後先を考えることなく、言いたいことをズバズバ言っちゃう・・・
いわゆる「放言」ですが、昔の日本はこの性癖を持っていた
ようにも見えます。
当時の超大国「隋」(中国)の皇帝・煬帝に充てて送ったと
される国書にある差出人・聖徳太子(574-622年)の言葉が
その典型的なものかもしれません。
~日出る処の天子、書を日没する処の天子に致す。恙なきや~
この文言は、~ひとことご挨拶を申し上げます~という口調
ではなく、むしろ~やあ、元気してますかぁ~くらいの感じに
なっており、世界の中心・中華(中国)に対して、アジアの諸国が
このような言い方をすることはおよそ考えられないことでした。
ですから、ある意味「放言」と言えば言えそうです。
ただ、そうした「放言」はこれっきりというわけでもありません
でした。
 

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例によって、以下の会話は、日本史探検隊の
史)=姫隊長/史乃(しの)歴)=古参隊員/歴三(れきぞう)です。
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史) 要するに、煬帝からすれば、こんな受け止め方になったという
   ことね。
   ~(国でもない)周辺地域の野蛮人(東夷)の族長と名乗る者の
    挨拶にしては、傲岸不遜の極みである。 僕は腹が立つゾ~

   これは朝鮮半島の国々には、ちょっと真似できないことね。
   だって、地理的に地続きだから、無礼があれば、即に
   懲らしめられてしまう心配もあるものね。


歴)
 その点、大陸(中国)と列島(日本)の間に大きな海(日本海)が
   あったことで、こうした表現ができたということになりそうだ。
   半島(朝鮮)のように地続きだったら、さすがに躊躇したことだろう。


史) これが「島国の特権」ということだったら、もっと他にもやって
   いそうな気がしないでもないなぁ。

歴)
 もちろん、ある! 
   中華(中国)からしたら、実は極めつけの無礼を働いておるゾ。

史)
 またまた「放言」ってこと?
   もしそうなら、列島(日本)民族は鈍感過ぎるというべきか、
   はたまた結構度胸が据わっていたというべきは、いずれにせよ、
   言いたいことを胸の内に秘めてしまうことで、ストレスを溜める
   ことはなかったのかもしれないね。
 
 youdai_zui_51 「隋」皇帝/煬帝


          

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中華(中国)に対するさらなる無礼とは?
それは、世界の中心・中華(中国)を納める至高の存在「皇帝」に
対抗するがごときに、僻地に住む東夷(野蛮人)の族長が、
こともあろうに「天皇」という称号を名乗ったことです。
中華(中国)にしてみれば、「皇」の字はまことに神聖なものであって、
それを使うことが許される自国だけとしていたのにも拘わらず、
ちゃっかり無断使用されたのですから、怒り心頭は当然です。
~その特許権は自分が得たにも関わらず、全くの他人(しかも
  野蛮人)がそれを勝手に使って悦に入っておるッ! 許せん!~

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史)
 そうか、「皇」の字を使用することは、中華(中国)に対する
   「特許権侵害」ということかぁ。 そう考えれば皇帝(中国)側が
   腹を立てたことも理解できようというものネ。
   

歴) 中華(中国)からすれば、これも文明を知らない東夷(日本)の
   無知蒙昧な「放言」ということになりそうだが
、その心中は
   不快感の塊りだったろうな。
   だからと言って、「征伐」まで実行することは現実的に不可能だ。
   なにせ、それを実行しようとしたなら、大量の兵士を「日本海」の
   向こう側まで送り出さなければならない。
   頭に来るけど、現実的には武力に訴えることもできなかった
   わけだ。
   
史) 完全なるパクリで「特許権」を侵害された上に、それを咎める
   手立てもないってことよねぇ。
   これって、現代の日本と中国と関係に目をやれば、真逆の
   構図になってるじゃん。
   そう考えれば、「征伐」を断念させた「日本海」の存在って、
   メッチャ大きな意味があったのね。
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仮に大陸(中国)と地続きだったとしたら、現代日本も半島(朝鮮)に
似た状況になっていたかもしれんゾ。
たとえば「姓」がそうだ。
かつての半島(朝鮮)は独自の「姓」を持っていたのだが、いつの間に
やら、中華(中国)と同様の一文字の「姓」になっている。
その点、列島(日本)は、そこまで同化することはなかったのだが、
これも考えてみれば、その間に「日本海」があったせいかもしれん。
まあ「放言癖」?せよ、「姓」の型にせよ、いずれの場合も、その間に
「日本海」が存在していたことで、中華(中国)の影響を割合自在に
コントロールできたということなのかもしれん。




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日本史探検隊
 姫隊長・史乃古参隊員・歴三研修隊員・記録係
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