上脇博之 ある憲法研究者の情報発信の場

憲法研究者の社会活動の一環として、ブログを開設してみました(2008年4月5日)。 とはいえ、憲法問題全てについて意見を書くわけではありません。 政治問題について書くときがあるかもしれません。 記録として残しておくために、このブログを使用するときがあるかもしれません。 各投稿記事の右下の「拍手」が多いようであれば、調子に乗って投稿するかもしれません。 コメントを書き込まれる方は、カテゴリー「このブログの読み方とコメントの書き込みへの注意」の投稿を読んだ上で、書き込んでください。 皆様のコメントに対する応答の書き込みは直ぐにできないかもしれませんので、予めご了解ください。 ツイッターを始めました(2010年9月3日)。 https://twitter.com/kamiwaki フェイスブックも始めました(2012年7月29日) http://www.facebook.com/hiroshi.kamiwaki.7 かみわき・ひろし

その他

自民党の武藤貴也・衆議院議員の株購入「国会議員枠」疑惑事件に関する証券会社への公開質問状の送付

昨夜はこのブログで、
自民党の武藤貴也・衆議院議員の株購入資金集め事件について「週刊文春」がスクープ報道したこと
を紹介し、かつ、
この報道を受けて自民党が詳細な内部調査をすることなく議員辞職もさせず除名もせず離党させたのは不可解な対応であり、
自民党は株の購入につき「国会議員枠」(あるいはそれに類するもの)があるのかどうかの論点を話題にさせることを回避しようとしたのではないか等との疑惑が生じる、
と指摘しました。

自民党の武藤貴也・衆議院議員の株購入資金集め事件と自民党の不可解な対応

私が共同代表をしている「政治資金オンブズマン」は、この事件に関し検討した結果、昨日(2015年8月24
日)、「エイチ・エス証券」に対して、独自に質問事項を考えて、公開質問状を送付しました

公開質問状は、以下です(なお、下記質問状の中でクスープ報道した「週刊文春」につき「8月1日発売」とあるのは「8月19日発売」の誤植です)。
公開質問状


エイチ・エス証券株式会社
代表取締役社長 和田智弘 殿

2015年8月24日
大阪市中央区北浜2−1−5平和不動産北浜ビル4階
政治資金オンブズマン(共同代表上脇博之神戸学院大学教授)     
(担当者 弁護士 阪口徳雄)
筺[   fax  略


突然のお手紙をお許し下さい

私達は政治家特に国会議員の政治とカネ問題が国民の政治不信を拡大させることから、これらの問題に2002年から取り組んできた、弁護士、研究者、公認会計士らのグループです。

今回、衆議院議員で自民党から当選した武藤貴也氏(その後離党)に関連する件について下記の通り貴社の「募集等にかかる株券等のお客様への配分にかかる基本方針」(以下本基本方針という)http://www.hs-sec.co.jp/book/haibun.pdf
について質問させて貰います。



第1 質問の内容

1 本基本方針では「新規公開株の配分について、|蠢による配分、抽選によらない配分、という2種類の配分方法があります。抽選又は抽選によらない配分の中に「国会議員枠」又はこれに類する配分方法があるのですか。

2 国会議員、又はその秘書について、本基本方針第3項(2)●鵝崚社と継続的にお取引を頂いていること、又はお取引拡大が期待できること』に該当するとして事実上国会議員枠又はそれに類する配分方法を設定することがありますか。

3 (1)貴社が主幹事を務めた2014年11月の株式会社CRI・ミドルウェアの新規公開株につき、抽選又は抽選によらない方法で、武藤議員又は政策秘書の宮崎資紹氏から、何らかの配分を受けたいという申し入れがありましたか。
(2)その場合に武藤議員又は政策秘書の宮崎資紹氏に現実に配分しましたか。又は配分がなかったですか。

4 本書面到達後10日以内に上記質問に文書で同封の返信用の封筒にご回答くだされたくお願いします


第2質問の理由

武藤貴也・衆議院議員は、2012年の衆議院総選挙で自由民主党公認候補として初当選し、2014年総選挙でも再選しました。武藤議員の政策秘書の宮崎資紹氏は久間章生元防衛大臣の秘書を務めるなど永田町のベテラン秘書です。
その武藤議員について、8月1日発売の「週刊文春」(2015年8月27日号)が記事「《告発スクープ》自民党〈武藤貴也〉 議員の黒い集金術 「未公開株」で4100万円」を掲載しました。
武藤議員はこの報道について全面否定することなく、自由民主党に離党届を提出し、自由民主党は、これを受理した旨、マスコミ報道されました。

 前述の「週刊文春」の記事によると、以下のとおりです。
”霪5聴の学生時代からの知人A氏は、 「昨年10月末、武藤さんから値上がり確実なソフトウェア会社の新規公開株を国会議員枠で買えるという話を持ちかけられました。ただ武藤さん自身は資金がないので、私に資金を集めてくれと。上がった利益の半分を武藤さんに渡すという約束でした」と語っている。
△修里笋蠎茲蠅LINE上に残っている。 〈来月新規公開株の取引の話があり、最低でも2倍になると言われています。内々で俺に取引を持ちかけてきているのだけど元手がありません〉(送信日時は10月29日の午後2時37分。武藤氏はその時間、国会で衆院外務委員会に出席している最中)。
「武藤さんの政策秘書の宮崎(資紹)さんの知人BさんがHS証券会長と知り合いで、同社が主幹事を務める『CRI・ミドルウェア』という新規公開株を買えるというのです」「後日、新宿の喫茶店で武藤さん本人から直接説明を受け、後は秘書の宮崎さんとやり取りをしてくれとのことでした」「国会議員の話だし、確実な話だと思っていました」(A氏)
ど霪5聴は、A氏にLINEで 〈あとこの案件はクローズだからね。正直証券会社からもうちが国会議員のために枠を抑えてるのと(ママ)が一般に知れたら大変だと言っています。その辺呉々も注意して下さい〉と口止めした。
タ卦公開株は公募が行われ、希望者が多い場合には抽選で割り当てられるが、武藤議員は、それが上記のように特別に購入できると話を持ちかけ、短期間にも拘わらず、A氏の呼びかけに応えた投資家は23名で、金額は4104万円にのぼり、出資者は各々りそな銀行衆議院支店の宮崎氏の口座に振り込んだ。
ζ洩段舛聾募価格2400円のところ、昨年11月27日の初値で5倍以上の1万3500円をつけた。
А屬箸海蹐上場前日に宮崎さんから買えなかったという連絡が来たのです。B氏の関係者がHS証券に『本当に買えるのか』と問い合わせてしまい、内々だったこの話がダメになってしまったという説明でした」(A氏)

 以上の報道によると、新規公開株の購入につき特別の「国会議員枠」(あるいはそれに類するもの)が存在することになります。もし存在するとなれば、本基本方針の「社会的に不公平感を生じせしめる」配分方法となります。
 よって貴社に対して上記の通り質問させて貰います。

万一、何のご回答もない場合は「国会議員枠」又はそれに類する方法による配分があると判断せざるを得ません。

ご面倒ですが、よろしくご回答のほどお願いします

はたして「エイチ・エス証券」は、以上の「政治資金オンブズマン」の独自の各質問事項に、どのように回答するのでしょうか?
マスコミには回答しているのですから回答できるはずです。

もし回答しなければ、その理由は回答しづらいからだ、と思わざるを得ません。
公開質問状に書いておいたように、「万一、何のご回答もない場合は「国会議員枠」又はそれに類する方法による配分があると判断せざるを得ません」!

一方、以上の質問事項につき、回答がなされ、かつ、その回答の内容次第では、武藤議員が詐欺罪に該当する言動を行ったと判断できることになります。

はたして「エイチ・エス証券」は、回答するのでしょうか?
回答がなされたとして、どのような回答内容なのでしょうか?
10日後が楽しみです。

「NPO 株主オンブズマン」のHPの引越し

私も共同代表の一人になっている「NPO 株主オンブズマン」のホームページが今月(2013年9月)引っ越しました。


http://kabuombu2.sakura.ne.jp/


NPO 株主オンブズマン
Kabunushi(Shareholders) Ombudsman

2013年9月から当所にホームページを移転しました
(URLが一部変更されています)


以上、ご案内いたします。

今後とも宜しくお願いいたします。

参議院選挙報道についての2つの要望の紹介

1ヶ月前に(2013年6月2日)「メディアを考える市民のつどい「テレビ報道はなぜおかしくなったのか」(主催「NHK問題を考える会(兵庫))が、メディア各社に対し、「参議院選挙報道についての要望 ― 有権者の判断に役立つ不偏不党・公正な報道を―」を出していました。
このブログで紹介したつもりだったのですが、多分忙しくて投稿し忘れたのでしょう。
遅ればせながら、紹介しました。

また、本日(2013年7月3日)日本ジャーナリスト会議と法送を語る会が、NHK、民間放送各社、報道・編集責任者に対し、「参議院選挙報道についての要望 ―有権者の判断に役立つ不偏不党・公正な報道を―」を送付したそうです。
これを紹介します。

(メディア各社 宛て)

参議院選挙報道についての要望    
          ―有権者の判断に役立つ不偏不党・公正な報道を―

 7月21日投票の参議院選挙が近づいてきました。私たちは、昨年12月の衆議院選挙で新聞・テレビは有権者の投票行動に役立つ公平で公正な情報を伝えたか、どうか大きな疑問を抱いています。参議院選挙では再び同じことが繰り返されないよう願うものです。

最近のテレビ報道は、参議院選挙を意識した安倍政権の異常な持ち上げが目立ちます。今年1月以来の安倍首相の生出演は10回にもおよび、民放では朝のワイド情報番組をはじめ、あらゆる番組の中に安倍首相の顔と自民党の政策を挟み込んだ巧妙な宣伝報道がなされています。大手メディア幹部との会食・懇談が盛んに行われている癒着の表れではないかと思われます。テレビが「小泉劇場」と化した2005年の繰り返しをしてはなりません。放送法は「政治的公平」「不偏不党」を求めています。テレビは放送法の原点に立ち返ることを求めます。

私たちは、昨年の総選挙前にNHKやメディア各社に、「”塋佗堙沺Ω平・公正な選挙報道を、∩菘世砲覆辰討い詭簑蠅任硫鮴眸崛箸髻廚覆匹鮨修憩れました。
 しかし、この要望に反して、もっぱら「政権選択の選挙」という表現が繰り返され「自民か民主か、第三極か」だけに有権者の関心を誘導する報道がなされました。
 特に問題だったのは、まだ4割近くの有権者が投票を決めていない時に、新聞・テレビがこぞって「議席予測」を繰り返したことが有権者の投票行動に重大な影響を与えたのではないかと考えます。結果として投票率は戦後最低、10%もの投票率低下を招き、約1000万人の棄権を生みました。また、白票や無効票が204万人と戦後最高になりました。メディアが、有権者の切実な関心に向きあわなかったために起こした拒絶反応ではないでしょうか。議席予測の行過ぎた報道は、メディアの自殺行為と考えます。海外では「メディアの人気投票的な当落予想を禁じている」国が少なくありません。その結果、「圧勝」といわれる自民党は前回選挙より大幅に票を減らしながら4割弱の得票で8割の議席を得ました。民意とは逆の現象です。今後は、民意が正しく現われるための報道を心がけてください。

 そこで、今後の選挙報道について、次のことを申し入れます。
投票前の「行過ぎた当落予想報道」などは止めること。
有権者の判断に役立つ政策中心の解説番組を提供すること。特に、重大な憲法、TPP問題については詳しい解説を行うこと。
各党の政策・公約を不偏不党・公平・正確に伝えること。また、これまでの公約違反にも切り込み、検証して報道すること。

メディアのトップや編集長などが権力側の首脳と会食し、親交を深める行為はジャーナリズムの使命に反します。このような権力との癒着を強めることはメディアの自殺行為です。政権を擁護する報道はやめ、権力と距離を置いた報道を望みます。
以上
                                                       
  2013年6月2日            メディアを考える市民のつどい
                     「テレビ報道はなぜおかしくなったのか」
                      主催「NHK問題を考える会(兵庫)


 2013年7月2日
NHK、民間放送各社、
報道・編集責任者 各位
                            日本ジャーナリスト会議
                            放送を語る会

参議院選挙に際し、公正、公平で充実した選挙報道を求めます。

 参議院選挙の投票日が迫りました。私たちはこれから本格化するテレビの選挙報道に関して、標記の申し入れをすることとしました。
これは昨年の総選挙の際、各放送局に対して行った要望を引き継ぐものです。テレビ局報道担当各位に、以下の内容をしっかりと受け止めていただくよう要請します。

 昨年の総選挙では、自民党が、小選挙区で4割の得票数で8割の議席を獲得するなどして圧勝し、民主党が惨敗、新党の日本維新の会が躍進する結果となりました。投票率は戦後最低、無効票も200万を超えました。
 このような結果をもたらしたのは、小選挙区制の弊害によることはもちろん、同時に、巨大メディアの一連の選挙報道の影響によるのではないか、と私たちは考えています。
 特にテレビでは、圧倒的な量で民主、自民の「二大政党」と、いわゆる「第3極」に偏重した報道が続き、「政権選択選挙」という限定のもと、自民大勝の議席予想や、「二大政党」中心の世論調査が毎週のように伝えられました。このような報道が強い世論誘導の作用を果たしたことは明らかです。
 選挙の争点についても、局独自の調査取材に基づく争点の掘り下げが充分に行われなかったきらいがありました。とりわけ憲法改定問題では、改憲派の意図する国防軍創設、天皇元首化、国民の権利の制限、などの重大な改定点が充分には伝えられず、争点としては埋没させられました。
 憲法改定を望まない国民が世論上多数でありながら、改憲を主張する勢力が3分の2以上の議席を占める、という異常な「ねじれ」状態が生まれたのは、こうした選挙報道が一因ではなかったでしょうか。

 有権者の多数は、投票にあたって、今なおテレビ報道を重要な判断材料としています。
私たちは、先のような選挙報道がテレビメディアで繰り返されるのではないかと懸念し、あらためて次のように要請します。

1)政党、政治家の動きを追う「政局報道」に偏ったり、「衆参のねじれ解消が最大の焦点」とするなど、争点の矮小化報道に陥ることなく、各政党の政策・主張を丁寧に伝え、有権者の判断に資する、政策中心の報道を充実させること。
 各党、各政治勢力に、できるだけ多くアピールする時間を保障し、放送での政党間の相互討論の時間を確保するなど、争点を明確にするための番組を数多く放送すること。

2)政党の政策・主張を紹介するにあたっては、現在の議席数の多少にしたがって放送時間量を配分するのではなく、少なくとも選挙期間中は、各政治勢力にできるだけ公平に主張の機会を与えること。
 
3)選挙の争点報道に関しては、単に各政党の政策を整理、比較するだけでなく、独自の調査報道に基づいて、各政党の主張を問う、という姿勢をもつこと。
 また、ジャーナリズムに期待される「権力の監視者」としての役割を、選挙期間中封印することがあってはならないと考えます。
 今回の参院選は、自公政権が維持される中での選挙であり、原発政策、オスプレイ追加配備を含む普天間基地問題、TPP、消費税、生活保護費切り下げや社会保障政策など、政権の政策が国民生活に大きな影響を与えている状況を踏まえ、選挙期間であっても、その政策を現実と照らし合わせて検証し、有権者に判断材料を提供する姿勢を欠かさないこと。

4)争点のなかで、とりわけ憲法改定問題は、国のありようと民主主義の根幹にかかわる問題であり、他の争点とは質の違う重大性を持っています。この争点をあいまいにしたり、後景に置こうとする傾向にたいして、報道機関としてこれを特別に重視し、多角的に検証する姿勢で報道すること。

5)昨年の総選挙時に繰り返された世論調査や議席予想は、世論誘導の恐れがあるとして、視聴者市民から批判が強かったものです。頻繁な議席予想の発表など、有権者に予断を抱かせるような報道は自粛すること。

6)上記のような放送は、過去の選挙報道の延長線上では実現が困難であることから、選挙関連番組を、長時間、数多く放送できるよう、編成の姿勢を抜本的に見直し、選挙報道の量と質を拡充すること。

 放送法は、法の目的を、「放送に携わる者の職責を明らかにすることによって、放送が民主主義の健全な発達に資すること」(第1条3号)としています。
 選挙報道は、放送が民主主義の発展に貢献するもっとも重要な機会です。
 社会の公器としての放送に、民主主義の発展に資する原則的な姿勢が貫かれ、実現されるよう求めるものです。

以上

阪神・淡路大震災から18年(マスコミ報道)

はじめに

(1)阪神淡路大震災(1995年1月17日)から昨日(2013年1月17日)18年を迎えた。

(2)このブログを開設して以降このブログでも2度投稿している。

14年前の阪神淡路大震災を思って

阪神・淡路大震災17年の追悼の祈りについての報道とメモリアル集会アピールの紹介

(3)その間に、東日本大震災(2011年3月11日)もあった。

マグニチュード9の東日本大震災から13日目

東日本大震災・東電福島原発事故から1年…マスコミ報道

(4)南海トラフ大地震が起きた場合の想定もマスコミで注目されてきた。

南海トラフ大地震の被害想定・「防災の日」に関連する新聞社説と原発問題

(5)以下、18年を迎えた阪神・淡路大震災についての報道の一部を、記録に残すために紹介しておこう。
◆18年を迎えた阪神・淡路大震災についての報道
NHK1月17日 17時42分
阪神・淡路大震災18年 犠牲者追悼

 6434人が亡くなった阪神・淡路大震災から17日で18年になります。
神戸市などでは、おととしの東日本大震災で被災した東北地方の関係者も参列して、犠牲者を追悼するさまざまな行事が行われました。
 神戸市中央区の公園、「東遊園地」では、「1.17」の形に並べられたろうそくを前に、阪神・淡路大震災で家族や友人を亡くした人たちが、地震が起きた午前5時46分に黙とうをささげました。
東遊園地には、東日本大震災が起きた日の「3.11」の形に並べた灯籠も用意されました。
 一方、神戸市中央区で行われた追悼行事では、東日本大震災で大きな被害を受けた東北地方の関係者を含むおよそ300人が犠牲者を追悼しました。
兵庫県の井戸敏三知事は、「南海トラフ巨大地震の被害想定が示され、ことしはハード、ソフトの両面から対策を講じる年となる。あの悲しみを繰り返さないよう、一層の力を注ぎたい」と決意を述べました。
 阪神大震災から18年がたち、神戸市では、震災の後に生まれたり移り住んだりして、震災を経験していない人が40%を超えました。南海トラフ巨大地震の脅威が指摘されるなか、震災の経験や教訓を次の世代にどう伝え、新たな災害への備えにどう生かしていくかが課題になっています。

毎日新聞 2013年01月18日 地方版
阪神大震災18年:鎮魂の祈り重ね 被災地で追悼行事 /兵庫

 阪神大震災から18年を迎えた17日、被災地では追悼行事が営まれ、鎮魂の祈りが重ねられた。あの日から刻まれた日々は昨秋、6434人の犠牲者数を上回った。それでも忘れられない、忘れてはいけない家族、友人、同僚−−。東遊園地(神戸市中央区)に足を運んだ人たちも、竹灯籠(とうろう)の淡い明かりに心を映していた。【阪神大震災取材班】

 ◇亡き弟、兄が追悼「見守られている」 芦屋の宮原さん、形見のぬいぐるみ胸に
 「ここに来ると、和夫に見守られている気がする」。芦屋市山芦屋町の会社員、宮原義男さん(30)は、全壊した自宅の下敷きになり亡くなった弟の和夫さん(当時4歳)を思い、父寿夫(ひさお)さん(63)、母喜代子さん(52)とともに竹灯籠の前で静かに目を閉じた。
 8歳年下の幼い弟の死を受け入れられず、一日中泣いて夜も眠れない日々が続いた。「和夫君と一緒に生きて」。しばらくして、和夫さんの幼稚園の先生から1枚の写真を受け取った。和夫さんが自慢の工作を手に、満面の笑みを浮かべていた。なぜか救われたような気がした。
 「和夫の形見だけでも救いたい」。がれきと化した自宅に何度も通い、ようやくクマのぬいぐるみを家族と見つけ出した。和夫さんが外出する時にいつも抱きしめ、ボロボロになるほど好きだった。ぬいぐるみは新しい家族になった。
 震災後は東遊園地を訪れ、和夫さんの墓参りに行くのが、家族の恒例となった。「和夫に生かされた命を大切に、また1年頑張ろうと勇気が出る」。家族の胸には、クマのぬいぐるみが柔らかな笑みをたたえていた。

 ◇長田区の住職・榎本さん、建立の慰霊碑に合掌 妹の死も受け入れ供養 「阪神淡路大震災 物故者諸精霊」と刻まれた神戸市長田区西代通2の慰霊碑。午前5時46分、同区の明照寺住職、榎本博一さん(83)が静かに手を合わせた。96年11月に自ら建立して以来、毎朝続ける日課だ。同区では、榎本さんの妹幾江さん(当時58歳)を含め、921人が亡くなった。
 あの日、幾江さんが1人で住んでいた近所の木造2階建てアパートが倒壊。1階にいた幾江さんの遺体を掘り出せたのは数日後だった。周囲でも大勢が亡くなり、妹の死も「仕方がない」と受け入れるしかなかった。
 日がたつにつれ、地元に支えられてきた寺の住職としての役割を考えるようになり、「多くの仏さんが落ち着ける場所が必要だ」と慰霊碑を建てた。06年に脳梗塞(こうそく)で入院した1カ月間などを除き、榎本さんは毎朝、「仏さんに会いに」慰霊碑に足を運ぶ。
 17日は朝から、近所の人たちもお参りに訪れた。震災では、付近の家々の大半が倒壊。「寒い中を裸足で逃げた」「あっちの通りでは9人、こっちでは4人が亡くなった」−−。碑の近くにたいた火を囲み、震災の記憶を語り合った。西代通2丁目自治会長の勝間田登さん(78)は「18年が経ち、お参りに集まる人も減った。生き残った者として震災を語り伝えたい」と話していた。

 ◇復興した街並み、700人が参加−−1・17メモリアルウオーク
 交通機関が使えなかった震災当時を思い出しながら、復興した街並みやモニュメントを巡る「1・17ひょうごメモリアルウォーク2013」(ひょうご安全の日推進県民会議主催)が、被災地の6コースであった。
 神戸市中央区の市立中央体育館から約5キロを歩くコースには約700人が参加。自宅が半壊したという同市須磨区、無職、猶原信男さん(61)は「母が宮城県石巻市出身なので、東日本大震災の被災者を思いながら歩きたい」と話していた。

 ◇遺族ら200人、神大犠牲者の冥福祈る 歌手の森さんも
 阪神大震災で犠牲になった神戸大学の学生らのための追悼行事が、神戸市灘区の同大学六甲台第1キャンパスで行われた。遺族や大学関係者ら約200人が集まり、犠牲者らの冥福を祈った。
 雪がちらつく中、参加者らは1分間黙とうし、慰霊碑の前に献花した。その後、震災で法学部4年だった弟渉さん(当時22歳)を亡くした歌手の森祐理さんが、震災からの復興を願って作られた「しあわせ運べるように」など2曲を歌った。
 毎年参加しているという愛知県豊明市の中村房江さん(66)は、地震による火災で経営学部3年だった息子の公治さん(当時21歳)を亡くした。
 房江さんは慰霊碑の前で手を合わせ、「今年も来たよ。お母さんは元気だよ」と公治さんに語りかけた。

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 ◇思いあふれる東遊園地
 東遊園地で開かれた「1・17のつどい」。この日だからこそ語りたい、この思いを−−。

 今年も無事に来られたよ−−。神戸市東灘区の主婦、寺内和子さん(64)は、倒壊した実家の下敷きになり亡くなった母の藤井あい子さん(当時83歳)に心の中でつぶやき、手を合わせた。和子さんの自宅も全壊したが、家族3人の無事を確認すると、約10分離れた実家に走った。自分がどこにいるか分からないほど変わり果てた、通い慣れた道。たどり着いた実家は1階が完全につぶれ、あい子さんの姿はなかった。必死に手でがれきをかき分けると、温かいものに触れた。あい子さんの足だった。何とか病院に運んだが、命は救えなかった。「きょうだいの中で一番近くにいたのに、助けられなかった」。震災4年後に介護職についたのも、母にしてあげられなかったことを誰かにしてあげたいとの思いから。「亡くなった母と同世代のお年寄りの世話をしていると、どうしても母と重ねてしまう」。いつか心の整理が付く日まで、東遊園地での母との「会話」は続く。
 遺骨が見つからず、お墓もないので、ここがお墓のようなもの−−。加古川市の会社員、佐藤悦子さん(49)は、神戸市須磨区に住んでいた母正子さん(当時64歳)を思い、手を合わせた。加古川市から駆けつけ、正子さんのアパート近辺の避難所や病院を捜しても姿はなかった。「母のかけら一つでもいいから見つけたい」。地震と火災で何もなくなったアパート跡を1カ月で6回も掘り起こしたが、最後まで遺体は見つからなかった。県警から「生きている方向で捜します」と言われたが、半年後に葬式を営んだ。正子さんの誕生日や「母の日」には、アパートの跡地で手を合わせ続けた。震災2日前、最後に電話で交わした優しい声が、今も耳に残っている。「京都旅行の土産があるから取りにおいで」
 今日だけはいくら思い出してもいい日。モニュメントの息子の銘板をなでてあげます−−。神戸市東灘区の技師、伊藤文男さん(78)は実家近くのマンションに住んでいた長男邦明さん(当時34歳)を亡くした。あの日、仕事を終え、午前0時過ぎに実家を訪れた邦明さんは、母親が買っていた新品の革靴を持ち帰った。「今度持って帰るよ」と言いながら、ずっと実家に置いていた靴だった。「今考えると旅立ちのための靴だったのかな」。倒壊したマンションの部屋で見つかった靴は火葬され、邦明さんと共に旅立った。
 娘の死を語るのには勇気がいる。でも、震災を風化させないためには、語り継がなければ−−。神戸市長田区の無職、寺田孝さん(73)は長女弘美さん(当時30歳)の遺影を手に東遊園地を訪れた。同市須磨区で1人暮らしだった孝さんのアパートは全壊したが、一命を取り留めた。すぐに長田区にあった弘美さんのアパートに向かったが、残っていたのは焼け跡だけ。「あと1時間早く着いていれば、助かったかもしれない」。地面に繰り返し額をこすりつけた。しばらくは弘美さんの死に向き合えなかったが、4年前、震災の「語り部ボランティア」に志願。「死ぬまでろうそくの火をともしに来ます」。口元を一文字に結び、弘美さんのアパート跡に向かった。
 生き残った者として、いつまでもつらい思いを引きずらず、前向きに生きたい−−。神戸市東灘区の無職、綱島鉄男さん(78)は、小学校教諭だった長男純一さん(当時33歳)を亡くした。秋に結婚を控え、家族が増えるのを楽しみにしていた折、下宿先のアパートの全壊に巻き込まれた。東日本大震災では、宮城県女川町に住む妻の親族も犠牲になった。「それぞれの震災を後世に伝えていかないと」。そっと手を合わせた。
 自分は今、彼に胸を張れるか−−。東京都渋谷区のテレビ制作会社員、中森賢士さん(37)は神戸大に通っていた18年前、同じ学部の友人、篠塚真さん(当時21歳)を失った。これまで「1・17」には友人が亡くなったアパート跡を訪れてきたが、仕事に迷いがあった3年前、初めて東遊園地に来た。「伝わっているのか分からないけれど、自分にできることをしよう」。初めて震災の番組を作った。「孫は亡くなったけれど、あんたは生きていて何かやることがある」。納骨の日、篠塚さんの祖父にかけられた言葉に向き合っている。
〔神戸版〕

神戸新聞2013/1/17 22:33
阪神・淡路大震災19年目 復興格差拡大に懸念

 神戸市長田区のJR新長田駅前広場では、ボランティアや地元の駒ケ林中学、湊川高校の生徒たちが作ったペットボトルの灯籠を地面に並べて「1・17ながた」の文字を浮き上がらせた。夕暮れ時から点灯し、午後5時46分に黙とう。揺れる炎は暖かく、冷たい風で消えそうになる火を親子連れらが継ぎ足した=17日午後6時20分、JR新長田駅前広場(撮影・三津山朋彦)
 神戸市長田区のJR新長田駅前広場では、ボランティアや地元の駒ケ林中学、湊川高校の生徒たちが作ったペットボトルの灯籠を地面に並べて「1・17ながた」の文字を浮き上がらせた。夕暮れ時から点灯し、午後5時46分に黙とう。揺れる炎は暖かく、冷たい風で消えそうになる火を親子連れらが継ぎ足した=17日午後6時20分、JR新長田駅前広場(撮影・三津山朋彦)
 6434人が亡くなった阪神・淡路大震災は17日、19年目に入った。鎮魂の祈りに包まれた被災12市は、災害に強いまちづくりに向け、新たな一歩を踏み出す。将来は、南海トラフ巨大地震や内陸直下型地震の発生も懸念される。悲しみを繰り返さないために、阪神・淡路と東日本大震災の教訓を踏まえた対策を急ぎたい。高齢化率が50%に迫る復興住宅への対応は、超高齢化社会を見据えた私たちの暮らしの備えにつながる。震災20年の節目も近づいている。安心社会の実現に向けた被災地の先進的な取り組みへの期待は大きい。
 発生から19年目に入った阪神・淡路大震災。復興したまち並みは以前の姿をほぼ取り戻した。一方で、災害復興住宅では高齢化や孤立化が進むなど、被災者間の復興格差の広がりが懸念される。
 兵庫県内の復興住宅は265団地。2001年に40・5%だった高齢化率(65歳以上)は昨年48・2%となり、過去最高を更新した。単身高齢世帯率も44・2%で過去最高を記録。県などは子育て世代への優先入居などで若者の入居を促すが、顕著な効果は出ていない。
 復興住宅の孤立化も深刻だ。昨年1年間の「独居死」は61人に上る。約9割が60歳以上で、死後1カ月以上経過して見つかったケースもある。
 国や自治体が被災者に最大350万円を貸し付けた「災害援護資金」の未返済額は、昨年3月時点で約183億円。返済義務のある人の約6割を60歳以上が占める。
 一方で、県内の被災12市の域内総生産(GDP、実質)は直近の11年度(速報値)が14兆1331億円となり「復興特需」とされた震災直後の1996年度を上回った。
 「ボランティア元年」と呼ばれた阪神・淡路を機に成立したNPO法に基づく県内のNPO法人数は、18日に8団体が新たに認証され、計1238団体に上る。震災の教訓を踏まえ、県が独自に始めた住宅再建共済の加入率は昨年11月末時点で8・7%にとどまり、南海トラフ巨大地震など来るべき災害に備え、加入率の向上と制度の全国的な広がりが課題だ。
(岡西篤志)
阪神淡路大審査と東日本大震災











しんぶん赤旗2013年1月17日(木)
阪神・淡路大震災18年  孤独死 1000人超す

 地震では助かった命なのに、誰にもみとられず亡くなっていく―阪神・淡路大震災後、仮設住宅と復興公営住宅で起きた被災者の孤独死が1011人に達しました。(グラフ)

抜本的支援が急務
 「男性は餓死に近い。枕元に酒パックと履歴書。冷蔵庫は自治会が配ったリンゴだけだった」(97年、神戸市中央区の仮設住宅)、「死後2週間の男性は風呂上がりの裸のままうつ伏せになって、うじがわいていた」(07年、同市北区の復興県営住宅)。発見者の声です。
 97年8月には、神戸市中央区の仮設住宅で、真夏にもかかわらず料金滞納で市に水道を止められた女性(53)が衰弱死し、大問題になりました。

「棄民政策」
 被災者に自力再建を押しつけた国・自治体の姿勢は「棄民政策」とよばれましたが、この痛ましい死はその象徴といえます。東日本大震災でくり返してはいけない負の教訓です。
 ほとんどの孤独死は、人と人とのつながりが断ち切られたこと、元の生活に戻る見通しがなく生きる希望を失ったことが主な要因と指摘されています。
 震災後、地域のコミュニティーが壊され、「住み慣れた元の街に戻りたい」という被災者の願いがふみにじられました。仮設住宅と復興住宅は数が足りないうえ、県や市は郊外や埋め立て地など不便な遠方に多く建設。被災者は、仮設入居の際も復興住宅に移る際も抽選でバラバラにされ、追いやられました。

高齢化・貧困
 仮設住宅では、仕事がなくアルコールに依存する人が増え、孤独死が社会問題に。断熱性がなく極端な寒暖、すきま風など劣悪な住環境が健康を悪化させました。
 復興住宅では、仮設住宅でできたコミュニティーが再び壊されたうえ、鉄のドアで仕切られて孤立がさらにすすみ、高齢化、病気、貧困が孤独死増に拍車をかけています。
 孤独死は一向に減らず、防ぐために被災者への抜本的支援が急務です。

地域・医療との連携強化が必要
 金持(かなぢ)伸子・日本福祉大学名誉教授 日本は高齢者の独り住まいが増え、分断が広がっていますが、震災でいっそう表面化しました。
 公営住宅の多くは家族からも職場からも遠く、高齢化とともに分断、孤立がすすみました。
 県や市は見守り制度をつくりますが、スタッフは非正規職員で、戸をたたいて声をかけるのが精いっぱい。何に困っているかまで見守りできていないのが実情です。生活保護が必要な人が多いのに手が届かず、住民同士の助け合いも高齢化で難しくなっています。
 これらの状況が孤独死を生んでいます。この時期に借り上げ復興公営住宅からの転居をすすめれば、孤独死は一段とすすむでしょう。せめて集会所などに支援のスタッフが常駐し、被災者の相談に乗ったり、地域包括センターや医療関係者との連携を密にするなどの支援がぜひとも必要です。
孤独死の推移

フェイスブックの「お友達」の公開のあり方を少し変更しました

(1)フェイスブックを始めたのが、今年(2012年)7月29日23時59分
実質的には7月30日から始めました。
今日で、ファイスブック開設から25日になります。

(2)それから今まで、フェイスブックについては、以下の投稿をし、特に「お友達」承認の方針については、よほどのことがない限りリクエストを承認し、私も可能な限りリクエストする、と申し上げてきました。

Facebookの「お友達」承認の方針について

ブログ、ツイッター、フェイスブックについて・・・フェイスブック「お友達」リクエスト歓迎!

残暑お見舞い・・・・盆帰りと故郷の経済状況とフェイスブック

(3)それが功を奏したのかどうか、わかりませんが、フェイスブックにおける私の「お友達」は、110名に達しました。

リクエストしてくださった皆様、私のリクエストを承認してくださた皆様、ありがとうございます。

(4)フェイスブックにおける私の「お友達」の公開のあり方については、これまで、アクセスしていただいた方に全て公開してまいりましたが、これを変更し、アクセスしていただいた方と共通の「お友達」のみ公開することにしました。

その理由は、「お友達」の中には、すべて公開されている方もあるのですが、共通の「お友達」だけに公開されている方も数名おられます。

実名で開設されているので、「お友達」の公開を「お友達」に限定されているのも、理解できます。それは「お友達」への心配り、配慮でしょう。

そこで、私も、そのような方に習って(倣って)公開のあり方を少し限定してみました。

(5)公開のあり方を少し限定する理由は以上の通りなのですが、これで、私に対し「お友達」リクエストされる方が増えるという予想外の副産物があることを、少しだけですが、期待してみようかと思っています。

(7)皆様、宜しくお願いいたします。

Facebookの「お友達」承認の方針について

(1)ほぼ24時間前にフェイスブックに参加しました。

すると、すぐに「お友達」になってほしいというリクエストがあり、右往左往しながら「承認」。
それが幾つか続きました。

(2)ブログもツイッターも、私は本名を公表してやっていますが、必ずしも本名を公表せずに行うことができます。
一方、フェイスブックはブログやツイッターとは異なり一応本名でやる仕組みのようです。

また、ツイッターは誰でも相手をフォローできます。
一方、フェイスブックは相手が承認しなければ「お友達」にはなれません。

ということなので、私は、「お友達リクエスト」があれば基本的に「承認」してきました。

(3)私のフェイスブックの「お友達」は、現在、36名。

私がリクエストした方々が数名ありますが、それ以外は全て相手からのリクエストによるものです。
面識のない方、存じ上げない方々が多いですね。

(4)フェイスブックの使い方について詳細を知らないまま、あまりじっくり考えることもなく、適当に始めました。

これまでブログの投稿は、ツイッターに連動させてきましたが、フェイスブックにも連動できるようなので、そうしました。
ブログでの呟きもフェイスブックに連動させることができるようなので、そうしました。

やれることをとっさの判断で試みてきました。

「お友達」承認は、上述の理由の他に、このような中で事実上行なってきたようです。

(5)ただ、その結果として、少し心配事が生じてしまっています。

それは、フェイスブックについて次第に分かり始め、フェイスブックの「お友達」皆様の情報発信を、全てじっくりと拝読し、反応する時間が確保できそうにない、ということに気づいたのです。
ツイッターはフォローした方々のつぶやきをすべて読めないと判断し、フォーローするのを抑制してきました。
しかし、フェイスブックでは、上述のような事情で抑制しませんでした。

その結果として、「お友達」の情報発信を全て詳細に拝読できそうにない状態に陥っているのです。
フェイスブックで「お友達」として承認してきながら無責任な状態になってしまうのではないか、と申し訳ない気持ちを抱き始めております。

「お友達」の皆様、申し訳ございません。ご容赦ください。

(6)また、今後「お友達リクエスト」いただく方は、この点をご了解の上、リクエストしていただければ幸いです。

「お友達リクエスト」には、よほどのことがない限り基本的に全て応じる方針です。

(7)まだまだ使いこなせていませんので、皆様の反応について行っていない場合も多々あるかと思いますが、この点について皆様にご容赦いただかなければなりません。

Facebook に参加してみました

先日、東京の研究会に出かけました。
その際、知り合いの方と飲んだ際に、Facebook の話になり、少し教えていただいた。

以前、誘われたことがあるが、ブログやツイッターをやっているのに、さらに Facebookに参加する必要があるのだろうか、と疑問に思っていたが、説明を聞いてみたら、どうも何かメリットがありそうなのだ。

ということで、Facebook に参加してみました。

http://www.facebook.com/hiroshi.kamiwaki.7

全くの初心者なので、詳しい方、アドバイスをお願いいたします。
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