幕末維新の頃の幕府および長州の様子を眺めてみると、
その立場がそっくり逆転していることに気が付きます。
早い話が、使用前?は幕府が官軍、長州が賊軍だった
扱いが、使用後?のおいては、官軍=長州/賊軍=幕府に
変身?しているわけです。
この場合の官軍・賊軍という呼び方には日本特有のルール?が
あって、朝廷(天皇家)が支持した側を官軍と呼び、その反対の
立場にある者を賊軍と呼ぶことになります。
しかし、冷静に眺めてみると、この前後に幕府もしくは長州が
それまでの主張をコロッと改めたような様子も窺えませんから、
そうすると、この官軍賊軍の裁定は、ひとえに朝廷の事情に
よるものだと推定されるところです。
それならそれで、朝廷のこの使用前?と使用後?における
180度の早変わり?ぶりは、いったい何を「使用」したものか?

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例によって、以下の会話は、日本史探検隊の
史)=姫隊長/史乃(しの)歴)=古参隊員/歴三(れきぞう)です。
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史) そんなの別段不思議なことでもないじゃん。 
   「黒船来航」(1853年)以来、ずっと攘夷路線を死守してきた
   孝明天皇(1831-1867年)が亡くなって、その後を開国路線の
   明治天皇(1852-1912年)が継いだということでしょ。 
   そもそも指導者の政治姿勢が真逆になったのだから、それが
   政治に反映されるのは、不思議どころかむしろ自然な成り行き
   ではありませんか? なにかご質問が?


歴)
 だがしかしダ、この折の明治天皇は今でいうなら「中学生」
   ほどの年齢だ。 
   父・孝明天皇の突然の崩御を受けて、天皇になったばかりだから、
   当然に政治経験も乏しい。
   そんな十代の若者が、一気に国策の変更に踏み切ったとする
   姫の説明は、いかにも説得力に欠けてやしないか?


史) でも、実際の歴史はそのように突き進んでいったのだから、
   説得力なんて言葉を持ち出すのは、歴サンのイチャモンに
   過ぎないような気がするところですがねぇ。

歴)
 なにッ、これをイチャモンっか! そういう姫の考え方こそ
   「畜生の浅ましさ」かも知れんぞよ。
   それが証拠に孝明天皇の突然の崩御に対しては、今もって
   「暗殺説」が囁かれているほどなのだ。

史)
 アホくさ。 「天皇暗殺」なんて、この日本ではほとんどSF世界の
   できごとですからね。 
   つまり、その御説は間違いなくトンデモ説と言えるわよ。
   歴サンのイチャモンは、場所柄もわきまえない、ところ構わずの
   悪癖なんだから、ホント、イヤになっちゃう。

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         父・孝明天皇/息子・明治天皇

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整理するとこうなる。
先代・孝明天皇→官軍:幕府/賊軍:長州
後継・明治天皇→官軍:長州/賊軍:幕府
確かに代替わりして天皇が入れ替わったとしても、同じ天皇家の人で
あることには変わりはない。
それに、その昔の昔から「革新/改革」を好まないのを伝統として、
それがあっての「万世一系」を権威の裏付けにしてきたのが天皇家だ。
このことを思えば、この幕末の「方針変更」の過激さ自体が、メッチャ
不自然ではないかえ。
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史)
 でも、いわゆる「討幕の密勅」(1867年)なる秘密指令を下した
   のが、他ならぬ明治天皇ご本人でしょうに。 
   それにそこの中でこんな表現まで使っているじゃん。
   ~将軍・徳川慶喜なんぞは討ってしまえッ!~

歴) その通りだとしたら、そこまで踏み込んだ「秘密指令」を
   天皇経験も政治経験も乏しい中学生?天皇が出したことなる。
   こんなことって、ますます不自然に思えないかえ?
    
   
史) むむむ、そう切り込まれると、確かにちょっと不自然ねぇ。
   だったら、この指令を下した明治天皇が、史上極めて稀な
   「政治的英才」だっという説明ではいかがでしょうか。
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まあ、それを全面否定するだけの材料を持っていないが、もっと
単純な解釈も成り立つゾ。
この「密勅」には、たとえばご本人のサインなどの類、つまり
確かに明治天皇ご自身が発行したという証明になる印璽が
実は一切備わっていない。 
~「討幕の密勅」とは「討幕の偽密勅」であった~
要するに、こう考えれば、すっきりツジツマが合うってもんだ。
だったら、その仕掛け人は誰かってか?
そんなもん、岩倉具視(1825-1883年)が原動力になったのだろうが、
その陰で明治天皇の母の父親、つまり明治天皇の外祖父に当たる
公家・中山忠能(1809-1888年)が協力したに違いなかろうよ。
この立場にあれば「偽密勅」を作ることもできたし、それより
なにより、この外祖父は根っからの「長州贔屓」だったからネ。



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日本史探検隊
 姫隊長・史乃古参隊員・歴三研修隊員・記録係
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