現行の政党助成制度が個人の意思を尊重しない点で人権侵害を行っていることについては、すでに説明した。
ここでは、政党交付金の交付を受けている「政党」がそれに依存し、事実上国営化し、「政党」が社会から遊離しているという問題を指摘したい。
1.「政党」の国庫依存への歯止め論議
?1993年の「政治改革」論議において、当時の細川護煕首相と河野洋平自民党総裁との「トップ会談」で、各政党が政党助成に依存することに対する「歯止め」として、「各政党に対する政党助成の上限枠は、前年収支実績の40%とする」とすることで「合意」されていた。
?当時の橋本龍太郎・自民党総裁(故人)は、「それぞれの政党の前年収支実績の40パーセントという上限」につき、以下のように自らの著書で危険性を指摘していた。
?ところが、8党連立与党と野党の自民党との「協議」を経て、これは緩和され、各政党の助成額は「前年収入額の3分の2」まで許容されるという法律が成立した。
?さらに、1995年には、自民党・社会党・新党さきがけの連立与党は政党助成における「3分の2」の「歯止め」を撤廃する法律改正を行った。
?「歯止め」があっても政党助成制度が憲法上許容されるかどうかの問題はある(ここではそれについて論じない)が、いずれにせよ、以上のような経緯で、「政党」が国庫に依存することへの「歯止め」は一切なくなってしまったのである。
2.政党助成への依存の実態と「政党」の国営化
?政党交付金の交付を受けている「政党」は、中央分の全収入(繰越金と借入金を除く)に対する政党交付金の占める割合が高い。
(これまでマスコミは、この割合について、借入金を収入に含めて算出しているが、それは政党の国庫依存度を正確に把握できないことになるのではなかろうか。)
?2005年と2006年について一覧表で紹介してみよう。

?日本共産党は政党交付金を受け取る手続きを拒否している。
公明党は政党交付金への依存度は必ずしも高くない。
しかし、他の政党、特に小政党の依存度は極めて高い。
?その上で、与党第一党の自民党と野党第一党の民主党の依存度の高さが注目される。
2005年と2006年の場合同様に算出した過去の依存度を紹介しておこう。
民主党は、政党助成導入6年目の2000年には85・1%、2001年には83・6%、2002年には81・8%、自由党と合併した2003年には84・6%、2004年には83・6%。
要するに85%前後の依存度である。
自民党でも、2000年57・9%、2001年59・5%、2002年66・1%、2003年65・0%、2004年67・8%。
要するに近年では65%以上の依存度である。
3.政党の社会性の本質と国営政党化の問題
?本来、”政党は社会の中から誕生し、社会の中で活動して存続する”という本質を有している。
だから、政党は、その他の結社と同様に、結社の自由が憲法上保障されていると解されるのである(憲法21条)。
?もちろん、一般論としては、政党が、国政選挙に立候補し(あるいは立候補者を擁立し)、国会で議席を有すれば、その他の結社とは別に民意を国政に反映させる機能を有しているから、政党はその他の結社とは違う機能を有している。
これは政党の公的性格であろう。
だが、それは”社会に根ざしているという政党の本質”を抜きに考えることはできない。
?それゆえ、政党が国営化してしまうことは、”政党の社会性”という本質を政党から奪ってしまうだろう。
?経済における新自由主義「改革」や政治における新保守主義「改革」が国会で強行できたことには、幾つのかの要因があると考えられる。
衆議院議員の小選挙区本位の選挙制度もその重要な要因の一つであろう。
そのほか、「政党」が国営化し、「政党」の執行部が政党交付金の党内配分権を握っていることが重要な要因として挙げられる。
?一般庶民から浄財を集める努力を怠っても税金から財政を賄えるわけだから、一般庶民に「痛み」を押し付ける「改革」を強行できたのである。
(企業献金と日本経団連の政治献金斡旋という要因もあるが、それは別の機会に紹介する。)
?国民から遊離した政治の強行をくい止め、「政党」を社会(一般庶民)の側に引き戻させるためには、「政党」の国営化を止めさせる必要がある。
ここでは、政党交付金の交付を受けている「政党」がそれに依存し、事実上国営化し、「政党」が社会から遊離しているという問題を指摘したい。
1.「政党」の国庫依存への歯止め論議
?1993年の「政治改革」論議において、当時の細川護煕首相と河野洋平自民党総裁との「トップ会談」で、各政党が政党助成に依存することに対する「歯止め」として、「各政党に対する政党助成の上限枠は、前年収支実績の40%とする」とすることで「合意」されていた。
?当時の橋本龍太郎・自民党総裁(故人)は、「それぞれの政党の前年収支実績の40パーセントという上限」につき、以下のように自らの著書で危険性を指摘していた。
「これを青天井にした場合、議員数による配分だけに頼れば、政党自らが集めた収入実績を上回る額の助成金を受け取る政党が出てきてしまう。政党が“助成太り”するようなしくみは、とても国民の理解は得られない。」
「政党の収支実績に応じて、『国民の税金から助成していただくのはこの限度まで』というルールはぜひ必要なことだと思う。逆に、こうしたルールがないと、政党が国の助成を受けることで発言権を失い、ひいては政党が『助成権者』である政府の支配を受けてしまうような事態になりはしないか」。(橋本龍太郎『政権奪回論』講談社(1994年)159頁)
?ところが、8党連立与党と野党の自民党との「協議」を経て、これは緩和され、各政党の助成額は「前年収入額の3分の2」まで許容されるという法律が成立した。
?さらに、1995年には、自民党・社会党・新党さきがけの連立与党は政党助成における「3分の2」の「歯止め」を撤廃する法律改正を行った。
?「歯止め」があっても政党助成制度が憲法上許容されるかどうかの問題はある(ここではそれについて論じない)が、いずれにせよ、以上のような経緯で、「政党」が国庫に依存することへの「歯止め」は一切なくなってしまったのである。
2.政党助成への依存の実態と「政党」の国営化
?政党交付金の交付を受けている「政党」は、中央分の全収入(繰越金と借入金を除く)に対する政党交付金の占める割合が高い。
(これまでマスコミは、この割合について、借入金を収入に含めて算出しているが、それは政党の国庫依存度を正確に把握できないことになるのではなかろうか。)
?2005年と2006年について一覧表で紹介してみよう。

?日本共産党は政党交付金を受け取る手続きを拒否している。
公明党は政党交付金への依存度は必ずしも高くない。
しかし、他の政党、特に小政党の依存度は極めて高い。
?その上で、与党第一党の自民党と野党第一党の民主党の依存度の高さが注目される。
2005年と2006年の場合同様に算出した過去の依存度を紹介しておこう。
民主党は、政党助成導入6年目の2000年には85・1%、2001年には83・6%、2002年には81・8%、自由党と合併した2003年には84・6%、2004年には83・6%。
要するに85%前後の依存度である。
自民党でも、2000年57・9%、2001年59・5%、2002年66・1%、2003年65・0%、2004年67・8%。
要するに近年では65%以上の依存度である。
3.政党の社会性の本質と国営政党化の問題
?本来、”政党は社会の中から誕生し、社会の中で活動して存続する”という本質を有している。
だから、政党は、その他の結社と同様に、結社の自由が憲法上保障されていると解されるのである(憲法21条)。
?もちろん、一般論としては、政党が、国政選挙に立候補し(あるいは立候補者を擁立し)、国会で議席を有すれば、その他の結社とは別に民意を国政に反映させる機能を有しているから、政党はその他の結社とは違う機能を有している。
これは政党の公的性格であろう。
だが、それは”社会に根ざしているという政党の本質”を抜きに考えることはできない。
?それゆえ、政党が国営化してしまうことは、”政党の社会性”という本質を政党から奪ってしまうだろう。
?経済における新自由主義「改革」や政治における新保守主義「改革」が国会で強行できたことには、幾つのかの要因があると考えられる。
衆議院議員の小選挙区本位の選挙制度もその重要な要因の一つであろう。
そのほか、「政党」が国営化し、「政党」の執行部が政党交付金の党内配分権を握っていることが重要な要因として挙げられる。
?一般庶民から浄財を集める努力を怠っても税金から財政を賄えるわけだから、一般庶民に「痛み」を押し付ける「改革」を強行できたのである。
(企業献金と日本経団連の政治献金斡旋という要因もあるが、それは別の機会に紹介する。)
?国民から遊離した政治の強行をくい止め、「政党」を社会(一般庶民)の側に引き戻させるためには、「政党」の国営化を止めさせる必要がある。