先日から「沖繩復帰40周年と沖縄タイムス・琉球新報各社説の紹介」を始めました。

「その1」では、2012年4月下旬の沖縄タイムスと琉球新報の各社説を紹介しました。

ここでは、「その2」として、今月(2012年5月)上旬の沖縄タイムスと琉球新報の各社説を紹介します。

3.琉球新報

琉球新報2012年5月1日
社説 メーデー 「働きがい」支える政治を

 5月1日は、労働者が諸権利を要求し連帯を誓う「メーデー」。2008年のリーマン・ショックを機に深刻化した世界経済危機に、昨年の東日本大震災が追い打ちをかけ、労働者を取り巻く環境は一段と厳しさを増している。労働と社会経済の在り方を問い直す国民的議論が、今まさに必要だろう。
 わたしたちは失業者と非正規労働者の増大、年収200万円以下の「ワーキングプア」と呼ばれる労働者の増加、若者の就職難、生活保護世帯の増大など、格差社会の惨状を目の当たりにしている。
 かつての「一億総中流社会」の日本でなぜ、貧富の差が生じ「格差社会」となったのか。このゆがみの原因を究明し、抜本的改革に知恵を絞っていかねばならない。
 連合の古賀伸明会長は、東京のメーデー中央大会で大震災の復興に注力する必要性を強調した。同時に、「新自由主義」に基づく規制緩和が格差を拡大し、アジア諸国の伸長でコスト競争に限界が来ているとし、これらの課題を克服するため「“成熟社会”における経済・社会運営の在り方を抜本的に見直す必要がある」と述べた。
 来賓として出席した野田佳彦首相は「暮らしを守るために産業空洞化の波に立ち向かい、景気回復とデフレ脱却を実現しなければならない」などと述べた。
 労働界の切迫感に比べて、野田首相の言葉は迫力不足で、「決意」が十分伝わってこない。歴代自民党政権の分も含め格差社会を招いた「政治の責任」を自覚し、具体的な処方箋を国民に示すのが首相の使命だと自覚すべきだ。
 ディーセント・ワーク(働きがいのある人間らしい仕事)という考え方がある。生産的で公正な収入を与える仕事に就く機会、職場における安全と家族に対する社会的保護、人々が懸念を表明し団結して自らの生活に影響する決定に参加する自由、すべての男女の機会と待遇の均等などを伴うものだ。
 1999年の国際労働機関(ILO)の総会で提起された、人々の働く上での希望を集大成した概念だ。残念ながら、その理想と労働者の現実には依然隔たりがある。
 格差を招いた大企業優先政策の行き過ぎを是正するのは、政府や与野党、経済・労働界の責務だ。持続可能な経済・雇用政策を再構築し、国民の「働きがい」を支えていけるか。国民は注視している。

琉球新報2012年5月2日
社説 日米首脳声明/命脅かして安保か 普天間放置は罪深い

 直面する具体的な課題に目をつぶり、未来志向を前面に打ち出すことで蜜月ムードを演出する。
 米ワシントンを初めて公式訪問した野田佳彦首相とオバマ大統領の日米首脳会談のことだ。
 会談や共同声明は日米同盟の深化をことさら強調する一方で、根幹となる安全保障に関し、懸案である米軍普天間飛行場の返還・移設問題には触れなかった。いや触れられなかったと言うべきだろう。
 沖縄の民意に真摯(しんし)に向き合おうとしない意思決定など、民主国家にあるまじき茶番劇というほかない。このままでは同盟深化の演出とは裏腹に、日米関係も沖縄問題も迷走を続けて行くだろう。

「空手形」の限界露呈
 過去2回の野田―オバマ会談は、普天間飛行場を名護市辺野古に移設する現行計画の推進を確認してきた。
 辺野古移設については仲井真弘多知事をはじめ県民の大多数が反対しているにもかかわらず、具体的な進展を求めるオバマ氏に対し、野田首相は「地元の理解に全力を挙げる」と約束。いわば「空手形」を切り続けてきた。
 だが、日米両政府が首脳会談の4日前に発表した在日米軍再編見直しの共同文書は、辺野古以外にも検討の余地を広げる文言を初めて盛り込んだ。
 辺野古移設をかねて疑問視し、嘉手納基地への統合案を提起する米上院のレビン軍事委員長ら米議会有力議員らに配慮したためとされる。辺野古で空手形を切り続ける限界を露呈したともいえる。
 ただ、レビン氏らが掲げる嘉手納統合案は地元を中心に県民の反発も強く、辺野古と同様に実現は事実上不可能だ。首脳会談では空手形こそ封印したが、解決の糸口すら見えない普天間問題を単に棚上げしたにすぎない。
 そもそも米軍再編見直しの共同文書そのものが、首脳会談の成果をアピールするための「小道具」との印象が否めない。レビン氏らに配慮するため、発表の期日が直前になって延期されたドタバタ劇からも明らかだろう。
 首脳会談で棚上げされた懸案はほかにもある。民主党内にも根強い反対論がある環太平洋連携協定(TPP)についても、野田首相は交渉参加の表明を先送りした。党内事情はともかく、関税の原則撤廃により安価な外国産農産物の流入を懸念する農家の不安や疑問が払拭(ふっしょく)されたとは到底言い難い。自動車、保険、牛肉の3分野での市場開放を求める米側の圧力は強いが、安易な妥協は決して許されない。

負担軽減に逆行
 共同声明は名指しこそしていないが、「中国包囲網」の色彩が濃い。南西諸島などでの警戒監視活動など「動的防衛力の構築」を図る自衛隊と、アジア太平洋を重視する米軍が連携を深める方針を確認。自衛隊と米軍の共同訓練や施設の共同使用で警戒監視や偵察活動などを強化する狙いだが、それによって、いたずらに中国側を刺激してはならない。
 オバマ大統領は「核兵器なき世界」の構想を打ち出しノーベル平和賞を受賞したが、理想と行動が乖離(かいり)することなく、平和賞にふさわしい振る舞いを貫くべきだ。
 その延長線上で、普天間の県外移設や基地負担の軽減を求める沖縄県民の声にも真剣に耳を傾けるべきだ。日米両政府は沖縄の負担軽減こそうたってはいるが、実現への意欲が全く感じられない。これ以上、思考停止は許されない。
 そもそも普天間飛行場への垂直離着陸輸送機MV22オスプレイの7月配備が計画され、普天間の固定化がささやかれること自体が言語道断であり、負担軽減に逆行する。自由や民主主義、基本的人権の尊重を日米共通の価値観と高らかに掲げながら、沖縄に対する差別的対応は二重基準そのものだ。
 県民の怒りのマグマは表向きは静かだが、再び臨界点に近付きつつある。日米両政府は、沖縄の民意を甘く見るべきではない。

琉球新報2012年5月3日
社説 憲法記念日 活憲で命輝く社会を/沖縄は不沈空母ではない

 おびただしい数の住民が犠牲になった沖縄戦から7年後の1952年4月28日、対日講和条約が発効した。沖縄は日本から分離され、米国施政権下に置かれた。
 非戦を誓った憲法秩序からの完全離脱を強いられたわけだ。
 講和から4年後の1956年、米軍の基地強制接収にあらがう島ぐるみ闘争が最高潮に達した。
 この年、詩人山之口貘は、米軍基地に組み敷かれた故郷を悲しむ「不沈母艦沖縄」を世に問うた。
 〈まもなく戦禍の惨劇から立ち上り きずだらけの肉体を引きずって どうやら沖縄が生きのびたところは 不沈母艦沖縄だ〉

◆安保が上位でいいのか

 戦争を放棄し、恒久平和の理念を掲げる日本国憲法は施行から65年を迎えた。県民は主権者として、平和憲法の恩恵を実感できる沖縄の実現を求め続けている。
 しかし、基地負担が重くのし掛かる沖縄の現実に照らせば「平和憲法の下への復帰」はいまだ遠い。それが施政権返還40年の年に県民が抱く憲法への実感だろう。
 児童が授業を受ける小学校の教室内で、車の1〜2メートル前で聞くクラクションと同じ大きさの轟音(ごうおん)が容赦なく響く。いつ襲来するか予測がつかない音の源は米軍機だ。
 罪を犯した米軍人・軍属が基地に逃げ込めば、すぐには逮捕できない。不平等な日米地位協定が改められる気配もない。
 住民の命の重さを二の次にし、平穏に暮らす最低限の生活環境、主権が脅かされる地域が国内のどこに、どれだけあるだろうか。
 日米両政府が沖縄の基地負担軽減を何度話し合っても、軍事的思惑が最優先され、沖縄に基地を押し付ける構図は変わらない。実効性を伴わない「虚飾の負担軽減」が屋上屋を架しているように映る。
 さらに中国をにらんだ「動的防衛力」を掲げ、先島への自衛隊配備に前のめりとなる国の姿が鮮明になっている。
 在日米軍再編見直し協議で、日米の軍事協力を強化するため、国外の米軍基地を自衛隊が使い、日本が資金を拠出する枠組みが打ち出された。専守防衛の憲法理念、国是を逸脱する動きが国会での議論もなく加速することは危うい。
 日米両政府と、新基地を拒む、沖縄の民意との溝は深い。安保が上位に立ち憲法をしのぐ状況も深まっている。沖縄はあたかも憲法が機能しない「番外地」のようだ。
 山之口貘が、沖縄を不沈母艦になぞらえ、悲嘆した状況と何がどう変わったのだろうか。

◆放置される不条理

 為政者の最大の役割は、憲法に基づいて、国民の生命・財産を守ることにある。
 日本政府の側に憲法を守り、国民を大切にする意識が希薄だからこそ、沖縄の「不条理」が是正されないまま放置されている。
 権力の暴走に歯止めをかける憲法が持つ役割、輝きがくすんでいるのではない。主権者である私たちは、諦念(ていねん)にとらわれ、理想をかなぐり捨てるわけにはいかない。
 立法、司法、行政の三権、そして地方自治体、国民一人一人が憲法を活(い)かす「活憲」の思考回路を広げることで、市民の目線でこの国の在り方や人権状況を問い直し、改めていかねばならない。
 昨年3月に起きた東日本大震災を機に、憲法25条が定める「生存権」にあらためて光が当たった。同条は「すべての国民は健康で、文化的な最低限度の生活を営む権利を有する」とうたう。
 原子力発電の危険性への備えと民主主義に欠かせない情報公開が欠けたまま、福島第1原発事故が起き、未曽有の被害が生じた。
 放射線が残り、帰宅すらかなわない住民も多い。「安保」と同様に「原発推進」の国策が憲法を凌駕(りょうが)して安全を置き去りにし、住民の生命、財産を危機に追いやった。
 生存権や幸福追求権に根差した大震災・原発事故の被災地復興と、沖縄の差別的な基地集中の是正に憲法再生の道筋を重ねたい。

琉球新報2012年5月5日
社説 こどもの日 当たり前の環境整えよう

 わたしたちの社会は子どもたちに当たり前の環境を提供できていない。それを実証する材料が昨今立て続けに浮上した。福島の学校の限界放射線量の基準しかり、県内の小中学校の騒音しかりだ。
 だがそれらは子細に見ると、以前からあった要素で、単に最近、あからさまになっただけというのが真相だ。わたしたちの社会はそもそも子どもをないがしろにする体質を内包していた、と言える。
 子どもたちの命や心身の健康を脅かしておいて、健やかに育ってほしいなどと言える資格はない。大人たちが社会の体質を真剣に問い直し、真に子どものための環境をつくり始めよう。こどもの日をそのきっかけにしたい。
 原発事故後、政府は学校の校舎・校庭の利用に関する規定で限界放射線量を年間20ミリシーベルトと設定した。
 これを超えると小中学校で屋外活動を制限するという値だが、過去には年間9・8ミリシーベルトを浴びた原発作業員が白血病で死亡し、労災認定された例がある。放射線の影響を受けやすい子どもたちに、労災で死亡した大人の倍の放射線を浴びせてもよいという判断を、政府がしたことになる。
 妥当な値を採用したら、福島の多数の子どもたちを避難させなければならず、その費用を国が財政措置することになる。それを避けたいがためであろう。
 政府はいざという時、子どもを犠牲にすると指摘されて、言い訳できるだろうか。これに抗議して小佐古敏荘東大教授が内閣官房参与を辞任したのも当然だ。一連の出来事は、政府の体質が表面化しただけのことで、われわれがその程度の政府しか持っていなかったことを示している。
 同じことは沖縄の学校にも言える。普天間・嘉手納両飛行場周辺の小中学校では文部科学省や世界保健機構の基準値を15〜50デシベルも上回る爆音があると分かったが、政府に原因を除去する意思があるとは思えない。
 嘉手納について政府は何も動かない。普天間も、移設先の子どもの健康はどうなるのだろうか。
 これら健康の問題は最優先だが、ほかにも課題は多い。例えば、経済事情で進学を断念する子どもがいる社会は、健全と言えるだろうか。日本の教育への財政支出は先進国中最低水準だ。汚名をそそぎ、子どもたちが当たり前の環境を生きられる社会にしよう。

琉球新報2012年5月5日
社説 在沖海兵隊の兵力 数合わせなら納得できない

 一体何を信じればいいのだろうか。沖縄に駐留している海兵隊員の数のことだ。このほど県の照会に米軍が回答した在沖海兵隊の軍人数は2011年6月末時点で1万5365人だ。しかし日米両政府は06年5月の米軍再編最終報告の時点で1万8千人とし、先月27日の再編見直しの共同文書を発表した時点では1万9千人としていた。
 両政府が出している数字には一つのもくろみがあるようだ。6年前の最終報告では海兵隊の移転数は8千人、先月の共同文書では9千人としており、ともに沖縄に1万人が残留する形で一致する。「外務省は1万人という数字にこだわった」と防衛省幹部が明かしているように「抑止力」を示すために沖縄に駐留する兵員が1万人に保てるよう数合わせをしているようなのだ。
 県の照会に米軍が回答した兵員数は最終報告の05年は1万2520人、06年1万3480人、07年1万3200人、08年1万2402人、09年1万4958人、10年は非公表で、いずれも両政府発表より数千人規模で下回り続けている。
 内部告発ウェブサイト「ウィキリークス」が公表した08年12月に東京の駐日米大使館が国務長官らに宛てた公電は、最終報告の移転人数8千人について「日本での政治的価値を最大化するために意図的に極限まで増加された」と記している。駐留人数についても「実際に沖縄に駐留する海兵隊員とその家族の数が明らかに異なることは(日米)双方とも知っていた」ともある。
 米軍が県に回答した兵員数が正確であるならば、沖縄に1万人を残すとすればグアムなどへの移転は5千人程度にとどまり、沖縄の負担軽減は発表より少ないことになる。逆に共同文書通りに9千人を移転するならば、沖縄駐留は6千人規模まで縮小し、そもそも海兵隊が沖縄に駐留する必要性があるのかという疑問が生じる。普天間飛行場の名護市辺野古への県内移設という大義名分も揺らぐだろう。
 今年3月には玄葉光一郎外相が2011年段階の定数が2万1千人だと米側から説明を受けたと国会で答弁し、その後ホームページの記述を削除するなど不可解なことも起きている。両政府は正確な人数を公表すべきだ。このままでは県民が納得できるはずもない

琉球新報2012年5月8日
社説 平和行進開始 本土復帰の内実見つめよう

 沖縄が本土に復帰した5月15日の記念日を前に、沖縄の基地重圧と平和を目指す行動の大切さを見つめ直す「5・15平和行進」が6日、与那国島で始まった。
 1972年に復帰が実現する前、県民は「基地のない平和な沖縄」を切望した。平和行進には、その悲願を実らせる意思を再確認し、日米政府による沖縄への基地押し付けや、復帰の内実を問う意義が宿っている。
 復帰40年を迎える今年は、南西諸島の防衛力強化と称した、陸上自衛隊配備計画が進む与那国島が初めてコースに入った。
 100人超の参加者が島内を巡り、陸自配備予定地などで「沖縄に基地はいらない」と気勢を上げた。
 「復帰して40年、私たちが住むことで島を守り、隣国と仲良くしてきた。突然、自衛隊を置けば紛争の火種になる」
 行進に参加した与那国町在住の女性の言葉を重く受け止めたい。
 尖閣諸島の領有権問題を背景に、政府は海軍力を強める中国に対抗心をあらわにしている。だが、外交努力によって緊張の根を和らげる戦略は希薄で、南西諸島の自衛隊強化をめぐる国会論戦も乏しい。
 こうした状況で、自衛隊配備が既成事実化されることがあってはならない。沖縄社会にとっても、自衛隊との向き合い方が問われる。
 軍事に頼らない平和構築の営みをあくまで追求する意思を行進の中で再確認し、強めてほしい。
 東西と南の3コースを歩く沖縄本島での行進は11日に始まる。
 昨年は東日本大震災から日が浅く、本土への組織的な参加呼び掛けを取りやめたが、今年の申し込みは既に1300人を超えた。
 県外参加者は、国土の0・6%の県土に居座る米軍基地の実態を目と耳に焼き付け、相互理解を深める意義をかみしめてもらいたい。
 13日には、普天間飛行場を抱える宜野湾市で県民大会が開かれる。
 米海兵隊は地元の反対を無視し、事故が相次いだ垂直離着陸輸送機MV22オスプレイを7月にも普天間に配備する計画を立てている。6月に市民大会を開く宜野湾市は、配備を拒む姿勢を強固にしている。
 配備阻止は、今年の基地問題の最大の課題の一つだ。平和行進と県民大会を、軍事最優先の米軍基地運用に歯止めを掛ける契機としたい。とりわけ、県民の命と人権への脅威となるオスプレイ配備は何としても撤回させる必要がある。

琉球新報2012年5月10日
社説 復帰世論調査/不平等の根 断つ時だ 新基地拒む民意の反映を

 15日の本土復帰40年を前に、琉球新報社と毎日新聞社が合同で実施した世論調査は、米軍普天間飛行場の辺野古移設など、これ以上の基地重圧をきっぱり拒む沖縄の強い民意と、本土との認識の差を浮かび上がらせた。
 私たちはこの現実を直視しつつ、沖縄の基地問題を全国の課題として共有し、解決へ導く国民世論を粘り強く喚起したい。日米両政府には、沖縄の民意を反映した基地施策への転換を強く求めたい。

受け入れ難色の本土
 在日米軍基地の74%が沖縄に集中していることをめぐり、県民の69%が「不平等だ」と答えたのに対し、全国調査では33%と半数以下にとどまった。
 住んでいる地域に在沖米軍基地が移されることへの賛否を全国で問う設問で、賛成は24%だが、反対は67%に上った。
 米軍基地集中を「不平等」と回答した人のうちでも、自らの地域への基地移設反対は69%に上る。
 沖縄の過重負担を一定程度理解しても、基地受け入れには難色を示すのが本土の民意の現実だ。
 移設候補地に挙がった本土の自治体はすぐに反対を表明し、政府も断念する。だが、知事、議会、市町村長のすべてが県内移設に反対し、民主主義的な手だてを尽くす沖縄に対しては、日米両政府が県内移設をのませようとする。
 復帰から40年を経ても、結果的に本土は沖縄に基地を押し付け、自らの安全の踏み台にしている。今回の調査結果は県民の疑念と不満を映し出している。
 2010年4月に開かれた県外・国外移設を求める県民大会で、仲井真弘多知事は、基地集中に「明らかに不公平、差別に近い印象をもつ」と批判した。
 だが、翌5月末、普天間飛行場の「県外移設」を公約に掲げていた鳩山由紀夫首相はあっけなく名護市辺野古への移設に回帰した。
 そのころ、県内のラジオ番組でパーソナリティーが普天間移設問題をめぐり、こんなたとえ話をして共感を呼んだ。
 「沖縄の人が右手に重い荷物を持っていた。一緒に歩く本土の人に『ちょっと持ってくれない』とお願いした。本土の人は答えた。『何で、左手で持てばいいさ』。一緒に持ってはくれなかった」
 複雑な思いを抱きながら、うなずいた人が多かっただろう。
 「不平等」と「差別」は沖縄の基地問題を象徴する言葉として、知事をはじめ多くの県民が口にするようになった。

県民の決意揺るがず
 今回の調査で、普天間飛行場の辺野古移設をめぐり、「撤去すべきだ」「県外移設」「国外移設」が計89%を占めた。鳩山政権の辺野古回帰の際の84%を超え、同種調査で過去最高の数値だ。「県内移設ノー」は一層鮮明になった。
 さらに、普天間飛行場への危険な垂直離着陸輸送機MV22オスプレイの配備計画に対し、9割の県民が反対し、全県的な反発の広がりが明らかになった。
 本土復帰への評価は全国、県民ともに8割が「良かった」と高い。それが、基地の過重負担の是認を意味しないことはもはや、分かり切ったことだ。
 県民は、経済振興策のアメによって基地受け入れを迫る手法を見限り、外交・安全保障で公正かつ平等な取り扱いを求めている。「基地のない平和な沖縄」への県民の決意は揺るがない。
 沖縄の基地負担への共感を国民全体にどう広げるかは、古くて新しい課題である。全国調査で、県内移設を否定する回答が63%に上ったことに望みを託したい。
 日米の政府と国民に訴える「自治体外交」的アピールと、沖縄に寄り添う人々を介した草の根の訴えはわずかずつだが、沖縄への関心を高めている。希望を見失うまい。沖縄は未来を開く岐路に立つ。強固な民意で「日米同盟」の不条理を突き崩したい。


4.沖縄タイムス

琉球新報 2012年5月2日 09時23分
[日米首脳会談]どこへ行った負担軽減

 空疎と言わざるを得ない内容だ。沖縄の負担軽減はどこへ行ったのか。
 野田佳彦首相とオバマ米大統領はワシントンで会談を行い、共同声明を発表した。公式の首脳会談は民主党政権では初めてだ。
 これまでの日米首脳会談では米軍普天間飛行場の辺野古移設の推進を確認するのが常だったが、今回、普天間問題を棚上げし沖縄の負担軽減にも具体的な言及はなかった。
 なぜか。日米両政府は先月25日、在日米軍再編見直しの共同文書を発表する予定だった。直前になって米上院のレビン軍事委員長(民主)ら重鎮からクレームが付き発表を延期した。共同文書は当初、辺野古移設を「唯一の有効な解決策」としていたが、玉虫色にして発表された。
 レビン氏らは昨年、辺野古移設について「非現実的、機能せず、費用負担もできない」と酷評し、国防総省に断念を求めている。米国では予算は議会が作成するため、オバマ大統領が議会の顔色をうかがったのは間違いない。
 共同文書をめぐるドタバタ劇と今回の共同声明は日米合意が事実上死文化していることを示している。
 共同文書は、普天間移設と切り離して返還する嘉手納基地より南の5基地を13区域に分け「すみやかに返還」「県内で機能移設後に返還」「海兵隊移転後に返還」など3段階に区分している。
 いずれも時期は明示していない。対象の基地も焼き直しで地元の意向を聞かないままの不透明な返還計画である。
 与世田兼稔副知事が、真部朗沖縄防衛局長に「細切れ返還で、土地開発への影響が懸念される」として一体的な返還を求めたのは当然だ。
 両首脳が発表した共同声明で顕著になったのは、自衛隊と米軍の一体化である。経済的、軍事的に台頭する中国を念頭に置いたものだ。南西諸島など島しょ防衛を強化する日本と、アジア太平洋地域を重視した米国が連携を深めることを明示した。
 在日米軍再編見直しの共同文書では、グアムのほか、米自治領・北マリアナ諸島に自衛隊と米軍が共同使用する訓練場を整備することなどが盛り込まれている。
 だが、これはグアム移転協定の趣旨から完全に逸脱するものだ。協定は、まがりなりにも、在沖米海兵隊をグアムに移転し、沖縄の負担軽減を図るという理由があったからである。
 グアム移転の海兵隊が半分に減少したにもかかわらず、日本側の負担は28億ドルと変わらない。米国内のインフレ率で実際の負担は31億ドル程度という。円建てでは日本側の負担は2009年の協定署名時と同じ約2500億円と政府は説明するが、本来なら減ってしかるべきだ。その移転費で北マリアナ諸島などに共同訓練場を整備するという。
 沖縄の負担軽減のための予算枠を使い、負担軽減とは何の関係もないことをやろうとしている。そもそも何を根拠にしているのか。
 国会では十分な議論もなく、官僚主導で事が進んでいる。政治の姿が見えない。

沖縄タイムス 2012年5月3日 09時23分
[憲法記念日に]沖縄で主権在民を問う

 憲法は権力に対する命令である―と、一度、口に出して言い切ってみよう。憲法に対する日ごろのモヤモヤが吹っ切れ、憲法が頼もしく思えてくるはずだ。
 強大な権力をもつ政府が国民の権利や自由を侵害しないよう、政府に対し、法的な義務や制約を課すこと。それが憲法の基本原理である。
 そのような基本原理の上に立って日本国憲法は「主権在民」「平和主義」「基本的人権の尊重」という三つの原則を掲げている。
 日本国憲法が施行されてから、きょうで65年。そのうちの25年間、施政権が返還されるまで、沖縄には憲法が適用されていなかった。
 憲法という強力な後ろ盾をもたない住民は、人権を守り自治を実現するため、統治者に素手で立ち向かい、はね返され、転んでは起き上がって、コブシを振り上げ続けた。その繰り返しが沖縄の戦後史を形づくったといっていい。
 復帰後の沖縄において憲法は、県民の期待に応える働きをしてきただろうか。
 復帰から5年後、憲法施行30周年に当たる1977年5月3日、平良幸市知事は、県民に向け苦渋に満ちたメッセージを発表した。
 「国民の生命と財産を守るためにあるはずの安保条約が逆に県民の生命、財産を脅かす要因になっている」
 沖縄では憲法の「主権在民」が全うされているとは言い難い。
 「主権在米」「主権在官」というしかないような倒錯した事態が、基地問題をめぐって、しばしば起きている。
 米軍への優遇措置を盛り込んだ地位協定が、憲法で保障された諸権利の実現を妨げているのだ。
 沖縄国際大学へのヘリ墜落事故で米軍は当初、地元警察や消防を排除し、現場を管理した。地位協定の内規がどうであれ、明らかな主権侵害である。
 沖縄で頻発する地位協定がらみの問題が、もし東京で発生したら、政府や政治家、マスメディア、都民はどう反応するだろうか。
 日米の高級官僚レベルの交渉で基地問題が決定され、民意が反映されないという意味では沖縄の現実は「主権在官」だ。
 沖縄防衛局は、工事車両の通行を妨害しているとの理由から、米軍のヘリパッド建設に抗議する住民個人を裁判所に訴えた。
 かと思うと、沖縄防衛局が、基地所在市町村の首長選挙に露骨に介入していた事実も明らかになった。
 「9・11」(米国同時多発テロ)、「9・15」(リーマンショック)、「3・11」(東日本大震災と原発事故)。21世紀に刻まれたこの三つの日付は、世界と日本を根底から変えた。国の統治のあり方や資本主義の未来、エネルギーと環境と生命の相関関係について、一から考え直さなければならなくなった。
 未来をどのように構想するか。基地問題の解決も、この大きな変化を前提にすべきだ。既得権に凝り固まった官僚政治の中からは、基地問題の解決策は生まれない。

2012年5月5日 09時27分
[こどもの日に]つながる社会築きたい

 大型連休も終盤に入りました。きょうは、こどもの日です。みんなどう過ごしていますか。
 県内外の行楽地に出掛ける子がいる一方で、いつもの休みとちっとも変わらず友達と遊んだりする子もいるのではないでしょうか。ひたすら勉強に打ち込んでいる受験生がいるかと思えば、うちには遊びに連れて行ってくれるゆとりなんかないよ、という子がいるかもしれません。
 こどもの日といっても、過ごし方はそれぞれ異なるはずです。ちょっと周りを見渡してみれば、同じような家庭は一つとしてないことにすぐに気付きます。
 子どもの数だけ、違う家庭環境があるといったほうが正確ではないでしょうか。
 自分の能力を存分に伸ばせる環境にいる子は幸いです。将来の夢に向かってどんどん歩んでいってほしい。反対に、ふつうに暮らすことさえ困難な現実を抱えている子もいます。うらやむような生活とは裏腹に生きづらさを感じたりしている子も少なくないに違いありません。
 沖縄の生活水準は本土の70%以下といわれ、完全失業率、離婚率が高い。そのしわ寄せをかぶるのは子どもです。
 誰も生まれてくる環境を選ぶことはできません。でも、人間は環境だけに支配されるわけでもありません。困難を乗り越えることができるのも人間です。そのためには支えが必要です。話をしたり、聞いたりできる人を見つけてほしい。大きな心の支えとなるはずです。
 昨年の東日本大震災は2000人を超える震災遺児を生み出しています。大地震と巨大津波に巻き込まれ、親子関係が突然、断ち切られてしまいました。理不尽としかいいようがありません。
 両親を失った女子大学生は痛切な思いで振り返ります。
 家族旅行をして、お母さんが料理を作ってくれて、お父さんが車の運転を教えてくれる。そんな当たり前のことがどんなに幸せなことか全く理解していなかった、と。
 父の死を受け入れることができなかったという女子中学生は、生きているときにありがとうと言えなかったことを後悔しています。
 父に何かしてもらっても感謝の言葉を言ったことがなかったからです。いつも何かやってもらってばかりで、なにかするってことはなかったことを悔いています。(あしなが育英会編「東日本大震災遺児作文集」)
 遺児の前に立ちはだかるこれからの試練を想像すると胸が締め付けられます。先の女子大学生は人生は人と人とのつながりで成り立つことをすごく理解できたと言います。
 沖縄の女子中学生はこんな内容の作文を書いています。米軍政下にあったころです。
 食べて行くのがやっとの家もあれば、贅沢(ぜいたく)な家もある。なぜ世の中には、こんなことがあるのでしょう。それはお互いに助け合っていないからではなかろうか、と。
 この問い掛けに答えるには助け合い、人と人がつながる社会を大人が築いていかなければならないと思うのです。
沖縄タイムス 2012年5月10日 09時35分
[県民意識調査]「27度線」が浮上した…

 沖縄と本土では、何かと違いがある。歴史と文化が異なるのだから両者を比べて「違う」と感じるのは当然のことだが、復帰によって急速に本土化が進んだ今でも、この意識だけは依然として根強い。
 沖縄タイムスと琉球放送が昨年12月に実施した県民意識調査によると、本土の人と沖縄の人の間に違う面を「感じる」と答えた人は72%で、「感じない」の18%を大きく上回った。
 言葉や話し方、時間の感覚、冠婚葬祭などを通して違いを感じるのは、ごく自然な感情と言っていい。
 だが、基地問題をめぐる本土と沖縄の認識のギャップは、政治が生んだ「ゆがみ」であり、決して「自然な感情」とは言えない。
 沖縄タイムス社と朝日新聞社が4月に実施した共同世論調査によると、本土の人たちが沖縄のことを理解していると思いますかとの問いに、63%が「そうは思わない」と答えた。
 沖縄の基地が減らないのは本土による沖縄への差別だという意見があるがどう思うかとの質問に対しては、「その通り」が50%で、「そうは思わない」の41%を上回った。
 出口の見えない米軍普天間飛行場の移設問題。沖縄の民意が辺野古反対で足並みをそろえているにもかかわらず、政府は、辺野古移設を「唯一有効な解決策」だと主張し続ける。
 こうした政府への不信感が、基地を受け入れない本土全体に対する失望という形で広がりつつあることが、今回の調査結果から見て取れる。
 「差別」という言葉が、基地問題を語るキーワードとして普通に使われるようになったのは、民主党政権誕生以降のことだ。
 一部の研究者は以前から、基地問題の構造的性格に着目して「構造的差別」という表現を使い、いわゆる「差別」問題一般とは区別していた。
 ここにきて、なぜ、「差別」という言葉が前景化したのだろうか。
 米軍再編の見直し協議で日本政府は、沖縄駐留海兵隊の一部を本土に移転したい、との米側提案を拒否した。
 一事が万事である。
 基地問題が本土に拡散しないよう米軍基地をできるだけ沖縄に押し込める、という政府の姿勢に対し、保革を問わず「不公平さ」を感じるようになった。
 それをただすことができない政治の現実を、深い失望感を込めて「差別」という言葉で告発しているのである。
 本土と沖縄の間に、意識の上の「27度線」が今なお引かれているとしたら、両方にとって不幸なことだ。だが、それが現実である。
 普天間問題をめぐって、日・米・沖の三者に、徒労感と焦燥感が広がっている。
 もっと単刀直入に言えば、停滞状態があまりにも長く続いたため、関係者の間に、どうにもならない無力感が広がっているのだ。
 この状態を放置すれば、本土と沖縄の間の溝は一層深まる可能性がある。そうならないように、普天間問題を一から仕切り直しすべきだ。


(つづく)