上脇博之 ある憲法研究者の情報発信の場

憲法研究者の社会活動の一環として、ブログを開設してみました(2008年4月5日)。 とはいえ、憲法問題全てについて意見を書くわけではありません。 政治問題について書くときがあるかもしれません。 記録として残しておくために、このブログを使用するときがあるかもしれません。 各投稿記事の右下の「拍手」が多いようであれば、調子に乗って投稿するかもしれません。 コメントを書き込まれる方は、カテゴリー「このブログの読み方とコメントの書き込みへの注意」の投稿を読んだ上で、書き込んでください。 皆様のコメントに対する応答の書き込みは直ぐにできないかもしれませんので、予めご了解ください。 ツイッターを始めました(2010年9月3日)。 https://twitter.com/kamiwaki フェイスブックも始めました(2012年7月29日) http://www.facebook.com/hiroshi.kamiwaki.7 かみわき・ひろし

外国人の人権

田中大臣政党支部の外国人経営企業献金問題と外国人の選挙権最高裁判決の解説

(1)先日、田中慶秋法務大臣の政党支部が外国人経営企業から寄付を受けていた件を取り上げ、私見を書いた。

田中慶秋法務大臣の政党支部が外国人経営企業から寄付を受けていた件について

(2)外国人経営企業からの企業なので、外国人の選挙権について私見を書いたものではない。

もっとも、一言言及したために、この点について読者から反応があった。
その中には、それについて判断した最高裁判決の読み方についてのものもあった。

以下も参照。
http://blogos.com/article/47859/?axis=b:154

(3)この最高裁判決の読み方については、以前、このブログでも解説した。

永住外国人地方選挙権付与法案に対するデマによる反対運動はやめるべきだ

永住外国人選挙権最高裁判決〜〜これが傍論なら、あれも傍論か!?

永住外国人地方選挙権最高裁判決についての園部元最高裁判事の重大な証言

(4)私は、最高裁判決と同じ結論ではない。

にもかかわらず、最高裁判決が私の立場だと思い込んで、反応する方も少なくなかった。

(5)外国人(定住外国人)の選挙権の憲法解釈についての私見は、このブログではまだ書いていないので、現時点では、以下の文献をお読みいただくしかない。

上脇博之『政党助成法の憲法問題』日本評論社・1999年

上脇博之『議員定数を削減していいの?  ゼロからわかる選挙のしくみ』日本機関紙出版センター(2011年2月)134頁。

永住外国人地方選挙権最高裁判決についての園部元最高裁判事の重大な証言

(1)政権交代が実現して、永住外国人の地方選挙権付与の可能性が高まったことを踏まえて、私は、以下のような投稿を行っている。

永住外国人地方選挙権付与法案に対するデマによる反対運動はやめるべきだ

永住外国人選挙権最高裁判決〜〜これが傍論なら、あれも傍論か!?

(2)これらの投稿は、永住外国人の地方選挙権についての憲法解釈論における私見を書いたものではなく、それについて判断している1995年最高裁判決の読み方を書いたものである。

そのうち、特に重要になるのは、以下の判決部分である。
憲法第八章の地方自治に関する規定は、民主主義社会における地方自治の重要性に鑑み、住民の日常生活に密接な関連を有する公共的事務は、その地方の住民の意思に基づきその区域の地方公共団体が処理するという政治形態を憲法上の制度として保障しようとする趣旨に出たものと解されるから、我が国に在留する外国人のうちでも永住者等であってその居住する区域の地方公共団体と特段に緊密な関係を持つに至ったと認められるものについて、その意思を日常生活に密接な関連を有する地方公共団体の公共的事務の処理に反映させるべく、法律をもって、地方公共団体の長、その議会の議員等に対する選挙権を付与する措置を講ずることは、憲法上禁止されているものではないと解するのが相当である。しかしながら、右のような措置を講ずるか否かは、専ら国の立法政策にかかわる事柄であって、このような措置を講じないからといって違憲の問題を生ずるものではない。

(3)ところが、ネット右翼らが私の投稿内容も読まずに、あるいは読んでもわからなかったようで、私が最高裁判決の支持者だと思い込み、誹謗・中傷の書き込みがなされた

これらに対しては、今後、悪質な場合、告訴することにしたが、それはさておき、最高裁判決の読み方に関して(それ以外についてはここでは取り上げない)、以下のような趣旨の意見が書き込まれた。

・上記紹介最高裁判決部分は、法的効力のない「傍論」である。

・その部分を書いたのは、園部逸夫元最高裁判事である。

・園部元最高裁判事は、その「傍論」が重要ではないと言っているから無視してもいいのである。

(4)これに対して、私は以下のような趣旨のことを主張し、反論しておいた。

・上記紹介最高裁判決部分は、必ずしも「傍論」とは断定できないので慎重に判断すべきであるが、「傍論」であろうと、なかろうと、無視したり軽視すべきではない。

・上記紹介最高裁判決部分は、園部逸夫元判事の意見ではなく、法廷意見である。

・上記紹介最高裁判決部分は、園部元判事の個人的見解とは別に、客観的に読んで判断すべきである。

(5)産経新聞は、先月中旬に、園部逸夫元最高裁判事インタビューを掲載しているようだ。
無料のインターネット版を見ると、以下のものがある。

「政治的配慮あった」外国人参政権判決の園部元最高裁判事が衝撃告白(2010.2.19 00:18)

園部元判事証言、外国人参政権推進派には大きな打撃(2010.2.19 00:22)

「外国人参政権判決は金科玉条ではない」園部元判事の証言要旨(2010.2.19 00:23)

以上の産経新聞の見出し等とは異なり、私が一応注目したのは、1995年最高裁判決そのものについての園部元判事の証言である。
園部氏は当時の判決について「金科玉条で一切動かせないとは考えていない」と述べ、時代の変化に合わせ見直すことも可能だとした。

(平成7年の判決の背景には)最高裁としては「国民」だけでなく、永住外国人を含む「住民」に触れなければいけないとの思いがあった。韓国人でも祖国を離れて日本人と一緒に生活し、言葉も覚え税金も納めている。ある特定の地域と非常に密接な関係のある永住者には、非常に制限的に選挙権を与えても悪くはない。地方自治の本旨から見てまったく憲法違反だとは言い切れないとの判断だ。

最高裁大法廷で判決を見直すこともできる。それは時代が変わってきているからだ。判決が金科玉条で一切動かせないとは私たちは考えてない。その時その時の最高裁が、日本国民の風潮を十分考えて、見直すことはできる。

(6)以上の部分は、前掲の最高裁判決部分について園部逸夫元判事がどのように位置づけているのかを知る上で、一応重要である。
(なお、私は、産経新聞で紹介された園部元最高裁判事の発言をすべて妥当であると評価しているわけではないし、絶対視しているわけでもない。)

産経新聞の記者とその読者がどう読んだのかわからないが、前掲の最高裁判決部分について園部元判事は、いわゆる「傍論」ではなく、先例拘束性を有すると言われている「判例」であると位置づけていることがわかる。

もし「傍論」であれば、最高裁大法廷が「判決」を「見直す」、つまり「判例変更する」必要はないからだ。

(7)このことが、以下のブログ記事を読むと、もっとはっきりする。

http://abirur.iza.ne.jp/blog/entry/1467498/

これは、産経新聞社の政治部首相官邸キャップのブログであり、その投稿記事は、園部元最高裁判事のインタビューをテープ起こししたものを紹介しているものである。

なお、「(中略)」は同キャップによるものであり、「(略)」は私によるものである。また、太字は私によるものである。
( )内は、記者が記したもののようである。
外国人参政権にかかわる園部元最高裁判事インタビュー
2010/02/19 16:14

今朝の産経は1面トップで、永住外国人への地方参政権付与問題に関する平成7年の最高裁判決にかかわった園部逸夫元最高裁判事のインタビュー記事と解説記事を載せています。小島優記者の取材ですが、判決の背景を知る意味で非常にいい仕事をしてくれました。(略)

 そこで本日は、小島記者がテープ起こしをしてくれた園部氏とのやりとりを報告します。(略)

 平成7年2月の外国人地方参政権をめぐる最高裁判決について

園部氏 私は1929年に韓国で生まれたが、これは植民地時代なんです。(中略)私はその後、小学校2年のときに台湾に行ってますから、台湾にも10年いた。だから、日本の植民地時代というのを朝鮮と台湾と両方経験している。
(中略)日本語でしゃべり、日本語で考え、そういう人たちがもういっぱい、大阪あたりには住んでるわけで。そんなら帰化したらいいじゃないか、というのは日本人の勝手な理屈なんですよ。無理矢理連れてこられて、帰化したらいいじゃないかと、こっちきたら日本人にならなきゃいけないなんて、彼らのように先祖を大事にする人間というのは、そう簡単に日本人になりませんよ。嫌いな日本人に。それが日本人にはわかってない。だから、帰化したらいいじゃない、いくらでも(国籍)あげますよといっても、それは理屈の問題であって、感情の問題と違う。
(中略)この判決について言えば、これは私の「最高裁10年」(「最高裁判所十年−私の見たこと考えたこと」、平成13年10月発行)の中なんですけどね(※コピー渡される)。それで、基本的なことから、講義をしなければいけないそのために。141ページ、一番最後、わかりやすいように、(1)(2)(3)と書いてあります(※判決理由を3つの段落に分けて、番号を振ってある)。(1)が先例法理、(stare decisis)で(2)が傍論(obiter dictum)である。また、逆に(2)を重視して、傍論を重視する論調もある。(1)を重視する論調もある。

アメリカには、このstare decisisとobiter dictumのこの二つの判例があることは確かです。なぜかというと、アメリカの判決は長いんです。日本みたいに簡潔じゃないんだから。長いから、どれが先例法理で、どれが付け加えの傍論であるということをはっきりさせないと、どこまでが判例かということがわからない。それで、判例変更というのは、傍論の部分じゃない、先決法理(先例法理?)の部分を判決として、それを変更したり、それに従ったりするというのがアメリカの考え方。で、この傍論なる言葉を、どこの誰、どこのバカが覚えたのかしらないけど、やたら傍論、傍論と日本で言い出すようになっちゃった。
(中略)この判決は、全員一致の判決で、そして、この(1)(2)(3)というのは、理論の流れとしてどうしても必要なんです。なぜ、必要かということを今から説明すると、(1)は、憲法の基本的人権の保障というのは、「日本国民を対象と解されるものを除き、我が国に在留する外国人に対しても本来等しく及ぶべきものである」と書いてある。これは当たり前のことなんです。
(中略)ただし、そこでですよ、その中で、公務員を選定罷免する権利の保障は何かと。これまで外国人に保障するのかというと、この規定は、「国民主権の原理に基づき、公務員の終局的任免権が国民に存することを表明した」。これは、はっきりそう書いてある。従って、「主権が『日本国民』に存するものとする憲法前文及び1条の規定に照らせば、憲法の国民主権の原理における国民とは、日本国民すなわち我が国の国籍を有する者を意味することは明らかである」。これですよ。これがこの判決の中心部分です。ということは、この部分がまず序文としてある。前提条件として。
 ただし、ここが非常に大事なとこなんで、(2)のところは、国民主権の原理の問題ではなくて、憲法8章の地方自治に関する規定。これは、「民主主義社会における地方自治の重要性に鑑み」、これは住民が出てくるわけです、国民じゃなくて、そして、われわれの周りにいっぱい住んでいる韓国人、その他の外国人はみんな住民なんです。住民であるということによって、地方自治の本旨に基づいてこれは扱かわなきゃなんない。だから、国民と住民とは、扱い方が多少違うというのは、憲法上認められていることなんです。そこがはっきりさせないと、後でわけのわからないことになる。
(中略)参政権の問題を基本にして、訴訟が起きてきているわけです。それに目をつぶるわけにいかないですよ、最高裁としてはね。国民のことしか言わない、住民のことは言わないと、そういうわけにはいかないですよ、争われている以上。(中略)「その居住する区域の地方公共団体と特段に緊密な関係を持つに至った」、これが大事なんですよ。特段に緊密な関係って、ちょっとやってきて、2、3日泊まっているとか、1カ月でさっさと帰っちゃうとか、そういうんだと、台湾から岩手県にたくさん雪を見にやってきますわな。せいぜいまあ1週間か2週間、これは違います、全く。そんなものに選挙権与えるなんて誰も考えもしないでしょ。だけど、日本と朝鮮、韓国、台湾、等々の非常に長い歴史の、そういう特別な事情にある関係で、朝鮮の人や台湾の人やその他、特に永住して、永住の理由はいろいろあると思います。
(中略)何も国の選挙権とか言ってない。まず、地方の選挙権。市長さんとか、知事さんとか、そういうものをみんなで一緒に選挙するのは、問題ないんじゃないかという話にその段階ではなってきたんです。
私、国粋主義の国ってのは嫌いなんです。この国際的な時代に。だから、それは私の個人的感覚ですよ。
だから、私は国粋主義者じゃないんだけど、同時に外国人べったり主義とか、何でも外国人の言うこと聞くとか、そんなことしてたら、日本はつぶれちゃうからもしれない。
 例えば、中国から、多数の人がやってきて、移住して、そして50年も住んで、その人達がどんどん、これから移民がものすごく増えてきますから、これは非常に用心しなきゃいけない。移民が来て、数年住んで、それで選挙権持つと、だんだん日本は中国人の国になっちゃうから、それまで賛成しません。だけど、そういうことじゃなくて、日本に来た理由がいろいろあって、永住等の状況があって、且つ、非常にその地方と関係が深い人たちについては、選挙権を与えたからといって、ただちに憲法違反の咎にはならないと、いうことを逆に裏から言ってるわけです。
(中略)例えば、大阪に30年も住んでた。ある日、突如、東京に来て3カ月住んでたと。東京都の選挙権与えるかというと、そんなことはとんでもない話だ。それじゃあ、国民と同じになっちゃいますから。やっぱり、非常に特別な関係のある大阪で、一つ選挙権を与えるのはいいんだけど、その人達が、突如、日本人と同じように移住して、そして、そちらでまた(選挙権を)もらうと、東京都の選挙権もらうとか、岩手の選挙権もらうとか、そんなことやってたら、これは無茶苦茶になっちゃいますから。それはやらない。だから、これは非常に重要な問題ですけど、地方自治の本旨に従って、ある特定の地域と非常に密接な関係のある永住者については、非常に制限的に選挙権を与えて、なぜ悪いという話にきているわけです。それは、地方自治の本旨から見て、まったく憲法違反だとは言い切れないということを言ってる。ここは、裏から言ってます。
 それと、地方自治の本旨ということと、国民に対する基本的人権の保障ということは基本的に違うわけです。
国民に対しては、これはどこにいてもどこに移住されても、必ず国会議員の選挙権、その他を与えると、これは当然。ただし、一定の期間住まなきゃいけませんけど。きのう、きょう選挙するってわけにはいかないけど。これは一般の国民には認めている。だから、非常にはっきり言えば、国民条項と住民条項は違うんだという考え方がこの判決には出ているわけで、そういう具合にいろいろ議論をしたあげく、最後の3番目で、「以上検討したところによれば、地方公共団体の長及びその議会の議員の選挙の権利を日本国民たる住民に限るものとした地方自治法これこれ(11条、18条、公職選挙法9条2項)」が直ちに憲法(15条1項)に違反するわけじゃないと。だから、現状に対しては、外国人に選挙権与えてないということは、何も憲法に違反するものではないということを、はっきり言ってるわけです。それが、まず、第一です。
 この判決の基本的な部分というのは、この議論の流れの部分と言うよりも、3番目が大事なんです。だから、要するに国籍を持ってなければ、国民の、殊に「地方公共団体の長及びその議会の(議員の)選挙の権利を日本国民たる住民に限ることにした」ということ自体は、それは日本国民たると書いてあるから、それは問題ない。現にそうなっていることに対して、憲法違反だとはいいませんよと。ただし、将来、そういう公職選挙法の改正をして、韓国国籍を持っている人たちで、日本に永住をしている人に、仮に公務員の選定罷免に対する、地方における公務員の選定罷免に対する、仮に法律をつくったからといって、すぐ、何もそれが憲法違反だというふうには言わない。
 ただし、これ非常に大事なこと、それは許容範囲だと。2番目の部分(判決の地方公共団体と特段に緊密な関係を持つ永住在留外国人への参政権付与は憲法上禁止されていないとする「傍論」部分)は、許容範囲なんだけれども、例えば、今、民主党その他、外国人参政権、住民に与えると、韓国の人にも与えると、そういう法律をつくったとします。で、つくったこと自体はこの判例に引っかからないんだけど、あるいは、違憲訴訟が起きるかもしれない。
 今の国民の感覚から見て、韓国人嫌いと、日本人になりなさいという国粋主義が非常にはびこってきて、韓国の国籍のままでは日本の選挙権、殊に住民としての選挙権は与えられないという世論が高まってくると、違憲訴訟が起きるでしょう。その法律を適用して、韓国人で選挙をした事実について、それは本来の憲法に違反するという訴訟が起きるかもしれませんね。事実、起こそうとしようとしている人もいるわけで。その時に日本の最高裁はどう判断するだろうか。これ(平成7年2月の判決)で判断するんではなくて、最高裁の大法廷で、この判決を見直すとういうことはできる。
 それは時代が変わってきているから、日本人は国粋主義一辺倒になってきたから、これをやったころと大分違うと。この際、違憲にするといって、日本の最高裁が大法廷を開いて、この2番目の部分は判例の中に入っているけど、おかしいと、憲法にそれ自体が違反するというのは、なさったらよろしい、その時の判断だ。その時の大法廷の判断、判例を変更したらいいのであって、それによって韓国との関係が非常に悪化して、何しようが、日本のその時の最高裁が考えたことだから、非常に政治的な意味も含めて、あえて選挙権に基づいて韓国と戦争する、それはないけど、争うというのなら、それはそれで、少しも構わないです。
(略)

 園部氏は「自治体法務研究」(平成19年夏号)の「判例による法令の解釈と適用」で、「第二(傍論部分)を重視したりするのは、主観的な批評にすぎず、判例の評価という点では、法の世界から離れた俗論である」と書いているが

園部氏 法の世界は専門的で難しいものがあるけれども、俗論というのは、私は別に悪い意味で言っているわけじゃないです。世の中の人がいろいろ言うけど、法の世界から見れば、正論と言うよりは俗論なんだなと、それぞれのその時の気持ちでおっしゃっているわけですから。俗論とは世俗の論だと、法の世界の論は必ずしも正しいとか何とかいうんじゃなくて、ちょっと変わってますと、それじゃなくて、一般の人の耳になじむような俗論であるということです。

 傍論はないと言っているが、朝日新聞のインタビュー(平成11年6月24日付)では自ら傍論と言っているが

園部氏 これはちょっと言葉が悪かったね。

Q これでみんなが傍論と言ってるのでは

園部氏 これだね。僕が傍論と言ってるんだ。これ、傍論なんて言った覚えないんだけど。私が傍論述べたわけじゃないんでね、そこは間違えないでほしい。僕が傍論と言ったかどうか、そこもよく覚えてないんだけど。これで、私が何か傍論を書いたかのように、仮に傍論だとしても、思われていると、この文書はちょっと良くない。

 みんなこのインタビュー記事を見て、傍論部分は園部氏が書いたと思っている

園部氏 それは、私が傍論つけたというよりは、みんなで、合議で(判決理由を)つくっているわけです。一言も、傍論とも、少数意見とも書いてないんで、これ全部の意見で、共同の責任で書いている。もし、これちょっとまずいよという人がいたら、個別意見でつけますから。しかし、これ(判決理由)をみんながオーケーしているわけですから。今になって、あれは園部の傍論だと言われても困る。確かに自分の植民地経験とかそういうのは述べていますけど。
 確かに本筋の意見ではないですよね。つけなくても良かったかもしれません。そういう意味で、中心的なあれ(判決理由)ではないけども、一応ついてると。それを傍論というか言わないかは別として、(1)と(3)があればいいわけだと、(2)なんかなくてもいいんだと、でも、(2)をつけようとしたのには、みんながそれなりの思いがあったんだと思いますね。みんなで。

(略)。(了)

(8)以上を読むと、上記紹介最高裁判決部分は、園部元判事の意見ではなく、法廷意見であると、当然の説明がなされている。

また、「傍論」という表現は説明のために使用されているものの、前掲の最高裁判決部分につき園部元判事がそれを「傍論」ではなく「判例」であると位置づけていることもわかる。

(9)ところが、上記紹介産経新聞記事では1995年最高裁判決について以下のように解説している。
■外国人地方参政権に関する最高裁判決 永住外国人に地方参政権を認めない公選法などの規定は、住民自治を定めた憲法に違反すると、在日韓国人9人が起こした訴訟の上告審で最高裁第3小法廷は平成7年2月、「憲法上、わが国に在留する外国人に対し、選挙の権利を保障したものではない」とした一審判決を支持し、原告の請求を棄却した。ただ、判決理由の判例拘束力のない「傍論」部分で「永住外国人に対し、地方レベルの参政権を法律をもって認めることは憲法上禁止されていない」との判断も示し、地方参政権付与推進派を勢いづかせた。

なぜ、産経新聞の記者は、園部元最高裁判事が上記紹介最高裁判決分部分を「傍論」ではないとの証言を新聞記事で紹介しなかっただけではなく、当該最高裁判決部分を、あえて「傍論」と解説しているのだろうか?

一般論であるが、園部元最高裁判事は法律学者であるから、政治的・政策的判断についての発言よりも、最高裁判決そのものの位置づけの証言の方が重要なのではないのだろうか?
都合の悪い、重要な証言は、無視するのだろうか?
全く不可解である。

(なお、繰り返すが、私は、産経新聞で紹介されている園部元最高裁判事の発言をすべて妥当であると評価しているわけではないし、絶対視してもいない。)

集中アクセス・書き込みを振り返って

(1)この投稿は雑文である。

ただ、いわゆる「ネット右翼」(!?)などと呼ばれる集団(!?)の集中書き込みに悩まされた方々にとっては、少しは興味をもって読んでいただける内容の投稿である。

なお、社会学においてその研究があると思うが、私はその成果を全く知らない。

(2)まず、事実を記しておこう。

年明け1月9日に集中アクセスと集中書き込みがあった。

いずれも、これまでになく大量のものだった。

その書き込みのほとんどは、12月下旬の投稿「永住外国人地方選挙権付与法案に対するデマによる反対運動はやめるべきだ」へのものだった。

しかし、そのコメントへ即座に応答できないし、後述するような理由で、私が承認しない限り、書き込まれたコメントが公表されないようにした

その後、書き込みは続いたが、多くはなかった。

その後、以下の投稿を行った。

10日の夜に
「永住外国人選挙権最高裁判決〜〜これが傍論なら、あれも傍論か!?」

12日の夜に
「永住外国人の地方選政権付与法案成立の可能性はまた高くなった!?」

連休明けの12日もアクセス数は従来に比べ多かった。


(3)少し分析してみよう。

集中アクセスし、集中投稿した人たちが、いわゆるネット右翼だけだったとは断定できない。

ただ、12月末の投稿に対して、ほぼ2週間後に、ひとつの投稿、それも永住外国人の選挙権のテーマの投稿に書き込みが集中したことを考えると、主にネット右翼が集中してアクセス・書き込みした可能性が高いだろう。

もっとも、自らをネット右翼と自覚しているかどうかは不明であるし、自覚していない者もいるだろう。
「追っかけ」のような人たちもいるだろう。

また、ネット右翼とは全く立場の異なる方々(むしろネット右翼とは反対の方々)のアクセスも集中した可能性がある。

あるメルマガで紹介されたので、アクセスした者もあったようだ。

(4)ネット右翼がある程度、集中アクセスと集中書き込みをしたということは、誰かがそれを指示あるいは誘導しなければ、考えられないことだろう。
現に、それらしいものを発見した。

また、私の最初の投稿内容が、永住外国人の地方選挙権についての最高裁判決の紹介であり、私見を書いていないにもかかわらず、当該選挙権の付与に反対する人たちが私を批判する投稿をしたということも、指示または誘導があったことを示唆しているのではなかろうか。

(5)このことからわかることは、私が批判したことが反対派の重要な主張・論拠であったということである。
そうでなければ、立場を表明していない私を批判するはずがない。

もちろん、私が書いている内容が何なのかわからないまま、私を批判した者もあったかもしれない。
言い換えれば、指示・誘導されるままに、批判を書き込んだのかもしれない。

品格のない書き込み、マナー違反の書き込みが多かった。

このような人たちが多かったとなると、論争するため、というよりも、単に私を批判したり、馬鹿にするために書き込みが行われた可能性が高いことになる。

現に、理論的な書き込みではなく、感情的な書き込みや、同じ内容の書き込みが多かった。

(6)書き込みについて私が承認制に変更しなければ、書き込みがもっと続いたかどうかは不明であるが、もし指示・誘導されるままに批判を書き込んだものが多かったとなると、承認制に変更しなければ書き込みはもっと続いた可能性が高いだろう。

現に、その後、私が応答しても、それに対する書き込みは大幅に減っている。
本当に論理的に論争したければ、承認制に変更しても書き込みはもっと続いただろう。

2ちゃんねんに書き込む気分、大学教授を馬鹿にしたい気分、ゲーム感覚の者たちが、集中アクセス・書き込みをしたのであろう。

自分の書き込みがすぐに表記され、私がすぐに応答するのを見ることが、楽しみでアクセスしている者、書き込みしている者も、多かったのではなかろうか。

現に、リアルタイムで、書き込みや私の応答がなされないとわかると、アクセス数も減り、書き込みも減った。

そうだとすると、純粋に右翼的思想の者だけではなく、社会的に疎外されている(と感じている)者たちがネット右翼あるいはその予備群になっている可能性がある。

(7)そんなネット右翼やその予備群は、格差社会が生み出した孤独な者たちなのかもしれない。
となると、彼ら・彼女らは財界政治の犠牲者なのかもしれない。

そうすると、批判する相手を間違っていることになる。
イデオロギー的に利用されているだけであろう。
可哀そうなことである。

(8)以上とは異なり、きちんとした科学的な分析は、社会学者の文献を読んでみてください。

(9)なお、蛇足であるが、永住外国人の地方選挙権の件で原稿依頼が舞い込んだ。
断ることも考えたが、最終的には引き受けた。
これも、集中アクセス・書き込みがあったことの副産物のひとつなのかもしれない。

(10)激励のメールや書き込みをしていただいた皆様、ありがとうございました。

永住外国人の地方選政権付与法案成立の可能性はまた高くなった!?

(1)鳩山内閣は永住外国人の地方選政権付与法案を、18日召集の通常国会に提出することを検討中であるという。
朝日新聞2010年1月12日12時13分
外国人参政権法案 首相「理解得られると思う」

 鳩山由紀夫首相は12日、永住外国人に地方選挙権を与える法案に与党内から異論が出ていることについて、「理解は得られると思う」と述べた。首相公邸前で記者団の質問に答えた。首相は「日韓併合100年というタイミングでもあるということをもって色々検討している最中だ」とも述べ、政府提出法案として検討中であることを明らかにした。この法案をめぐっては、国民新党の亀井静香代表や民主党の一部議員らが反対している。


また、平野博文官房長官は、この法案につき、党議拘束をかける可能性を示唆した。
2010/01/12 18:49 【共同通信】
党議拘束求める―官房長官 外国人への選挙権付与法案

 平野博文官房長官は12日午後の記者会見で、永住外国人への地方選挙権付与法案を国会提出した場合の党議拘束について「政府として法案を提出すれば当然、そういうことをお願いする法案になる」と強調した。
 与党内の異論に関しては「法案提出に当たっては、各省政策会議で議論を深め、与党議員の理解を得るよう努めないといけない」と指摘した。
 これに対し亀井静香金融・郵政改革担当相(国民新党代表)は会見で「国民新党は賛成していない」と明言。「(参政権を)得たければ帰化すればいい」と強調した。また「どういう法案なのかとか、協議しようという話はない」と、現時点で民主党側から働き掛けはないと説明した。
 中井洽拉致問題担当相は法案に賛成する意向を示した上で(1)国交のある国(2)日本人に参政権を認めている国―に制限すべきだと指摘。前原誠司国土交通相は賛成としながらも「党内、連立与党の中の調整をしっかりした上で、出すかどうか慎重に判断してほしい」と述べた。

もしこのまま同法案が国会に提出されれば、予想通り、成立する可能性が出てきたが、果たして最終的にどうなるのだろうか?

(2)これに関しては、すでに2つの投稿を行ってきた。

永住外国人地方選挙権付与法案に対するデマによる反対運動はやめるべきだ

永住外国人選挙権最高裁判決〜〜これが傍論なら、あれも傍論か!?」

いずれも、最高裁判決の読み方についての投稿である。
決して、永住外国人の地方選政権付与それ自体に対する私の見解を書いているわけではない。
また、私が最高裁の立場(許容説)ではないとも明記しておいた。
言い換えれば、私が永住外国人の地方選政権付与に賛成すると書いているわけではない。

(3)私は、永住外国人の地方選政権付与それ自体に反対する勢力の中から、「反対の仕方に問題があったから反対の論法を変更します」とか、「私も反対論者ですが、ご指摘のような反対論には問題があると思っていました」というような反応があるかと思っていたが、私の投稿が賛成論の内容であると決め付けるものが圧倒的多数であり、中には、品格のない書き込み、私の名誉を毀損しているのではないかと思えそうな書き込み、明らかに悪意を込めた書き込み、嫌がらせの書き込みも多数行われた。

反対論者はデマゴーグによる反対運動を肯定する者だかりなのだろうか?

私の著者等、ほかに書いたものを読んで、私の見解を確認するものは、一人もいなかった。
(忙しくて、まだ「公表」を決断していないが、私の立場を確認する投稿がないわけではない。だが、それは1人か2人程度である。)

(4)私は、最初の投稿を行う前から、鳩山内閣あるいは民主党から法案が提出されれば、これまで気になっていたことを書こうと考えていたが、反対派から、これだけ酷い書き込みが行われたので、その予定を変更しようと思う。

「お前も品格のない書き込みをする連中と同じなのか」と賛成論者から誤解されるのも嫌だからだ。
(賛成派の方々が反対派の方々のような酷い書き込みをすると懸念しているわけではない。)

なお、法律雑誌等で論文執筆の依頼があれば、ブログとは別である。
ブログについては、少なくとも当面は、この問題で私見を書くことはしないことにする。

永住外国人選挙権最高裁判決〜〜これが傍論なら、あれも傍論か!?

(1)「永住外国人地方選挙権付与法案に対するデマによる反対運動はやめるべきだ」と投稿で、最高裁判決は、永住者等の地方選挙権について憲法がそれを保障してはいないと判示しているが、同判決は地方レベルでの選挙権付与することは立法府である国会の判断に委ねているので、「最高裁判所は、永住外国人に地方選挙における選挙権を付与することが憲法違反であると判示した」旨、言って反対運動を行うのは、デマゴーグなので、やめるべきだと書いた。

そうしたところ、2週間程してから極一部の方々から様々な反応があった。
(この投稿がアップされるころには、もっとあることでしょう。)

そのうち、先の投稿との関連で重要な反応にのみ応答するために、少し解説をしておこう。

(2)外国人の参政権の論点は多数あるが、そのうち、今、国会で成立する可能性があるのは、「永住外国人」の「地方」の「選挙権」である。

例えば「旅行で日本に滞在ししている外国人」が対象ではない。
また、「国政選挙」が対象ではない。
さらに、「被選挙権」が対象ではない。「参政権」ではない。

(3)すでに紹介した最高裁判決の以下の部分は、永住外国人の地方選挙権につき憲法がそれを保障していないという判決文(主文ではなく判決理由。以下同じ)である。
地方自治について定める憲法第八章は、九三条二項において、地方公共団体の長、その議会の議員及び法律の定めるその他の吏員は、その地方公共団体の住民が直接これを選挙するものと規定しているのであるが、前記の国民主権の原理及びこれに基づく憲法一五条一項の規定の趣旨に鑑み、地方公共団体が我が国の統治機構の不可欠の要素を成すものであることをも併せ考えると、憲法九三条二項にいう『住民』とは、地方公共団体の区域内に住所を有する日本国民を意味するものと解するのが相当であり、右規定は、我が国に在留する外国人に対して、地方公共団体の長、その議会の議員等の選挙の権利を保障したものということはできない。」「憲法九三条二項は、我が国に在留する外国人に対して地方公共団体における選挙の権利を保障したものとはいえない。

この判決だけでは、この判決が、永住外国人に地方選挙権を付与する法律を制定した場合、それが憲法違反になると判断しているのか、それとも憲法違反にはならないと判断しているのかは、不明である。
言い換えれば、永住外国人に地方選挙権を法律で付与することを、憲法が禁止していると判断しているのか(禁止説)、憲法が許容していると判断しているのか(許容説)どうかは、上記判決部分だけでは、わからない。

(4)それに答えを出しているのは、すでに紹介した以下の判決部分(上記紹介判決に続く部分)である。
憲法第八章の地方自治に関する規定は、民主主義社会における地方自治の重要性に鑑み、住民の日常生活に密接な関連を有する公共的事務は、その地方の住民の意思に基づきその区域の地方公共団体が処理するという政治形態を憲法上の制度として保障しようとする趣旨に出たものと解されるから、我が国に在留する外国人のうちでも永住者等であってその居住する区域の地方公共団体と特段に緊密な関係を持つに至ったと認められるものについて、その意思を日常生活に密接な関連を有する地方公共団体の公共的事務の処理に反映させるべく、法律をもって、地方公共団体の長、その議会の議員等に対する選挙権を付与する措置を講ずることは、憲法上禁止されているものではないと解するのが相当である。しかしながら、右のような措置を講ずるか否かは、専ら国の立法政策にかかわる事柄であって、このような措置を講じないからといって違憲の問題を生ずるものではない。

これにより、最高裁は、永住外国人に地方選挙権を法律で付与することを、憲法が禁止しているという禁止説の立場をとらず、憲法が許容しているという許容説の立場をとっていることがわかる。
こう読むのが、憲法研究者の一般的な読み方。

(5)永住外国人に地方選挙における選挙権を付与する法案成立に反対される方の中には、最高裁が立法政策と判断した判決部分を「傍論」とみなし、その上で、それを軽視ないし無視する論調で反対を主張している方々がいるようだ。

「傍論」であるかどうかとは無関係に(「傍論」であろうと、なかろうと)、最高裁が地方レベルでの選挙権付与することは国会の立法政策に委ねている判決を書いたことには、なんら変わらないのである。

(くどいようだが、私は憲法解釈について、このようような最高裁の立場(許容説)ではない。)

だから、”最高裁が地方レベルでの選挙権付与することを国会の立法政策に委ねていると判断していることを、「傍論」だから軽視・無視して構わない”ということにはならないのである。

反対論者の中には、地方選選挙権についての上記最高裁判決を禁止説だと主張する方々がいるが、それは自己の立場に都合の良い読み方である。

(6)以上紹介した最高裁判決は、すべて、一人の裁判官の補足意見ではないし、反対意見でもなく、5人の裁判官による法廷意見である
よって、行政事件訴訟法七条、民訴法四〇一条、九五条、八九条、九三条に従い、裁判官全員一致の意見で、主文のとおり判決する。
     最高裁判所第三小法廷
         裁判長裁判官    可   部   恒   雄
            裁判官    園   部   逸   夫
            裁判官    大   野   正   男
            裁判官    千   種   秀   夫
            裁判官    尾   崎   行   信

実際に一人の裁判官が判決文を書いていたとしても、上記紹介最高裁判決は5名の裁判官「全員一致」の法廷判決である。

(7)ところで、立法政策論を唱えた上記紹介の判決部分が「傍論」と評すべきかどうかについては、議論の余地があるだろう。
従来の最高裁判決では、ついでに書いた、いわゆる「なお書き」が典型的な「傍論」だったからだ。

また、自衛隊イラク派兵違憲名古屋高裁判決は、自衛隊イラク派兵差止等請求の控訴が棄却されたものの、自衛隊の活動には違法・違憲な活動が含まれていると判断しており、これは、私見によると「傍論」ではない

したがって、前掲の、立法政策論を唱えた最高裁判決の部分が「傍論」であるとみなしてよいのかは、もっと学問的にきちんと検討する必要があるだろう。

(8)ところで、もしそれが「傍論」だとみなしうるとなると、同じ判決の中で、憲法が永住外国人の国政レベルの選挙権を保障してはいないと判断している最高裁の以下の部分も、「傍論」になるのだろうか!?
憲法一五条一項にいう公務員を選定罷免する権利の保障が我が国に在留する外国人に対しても及ぶものと解すべきか否かについて考えると、憲法の右規定は、国民主権の原理に基づき、公務員の終局的任免権が国民に存することを表明したものにほかならないところ、主権が『日本国民』に存するものとする憲法前文及び一条の規定に照らせば、憲法の国民主権の原理における国民とは、日本国民すなわち我が国の国籍を有する者を意味することは明らかである。そうとすれば、公務員を選定罷免する権利を保障した憲法一五条一項の規定は、権利の性質上日本国民のみをその対象とし、右規定による権利の保障は、我が国に在留する外国人には及ばないものと解するのが相当である。

この訴訟は、最高裁が以下のように結論づけていることからも明らかなように、「国政選挙における永住者の選挙権」の保障の有無が問題になった訴訟ではないからである。
以上検討したところによれば、地方公共団体の長及びその議会の議員の選挙の権利を日本国民たる住民に限るものとした地方自治法一一条、一八条、公職選挙法九条二項の各規定が憲法一五条一項、九三条二項に違反するものということはできず、その他本件各決定を維持すべきものとした原審の判断に憲法の右各規定の解釈の誤りがあるということもできない。

もし、先に紹介した、永住外国人の地方選挙権は立法政策に委ねられているという最高裁の判決の部分が「傍論」だとすると、永住外国人の国政の選挙権は憲法が保障してはいないと判断した部分も「傍論」だということになるのだろうか!?
そうなると、これは軽視または無視して良いのであろうか!?

なお、以上については、どの判決部分が「傍論」なのかどうか、「傍論」でないのかどうか、幾つかの読み方がありうるだろうが、ここではこれ以上書かないことにする。

もちろん、「傍論」であろうと、なかろうと、最高裁の判決を前述のような意味で軽視ないし無視することはすべきではない、というのが私の立場なのであるのだが。

(9)最高裁判決の憲法判断の内容それ自体に問題があるのであれば、それは正々堂々と反論・批判すればよいのであって、デマゴーグによって反対論を主張することも、前述のような意味で最高裁判決を軽視・無視して反対論を主張することも、やめるべきである。

なお、上記紹介最高裁判決とは異なる私見については、すでに著書で書いている。

(11)最後に、理論ではなく、態度の問題を書いておこう。

反対運動をしている者の中には、”賛成論者はこの国から出て行け!”という趣旨のことを叫んで、反対している者がいるようだ。

何故意見の異なる者はこの国から出てゆかなければならないのか!?
そのような言動は、民主主義を否定するような言動である。
品格もない。
このような反対運動はやめるべきだ。

反対運動は、冷静な言論活動によって、かつ論理的に行ってほしいものである。

(12)最後に、コメントを書き込まれる方へのお願いです。

名誉を毀損すようなものや悪意のある書き込みは止めてください。

同じ主張を繰り返し書き込まないでください。
他の方と同じ内容も同じです。

論点の異なる内容を書き込まないでください。

このブログは、私の「情報発信の場」なので、質問を受け付けてそれに答える場ではありません。

応答を強要するコメントの書き込みも、止めてください。

コメントに対しては、できるだけ応答しようと思いますが、コメントが多すぎると応答できなかったり、応答が大幅に遅れるので、ご了解ください。

永住外国人地方選挙権付与法案に対するデマによる反対運動はやめるべきだ

(1)政権交代が実現したこともあって、永住外国人に地方選挙における選挙権を付与する法律案が成立する可能性がこれまで以上に高くなっている。


(2)まず、8月30日の総選挙以降のマスコミ報道の一部を紹介しておこう。
(網羅していないので、ご了解いただきたい。)

NHK9月19日 21時38分
地方参政権 党内集約に努力

 民主党の小沢幹事長は、韓国のイ・ミョンバク大統領の実兄の、イ・サンドゥク韓日議員連盟会長と会談し、日本に永住する外国人に地方参政権を認めるべきかどうかをめぐり、党内で意見が分かれていることについて、来年の通常国会中には、党の方針を決めたいという考えを伝えました。
 会談には、韓国のクォン・チョルヒョン駐日大使と民主党の川上義博参議院議員も同席しました。この中でイ・サンドゥク韓日議員連盟会長は、鳩山内閣が発足したことについて、「民主党を中心とした政権が成功し、世界の発展に寄与されることを祈る」と述べ、新政権が国際社会と良好な関係を築くことに期待感を示しました。これに対し、小沢氏は、「韓国との間にほんとうの信頼関係を作り上げることに力を尽くしたい。そうすれば、両国間の基本的な問題も必ず解決できる」と述べました。そのうえで、小沢氏は、日本に永住する外国人に地方参政権を認めるべきかどうかをめぐり、党内で意見が分かれていることに関連して、「通常国会で目鼻をつけたい」と述べ、次の通常国会の期間中には、党の方針を決めたいという考えを伝えました。

読売新聞(09月26日 20:01)
公明、外国人の地方参政権付与法案を提出へ

 公明党の山口代表は26日、静岡市内で記者団に、永住外国人に地方選挙権を付与する法案を10月中下旬にも開かれる臨時国会に提出する方針を明らかにした。
 公明党は1998年以降、与党時代も含めて、たびたび同法案を提出してきた。しかし、連立を組んでいた自民党内に慎重論が強く、2005年の衆院選後に提出した法案を含め、すべて廃案になっている。
 同法案を巡っては、民主党の小沢幹事長が19日、李相得(イサンドゥク)・韓日議員連盟会長に次期通常国会への提出に前向きな姿勢を明らかにした。同法案成立に向けて「共闘」が成立すれば、公明党が野党に転落して以降、初めて民主党と連携する機会となる。
 ただ、民主党内でも、慎重派と積極派が対立しており、意見の集約は図られていない。山口代表は連携について、「民主党がどういう政策決定をするかは定かでない。否定的な意見もあるようなので、よく見定めて検討していきたい」と述べるにとどめた。

毎日新聞 2009年12月12日 12時36分
小沢幹事長:地方参政権法案、次期国会に提出 韓国で方針

 【ソウル近藤大介】韓国を訪問している民主党の小沢一郎幹事長は12日午前(日本時間同)、ソウル市の国民大学学術会議場で、約250人の学生らに講義した。小沢氏は会場からの質問に答え、永住外国人への地方参政権付与について「日本国として政治姿勢を示す意味でも、政府提出の法律として出すべきだ。来年の通常国会には現実になるのではないか」との見通しを表明した。地方参政権付与法案を政府提出法案として次期通常国会に提出し、早期成立を目指す意向を示した。
 講義は「新たな日韓関係と、それを担うリーダーの育成」がテーマ。小沢氏は日韓併合以来36年にわたった日本の植民地支配について「日本国、日本国民として謝罪をしなければいけない歴史的事実だった」と謝罪。その上で「不安定な要素をはらんでるのが極東地域だ。(日中韓の)3カ国が信頼関係と連携を深めることが大事だ」と述べ、北東アジアの安定に日中韓の緊密な連携が不可欠との認識を示した。
 今後の日韓関係について小沢氏は「両国が信頼関係を確立できれば、北東アジアや世界の安定と平和のために、大きな歴史的使命を果たすことができる」と述べた。併せて、リーダーに求められる要素として、高い志や先見性、責任など5条件を挙げ、「『ふるきを訪ね、新しきを知る』という言葉がある。歴史の教訓から学び取ることが大事だ」と語った。

毎日新聞12月14日23時21分配信
<小沢幹事長>外国人参政権、採決には党議拘束

 民主党の小沢一郎幹事長は14日の記者会見で、永住外国人への地方参政権付与法案が政府提案で提出された場合、党の国会対応について「いろいろな意見があっても当然いいと思うが、自分たちの政府の提案に賛成するのは普通じゃないか」と指摘した。党内では参政権付与を巡り賛否が分かれているが、採決時に党議拘束がかかるとの認識を示したものだ。【近藤大介】


(3)外国人の参政権の憲法問題は幾つかの論点があるが、成立する可能性が高くなっている法律案(正確にはその論議。以下同じ。)は、「永住外国人に地方選挙における選挙権を付与する」ものである。

また、この法律案についても、幾つかの論点があるが、ここでは論点を1つに限定して書くことにする。

その論点とは、永住外国人に地方選挙における選挙権を付与することを、最高裁判所は憲法違反と判示しているのかというものである。

この法律案の成立に反対する勢力の中には、「最高裁判所は、永住外国人に地方選挙における選挙権を付与することが憲法違反であると判示した」旨、言って反対運動を行っている者らがいるようだ。

しかし、それはデマゴーグ以外の何ものでもない。

(4)1995年の最高裁判決(1995年2月28日最高裁第3小法廷判決・民集49巻2号639頁)を紹介しておこう。

まず、同判決は、永住者等の地方選挙権について憲法がそれを保障してはいないと判示している。
地方自治について定める憲法第八章は、九三条二項において、地方公共団体の長、その議会の議員及び法律の定めるその他の吏員は、その地方公共団体の住民が直接これを選挙するものと規定しているのであるが、前記の国民主権の原理及びこれに基づく憲法一五条一項の規定の趣旨に鑑み、地方公共団体が我が国の統治機構の不可欠の要素を成すものであることをも併せ考えると、憲法九三条二項にいう『住民』とは、地方公共団体の区域内に住所を有する日本国民を意味するものと解するのが相当であり、右規定は、我が国に在留する外国人に対して、地方公共団体の長、その議会の議員等の選挙の権利を保障したものということはできない。」「憲法九三条二項は、我が国に在留する外国人に対して地方公共団体における選挙の権利を保障したものとはいえない。

しかし、同判決は地方レベルでの選挙権付与することは立法府である国会の判断に委ねている。
憲法第八章の地方自治に関する規定は、民主主義社会における地方自治の重要性に鑑み、住民の日常生活に密接な関連を有する公共的事務は、その地方の住民の意思に基づきその区域の地方公共団体が処理するという政治形態を憲法上の制度として保障しようとする趣旨に出たものと解されるから、我が国に在留する外国人のうちでも永住者等であってその居住する区域の地方公共団体と特段に緊密な関係を持つに至ったと認められるものについて、その意思を日常生活に密接な関連を有する地方公共団体の公共的事務の処理に反映させるべく、法律をもって、地方公共団体の長、その議会の議員等に対する選挙権を付与する措置を講ずることは、憲法上禁止されているものではないと解するのが相当である。しかしながら、右のような措置を講ずるか否かは、専ら国の立法政策にかかわる事柄であって、このような措置を講じないからといって違憲の問題を生ずるものではない。

つまり、最高裁判所は、日本国憲法が定住外国人の地方参政権の保障を要請しているとは判断していないが、しかし、立法でそれを認めても、それは憲法違反であるとはならず、むしろ立法政策の問題として許容しているのである。

(なお、私は最高裁のこの憲法解釈論に賛成ではなく異なる解釈を行っている。)

(5)永住外国人に地方選挙における選挙権を付与する法律案については、国民の中に賛否両論がある。

賛成する運動も反対する運動も自由に行うことができる。

だが、反対する場合、「最高裁は、永住外国人に地方選挙における選挙権を付与することが憲法違反である、と判示した」旨、述べて反対運動を行うことは、デマゴーグによるものであるから、止めるべきである。

反対運動を行うのであれば、デマゴーグによらずに、正々堂々と行うという品格をもってほしいものである。


(追記:この続きに相当する投稿をしています。以下をご覧ください。2010年1月13日。)

永住外国人選挙権最高裁判決〜〜これが傍論なら、あれも傍論か!?」

永住外国人の地方選政権付与法案成立の可能性はまた高くなった!?

(追記:再び集中アクセスがありました。以下もご覧ください。2010年7月8日。)

集中アクセス・書き込みを振り返って

永住外国人地方選挙権最高裁判決についての園部元最高裁判事の重大な証言
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