neilguay
プロレス史上ハングマンのニックネームを用いたレスラーは多数存在したが、中でも絞首刑用ロープを持ち歩いたケベック出身のネイル・グアイは突出した存在であった。WWWFにおいてはボブ・バックランドやペドロ・モラレス、新日本プロレスではアントニオ猪木といったメインイベンタークラスとの対戦経験がある一流レスラーであった。
警察官だったグアイは勤務時間外では柔道の達人として鳴らし、レスラーのデニス・ゴーティエに説得されてプロレス入りし、パット・ジラルドの指導を受けた。ケベック一帯で、ル・ボレー(死刑執行人)の名で暴れまわった。
1970年代に最盛期を迎え、AWAではサージェント・スローター、カリフォルニアではプロフェッサー・トール・タナカ、チャボ・ゲレロらと抗争を展開した。WWWFではクラッシー・フレディ・ブラッシーをマネージャーに、ラフでタフな悪役として鳴らした。事実、南アフリカ遠征においては、暴動発生中にファンに切りつけられた逸話を持つ。病院に行ったものの、プロレスファンでグアイ嫌いの医者からまともな治療を受けられなかったため、腕の傷が悪化して、急いでモントリオールに戻り、治療を受け直さなければならなくなった。
1986年、「休みたかったから」現役を引退した。5年後、自動車事故で重傷を負い、首の骨を骨折した。
現在は杖つき歩行を余儀なくされ、記憶力も「あんまりよくないんだ」。画家としても成功を収めている。