20年以上にわたって女性だけの出演者により、上質で極めて馬鹿馬鹿しく
ブラックなナンセンス喜劇を生み出してきた喜劇団「げんこつ団」
団長・一十口裏による妄想サーカス。

第52回 プリマ

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平日の夕方。

誰もが家路を急いでいるのか、人の波は絶えなかった。

オフィスビルから一気に溢れ出てきたサラリーマン達の急流に、

第5ポジションで立つ奈央のチュチュは揺れた。


二人はとても幸せだった。そのはずだった。

両足のトゥシューズが、キュッとキツく感じる。

剥き出しの肩をかすめる風が、やけに冷たく感じる。

まだまだ季節は、変わらないはずなのに。


スーツ姿の男女の隙間に見えるチュチュは、徐々に躍動を始めた。

気付けば奈央は右に左に、パドブレを踏んでいた。

いつもならそろそろ浩明も残業を終えて、このビルから出てくる。

よく似た背格好のスーツが見えるたび、思わずアティテュードしたくなる。

しかしいったい、どんなパで迎えればいいのか。

浩明の横をいつもシェネして歩いた公園も、なんだか遠く感じてしまう。



総務の浩明と経理の奈央は、このビルの廊下で出会った。

浩明は休憩中。奈央はピルエット中だった。

浩明は特に目立たぬ男であったが、

奈央は浩明を一目見て、そのチュチュを微かに震わせた。


その日から少しずつ会話を重ねていくほどに、

浩明の心は弾み、奈央のジュテは高まった。

浩明の日々はときめき、奈央のプリエは深まった。

そうして二人はいつか、グラン・パ・ド・ドゥを踊るはずだった。

なのに何故。


グラン・プリエで伝票整理をしながら、奈央は思った。

深いプリエで捲れ上がったチュチュに、奈央は埋もれて思った。

このまま一生、誰も私を、リフトしてくれないのかもしれない。

それどころか、誰一人として、第1ポジションさえとってくれないのかもしれない。



奈央もかつては、群舞であった。大勢の群舞であった。

群舞であった奈央は、たった一人のプリマを目指し、互いに闘わざるを得なかった。

奈央は奈央に、負ける訳にはいかなかった。

奈央も奈央も、血の滲む努力をした。


そうして、一人また一人と、

奈央は奈央を打ち破り、奈央は奈央を打ちのめし、

ときには卑怯な手を使ってでも、奈央は奈央を、蹴落とした。


そうして大勢の奈央が、玉砕し、犠牲となった。

その死屍累々たる奈央のうえに、今のプリマの、奈央がある。

いつか誰かとグラン・パ・ド・ドゥを踊る、ただ、そのために。

なのに何故。



奈央は浩明の周りを思い切りシャッセして回り、アロンジェしたかった。

逃げる浩明をパ・クリュで追って、フェッテで捩じ伏せてやりたかった。

その上で高らかに、ルルベしてやりたかった。

フェッテにフェッテを、繰り返してやりたかった。


しかしもういくらグラン・ジュテしても、無駄だということは分かっていた。

ここでいつまでパドブレ踏んでても、浩明は現れない。



先週、仕事を理由に約束を取り消した浩明は、ここに居なかった。

このオフィスではなく、いつもの公園を通って、

奈央が今度二人で行きたいねと、言ったはずのバーに向かった。



奈央は聞いてしまった。

その浩明の傍らで鳴り響く、カスタネットの音を。

激しく足を振り下ろし、踏み鳴らされる、サパティアードの音を。


奈央は見てしまった。

その浩明に向かって、情熱的に打ち振られる、真っ赤なスカートを。

激しく両手を振り上げ、妖しく宙を舞う、魂のフラメンコを。

そしてその二人の後に続いて、ギターを搔き鳴らすヒゲの男を。



浩明はそのギターの音に、小さくステップを踏み始めていた。



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【著者プロフィール】
profile
一十口裏
いとぐちうら○ 「げんこつ団」団長
げんこつ団においては、脚本、演出のみならず、映像、音響、チラシデザインも担当。
意外性に満ちた脚本と痛烈な風刺、容赦ない馬鹿馬鹿しさが特徴。
また活動開始当初より映像をふんだんに盛り込んだ作品を作っており、現在は映像作家としても活動中。

【活動情報】
・げんこつ団最新作 2017年11月29日(水)〜12月3日(日) 駅前劇場
・海外ドラマ『UnREAL』日本語吹き替えディレクション TBSオンデマンド配信



【えんぶ版】妄想危機一髪、連載中!

えんぶ6号、7/10発売!


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第51回 まるで分からない

「もう、圭太も早く解脱(げだつ)すればいいのに…」


美久はおでこの百毫(びゃくごう)を見せつけて言った。

美久の百毫は陽を受けて、きらきらと輝いていた。

百毫というのはあれだ。大仏のおでこにあるやつだ。

それから二週間くらいして、俺はふられた。


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気づけば、皆が、解脱していた。

街行く人のおでこには百毫があったし、その頭はこんもりと盛り上がっていた。

その肉髻(にっけい)というこんもり盛り上がった頭は、ぶつぶつの螺髪(らほつ)で覆われていた。

あと、そういえば美久の口元にも、細い髭が生えていた。皆の口元に、髭が生えていた。


貧相な顔の癖にフリルのついた服が好きで、それだけで物凄くアンバランスだったのに、そんな大仏のような頭になって、更にアンバランスになった。

しかし今や皆が皆、そうだった。スーツ姿のサラリーマンも、そうだった。

スーパーのレジのおばちゃんたちも、どの国出身か分からないコンビニ店員も、テレビでバカやってるタレントや芸人たちも、そうだった。

最近メールを寄越してきた田舎の両親も、あのバカな妹さえも、そうなったらしい。


それ以外に特に世の中は変わらなかったし、相変わらず色々な犯罪ニュースも流れたが、ただ、どの犯人の写真もそんな解脱姿をしていたし、それも当たり前のことのようだった。

明らかに悪いことをしているだろうと誰もが認める政治家もそうで、明らかに浅はかなことしか考えていないだろう奴らも皆、そうだった。


そんななかで、俺だけが解脱していなかった。頭も盛り上がってなければ、髪はボサボサだった。

俺は別に解脱なんか、したいと思ったことはなかった。バイト仲間にそれとなくそう言ったら、「俺も別に、したいと思ったことなんかなかったよ」と笑われた。じゃあなんで解脱したんだ、どうやって解脱したんだとは、聞けなかった。


だから俺は美久を呼び出した。喫茶店で、美久は俺と目を合わさなかった。それは、復縁を迫られると思っていたからだった。

俺が呼び出した理由を口にしたら、美久は驚いて俺の目を真っ直ぐに見つめた。そして口をぽかんと開けた。俺に呆れたのだ。心底呆れたのだ。

どうして解脱したのか、どうやって解脱したのか、そんなことをひとに尋ねるなんて、そんなことさえ分からないなんて、考えも及ばないことのようだった。


だから俺は幼なじみの克己を訪ねてみた。それには勇気が要った。案の定、克己も解脱姿をしていた。そして俺を見て驚いた。

それだけで一目散に帰りたくなったのに、そこには克己の友達たちが集まっていた。集まってゲームをしていたのだけど、狭い部屋の床に車座に座った大仏頭の彼らは、なんだか神々しかった。

そのゲームは俺がすでにクリアしたやつで、そんなに面白くもなかったゲームで、なのに俺と彼らに何の違いがあるのか。帰るに帰れずその輪に加わった俺は、画面を眺めながら尋ねた。


彼らは笑った。驚いて大爆笑する奴と、思わずジュースを噴き出す奴と、困惑したように目を伏せる奴と、哀れむ目で俺を見る奴がいた。そしてやはり、美久と同じようなことを言った。

「いつか何とかなるよ」「別にそのままでもいいじゃん」「まあ気にするなよ」「あんまりひとにそんなこと聞くもんじゃないよ」

思わずジュースを噴き出した奴は、むせながら俺の背中を優しく叩いた。

唯一居た女の子は、頬を赤らめて、俺の背中を思い切り叩いた。


本屋の端っこには、いわゆる解脱本、解脱ハウツー本が、物凄く恥ずかしいもののように置かれていたし、検索をしてみると、同じく解脱ハウツー記事がひっそりと見つかった。秘かにおこなわれ、高額な入場料を取られる、解脱セミナーの存在も知った。

俺も少しはそういったものを覗いてみたいと思ったけれど、それはそういったものではないことも、なんとなく分かっていた。決してそれで何とかなるものではないと、分かっていた。実際、それで成功したという話はなかなか聞かないし、もし仮にそれで成功しても、それで成功したとは言わないだろうということも、分かっていた。


ただただ俺は、どうすればいいのかが、分からなかった。ただただ俺は、自分が恥ずかしかった。

なんとなく居づらくなって、バイトを辞めた。唯一の趣味の野球観戦もやめた。選手も皆、大仏頭だ。

気晴らしにパチンコに行ってみても、大仏頭が並んでいる。遠くに行こうと電車に乗れば、座席に大仏頭が並んでいる。


金が底をついて田舎に帰れば、両親には泣かれ、妹にはバカにされた。

しかし両親でさえも、俺に教えてくれなかった。

教えられるものではないんだろう。そういうものじゃないんだろう。

きっとこのまま十年二十年と、時が過ぎていく。

それじゃダメだとは思う。

しかし、いったいどうすればいいのか。

 

まるで分からない。


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【著者プロフィール】
profile
一十口裏
いとぐちうら○ 「げんこつ団」団長
げんこつ団においては、脚本、演出のみならず、映像、音響、チラシデザインも担当。
意外性に満ちた脚本と痛烈な風刺、容赦ない馬鹿馬鹿しさが特徴。
また活動開始当初より映像をふんだんに盛り込んだ作品を作っており、現在は映像作家としても活動中。

【活動情報】
・げんこつ団最新作 2017年11月29日(水)〜12月3日(日) 駅前劇場
・海外ドラマ『UnREAL』日本語吹き替えディレクション TBSオンデマンド配信



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第50回 山崎商事の、

「山崎商事の、わたくし、ドボルザークでございます」


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 山崎専務が戻って来る前に、怒らせてしまった取引先にお詫びを入れて、何事もなかったように契約を進めなくてはならない。自分では意識していないものの、私の仕事の進め方はどうにも大雑把らしくて、時折先方を怒らせてしまう。何事も大らかにダイナミックに進めたい私は、細やかな気遣いも、頭を下げて媚びを売るのも苦手だ。

 山崎商事は、何の特徴もない下町の、下請けが主な、しがない繊維加工業。たったひとつの小さな取引先さえ、大事に大事に、しなければならない。鬱陶しいことこの上ないが、それはもう、致し方ない。

 豊かな髭と広い額を交互に撫でながら、私は電話の向こうの相手に謝り続ける。謝りながら視線を感じる。冷ややかな視線だ。同期のアイツだ。いつも細身のスーツに身を包み、髪を小綺麗に整えているアイツは、自分の机を几帳面に整えている。


 私はアイツが嫌いだ。アイツも私を嫌いだろう。しかしこんな小さな会社のこんな小さな部屋では毎日顔を合わせなければいけないし、そんな会社に勤め続けるしかない自分を呪っている部分においては、同じ気持ちであろうとも思う。


「君、岡崎商会にファックス、しといてないの?」

 ペラペラと工場の報告書を掲げて、山崎専務が戻って来た。工場の作業服の上着をひっかけているものの、その上着は一切汚れてはいない。ただ年季が入って、やたら白っ茶けている。私の前を通過する、その禿げた頭の天辺を思いっきりペチンと叩きたい欲望を抑えて、私は急いで電話を切り上げた。

「メールなら、したと思いますけど?」

 しかし私の代わりにそう答えたのはアイツだった。


「それでもしなきゃ、ダメでしょ、ファックス」

「ああ、そうですかね。では、致しましょうか?」

 そう言って、アイツは優雅に立ち上がった。

私を擁護してくれたのにも関わらず、そのすました顔にイラッとする。

「あーだからその態度。ストラビンスキーくん、君ね、それで顧客さんから苦情が来たりするでしょ?ね? それ改めてって、言ったでしょ?」

 しかしまったく悪気のないアイツは、眼鏡をくいっと上げてから専務に顔を近づけて、笑って答えた。

「有難うございます。専務のお言葉、いつも心に響きます」


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 言い返す気力をなくした専務を残して、長い足を踊るように揺らしながら、紙っぺら一枚を持ってファックスに向かうアイツを、私は思いっきり冷ややかに見つめた。こんなにも仕事の出来ないアイツは、どうしてクビにならないんだろう。


「…で、ドボルザークくん。例の取引は?進んでるの?」

「あはい。すでにもう。ぜんぜんなんとか」

 不意打ちに慌てて振り返った私の笑顔が、物凄く不自然だったことは自分でも分かった。

「またなの?なんなの?あすこは長年のお得意先よ?なにしたのもー…、あーメンデルスゾーンくん、お茶ちょうだい。玄米茶」


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 細い身体をビクッと揺らして、慌てて立ち上がった彼はもう、何故か涙さえ流しそうな顔をしている。彼はアイツより仕事が出来ない。掃除や簡単な書類作成すら碌に出来ない。そのためかいつも身を潜めていて、居るのやら居ないのやら分からない。「こういうことは苦手なんです…」か細い声で言う。それが彼の口癖だった。

 私は仕事が出来ないわけではない。大きな仕事を成功させたこともある。なのに、いやだからこそ、日々の失敗が目立つのだ。アイツ含め、他のヤツらとは違う。現に私の隣の、色とりどりの文具やお菓子で溢れた席は、この時間になっても空席だ。


「おはよう、ございます……」

「ドビュッシーくん!今来たの?遅刻にもほどがあるよ?」

「すみません…、間に合う時間に家を出たには出たのですが、道中の花に、見惚れてしまって……」

「なんなのそれ。どうしてそういうことになるの?」


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 なんと馬鹿なのだろうと思う。なんと正直なのだろうと思う。そんなことでは人生やっていけないだろうとも思う。しかし澄んだ目をした彼のおかげで、専務の矛先は彼に移った。彼が説教されている間に、私は私の仕事を進めよう。

「わかりますよ…」

 しかしアイツの声が聞こえた。放っておけばいいものの、アイツは彼を慰める。そういうところが、一番嫌いなのだ。

「美しいものを見れば、自然と心は揺らぎます。それを無視する人生など」

 呆れる専務は説教をやめて、お茶に手を伸ばしたが、お茶はお茶で専務を更に激怒させた。

「あーもう、キミの煎れるお茶はいつも薄いんだよ!」


 お茶を出した彼はその大きな声に驚き、その場にくずおれた。部屋は静まった。

「……もー、どうして君らはそうなの? あのね、それぞれね、もうちょっとちゃんと仕事してくれないとね、ダメなのよ。この会社ね、ダメなのよ。そしたら困るでしょ。ね。こんな小さな会社なんだからさ。ね。一人一人が。ね。あれしないと」

 確かにこの会社が潰れでもしたら、ヤツらは路頭に迷うだろう。こんなにも仕事の出来ないヤツらは。そう思ったとき、アイツが私に何やら紙を差し出した。専務に見えないように、こっそりと差し出した。それは、今日午後の大事なアポのメモだった。私が書いたメモだった。私が無くし、すっかり忘れていたメモだった。私の顔は、熱くなった。


「…営業出来ない、契約取れない、計算間違う、おべんちゃら言えない、しかもお茶も満足に煎れられない。キミたちね、もーほんとに、何の才能もない。人間さ、何か一つくらいはさ、あるはずでしょ?ん?」

「……。」

 そんなものがあったら、こんな会社には居ない。熱くなった顔が更に火照る。独りでに火照る。

「ほんとはもっと、新規顧客の開拓もね、していかないといけないんだからさ…」

 その瞬間、火照った頭の中が突然真っ白になった。脳天に落雷したかのような衝撃と共に、雄大な「新世界」を描くメロディやハーモニーの数々が、一気に涌き上がってきた。その衝撃に、私の両手は自然と宙空を舞い、景色は滲んだ。


「時間ですよ」

 しかし耳打ちされたその言葉でそれは霧散した。時計を見ると確かにそろそろ出ないと間に合わない時間だ。冷めやらぬ内なる興奮を、私は隠した。今のはいったい、何だったのか。

「わかりますよ…」

 更なる耳打ちは、不思議と心地よかった。イラッとするはずのアイツの優しい声で、不思議と火照りは冷めた。


 とりあえず目先の仕事をこなして、少しでも業績をあげて、意気消沈している専務を少しは元気にしてやろうじゃないか。今出来ることから、頑張ろう。

 私は急いで外回りの準備を整え、鞄を抱えた。戻ったら今日はアイツを誘って、帰りに一杯ひっかけよう。


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