20年以上にわたって女性だけの出演者により、 上質で極めて馬鹿馬鹿しくブラックなナンセンス喜劇を生み出してきた 喜劇団「げんこつ団」団長・一十口裏による妄想サーカス。

第49回 そういえば母は

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「内田記者の口寄せによると、警視総監が不祥事をおこしたそうだ。
 より詳しい情報を得るために、森本デスクが今、深い眠りに入った」

 キャップからそう告げられて、田中永二は駆け出した。半年前に入社して以来、一番の大スクープだ。誰より早くトランス状態に入って、警視総監とやらから話を聞き出さなきゃならない。永二は社の備品である太鼓を誰より早く掴んで、屋上に続く階段を駆け上がった。情けないことにまだ駆け出しの永二は、一人にならないとトランス出来ない。憧れの先輩達のようにいつでもどこでも素早くトランス状態に入り、欲しい情報を意のままに得ることが出来ない。どこまでも続いているかのような灰色の階段を、永二は駆け上がり続けた。

 駆け上がりながら永二は、遠く離れた田舎の母から昨夜聞いた言葉を思い出す。昨夜久々に永二は母と交信したのだ。疲れているのに眠れずに苛ついていた深夜、永二の心に母が現れた。その顔は呑気に笑っていた。
「永二。まあ、もす何かあっだら、いづでも帰ってくればいいが」
「別に何もないし」
「今はあれだげ、もす何かあっだらよ」
 まだそれほど懐かしいわけでもない母との交信は、おおむねそれだけの交信だった。しかし心に響く交信だった。おかげでぐっすりと眠ることが出来、今日もまた頑張れる。

 社の周囲に高い建物はなく、ようやく屋上に飛び出した永二の目には360度開けた眩い青空が一気に映った。駆け上がってきた勢いのままひっくり返りそうになった。天地を確かめるように足を踏ん張らないといけなかった。なんとか足を踏ん張ると、永二は息を整える間もなく、太鼓を構えた。
 しかしその太鼓の先に人影が見えた。もっさりとした髪とスカート。特に特徴のない顔。逆光に目が慣れてからも、しばらく目を凝らさないと分からなかった。ああ、同期の鈴木美沙だ。永二は舌打ちした。永二は美沙が嫌いだった。同じ大学からここに入社したくせに、美沙は落ちこぼれだった。仕事の成果を何も出していなかった。

 美沙は相変わらずもたもたと歩いている。永二は背後から美沙に近づき、そのもっさりとした後頭部にいきなり言い放った。
「おい、邪魔だ!」
 しかし美沙は動じずにゆっくりと振り返った。しかし間近で見たその顔はおっさんだった。もっさりとした前髪を留めた額の赤いピン留めの下に、脂ぎったおっさんの顔があった。

 真っ青な青空をバックにこちらを不思議そうに見つめるおっさんの顔をしばらく見つめ返して、ようやく永二は、その顔に見覚えがあると思った。それはネットやテレビで見たことのある、まさしく警視総監の顔だった。美沙は警視総監を自らに憑依させたのだ。見事に憑依させたのだ。こんなことは社の誰にも出来ないだろう。何故美沙はこんな特技を隠していたのか。永二は混乱した。混乱したが混乱を解くより前に、このチャンスを逃してはならないことに気付いた。まずはインタビューだ、独占インタビューだ。永二は胸ポケットから手帳を取り出し、殴り書きの書かれていないページを急いで探し出した。


 美沙は永二と同じく、一人にならないとトランスが出来ない。しかしトランスは出来ても、何故か情報が全く得られない。だからもうこの仕事は辞めたいのだと、そう、永二に話した。やはり美沙は自分の憑依に気付いていなかった。いつも屋上で人知れず、不祥事を起こしたおっさんになったり、出来心で犯罪を犯してしまったおっさんになったり、まあ、だいたい、おっさんになっていたのだ。
 多分そうなのだろうと思ったから、永二は美沙を屋上に呼び出したのだ。独占インタビューで一躍高い評価を得た永二から呼び出された美沙は、可哀相なほど萎縮していた。
 そんな美沙を、永二は優しく諭した。もうちょっと頑張ってみようと。自分が着いているからと。だから今後も二人で一緒に、この屋上でトランスしようと。

 そうしてそれから永二は唯一、汗を流して白目を剥いて、狂ったように太鼓を叩いて歌い踊らなくてもよくなった。事件の真相を探り、犯人や犯人の心の内を暴き、事件の関係者や遺族の本心を洗いざらい聞き出す。傍目にはわからないかもしれないが、そうして立派に新聞を記事で埋めるには、相当の根気と努力と体力と霊力が必要だ。社内には、必死に真相を暴こうとする正義の口寄せや儀式の叫びや、トランス状態になった記者らの咆哮 が響き渡っている。皆、そうして必死に、記事を書いている。

 なのでデスクもキャップも先輩も同期も、いつも疲弊しきっていた。しかし永二の顔色はいつも明るかった。そんな永二が、常にスクープをとった。そんな永二は、モテにモテた。そんな永二が社内で一番冴えない美沙と結婚したことに誰もが驚いたが、あれよあれよとキャップとなった永二が、仕事の全く出来ない美沙を専業主婦にさせないことは、片時も離れたくない愛情の証として納得した。
 そうして何年かした頃に、この新聞の記事は全てインチキだと、週刊誌に暴露記事が出た。その記事も勿論、その週刊誌のイタコによるものだった。そこで永二は、我が社の儀式ではその記事こそがデタラメだというお告げを得たと、堂々と反論記事を掲載した。

 そうしてやがて社のトップに上り詰めた永二は、ふと気付いた。口寄せ疲れした他の全ての記者たちには決して思いも寄らないことに、気付いた。もしかして、別に何を書いてもいいんじゃないか。いやむしろ、いつでも好きなことを好きなように、書けばいいんじゃないか。そもそも全てが、インチキじゃないのか。
 そういえば、永二に田舎はなかった。母もいなかった。永二はこの社のすぐ隣の町で育ったし、母は子供の頃とっくに死んでいた。田舎も母も、勝手な幻影。つまりそもそも全てが、インチキだ。

 ならばこれからは好きなことを好きなように書こう。気の滅入る暗い記事は一切書かずに、明るい記事や楽しい記事で、この世の中を彩っていこう。それが自分の使命であり、宿命なのだ。永二はそう考えた。
 なので永二はいつものように、美沙を屋上に連れていった。そうして手短に、別れを告げた。もう美沙は必要ない。ようやく自分の力でやっていける。
 泣かれると思った。責められると思った。しかし美沙は驚いた様子さえ見せなかった。 美沙は覚悟をしていた。最初から捨てられる覚悟をしていたし、その覚悟を忘れることはなかった。なのでむしろほっとしたような、不思議な顔をした。

 その何にも憑依されていない美沙の顔を、永二は初めて真っ直ぐに見つめた。何年も連れ添って、それを初めて真っ直ぐに見つめた。それはのっぺらとした、何者でもない顔だった。あまりに何者でもないそれは、360度広がる青空と同化して、どこまでも広がった。 見つめるほどに広がって、空を覆い尽くしていった。

 永二はゾッとして、それに背を向け階段を駆け下りた。そんなことより使命だと、永二はまずこの灰色の階段を、明るく塗り直そうと決めた。眩い虹色に塗り直した壁と床に囲まれて、楽しく愉快な記事を書こう。窓の外にうっすら見える美沙の顔をブラインドで遮断して、永二は早速、仕事に取りかかった。

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【著者プロフィール】
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一十口裏
いとぐちうら○ 「げんこつ団」団長
げんこつ団においては、脚本、演出のみならず、映像、音響、チラシデザインも担当。
意外性に満ちた脚本と痛烈な風刺、容赦ない馬鹿馬鹿しさが特徴。
また活動開始当初より映像をふんだんに盛り込んだ作品を作っており、現在は映像作家としても活動中。

【公演予定】
2017年 5月26日(金)~28日(日) (全日昼夜二回)
げんこつ団 番外公演vol.1 『コミュニティ』
@東京おかっぱちゃんハウス
脚本・音響/一十口裏 演出/一十口裏・植木早苗
出演/植木早苗 春原久子 大場靖子 河野美菜 望月文 川端さくら(乙女装置) 三明真実(アリエス) 津波恵 伊藤美穂 遠藤弘章(東京タンバリン) 中山裕康 辻崇雅(10・Quatre)

!げんこつ団初の番外公演は、古民家が舞台の参加型げんこつ喜劇!
実際の古民家に繰り広げられる、終始奇怪なミステリーホラー。
愛と欲望と絶望と、なんだかよくわからないものが渦巻く、ある一族の物語。
その未来のすべては、何故だかあなたの手に委ねられる。
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第48回 本当の月

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日本政府が設置した、世界最大のソーラーパネル。

それは日本全土をくまなく覆う代わりに、日本全国の電力を供給した。

その電力で夜が明け、その電力で星が瞬き月が輝いた。

高い技術力によって実現した環境に優しく安全なクリーンエネルギー政策。

各国からは良い評価を得たものの、それを不安に思う国民も多かった。


その設置から数ヶ月、

早くもその中枢が噴火によって破壊され、日本全土が闇に包まれた。

それ見たことかと、一時は騒然となったものの、その修繕は早かった。

意外と脆かったシステムに批判は上がったが、その対応も早かった。

直ちにシステムの分散と強化がなされ、国民の生活には再び平穏が訪れた。

もう誰もソーラーパネルを気にしない。それは日本の空だった。


恭子は世田谷のマンションに戻った。久々の休日。久々に戻った自宅。

美容院にも買物にも美術館にも行きたかったが、

帰宅した途端、その気は失せた。

客室乗務員の恭子の休日は不規則で、約束事も特にない。

明日は一日映画でも見ようかと、足をソファに投げ出した。


まだ眠くない。或いは今から見始めて、そのまま夜明かしするのもいい。

「さて」と、とりあえずお気に入りのDVDを手に取ったものの、

そうして自然と思い出されたのは、

映画のワンシーンではなく、先日の父の葬儀だった。

母は微笑んでいた。涙は流したものの微笑んでいた。

あの人はいつも微笑んでいた。

驚きポカンとしても、怒りムッとしても、次の瞬間には微笑んでいる。


そんな母は、まあそういうもんだと、恭子は思っていたけれど、

妹の翔子は、それが気に食わなかった。気味が悪いと言っていた。

そう言う翔子はいつも無表情だった。恭子にはそれが不気味だった。

翔子は微笑むのが嫌だと言った。微笑むのが怖いと言った。

どうしてどっちかなんだろう。恭子は純粋に不思議に思った。


不思議に思いながら、恭子はスマホを耳に当てる。

着信は憲二からだった。恭子はDVDを放り出した。


憲二は表情の豊かな男で、恭子はそれが楽しかった。

映画を鑑賞するように、恭子は憲二の顔を眺める。

憲二は「フライトはどうだった?」という漠然とした質問をする。

どうもこうもないので恭子は、フライトと関係あろうがなかろうが、

話したいことを話す。話したいように話す。

それによって憲二の表情がくるくる変わる。

そのために恭子は沢山話した。


間接照明しか灯さぬ部屋には、窓から満月の灯りが差し込んだ。

ソーラーパネル設置直後のフリー素材を貼付けた書き割りの空は、

あの噴火後の修繕で、見違えるようにリアルになった。

太陽はハリボテではなく立体的に輝くようになった。

都会の夜空は、実際の夜空よりも、星が多く瞬いた。

それはまるで、広大な草原の上空のようだった。

それはまるで夢のように、人々の心を優しく癒してくれた。


技術の進歩は目覚ましく、その恩恵を受けながら人々は日々を暮らす。

仕組みを知らないそれはまるで魔法のように、生活に満ちていく。

そうして空気の循環も充分になされるようになり、

空気も以前より澄んでいた。


恭子は寝室の窓を開けた。気持ちの良い風が肌を撫でる。

「あ。替えの下着、あったよね?」

背後から聞こえる憲二の声が風に揺らぐ。

「ん。原子力洗濯機のなか」

答えた恭子の声も風で揺らぐ。


人にはこんなに表情がある。恭子はそれだけで嬉しくなる。

憲二の声は、映画のジャンルなんかよりも、ずっと多彩だ。

「悪いね、洗濯してもらっちゃって」

「いいよ別に。っていうか。毎日してもいいよ」

部屋を漂う風に乗せて、恭子はいつの間にか言っていた。


付き合っている男に何ヶ月も会いに行かなかった妹、翔子をふと思い出す。

その理由は、なんとなく、ということだった。当然、翔子は彼にふられた。

母はどうしていつも微笑んでいたんだろう。

いつも幸せでいたかったんだろうと思う。

翔子はどうしていつも無表情だったんだろう。

母が幸せに思えなかったんだろうと思う。

そうして無表情を貫いた翔子は、心まで無表情になってしまった。


恭子はときどき怖くなる。何が二人をそうさせたのか。

やはり父だろうか。あの良くも悪くものっぺりとした、父だろうか。

しかし誰より寂しかったのは、父だったのではないか。

私は父には仏頂面しか見せなかった。その度に父の表情はのっぺりした。

つまりは、結局は、私のせいなのか。


「え、それって何?プロポーズ?」

ふいに聞こえたその声に、何を言っているんだろうと、恭子は思った。

思ったのに、恭子はいつの間にかこう答えた。

「うん、そう」


言ってしまってから後悔する。

憲二の表情はどうだろう。驚きか戸惑いか困惑か、それとも喜びか。

見たいのに振り返ることの出来ない恭子の肩を、憲二は優しく抱いた。


その後の恭子は、自分の顔こそ、大作映画に匹敵するものだったと思った。

驚き、泣き、笑い、拗ねては驚き、また笑い、そしてまた泣いた。

憲二の顔を見る暇がなかった。何より見たいのに見られなかった。

憲二が何を言ったか思い出せない。自分が何を言ったか思い出せない。

しかしその大作が終わったときには、

二人は心地よく疲れ、満ち足りて寄り添っていた。


「なんか、腹減っちゃったな」

「あ、原子力冷蔵庫に何かあるよ。冷凍食品だけど」


冷凍食品なんかじゃなくて、もっと豪勢に祝いたいねと、

今度あの店に行こう、いややっぱりあの店にしようと、

二人は笑い合った。その笑い声は白い壁のリビングを賑やかに彩った。

ああ、この人となら、笑い合える、泣き合える、

喧嘩をしてまた、笑い合える。

お気に入りの映画のように、色んな表情に満ちた人生が送れる。


憲二の笑顔を見て恭子は、前に買ったシャンパンを思い出した。

前にイタリアに行ったとき、父のお土産にと買ったものだった。

父が好きだと言っていたものだった。

渡せないまま棚の奥にしまい込んだものだった。

恭子はふいに思った。この満ち足りた夜を父に捧げようと思った。

子供の頃、今のように笑い合った、父に捧げようと思った。


窓に見える満月と、三人でシャンパンを開けよう。

そうして父に、ごめんなさいと言おう。
 

そう思っていつもより大股でリビングを横切った恭子は、

原子力掃除機につまずいた。刺したままのコードがピンと張った。

使うと必ず変な音を上げる掃除機。だいぶ古くなってしまった掃除機。

新しい生活のために新しく買い替えなきゃ。

そうと思うと、恭子の心は更に踊った。

そうだ。これから始まるのだ。

まだ映画は始まっていない。これからがクランクインだ。


ブーンと低い音を立てて振動する掃除機。

その振動に自然と心は震え、

恭子はこれまでに感じたことのない熱を体内に感じた。

ぎゅっと凝縮された未来の可能性に、

体内が燃えるようでくすぐったかった。

未来への希望に、部屋が揺れるほど高鳴る鼓動が抑えられない。

思わず振り返ると震える掃除機の向こうに見える憲二の笑顔が眩く光った。

ああ未来は眩い。

その瞬間、部屋全体が眩く光って、恭子は吹き飛んだ。


古い掃除機が放った爆風は、

一瞬にして満月に達し、ソーラーパネルを一気に吹き飛ばした。

町に眠る人々を攫って、町のすべてを薙ぎ倒した。

ソーラーパネルが修繕不可能と判断する機関さえ、吹き飛んだ。


やがて爆風のおさまった空にはただ、

本当の夜空に本当の満月が、冷たくじんわりと輝いていた。


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【著者プロフィール】
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一十口裏

いとぐちうら○ 「げんこつ団」団長

げんこつ団においては、脚本、演出のみならず、映像、音響、チラシデザインも担当。

意外性に満ちた脚本と痛烈な風刺、容赦ない馬鹿馬鹿しさが特徴。

また活動開始当初より映像をふんだんに盛り込んだ作品を作っており、現在は映像作家としても活動中。

【公演予定】

2017年 5月26日(金)~28日(日) (全日昼夜二回)

げんこつ団 番外公演vol.1 『コミュニティ』

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脚本・音響/一十口裏 演出/一十口裏・植木早苗

出演/

植木早苗 春原久子 大場靖子 河野美菜

望月文 川端さくら(乙女装置) 三明真実(アリエス) 津波恵

伊藤美穂 遠藤弘章(東京タンバリン) 中山裕康 辻崇雅(10・Quatre)


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第47回 火山

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ビストロ「ヴォルカン」のシェフは火山だ。富士火山帯に属している。

つまり北から、妙高山、新潟焼山、蓼科山、八ヶ岳、富士山、シェフ、

箱根山、天城山、伊豆大島、三宅島、硫黄島、となっている。

山のような身体の天辺に、高々とそびえるシェフ帽。その天辺が火口である。

その火口、つまりカルデラには、いつもマグマが滾っている。

そして彼の足元のプレートは、ときどき地盤沈下する。 


彼の性格は、とても穏やかで繊細だ。彼の作る料理は、とても優しく細やかだ。

傷つきやすく脆い男で、唯一の友達は、雛から育てたカナリアのピー子。

彼に大切に育てられたピー子の毛艶は、そこらのカナリアの数倍も美しい。


そんな彼なので、そのカルデラから熱く滾るマグマが噴き出すことなど、

なかなか想像の出来ないことだった。

そのマグマの活動は、彼の精神状態や体調に左右されるものではない。

それとはまったく関係なく、ただ、彼の麓のプレートの、その奥深くのマントルの、

つまり地球のもたらす自然現象として、起きているものだった。


最初の噴火は、小学二年の時だときいた。

給食の時間に大好きな肉団子スープを飲んでいたら、噴火した。

中学三年の時は、修学旅行先の京都で友達と記念撮影していたら、噴火した。

初めてのデート中には、映画館で映画に感動していたら、噴火した。

その他は大抵、家でぼんやりしている時に、突然噴火した。


甚大な被害を及ぼす彼の噴火は、そのように、全く予測不能であった。

それはいつも突然で、何の前触れもなかった。

なので、無口な彼だが、客には必ず、こう伝えた。

「もし私が噴火したら、直ちに逃げてくださいね」 

山のような身体を縮ませて、すまなそうな顔をして、彼はそう伝えた。

そのような災害の恐れがあってもこのビストロが続いているのは、

ひとえに、彼の料理と人柄によるものだ。

かく言う私も、この土地から引越してからも、

時折暇を見つけては、ここを訪れる客の一人だ。

 

ちょこまか働くギャルソンの近藤くんは、ちょこまかしているが仕事は遅い。 

手足も首も胴も全てが短い近藤くんは、全てが今一歩、行き届かない。 

そんな彼が、私は好きだ。彼の手を煩わせぬよう、出来る限り自分で動く。

しかし私が自分でワインを用意しようとすると、彼は憤慨した様子を見せた。

そんな彼が、私は好きだった。


料理を運んできたシェフが、頭のカルデラをグツグツと滾らせて今日も言った。

「私はいつ噴火するか知れません。もしそうなった場合には…」

「ああ分かっているよ、すぐ逃げる。大丈夫だ」

「申し訳ありません。私が火山なばっかりに…」

「危険は承知だ。それでもシェフの料理が食べたいんだよ」

かぐわしい香りに、気もそぞろにそう答えた後も、シェフは珍しく喋り続けた。

 

「近藤もだ。ピー子の様子がおかしくなったらすぐに…」

そうか。シェフはそのために、ピー子をここに置いているのか。

カナリアは有毒ガスをいち早く探知すると、どこかで聞いたことがある。 

料理を頬張りながら、私は耳を傾けた。

「僕は逃げませんよ」

近藤くんが言った。
近藤くんは、シェフ同様に無口な男だった。

その二人の会話を聞くなど、これまでにほとんどない事だった。


「僕はシェフの元を離れませんからね。だって僕にはシェフしか」

最近、近藤くんに何かあったのだろうか。近藤くんは更に続けた。

「俺はこれまでもこれからも一人だ。それで構わない」

最近、シェフに何かあったのだろうか。シェフはそれに答えた。 


近藤くんの声は甘えたような拗ねたような色を帯びていた。

「僕もう四十六ですよ?ここしか居場所ないですよ?」

「とにかくいずれ、辞めてもらう」

「なんで」

「俺は一人でいいんだ」

「なんで」

 

泣きそうな近藤くんに胸が詰まる。シェフは一気に思いを伝えた。

「俺は料理を作ることしか出来ない、今後もこれ以上なにも出来ないままだろう。

 そんな俺といつまでも一緒に居ても意味がない、お前には可能性がある。

 料理の基礎と店のノウハウ、それをお前は全て覚えたはずだ。

 ちょっとひとより不器用だが、その仕事は完璧だ。いずれは一人でやっていける。

 だからいつまでもここに居ちゃいけないんだ、お前はお前の人生を歩むんだよ」


そこまで言われて、近藤くんは、俯いたまま黙ってしまった。

俯いたままのその短い身体は、しかし、初めての驚きと喜びに震えているようでもあった。


そんな近藤くんに、シェフは優しく歩み寄った。近藤くんは、シェフを見上げた。

近藤くんの頑張りを知る私の胸にも、なんだか熱いものがこみあ 


ドーーーーーーン!




一瞬にして店の屋根は吹き飛び、真っ赤なマグマが一直線に噴き上がったかと思うと、

辺り一面が噴煙で真っ暗になった。私は噴煙と一緒に空に舞い上がった。

 

やがて間近に見えた空は、書割りの空だった。

べったりと安い水色に塗られた空には、フリー素材イラストの雲が散りばめられていた。

私はその空に激突した。そして空を突き破った。

たくさんの火山岩もまた、それぞれ空を突き破った。


そうして人々は、けたたましいサイレンの音を聞いた。

日本全土を余すことなく覆った、世界最大のソーラーパネル。

それは日本全土の灯りを供給していた。

火山岩の一つがその中枢を破壊して、

ビストロ「ヴォルカン」上空に無数に開いた小さな穴から差し込む光のほかは、

全てが闇に包まれた。

全ての鉄道が急停止し、全ての信号機が消え、交通事故数が一瞬にして年内最高数を超えた。


いざとなると逃げる間なんてないもんだなあ。

ピー子は異変を感じていたのかなあ。

まさかのタイミングだったなあ。

しかしそれはいつもそうなのだなあ。

 

空を突き破った先には、どこまでも吸い込まれそうな空が広がっていた。

しかしいつまでも吸い込まれ続けることはなくて、さていつどこに、墜落するのだろう。

それもまたきっと、予測でき 


ドーーーーーーン。


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【著者プロフィール】
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一十口裏

いとぐちうら○ 「げんこつ団」団長

げんこつ団においては、脚本、演出のみならず、映像、音響、チラシデザインも担当。

意外性に満ちた脚本と痛烈な風刺、容赦ない馬鹿馬鹿しさが特徴。

また活動開始当初より映像をふんだんに盛り込んだ作品を作っており、現在は映像作家としても活動中。

【公演予定】

2017年 5月26日(金)~28日(日) (全日昼夜二回)

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脚本・音響/一十口裏 演出/一十口裏・植木早苗

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植木早苗 春原久子 大場靖子 河野美菜

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