erictheredイベ・“エリック”ハンソンは新生活を夢見てデンマークからカナダに移住し、オンタリオ州グリムズビーに住み着いた。左官職人で、ボクシングの経験もあった。しかし、185センチ、140キロ以上の巨躯を生かすにはプロレスこそ天職であることを発見し、テレビ放送されたカール・ゴッチ戦を通じて、1960年代後半のバンクーバー・オールスターで一躍有名となった。
その短いキャリアの殆どで、徹頭徹尾バイキングの装いを施したエリック・ザ・レッドを名乗った。ブルース・スウェイツと親交を深め、スウェイツのブッキングでバファロー、オクラホマ、フロリダを転戦した。また、ジョージ・キャノンをマネージャーに、トロントのIWAのリングにも上がった。スウェイツは「彼はプロレス界の最高の大男の一人だったと思う。逆立ちして歩くことのできる奴だった。サッカーボールを5分間リフティングできた、片足でね」と語った。
骨を持ち歩くエリック・ジ・アニマルとして、1973年、ジョニー・パワーズを下してNWF北米選手権を奪取した。パワーズはハンソンのことを「ほんとにいいレスラーだった。リング上ではお見事としか言い様がなかった」 197811月、フロリダで自動車に衝突されて死亡、将来を嘱望された短いキャリアを閉じた。