「頭に血が上る」という言葉があります。
別の言葉なら、逆上する・キレる・血迷う・見境がなくなる、という
意味のことです。
振り返ってみると、幕末にはこうした雰囲気が充満していました。
その中でも、長州藩薩摩藩は「ブチ切れて」しまったがために、
外国との戦争という、とんでもない局面まで経験しています。
~それは、あまりに無謀なことだ~
確かに周りにもこうした意見はあったのですから、これを「良薬」と
して、耳を傾ける選択もありました。 
ところが、いかんせん何しろ「キレちゃっている」ものですから、
そんな風に運べるはずもありません。

 

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例によって、以下の会話は、日本史探検隊の
史)=姫隊長/史乃(しの)歴)=古参隊員/歴三(れきぞう)です。
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史) 外国との戦争って、薩摩藩の場合なら対イギリスの「薩英戦争」
   (1863年)のことで、長州藩の場合なら、イギリス・フランス・
   オランダ・アメリカの列強四国との間に起きた2回に渡る
   「馬関戦争」1863/1864年)のことよね、きっとなら。


歴)
 しかり。 何しろ、「攘夷!攘夷!」ですっかり頭に血が上っている
   ものだから、両藩ともに彼我の戦力差を見つめるだけの冷静さも
   失っていた。

史) 案の定、結果としてボコボコにやられちゃったワケね。
   戦力差という歴然とした現実は、気合や大和魂だけでは埋めようが
   なかったってことなのね。

歴)
 「こんなはずでは・・・」 完敗という現実を迎えて、たぶん茫然自失
   の思いを抱いたに違いない。 そこで路線変更だ。
   ~気合だけの攘夷ではなんともならん。 かくなる上は諸外国に
     蹂躙されないような国にすることから始めなくっちゃ!~


史)
 だったら、逆にいうなら、こうしたボコボコの敗戦経験が「良薬」に
   なって、本来あるべき冷静さを取り戻したことになるね。
   めでたし、めでたし・・・でもないか。
 

bakan_sensou_51

馬関戦争/連合国によって占拠された長府の前田砲台
           
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身近に「清国」という分かりやすいサンプルがあったことも幸いした
ことも考えられる。
自称「世界唯一の国家」が、こと戦争においては西欧列強にてんで
太刀打ちできなかったのに、それを直視する意識さえ持てなかった。
それがために、清国はいいように踏みにじられた。
だから、敗戦を味わった薩摩藩・長州藩にはこんな恐怖が芽生えた
わけだ。
~このままでは清国の二の舞だぞ・・・さすがにそれはまずい。
 であれば、なにがなんでもそうした事態は避けなきゃいかん!~


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史)
 そのためには「意識改革」が必要ってわけか。
   でも、こんなことが絵に描いたように進んだとも思えないわ。
   だって幕末って、それこそ「攘夷ブーム」?だったんでしょ?

歴)
 だが、こういう言い方はできそうな気がするぞ。
   ~薩摩藩・長州藩は対外戦争の「敗戦」という「良薬」を得た
     ことで、視野の狭い狂信的な攘夷思想からいち早く
     抜け出すことができた~


史) つまり、その「狂信的攘夷思想」をいち早く卒業?できたことで、
   いわゆる「明治維新」実現のリーダー的な立場に立てたという
   ことか。
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こうして眺めてみると、「信念」というものは心の持ち方としては
まことに立派なも姿勢ではあるものの、時として周りが見えなくなって
しまい、視野の狭い「原理主義」に陥るリスクも抱えていることに
なりそうです。
幕末の経緯も確かにそうした一面を抱えていましたが、さて同じことは
この現代日本にも当てはまるのでは?

平和を貫こうとする信念はまことに立派で貴いものであることは、
間違いありませんが、その一面では辺りをミサイルが飛び交う
「現実」もあるのですから、これもきちんと視野に収めておくことが
必要なのかもしれません。
それなくして、「平和!平和!」と唱え続けていたとしたら、
後世、幕末の「狂信的攘夷思想」ならぬ、21世紀現代日本人の
「狂信的平和思想」?と揶揄されちゃうことになるのかも?





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日本史探検隊
 姫隊長・史乃古参隊員・歴三研修隊員・記録係
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