県した野田佳彦首相に手渡した。
 同計画は、「自立」「交流」「貢献」を基本的な指針に掲げ、使い道の自由度の高い沖縄振興特別推進交付金(一括交付金)を活用した事業の推進や、アジアと日本をつなぐ国際物流拠点の形成などを盛り込んだ。
 県は、同計画において、2021年度の県内総生産を10年度比約1・4倍の5兆1千億円とする目標を設定した。全国最低レベルの1人当たり県民所得も10年度の207万円から271万円(21年度)に増やすことを目指す。
 本土復帰後4次にわたる10年ごとの沖縄振興(開発)計画は、いずれも国の主導で決定されたものだ。対して今回初めて県が策定し、国は支援する仕組みへと転換した。
 本土復帰後、沖縄に投下された国の振興予算は約10兆円に上る。道路などの社会資本は一定整備されたものの、雇用を創出する有力な地域産業の育成は進んでいない。民間主導の自立型経済をどうつくるかは、最大の課題となっている。
 仲井真知事が「従来の国計画に基づく手法では限界にきており、沖縄が自ら歩んでいく新たな段階に入った」とインタビューでその意義を語ったように、沖縄の真の自立に向けた第一歩としたい。
 野田首相は、復帰記念式典の式辞で「アジア太平洋の玄関口として沖縄は新たな発展の可能性がある」と述べ、新振計の実現に尽力することを約束した。
 那覇空港第2滑走路について「2013年度予算編成で財源を検討し、整備を推進する」と明言した。鉄道整備のあり方についても「必要な調査・検討を進める」と示した。
 第2滑走路整備は、国際貨物ハブ事業を推進する上で、さらに離島住民の生活を支える拠点として、経済団体などが強く求めている。公共交通システムの整備も、主要幹線道の渋滞が激しく経済的損失も生じているため導入を求める声が高まっている。
 駐留軍用地跡地利用特別措置法も成立し、返還軍用地の給付金の給付期限を拡充するなど、基地の跡利用を後押しする態勢が整った。
 いずれも今後10年の沖縄にとって重大プロジェクトになることは間違いない。
 過去の振計では金融特区や自由貿易地域、特別自由貿易地域などの制度が鳴り物入りで創設されたものの、さまざまな制約が付き、期待した効果は表れていない。
 巨額の政府予算が投じられた北部振興策や再編交付金も沖縄の自立につながっているとはいえず、建設された箱物がかえって自治体の負担となっているケースもある。
 これまでの課題も踏まえ、県自らが策定した計画を真の自立にどうつなげ、県民の豊かな生活に結び付けるか。施策の具体化はこれからだ。「ポスト復帰40年」は、自ら切り開く気概にかかっている。

沖縄タイムス 2012年5月17日 09時27分
[ポスト「復帰40年」]場の力を育て高めよう

 復帰の日の15日に開かれた「沖縄復帰40周年記念式典」は、過去を振り返りつつ将来に思いをはせるセレモニーだった。政府と県が共催したこともあって、式典自体は淡々と何事もなく進んだ。
 だが、40年前と同様、式典の外では、激しい雨の中、抗議集会が開かれた。政府と県のすれ違いも表面化した。
 仲井真弘多知事が米軍普天間飛行場の県外移設を訴えたのに対し、野田佳彦首相は「普天間の固定化はあってはならない」と言うだけであった。それをどのような形で実現するのか、そもそも辺野古案は死んでいるのか生きているのか、肝心な点には一切触れなかった。
 この期に及んでもなお、辺野古断念を明言しないのは、県民にとって「蛇の生殺し」に遭っているようなものだ。
 沖縄の米軍は戦後、朝鮮戦争、ベトナム戦争、湾岸戦争、アフガニスタン戦争、イラク戦争に参加してきた。これほど戦争ばかりしてきた軍隊は米軍以外、世界中どこにもない。沖縄はそのすべての戦争で出撃・補給・後方支援などの基地として使われた。
 県民は凄惨(せいさん)な地上戦を経験し、27年にわたって米国による軍事支配を受け、小さな島の中で金網を隔てて米軍と同居し、米兵による事件事故や演習被害にさらされながら、彼らの挙動をつぶさに見てきた。
 47都道府県の中で、沖縄以外にこのような戦争体験・戦後体験をもつ県はない。
 もうこれ以上我慢できないという主張は抑制されたささやか主張と言うべきである。
 日本で「安全保障」ということばが定着したのは戦後のことである。戦前は「国防」ということばが一般的だった。専門家によると、「安全保障」のもともとの意味は「心配のない状態」のことで、国家の軍事的防衛を意味する「国防」よりもはるかに広い概念だ。
 沖縄の基地問題を考えるときに大切なことは、軍事的防衛の観点だけで物事を考えないことである。
 沖縄が21世紀に果たすべき役割ははっきりしている。歴史体験を積極的に生かし、東アジアの中に「心配のない状態」をつくり出していくこと。そのために沖縄の「場の力」を発揮すること、である。
 安全保障は国の専権事項であり沖縄がどうのこうの言うべきではないという考えも、間違っている。
 普天間問題に関して沖縄は当事者そのものであり、一方の当事者抜きで頭越しに進めることのほうが問題だ。
 改正沖縄振興特別措置法(改正沖振法)と駐留軍用地跡地利用特別措置法(跡地法)の沖縄関係2法が3月30日に成立した。改正沖振法に基づく「沖縄21世紀ビジョン基本計画」も、復帰の日の15日に正式に決まった。
 沖縄県は、新たな制度をひっさげ、船をこぎだしたことになる。
 進むべき方向性ははっきりした。経済の力をつけ、依存体質を克服し、平和創造と文化発信によって独自性を打ち出すことだ。



8.琉球新報

琉球新報2012年5月12日
社説 国の騒音甘受主張 まるで「地上げ屋」だ

 嘉手納基地周辺に暮らし続ける人々に対して、国による移転補償費を受け取る権利を行使せず、別の場所にも転居しない住民に対し「航空機騒音の影響を、自ら甘受すべきものであるといえる」と言い放った。札束をちらつかせたどう喝としか思えない。
 10日に那覇地裁沖縄支部であった第3次嘉手納爆音訴訟の第3回弁論の場で国側が準備書面に記した主張のことだ。まるで「地上げ屋」の言葉ではないか。バブル景気の時代に強引な手法と高値を提示して地主から土地を買い占めた人々との区別がつかない。
 本来は生命と生活の安全を保障されるべき国民に対し、「地上げ屋」まがいの国の態度はあまりに理不尽だ。
 なぜ基地の騒音に苦しんでいる実情を訴えると「甘受せよ」という言葉を投げ掛けられないといけないのか。なぜ国土面積のわずか0・6%の沖縄に在日米軍専用施設の74%が存在するのか。その問いに国は答えず、逆に開き直って責任を住民側に転嫁している姿勢にしか見えない。この国の社会正義はどうなっているのか。
 琉球新報と毎日新聞が今月実施した世論調査でも沖縄に基地が集中する状況に県内の69%が「不平等だと思う」と回答している。多くの県民が差別的な境遇に置かれていると感じている。
 この訴訟では過去にも国側から住民を蔑視するような主張が出されている。1982年の第1次訴訟の口頭弁論の答弁書では「原告住民は通常と異なる生活態度をとっている。または特殊感覚の持ち主」と主張し、原告住民を異常者扱いした。弁護団が抗議し、裁判長は「書き換え」を勧告したが、国側は結果的に拒否している。
 国が主張する基地周辺への転居は騒音を容認しているとの「危険への接近の法理」について第1、2次訴訟の判決とも退けた。騒音の影響を受けられずに居住できる地域が限られている沖縄の現状を裁判所が認定したのにもかかわらず国が「甘受」を口にすること自体容認できない。
 国の論理を突き詰めれば、沖縄から全住民を追い出し、基地だけの無人の島にしたいと言っているようなものだ。国は基地被害に苦しむ人々の声に真摯(しんし)に耳を傾けるという当たり前の責務を全うすべきだ。差別とどう喝がまかり通る民主国家などあり得ない。

琉球新報2012年5月12日
社説 振興基本方針 取引材料にしてはならない

 今昔の感を深くする。政府の「沖縄振興基本方針」の中で、「格差是正」の単語は、過去の振興計画を振り返る中で触れるにとどまった。社会資本の本土並み整備は、目標でなくなったということだ。代わりに「沖縄の自主性」という言葉が前面に躍る。
 自主性重視に賛同する。国に依存していては決して振興などしなかったからだ。本土と同じ形にとらわれず、独自性を追求し、自らの努力で目指す将来像にたどり着くほかない。
 基本方針を受け、県は来週、次の振興計画となる沖縄21世紀ビジョン基本計画(仮称)を決定する。自前の工夫で「アジア・太平洋の発展に寄与する21世紀の万国津梁」沖縄を実現したい。
 国際競争力を持つ観光地形成、貨物ハブを活用したものづくりなど、基本方針が示す具体策もうなずける。中でも教育が極めて重要としたのは卓見だ。自助努力による振興には人材が何より必要だからだ。基地の跡地利用や離島振興を明記したのも評価したい。
 ただ、気になる点がある。那覇空港の第2滑走路整備を図るとしたものの、「適切な財源の確保が前提」とわざわざ明記した点だ。「財源がないから整備しない」と逃げ道を用意したように見える。
 離島県での空港の重要性は言うまでもない。他府県では戦後、国の一部たる国鉄が鉄路を整備したのだから、沖縄では空路を国が責任を持って整備すべきだ。
 「沖縄の旅客需要は高いのに、滑走路1本では2010年代半ばにボトルネック(制約要因)になる」と十数年前から指摘されたのに、遅々として進まなかったのは怠慢のそしりを免れない。那覇空港は国管理空港だということを、政府は忘れてはいけない。
 那覇空港の整備を沖縄への恩恵であるかのごとく扱うのも問題だ。政府は国内外との交流を拡大する観光立国をうたった。沖縄は中国大陸や台湾と次々に空路を開設しつつある。空港整備はアジアと日本のパイプを太くすることになる。政府の方向性に合致しているはずだ。
 政府には、振興計画を基地問題との取引材料にしようとする狙いも見え隠れしているが、ゆめゆめ結び付けてはならない。「沖縄の潜在力を存分に引き出すことが、日本再生の原動力にもなり得る」との基本方針の文言を、政府は肝に銘じてほしい。

琉球新報2012年5月13日
社説 軍港へオスプレイ 普天間配備を即刻撤回せよ

 あまりにも理不尽で憤まんやるかたない。沖縄を一体何だと思っているのか。
 米政府が垂直離着陸輸送機MV22オスプレイを米軍普天間飛行場に配備する計画をめぐり、7月にも分解した機体を海路で那覇軍港に搬入し、組み立てた上で試験飛行する意向を日本政府に伝えた。
 オスプレイは開発段階で重大な墜落事故を繰り返し、「未亡人製造機」と呼ばれるなど、かねて危険性が指摘されてきた。先月もモロッコで米兵4人が死傷する墜落事故を起こしたばかりで、“欠陥機”の疑念は強まる一方だ。
 本紙が実施した最新の世論調査では、普天間飛行場へのオスプレイ配備計画に対し、県民の9割が反対している。そうした中、県都那覇市の市街地にあり、那覇空港に隣接する那覇軍港を利用するとの打診は正気の沙汰とは思えない。
 米側は最初に配備する12機を分解した状態で那覇軍港に搬入し、約1カ月かけて同軍港で機体を組み立てる計画という。不具合が起きやすい組み立て直後のオスプレイを人口密集地の那覇市上空を含めて試験飛行するというからあぜんとする。翁長雄志那覇市長が「今までのどの案よりも異常。事実なら県民、市民を愚弄(ぐろう)するものにほかならず、強い怒りを禁じ得ない」と猛反発するのは当然だ。
 基地問題では慎重な物言いの仲井真弘多知事も「反対だ。非常に無理がある。日比谷公園とか新宿御苑みたいなところに持ってこられるのか」と強い不快感を示した。沖縄と本土で二重基準を平気で使い分ける日本政府の欺瞞(ぎまん)性を見透かした発言と言える。
 日米両政府はオスプレイ配備に関して当初、キャンプ富士(静岡県)や岩国基地(山口県)など本土の米軍基地に一時駐機し先行運用することで、沖縄側に安全性をアピールする狙いだった。だが、地元の反発を理由に日米両政府は本土先行駐機を断念した経緯があるからだ。
 オスプレイが安全とする科学的な根拠を何ら示さないまま、沖縄には県民の意向を一切無視して配備を強行しようとする。日米両国が掲げる民主主義や人権尊重が、それこそ聞いてあきれる。
 このままでは米軍基地の安定的運用が困難になり、日米安全保障体制が大きく揺らぐのは目に見えている。普天間飛行場への配備計画そのものを即刻、撤回すべきだ。

琉球新報2012年5月15日
社説 復帰40年/自立の気概持とう 国の空洞化、無策を憂う

 米国統治下に置かれていた沖縄が1972年5月15日に日本に復帰してから、満40年を迎えた。
 県民が「復帰」に込めた「基地のない平和な沖縄」「日本国憲法の下への復帰」の理想は今なお、実現していない。
 沖縄に在日米軍専用施設の74%が集中し、基地から派生する事件・事故、爆音被害によって、県民の生命や基本的人権が危険にさらされ続けている。理不尽な状況を招いたのは沖縄ではない。問われるべきは、民主主義や憲法が機能しないこの国の空洞化、為政者の無策ぶりだろう。

「基地依存」は先入観
 米軍普天間飛行場の移設問題について、県民は知事選など各種選挙を通じて繰り返し名護市辺野古への移設を拒否してきたが、日米両国は民意を無視し続けている。
 この国の官僚は垂直離着陸輸送機MV22オスプレイの本土への一時配備について、「検討する」としながら地元から反対の声が上がるや「理解が得られない」とあっさり引っ込めるありさまだ。
 野田佳彦首相に問いたい。民意無視と危険極まりないオスプレイの配備は、沖縄差別ではないのか。
 琉球新報の最新の世論調査によると、多くの県民が道路、港湾の着実な整備などを背景に「復帰」を肯定的に評価する一方で、沖縄振興の重点として「米軍基地の整理縮小と跡地利用」を求めている。
 県民総所得に占める基地収入の比率は、復帰時の15・5%が2009年度には5・2%まで低下した。本土側から「基地がないと沖縄経済は立ち行かないのではないか」といった声が絶えないが、これは先入観以外の何物でもない。基地返還前と返還後で経済効果が十数倍となった那覇新都心地区や、同じく170倍超の北谷町美浜・ハンビー地区の発展ぶりを見れば納得いくはずだ。沖縄は既に基地依存経済から脱している。
 今後の沖縄振興の指針となる仲井真県政の沖縄21世紀ビジョンも過密な米軍基地を「沖縄振興を進める上で大きな障害」とし、沖縄経済の阻害要因と位置付けた。
 沖縄の県民所得は全国平均の7割、完全失業率は2倍近くで高止まりしたままだ。「基地の整理縮小と跡地利用」と雇用創出を並行して進めなければ、沖縄の自立的発展はおぼつかない。
 幸い沖縄の要求をほぼ満たす形で改正沖縄振興特措法と跡地利用推進特措法が成立した。本県はこの「沖縄2法」と本年度にスタートする新しい振興計画に基づき今後10年間、自立的発展を目指す。

人材育成に注力を
 経済界や個々の企業には、沖縄の自立的発展の主役としての気概を期待したい。いずれ復帰特別措置にも終わりの時が来る。税制優遇措置なしで成長と雇用を維持できる経営基盤を築かねばならない。
 健康産業や観光業界で既に手掛けているように、成長するアジア市場を見据えた商品開発や販売促進活動の強化は各業界で急務だ。
 県の「沖縄21世紀ビジョン基本計画」案では、新振計の基軸の筆頭に「沖縄らしい優しい社会の構築」を定めた。一括交付金を活用し、子育て支援や福祉、環境などソフト事業を想定している。従来の沖縄振興策がハード偏重だけに、ソフト重視で均衡を図るのは当然だろう。県や市町村にとっては、自治力の腕の見せどころだ。
 沖縄が日本とアジアの懸け橋として羽ばたいていけるか否かは、人材の確保が鍵だ。沖縄の大学進学率は36・9%(2011年度)で全国平均の54・3%と開きがある。県内の生活保護世帯の中学3年生(2010年3月卒)の進学率が74・4%にとどまり、県内全体より約20ポイントも低い。
 沖縄の前途にとって危うい状況だ。家庭の経済格差が教育格差につながる悪循環は、断ち切らねばならない。県民所得が低い本県では、他府県以上に人材育成への支援に力を注いでしかるべきだ。関係機関は人材と雇用なくして沖縄に未来はない、と肝に銘じてほしい。

琉球新報2012年5月16日
社説 復帰記念式典/差別と犠牲断ち切るとき 沖縄に民主主義の適用を

 民主主義社会は世論を尊重することが基本です。なぜ、(日米)両政府とも沖縄県民の切実な声をもっと尊重しないのですか。
 復帰40周年記念式典で上原康助元沖縄開発庁長官はこう述べた。ほとんどの県民が共有する疑問だろう。なぜ政府は沖縄に民主主義を適用しないのだろうか。
 県民の願いは、ほんのささやかなことでしかない。米軍基地の移設を、拒否すれば強要されることがない他県の国民と同様に、沖縄にも強要しないでほしいということだ。沖縄の民意も、他県と同じ重みでくみ取ってほしい。

繰り返す二重基準
 差別の例証としてよく取り上げられるのが、国土の0・6%しかない沖縄に全国の74%の米軍専用基地が集中するという点だ。だが、より問題なのは政府の態度である。
 2005年の在日米軍再編協議で米側は、沖縄の海兵隊の九州、北海道など本土への移転を打診した。だが日本側は検討しようとすらせず、打診自体をひた隠しにした。
 防衛庁(当時)首脳はその理由を「本土はどこも反対決議の山」だからと説明した。実際には正式に可決した自治体議会はなかったにもかかわらず、だ。
 政権交代後もそうだ。普天間飛行場の徳之島移転案は正式打診もしていないのに、反対の空気をくんで断念した。だが沖縄は知事も地元市長も反対で、県議会が全会一致で反対決議をしたにもかかわらず、押し付けようとしている。
 同様の二重基準(ダブルスタンダード)は、米海兵隊の垂直離着陸輸送機MV22オスプレイの配備でも繰り返している。政府は当初、本土の米軍基地に一時駐機し先行運用することで安全性をアピールする予定だったが、地元の反発で断念した。
 しかし沖縄では猛反発をよそに、今夏にも配備を強行しようとしている。よりにもよって世界一危険とされる普天間飛行場に、だ。しかも県都那覇で組み立て、市街地上空で試験飛行するという。政府は都心の新宿や銀座の上空で同じことを許すだろうか。
 野田佳彦首相は復帰記念式典で「沖縄の基地負担の早期軽減を具体的に目に見える形で進める」と述べた。政府が今まさに進めようとしていることとの、あまりの乖離(かいり)に言葉を失う。
 閣僚は来県するたび「沖縄の民意に耳を傾ける」と口にする。今回の首相もそうだ。だが耳を傾けた結果、実行したためしはない。

低姿勢の「演出」
 沖縄の民意をくむ意思などないのに、低姿勢を演じる。そして「政府がこれほどお願いしているのに、受け入れない沖縄はわがままだ」という国民世論を喚起しようとしている。そう見るのはうがちすぎだろうか。
 美辞麗句はもういい。沖縄の意思をくむなら、首相はまず真っ先にオスプレイ配備を撤回させてもらいたい。その上で普天間・海兵隊の県外・国外移設に本気で取り組んでほしい。
 東日本大震災後、福島と沖縄の近似性が指摘されるようになった。危険は周縁部に負わせ、利益は中央が享受する構図がうり二つだ。国策を進めるため補助金を投じた結果、地域経済が国依存型になってしまう点も似ている。
 違うのは、沖縄では銃剣を突き付けられて土地を収奪された点だ。「誘致」などしていない。
 もっと大きく異なる点もある。原発事故後の福島に、政府が新たな原発を造るだろうか。県議会も知事も反対しているのに、原発を強要することなどできるだろうか。今、政府がしようとしているのはそういうことだ。
 差別を自覚した県民は、もはや分水嶺を越えている。もう犠牲を甘受するだけの存在には戻れない。政府はその重みを知るべきだ。次の世代に犠牲を強いることのないよう、今の世代で差別の連鎖を断ち切りたい。


琉球新報2012年5月17日
社説 新沖縄振計 自立向け「釣り具」生かせ

 本土復帰40年の節目の15日、沖縄の未来を開く道しるべがくっきりと形を結んだ。
 県は、2012年度から21年度までの新たな沖縄振興計画となる「沖縄21世紀ビジョン基本計画」を決定した。
 復帰後4次にわたり、国主導で策定された計画と異なり、県が初めて策定し、国に支援を求める構図となった。
 沖縄主導の沖縄振興への歴史的な転換である。
 「魚ではなく、釣り具が欲しい」
 2002年の第4次となる沖縄振興計画の策定を前に、稲嶺恵一元知事は当時の策定主体だった国に対し、繰り返し要望した。
 一時しのぎになりかねない物や金を投じるよりも、沖縄の独自性を生かし、民間主導の経済活性化に結び付く法的枠組みや、自由度の高い制度を創設する必要性の方が高い、と説いた言葉だ。
 復帰後、沖縄に注がれた国の振興予算は約10兆円に上る。道路や港湾など、社会資本の整備は進んだが、県民の雇用を増やす産業育成は停滞している。
 金融特区や自由貿易地域などが創設されたが、国による制約が企業の進出意欲を損ない、経済波及効果は乏しいままだ。
 3月に成立した改正沖縄振興特別措置法と返還される軍用地の跡利用を支援する跡地利用推進特措法は、まさに新たな沖縄振計の「釣り具」の両輪に当たる。
 自立に向けた土台は整い、これから問われるのは実行力だ。
 新沖縄振計の特色は、不利な県土条件を、可能性を帯びた「優位性」と捉える逆転の発想にあろう。
 台風襲来などの自然的不利性、離島県である地理的不利性、米軍基地が振興の阻害要因となる社会的不利性などを踏まえた上で、その克服が成長の伸びしろになり得ると位置付けている。
 自立、交流、貢献を基本指針とし、アジアと日本を結ぶ国際物流拠点の形成や、使途の自由度が高い沖縄振興特別交付金(一括交付金)を活用した事業を進めることを盛り込んでいる。
 野田首相は復帰記念式典で、新振計実現に努めると約束した。県と国が緊密に連携し、新たな沖縄づくりで協調してもらいたい。
 「沖縄の、沖縄による、沖縄のための」自前の振興計画に基づき、真の成長発展力を引き出す気概が県や市町村、県民に求められる。

琉球新報2012年5月18日
社説 グアム移転費削除 基地返還の速やかな履行を

 米上院歳出委員会の軍事建設等小委員会が策定した2013会計年度の歳出法案の原案で、在沖縄海兵隊グアム移転費2600万ドル(約21億円)を全額削除した。米上院で2年連続でグアム移転費が全額削除されるのはほぼ確実な情勢だ。
 先に日米両政府が共同文書で発表した米軍再編見直しは早くも行き詰まった形だ。だからといって両政府が文書でうたった嘉手納以南の5施設・区域の返還の停滞を見過ごすわけにはいかない。グアム移転の成否にとらわれることなく、沖縄の基地負担軽減に全精力を傾けるべきだ。
 同小委員会がグアム移転費を全額削除したのは、共同声明で米軍のアジア太平洋地域の新配置案が明らかにされていなかったのが主な理由だ。共同文書は、懸案の普天間移設問題には触れず、グアム移転と切り離すことで上院の理解を得ようとの狙いがあったとみられる。辺野古以外の選択肢を示唆する内容もあった。しかし、最重要課題の普天間移設問題を棚上げにした文書は、まやかし以外の何物でもない。
 在沖海兵隊の兵員は、米軍が県に回答した数より、グアム移転計画で日米両政府が発表した数の方が数千人単位で多いことが明らかになっている。あり得ない話だが、ここにも計画のまやかしが透けて見える。
 日米間のグアム移転協定では、日本側の資金提供は「米政府の資金の拠出があること」との条件が明記されている。ところが、防衛省は、義務もないのに12年度に81億円を予算計上している。米に追従し、沖縄に犠牲を強いる姿勢は、そろそろ改めてはどうか。
 米上院の動きを県や関係市町村も注視している。返還予定の牧港補給地区を抱える浦添市の儀間光男市長は「グアム移転に関係なく早期の全面返還を要請したい」と訴え、北谷町の野国昌春町長も「(返還を)着実に進めていくべきだ」とくぎを刺した。日米両政府はこの訴えを重く受け止めるべきだ。
 米軍配置の在り方の報告書提出という米上院の求めを受け、先に米戦略国際問題研究所のマイケル・グリーン上級顧問らが県などから聞き取りをした。グリーン氏は、基地負担にあえぐ沖縄の現状を肌で感じたはずだ。実のある報告書がまとまり、米議会で県民への共感が広がることを強く期待したい。


(紹介、おわり)

沖繩復帰40周年と沖縄タイムス・琉球新報各社説の紹介その2(2012年5月上旬)

先日から「沖繩復帰40周年と沖縄タイムス・琉球新報各社説の紹介」を始めました。

「その1」では、2012年4月下旬の沖縄タイムスと琉球新報の各社説を紹介しました。

ここでは、「その2」として、今月(2012年5月)上旬の沖縄タイムスと琉球新報の各社説を紹介します。

3.琉球新報

琉球新報2012年5月1日
社説 メーデー 「働きがい」支える政治を

 5月1日は、労働者が諸権利を要求し連帯を誓う「メーデー」。2008年のリーマン・ショックを機に深刻化した世界経済危機に、昨年の東日本大震災が追い打ちをかけ、労働者を取り巻く環境は一段と厳しさを増している。労働と社会経済の在り方を問い直す国民的議論が、今まさに必要だろう。
 わたしたちは失業者と非正規労働者の増大、年収200万円以下の「ワーキングプア」と呼ばれる労働者の増加、若者の就職難、生活保護世帯の増大など、格差社会の惨状を目の当たりにしている。
 かつての「一億総中流社会」の日本でなぜ、貧富の差が生じ「格差社会」となったのか。このゆがみの原因を究明し、抜本的改革に知恵を絞っていかねばならない。
 連合の古賀伸明会長は、東京のメーデー中央大会で大震災の復興に注力する必要性を強調した。同時に、「新自由主義」に基づく規制緩和が格差を拡大し、アジア諸国の伸長でコスト競争に限界が来ているとし、これらの課題を克服するため「“成熟社会”における経済・社会運営の在り方を抜本的に見直す必要がある」と述べた。
 来賓として出席した野田佳彦首相は「暮らしを守るために産業空洞化の波に立ち向かい、景気回復とデフレ脱却を実現しなければならない」などと述べた。
 労働界の切迫感に比べて、野田首相の言葉は迫力不足で、「決意」が十分伝わってこない。歴代自民党政権の分も含め格差社会を招いた「政治の責任」を自覚し、具体的な処方箋を国民に示すのが首相の使命だと自覚すべきだ。
 ディーセント・ワーク(働きがいのある人間らしい仕事)という考え方がある。生産的で公正な収入を与える仕事に就く機会、職場における安全と家族に対する社会的保護、人々が懸念を表明し団結して自らの生活に影響する決定に参加する自由、すべての男女の機会と待遇の均等などを伴うものだ。
 1999年の国際労働機関(ILO)の総会で提起された、人々の働く上での希望を集大成した概念だ。残念ながら、その理想と労働者の現実には依然隔たりがある。
 格差を招いた大企業優先政策の行き過ぎを是正するのは、政府や与野党、経済・労働界の責務だ。持続可能な経済・雇用政策を再構築し、国民の「働きがい」を支えていけるか。国民は注視している。

琉球新報2012年5月2日
社説 日米首脳声明/命脅かして安保か 普天間放置は罪深い

 直面する具体的な課題に目をつぶり、未来志向を前面に打ち出すことで蜜月ムードを演出する。
 米ワシントンを初めて公式訪問した野田佳彦首相とオバマ大統領の日米首脳会談のことだ。
 会談や共同声明は日米同盟の深化をことさら強調する一方で、根幹となる安全保障に関し、懸案である米軍普天間飛行場の返還・移設問題には触れなかった。いや触れられなかったと言うべきだろう。
 沖縄の民意に真摯(しんし)に向き合おうとしない意思決定など、民主国家にあるまじき茶番劇というほかない。このままでは同盟深化の演出とは裏腹に、日米関係も沖縄問題も迷走を続けて行くだろう。

「空手形」の限界露呈
 過去2回の野田―オバマ会談は、普天間飛行場を名護市辺野古に移設する現行計画の推進を確認してきた。
 辺野古移設については仲井真弘多知事をはじめ県民の大多数が反対しているにもかかわらず、具体的な進展を求めるオバマ氏に対し、野田首相は「地元の理解に全力を挙げる」と約束。いわば「空手形」を切り続けてきた。
 だが、日米両政府が首脳会談の4日前に発表した在日米軍再編見直しの共同文書は、辺野古以外にも検討の余地を広げる文言を初めて盛り込んだ。
 辺野古移設をかねて疑問視し、嘉手納基地への統合案を提起する米上院のレビン軍事委員長ら米議会有力議員らに配慮したためとされる。辺野古で空手形を切り続ける限界を露呈したともいえる。
 ただ、レビン氏らが掲げる嘉手納統合案は地元を中心に県民の反発も強く、辺野古と同様に実現は事実上不可能だ。首脳会談では空手形こそ封印したが、解決の糸口すら見えない普天間問題を単に棚上げしたにすぎない。
 そもそも米軍再編見直しの共同文書そのものが、首脳会談の成果をアピールするための「小道具」との印象が否めない。レビン氏らに配慮するため、発表の期日が直前になって延期されたドタバタ劇からも明らかだろう。
 首脳会談で棚上げされた懸案はほかにもある。民主党内にも根強い反対論がある環太平洋連携協定(TPP)についても、野田首相は交渉参加の表明を先送りした。党内事情はともかく、関税の原則撤廃により安価な外国産農産物の流入を懸念する農家の不安や疑問が払拭(ふっしょく)されたとは到底言い難い。自動車、保険、牛肉の3分野での市場開放を求める米側の圧力は強いが、安易な妥協は決して許されない。

負担軽減に逆行
 共同声明は名指しこそしていないが、「中国包囲網」の色彩が濃い。南西諸島などでの警戒監視活動など「動的防衛力の構築」を図る自衛隊と、アジア太平洋を重視する米軍が連携を深める方針を確認。自衛隊と米軍の共同訓練や施設の共同使用で警戒監視や偵察活動などを強化する狙いだが、それによって、いたずらに中国側を刺激してはならない。
 オバマ大統領は「核兵器なき世界」の構想を打ち出しノーベル平和賞を受賞したが、理想と行動が乖離(かいり)することなく、平和賞にふさわしい振る舞いを貫くべきだ。
 その延長線上で、普天間の県外移設や基地負担の軽減を求める沖縄県民の声にも真剣に耳を傾けるべきだ。日米両政府は沖縄の負担軽減こそうたってはいるが、実現への意欲が全く感じられない。これ以上、思考停止は許されない。
 そもそも普天間飛行場への垂直離着陸輸送機MV22オスプレイの7月配備が計画され、普天間の固定化がささやかれること自体が言語道断であり、負担軽減に逆行する。自由や民主主義、基本的人権の尊重を日米共通の価値観と高らかに掲げながら、沖縄に対する差別的対応は二重基準そのものだ。
 県民の怒りのマグマは表向きは静かだが、再び臨界点に近付きつつある。日米両政府は、沖縄の民意を甘く見るべきではない。

琉球新報2012年5月3日
社説 憲法記念日 活憲で命輝く社会を/沖縄は不沈空母ではない

 おびただしい数の住民が犠牲になった沖縄戦から7年後の1952年4月28日、対日講和条約が発効した。沖縄は日本から分離され、米国施政権下に置かれた。
 非戦を誓った憲法秩序からの完全離脱を強いられたわけだ。
 講和から4年後の1956年、米軍の基地強制接収にあらがう島ぐるみ闘争が最高潮に達した。
 この年、詩人山之口貘は、米軍基地に組み敷かれた故郷を悲しむ「不沈母艦沖縄」を世に問うた。
 〈まもなく戦禍の惨劇から立ち上り きずだらけの肉体を引きずって どうやら沖縄が生きのびたところは 不沈母艦沖縄だ〉

◆安保が上位でいいのか

 戦争を放棄し、恒久平和の理念を掲げる日本国憲法は施行から65年を迎えた。県民は主権者として、平和憲法の恩恵を実感できる沖縄の実現を求め続けている。
 しかし、基地負担が重くのし掛かる沖縄の現実に照らせば「平和憲法の下への復帰」はいまだ遠い。それが施政権返還40年の年に県民が抱く憲法への実感だろう。
 児童が授業を受ける小学校の教室内で、車の1〜2メートル前で聞くクラクションと同じ大きさの轟音(ごうおん)が容赦なく響く。いつ襲来するか予測がつかない音の源は米軍機だ。
 罪を犯した米軍人・軍属が基地に逃げ込めば、すぐには逮捕できない。不平等な日米地位協定が改められる気配もない。
 住民の命の重さを二の次にし、平穏に暮らす最低限の生活環境、主権が脅かされる地域が国内のどこに、どれだけあるだろうか。
 日米両政府が沖縄の基地負担軽減を何度話し合っても、軍事的思惑が最優先され、沖縄に基地を押し付ける構図は変わらない。実効性を伴わない「虚飾の負担軽減」が屋上屋を架しているように映る。
 さらに中国をにらんだ「動的防衛力」を掲げ、先島への自衛隊配備に前のめりとなる国の姿が鮮明になっている。
 在日米軍再編見直し協議で、日米の軍事協力を強化するため、国外の米軍基地を自衛隊が使い、日本が資金を拠出する枠組みが打ち出された。専守防衛の憲法理念、国是を逸脱する動きが国会での議論もなく加速することは危うい。
 日米両政府と、新基地を拒む、沖縄の民意との溝は深い。安保が上位に立ち憲法をしのぐ状況も深まっている。沖縄はあたかも憲法が機能しない「番外地」のようだ。
 山之口貘が、沖縄を不沈母艦になぞらえ、悲嘆した状況と何がどう変わったのだろうか。

◆放置される不条理

 為政者の最大の役割は、憲法に基づいて、国民の生命・財産を守ることにある。
 日本政府の側に憲法を守り、国民を大切にする意識が希薄だからこそ、沖縄の「不条理」が是正されないまま放置されている。
 権力の暴走に歯止めをかける憲法が持つ役割、輝きがくすんでいるのではない。主権者である私たちは、諦念(ていねん)にとらわれ、理想をかなぐり捨てるわけにはいかない。
 立法、司法、行政の三権、そして地方自治体、国民一人一人が憲法を活(い)かす「活憲」の思考回路を広げることで、市民の目線でこの国の在り方や人権状況を問い直し、改めていかねばならない。
 昨年3月に起きた東日本大震災を機に、憲法25条が定める「生存権」にあらためて光が当たった。同条は「すべての国民は健康で、文化的な最低限度の生活を営む権利を有する」とうたう。
 原子力発電の危険性への備えと民主主義に欠かせない情報公開が欠けたまま、福島第1原発事故が起き、未曽有の被害が生じた。
 放射線が残り、帰宅すらかなわない住民も多い。「安保」と同様に「原発推進」の国策が憲法を凌駕(りょうが)して安全を置き去りにし、住民の生命、財産を危機に追いやった。
 生存権や幸福追求権に根差した大震災・原発事故の被災地復興と、沖縄の差別的な基地集中の是正に憲法再生の道筋を重ねたい。

琉球新報2012年5月5日
社説 こどもの日 当たり前の環境整えよう

 わたしたちの社会は子どもたちに当たり前の環境を提供できていない。それを実証する材料が昨今立て続けに浮上した。福島の学校の限界放射線量の基準しかり、県内の小中学校の騒音しかりだ。
 だがそれらは子細に見ると、以前からあった要素で、単に最近、あからさまになっただけというのが真相だ。わたしたちの社会はそもそも子どもをないがしろにする体質を内包していた、と言える。
 子どもたちの命や心身の健康を脅かしておいて、健やかに育ってほしいなどと言える資格はない。大人たちが社会の体質を真剣に問い直し、真に子どものための環境をつくり始めよう。こどもの日をそのきっかけにしたい。
 原発事故後、政府は学校の校舎・校庭の利用に関する規定で限界放射線量を年間20ミリシーベルトと設定した。
 これを超えると小中学校で屋外活動を制限するという値だが、過去には年間9・8ミリシーベルトを浴びた原発作業員が白血病で死亡し、労災認定された例がある。放射線の影響を受けやすい子どもたちに、労災で死亡した大人の倍の放射線を浴びせてもよいという判断を、政府がしたことになる。
 妥当な値を採用したら、福島の多数の子どもたちを避難させなければならず、その費用を国が財政措置することになる。それを避けたいがためであろう。
 政府はいざという時、子どもを犠牲にすると指摘されて、言い訳できるだろうか。これに抗議して小佐古敏荘東大教授が内閣官房参与を辞任したのも当然だ。一連の出来事は、政府の体質が表面化しただけのことで、われわれがその程度の政府しか持っていなかったことを示している。
 同じことは沖縄の学校にも言える。普天間・嘉手納両飛行場周辺の小中学校では文部科学省や世界保健機構の基準値を15〜50デシベルも上回る爆音があると分かったが、政府に原因を除去する意思があるとは思えない。
 嘉手納について政府は何も動かない。普天間も、移設先の子どもの健康はどうなるのだろうか。
 これら健康の問題は最優先だが、ほかにも課題は多い。例えば、経済事情で進学を断念する子どもがいる社会は、健全と言えるだろうか。日本の教育への財政支出は先進国中最低水準だ。汚名をそそぎ、子どもたちが当たり前の環境を生きられる社会にしよう。

琉球新報2012年5月5日
社説 在沖海兵隊の兵力 数合わせなら納得できない

 一体何を信じればいいのだろうか。沖縄に駐留している海兵隊員の数のことだ。このほど県の照会に米軍が回答した在沖海兵隊の軍人数は2011年6月末時点で1万5365人だ。しかし日米両政府は06年5月の米軍再編最終報告の時点で1万8千人とし、先月27日の再編見直しの共同文書を発表した時点では1万9千人としていた。
 両政府が出している数字には一つのもくろみがあるようだ。6年前の最終報告では海兵隊の移転数は8千人、先月の共同文書では9千人としており、ともに沖縄に1万人が残留する形で一致する。「外務省は1万人という数字にこだわった」と防衛省幹部が明かしているように「抑止力」を示すために沖縄に駐留する兵員が1万人に保てるよう数合わせをしているようなのだ。
 県の照会に米軍が回答した兵員数は最終報告の05年は1万2520人、06年1万3480人、07年1万3200人、08年1万2402人、09年1万4958人、10年は非公表で、いずれも両政府発表より数千人規模で下回り続けている。
 内部告発ウェブサイト「ウィキリークス」が公表した08年12月に東京の駐日米大使館が国務長官らに宛てた公電は、最終報告の移転人数8千人について「日本での政治的価値を最大化するために意図的に極限まで増加された」と記している。駐留人数についても「実際に沖縄に駐留する海兵隊員とその家族の数が明らかに異なることは(日米)双方とも知っていた」ともある。
 米軍が県に回答した兵員数が正確であるならば、沖縄に1万人を残すとすればグアムなどへの移転は5千人程度にとどまり、沖縄の負担軽減は発表より少ないことになる。逆に共同文書通りに9千人を移転するならば、沖縄駐留は6千人規模まで縮小し、そもそも海兵隊が沖縄に駐留する必要性があるのかという疑問が生じる。普天間飛行場の名護市辺野古への県内移設という大義名分も揺らぐだろう。
 今年3月には玄葉光一郎外相が2011年段階の定数が2万1千人だと米側から説明を受けたと国会で答弁し、その後ホームページの記述を削除するなど不可解なことも起きている。両政府は正確な人数を公表すべきだ。このままでは県民が納得できるはずもない

琉球新報2012年5月8日
社説 平和行進開始 本土復帰の内実見つめよう

 沖縄が本土に復帰した5月15日の記念日を前に、沖縄の基地重圧と平和を目指す行動の大切さを見つめ直す「5・15平和行進」が6日、与那国島で始まった。
 1972年に復帰が実現する前、県民は「基地のない平和な沖縄」を切望した。平和行進には、その悲願を実らせる意思を再確認し、日米政府による沖縄への基地押し付けや、復帰の内実を問う意義が宿っている。
 復帰40年を迎える今年は、南西諸島の防衛力強化と称した、陸上自衛隊配備計画が進む与那国島が初めてコースに入った。
 100人超の参加者が島内を巡り、陸自配備予定地などで「沖縄に基地はいらない」と気勢を上げた。
 「復帰して40年、私たちが住むことで島を守り、隣国と仲良くしてきた。突然、自衛隊を置けば紛争の火種になる」
 行進に参加した与那国町在住の女性の言葉を重く受け止めたい。
 尖閣諸島の領有権問題を背景に、政府は海軍力を強める中国に対抗心をあらわにしている。だが、外交努力によって緊張の根を和らげる戦略は希薄で、南西諸島の自衛隊強化をめぐる国会論戦も乏しい。
 こうした状況で、自衛隊配備が既成事実化されることがあってはならない。沖縄社会にとっても、自衛隊との向き合い方が問われる。
 軍事に頼らない平和構築の営みをあくまで追求する意思を行進の中で再確認し、強めてほしい。
 東西と南の3コースを歩く沖縄本島での行進は11日に始まる。
 昨年は東日本大震災から日が浅く、本土への組織的な参加呼び掛けを取りやめたが、今年の申し込みは既に1300人を超えた。
 県外参加者は、国土の0・6%の県土に居座る米軍基地の実態を目と耳に焼き付け、相互理解を深める意義をかみしめてもらいたい。
 13日には、普天間飛行場を抱える宜野湾市で県民大会が開かれる。
 米海兵隊は地元の反対を無視し、事故が相次いだ垂直離着陸輸送機MV22オスプレイを7月にも普天間に配備する計画を立てている。6月に市民大会を開く宜野湾市は、配備を拒む姿勢を強固にしている。
 配備阻止は、今年の基地問題の最大の課題の一つだ。平和行進と県民大会を、軍事最優先の米軍基地運用に歯止めを掛ける契機としたい。とりわけ、県民の命と人権への脅威となるオスプレイ配備は何としても撤回させる必要がある。

琉球新報2012年5月10日
社説 復帰世論調査/不平等の根 断つ時だ 新基地拒む民意の反映を

 15日の本土復帰40年を前に、琉球新報社と毎日新聞社が合同で実施した世論調査は、米軍普天間飛行場の辺野古移設など、これ以上の基地重圧をきっぱり拒む沖縄の強い民意と、本土との認識の差を浮かび上がらせた。
 私たちはこの現実を直視しつつ、沖縄の基地問題を全国の課題として共有し、解決へ導く国民世論を粘り強く喚起したい。日米両政府には、沖縄の民意を反映した基地施策への転換を強く求めたい。

受け入れ難色の本土
 在日米軍基地の74%が沖縄に集中していることをめぐり、県民の69%が「不平等だ」と答えたのに対し、全国調査では33%と半数以下にとどまった。
 住んでいる地域に在沖米軍基地が移されることへの賛否を全国で問う設問で、賛成は24%だが、反対は67%に上った。
 米軍基地集中を「不平等」と回答した人のうちでも、自らの地域への基地移設反対は69%に上る。
 沖縄の過重負担を一定程度理解しても、基地受け入れには難色を示すのが本土の民意の現実だ。
 移設候補地に挙がった本土の自治体はすぐに反対を表明し、政府も断念する。だが、知事、議会、市町村長のすべてが県内移設に反対し、民主主義的な手だてを尽くす沖縄に対しては、日米両政府が県内移設をのませようとする。
 復帰から40年を経ても、結果的に本土は沖縄に基地を押し付け、自らの安全の踏み台にしている。今回の調査結果は県民の疑念と不満を映し出している。
 2010年4月に開かれた県外・国外移設を求める県民大会で、仲井真弘多知事は、基地集中に「明らかに不公平、差別に近い印象をもつ」と批判した。
 だが、翌5月末、普天間飛行場の「県外移設」を公約に掲げていた鳩山由紀夫首相はあっけなく名護市辺野古への移設に回帰した。
 そのころ、県内のラジオ番組でパーソナリティーが普天間移設問題をめぐり、こんなたとえ話をして共感を呼んだ。
 「沖縄の人が右手に重い荷物を持っていた。一緒に歩く本土の人に『ちょっと持ってくれない』とお願いした。本土の人は答えた。『何で、左手で持てばいいさ』。一緒に持ってはくれなかった」
 複雑な思いを抱きながら、うなずいた人が多かっただろう。
 「不平等」と「差別」は沖縄の基地問題を象徴する言葉として、知事をはじめ多くの県民が口にするようになった。

県民の決意揺るがず
 今回の調査で、普天間飛行場の辺野古移設をめぐり、「撤去すべきだ」「県外移設」「国外移設」が計89%を占めた。鳩山政権の辺野古回帰の際の84%を超え、同種調査で過去最高の数値だ。「県内移設ノー」は一層鮮明になった。
 さらに、普天間飛行場への危険な垂直離着陸輸送機MV22オスプレイの配備計画に対し、9割の県民が反対し、全県的な反発の広がりが明らかになった。
 本土復帰への評価は全国、県民ともに8割が「良かった」と高い。それが、基地の過重負担の是認を意味しないことはもはや、分かり切ったことだ。
 県民は、経済振興策のアメによって基地受け入れを迫る手法を見限り、外交・安全保障で公正かつ平等な取り扱いを求めている。「基地のない平和な沖縄」への県民の決意は揺るがない。
 沖縄の基地負担への共感を国民全体にどう広げるかは、古くて新しい課題である。全国調査で、県内移設を否定する回答が63%に上ったことに望みを託したい。
 日米の政府と国民に訴える「自治体外交」的アピールと、沖縄に寄り添う人々を介した草の根の訴えはわずかずつだが、沖縄への関心を高めている。希望を見失うまい。沖縄は未来を開く岐路に立つ。強固な民意で「日米同盟」の不条理を突き崩したい。


4.沖縄タイムス

琉球新報 2012年5月2日 09時23分
[日米首脳会談]どこへ行った負担軽減

 空疎と言わざるを得ない内容だ。沖縄の負担軽減はどこへ行ったのか。
 野田佳彦首相とオバマ米大統領はワシントンで会談を行い、共同声明を発表した。公式の首脳会談は民主党政権では初めてだ。
 これまでの日米首脳会談では米軍普天間飛行場の辺野古移設の推進を確認するのが常だったが、今回、普天間問題を棚上げし沖縄の負担軽減にも具体的な言及はなかった。
 なぜか。日米両政府は先月25日、在日米軍再編見直しの共同文書を発表する予定だった。直前になって米上院のレビン軍事委員長(民主)ら重鎮からクレームが付き発表を延期した。共同文書は当初、辺野古移設を「唯一の有効な解決策」としていたが、玉虫色にして発表された。
 レビン氏らは昨年、辺野古移設について「非現実的、機能せず、費用負担もできない」と酷評し、国防総省に断念を求めている。米国では予算は議会が作成するため、オバマ大統領が議会の顔色をうかがったのは間違いない。
 共同文書をめぐるドタバタ劇と今回の共同声明は日米合意が事実上死文化していることを示している。
 共同文書は、普天間移設と切り離して返還する嘉手納基地より南の5基地を13区域に分け「すみやかに返還」「県内で機能移設後に返還」「海兵隊移転後に返還」など3段階に区分している。
 いずれも時期は明示していない。対象の基地も焼き直しで地元の意向を聞かないままの不透明な返還計画である。
 与世田兼稔副知事が、真部朗沖縄防衛局長に「細切れ返還で、土地開発への影響が懸念される」として一体的な返還を求めたのは当然だ。
 両首脳が発表した共同声明で顕著になったのは、自衛隊と米軍の一体化である。経済的、軍事的に台頭する中国を念頭に置いたものだ。南西諸島など島しょ防衛を強化する日本と、アジア太平洋地域を重視した米国が連携を深めることを明示した。
 在日米軍再編見直しの共同文書では、グアムのほか、米自治領・北マリアナ諸島に自衛隊と米軍が共同使用する訓練場を整備することなどが盛り込まれている。
 だが、これはグアム移転協定の趣旨から完全に逸脱するものだ。協定は、まがりなりにも、在沖米海兵隊をグアムに移転し、沖縄の負担軽減を図るという理由があったからである。
 グアム移転の海兵隊が半分に減少したにもかかわらず、日本側の負担は28億ドルと変わらない。米国内のインフレ率で実際の負担は31億ドル程度という。円建てでは日本側の負担は2009年の協定署名時と同じ約2500億円と政府は説明するが、本来なら減ってしかるべきだ。その移転費で北マリアナ諸島などに共同訓練場を整備するという。
 沖縄の負担軽減のための予算枠を使い、負担軽減とは何の関係もないことをやろうとしている。そもそも何を根拠にしているのか。
 国会では十分な議論もなく、官僚主導で事が進んでいる。政治の姿が見えない。

沖縄タイムス 2012年5月3日 09時23分
[憲法記念日に]沖縄で主権在民を問う

 憲法は権力に対する命令である―と、一度、口に出して言い切ってみよう。憲法に対する日ごろのモヤモヤが吹っ切れ、憲法が頼もしく思えてくるはずだ。
 強大な権力をもつ政府が国民の権利や自由を侵害しないよう、政府に対し、法的な義務や制約を課すこと。それが憲法の基本原理である。
 そのような基本原理の上に立って日本国憲法は「主権在民」「平和主義」「基本的人権の尊重」という三つの原則を掲げている。
 日本国憲法が施行されてから、きょうで65年。そのうちの25年間、施政権が返還されるまで、沖縄には憲法が適用されていなかった。
 憲法という強力な後ろ盾をもたない住民は、人権を守り自治を実現するため、統治者に素手で立ち向かい、はね返され、転んでは起き上がって、コブシを振り上げ続けた。その繰り返しが沖縄の戦後史を形づくったといっていい。
 復帰後の沖縄において憲法は、県民の期待に応える働きをしてきただろうか。
 復帰から5年後、憲法施行30周年に当たる1977年5月3日、平良幸市知事は、県民に向け苦渋に満ちたメッセージを発表した。
 「国民の生命と財産を守るためにあるはずの安保条約が逆に県民の生命、財産を脅かす要因になっている」
 沖縄では憲法の「主権在民」が全うされているとは言い難い。
 「主権在米」「主権在官」というしかないような倒錯した事態が、基地問題をめぐって、しばしば起きている。
 米軍への優遇措置を盛り込んだ地位協定が、憲法で保障された諸権利の実現を妨げているのだ。
 沖縄国際大学へのヘリ墜落事故で米軍は当初、地元警察や消防を排除し、現場を管理した。地位協定の内規がどうであれ、明らかな主権侵害である。
 沖縄で頻発する地位協定がらみの問題が、もし東京で発生したら、政府や政治家、マスメディア、都民はどう反応するだろうか。
 日米の高級官僚レベルの交渉で基地問題が決定され、民意が反映されないという意味では沖縄の現実は「主権在官」だ。
 沖縄防衛局は、工事車両の通行を妨害しているとの理由から、米軍のヘリパッド建設に抗議する住民個人を裁判所に訴えた。
 かと思うと、沖縄防衛局が、基地所在市町村の首長選挙に露骨に介入していた事実も明らかになった。
 「9・11」(米国同時多発テロ)、「9・15」(リーマンショック)、「3・11」(東日本大震災と原発事故)。21世紀に刻まれたこの三つの日付は、世界と日本を根底から変えた。国の統治のあり方や資本主義の未来、エネルギーと環境と生命の相関関係について、一から考え直さなければならなくなった。
 未来をどのように構想するか。基地問題の解決も、この大きな変化を前提にすべきだ。既得権に凝り固まった官僚政治の中からは、基地問題の解決策は生まれない。

2012年5月5日 09時27分
[こどもの日に]つながる社会築きたい

 大型連休も終盤に入りました。きょうは、こどもの日です。みんなどう過ごしていますか。
 県内外の行楽地に出掛ける子がいる一方で、いつもの休みとちっとも変わらず友達と遊んだりする子もいるのではないでしょうか。ひたすら勉強に打ち込んでいる受験生がいるかと思えば、うちには遊びに連れて行ってくれるゆとりなんかないよ、という子がいるかもしれません。
 こどもの日といっても、過ごし方はそれぞれ異なるはずです。ちょっと周りを見渡してみれば、同じような家庭は一つとしてないことにすぐに気付きます。
 子どもの数だけ、違う家庭環境があるといったほうが正確ではないでしょうか。
 自分の能力を存分に伸ばせる環境にいる子は幸いです。将来の夢に向かってどんどん歩んでいってほしい。反対に、ふつうに暮らすことさえ困難な現実を抱えている子もいます。うらやむような生活とは裏腹に生きづらさを感じたりしている子も少なくないに違いありません。
 沖縄の生活水準は本土の70%以下といわれ、完全失業率、離婚率が高い。そのしわ寄せをかぶるのは子どもです。
 誰も生まれてくる環境を選ぶことはできません。でも、人間は環境だけに支配されるわけでもありません。困難を乗り越えることができるのも人間です。そのためには支えが必要です。話をしたり、聞いたりできる人を見つけてほしい。大きな心の支えとなるはずです。
 昨年の東日本大震災は2000人を超える震災遺児を生み出しています。大地震と巨大津波に巻き込まれ、親子関係が突然、断ち切られてしまいました。理不尽としかいいようがありません。
 両親を失った女子大学生は痛切な思いで振り返ります。
 家族旅行をして、お母さんが料理を作ってくれて、お父さんが車の運転を教えてくれる。そんな当たり前のことがどんなに幸せなことか全く理解していなかった、と。
 父の死を受け入れることができなかったという女子中学生は、生きているときにありがとうと言えなかったことを後悔しています。
 父に何かしてもらっても感謝の言葉を言ったことがなかったからです。いつも何かやってもらってばかりで、なにかするってことはなかったことを悔いています。(あしなが育英会編「東日本大震災遺児作文集」)
 遺児の前に立ちはだかるこれからの試練を想像すると胸が締め付けられます。先の女子大学生は人生は人と人とのつながりで成り立つことをすごく理解できたと言います。
 沖縄の女子中学生はこんな内容の作文を書いています。米軍政下にあったころです。
 食べて行くのがやっとの家もあれば、贅沢(ぜいたく)な家もある。なぜ世の中には、こんなことがあるのでしょう。それはお互いに助け合っていないからではなかろうか、と。
 この問い掛けに答えるには助け合い、人と人がつながる社会を大人が築いていかなければならないと思うのです。
沖縄タイムス 2012年5月10日 09時35分
[県民意識調査]「27度線」が浮上した…

 沖縄と本土では、何かと違いがある。歴史と文化が異なるのだから両者を比べて「違う」と感じるのは当然のことだが、復帰によって急速に本土化が進んだ今でも、この意識だけは依然として根強い。
 沖縄タイムスと琉球放送が昨年12月に実施した県民意識調査によると、本土の人と沖縄の人の間に違う面を「感じる」と答えた人は72%で、「感じない」の18%を大きく上回った。
 言葉や話し方、時間の感覚、冠婚葬祭などを通して違いを感じるのは、ごく自然な感情と言っていい。
 だが、基地問題をめぐる本土と沖縄の認識のギャップは、政治が生んだ「ゆがみ」であり、決して「自然な感情」とは言えない。
 沖縄タイムス社と朝日新聞社が4月に実施した共同世論調査によると、本土の人たちが沖縄のことを理解していると思いますかとの問いに、63%が「そうは思わない」と答えた。
 沖縄の基地が減らないのは本土による沖縄への差別だという意見があるがどう思うかとの質問に対しては、「その通り」が50%で、「そうは思わない」の41%を上回った。
 出口の見えない米軍普天間飛行場の移設問題。沖縄の民意が辺野古反対で足並みをそろえているにもかかわらず、政府は、辺野古移設を「唯一有効な解決策」だと主張し続ける。
 こうした政府への不信感が、基地を受け入れない本土全体に対する失望という形で広がりつつあることが、今回の調査結果から見て取れる。
 「差別」という言葉が、基地問題を語るキーワードとして普通に使われるようになったのは、民主党政権誕生以降のことだ。
 一部の研究者は以前から、基地問題の構造的性格に着目して「構造的差別」という表現を使い、いわゆる「差別」問題一般とは区別していた。
 ここにきて、なぜ、「差別」という言葉が前景化したのだろうか。
 米軍再編の見直し協議で日本政府は、沖縄駐留海兵隊の一部を本土に移転したい、との米側提案を拒否した。
 一事が万事である。
 基地問題が本土に拡散しないよう米軍基地をできるだけ沖縄に押し込める、という政府の姿勢に対し、保革を問わず「不公平さ」を感じるようになった。
 それをただすことができない政治の現実を、深い失望感を込めて「差別」という言葉で告発しているのである。
 本土と沖縄の間に、意識の上の「27度線」が今なお引かれているとしたら、両方にとって不幸なことだ。だが、それが現実である。
 普天間問題をめぐって、日・米・沖の三者に、徒労感と焦燥感が広がっている。
 もっと単刀直入に言えば、停滞状態があまりにも長く続いたため、関係者の間に、どうにもならない無力感が広がっているのだ。
 この状態を放置すれば、本土と沖縄の間の溝は一層深まる可能性がある。そうならないように、普天間問題を一から仕切り直しすべきだ。


(つづく)

沖繩復帰40周年と沖縄タイムス・琉球新報各社説の紹介その1(2012年4月下旬)

はじめに

(1)今月(2012年5月)15日は、沖繩復帰40周年を迎えました。

(2)当日は、政府と沖縄県が共催する記念式典が開催されました。
NHK 5月15日 11時33分
沖縄復帰40年 記念式典開催へ

沖縄が日本に復帰してから15日で40年を迎えました。
沖縄県では、15日午後、野田総理大臣らが出席して政府と沖縄県が共催する記念式典が開かれ、仲井真知事が、長引く基地問題の解決に向けた国民的な議論を改めて訴えることにしています。

沖縄が日本に復帰してから40年を記念する式典は、政府と沖縄県の共催で15日午後4時から宜野湾市で開かれ、野田総理大臣や仲井真知事、それにアメリカのルース駐日大使などおよそ1200人が出席する予定です。
会場の沖縄コンベンションセンターでは15日午前、式典を前に、国や沖縄県の職員が、来賓の座席の位置や式典の進行の確認など、最終的な準備を行いました。
沖縄には、復帰以降、およそ10兆円に上る国の振興予算が投じられて社会資本の整備が進む一方、1人当たりの県民所得が全国平均のおよそ73%にとどまるなど、経済の格差は埋まっていません。一方、沖縄には、復帰から40年の今も、在日アメリカ軍の専用施設の70%以上が集中し、このうち、平成8年に返還が合意された普天間基地は、沖縄県の名護市辺野古への移設を目指す政府と、県外への移設を求める沖縄県などとの間の溝が埋まらず返還の見通しは立っていません。
こうした状況を踏まえ、仲井真知事は、15日の式典で、長引く基地問題の解決に向けた国民的な議論を改めて訴えることにしています。
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(3)周知のように、これまでの政府・与党は沖縄に米軍基地を押し付けられてきました。
その結果として、沖縄は、上記報道にあるような問題を背負わされており、未だに解決してはいません。

「沖繩復帰40周年」を契機に、国民は、沖縄が背負わされている問題を真剣に考え、解決する必要があります。

(4)そこで、まず、その沖縄における2つの新聞(沖縄タイムスと琉球新報)の各社説がどのようなことを述べているのかを確認したいと思います。

取り上げる社説は、沖繩復帰40周年に直接言及したものだけではなく、間接的に言及しているもの(あるいは沖縄が背負わされている問題について言及しているもの)についても取り上げます。

もっとも、沖縄タイムスは先月24日以降のもの、琉球新報は先月28日以降のものとする。

このブログの投稿分量の制限があるので1回で全てを紹介しきれないから、何回かに分けて紹介する。

(5)ここでは、「その1」として先月下旬の社説を紹介する。


1.沖縄タイムス

沖縄タイムス 2012年4月24日 09時14分
[米軍再編見直し]「普天間返還」が原点だ

 あの熱気はどこへ行ってしまったのだろう。
 潮が引いていくように国民の関心が薄れ、新たな解決策を模索すべき政治家にも無力感や徒労感が広がっている。
 沖縄の負担軽減を是が非でも実現しなければならないという国民の声も、残念ながらその水位が急速に下がってしまった印象だ。
 日米両政府による米軍再編の見直し協議は、普天間問題の新たな解決策を打ち出す絶好の機会である。今が大きなチャンスなのに、野田内閣からは、辺野古移設の見直しを求める強い意志が少しも伝わってこない。
 1996年の返還合意以来、16年も漂流を続けている米軍普天間飛行場の移設問題は、どこに向かおうとしているのだろうか。
 普天間問題は今、二度目の大きな転換点を迎えている。今回の米軍再編見直しによって、日米合意は「二度死んだ」といえる。
 1回目は、96年12月の日米特別行動委員会(SACO)合意が、同時多発テロ後の米軍再編の中で反古(ほご)にされた時だ。
 2005年6月、リチャード・ローレス国防副次官は日本側との協議の席で、こう語ったという。「ヘノコ・イズ・デッド」(辺野古案は死んだ)。
 翌06年5月、「SACO合意」に基づく海上基地案は正式に葬り去られ、「米軍再編合意」に基づく辺野古案が新たに打ち出された。この二つは、似て非なるものだ。
 そして今回。「米軍再編合意」に基づく辺野古案も立ち行かなくなり、大幅な見直しを迫られることになった。
 米軍再編合意は「2014年までの(代替施設の)完成」を目標に掲げた。
 辺野古案が暗礁に乗り上げたため、普天間の返還時期は後退し、昨年6月の日米合意では「できる限り早い時期に」というあいまいな表現に変わった。
 SACO合意に盛り込まれた「5〜7年以内」の返還からすれば、後退に後退を重ねてきたことがわかる。
 そして、今回の米軍再編見直し協議の中で、米国側は、18〜19年度に普天間飛行場滑走路の大幅な改修工事を実施する計画であることを明らかにした。
 公式には辺野古案を堅持しつつ、今後も普天間を使い続けるという虫のいい話だ。
 嘉手納基地より南の施設を、普天間の辺野古移設と関係なく先行的に返還するのはいい。だが、肝心の普天間返還が遠のくことになれば、本末転倒である。
 世界で最も危険だと言われる普天間飛行場の一日も早い返還こそ問題の原点である。
 沖縄を訪れたクリントン米大統領も橋本龍太郎首相も沖縄の基地負担軽減に熱心だった。橋本首相は大田昌秀知事と17回も会っている。一国の総理と一県知事がこれほど頻繁に面会するのは極めて異例のことだ。
 だが、時とともに初発の志が失われ、実質の伴わない「フタンケイゲン」という言葉が日米双方で空しく飛び交っている。今こそ原点に立ち返るべきだ。

沖縄タイムス 2012年4月26日 09時25分
[オスプレイ7月配備]日本は米国の「属国」か

 復帰から40年がたとうとしているのに、米政府に、何の異も唱えない。世界中どこを見回してもこれほど卑屈な政府はないのではないか。
 米政府が垂直離着陸輸送機MV22オスプレイを7月にも米軍普天間飛行場に配備する方向で検討していることが明らかになった。予定から約3カ月も前倒しするものだ。
 キャンプ富士(静岡県御殿場市)や岩国基地(山口県岩国市)などで先行運用した上で普天間に配備する予定だった。米政府が在沖米海兵隊の一部を岩国基地に分散する提案をしたとき、山口県や岩国市の強い反対に遭い、結局、政府はいち早く地元の意向を聞き入れた経緯がある。強い拒否反応から政府はオスプレイを本土で先行運用することは無理と判断したようだ。
 岡田克也副総理は今年3月、オスプレイ配備を懸念する当時の普天間第二小学校長に「今のヘリとの置き換えで、プラスアルファではない」と語った。外務省幹部も「一般的な装備の変更であり、配備がいい、悪いという議論にはなり得ない」と言っている。
 新機種が配備されるときに決まって持ち出される論理である。だが、今回はこれまでとは全く事情が異なる。
 オスプレイは開発段階から多くの墜落事故を引き起こし、30人以上の兵士らが犠牲になっている。4月に入ってアフリカ北部モロッコで合同演習中に墜落し、搭乗していた海兵隊員2人が死亡したばかり。事故原因もまだ特定できていない段階だ。
 宜野湾市が6月17日に市民ぐるみの反対大会を開く準備を進めているさなかである。本土の意向は聞き、沖縄には押し付ける。あからさまな差別としか言いようがない。
 それだけではない。
 普天間周辺には1大学、12小中学校、3高校がある。
 文部科学省の学校環境衛生管理マニュアルでは、教室内は「窓を閉めた場合は50デシベル以下、窓を開けているときは55デシベル以下が望ましい」としている。これまで政府も自治体も教室内の継続的な騒音調査をしたことがない。
 前倒しすべきは、学校で早急に騒音の実態調査を行い、文科省の基準に合致するような実効性のある対策を講じることである。
 米政府は2012年度から日本側の経費負担で普天間の補修を実施する。
 滑走路は米側が18〜19年度に行うとしており、普天間を長期使用する計画であることも明らかになった。
 「世界一危険な飛行場」の返還を先延ばしし、長期間使用するため、補修をする。
 墜落事故の絶えない垂直離着陸輸送機を、地元の反対の声を無視して、前倒し配備する。そんなことが許されていいのか、政府と全国会議員に問いたい。
 沖縄を、日本の安全保障のために米国に差し出すのはもういいかげんにしてもらいたい。
 野田内閣は辺野古移設が事実上のマニフェスト(政権公約)違反であることを認識しなければならない。官僚に丸投げするのではなく、政治の意思を示すべきだ。

沖縄タイムス2012年4月28日 09時55分
[講和条約発効60年]基地政策の惰性改めよ

 サンフランシスコ平和条約(対日講和条約)は1952年4月28日、発効した。敗戦国日本が主権を回復し、国際社会に復帰した日である。
 全国の多くの学校で朝礼が開かれ、学校長が講和発効の意義を説いた。講和発効にちなんで祝典歌「日本のあさあけ」を歌い、万歳を三唱した学校もあったという。
 「日本のあさあけ」は、吉田茂内閣の依頼で歌人の斎藤茂吉が作詞し、「海ゆかば」を作曲した信時潔が曲をつけたものだ。
 当時の吉田茂内閣は、平和条約を「寛大な講和」だと評価し、祝賀ムードを演出したが、講和条約には負の側面も多かった。「北緯29度線以南の南西諸島」の施政権が米国に委ねられたのである。
 53年、奄美諸島の日本復帰が実現し、与論と沖縄の間の「北緯27度線」が新たな国境になった。
 塩屋小学校の2年生が66年に作文を書いている。
 「うみに、せんがひかれて、日本のうみ、おきなわのうみと、わかれているというが、ほんとうかな。ほんとうにせんがみえるかな。うみのうえで、あくしゅして、早く日本にかえるようにするそうです」
 あれから60年。鹿児島県与論町と国頭村の人々が28日、27度線周辺の海上に集い、かつての海上集会を再現する。
 沖縄の復帰は40年前に実現したが、サンフランシスコ体制の下で築かれた沖縄の基地群と自由使用という運用形態は、依然として清算されていない。
 4月28日に海上集会を再現することは、現在の問題を考える上でも、大きな意義がある。
 復帰前、米国は司法、立法、行政のあらゆる権限をもっていた。
 琉球上訴裁判所で係争中の事件の裁判権を米国民政府裁判所に移送したり、選挙で選ばれた瀬長亀次郎那覇市長を反米だとの理由で布令を改正して追放したり。米国に都合の悪い状況が発生すると、米国民政府は権限行使をちゅうちょしなかった。
 事件事故の米兵加害者が軍法会議で無罪になったケースも多い。
 68年の主席公選が実現するまで、沖縄の人たちは、選挙で自分たちの主席(今の県知事)を選ぶことさえできなかった。
 詩人の山之口貘が嘆いたように、米国統治下の沖縄は「日本みたいで/そうでもないみたいな/あめりかみたいで/そうでもないみたいな/つかみどころのない島」だった(詩「正月と島」より)。
 講和条約に調印する前の1940年代後半までは、沖縄の将来について、「独立」や「国連の信託統治」を主張する人々も多かった。
 沖縄戦直後の多様な政治的主張が「復帰」に収れんしていくのは、講和条約調印が現実の政治日程にのぼったころからだ。条約発効直後の52年11月、立法院は早くも「琉球の即時母国復帰請願」を決議している。
 講和後、沖縄の民意が急速に変化したのはなぜだろうか。(1)日常的に「自治」「人権」が脅かされ、(2)沖縄の国際的地位もウチナーンチュの法的位置づけも不安定で、日本人なのか琉球住民なのか、つかみどころがなく、(3)基地建設のための土地接収が相次ぐなど、住民の財産権まで脅かされ、(4)米兵の事件事故も多発するようになった―からである。
 72年5月15日の日本復帰は、沖縄にとって、米国統治に終止符を打つ大きな「世替わり」だった。だが、苦難の歴史に終止符が打たれたわけではない。
 2010年5月、鳩山由紀夫首相が来県し、米軍普天間飛行場に隣接する普天間第二小学校体育館で住民との対話集会が開かれた。同校教諭の訴えは、今、早急に解決すべき問題が何なのかを明確に示している。
 「騒音による昨年度の授業の中断は実に50時間。それだけの時間を七百人余の子どもたちは奪われているのです」
 50年代、60年代に騒音に悩まされる日々を送った子どもたちの、その子や孫の世代が、今なお米軍の騒音に脅かされ続けているのである。
 この現実をこれ以上放置することは許されない。

沖縄タイムス2012年4月29日 09時52分
[日米共同文書]負担軽減の本気度疑う

 在日米軍再編見直しをめぐる日米共同文書発表を受け、県内は疑念と無力感に包まれている。
 普天間問題は、辺野古移設を「これまでに特定された唯一の有効な解決策」と表記。嘉手納統合を提唱する米上院軍事委員会のレビン委員長らへの配慮から「これまでに特定された」との下りが土壇場で追記された。とはいえ、辺野古以外の具体策の検討は進んでいない。軸足が定まらないまま、その場しのぎの「外交的な作文」が仕上がったにすぎない。
 共同文書は「政治的に実現可能」な基準を満たす方法で普天間移設に取り組むとしている。これは沖縄の政治や世論状況を指す。にもかかわらず、県外移設を求める沖縄の意向が全く反映されていない合意は明らかな矛盾である。
 誰のための「見直し」なのか。アジア太平洋地域の米海兵隊のローテーション配備を急ぐ「米側の都合」に起因しているのは明白だ。今月末の日米首脳会談で、同盟の深化を演出したい両政府の思惑を優先したのが実情だろう。
 共同文書には、普天間飛行場の補修に日米で取り組むことも盛り込まれた。住民の生命・財産を危険にさらし続ける基地を維持するために血税を注ぐ。この不条理と向き合うのは県民には耐え難い。
 普天間問題に関わる日米合意は1996年の返還発表以降、何度も塗り替えられてきた。過去の教訓から学ぶべきは、実行不能な策に固執する愚かさだろう。日米は普天間の危険性への切実感に乏しい、と断じざるを得ない。
 玄葉光一郎外相は日米の見直し協議に先立つ2月、「地元の要望に応え、負担軽減を先行する」と強調した。共同文書の内容から「負担軽減の先行」を実感する県民がどれだけいるだろうか。
 返還対象の大半は「県内に機能移転後」または「海兵隊移転後」の条件が付く。「速やかに返還」とされた施設は全体のごく一部である。跡利用に神経をとがらせる県内自治体は「細切れで返還されても据え置きになるだけで空理空論だ」との冷めた見方が主だ。官僚の「机上の合意」がいかに実利と乖離(かいり)しているかはりょう然としている。
 だいいち、ほとんどが過去に返還合意されたものの焼き直しで新味を欠く。県内移設条件付きのため進展してこなかった状況が改善されるわけでもない。返還時期も明記されず、負担軽減の本気度を疑う内容だ。これを「成果」と誇るのは筋違いも甚だしい。
 嘉手納基地より南の米軍施設の「先行返還」で得点を稼ぎ、普天間飛行場の辺野古移設に向け、県の軟化を促す。これが官僚の描く筋書きだった。米交渉の読みの甘さ、県民世論とのピントのずれは救い難い。逆の見方をすれば、政府は辺野古移設を進めるまともな手だてを持ち合わせていないことの証しでもある。
 共同文書は「2国間の動的防衛協力の促進」に向け、日米の共同訓練場をグアム以外に米自治領の北マリアナ諸島に整備する方針も掲げた。米軍と一体化する自衛隊の沖縄進出の動向に注視が必要だ。



2.琉球新報

琉球新報2012年4月28日
対日講和発効60年/人権蹂躙を繰り返すな 許されぬ米軍長期駐留

 60年前と一体、何が変わったのか。日米両政府が27日に発表した在日米軍再編見直しの共同文書にこんな印象を抱く県民が多いのではないだろうか。
 米軍普天間飛行場の移設先について名護市辺野古が「これまでに特定された唯一の有効な解決策である」と結論づけた。知事をはじめ県内世論の大多数が県内移設に反対しているにもかかわらず、県土の利用方法を日米が県民の頭越しに勝手に決めたのだ。
連綿と続く「屈辱」
 60年前のきょう4月28日は対日講和条約(サンフランシスコ平和条約)が発効された日。敗戦国の日本が完全に主権を回復し、連合国の占領状態から独立を果たした。一方でこの日を境に沖縄、奄美を含む南西諸島が日本から切り離され、米軍統治という異民族支配が始まる。その後に連綿と繰り返された住民弾圧、人権蹂躙(じゅうりん)の源流となるこの日を、沖縄では「屈辱の日」として語り継いできた。
 沖縄を日本から切り離した米軍はまず、住民が暮らしていた土地を強制的に接収し、基地拡大を始めた。1953年4月、真和志村の安謝、天久、銘苅に土地収用令を発令し、その後も伊江島、読谷、小禄、宜野湾の各村に武装兵を動員し「銃剣とブルドーザー」で住民を追い出し、家屋を次々となぎ倒した。
 こうして日本の国土面積の0・6%しかない沖縄県は現在、在日米軍の74%を抱えて差別的な過重負担を強いられている。
 「沖縄における米軍のプレゼンス(駐留)の長期的な持続可能性を強化する」。共同文書は記す。
 戦後67年も基地被害に苦しんできた沖縄に、長期にわたって基地を置き続けるという日米の狙いがはっきりした。条約発効から60年後の「屈辱の日」前日に、新たな「屈辱」が重ねられる。沖縄をいつまで日米安保の踏み台にするのか。
 昨年11月に「普天間」移設作業で環境影響評価書の提出時期を記者から問われた当時の沖縄防衛局長は「犯す前に、これから犯すと言いますか」と言い放った。県民を陵辱の対象にしか見ず、沖縄の民意を踏みにじってでも新基地建設を押し進めようという政府側の姿は「銃剣とブルドーザー」と何が違うのだろう。
 共同文書には「普天間」移設先で名護市辺野古以外の選択肢の余地に含みを残す文言が入った。辺野古について「唯一の有効な解決策である」とする記述の前に加わった「これまでに特定された」という部分だ。現時点では辺野古は「有効な解決策」だが、将来までは保証しないという含意がある。

理不尽な県民無視
 この記述は、嘉手納統合案を主張し、共同文書の発表日程を「詰めが不十分」だと批判して延期させた米上院のレビン軍事委員長らに配慮して盛り込まれたようだ。国防予算を左右する大物議員の声には耳を傾ける日米両政府が、当事者である県民の意向を無視するのはあまりにも理不尽だ。
 将来、辺野古を断念したとしても、レビン氏らの意向が反映されれば嘉手納統合案という県内移設を押し付けられかねない。今年7月に普天間飛行場に配備予定というMV22オスプレイも今年初めの時点では、県内配備の前に本州の米軍基地で先行駐機する案が浮上していた。しかし今月になって受け入れ態勢などに問題があるとの理由で断念し、沖縄が国内初の配備地となりそうだ。言語道断だ。
 57年前、土地を奪われた伊江島の住民が本島に渡り、多くの人々に実情を訴えるために行脚した「乞食行進」でこう訴えた。
 「乞食するのは恥であるが、武力で土地を取り上げ、乞食させるのは、なお恥です」。戦後も沖縄だけに過重負担を強いている現在の日米両政府の姿にも通じる一文である。
 民主国家を標榜する日米の下でこれ以上、人命、人権が脅かされる構造的暴力を許してはならない。

琉球新報2012年4月29日
社説 防衛局長訓戒処分 第三者機関で調査し直せ

 民主主義の根幹とも言える選挙に対する不当介入と受け取られかねない行為に、こんな軽い処分でいいのか。米軍普天間飛行場を抱える宜野湾市の市長選を前に、真部朗沖縄防衛局長が市内に居住する職員らを対象に「講話」した行為を、訓戒処分にしたことだ。
 訓戒は、国家公務員法など法律に基づく懲戒処分ではなく、省内の内規による処分だ。
訓令簿に6カ月間記載されるが、期間内に問題がなければ履歴に残らないという。
 宜野湾市長選は、普天間移設・返還問題が争点の一つになった。真部局長の行為は公務員の中立性を疑わしめるものだったが、これが訓戒で済むのなら自浄作用など機能しまい。
 防衛省の検証チームがまとめた報告書で、調査の欠陥が露呈した。防衛省は、市内に親族がいる職員に関し、親族の続柄と人数を記したリストを作成したことについて、「行政機関が保有する個人情報の保護に関する法律」に反することを認めている。しかし、報告書の中に書かれているのではなく、会見の場で記者から追及されて初めて違反するとの認識を示した。
 報告書はまた、講話で特定候補者への投票を促す発言はなく、自衛隊法や公職選挙法などにも「違反する事実は確認できなかった」としている。講話の目的は、「なるべく多くの方に選挙に行ってもらいたかった」からだという。
 しかし、投票を呼び掛けるのは選挙管理委員会の仕事だ。普天間飛行場の辺野古移設を推し進める沖縄防衛局の長が、市内に居住する職員や、市内に親族のいる職員を集めて講話すれば、その意図は推して知るべしだ。
 組織内で行う調査にはおのずと限界があるだろうが、調査では、一部職員のみを集めて局長講話をした時点で疑問を感じたとする職員が現に5人いた。問われているのは講話の内容だけでなく、真部局長の行為そのものだ。防衛省にはその認識が欠けている。
 そもそも身内に調べられて身内に不利な証言をする者などそう多くはいまい。局長講話に疑問を持ったのは、果たして本当に先の5人だけか。
 身内による調査、甘い処分では、県民の納得は得られない。これで幕引きしたら、県民の不信感をさらに深めるだけだと自覚すべきだ。今からでも遅くない。第三者機関を設置して調査し直すべきだ。


(つづく)

小沢一郎元代表裁判「判決骨子」と政治資金規正法改正の必要性

(1)先月(2012年4月)26日、「陸山会」の土地取得をめぐる事件で民主党の小沢一郎元代表について東京地裁は判決を下した。

これについては、判決直後に、簡単な感想を投稿した。

(2)この「判決骨子」を紹介しておこう。
NHK4月26日 14時54分
小沢元代表裁判「判決骨子」全文

政治資金を巡って収支報告書にうその記載をしたとして強制的に起訴された、民主党の小沢元代表に、東京地方裁判所は無罪を言い渡しました。

「判決骨子」を掲載しました。


主文 被告人は無罪


公訴棄却の申立てに対する判断

〔公訴事実全部に係る公訴棄却の申立てについて〕
弁護人は、東京地検特捜部の検察官が、起訴相当議決を受けての再捜査において、石川を取り調べ、威迫と利益誘導によって、被告人の関与を認める旨の供述調書を作成した上、内容虚偽の捜査報告書を作成し、特捜部は、同供述調書と同捜査報告書を併せて検察審査会に送付し、このような偽計行為により、検察審査員をして、錯誤に陥らせ、本件起訴議決をさせたこと等を理由として、起訴議決が無効であり、公訴棄却事由がある旨主張している。
しかし、検察官が任意性に疑いのある供述調書や事実に反する内容の捜査報告書を作成し、送付したとしても、検察審査会における審査手続きに違法があるとはいえず、また、起訴議決が無効であるとする法的根拠にも欠ける。
また、検察審査員の錯誤等を審理、判断の対象とすることは、会議の秘密に照らして相当でなく、実行可能性にも疑問がある。
したがって、本件公訴提起の手続がその規定に違反して無効であると解することはできないから、検察官の意図等弁護人が主張している事実の存否について判断するまでもなく、公訴棄却の申立ては、理由がない。

〔公訴事実第1の1に係る公訴棄却の申立てについて〕
弁護人は、公訴事実第1の1の事実について、起訴相当議決がされておらず、検察官の不起訴処分もされていないのに、起訴議決の段階に至って、突然、起訴すべき事実として取り上げられていることを理由として、同事実に係る起訴議決には重大な瑕疵があり、公訴棄却事由がある旨主張している。
しかし、公訴事実第1の1の事実は、同第1の2及び3の事実と同一性を有するから、起訴相当議決や不起訴処分の対象にされていたと解することができる上、実質的にみても、捜査又は審査及び判断の対象にされていたと認められるから、起訴議決に瑕疵があるとはいえず、本件公訴提起がその規定に違反して無効であるということもできない。
公訴事実第1の1に係る公訴棄却の申立ては、理由がない。


争点に対する判断

〔収支報告書の記載内容〕
平成16年分の収支報告書には、本件4億円は記載されておらず、りそな4億円のみが記載されている。
本件土地の取得及び取得費の支出は、平成16年分の収支報告書には計上されず、平成17年分の収支報告書に計上されている。

〔本件預金担保貸付、りそな4億円の転貸の目的〕
石川が、本件4億円を本件売買の決済に充てず、本件預金担保貸付を受け、りそな4億円の転貸を受けた目的は、本件4億円が本件土地の取得原資として被告人の個人資産から陸山会に提供された事実が、収支報告書等の公表によって対外的に明らかとなることを避けるため、本件土地の取得原資は金融機関から調達したりそな4億円であるとの対外的な説明を可能とする外形作りをすることにあった(このような本件預金担保貸付の目的を「本件4億円の簿外処理」という)。
石川が、本件4億円の簿外処理を意図した主な動機は、本件土地の取得原資が被告人の個人資産から提供された事実が対外的に明らかになることで、マスメディア等から追求的な取材や批判的な報道を招く等して、被告人が政治的に不利益を被る可能性を避けるためであった。

〔本件合意書の目的〕
石川が、本件売買契約の内容を変更し、所有権移転登記について本登記を平成17年1月7日に遅らせる旨の本件合意書を作成した目的は、陸山会が本件土地を取得し、その購入代金等の取得費を支出したことを、平成16年分の収支報告書には計上せず、1年間遅らせた平成17年分の収支報告書に計上して公表するための口実を作ることにあった(このような本件合意書の目的を、「本件土地公表の先送り」という)。
石川が、本件土地公表の先送りを意図した主な動機は、本件土地の取得が収支報告書で公表され、マスメディア等から追求的な取材や批判的な報道を招く等して、被告人が政治的に不利益を被る可能性を避けるためであり、これに加え、本件4億円の簿外処理から生じる収支報告書上のつじつま合わせの時間を確保することも背景にあった。

〔本件土地の所有権移転時期及び収支報告書における計上時期〕
本件土地の所有権は、本件売買契約に従い、平成16年10月29日、陸山会に移転した。
石川は、本件土地公表の先送りを実現するために、本件土地の売主と交渉したが、不成功に終わり、本件土地の所有権の移転時期を遅らせるという石川らの意図は、実現しなかったというべきである。
本件合意書は、所有権移転登記について本登記の時期を平成17年1月7日に遅らせただけであり、本件売買契約を売買予約に変更するものとは認められない。
陸山会は、平成16年10月29日に本件土地を取得した旨を、平成16年分の収支報告書に計上すべきであり、この計上を欠く平成16年分の収支報告書の記載は、記載すべき事項の不記載に当たり、平成17年1月7日に取得した旨の平成17年分の収支報告書の記載は、虚偽の記入に当たる。

〔収支報告書における本件土地の取得費等の計上時期〕
平成16年10月5日および同月29日、本件土地の売買に関して陸山会から支出された合計3億5261万6788円は、本件土地の取得費として、平成16年分の収支報告書において、事務所費に区分される支出として、計上すべきである。
これを計上しない平成16年分の収支報告書の記載及びこれを平成17年の支出として計上した平成17年分の収支報告書の記載は、いずれも虚偽の記入に当たる。

〔本件4億円の収入計上の要否〕
被告人が、平成16年10月12日、本件4億円を石川に交付した際、被告人は、陸山会において、本件4億円を本件土地の購入資金等として、費消することを許容しており、石川も本件4億円を本件土地の購入資金等に充てるつもりであった。
本件4億円は、陸山会の一般財産に混入している上、資金の流れを実質的に評価しても、その相当部分は本件土地の取得費として費消されたと認められる。
また、本件定期預金は、被告人ではなく、陸山会に帰属するものと認められるから、本件4億円が、被告人に帰属する本件定期預金の原資とされたことを理由に、借入金にならない旨の弁護人の主張は、採用できない。
本件4億円は、本件土地の取得費等に費消されたものと認められ、りそな4億円は、陸山会の資金繰り等に費消されているから、このいずれも被告人からの借入金として計上する必要がある。
したがって、本件4億円は、陸山会の被告人からの借入金であり、収入として計上する必要があるから、本件4億円を収入として計上していない平成16年分の収支報告書の記載は、虚偽の記入に当たる。

〔被告人の故意・共謀〕
関係5団体における経理事務や日常的、定型的な取引の処理を含め、社会一般の組織関係や雇用関係であれば、部下や被用者が上司や雇用者に報告し、了承を受けて実行するはずの事柄であっても、石川ら秘書と被告人の間では、このような報告、了承がされないことがあり得る。
しかし、被告人の政治的立場や、金額の大きい経済的利害に関わるような事柄については、石川ら秘書は、自ら判断できるはずがなく、被告人に無断で決定し、実行することはできないはずであるから、このような事柄については、石川ら秘書は、被告人に報告し、了承の下で実行したのでなければ、不自然といえる。
本件土地公表の先送りや本件4億円の簿外処理について、石川ら秘書が、被告人に無断でこれを行うはずはなく、具体的な謀議を認定するに足りる直接証拠がなくても、被告人が、これらの方針について報告を受け、あるいは、詳細な説明を受けるまでもなく、当然のことと認識した上で、了承していたことは、状況証拠に照らして、認定することができる。
さらに、被告人は、平成16年分の収支報告書において、本件4億円が借入金として収入に計上されず、本件土地の取得及び取得費の支出が計上されないこと、平成17年分の収支報告書において、本件土地の取得及び取得費の支出が計上されることも、石川や池田から報告を受け、了承していたと認定することができる。
しかし、被告人は、本件合意書の内容や交渉経緯、本件売買契約の決済日を変更できず、そのまま決済されて、平成16年中に本件土地の所有権が陸山会に移転し、取得費の支出等もされたこと等を認識せず、本件土地の取得及び取得費の支出が平成17年に先送りされたと認識していた可能性があり、したがって、本件土地の取得及び取得費の支出を平成16年分の収支報告書に計上すべきであり、平成17年分の収支報告書には計上すべきでなかったことを認識していなかった可能性がある。
また、被告人は、本件4億円の代わりにりそな4億円が本件土地の購入資金に充てられて借入金になり、本件4億円を原資として設定された本件定期預金は、被告人のために費消されずに確保されると認識した可能性があり、かえって、本件4億円が、陸山会の一般財産に混入し、本件売買の決済等で費消されたことや、本件定期預金が実際には陸山会に帰属する資産であり、被告人のために確保されるとは限らず、いずれ解約されて陸山会の資金繰りに費消される可能性があること等の事情は認識せず、したがって、本件4億円を借入金として収支報告書に計上する必要性を認識しなかった可能性がある。
これらの認識は、被告人に対し、本件土地公表の先送りや本件4億円の簿外処理に関し、収支報告書における虚偽記入ないし記載すべき事項の不記載の共謀共同正犯として、故意責任を問うために必要な要件である。
このような被告人の故意について、十分な立証がされたと認められることはできず、合理的な疑いが残る。
本件公訴事実について被告人の故意及び石川ら実行行為者との共謀を認めることはできない。

(3)判決に対する簡単な感想の投稿には、検察や裁判所の改革の必要性だけではなく、政治資金規正法等の改正の必要性を再度書いておいた。

私は、政治資金規正法等の改正の必要性についてマスコミの取材にコメントした(東京新聞、読売新聞、共同通信、しんぶん赤旗)。

(4)今月(2012年5月)9日、検察官役の指定弁護士は、小沢一郎氏を控訴することを決定した。
この時も、マスコミの取材に政治資金規正法の改正の必要性をコメントした。
産経新聞2012.5.9 23:44
政治家追及に高い壁 言い逃れ許す規正法の不備浮き彫りに

 小沢一郎被告は政治資金規正法違反に問われたが、1審の公判では同法の不備が浮き彫りになった。政治資金収支報告書に偽りがあっても、原則として罪に問われるのは会計責任者で、政治家本人については「共謀の立証」という高いハードルが立ちはだかる。専門家は「全て『秘書がやったこと』という言い逃れが可能で、法改正が必要だ」と指摘している。
 「規正法は間違いや不適切な記載があった場合、会計責任者が自主申告して修正するのが前提だ」
 小沢被告は昨年10月6日の初公判の意見陳述で、虚偽記載は会計責任者だった秘書の責任であることを強調し、自らは「罪に問われる理由はない」と述べた。
 規正法は、収支報告書に真実を記載する義務を会計責任者に負わせており、虚偽があった場合、会計責任者に5年以下の禁錮刑か100万円以下の罰金が科される。政治家に責任が及ぶのは、会計責任者の「選任・監督」に注意を怠った場合や、共謀が認められたときに限定される。
 そもそも、政治家本人は収支報告書の内容について報告を受け、了承する義務はない。小沢被告は公判で「収支報告書を見たことがない」と話したが、法的には何の問題もないことになる。検察幹部は「会計責任者の選任や監督に注意を怠ったという認定は難しく、罰則も50万円以下の罰金にとどまる。本格的に政治家を追及するなら、会計責任者との共謀を立証するしかない」と説明する。
 ただ、これまで収支報告書の虚偽記載の共謀に問われ、現職国会議員が逮捕、起訴されたのは、平成15年の坂井隆憲元衆院議員のみ。特捜部経験のある別の検察幹部は「虚偽記載の捜査は物証が少なく、会計責任者らの供述に頼る部分が大きい。検事に『供述を得なくては』という焦りが生じ、無理な取り調べにもつながる」と話す。
 4月26日の東京地裁判決は、小沢被告と元秘書の間に「報告・了承」があったことも認めたが、小沢被告が「虚偽記載と認識していなかった可能性があり、故意の立証が不十分」として無罪を導いた。共謀立証の困難さが改めて浮かんだ。
 神戸学院大法科大学院の上脇博之教授(憲法学)は「政治家が政治団体の財政状況の報告を受け、了承することを義務づけた上で、監督責任の強化や連座制の適用が必要。そうしなくては政治資金の真の透明化などあり得ない」と話す。

(5)翌日、朝日新聞の社説が、ユニークな論調で、政治資金規正法の改革を説いている。
紹介しておこう。
朝日新聞2012年5月10日(木)付
民主党の責任―「小沢案」で政治浄化を

 民主党が、無罪判決を受けた小沢一郎元代表の党員資格停止処分を10日付で解除する。
 いかにも、民主党らしい対応ではないか。やるべきことと、実際にやることが違うのだ。
 国会では、ようやく消費増税など重要法案の審議が始まる。いまは挙党一致が最優先だ、と輿石東幹事長はいう。
 そうだとしても、小沢氏は国会、国民への説明責任を果たしていない。なぜ、野田首相はそれを黙認するのか。
 小沢氏の裁判は控訴され、さらに続く。それでも処分を解く民主党の責任は、いっそう重くなったと言わざるをえない。
 法案審議とともに、なすべき仕事が民主党にはある。
 小沢氏自身と民主党が掲げてきた政治とカネの浄化に、具体的な成果を出すことだ。
 第一に、小沢氏の裁判で改めてわかった政治資金規正法の不備をただす。
 小沢氏は法廷で、収支報告書はすべて秘書任せで自分は見たことがないと言い切った。
 それで4億円もの巨額の資金を動かしていたという。こんな浮世離れした主張が、なぜ通るのか。それは規正法が政治家本人ではなく、会計責任者に一義的な責任を負わせるからだ。
 どう改革すべきか。処方箋(せん)はすでにある。公明党は、政治家が監督責任を怠れば公民権停止処分を科す改正案を国会に提出している。小沢氏も93年の著書「日本改造計画」で連座制の強化を訴えている。
 第二に、カネの流れを見えやすくするために、政治家の政治資金団体を一本化する。
 その重要性と効果を、小沢氏は著書でこう強調していた。
 「公私の区別のはっきりしないドンブリ勘定も、政策決定などに絡んだカネのやりとりもできなくなる」
 第三に、パーティー券の購入を含む企業・団体献金の全面禁止である。民主党が政権交代を果たした09年総選挙のマニフェストに掲げていた。
 これも小沢氏が言い出したことだ。総選挙前、ゼネコンからの違法献金事件で自分の公設秘書が逮捕された後に、みずから提案したではないか。
 民主党は当時、国会に法案も出した。しかし、与党になった途端に知らん顔である。
 自民党も、政治とカネの透明化には後ろ向きだ。それをいいことに、見て見ぬふりでやり過ごすなら、民主党も小沢氏も不誠実の極みだ。
 この際、政権党として「小沢案」での政治浄化を断行してみせてはくれないものか。

(6)この朝日新聞の社説の主張通り、もし2010年の参議院通常選挙前に(つまり衆参のねじれが生じる前に)民主党執行部が政治規正法改正案を国会に上程していたら、小沢一郎元代表はまっ先に反対しただろうが、さて、今はどうだろうか?
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