20年以上にわたって女性だけの出演者により、上質で極めて馬鹿馬鹿しく
ブラックなナンセンス喜劇を生み出してきた喜劇団「げんこつ団」
団長・一十口裏による妄想サーカス。

第61回 めんせちゅ

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長年、採用担当として我が社の面接をおこなってきたが、
最近の若者のはっきりとしない態度には嫌気が差してくる。
次に部屋に入ってきた若者も、また生気のない顔をした奴だ。
同じく長年面接官を勤めている同僚と顔を見合わしてため息をつく。

同僚が着席を促し、私が早速質問に入る。
「君はあれかな。夜泣きは?よくする方?」
同僚がそれに続く。
「2時間置き程度?それとも3時間置き?」
若者は何も答えず、ただ我々を見る。
いったい何だと言うのだ。
私は仕方なく咥えていたおしゃぶりをちゅぽんと外して再び問う。
「夜泣きだよ」
「しませんけど…」

頭をすっぽり覆った白い頭巾、
その顔の周りをぐるっと囲んだフリルを揺らして、
同僚がため息混じりに言う。
「なるほどね」
生意気な奴だ。
しかもこんな当たり前の質問にも即答出来ない。
こいつは駄目だ。また駄目だ。
それならとっとと、終わらせてしまおう。
私はおしゃぶりを咥え直して、口の端で早口で次の質問に移った。

「では我が社を志望した動機と、
 この業界についてどのような興味と展望を持っているか」
一瞬、身を乗り出した若者を目の端に捉えながらも続けた。
「また好きなご本と、オムツのメーカー、
 その取り替え回数について、お教えください。」
「……え?」
若者は再び硬直した。私は苛ついた。
同僚も同じ気持ちなのだろう。
お気に入りのタオルを強く握りしめて、答えを待たずに問うた。
「うんちは?」
「え?」
「固め?それとも柔らかめ?」
「……。」

若者はなにも答えない。
同僚が握りしめたタオルを口に運び、しゃぶり始めた。
私は思わず、首にかけたヨダレかけを震わせて声を荒げた。
「なに?君。こういうのは普通事前に考えてくるもんじゃないの」
「あの…」
同僚のタオルをしゃぶる音が大きくなる。
それを見つめつつ、若者がやっと口を開いた。
「あっ、あの、志望動機。志望動機はですね…」
若者は聞き取れないくらいの声で何か言い始めたが、
私は構わず、次の質問に移った。
「チルミル?」
「?」
「チルミル?」
「?」

またもや無反応である。
私の頬は紅潮した。怒りで手足が熱くなる。
「すてっぷ。…それとも。すこやか?」
「…?」
「ミルクだよ!お気に入りのミルクは!」
見れば同様に頬を赤くした同僚が、
口に含んだタオルを引き千切らんばかりに噛み締めて言った。
「あー……」

それでも答えぬ若者を横目に見ながら、私は同僚に耳打ちした。
「離乳食だ」
同僚は舌打ちして若者を睨んだ。
最近の若者は本当に生意気だ。離乳している奴も多いらしい。
「え、違います」
椅子から腰を浮かしそうになる若者を制して私は続けた。
もう一刻も早く、終わらせたいのだ。

「今日はここへはハイハイで来たの?
 それとももう、立っち出来る?伝い歩き?
 あと、疳の虫は?よく騒ぐ方?」
「え?いえあの…」
何をまごまごしているのだ。どれも簡単な質問じゃないか。
イライラしている私のヨダレかけは、もうびちょびちょだ。
同僚のタオルからも、ヨダレがぽたぽた落ちている。
これが最後の質問だ。さあ早く答えてくれ。
「趣味は?趣味はなに?」
「え?」
「趣味」
若者はようやく私の目を真っ直ぐに見た。
「え?あ、趣味。趣味は…」
「毛布しゃぶり?床たたき?ブロック投げ?
 それともお口を、ブーッとするやつ?」
「……え?」

捲し立てた質問に、若者は更に硬直した。
私は我慢ならず、頭に血がのぼり、
椅子に座ったまま両手足と全身を突っ張った。
「あ”ー!!」
天井しか見えなくなった。
その視界に何かが揺れた。
即座に同僚がスーツのポケットからガラガラを取り出し、
私の目の前でゆっくりと揺らし始めたのだ。
ガラガラという心地良い音とそのカラフルな見た目に、
心が徐々に落ち着いていく。
私は身体を元に戻した。
気付けば若者もガラガラを目で追っている。
私と若者は、しばしガラガラを目で追った。
緩急をつけて揺らされるガラガラに、しばし目を奪われた。

そうしてしばらく二人でガラガラを目で追い、
やがてすっかり気持ちが落ち着くと、
面接時間を過ぎていた。
同僚はガラガラをしまいながら言った。
「趣味は、ガラガラだな」
最後の質問が終わり、私はほっとした。
「はい、以上です。どうぞお帰りください」
そう言って向き直った我々の顔を、若者は交互に見た。
「でも…」
「もう結構です。お帰りください」

私の集中力は限界だった。
なかなか椅子から立ち上がらない若者に向かって、
奇声をあげて思い切り、おしゃぶりを投げつけた。
驚いた顔の若者に構わず、そのまま床に転がり、転げ回った。
びちょびちょのヨダレかけが顔に貼り付くのが可笑しくて、
ケタケタと笑い転げた。
思わず立ち上がり私を避けながら、若者が叫ぶように言った。
「でも面接は…!」
「おねむです」
「は?」
「もう、おねむですから」

同僚は毅然とした態度でそう言って、若者を制した。
そうして、デスクの上にゆっくりと身体を横たえた。
「ねえ、ちゃんと面接してください、お願いします…!」
私から逃げた若者は、同僚にしつこく詰めよった。
眠りに入ろうとするのを邪魔された同僚は、
けたたましい泣き声を上げた。
窓をビリビリ震わせるほどの泣き声を上げた。
若者はうろたえた。
うろたえながら、なんとかあやそうと両手を広げてみるなどした。

床を転げ回っていた私は、
その泣き声に刺激を受けて立ち上がり、
スーツの中のオムツにうんちをもりもり出し始めた。
優しい声で同僚をあやし始めていた若者は、
思わず鼻を摘んで振り返った。
その目の先には、片手におしゃぶりを握りしめ、
神妙な顔で脱糞する私が居た。

「ちょっと…!おしめ、おしめどこですか……」
脱糞のせいで目の潤んだ私を見て、若者は思わず叫んだ。
私は鼻息を荒くした。若者はその辺の棚を必死で探し始めた。
私は脱糞の快感と尻の不快感に身震いした。
若者は青白い顔をして棚という棚を探しまわった。
その疲れきったような背中に、私は意味なく、タックルを喰らわせた。

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【著者プロフィール】
profile
一十口裏
いとぐちうら○ 「げんこつ団」団長
げんこつ団においては、脚本、演出のみならず、映像、音響、チラシデザインも担当。
意外性に満ちた脚本と痛烈な風刺、容赦ない馬鹿馬鹿しさが特徴。
また活動開始当初より映像をふんだんに盛り込んだ作品を作っており、現在は映像作家としても活動中。

【次回公演情報】
10月17日(水)~10月21日(日)@駅前劇場
げんこつ団 最新作(作・演出/一十口裏)



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第60回 旅立ちのとき

我が部の部長は、蜃気楼。
オフィスの一番奥の席で、いつもゆらゆらと揺蕩っている。

足元と頭上の激しい温度差により空気密度の差が生じ、
部長は常に、複雑な光の屈折に包まれているのだ。

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部長は毎日欠かさずに、出社している。
メールを送れば、やがて返答が帰って来る。
必要な用件は、粗方やりとりすることが出来る。

なので日々の業務に大きな支障が生じることはない。
しかし決して、部長に辿り着くことは出来ない。

時折、屈折した光が見せる幻と同様に、
屈折し、出所のわからない声が、どこからともなく聞こえてくる。

「江口くん、お茶を入れてくれないか」

名指しをされた江口は、凍り付く。
名指しをされたが最後、江口はお盆の上に一杯のお茶を持ち、
このオフィス内を、彷徨うことになる。

またどうしても直接、意見を仰ぎたいとき。
必要なニュアンスなどを伝えたいとき、或いは伝えて欲しいとき。
そういった場面は、少なからずある。
そしてそれがどうしても必要だと感じたとき、
我々は意を決して自ら、席を立つ。

「部長、企画書のチェック、お願いします」

同僚の井口は、何度も修正を繰り返し、
長い年月をかけてようやく完成した企画書を持って、
遂に席を立ち、歩を進めた。
私は無言で、それを見送った。

井口に気付かず下を向き、黙々と書類の整理をしている部長は、
井口が近づくとそのまま、静かに姿を消した。
姿を消したと思うと、別の場所に現れた。
そしてそのまま黙々と、書類の整理を続けた。

逃げ部長。
逃げ水と同じ現象である。

すぐそこに、確かにあるように見える。
なので井口は諦めることは出来ない。
すぐそこではなくとも、確かにどこかに存在している。
なので井口は諦めることが出来ない。

そうして井口は、
始業と共に現れ終業と共に消え去る部長の幻影を、
17年経った今も諦めることなく、追い続けている。

そうした果てのない旅を続ける”さすらい人”が、
この部には大勢、彷徨っている。
旅立つのは年に数人の社員だが、
その旅は決して、終わらないのだ。

彼らはいくつかの集団となり、
互いに励まし合いながら旅を続ける。
ボロボロになった靴を引きずり、風化したスーツをまとい、
伸びた髪や髭を揺らしながら、ときに歌い踊り、旅を続ける。

その歌を聞くでもなく聞きながら、
今日も仕事をしていると、時折ふいに、
冷たい空気と暖かい空気が濁流するのを、微かに感じる。

ああ、確かにこの部に、部長は居る。今日も、居るのだ。

安心感と焦燥感が入り交じる。
そして、そう遠くないであろう、未来のことを思う。

私もきっと、いつか旅立つ。
この、オフィスに。

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【著者プロフィール】
profile
一十口裏
いとぐちうら○ 「げんこつ団」団長
げんこつ団においては、脚本、演出のみならず、映像、音響、チラシデザインも担当。
意外性に満ちた脚本と痛烈な風刺、容赦ない馬鹿馬鹿しさが特徴。
また活動開始当初より映像をふんだんに盛り込んだ作品を作っており、現在は映像作家としても活動中。

【次回公演情報】
10月17日(水)~10月21日(日)@駅前劇場
げんこつ団 最新作(作・演出/一十口裏)



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第59回 アレルギーの季節

デート帰りにいつも通る公園で、彼は私にプロポーズした。
快活な彼は、明朗な声で、「結婚しよう」と言ってくれた。
私は思わず、彼に駆け寄った。
彼はそのまま後ずさり、木々の中に消えていった。

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彼は、私アレルギーだ。
5m以上離れていないと、彼は死んでしまう。
それでも彼は、私を愛してくれている。

街中のデートでは前後で5mの距離を取って歩き、
公園のデートでは横に5mの距離を保つ。
勿論、手を繋いだこともない。キスをしたこともない。
それは76億人に1人の奇病で、治療の術はない。

だからやっぱり、無理だと思った。
二三歩、後ずさると、彼が木々の中から戻って来た。
やっぱり無理だと思うと告げると、彼は笑った。
鼻を摘んで笑った。

「だにを言っでるんだ、だにも問題だい」
彼は鼻を摘んだまま言った。
「私たち、これ以上、近づけないんだよ?」
言いたくないことを言わせる彼が、少し憎くなった。
しかしそれでも、彼の笑顔は爽やかだった。
私が風上になったので、彼は鼻を摘んだまま、
私を追い払うようにもう一方の手で風を払いながら笑った。
「愛があでば、ぞんなごど」

たとえいくら愛があっても、私との結婚生活は、
彼にとって幸せなものではないだろう。
だから私は、敢えて言った。
「結婚となれば、私、子供も欲しいから」
なのに彼は、笑って言った。
風が止んだので鼻を摘まむのを止めて、
私から顔を逸らして深呼吸をしてから言った。
「なんとかなるよ」

私は、彼の笑顔が更に憎くなった。
だから私は、敢えて言った。
「どうやって?」
なのに彼は、笑って言った。
「例えばさ、お前がそこにこうやって寝て、俺がこっちからこう…」
懸命に下品なジェスチャーをする彼を置いて、私はそこから遠ざかった。

すぐさま彼は私を追った。ぴったり5mの距離を置いて追った。
「なあ、俺にはお前しか考えられない、幸せな家庭を築こうよ」
ここまで言ってくれる彼が、本当に愛おしかった。
抱きついて抱きしめて、その全てを受け入れたかった。
でも私は、立ち止まることしか出来ない。
それを堪えた私の足が、燃えるように熱くなった。

お前がそこから近づいてくれればいい。
命の危険を犯しても、お前にはそれが出来るのか。
そう思う私の背中に、彼がうっとりと言った。
「このアレルギーは優性遺伝だから、産まれてくる子もきっと…」
振り返れば彼は、勝手に未来に夢を思い描いていた。

「…え?なに?子供も、私アレルギーに?」
「ああ、きっとそうだろうなあ」
「そんな子は嫌だ!」
「おい!産まれて来る子に罪はないよ!」
彼はこれまでに無く厳しい口調でそう言った。

それは確かにそうだけど。私は、全速力で走った。
これまでに無い俊敏さで、彼の方に向かって、地面を蹴った。
彼は距離を保とうとして回れ右をしたが、足がもつれて無様に転げた。

その彼を見下して、私は仁王立ちした。彼はもう逃げられない。
みるみる筋力が奪われて、呼吸が浅くなっていく。
「どうして…?」
そう消え入る声で問う彼に、どうもこうもないだろうと私は笑う。
最期に目前の私の足から逃れようとする彼の腕を思い切り踏みつけて、
答える代わりに、ただ笑う。
私の笑い事で、公園の木々楽しそうに揺れた。

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【著者プロフィール】
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一十口裏
いとぐちうら○ 「げんこつ団」団長
げんこつ団においては、脚本、演出のみならず、映像、音響、チラシデザインも担当。
意外性に満ちた脚本と痛烈な風刺、容赦ない馬鹿馬鹿しさが特徴。
また活動開始当初より映像をふんだんに盛り込んだ作品を作っており、現在は映像作家としても活動中。

【次回公演情報】
一十口企画『ストラタ』
4月6日(金)~4月8日(日)@新宿眼科画廊地下

作・演出/一十口裏(げんこつ団)
出演/遠藤弘章(東京タンバリン) 皆戸麻衣(ナイロン100℃)
   春原久子(げんこつ団) 三枝 翠 望月 文
   菊川朝子(Hula-Hooper) 菊川泰然

ある道で起きた、子供の死亡事故。
その日、加害者の男に子供が産まれた。
何とか罪を逃れたい家族を、信号待ちの女が見つめる。
その信号は永遠に、変わらない。

悲劇と悲劇の間に起きる、「歩道ナンセンス喜劇」を是非!
ストラタサイト http://itoguchi-strata.officialblog.jp/

げんこつ団 最新作
10月17日(水)~10月21日(日)@駅前劇場
作・映像・音響/一十口裏 演出/一十口裏・植木早苗 振付/植木早苗
出演/植木早苗 春原久子 大場靖子 河野美菜(以上、げんこつ団)ほか
げんこつ団サイト http://genkotu-dan.official.jp/



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