「江戸時代」というものを眺めてみると、自然とこんな疑問を抱いて
しまいます。
~この時代の日本人は、社会の進歩発展、あるいは経済的な
  好景気を「邪悪」なものとして受け止めていたのでは?~

なぜなら、たとえば技術面では、武器にせよ、その性能向上を
目指して改良を加える努力は払わなかったように見えますし、
あるいは経済面でいうなら、「好景気」をヒステリックに嫌い、
目一杯の舵を切って「不景気」に向けていたようにも見えるからです。
要するに、現代の常識に反した?ライフスタイルを「善」としていた
ということなのでしょう。 しかし、なんでまた、そんなことを?

 

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例によって、以下の会話は、日本史探検隊の
史)=姫隊長/史乃(しの)歴)=古参隊員/歴三(れきぞう)です。
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史) 言われてみれば、確かにヘンね。 
   便利な技術が生まれれば、楽もできるでしょうし、好景気になれば、
   それなりの贅沢もできるのに、何かしらそういうことには腰が引け
   ている感じがするものね。


歴)
 その疑問に対するヒントの一つを江戸中期の老中「松平定信」
   (1759-1829年)に求めれば、分かりやすいかも知れんゾ。
   この定信は、知らない人でも知っているほどのガチガチの朱子学
   信奉者、今風にいうなら、「朱子学真理教・原理主義者」もどきの
   人物だった。


史) その定信サンって、「寛政の改革」や「寛政異学の禁」の原動力と
   いうか、音頭をとった定信サンのことでしょ。
   でも、それがどうして~進歩発展は邪悪な思想~ってことに
   結びつくの? そこらへんの話が見えないなあ。

歴)
 ええかよく聞け。 朱子学にとって一番大事な徳目は「孝」・・・
   つまり「親孝行」であり、もう少し広げれば「御先祖孝行」だ。

史)
 だったら、歴サンみたいな「親不孝者」は、朱子学的には
   「極悪人」ってことになるのね・・・ああ怖ッ!
   それはともかくとして、「親孝行」がなんで、技術改良や好景気の
   否定につながるわけ? 

matsudaira_sadanobu_61
松平定信
 
           
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簡単にいうならこうなりゃせんか。
技術改革にせよ、経済政策の見直しにせよ、従来とは違ったものを
生み出そうとするのだ。 すると、こういう理論展開になる。
進歩とか発展ということは、親世代やさらにその上の先祖世代が
行ってきたこと変える、もう少し露骨な言葉を用いるなら「否定」する
ことだ。 要するに、朱子学においては、「親のやりよう」を否定する
こと自体が、すでに大きな「親不孝」を犯していることになっちゃうのだ。
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史)
 そうか、進歩とか発展とか改良ってことは、技術的・経済的には
   ともかくも、肝心の道徳的な面では「悪」とみなされてしまうわけか。

歴)
 つまり、松平定信のやった「寛政の改革」も「寛政異学の禁」も
   つまるところは、「ご先祖様がやってた通りにやろう」ってことだ。
   確かに技術的・経済的にはマイナスかも知れんが、一番大切な
   道徳「孝」の面でからすれば大変に褒められることということに
   なるわけだ。
   だから、迷わず踏み切れたのだろうナ。

史) ふえぇ、もしそうだとしたら、江戸日本人と現代日本人では、
   まったく違う人種とも言えそうね・・・ふえぇ。
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こんな言い方もできそうだ。
~人間の行動を決める最大の要素は「宗教・信仰」である~
技術改革による「便利」よりも、また好景気による「贅沢」よりも、
朱子学の徳目「孝」を選択した江戸日本人の姿を眺めてみると、
それが実によく分かるのダ。

だから、こんな言い方は錯覚、あるいは嘘ともいえそうだ。
~日本人は確たる宗教を持っていない人が多い~ 
そんなことはない。 
日本人だって宗教ににはドップリ浸かっているわけだ。



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日本史探検隊
 姫隊長・史乃古参隊員・歴三研修隊員・記録係
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