連載小説「煩悩サンスクリット」山田佳奈

第108回(最終回)「さようなら、好きな」

bonnou108
挿絵:小野寺ずる

「本当にごめんなさい」
わたしは会釈をして、彼女に背中を向けた。だからもう彼女がどういう顔をして、わたしを眺めていたかなんてわかない。もしかしたら、あちらもすぐに歩き出したのかもしれない。でも暴言を吐かなくて良かった。死ねよ馬鹿女わたしの男を返せてめえクソばばあ、などと、惨めな言葉を吐かなくて良かった。もしも吐けるだけ吐いていたら、過食嘔吐と同じで、きっと一生治らない傷になっていたと思う。わたしの記憶のリストカット。手首に残らない程度の感傷。
大人になったら、わたしもあの人みたいになるんだろうか。あの人みたいにやわらかく笑って日常をやりすごしていくことになるんだろうか。
わたしは試しに、もう一度、彼女のことを振り返ってみる。しかし彼女はすでに煙のように消えていて、あの微笑みの行方はもうわからなくなっていた。

「嘘つきじゃん」

わたしは口に出してみる。
そして自転車を止めた場所に戻ると、静かに歩き出す。
そして、さようなら。心のどこかで言葉にする。大好きだったよ。
わたしは自転車をこぐのに、再び地面を蹴った。新しい音楽が必要だった。


【連載小説「煩悩サンスクリット」の展示を開催決定!】
3年間の連載ご愛読ありがとう御座いました!
読者の皆様に感謝して、連載小説「煩悩サンスクリット」の記念展示を、5月7日(土)・8日(日)開催することが決定しました。会場では小野寺ずる画伯の108枚の煩悩数のイラスト展示やミニイベントを行います。
さらに、□字ック第11回本公演『荒川、神キラーチューン』のチケット先行販売も同時に行います!会場にてチケットを最速ゲット!限定プレゼントももらえちゃう!?会期中は□字ックのメンバーが集合して皆さまをお出迎え!ぜひ足をお運び下さい!!

<日時>
5月7日(土)、8日(日)の12:00~20:00

<場所>
下北沢ギャラリー HIBOU HIBOU
東京都世田谷区北沢2-7-2
下北沢駅南口かより徒歩2分
公式サイト:http://gallery-hibou.com/ ←アクセス情報はこちらから

<常設展示>
演劇ぶっくWEBサイト【演劇キック】にて連載中の
「煩悩サンスクリット」(山田佳奈 連載/小野寺ずる 挿絵)
3年間&全108話の軌跡を小説・挿絵とともにたどります!

<ミニイベント>
①    7日18時より 
「荒川、神キラーチューン」チケット発売記念!キャストによる対談&Ustream生放送!
②    8日18時より 
連載小説「煩悩サンスクリット」完結記念!リーディングライブ開催!

★入場無料・自家製ドリンク発売★
★皆様のご来場お待ちしております!ぜひともお気軽にお立ち寄りくださいませ★


山田佳奈

やまだ

プロフィール
やまだかな〇東京を中心に活動している劇団ロ字ック(ロジック)の作家・演出・役者。レコード会社のプロモーターから演劇の世界へ。 20代、30代の男女の深層をリアルに描く『人間のナナメ読み』によるエッジの効いた戯曲と、ポップで疾走感ある演出が持ち味。閉塞的な人間関係の中で紡 ぎだされる等身大の女性の本音を深く迫る作品に、同年代の女性を中心に共感を得る。サンモールスタジオ2013年最優秀演出賞を受賞、演劇ポータルサイト 「CoRich舞台芸術まつり!2014」グランプリ、2014年度サンモールスタジオ最優秀団体賞受賞。2014年7月俳優座劇場で外部作品を演出を経 て、2015年3月穂の国とよはし芸術劇場PLATで上演された「話しグルマ」(近藤芳正 演出・構成/小野寺修二 ステージング)に脚本・演出助手・構成で参加。バンドのライブ総合演出や音楽界の『夏フェス』ならぬ小劇場界の『鬼フェス』を主催し、全団体の総合プロ デュースを行うなどエンターテイメ ント業界でマルチに活躍中。

【公演情報】
ロ字ック公演
『荒川、神キラーチューン』

OUT
INSIDE

作・演出:山田佳奈
6/29〜7/3◎東京芸術劇場シアターウエスト
7/9・10◎穂の国とよはし芸術劇場PLATアートスペース



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第107回「速度」

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さしえ:小野寺ずる

我々の高校生としての寿命は短い。その中での、2か月と3週間は、ひと夏のセミと同じだ。大いに鳴いて生命を謳歌したらいい。するとのっちが急に何かに気付いたかのような顔をして、わたしに問いかける。
「そういえば、あの踊り場のメールの人は結局どうなったの?」
前田あつ子。彼女も、この学校のどこかにいるのだろう。わたしは少しおかしくなって笑う。
「会ったよ…そんでパンケーキも食べた」
「パンケーキ?何で?」
わたしは彼女に今までのことを全て打ち明ける。するとのっちは頬を少し膨らませて「わたしもそのパンケーキ食べてみたかった」と言った。きっと彼女なりに心配していると伝えたいのだろう。わたしは急にのっちが愛おしくなって、ありがとう、とだけ告げた。
放課後、わたしたちは互いの健闘を祈って別れる。いつもと同じように、またね、じゃあ明日。そう言って、自転車のペダルに力を籠める。走れ走れ走れ。ぐんぐん上がるスピード。わたしの呼吸も少し上がる。ふと、わたしは、あの日、前田あつ子と向かったホテルのラウンジを想った。アイスカフェオレとクロックマダム。モエの泣き顔に、ジーンズの女の線の細い座り姿。隆にまつわる物事が、全部が幻のようだった。
するとわたしの目の前に、あのジーンズの女が現れたのだ。
なんてことのない感じで、彼女は、町田駅改札からまっすぐ伸びる階段を降りてきた。ヒールの踵の音がリズム良く、雑踏をゆらす。そしてそのままわたしに背中を向けるように、歩き去って行こうとする。うすいピンク色のジャケットに、花柄のタイトスカート。その後ろ姿はまぎれもなく、あのジーンズを履いていた彼女だった。すぐにわたしは自転車を近くの電信柱の下に止め、彼女の残り香を追いかける犬のような気持で後を付ける。これを逃すと、彼女には二度と出会えない。そう思った。だからどうしても声をかけたかった。わたしの鼓動が歩みを急かす。あと数メートル。いや、数センチ…。

「すいません」

自分でも思ってみないほどの大きな声が出た。すると彼女が振り返る。ピンクベージュのリップグロスにしっかりと描き込まれたアイブロウ。あのときと同じ、キレイな人だと思った。
「あの……すいません、急に」
「はい」
「えっと…」
わたしが言葉を選んでいる間にも、彼女は何も疑うことなくわたしをじっと見つめている。声をかけてからの目的なんてなかった。ただ、彼女の眼に、わたしの姿を映しておきたかった。
「すいません…人違いでした」
「ああ、そうですか」
そう言うと、彼女はやわらかく笑った。この人はこういう顔をして笑うんだな。それが何だか悲しかった。

山田佳奈

YAMADA

プロフィール
やまだかな〇東京を中心に活動している劇団ロ字ック(ロジック)の作家・演出・役者。レコード会社のプロモーターから演劇の世界へ。 20代、30代の男女の深層をリアルに描く『人間のナナメ読み』によるエッジの効いた戯曲と、ポップで疾走感ある演出が持ち味。閉塞的な人間関係の中で紡 ぎだされる等身大の女性の本音を深く迫る作品に、同年代の女性を中心に共感を得る。サンモールスタジオ2013年最優秀演出賞を受賞、演劇ポータルサイト 「CoRich舞台芸術まつり!2014」グランプリ、2014年度サンモールスタジオ最優秀団体賞受賞。2014年7月俳優座劇場で外部作品を演出を経 て、2015年3月穂の国とよはし芸術劇場PLATで上演された「話しグルマ」(近藤芳正 演出・構成/小野寺修二 ステージング)に脚本・演出助手・構成で参加。バンドのライブ総合演出や音楽界の『夏フェス』ならぬ小劇場界の『鬼フェス』を主催し、全団体の総合プロ デュースを行うなどエンターテイメ ント業界でマルチに活躍中。

【公演情報】
ロ字ック公演
『荒川、神キラーチューン』

arakawa

作・演出:山田佳奈
6/29〜7/3◎東京芸術劇場シアターウエスト
7/9・10◎穂の国とよはし芸術劇場PLATアートスペース



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第106回 「大人になるっていうのは、こういうことさ」

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挿絵:小野寺ずる

隆にはあれから全く連絡をしていない。実際、なんて連絡していいかわからないから放置した。連絡する意味もないんだけど、でも、あれからどうしていいかわからなかった。いつぞやの、のっちの彼氏が喧嘩した時に言ってた「好きなんだけど、なんて返していいかわからないから放置してた」ってやつがすごくしっくりくる。
わたしは隆のことを一生嫌いにはなれない。超好き。
でもキスをしたりセックスをしたりすることは、もうないと思う。
それでいい。わたしはまた誰かを好きになる。それはたぶん絶対。それで、そのうちの幾つかは超純愛で、また幾つかは怠惰ななし崩しの関係で終わるようなものかもしれない。いろんな男と出会うってキスをしてセックスをする。これもたぶん絶対。でもわたしは、隆のことをちょくちょく考えるのだと思う。かけがえのない人。それは確かなことで抗うこともなく受け入れる。今後この感情が変化してしまうかもしれない。でもそれはそれでいい、っていうか、そういうもんだと思う。わたしは人間だから。ちぐはぐでいい。
だから例えば、隣にいるのっちが彼氏と別れたとしても、わたしは悲しんだりしない。たぶんのっちは号泣するだろうけど、それでいいんだよ、って言いたい。そういうもんなんだよ。わたしたちが大人になっていくっていうのは。

「ねえ」
「何?」
「あっくんと付き合ってどのぐらい?」
「3カ月」
「そっか」
「あ。ちょっと待って、違うかも。まだ2か月と3週間だ」
「ああ」
「嘘ついちゃった」
「その嘘どうでもいいんだけど」
「だって大事なことじゃん」
「何が?」
「だってさあ、あっくんとわたしがどのくらい付き合っているかっていうのをちゃんとしておかないと。そういうのがズレてきちゃうとカップルっていうのは別れるわけじゃん。お互いの言ってることとか共通の情報とか。案外大事なんだよ。同じものをちゃんとしておくっていうのは」


山田佳奈

YAMADA

プロフィール
やまだかな〇東京を中心に活動している劇団ロ字ック(ロジック)の作家・演出・役者。レコード会社のプロモーターから演劇の世界へ。 20代、30代の男女の深層をリアルに描く『人間のナナメ読み』によるエッジの効いた戯曲と、ポップで疾走感ある演出が持ち味。閉塞的な人間関係の中で紡 ぎだされる等身大の女性の本音を深く迫る作品に、同年代の女性を中心に共感を得る。サンモールスタジオ2013年最優秀演出賞を受賞、演劇ポータルサイト 「CoRich舞台芸術まつり!2014」グランプリ、2014年度サンモールスタジオ最優秀団体賞受賞。2014年7月俳優座劇場で外部作品を演出を経 て、2015年3月穂の国とよはし芸術劇場PLATで上演された「話しグルマ」(近藤芳正 演出・構成/小野寺修二 ステージング)に脚本・演出助手・構成で参加。バンドのライブ総合演出や音楽界の『夏フェス』ならぬ小劇場界の『鬼フェス』を主催し、全団体の総合プロ デュースを行うなどエンターテイメ ント業界でマルチに活躍中。

【公演情報】
ロ字ック公演
『荒川、神キラーチューン』

arakawa

作・演出:山田佳奈
6/29〜7/3◎東京芸術劇場シアターウエスト
7/9・10◎穂の国とよはし芸術劇場PLATアートスペース



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