しばらくぶりとなりましたブログ更新。 今回は被災建造物支援のヒントにもなる、動産文化財史料のレスキューにかかる、全国史料ネット研究交流集会に参加しての感想です。
一見するとジャンル違いのようにも見えるのですが、史料系文化財を古い民家・建造物系のレスキューに読み替えると、今まで見えてこなかった被災建物救援のヒントも見えてくるようです。 長文になりましたが、ご興味がありましたらご一読ください。

【進化・深化した文化財レスキュー】
都道府県単位で組織されるようになってきた史料(資料)ネットの全国研究交流集会(発表者と会場の活発な意見交換を意識し敢えて集会と呼ぶらしい)が、昨日一昨日と宮崎で開催された。 今や全国各地での史料ネットの活動は、複数県をまたぐ広域連携も含めて大きな広がりもみせ、各地に埋もれている歴史史料の救援体制はほぼ途切れなく浸透しつつあるように思われる。 また広域連携のみならず、建築士会等の異業種専門家との連携についても行動指針に盛り込んでいる史料救援団体が現れるなど、ここ数年のうちに加速度的取り組み進化と深化がみられる。交流集会では災害時のみならず、平時のネットワーク、史料レスキューに向けての対応ひろがりも報告された。これら広域連携や平時からの社会的コミットメントを意識した発表があったのは、「生命財産を守るのが先」と言われ、二の次にされかねない文化財救援の壁に遭遇しながらも、それだけノウハウ積み重ねてきたからこそ言えると評価できるのではないだろうか。
一方ひとつの課題として、被災地で一定の活動を経験して来ると、また全国的な組織化が広がると、活動のメッシュが密になりアンテナが高くなった分入ってくる情報も膨大となり、それら情報整理と峻別が必須となる。 組織メンバーが増えてくれば、ノウハウ共有もまた必須であるが、一方でノウハウの独り歩きや、マニュアル化に伴う硬直化、固定化なども無意識のうちに起こりうる。 どれ一つとして同じ災害はなく、ニーズは多岐多方面におよび、同じ受け口では対応に齟齬が生じないとも限らない。 活動側も経験が少なければ萎縮したり、ためらいも出がちで、そこで対応を固定化してはならないことにも気づかされる。

【多様化する文化財レスキューのニーズ場面】
史料レスキューのきっかけも災害時の対応のみならず、多様にあることが報告されている。 たとえば歴史ある館獲物の朱勇者から古民家ホテルに改造したいので、建物内にある史料や民具類を引き受けてほしいとか、また空き家の解体にあたり、古文書類が出てきたので見てほしいとかである。これらはありふれた日常の中で、歴史資料に対する市民意識に変化の萌芽が見えてきた兆候でもあり、知識ノウハウとしてはなくても、市民の目にこれらが「価値あるもの」として映った結果であろう。活動がSNSで取り上げられたり、災害地活動としてニュースに取り上げられたりすることで、徐々にでも平時から市民意識の中に刷り込まれていることの成果とも言える。
また災害地対応、歴史的建物のワークショップなどで、高校生や大学生がボランティア動員されることも一般化しており、文化財分野への開眼のきっかけになり、活動の中に「やりがい」や「楽しさ」を感じることで一種のファンづくりというか興味を持つ機会になったりもすることもわかってきた。一方で経済的に不自由な大学生にとってはレスキュー史料の処置や整理、目録づくりなどで長時間の活動が養成される場合、一定の報酬が支払われることも必要との意見が出された。いずれにしても生々しい現場であればこそノウハウも身に付いたり、文化財に興味を持つ貴重なきっかけにもなることからきちんと評価すべきであり、まさに文化財の持つ人と人とをつなげる力×近寄りにくい文化財の閉鎖性からの開放にもつながることと思う。 
またこれらとは一見関係のないように思える空き家対応は、文化財関係が窓口になることはないだけに、いまの時代社会の問題に対して受け身ながらも対処していかなくてはならないことを示している。


【平時から非常時を想定した、人・モノ・場所と財政基盤の裏付けが急務】
一方で対応できる専門家も資料の保管場所も資金的裏付けも限られている中、求められるニーズのままに動くこともできるとは限らない。 小さな自治体では専門職も極端に限られており、業務を兼務する場合も多い。 自治体でたった一人の専門職である場合も少なくなく、この場合他の職員に解らないことを尋ねることも叶わず、寄せられてくる多様な相談にどう的確に応えるかという問題もある。 彼ら専門家にとっても研鑽と情報共有は不可欠であり、そういう意味での広域連携の必要性もある。 また史料ネットメンバーの学芸員などは、地域固有の文化の見守り役でもあることから、「この人だから相談できる」といった属人的な要素も色濃く、その地ならではのローカルな課題にも応えられる「かかりつけ医」のような制度も必要なのかもしれないと論ぜられた。 史料・民具などの保管・整理や読み込み作業場所の確保も課題である。 民家から引き取られても整理し目録を作成してもお返しする場所もない、あるいは寄贈を受けても保管展示する場所も人もいないという課題は今や全国共通の事象にもなっている。 ここでは法的・財政的根拠をもって少ないメンバーでも安心して動けるような体制づくり、基盤づくりもまた必要であることを忘れてはならない。

 以上のように新たな形で生まれる様々な課題の中でも、文化財レスキューへのニーズは限りない。専門家にもボランティアにも、行政にも、そして所有者にもそれぞれ限界がある中で、いかに今後の活動を広げて行くべきかについて考えると、平時から史料ネットのような窓口があることを意識させる、つまりコミットメントさせる、たえず繋がりを保つ機会を持ってもらうような仕掛けづくりは失われゆくものの膨大さを考えると、一段と大切になってくる。 
防災や文化財レスキューを考える際に、いきなり「ハザードマップを見て」ではなかなか住民には根付いて行かない部分もある。 日ごろからの参加しやすさ、気やすさ、社会の中の多様な接点を最大限に活用したつながりの広がりがあれば、イザという災害時にも抵抗感少なくつながりを持ち、救援される側もする側も連絡し易くまた頼みやすい関係になることが重要だ。 SNSでの発信や平時のやわらかいイベント開催なども重要だろう。 人口減少、高齢化、歴史を担った建物が地域内において円滑に継承されにくくなる可能性が高くなればなおのこと、声高に保存を呼びかけなくてはならないことが、最前線にある専門家の二重の苦しみにもなっていることを国は真剣に考え、文化施策に反映させなくては、文化大国、観光大国とはとてもなり得ないのではないか?
断捨離ブームも手伝って、大量に歴史の記憶や証拠をなす文物が失われゆく現代、その価値性に一人でも多くの人々が気付き「価値を知らない」「わからない」と、まるごと解体業者、廃棄物業者に託することを防ぐためにも、平時からの取り組みの意味が問われていると言えよう。

【災害多発の中での、より効果のある文化財レスキューにむけて】
ご存じの通り近年各地で発生している水害対応を踏まえて、災害に見舞われた自治体もそうでない自治体も、災害対策にはハザードマップ作製、防災倉庫の整備、災害弱者の援護対策など、ハード&ソフト両面からの対策訓練が実施されている。 大きな津波が懸念される南海トラフ発生予想域では、役所機能の高台移転などの大々的な事前対策にはじまり、災害有事に動員が想定される人や組織に深く切り込んだ対策や訓練もまた必須である。 
2022年8月に大規模水害・土石流災害に見舞われた新潟県関川村では、災害から半年も経たぬ今から、社会福祉協議会がボランティアセンターの立ち上げから各種災害時の対応メニューに至るまで、組織的に想定訓練を行うと聞いた。 ボラセン立ち上げや情報公開(災害情報更新)などは、自治体の高い危機意識、住民向けサービスの生命線であり、より痛みの少ない災害復興にもつながる。
建物対応において我々の運営するもう一つのグループ「たてもの修復支援ネットワーク」は、水害発生2日後に関川村長と対応を協議。その中で最短となる日付で、国の被災者支援制度を含めた説明をしたいとの意向から、我々の提案に二階を載せるかたちで被災家屋対応の説明会を実施していただいた。 限られたマンパワーの中で地域の工務店がミスリードなく被災者対応を行うという趣旨から開催されたものだが、短期間でこのような必要対応をとれたのは、仲立ちをしてくれた関川村議と日ごろのおつきあいがあったからである。
ここから言えることは、平時から自治体の然るべき立場のある方とのつながりを持っておくことの重要性である。 また平時からの役所に面識があることは、被災時を想定した訓練にいろいろなメニューを加えるなどの提案ができることを意味する。 とくに大規模災害直後から立ち上がるボランティアセンターには、各地から支援に訪れるボランティアが多数にのぼるが、これらの方々が例えば水害ならば「水に濡れたものは外へ運び出して処分」「家屋の清掃」が中心となるが、運び出されたほとんどの物ほ仏壇お位牌などを除けば、ほぼゴミとして出してしまうという傾向が強い。
ここであらかじめボランティア作業のメニューに「必要なものは捨てずに残す」「古い資料やアルバムなどは救うことができるので、廃棄ではなく保全する」ということをメニューに入れておいてもらうのである。 残念ながらこれまでの多くの被災地では「文化財レスキュー」は特別な家の特別な支援という意識が強かった。今回の災害では「洗えば使える物まで捨てられてしまった」「捨てないように分けておいたのにいつの間にか廃棄されてしまった」」という声を聴いた。
そんな意味から、災害救援で大きなマンパワーとなる災害ボランティアメンバーの中にあらかじめ「文化財レスキュー」「大事なもの、残したいものを守る」意識を持ってもらうのは、まさに災害が起こる前、平時にこそその運営母体となる社会福祉協議会との申し合わせによってなされるものとではないだろうか?
文化財の概念も指定や登録などされていないものであっても「文化財たり得る」ことは、広く認知されつつある。水に浸かっただけで捨てるには忍びないものや貴重な史料があるかも知れない」といったことを事前に知らせておけば、復旧復興に向けたこういった意識の高い活動自体より良い評価になるのではないだろうか。
ボランティア作業は、限られた人数、時間の限られた中での短時間勝負であることを否定はしない。 しかしながら災害地における人助けは何かと問われれば、「被災者や地域に思いを寄せる」ことであることを忘れてはならない。
 仏壇やお位牌だけではない、思い出のもの、先祖代々のものへの思いを馳せることから、心の通ったレスキューになるのであれば、決して文化財や史料は後回しにはならないはずである。
建物も所蔵品も、その地、その人の復興のエンジンになり得ることを忘れず「捨てる前にひと呼吸を!」と歴史・民俗資料系の人々も臆することなく、災害支援ボランティアに声がけをしてほしいものである。

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今回はリモート参加で、提供できる映像がありません。 写真は4年前、2018年11月17日の全国集会時の取り組み呼びかけのために、元締めである国立歴史民俗博物館にある、人間文化研究機構より提供されたものです。