「宗教戦争」なんて言葉を耳にすると、どうしても「一神教」世界に
おけるそれをイメージしがちです。
ところがドッコイ、現代では「平和の象徴」もどきの位置にあると
言えそうな日本宗教も、昔はそうした戦争?を数多く経験して
います。
江戸時代以前の宗教勢力は、他宗派または権力者から自らの
存在・利権を守るために、神社なら神人、寺院なら僧兵などの
武装専門兵士?を、どこもが当たり前に抱えていました。
~文句があるならウデで来いッ!~
実際そうでもしなければ、自らの権利(利権?)を守ることは
おろか、また他宗派の攻撃から我が身を守ることができない
状況があったということです。
現代人が寺社に対してイメージする非武装で「丸腰」という
姿は、江戸幕府による宗教政策が浸透した以後のことに
過ぎません。
ですから、それ以前の宗教勢力の姿を、多少品のない表現を
借りて述べるなら、法の秩序を無視した行動を平気で取る、
あたかも現代の「暴力団」?もどきの存在だったとも言えそうです。
そうした武装した宗教勢力同士がガチンコ対決した事件の
一つとして、宗教問答の勝ち負けの判定が契機となって引き
起こされた「天文法華の乱」(1536年)を挙げることができます。
 

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例によって、以下の会話は、日本史探検隊の
史)=姫隊長/史乃(しの)歴)=古参隊員/歴三(れきぞう)です。
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史) ふーむ、初耳だわ。 現代の寺社の在り方からは想像しにくい
   ことだけど、その説明からすれば、昔は日本にも「宗教戦争」と
   いうものが、それも少なからずあったというわけね。


歴)
 まさに「戦争」という表現に恥じない?ほどの凄まじさだった。
   例に挙げた「天文法華の乱」なぞは、なにせその発端が
   宗教問答の判定(勝ち負け)だから、双方がメンツを賭けて
   必死になる。
   ところが、これでは埒が明かないと見た延暦寺(天台宗)の
   僧兵集団が法華宗への攻撃を開始し、結果、洛中洛外
   (京の内と外)にある日蓮宗の21もの寺院をことごとく焼き
   払ったとされているゾ。


史) ふぇえ、そりゃまたなんとも凄まじい!
   それにしても、日本の「宗教戦争」はこの他にも数多あったと
   いうことなら、その犠牲者の数もハンパなものではなかった
   でしょうに。

歴) その通り! この戦争?の折には、京のかなりのエリアを
   焼失させちゃったし、法華宗側だけでも数千人といわれる数の
   犠牲者を出している。
   なんちたって、その被害規模は「応仁の乱」(1467-1477年)を
   上回るものだったとも言われているくらいだ。


史) でも、そんなことがあっただなんて、学校では教えてくれなかった
   ような気もするけどなぁ。
   
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             寺院の武装兵士?僧兵

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学校が教えなかったのか、はたまた姫が授業をサボっていたのか、
そのへんはワシ様の知るところではないが、少なくとも、かつての
日本にも「宗教絡みの抗争」があったことを、知識として持っていたなら、
昨今起きている外国の「宗教戦争」についても、無関心で「対岸の火事」
という態度ではいられないと思うところだ。


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史)
 ああ、なるほど、日本人の「宗教オンチ」って、こういうところにも
   現れているわけか。 
   そうしてみると、それまで全く意識していなかったけれど、
   ワタシ自身も相当に「宗教オンチ」だったわけだ。
   もっとも、歴サンの場合はホンマモンの「音痴」って言えそうだけどね。

歴) 自分に都合が悪くなると話題を逸らそうとするのは、単に
   「宗教オンチ」というだけでなく、姫の根性・性根ががヒン曲がって
   いる証拠でもあるゾ。

   
史) それはさておき、織田信長(1534-1582年)が、比叡山などの
   宗教勢力に対して行動を起こしたのには、こうした時代背景が
   あったということね。
   そうだとすると、信長のやったことは、自らの力を背景にして、
   現代でいう「暴力団対策法」?を強制執行?したという感じ
   かしらねぇ。
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しかし、平和な時代の「暴力団対策法」でさえ、充分に機能している
とは言えない。 ましてこの頃は戦乱の世だ。
世の中の乱れの原因の一つにもなっている「武装宗教勢力」の
横暴な行動にストップをかけようとするなら、そりゃあ取り締まる側も
武装する必要がある。 つまり「戦争」になってしまうわけだ。
信長による、いわゆる「比叡山焼き討ち」(1571年)がその代表的な
事例かもしれん。
ただし、この辺の誤解が多いが、信長が攻めたのは江戸期以降の
「丸腰」の宗教勢力ではなく、それこそコテコテに重武装した、いわば
「軍隊」だったわけだ。
いわゆる「宗教オンチ」?や「歴史オンチ」?と言われる面々が、案外
見落しているのがこの事実だ。
そうした大誤解の弊害に比べたら、ワシ様のホンマモンの「音痴」
なぞは、まさしく「人畜無害」のレベルだと言えるかもしれんゾ。


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日本史探検隊
 姫隊長・史乃古参隊員・歴三研修隊員・記録係
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