
新潟県中越沖地震で被災し、全壊とされた神社修復の2010年05月21日以来のレポートである。 足元(地盤基礎)から足腰(土台、柱)、壁、屋根へと、本来であればこの時期、完成の日を迎えるはずであった。 ところが、土台も柱も食害にやられた形跡のなかったこの建物の本殿、幣殿小屋組みが、深刻な蟻害に遭っていたのだ。建物を現地調査した頃の季節廻りは折りしも冬。 食害の主犯は休眠期であった。 そして工事が進み、小屋組み補強から屋根替えと進んだ5月は、まさに蟻の活動期である。 本殿と幣殿の取接ぎ部分の壁板、天井板をはがすと雨仕舞いのよくない部分から小屋裏内部にかけての被害。 そして本殿鞘堂の小屋裏からも、ゾロゾロと巣くう大アリを発見したのだった。 専門業者から調べてもらうとムネアカオオアリという羽アリだという。 事前調査では発見することのできなかった悔しさのなかで、氏子さんに事実をご報告。 そして修復の手順と追加経費のご了解をいただいて、大工さんも手戻りやむなしという判断のもと、小屋組みの取替えがなされたのであった。
柱は圧縮に強いスギ、梁などの曲げ・せん断力のかかる部分はマツという、不文律に従って建てられた建物の、まさに弱点を突かれた格好でもあった。 小屋組みをなす新たな部材の一つひとつには、柿渋を塗布しての、予期せぬ上棟工事をすることにはなったが、これもひとつの貴重な経験と教訓をいただいたと思うほかない。 思いもよらない隠れた被害ではあったが、「伝統木造は修復が利く、構造体の取替えも可能」と日々言い続けている手前、職人さん、氏子さんにはあえて追加のご苦労と負担をお願いして、どうにか修復の軌道を再び歩み始めたところである。
化粧リノベーション、都合の悪い部分には「**いモノには蓋」式のリフォームも、依然として後を絶たぬ時世のようでもあるが、こうして範を示すことになる修復をさせていただくのは、ほかならぬ施主である氏子さん、町内会長さん、そして大工さんのお陰でもあり、こうして困難を乗り越えるのも、ともに受け継ぐという明確な意思と相互の信頼感があってのものだと思うと、有難さもひとしおである。
不安要因を取り除いてはじめて成る既存建物の修復。 現在は拝殿の小屋組みの修復補強のなかで、一部地垂木、飛燕垂木、茅負までを取り外しての工事が進む。 そしてキツツキによって穴のあけられた、化粧垂木の間に短冊状に並ぶの軒裏の板も一枚一枚点検と取替えがなされ、工事はいま最後の大きなヤマ場にさしかかっている。