一般国民の懐を潤すこよになる「好景気」は、現代でこそ歓迎
すべきものだとされています。
しかし、チョイ前の江戸時代になると、これが全く逆に受け止めら
れていたようにも見えてしまうのです。
というのは、慢性的な財政難にあえぐ江戸幕府が、その解消を
目指して取り組んだ、いわゆる「改革」は、結果として、すべからく
「好景気」の対極にある「不景気」に陥ったという経過を辿っている
からです。
以下が、俗に江戸幕府の三大改革と呼ばれる取り組みですが、
現代目線に立てば、少なくとも「好景気社会」を目指したものとは
見えません。
○「享保の改革」(1716-1745年?)第八代将軍・徳川吉宗が主導
○「寛政の改革」(1787-1793年)  老中・松平定信が主導
○「天保の改革」(1830-1843年)  老中・水野忠邦が主導
 

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例によって、以下の会話は、日本史探検隊の
史)=姫隊長/史乃(しの)歴)=古参隊員/歴三(れきぞう)です。
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史) 幕府財政難の中での「改革」って言われているのだから、
   普通に考えれば、やっぱり「好景気」を目指していたってことに
   なるんじゃないの?
   普通に考えるなら、敢えて「不景気」を目指そうなんて施政者は、
   いないでしょうに・・だって、誰の得にもならないことじゃん。


歴)
 ところがギッチョン! 
   江戸時代の武士というものは、上からしたまで、少なからず
   「朱子学」に沿った考え方を正しいものとしていたのダ。
   なぜなら、これこそが江戸幕府を創った権現様(徳川家康)が
   遺した、いわゆる祖法ということになるからダ。
   その「何事も祖法の通りが正しい」という考え方を突き詰めて
   いくと、結局は「貴穀賤金」という価値観から離れられなくなる
   わけだ。


史) 早い話が、その「朱子学」に沿えば、「士農工商」という身分
   感覚に沿って、「貴穀賤金」、つまり、
   ~米(穀物)は貴いモノだが、銭(金銭)は賤しいモノ~という
   信仰?から一歩もはみ出せなくなっちゃうということ?

歴)
 だから、田沼意次のような「商業重視」の政策は絶対悪という
   ことになる。
   ~商業なんて賤業でもって稼いだ銭で、幕府を潤すなんてことは、
    武士たる者の沽券にかかわるッ!~
 こうなり、次には
   ~米の増産をもって年貢を増やすことで、財政再建を図ること
    こそが正しいッ!~
 この結論に落ち着くことになる。

史)
 でも、その方法じゃ幕府の財政はともかくとして、俸給を「お米」で
   頂戴している武士階級の暮らしは苦しくなっちゃうよねぇ。
   だって、お米を増産したからといって、その分俸給を増やして
   もらえるわけでもないんでしょ。
   結局のところ、そのだぶついた分だけ価格の下がっちゃった
   「お米」を売って、それをお金に換えるのだから、実質的な
   「減給」ってことになっちゃうものね。
 
 tokugawa_yoshimune_51

  「享保の改革」江戸幕府第八代将軍・徳川吉宗

          

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確かにその通りの運びになった。
つまり、武士階級は生活が苦しくなって贅沢ができない。 
そこでだ、幕府は庶民にも同様な生活態度を求めることになる。
要するに
~ゼイタクは敵だッ!/質素倹約こそが正しい生活態度であるッ!~
言葉を換えれば、
~好景気なんてのは、人間を堕落させる「悪の巣窟」であるッ!~

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史)
 随分とエキセントリック(奇矯)というか、ストイック(禁欲的)と
   いうか、ヒステリック(病的興奮)というべきか、どちらにしても
   ちょいとばかりヘンな感じね。

歴) しかし、こうしたことは、「朱子学」という宗教?を深く信仰すると、
   当然にたどり着くところだ。
   このサマを「ちょいとばかり変だ」と感じる姫であるならばダ、
   それは「朱子学」のマインド・コントロールから解放されている
   人間の感覚と言っていいくらいのものだ。

   
史) なにやら「朱子学真理教」?みたいな受け止め方になって
   きたわねぇ・・・でも、それほどに強烈な宗教?だったのかしら?
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疑いようもなく、確かに強烈な信仰?だった。
しかし、信仰と現実生活は別物ということも、それに負けないくらいの
確かな真実だ。
だから、そのギャップが埋めきれないほどに乖離した時に、江戸幕府は
滅亡に至った。 そうした江戸時代の反省もあったのだろう。
明治新政府が打ち出した国策が「富国強兵」・・・この「富国」の部分は
ちょっと意地悪な見方をすれば、~好景気は悪の巣窟~とした
かつての「江戸幕府」に対する当てつけにも見えるところだ。




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日本史探検隊
 姫隊長・史乃古参隊員・歴三研修隊員・記録係
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