20年以上にわたって女性だけの出演者により、上質で極めて馬鹿馬鹿しく
ブラックなナンセンス喜劇を生み出してきた喜劇団「げんこつ団」
団長・一十口裏による妄想サーカス。

第54回 軌道を廻る

「先ほど、川崎市の小料理屋店主、池山作蔵(67)さんが、
 種子島宇宙センターから、打ち上げられました。」

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みるみると、作蔵さんは打ち上げられた。
雲を越えて、大気圏を越えて、やがて地球の軌道を廻りだした。

和帽子を被り、扱き染めの作務衣に前掛けといった、
いつもの出で立ちで、作蔵さんは、軌道を廻りだした。
双眼鏡を手に、廻りだした。

勇太は緊張していた。初めてのデートだった。
何を着ようか、何を話そうか、一晩中考えた。
なのに、結衣の行きたいと行っていた店の、
場所を調べておくのを忘れていた。

駅の前の変な銅像の台座に結衣を座らせて、
勇太はスマホで場所を調べた。
住所を入れてしばらく待つと、
スマホにはどちらが北かも分からぬ手書きの地図が表示され、
達筆な字で、「多分この辺」と書かれてあった。

祥子は参っていた。ここのところずっと雨だ。
しかしどうしても、布団カバーとシーツを洗濯したかった。
飼い猫の毛がこびりついているのは全く平気だったが、
なんとなく湿気ているのがどうしても嫌だった。

窓を打ち続ける雨の音を聞きながら、
祥子はスマホで台風の進路を調べた。
アプリを立ち上げしばらく待つと、
手書きの日本地図らしきものが表示され、
達筆な字で、「多分この辺」と書かれてあった。

関田は困っていた。面倒臭い仕事を任された。
ある国の軍事基地の情報を極秘に、しかも独自に手に入れねばならない。
それを元にした極秘会議が、明日の夕方には、開かれる。

しかし衛星写真を何枚見ても、
それは手書きで、よくわからない。
それは何かと尋ねてみても、
達筆な字で、「多分ミサイル?」と帰ってくるだけだった。

全国的に、目的地はぼんやりした。
天気の予想も、ぼんやりとした。
危機的状況の把握も、ぼんやりとした。

そのうち、人々の思う地図も地形も、ぼんやりとしてきた。
列島の輪郭や、世界地図の形も、ぼんやりとしてきた。

筆で描かれた作蔵さんのそれが、私たちの世界となった。
小料理屋のお品書きのような文字が、私たちの拠り所となった。

今日も作蔵さんは、老眼の目をしばしばさせながら、
宇宙空間に浮かび、双眼鏡を覗いている。

月の出ていない、空気の澄んだ夜に、
注意深く空を見つめてみたら、
あなたにも作蔵さんが、見えるかもしれない。


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【著者プロフィール】
profile
一十口裏
いとぐちうら○ 「げんこつ団」団長
げんこつ団においては、脚本、演出のみならず、映像、音響、チラシデザインも担当。
意外性に満ちた脚本と痛烈な風刺、容赦ない馬鹿馬鹿しさが特徴。
また活動開始当初より映像をふんだんに盛り込んだ作品を作っており、現在は映像作家としても活動中。

【活動情報】
dakuryu
げんこつ団『濁流サイダー』
2017年11月29日(水)〜12月3日(日)@駅前劇場
脚本・映像・音響/一十口裏 演出/一十口裏・植木早苗 振付/植木早苗
出演/植木早苗 春原久子 大場靖子 河野美菜 池田玲子(10・Quatre) 望月文
津波恵 久保田琴乃 三明真実 皆戸麻衣(ナイロン100℃) 林佳代 古川万城子



【えんぶ版】妄想危機一髪、連載中!

『えんぶ7号』


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第53回 毎日の仕事

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「おい水島くん、この書類を営業二課にサンバしといてくれ」

「はーい」と立ち上がった水島さんは、小気味良くホイッスルを吹き鳴らし、小刻みにサンバのステップを踏んで、部屋を出ていく。
今日も我が社は活気に満ちている。この御時勢にこんなにもリズミカルに仕事が出来るなんて、俺はとても恵まれている。

ルンバのステップを踏みながら、部長が俺に言う。
「どうだ、山口商会は?やはり難しいか」
「ええ、なかなかワルツしてくれませんで」
「んーそうかー」
その傍らで平岡が菊田さんに聞いている。
「ねえ、これって、サンバだっけマンボだっけ、ジルバだっけルンバだっけ?」
「あ、マンボです」
「まあ仕方ない。村田くんと菊田くんで、ジルバよろしく」
部長はセクシーなルンバで立ち去り、俺は菊田さんとジルバを踊る。
「あ、村田さん。丸島建設にサルサ、しておきました」
情熱的にマラカスを振りながら平岡が報告するので、俺はジルバのステップを崩さずに答える。
「ところで昨日の山口商会のクイックステップ、あれタンゴしといてくれた?」
「やっべ!まだです」
「しょうがねえなあ」

なんて充実した毎日だ。
こうして毎日をダンサブルに過ごしていると、諸々の小さな悩みなど吹き飛んでしまう。
そこに経理の桜井さんが、パドブレを踏んでやってきた。
俺はいつも見とれてしまう。そのバレエはいつも華麗で繊細だ。
彼女は真っ直ぐに部長の前に行き、背筋を伸ばしたまま深く腰を沈めた。
「岡崎部長、プリエです」
「おお、ありがとう」
そう答えた部長は、今はエアロビのステップを踏んでいる。
俺は平岡と身体を密着させて官能的なタンゴを踊りながらも、秘かに彼女を目で追う。
このひとときが一日で一番、心潤う瞬間かもしれない。

しかも今日は彼女は、俺の前で立ち止まった。
「あ、経理からです」と、差し入れを手渡してくれた。
さすがに俺はタンゴのステップを止めてそれを受け取った。
俺にはバレエは到底無理だが、出来るだけ繊細な動きでそれを受け取った。
それだけで部屋の空気が一気に澄んだ気がする。

うっとりと彼女の華麗なステップを見送ると、
部屋では真っ赤な薔薇を口に咥えた菊田さんがフラメンコのリズムで力強く足を踏み鳴らし、
部長は「ブイーン」と言いながら、激しくキレのあるブレイクダンスを始めている。
その傍らでは掃除のおばさんがヒップホップダンスで飛び回っている。
でも俺は黙っていられなかった。

「部長!」
床に寝転び、背中でスピン中の部長は、動きを止めて俺を見上げた。
「どしたー」
「ブレイキング中、すみません。これ、経理の桜井さんから」
「おお、まんじゅうか」
すると平岡も菊田さんもステップを止めて集まってきた。
「あっ、これ有名なやつじゃん?」
「すっごい美味しいらしいですよ」
「並ばないと買えないやつじゃん?」
「並んでもなかなか買えないんですって」
「ね、ちょっとだけ中断して、食べません?」

さすが桜井さん。全然関係ないのに、俺は鼻高々だ。
「しょうがないな。じゃ。ちょっとだけ、パソドブレするか」
思わずヒュー!と声を上げそうになった。そういうところ、好きっす、部長。
俺は誰より早く、自分の定位置についた。
毎日のステップで足腰はボロボロだし、仕事が終われば泥のように眠るだけの日々だがしかし。
毎日こうしてリズミカルに踊れるだけで、充分に幸せだ。俺はかなり恵まれている。
そのうえ今日はなんていい日だ。俺は桜井さんの美しい手さばきを真似て、ゆっくりと手を伸ばした。
そうして全員の勇ましいステップが部屋に響き渡る。
この先にもこんな日々が、永遠に続くといいと思った。

しかしそこに小気味良いホイッスルの音が近づいてきた。
水島がサンバのステップで戻ってきた。
その馬鹿みたいに陽気な動きとリズムと裏腹に、水島の表情は固かった。
「部長、大変です…!」
俺は小さく舌打ちした。水を差すなよ水島よ。
「今、情報が入ったらしくて、片岡コーポレーションが遂に、我が社をチャチャチャしたと…!」

なんということだ。
確かにそんな噂はあったが、まさか本当にチャチャチャするとは。
俺は思わず部屋を飛び出した。
各部署からもわやわやと人が出てきて、それぞれのステップで右往左往している。
チャチャチャ…チャチャチャ…?チャチャチャ…チャチャチャ…?
大きな社屋中が、ショックと戸惑いの呟きで満ち満ちている。
会議室のテレビからは、我が社の突然のチャチャチャについて報じられている。
いったいこれからどうなってしまうというのか。俺の目の前は真っ暗になった。

しかし心配はなかったのだ。
翌日、我が社は決起した。
「こうなったら我が社は直ちに、ポルカだ」と、力強い声明が発表された。
そうして社内の全員が、一致団結した。
そうして俺たちは、ポルカを踊り始めた。
それからというものの、毎日がポルカだ。
役職の垣根を越えて、部署の垣根を越えて、社内の全員が手を取り合って、
列になり輪になり、同じリズムで、同じステップを、踏むのだ。

牧歌的なポルカのリズムが社内に響き渡る中、あちこちで回る、ポルカの輪。
そのなかで回りながら、俺は今日も、桜井さんの姿を探す。
バレエを踊る桜井さんを見られなくなったのは残念だが、
いつか互いの手を取り合って、共に踊れる日がくる。
互いに腕を組み、同じリズムでスキップし、見つめ合って踊れる日が来る。
そう思うと、今の日々も悪くない。
この先にもこんな日々が、永遠に続くといいと思う。


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【著者プロフィール】
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一十口裏
いとぐちうら○ 「げんこつ団」団長
げんこつ団においては、脚本、演出のみならず、映像、音響、チラシデザインも担当。
意外性に満ちた脚本と痛烈な風刺、容赦ない馬鹿馬鹿しさが特徴。
また活動開始当初より映像をふんだんに盛り込んだ作品を作っており、現在は映像作家としても活動中。

【活動情報】
げんこつ団『濁流サイダー』
2017年11月29日(水)〜12月3日(日)@駅前劇場
脚本・映像・音響/一十口裏 演出/一十口裏・植木早苗 振付/植木早苗
出演/植木早苗 春原久子 大場靖子 河野美菜 池田玲子(10・Quatre) 望月文
津波恵 久保田琴乃 三明真実 皆戸麻衣(ナイロン100℃) 林佳代 古川万城子



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第52回 プリマ

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平日の夕方。

誰もが家路を急いでいるのか、人の波は絶えなかった。

オフィスビルから一気に溢れ出てきたサラリーマン達の急流に、

第5ポジションで立つ奈央のチュチュは揺れた。


二人はとても幸せだった。そのはずだった。

両足のトゥシューズが、キュッとキツく感じる。

剥き出しの肩をかすめる風が、やけに冷たく感じる。

まだまだ季節は、変わらないはずなのに。


スーツ姿の男女の隙間に見えるチュチュは、徐々に躍動を始めた。

気付けば奈央は右に左に、パドブレを踏んでいた。

いつもならそろそろ浩明も残業を終えて、このビルから出てくる。

よく似た背格好のスーツが見えるたび、思わずアティテュードしたくなる。

しかしいったい、どんなパで迎えればいいのか。

浩明の横をいつもシェネして歩いた公園も、なんだか遠く感じてしまう。



総務の浩明と経理の奈央は、このビルの廊下で出会った。

浩明は休憩中。奈央はピルエット中だった。

浩明は特に目立たぬ男であったが、

奈央は浩明を一目見て、そのチュチュを微かに震わせた。


その日から少しずつ会話を重ねていくほどに、

浩明の心は弾み、奈央のジュテは高まった。

浩明の日々はときめき、奈央のプリエは深まった。

そうして二人はいつか、グラン・パ・ド・ドゥを踊るはずだった。

なのに何故。


グラン・プリエで伝票整理をしながら、奈央は思った。

深いプリエで捲れ上がったチュチュに、奈央は埋もれて思った。

このまま一生、誰も私を、リフトしてくれないのかもしれない。

それどころか、誰一人として、第1ポジションさえとってくれないのかもしれない。



奈央もかつては、群舞であった。大勢の群舞であった。

群舞であった奈央は、たった一人のプリマを目指し、互いに闘わざるを得なかった。

奈央は奈央に、負ける訳にはいかなかった。

奈央も奈央も、血の滲む努力をした。


そうして、一人また一人と、

奈央は奈央を打ち破り、奈央は奈央を打ちのめし、

ときには卑怯な手を使ってでも、奈央は奈央を、蹴落とした。


そうして大勢の奈央が、玉砕し、犠牲となった。

その死屍累々たる奈央のうえに、今のプリマの、奈央がある。

いつか誰かとグラン・パ・ド・ドゥを踊る、ただ、そのために。

なのに何故。



奈央は浩明の周りを思い切りシャッセして回り、アロンジェしたかった。

逃げる浩明をパ・クリュで追って、フェッテで捩じ伏せてやりたかった。

その上で高らかに、ルルベしてやりたかった。

フェッテにフェッテを、繰り返してやりたかった。


しかしもういくらグラン・ジュテしても、無駄だということは分かっていた。

ここでいつまでパドブレ踏んでても、浩明は現れない。



先週、仕事を理由に約束を取り消した浩明は、ここに居なかった。

このオフィスではなく、いつもの公園を通って、

奈央が今度二人で行きたいねと、言ったはずのバーに向かった。



奈央は聞いてしまった。

その浩明の傍らで鳴り響く、カスタネットの音を。

激しく足を振り下ろし、踏み鳴らされる、サパティアードの音を。


奈央は見てしまった。

その浩明に向かって、情熱的に打ち振られる、真っ赤なスカートを。

激しく両手を振り上げ、妖しく宙を舞う、魂のフラメンコを。

そしてその二人の後に続いて、ギターを搔き鳴らすヒゲの男を。



浩明はそのギターの音に、小さくステップを踏み始めていた。



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【著者プロフィール】
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一十口裏
いとぐちうら○ 「げんこつ団」団長
げんこつ団においては、脚本、演出のみならず、映像、音響、チラシデザインも担当。
意外性に満ちた脚本と痛烈な風刺、容赦ない馬鹿馬鹿しさが特徴。
また活動開始当初より映像をふんだんに盛り込んだ作品を作っており、現在は映像作家としても活動中。

【活動情報】
・げんこつ団最新作 2017年11月29日(水)〜12月3日(日) 駅前劇場
・海外ドラマ『UnREAL』日本語吹き替えディレクション TBSオンデマンド配信



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えんぶ6号、7/10発売!


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