江戸幕府が公式学問として「朱子学」(新儒教とも)を採用した
のには、創立者・徳川家康(1543-1616年)の強い意志が
働いていました。
盟友・織田信長(1534-1582年)が「、家臣・明智光秀の謀反
によって呆気なく倒れる姿も、その後織田家が、やはり家臣で
あった豊臣秀吉(1537-1598年)は乗っ取る姿も見てきたから
です。
要するに、主君としてそうした失敗を繰り返さないためには、
大名・武士に、きちんとしたモラルを植え付ける必要があった、
ということで、その点で、最高の徳目に「孝/忠」を挙げる
「朱子学」はうってつけでした。
その成果か、確かに江戸幕府250年余の間(幕末期を除く)、
幕府に対する本格的な「謀反」は引き起こされていません。
ただ、朱子学を学んだ「子孫達」の行動の中にも、、おそらく
家康にとっても「想定外」の出来事があったと思われます。

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例によって、以下の会話は、日本史探検隊の
史)=姫隊長/史乃(しの)歴)=古参隊員/歴三(れきぞう)です。
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史) 「モラル」をキッチリ守る大名・武士に変身したということなら、
   家康の目論見通りで、どこにも計算違いはなかったように
   思いますが?・・・その点、何かおっしゃりたいことが?


歴)
 問題の一つは「孝」にある。 つまりこれは親孝行のことであり
   もっと広げれば「御先祖様崇拝」ということだ。
   早い話が、何事も御先祖様がやっていたように、自分たちも
   やらないことには、即「(親)不孝」になり「不忠」という見解に
   なってしまう・・・別の言葉なら、何事も「祖法の通り」を
   「善」とする考え方だ。


史) あっちゃー! その態度じゃ時代の変化についていけないじゃん。
   なにその「朱子学」って? えらくストイックな学問ね。

歴)
 それも誤解だ、確かに「(朱子)学」とはなってはいるが、
   実態からしたら、むしろ「信仰/宗教」に近い。

史)
 じゃあ、百歩譲って「朱子教」でもいいけど、
   親や御先祖様と違うことをしたら、それは親や御先祖様を
   批判・非難したってことになるわけ? 何かちょっとヘン!
 
 matsudaira_sadanobu_55
 ~商は詐欺なり~ 老中・松平定信

          

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朱子学に影響されていない人間からしれば、確かにヘンかもしれんが、
事実はその通りだ。 それに問題はまだある。
この「朱子学」は、本場・中国の「士農工商」という身分制度にも、
非常に厳格な目線を向けている。
ストイックと言うより、今度はエキセントリックと言うべきかもしれんが、
この「商業/商人」を思い切り蔑視したのが江戸幕府なのだ。
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史)
 TV時代劇を観てても、そんな雰囲気は感じられないけどなぁ。
   その「蔑視した」ということになんか証拠はあるの?




歴) あらいでか! 江戸中期の老中・松平定信(1759-1829年が、
   いみじくも吐いたこのセリフが目に入らぬか! 頭が高い!
   ~商は詐なり~ 
   つまり、こう言っていることになる。



   生産活動に励むわけでもなく、他人様が作った物品を
   右から左へ移すだけで儲ける行為は。詐欺・ペテンであり、
   ましてやそうしたことで生計を立てる商人なぞは、まったくもって
   人間のクズである~

   
史) あれま、そこまで言うかぁ?
   これば宗教ということなら、やっぱり宗教って「怖い」一面を持って
   いる言えそうね。
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その「朱子学に則って、江戸幕府は運営されたし、江戸時代全体も
そうした雰囲気に呑み込まれていたといえそうだ。
特に幕府の政治方針はここから一歩も出ることはなかった。

その時々の政策論争や政策決定は、すべてが「朱子学路線」?から
逸脱しないことを前提としている。

一言多いといわれそうだが、間違っても姫なんぞは、この「朱子学」に
影響されてはいないゾ・・・それは太鼓判を押してやる。
だって、平気で親に口応えをしているものなぁ。




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日本史探検隊
 姫隊長・史乃古参隊員・歴三研修隊員・記録係
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