こんにちは。
今日の話題の記事はこんなのを選びました。
是非読んでそして観ていただきたい。
なにか感じて頂ければ幸いです。。

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広瀬隆/広河隆一「福島原発現地報告と『原発震災』の真実」
ほんとの空へ・お~い福島:常識は福島にある=山田孝男 /福島
話題の近未来小説「コラプティオ」(真山仁著、文藝春秋新刊)によれば、原発震災を背景に日本で政界再編が起き、「原発推進」派による連立政権が誕生する。
新しい首相は、福島原発を遠望する浜通りの「3・11公園」を訪れて言う。「強い日本を取り戻そう。安全な原発をつくり、再び原発による文明の発展と維持を選択しなければならない……」
そんなバカな、と福島県の読者は笑うだろう。県は「脱原発」の復興ビジョンを決めたばかりだ。が、永田町・霞が関をウロウロしている私はリアリティーを感じる。東京では原発震災の恐怖が徐々にうすれ、「やっぱり原発で経済再建を」という主張が幅を利かせ始めている。
「やっぱり原発」派は、原発周辺で起きている現実を直視しない。強制避難と自主避難を合わせ、約10万人が故郷を追われている現実を。住民が放射性廃棄物による環境汚染の不安にさいなまれ、子どもたちが遠くへ逃げていく現実を軽く見ている。
思い出すのは、旧ソ連のチェルノブイリ原発事故対応を批判する当時の被災民のインタビューの一節だ。
「連中(旧ソ連政府)が心配しているのは住民のことじゃない、政府のことです。政府の国であって住民の国じゃない。国家が最優先され、人命の価値はゼロに等しいのです」(「チェルノブイリの祈り」98年岩波書店)
国家とは、経済とは何だろう。国家は国民から成る。経済は国民が生きていくためにある。そういう根本的な原理が見失われている。
チェルノブイリは原子炉運転中の爆発で多数の死者が出た。その点こそ福島と違うけれども、多くの住民が故郷を追われ(旧ソ連政府が発表したチェルノブイリの避難民は11・6万人)、さらに多くの人々が放射能の恐怖におののく現実は似ている。
冷戦末期、旧ソ連の指導部は超大国のメンツにこだわった。グローバル資本主義の今日、日本の指導層は経済大国からの脱落を恐れる。政治体制こそ違うが、過去の成功体験に縛られたエリートの硬直という点は同じだ。
核保有国ロシアに脱原発という選択肢はなかった。ロシアは「住民の国ではなく、政府の国」であり続けた。
現実的な判断とは何か。非現実的な経済指標に固執して被災地の現実を無視することか。違うだろう。被災地の現実を凝視して経済社会を再設計すべきだ。常識は東京ではなく、福島にある。(毎週土曜日掲載)
………………………………………………………………………………………………………
■人物略歴
◇やまだ・たかお
1952年東京生まれ。早大卒。75年毎日新聞社入社。長崎支局、西部本社報道部を経て政治部。93年福島支局次長。政治部長、東京本社編集局次長、同編集局総務。07年から政治部専門編集委員。月曜朝刊コラム「風知草」筆者。
8月20日朝刊
(この記事は福島(毎日新聞)から引用させて頂きました)
さていかがでしょうか。
繰り返されることから学ぶことも多いともいます。
次回もお楽しみに。

クラフトワーク/放射能
放射能対策↑Yahooから

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広瀬隆/広河隆一「福島原発現地報告と『原発震災』の真実」
ほんとの空へ・お~い福島:常識は福島にある=山田孝男 /福島
話題の近未来小説「コラプティオ」(真山仁著、文藝春秋新刊)によれば、原発震災を背景に日本で政界再編が起き、「原発推進」派による連立政権が誕生する。
新しい首相は、福島原発を遠望する浜通りの「3・11公園」を訪れて言う。「強い日本を取り戻そう。安全な原発をつくり、再び原発による文明の発展と維持を選択しなければならない……」
そんなバカな、と福島県の読者は笑うだろう。県は「脱原発」の復興ビジョンを決めたばかりだ。が、永田町・霞が関をウロウロしている私はリアリティーを感じる。東京では原発震災の恐怖が徐々にうすれ、「やっぱり原発で経済再建を」という主張が幅を利かせ始めている。
「やっぱり原発」派は、原発周辺で起きている現実を直視しない。強制避難と自主避難を合わせ、約10万人が故郷を追われている現実を。住民が放射性廃棄物による環境汚染の不安にさいなまれ、子どもたちが遠くへ逃げていく現実を軽く見ている。
思い出すのは、旧ソ連のチェルノブイリ原発事故対応を批判する当時の被災民のインタビューの一節だ。
「連中(旧ソ連政府)が心配しているのは住民のことじゃない、政府のことです。政府の国であって住民の国じゃない。国家が最優先され、人命の価値はゼロに等しいのです」(「チェルノブイリの祈り」98年岩波書店)
国家とは、経済とは何だろう。国家は国民から成る。経済は国民が生きていくためにある。そういう根本的な原理が見失われている。
チェルノブイリは原子炉運転中の爆発で多数の死者が出た。その点こそ福島と違うけれども、多くの住民が故郷を追われ(旧ソ連政府が発表したチェルノブイリの避難民は11・6万人)、さらに多くの人々が放射能の恐怖におののく現実は似ている。
冷戦末期、旧ソ連の指導部は超大国のメンツにこだわった。グローバル資本主義の今日、日本の指導層は経済大国からの脱落を恐れる。政治体制こそ違うが、過去の成功体験に縛られたエリートの硬直という点は同じだ。
核保有国ロシアに脱原発という選択肢はなかった。ロシアは「住民の国ではなく、政府の国」であり続けた。
現実的な判断とは何か。非現実的な経済指標に固執して被災地の現実を無視することか。違うだろう。被災地の現実を凝視して経済社会を再設計すべきだ。常識は東京ではなく、福島にある。(毎週土曜日掲載)
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■人物略歴
◇やまだ・たかお
1952年東京生まれ。早大卒。75年毎日新聞社入社。長崎支局、西部本社報道部を経て政治部。93年福島支局次長。政治部長、東京本社編集局次長、同編集局総務。07年から政治部専門編集委員。月曜朝刊コラム「風知草」筆者。
8月20日朝刊
(この記事は福島(毎日新聞)から引用させて頂きました)
さていかがでしょうか。
繰り返されることから学ぶことも多いともいます。
次回もお楽しみに。
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