20年以上にわたって女性だけの出演者により、 上質で極めて馬鹿馬鹿しくブラックなナンセンス喜劇を生み出してきた 喜劇団「げんこつ団」団長・一十口裏による妄想サーカス。

第51回 まるで分からない

「もう、圭太も早く解脱(げだつ)すればいいのに…」


美久はおでこの百毫(びゃくごう)を見せつけて言った。

美久の百毫は陽を受けて、きらきらと輝いていた。

百毫というのはあれだ。大仏のおでこにあるやつだ。

それから二週間くらいして、俺はふられた。


wakaranai1


気づけば、皆が、解脱していた。

街行く人のおでこには百毫があったし、その頭はこんもりと盛り上がっていた。

その肉髻(にっけい)というこんもり盛り上がった頭は、ぶつぶつの螺髪(らほつ)で覆われていた。

あと、そういえば美久の口元にも、細い髭が生えていた。皆の口元に、髭が生えていた。


貧相な顔の癖にフリルのついた服が好きで、それだけで物凄くアンバランスだったのに、そんな大仏のような頭になって、更にアンバランスになった。

しかし今や皆が皆、そうだった。スーツ姿のサラリーマンも、そうだった。

スーパーのレジのおばちゃんたちも、どの国出身か分からないコンビニ店員も、テレビでバカやってるタレントや芸人たちも、そうだった。

最近メールを寄越してきた田舎の両親も、あのバカな妹さえも、そうなったらしい。


それ以外に特に世の中は変わらなかったし、相変わらず色々な犯罪ニュースも流れたが、ただ、どの犯人の写真もそんな解脱姿をしていたし、それも当たり前のことのようだった。

明らかに悪いことをしているだろうと誰もが認める政治家もそうで、明らかに浅はかなことしか考えていないだろう奴らも皆、そうだった。


そんななかで、俺だけが解脱していなかった。頭も盛り上がってなければ、髪はボサボサだった。

俺は別に解脱なんか、したいと思ったことはなかった。バイト仲間にそれとなくそう言ったら、「俺も別に、したいと思ったことなんかなかったよ」と笑われた。じゃあなんで解脱したんだ、どうやって解脱したんだとは、聞けなかった。


だから俺は美久を呼び出した。喫茶店で、美久は俺と目を合わさなかった。それは、復縁を迫られると思っていたからだった。

俺が呼び出した理由を口にしたら、美久は驚いて俺の目を真っ直ぐに見つめた。そして口をぽかんと開けた。俺に呆れたのだ。心底呆れたのだ。

どうして解脱したのか、どうやって解脱したのか、そんなことをひとに尋ねるなんて、そんなことさえ分からないなんて、考えも及ばないことのようだった。


だから俺は幼なじみの克己を訪ねてみた。それには勇気が要った。案の定、克己も解脱姿をしていた。そして俺を見て驚いた。

それだけで一目散に帰りたくなったのに、そこには克己の友達たちが集まっていた。集まってゲームをしていたのだけど、狭い部屋の床に車座に座った大仏頭の彼らは、なんだか神々しかった。

そのゲームは俺がすでにクリアしたやつで、そんなに面白くもなかったゲームで、なのに俺と彼らに何の違いがあるのか。帰るに帰れずその輪に加わった俺は、画面を眺めながら尋ねた。


彼らは笑った。驚いて大爆笑する奴と、思わずジュースを噴き出す奴と、困惑したように目を伏せる奴と、哀れむ目で俺を見る奴がいた。そしてやはり、美久と同じようなことを言った。

「いつか何とかなるよ」「別にそのままでもいいじゃん」「まあ気にするなよ」「あんまりひとにそんなこと聞くもんじゃないよ」

思わずジュースを噴き出した奴は、むせながら俺の背中を優しく叩いた。

唯一居た女の子は、頬を赤らめて、俺の背中を思い切り叩いた。


本屋の端っこには、いわゆる解脱本、解脱ハウツー本が、物凄く恥ずかしいもののように置かれていたし、検索をしてみると、同じく解脱ハウツー記事がひっそりと見つかった。秘かにおこなわれ、高額な入場料を取られる、解脱セミナーの存在も知った。

俺も少しはそういったものを覗いてみたいと思ったけれど、それはそういったものではないことも、なんとなく分かっていた。決してそれで何とかなるものではないと、分かっていた。実際、それで成功したという話はなかなか聞かないし、もし仮にそれで成功しても、それで成功したとは言わないだろうということも、分かっていた。


ただただ俺は、どうすればいいのかが、分からなかった。ただただ俺は、自分が恥ずかしかった。

なんとなく居づらくなって、バイトを辞めた。唯一の趣味の野球観戦もやめた。選手も皆、大仏頭だ。

気晴らしにパチンコに行ってみても、大仏頭が並んでいる。遠くに行こうと電車に乗れば、座席に大仏頭が並んでいる。


金が底をついて田舎に帰れば、両親には泣かれ、妹にはバカにされた。

しかし両親でさえも、俺に教えてくれなかった。

教えられるものではないんだろう。そういうものじゃないんだろう。

きっとこのまま十年二十年と、時が過ぎていく。

それじゃダメだとは思う。

しかし、いったいどうすればいいのか。

 

まるで分からない。


wakaranai2


【著者プロフィール】
profile
一十口裏
いとぐちうら○ 「げんこつ団」団長
げんこつ団においては、脚本、演出のみならず、映像、音響、チラシデザインも担当。
意外性に満ちた脚本と痛烈な風刺、容赦ない馬鹿馬鹿しさが特徴。
また活動開始当初より映像をふんだんに盛り込んだ作品を作っており、現在は映像作家としても活動中。

【活動情報】
・げんこつ団最新作 2017年11月29日(水)〜12月3日(日) 駅前劇場
・海外ドラマ『UnREAL』日本語吹き替えディレクション TBSオンデマンド配信



【えんぶ版】妄想危機一髪、連載中!

えんぶ6号、7/10発売!


kick 

shop 

nikkan 

engeki

第50回 山崎商事の、

「山崎商事の、わたくし、ドボルザークでございます」


yamazaki-1


 山崎専務が戻って来る前に、怒らせてしまった取引先にお詫びを入れて、何事もなかったように契約を進めなくてはならない。自分では意識していないものの、私の仕事の進め方はどうにも大雑把らしくて、時折先方を怒らせてしまう。何事も大らかにダイナミックに進めたい私は、細やかな気遣いも、頭を下げて媚びを売るのも苦手だ。

 山崎商事は、何の特徴もない下町の、下請けが主な、しがない繊維加工業。たったひとつの小さな取引先さえ、大事に大事に、しなければならない。鬱陶しいことこの上ないが、それはもう、致し方ない。

 豊かな髭と広い額を交互に撫でながら、私は電話の向こうの相手に謝り続ける。謝りながら視線を感じる。冷ややかな視線だ。同期のアイツだ。いつも細身のスーツに身を包み、髪を小綺麗に整えているアイツは、自分の机を几帳面に整えている。


 私はアイツが嫌いだ。アイツも私を嫌いだろう。しかしこんな小さな会社のこんな小さな部屋では毎日顔を合わせなければいけないし、そんな会社に勤め続けるしかない自分を呪っている部分においては、同じ気持ちであろうとも思う。


「君、岡崎商会にファックス、しといてないの?」

 ペラペラと工場の報告書を掲げて、山崎専務が戻って来た。工場の作業服の上着をひっかけているものの、その上着は一切汚れてはいない。ただ年季が入って、やたら白っ茶けている。私の前を通過する、その禿げた頭の天辺を思いっきりペチンと叩きたい欲望を抑えて、私は急いで電話を切り上げた。

「メールなら、したと思いますけど?」

 しかし私の代わりにそう答えたのはアイツだった。


「それでもしなきゃ、ダメでしょ、ファックス」

「ああ、そうですかね。では、致しましょうか?」

 そう言って、アイツは優雅に立ち上がった。

私を擁護してくれたのにも関わらず、そのすました顔にイラッとする。

「あーだからその態度。ストラビンスキーくん、君ね、それで顧客さんから苦情が来たりするでしょ?ね? それ改めてって、言ったでしょ?」

 しかしまったく悪気のないアイツは、眼鏡をくいっと上げてから専務に顔を近づけて、笑って答えた。

「有難うございます。専務のお言葉、いつも心に響きます」


yamazaki-2


 言い返す気力をなくした専務を残して、長い足を踊るように揺らしながら、紙っぺら一枚を持ってファックスに向かうアイツを、私は思いっきり冷ややかに見つめた。こんなにも仕事の出来ないアイツは、どうしてクビにならないんだろう。


「…で、ドボルザークくん。例の取引は?進んでるの?」

「あはい。すでにもう。ぜんぜんなんとか」

 不意打ちに慌てて振り返った私の笑顔が、物凄く不自然だったことは自分でも分かった。

「またなの?なんなの?あすこは長年のお得意先よ?なにしたのもー…、あーメンデルスゾーンくん、お茶ちょうだい。玄米茶」


yamazaki-3


 細い身体をビクッと揺らして、慌てて立ち上がった彼はもう、何故か涙さえ流しそうな顔をしている。彼はアイツより仕事が出来ない。掃除や簡単な書類作成すら碌に出来ない。そのためかいつも身を潜めていて、居るのやら居ないのやら分からない。「こういうことは苦手なんです…」か細い声で言う。それが彼の口癖だった。

 私は仕事が出来ないわけではない。大きな仕事を成功させたこともある。なのに、いやだからこそ、日々の失敗が目立つのだ。アイツ含め、他のヤツらとは違う。現に私の隣の、色とりどりの文具やお菓子で溢れた席は、この時間になっても空席だ。


「おはよう、ございます……」

「ドビュッシーくん!今来たの?遅刻にもほどがあるよ?」

「すみません…、間に合う時間に家を出たには出たのですが、道中の花に、見惚れてしまって……」

「なんなのそれ。どうしてそういうことになるの?」


yamazaki-4


 なんと馬鹿なのだろうと思う。なんと正直なのだろうと思う。そんなことでは人生やっていけないだろうとも思う。しかし澄んだ目をした彼のおかげで、専務の矛先は彼に移った。彼が説教されている間に、私は私の仕事を進めよう。

「わかりますよ…」

 しかしアイツの声が聞こえた。放っておけばいいものの、アイツは彼を慰める。そういうところが、一番嫌いなのだ。

「美しいものを見れば、自然と心は揺らぎます。それを無視する人生など」

 呆れる専務は説教をやめて、お茶に手を伸ばしたが、お茶はお茶で専務を更に激怒させた。

「あーもう、キミの煎れるお茶はいつも薄いんだよ!」


 お茶を出した彼はその大きな声に驚き、その場にくずおれた。部屋は静まった。

「……もー、どうして君らはそうなの? あのね、それぞれね、もうちょっとちゃんと仕事してくれないとね、ダメなのよ。この会社ね、ダメなのよ。そしたら困るでしょ。ね。こんな小さな会社なんだからさ。ね。一人一人が。ね。あれしないと」

 確かにこの会社が潰れでもしたら、ヤツらは路頭に迷うだろう。こんなにも仕事の出来ないヤツらは。そう思ったとき、アイツが私に何やら紙を差し出した。専務に見えないように、こっそりと差し出した。それは、今日午後の大事なアポのメモだった。私が書いたメモだった。私が無くし、すっかり忘れていたメモだった。私の顔は、熱くなった。


「…営業出来ない、契約取れない、計算間違う、おべんちゃら言えない、しかもお茶も満足に煎れられない。キミたちね、もーほんとに、何の才能もない。人間さ、何か一つくらいはさ、あるはずでしょ?ん?」

「……。」

 そんなものがあったら、こんな会社には居ない。熱くなった顔が更に火照る。独りでに火照る。

「ほんとはもっと、新規顧客の開拓もね、していかないといけないんだからさ…」

 その瞬間、火照った頭の中が突然真っ白になった。脳天に落雷したかのような衝撃と共に、雄大な「新世界」を描くメロディやハーモニーの数々が、一気に涌き上がってきた。その衝撃に、私の両手は自然と宙空を舞い、景色は滲んだ。


「時間ですよ」

 しかし耳打ちされたその言葉でそれは霧散した。時計を見ると確かにそろそろ出ないと間に合わない時間だ。冷めやらぬ内なる興奮を、私は隠した。今のはいったい、何だったのか。

「わかりますよ…」

 更なる耳打ちは、不思議と心地よかった。イラッとするはずのアイツの優しい声で、不思議と火照りは冷めた。


 とりあえず目先の仕事をこなして、少しでも業績をあげて、意気消沈している専務を少しは元気にしてやろうじゃないか。今出来ることから、頑張ろう。

 私は急いで外回りの準備を整え、鞄を抱えた。戻ったら今日はアイツを誘って、帰りに一杯ひっかけよう。


yamazaki-1


【著者プロフィール】
profile
一十口裏
いとぐちうら○ 「げんこつ団」団長
げんこつ団においては、脚本、演出のみならず、映像、音響、チラシデザインも担当。
意外性に満ちた脚本と痛烈な風刺、容赦ない馬鹿馬鹿しさが特徴。
また活動開始当初より映像をふんだんに盛り込んだ作品を作っており、現在は映像作家としても活動中。



【えんぶ版】妄想危機一髪、連載中!
えんぶ最新号好評発売中! 




kick 

shop 

nikkan 

engeki

第49回 そういえば母は

haha1

「内田記者の口寄せによると、警視総監が不祥事をおこしたそうだ。
 より詳しい情報を得るために、森本デスクが今、深い眠りに入った」

 キャップからそう告げられて、田中永二は駆け出した。半年前に入社して以来、一番の大スクープだ。誰より早くトランス状態に入って、警視総監とやらから話を聞き出さなきゃならない。永二は社の備品である太鼓を誰より早く掴んで、屋上に続く階段を駆け上がった。情けないことにまだ駆け出しの永二は、一人にならないとトランス出来ない。憧れの先輩達のようにいつでもどこでも素早くトランス状態に入り、欲しい情報を意のままに得ることが出来ない。どこまでも続いているかのような灰色の階段を、永二は駆け上がり続けた。

 駆け上がりながら永二は、遠く離れた田舎の母から昨夜聞いた言葉を思い出す。昨夜久々に永二は母と交信したのだ。疲れているのに眠れずに苛ついていた深夜、永二の心に母が現れた。その顔は呑気に笑っていた。
「永二。まあ、もす何かあっだら、いづでも帰ってくればいいが」
「別に何もないし」
「今はあれだげ、もす何かあっだらよ」
 まだそれほど懐かしいわけでもない母との交信は、おおむねそれだけの交信だった。しかし心に響く交信だった。おかげでぐっすりと眠ることが出来、今日もまた頑張れる。

 社の周囲に高い建物はなく、ようやく屋上に飛び出した永二の目には360度開けた眩い青空が一気に映った。駆け上がってきた勢いのままひっくり返りそうになった。天地を確かめるように足を踏ん張らないといけなかった。なんとか足を踏ん張ると、永二は息を整える間もなく、太鼓を構えた。
 しかしその太鼓の先に人影が見えた。もっさりとした髪とスカート。特に特徴のない顔。逆光に目が慣れてからも、しばらく目を凝らさないと分からなかった。ああ、同期の鈴木美沙だ。永二は舌打ちした。永二は美沙が嫌いだった。同じ大学からここに入社したくせに、美沙は落ちこぼれだった。仕事の成果を何も出していなかった。

 美沙は相変わらずもたもたと歩いている。永二は背後から美沙に近づき、そのもっさりとした後頭部にいきなり言い放った。
「おい、邪魔だ!」
 しかし美沙は動じずにゆっくりと振り返った。しかし間近で見たその顔はおっさんだった。もっさりとした前髪を留めた額の赤いピン留めの下に、脂ぎったおっさんの顔があった。

 真っ青な青空をバックにこちらを不思議そうに見つめるおっさんの顔をしばらく見つめ返して、ようやく永二は、その顔に見覚えがあると思った。それはネットやテレビで見たことのある、まさしく警視総監の顔だった。美沙は警視総監を自らに憑依させたのだ。見事に憑依させたのだ。こんなことは社の誰にも出来ないだろう。何故美沙はこんな特技を隠していたのか。永二は混乱した。混乱したが混乱を解くより前に、このチャンスを逃してはならないことに気付いた。まずはインタビューだ、独占インタビューだ。永二は胸ポケットから手帳を取り出し、殴り書きの書かれていないページを急いで探し出した。


 美沙は永二と同じく、一人にならないとトランスが出来ない。しかしトランスは出来ても、何故か情報が全く得られない。だからもうこの仕事は辞めたいのだと、そう、永二に話した。やはり美沙は自分の憑依に気付いていなかった。いつも屋上で人知れず、不祥事を起こしたおっさんになったり、出来心で犯罪を犯してしまったおっさんになったり、まあ、だいたい、おっさんになっていたのだ。
 多分そうなのだろうと思ったから、永二は美沙を屋上に呼び出したのだ。独占インタビューで一躍高い評価を得た永二から呼び出された美沙は、可哀相なほど萎縮していた。
 そんな美沙を、永二は優しく諭した。もうちょっと頑張ってみようと。自分が着いているからと。だから今後も二人で一緒に、この屋上でトランスしようと。

 そうしてそれから永二は唯一、汗を流して白目を剥いて、狂ったように太鼓を叩いて歌い踊らなくてもよくなった。事件の真相を探り、犯人や犯人の心の内を暴き、事件の関係者や遺族の本心を洗いざらい聞き出す。傍目にはわからないかもしれないが、そうして立派に新聞を記事で埋めるには、相当の根気と努力と体力と霊力が必要だ。社内には、必死に真相を暴こうとする正義の口寄せや儀式の叫びや、トランス状態になった記者らの咆哮 が響き渡っている。皆、そうして必死に、記事を書いている。

 なのでデスクもキャップも先輩も同期も、いつも疲弊しきっていた。しかし永二の顔色はいつも明るかった。そんな永二が、常にスクープをとった。そんな永二は、モテにモテた。そんな永二が社内で一番冴えない美沙と結婚したことに誰もが驚いたが、あれよあれよとキャップとなった永二が、仕事の全く出来ない美沙を専業主婦にさせないことは、片時も離れたくない愛情の証として納得した。
 そうして何年かした頃に、この新聞の記事は全てインチキだと、週刊誌に暴露記事が出た。その記事も勿論、その週刊誌のイタコによるものだった。そこで永二は、我が社の儀式ではその記事こそがデタラメだというお告げを得たと、堂々と反論記事を掲載した。

 そうしてやがて社のトップに上り詰めた永二は、ふと気付いた。口寄せ疲れした他の全ての記者たちには決して思いも寄らないことに、気付いた。もしかして、別に何を書いてもいいんじゃないか。いやむしろ、いつでも好きなことを好きなように、書けばいいんじゃないか。そもそも全てが、インチキじゃないのか。
 そういえば、永二に田舎はなかった。母もいなかった。永二はこの社のすぐ隣の町で育ったし、母は子供の頃とっくに死んでいた。田舎も母も、勝手な幻影。つまりそもそも全てが、インチキだ。

 ならばこれからは好きなことを好きなように書こう。気の滅入る暗い記事は一切書かずに、明るい記事や楽しい記事で、この世の中を彩っていこう。それが自分の使命であり、宿命なのだ。永二はそう考えた。
 なので永二はいつものように、美沙を屋上に連れていった。そうして手短に、別れを告げた。もう美沙は必要ない。ようやく自分の力でやっていける。
 泣かれると思った。責められると思った。しかし美沙は驚いた様子さえ見せなかった。 美沙は覚悟をしていた。最初から捨てられる覚悟をしていたし、その覚悟を忘れることはなかった。なのでむしろほっとしたような、不思議な顔をした。

 その何にも憑依されていない美沙の顔を、永二は初めて真っ直ぐに見つめた。何年も連れ添って、それを初めて真っ直ぐに見つめた。それはのっぺらとした、何者でもない顔だった。あまりに何者でもないそれは、360度広がる青空と同化して、どこまでも広がった。 見つめるほどに広がって、空を覆い尽くしていった。

 永二はゾッとして、それに背を向け階段を駆け下りた。そんなことより使命だと、永二はまずこの灰色の階段を、明るく塗り直そうと決めた。眩い虹色に塗り直した壁と床に囲まれて、楽しく愉快な記事を書こう。窓の外にうっすら見える美沙の顔をブラインドで遮断して、永二は早速、仕事に取りかかった。

haha2


【著者プロフィール】
profile
一十口裏
いとぐちうら○ 「げんこつ団」団長
げんこつ団においては、脚本、演出のみならず、映像、音響、チラシデザインも担当。
意外性に満ちた脚本と痛烈な風刺、容赦ない馬鹿馬鹿しさが特徴。
また活動開始当初より映像をふんだんに盛り込んだ作品を作っており、現在は映像作家としても活動中。

【公演予定】
2017年 5月26日(金)~28日(日) (全日昼夜二回)
げんこつ団 番外公演vol.1 『コミュニティ』
@東京おかっぱちゃんハウス
脚本・音響/一十口裏 演出/一十口裏・植木早苗
出演/植木早苗 春原久子 大場靖子 河野美菜 望月文 川端さくら(乙女装置) 三明真実(アリエス) 津波恵 伊藤美穂 遠藤弘章(東京タンバリン) 中山裕康 辻崇雅(10・Quatre)

!げんこつ団初の番外公演は、古民家が舞台の参加型げんこつ喜劇!
実際の古民家に繰り広げられる、終始奇怪なミステリーホラー。
愛と欲望と絶望と、なんだかよくわからないものが渦巻く、ある一族の物語。
その未来のすべては、何故だかあなたの手に委ねられる。
commu




えんぶ最新号好評発売中! 




kick 

shop 

nikkan 

engeki
最新記事
日刊えんぶ
ラインナップ

池谷のぶえの人生相談の館

松崎ひとみサムナツ活動日記

一十口裏の妄想危機一髪

小野寺ずるのお散歩エロジェニック

粟根まことのエッセイ「未確認ヒコー舞台:UFB」

松永玲子のエッセイ「今夜もネットショッピング」

ノゾエ征爾のフォトエッセー「桜の島の野添酒店」

植本潤(花組芝居)vs坂口真人(演劇ぶっく編集長)対談「『過剰な人々』を巡る♂いささかな☀冒険」

ふれあい動物電気

kugiri

池谷のぶえの国語算数理科社会。

南信州・駒ヶ根だよりby劇団サムライナッツ

演劇キック
ラインナップ

演劇キック

観劇予報

宝塚ジャーナル

演劇人の活力源

えんぶ情報館

えんぶショップ

えんぶミロクル

えんぶfacebook

演劇キックツイッター