(1)小沢一郎民主党幹事長の資金管理団体「陸山会」の土地購入を巡る事件で、東京第5検察審査会は、4月27日、「陸山会」の支出につき小沢氏を「起訴相当」と議決したが、私は、感情に基づき「情況証拠」だけで「共謀共同正犯」と結論づけている、との辛口の感想を書いた。

(2)そして、東京地検特捜部がこの議決を受けて再捜査し、今月中にも不起訴処分を出すのではないかとの報道を紹介し、今月中の処分は予想外であったが、「不起訴」処分は新たな証拠が出ない以上当然予想されることであると書いた。

(3)ところが、産経新聞の「主張」は、何故こんなに早く不起訴処分を出すのか、拙速である等との厳しい意見を、不起訴処分直前に展開していた。ゴチックは上脇による。以下同じ。
産経新聞2010.5.20 03:05
【主張】小沢氏再捜査 「不起訴」の結論ありきか

 小沢一郎民主党幹事長の資金管理団体「陸山会」の政治資金規正法違反事件の再捜査で、東京地検特捜部が改めて小沢氏を嫌疑不十分で不起訴とするとの見方が強まっている。
 東京第5検察審査会は先月27日、小沢氏の供述は信用できず、衆院議員、石川知裕被告ら元秘書3人との共謀成立が可能として、「起訴相当」を議決した。審査員11人の全員一致だった。
 特捜部はこの問いかけに答える捜査を尽くせたのか。小沢氏の3度目の聴取から1週間ばかりで拙速な判断をするなら、再捜査は形だけとの疑問もでかねない。検察当局への国民の信頼がかかっている。土地購入疑惑の徹底解明に、なお努力すべきだ
 この事件では、元秘書らが起訴された立件分で虚偽記載は平成16、17年と19年分の収支報告書にまたがり計20億円を超える。資金の出所を隠すため銀行融資など複雑な操作が行われたためだ。
 石川被告は起訴前の供述で、土地購入原資を記載しないことなどを小沢氏に報告、了承を得ていたとしていた。小沢氏は個別案件は秘書に任せていたと関与を否定するが、審査会は「不合理・不自然」と退けた。
 審査会は理由もなく小沢氏を「起訴相当」としたわけではない。客観的な証拠や過去の判例を踏まえ、小沢氏について「絶大な指揮命令権限を有する」として「共謀共同正犯が成立するとの認定が可能」としたのだ。
 検察は百パーセント有罪の証拠がなければ起訴しないといわれる。すでに不起訴にしたという「一事不再理」の感情もあるだろう。だが今一度不起訴とするなら、政権与党の幹事長の刑事責任追及に斟酌(しんしゃく)を加えたと国民は受け止めるに違いない。司法制度を揺るがしかねない事態である。
 検察審査会制度は司法改革の一環で法改正され、審査会が2度、「起訴相当」と議決すれば強制的に起訴されるなど権限が強化された。刑事責任追及に、より民意を反映させる制度で、検察当局も改革の趣旨を強く認識すべきだ。
 陸山会の規正法違反事件では、土地購入の原資とされるゼネコンからの裏金疑惑など、未解明な点もある。再捜査による検察の処分決定の期限は、「起訴相当」議決から原則3カ月以内だが、6カ月まで延長もできる。時間は十分にあるはずだ。

(4)私は、すでに小沢氏らが事情聴取を受けた以上、特捜部が処分を下すのは、必ずしも拙速とは思わない

もちろん、ゼネコンからの裏献金を受けた疑惑もあるが、それはこの件では立件しないというのが特捜部の判断なのだろう(特捜部がこれを今後立件するかどうか、私は全く予想できない)。

それゆえ、産経新聞「主張」の言い分はわかるが、なかなか現実的な主張ではないだろう。
むしろ、参議院選挙前に東京第5検察審査会の議決が出る可能性が生まれたことの方が重要なのかもしれない(ただし、会期を延長しないようなので、選挙前に議決がなされる可能性は低くなっているが・・・)。

(5)実は、私が産経新聞の「主張」を紹介したのは、その中で、「審査会は理由もなく小沢氏を「起訴相当」としたわけではない。客観的な証拠や過去の判例を踏まえ、小沢氏について「絶大な指揮命令権限を有する」として「共謀共同正犯が成立するとの認定が可能」としたのだ。」と述べていることが気になったからである。

「客観的な証拠」という指摘については、実質「情況証拠」を指しているのだろう。この点は、すでに書いてきたので、ここではこれ以上言及しない。

ここで私が特に注目するのは「過去の判例」の指摘である。

確かに、東京第5検察審査会の議決には、以下のような記述がある。
共謀に関する諸判例に照らしても、絶大な指揮命令権限を有する被疑者の地位とA、B、Cらの立場や上記の情況証拠を総合考慮すれば、被疑者に共謀共同正犯が成立するとの認定が可能である。

ここでのキーワードは、「判例」と「絶大な指揮命令権限」と「情況証拠」と「共謀共同正犯」である。

(6)この議決の一文を読んでわかりづらいのは、一つは「絶大な指揮命令権限を有する被疑者の地位」という表現である。

国会議員が一般に秘書らとの関係で「絶大な指揮命令権限を有する地位」にあると言っているのか、それとも、被疑者である小沢一郎氏(こそ)がその秘書らとの関係で「絶大な指揮命令権限を有する地位」にあると言っているのか、わかりづらい(後者なのだろうか!?)。

そのうえ、いずれにせよ、その地位をどのような事実を基にして判断したのか、議決の要旨を読んでも全くわからない。
(なお、「絶対権力者」という表現も同じである。)

(7)また、「判例」とは、具体的にどの判決を指しているのかも、明記されていないので不明である。
産経新聞の「主張」執筆者(論説委員?)は「判例」を調べたのであろうか?

そこで、「共謀共同正犯」の成立の有無を検討し判断したと思われる「最高裁判決」(下級審判決を除く)を検索して調べてみた
「判例」とは一般に「最高裁判決」を指しているからである(なお、下級裁判所の判決を排除するものではない)。

「共謀共同正犯」の語句を入力して検索すると、結構沢山の最高裁判決があり、51も表示された。
これを一つ一つ丁寧に確認する時間がない。

そこで、さらに、「政治資金規正法」という語句を追加して絞り込んだが、1件もなかったので、「指揮命令」という語句に代えて絞り込んだ。

(8)すると、一つの最高裁判決が表示された。

平成14(あ)164 銃砲刀剣類所持等取締法違反被告事件  
平成15年05月01日 最高裁判所第一小法廷 決定 棄却


http://www.courts.go.jp/hanrei/pdf/js_20100319115338932177.pdf

 1 原判決及びその是認する第1審判決の認定並びに記録によれば,本件に関する事実関係は,以下のとおりである。
 (1) 被告人は,兵庫,大阪を本拠地とする三代目A組組長兼五代目B組若頭補佐の地位にあり,配下に総勢約3100名余りの組員を抱えていた。A組には,被告人を専属で警護するボディガードが複数名おり,この者たちは,アメリカ合衆国の警察の特殊部隊に由来するCという名称で呼ばれていた。Cは,襲撃してきた相手に対抗できるように,けん銃等の装備を持ち,被告人が外出して帰宅するまで終始被告人と行動を共にし,警護する役割を担っていた。
 被告人とCらとの間には,Cたる者は個々の任務の実行に際しては,親分である被告人に指示されて動くのではなく,その気持ちを酌んで自分の器量で自分が責任をとれるやり方で警護の役を果たすものであるという共通の認識があった。
・・・(略)・・・・

2 本件では,前記1(5)の捜索による差押えや投棄の直前の時点におけるCらのけん銃5丁とこれに適合する実包等の所持について,被告人に共謀共同正犯が成立するかどうかが問題となるところ,【要旨】被告人は,Cらに対してけん銃等を携行して警護するように直接指示を下さなくても,Cらが自発的に被告人を警護するために本件けん銃等を所持していることを確定的に認識しながら,それを当然のこととして受け入れて認容していたものであり,そのことをCらも承知していたことは,前記1(6)で述べたとおりである。なお,弁護人らが主張するように,被告人が幹部組員に対してけん銃を持つなという指示をしていた事実が仮にあったとしても,前記認定事実に徴すれば,それは自らがけん銃等の不法所持の罪に問われることのないように,自分が乗っている車の中など至近距離の範囲内で持つことを禁じていたにすぎないものとしか認められない。また,【要旨】前記の事実関係によれば,被告人とCらとの間にけん銃等の所持につき黙示的に意思の連絡があったといえる。そして,Cらは被告人の警護のために本件けん銃等を所持しながら終始被告人の近辺にいて被告人と行動を共にしていたものであり,彼らを指揮命令する権限を有する被告人の地位と彼らによって警護を受けるという被告人の立場を併せ考えれば,実質的には,正に被告人がCらに本件けん銃等を所持させていたと評し得るのである。したがって,被告人には本件けん銃等の所持について,G,E,M及びHらC5名等との間に共謀共同正犯が成立するとした第1審判決を維持した原判決の判断は,正当である。

この判決の特徴は、事実関係においては、被告人が暴力団の組長であり、その組長と組員との関係で共謀共同正犯が成立するかどうかが検討されていることである。

また、共謀共同正犯の成立を認めている際に、「直接指示を下さなくても」組員らが「自発的に」組長を「警護するために本件けん銃等を所持していることを確定的に認識」していたとか、「けん銃等の所持につき黙示的に意思の連絡があった」との判断がなされていることである。

さらに、組員を「指揮命令する権限を有する」組長の「地位」と組員によって「警護を受けるという」組長の「立場」を併せ考えて、「共謀共同正犯が成立する」と結論づけている。

(9)東京第5検察審査会が援用した「判例」とは何であるのか、不明である。
(残り50の最高裁判決を調べる必要があるかもしれません。下級裁判所の判決も・・・。)

だが、もし、それが、私の紹介した上記最高裁判決であるとすれば(あるいは、その一つであれば)、東京第5検察審査会の論理は、「小沢一郎氏あるいは国会議員が秘書らとの関係で暴力団の組長と同じ地位にある」という論理になりそうだ。
(議決の方は「絶大な」という形容詞がある分、暴力団組長よりも小沢氏あるいは国会議員の方が、より強い指揮命令権限を有する地位にある、とも読めないことはない。)

これは、政治的言論としてはわからなくはないが、果たしてきちんとした論証のないまま法的議論として通用するのか、疑問に思えてならない。

また、東京第5検察審査会の議決は、上記最高裁判決が共謀共同正犯の成立を認めた際の、「確定的に認識」とか「黙示的に意思の連絡」という表現はない。

本当に「判例」を援用すれば、小沢氏の「共謀共同正犯」の成立を結論づけられるのだろうか?

(10)東京第5検察審査会の審査員がこの最高裁判決を知っていたのであろうか?
断定はできないが、一般にはなかなか、そうとは思えない。

そうなると、おそらく補助審査員の弁護士がこの判決を審査員に紹介した可能性が極めて高いのではなかろうか!?

それにしても、検察官、裁判官、大学教授の経歴のある弁護士が、あのような最高裁判例を援用するとは・・・。

(11)ある元東京地検特捜部副部長は、東京第5検察審査会の「起訴相当」議決に関し、次のように指摘している(若狭勝「市民感覚、司法に反映」毎日新聞2010年5月7日「論点」)。
・・・政治家関連の事件では、支持者が審査員に多いなどの偶然で判断が左右される危険がある。小沢氏のように影響が極めて大きいケースもあり、政治家に対しても「有罪の確信が持てなくても起訴すべきだ」とまではいえない。こうした特殊事件は、将来、強制起訴対象から外すことを検討する必要があるかもしれない。
・・・

これは、私が内心恐れていた議論の方向である。

(12)もし東京第5検察審査会が小沢氏の「起訴相当」を再度議決し、小沢氏が強制起訴された場合、私は、元秘書らの供述調書を読んでいないので、どのような判決が下されるのか断言できない(私の法律解釈では有罪は難しいと思う)が、第1審だけでも「無罪」判決が下されれば、そのような議論が起こる恐れがある。

それゆえ、「起訴相当」議決を受けながらも東京地検特捜部が再度「嫌疑不十分で不起訴」と処分した以上、東京第5検察審査会の審査員と審査補助員は、慎重な審査をし、どのような結論になるにしろ(再度「起訴相当」議決をする場合には言うまでもなく)、刑事法上の議論に耐えうる理由づけをすべきである、と思っている。