世界においては、治安の安定しない国・地域では、いわゆる
「亡命政権」が立てられることが珍しくありません。
チベットでは、国外ではあるものの、民族的指導者である
ダライラマ14世(1935年--)が、こうした「亡命政権」
(通称:チベット亡命政府)を立てることで、中国側が立てた
「傀儡政権」と対峙を続けています。
とはいうものの、巨大国・中国の圧政に敵うものではなく、
現在の日本のマスコミの扱いが極めて小さいのもまた
事実です。
さて、振り返ってみると、日本もこうしたいわゆる「亡命政権」が
存在したことがありました。
昔々のお話であり、また天皇家自身のお話ですが、天智天皇
(626-672年)の後継者争いの性格を帯びた「壬申の乱」(672年)も、
そのずっと後に朝廷が分裂した「南北朝時代」(1336-1392年)も、
見方によっては、正規政権VS亡命政権(後醍醐天皇)の
ぶつかり合いだったと言えるのかもしれません。

 

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例によって、以下の会話は、日本史探検隊の
史)=姫隊長/史乃(しの)歴)=古参隊員/歴三(れきぞう)です。
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史) 「亡命政権」なんて、日本には無縁な出来事だと思っていたわ。
   だって、そういう存在なら、それまで金科玉条としてきた
   「万世一系」のルール?に明確に違反しちゃうわけでしょうに。


歴)
 そうならないために、日本では
   ~正当な万世一系とは、実は我が方なのである~との
   主張をしなければならなかったわけだ。


史) でも、それもヘンなことじゃん。
    だって、主張するだけなら歯止めなしで誰でもできちゃうことじゃん。 
    それこそ、どこぞの「馬の骨」でもネ。

歴)
 外国ならその見解は正しい。
   例えば首都を完全制圧したなら、どう転んでもそちらの側が
   「正当政府」ということになるはずだ。 ところがギッチョンだ。
   日本の場合はそうはならないのダ。
   
史)
 ゲゲッ! そんな状況に陥っても、まだ「我が方が正統である」
   なんて主張できるわけ?
   そんなの、ボコボコにノックアウトされたボクサーが、
   「私が今もチャンピォンである!」って言い張るようなもので、
   絶対にヘンチクリンな話だわ。
 


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チベット亡命政府ダライ・ラマ14世/南北朝時代・後醍醐天皇

           

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確かにこのことなども、~日本の常識は世界の非常識~
一つかもしれんなあ。
実際外国では、「武力が権力の担保」になるのが普通だが、
日本ではそれとはまったく異なって、「三種の神器」なるツール?が、
その根幹をなしているわけだ。
つまり、権力を保持するためには、武力より「三種の神器」を手中に
収めることの方が断然大切なこと。
だから、朝廷内の正統争いにしても、言葉を変えれば結局は
「三種の神器」争奪戦だったし、また後に武家政権が誕生しても、
朝廷の権威(三種の神器)を残す形で「二頭政治」にせざるを
得なかった。
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史)
 フーム、そうすると日本の場合は、「革命」もどきの激しい変革は
   無理で、どうしたってソフトランディングせざるを得ないわけか?
   そういえば、戦国の乱世にあった、信長・秀吉・家康でさえ、
   天皇家を超越することまでは考えたにせよ、最後まで
   「天皇家滅亡」を企てることはなかったわね。

歴)
 そこまで踏み込んだとしたら、問答無用で「逆賊」になってしまう
   からね。
   こうして、「天皇家」は、長い間丸腰のまま決して滅びることもなく、
   現代まで続いているわけだ。
   おそらくは、外国からすれば頭をヒネりたくなるほどに不思議な話
   だろうな。

史) そう言えば、世界史レベルの「歴史の不思議」のひとつに、
   日本の「天皇家」の存在が取り上げられていたことを、
   今ヒョッコリ思い出したワ。
   だって「ボコボコにされたボクサー」の「私こそがチャンピオン!」
   という主張を、昔の昔から当たり前として認めていることになるし、
   それを当たり前のこととして受け止めているものね。
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日本の長い歴史を振り返ってみるなら、先の三英傑/信長・秀吉・家康
限らず、武家政権を樹立した鎌倉政権初代・源頼朝(1147-1199年)や、
後醍醐天皇を裏切った?室町初代・足利尊氏(1305-1358年)、
さらには日本国王を名乗った室町三代・足利義満(1358-1408年)たち
でさえ、誰一人天皇家を滅ぼそうとは考えなかったわけです。

その意味では、真っ向からの対峙は避けたものの「武家政権」とは、
つまり「幕府」とは世界史的に眺めても珍しいほどに変則的な、
世界常識を超越した形の、ある種の「亡命政権」だったともいえるのでは?





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日本史探検隊
 姫隊長・史乃古参隊員・歴三研修隊員・記録係
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