この連載も六十号。つまり丸五年も続いているワケでして、六十個もの演劇用語をお伝えしてきました。なかなかな数ですが、お話ししていない専門用語はまだまだあります。あるんですけど、ただ余りに専門的すぎて説明しても面白くない用語もありまして、どうしたもんかなとか思っておりますが、まあもう暫く続けてみましょう。


さて、長かった「乱鶯」公演も無事に全公演が終了いたしました。あ、無事と言っても色々とあったのですが、まあ終わりました。終わりましたので、やっと言える演劇用語が出てきました。それが今回ご説明します「スッポン」です。ああ、甲羅の丸い亀で滋養強壮に効くヤツ? それもスッポンですがそれとは違います。じゃ、トイレが詰まった時にガポガポするヤツ? だから違いますって。

「乱鶯」での私の役は勘助という居酒屋店主だったのですが、序盤で死んでしまいます。いや、殺されたとかではなく単なる病死なのですが、まあ死んじゃうんですね。ではその後の出番はどうなるのか。双子の弟とか息子とか、はたまた全く別の人間なのか。いえ、実は幽霊として出てくるのです。
死んじゃったから幽霊として出てくる。至極まっとうな展開なのですが、今回は本格時代劇と銘打っておりましたので、結構予想外だったようで驚かれました。江戸時代には普通に幽霊が信じられていたそうですから、これもまた本格時代劇と言えるのではないでしょうか。ていうか作の倉持裕さんのお得意の手法なんですけどね。
一応、私が幽霊で再登場することはネタバレ禁止で言っちゃいけなかったんですよ。しかし、スッポンの説明をしようとするとどうしても幽霊の話をしなくてはいけなくなります。なので自粛しておりまして、今回やっとご説明できるというワケです。

しかしねえ、幽霊のメイクが大変だったんですよ。明るくて元気な幽霊だったもんですから、ちょっと白っぽくなる程度でいいかなとか思っていたのですが、演出のいのうえさんからは「もっと白くもっとおどろしく」という指定が入りまして。明るい幽霊だからこそ見た目は怖くゾンビのようにして欲しいという要望でした。で、映画「マッドマックス」のウォーボーイズのように目の周りを真っ黒にしてみたのですが、表情が判らなすぎてダメが出て、その後色々と試行錯誤の結果、まあご覧頂いたような幽霊になったというワケです。
もちろん手足も首も白く塗りましたもんですから、白のファンデーションの減りが早い! あっという間になくなります。さらに困ったのが、持つモノ全てが白くなること。メイク道具の筆やパフはモチロンのこと、台本やらコップやら、出番の合間に触るiPhoneやらiPadまで白くなってしまうという体たらく。困ったもんです。

おや。一向に「スッポン」が出てきませんね。いやいや、これからです。まずは「迫り(せり)」からご説明しないといけません。迫りとは舞台機構の一つで、舞台の一部分を切り抜いて、そこにリフターのように上下動できる昇降装置を入れたモノです。これによって舞台の下からセットや俳優を迫り上げることができるのです。
一説にはローマ帝国のコロッセオで一世紀から使われていたとも言われていますが、日本では江戸中期に歌舞伎の仕掛けとして使われ始めました。もちろん人力です。相当な労力だったでしょうが、観客にはそれはそれは驚かれたことでしょう。今では大抵の大劇場には設置されている一般的な機構です。

そして、花道の七三の位置に用意されている小型の迫りのコトを「スッポン」と言います。「七三(しちさん)」というのは花道を十等分したとして、舞台から三の位置のコトでして、丁度見やすくインパクトがあるので、歌舞伎俳優が見得を切ったりする場所ですね。その部分に小さな迫りがある場合、それをスッポンと呼ぶのです。

現代演劇ではその限りではありませんが、歌舞伎の世界ではスッポンから出てくるのは幽霊や化け物などの人外(じんがい)のモノであるのが一般的です。ですから、今回幽霊役であった私もスッポンから出ることができたのです。
今までの私は、迫りで上がってきたり花道から登場したり盆で廻ったりしたことはありましたが、スッポンから出たことはありませんでした。つまり初スッポンです。いやあ、やっぱり嬉しかったですね。何やら特別感があるというか、レアな体験ではありますが、要するに幽霊役だったってコトなんですけどね。

ところで、新橋演舞場や梅田芸術劇場にはスッポンがあるのですが、北九州芸術劇場にはスッポンがありません。ていうか花道すらありません。花道を使った演出は客席通路を使うことで解決しましたが、ではスッポンはどうなったのか。気になりますよね。
ええと、自分で暗幕を持って隠れながら客席通路から登場しました。しかも腰には特効さんが用意してくれた小型煙幕発生装置(リモコンで遠隔作動可)という最新テクノロジーをぶら下げて。そしてしゃがんだ状態から煙と共にゆっくり立ち上がり、さらに背伸びまでするというアナログっぷり。テクノロジーとアナログのシナジー。これこそが現代演劇です。何を言っているのやら。

そんなこんなの「乱鶯」幽霊顛末記。いやあ、幽霊って大変なんですね。取りあえず、手を白く塗るといろいろ大変なんだというコトだけご理解頂ければ幸いです。


yahata

本文とは関係ありませんが、世界遺産となった官営八幡製鐵所旧本事務所。遠くからしか見られませんが、JRの線路とのコラボが印象的です。


粟根まこと


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あわねまこと○64年生まれ、大阪府出身。85年から劇団☆新感線へ参加し、以降ほとんどの公演に出演。劇団外でも、ミュージカル、コメディ、時代劇など、多様な作品への客演歴を誇る。演劇ぶっくコラム「粟根まことの人物ウォッチング」でもお馴染み。


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